」
女ならではの感触にみずきは自分の現在の性別を知る。真っ赤になって胸を押さえて視線を落とす。
「まぁ。みずきちゃん。入学初日でばれるなんてさすがねぇ」
「……おふくろ……だまっててくんない……」
場違いなおっとりとした言いまわしに抗議する甲高い声も元気がない。みんな視線を見合わせる。膠着状態になる。上条がそれを打ち破る。
「どういう事だ。俺にわかるように説明しろ」
自己代名詞が「僕」の上条が「俺」といった時点でそれがアニメのパロディだろうとみんな察しがついてしまった。だが確かに説明は必要だった。他人に聞かれないためにウェイトレスに店を任せてみんな赤星家のリビングへと移動した。
「どうぞ」
みずきの母・瑞枝が紅茶を人数分出すが誰も手をつけない。
「あらあら。どうしたの?………ああそうね。これはおもてなしだからお代はいただかないわ。どうぞ。暖かいうち召し上がれ」
「はぁ………それはいいんですけど」
上条が気まずそうに言う。榊原も居心地が悪そうだ。
「ご母堂。差し障りなくばお答えいただきたい。赤星殿は男でござるか? それとも女子でござるか?」
「もちろん。みてのとおりとっても可愛い女の子よ」
「俺は男だ!!」
十郎太の問いかけににっこりと微笑みながら答える瑞枝の言葉をみずきか大声でさえぎる。
「これのどこが男なんだ?」
いつのまにかみずきの背後に回った榊原が大胆不敵にソファー越しにその豊かな胸を愛撫する。
「何しやがる!!」
甲高い声で叫びながらみずきは榊原の頬を張る。
「つつ。しかし平手とはかっとなったときの反応まで女っぽいな」
「ぐ……女の体じゃ拳では弱いんだ。むしろ体が柔らかい分『しなり』が出て平手の方が効果があるんだ。それだけだ」
反論もなにか弱々しい。話が一向に進まないが一人の男がそれを打ち破る。
「甘い。甘いぞみずき。きさまはいつもそうだ。現実を受け入れようとしない」
「わっ」「いつのまに」「拙者が気がつかないとは」「あら?どなたでしょう」「あなた。お帰りなさい」
最後の瑞枝の一言で一同はその男が瑞枝の夫。そしてみずきの父と理解した。
「はじめまして。みずきの父の赤星秀樹です。なにかウチのバカ息子が迷惑をかけたようで申し訳ない」
「迷惑してんのはこっちだ。男の俺を女子として進学させやがって」
「ふっ。貴様の事だ。たとえ体質を隠して進学しても三日と経たずにスプリンクラーの水や水道の蛇口。果てはウォータークーラーの飲み水を頭からかぶって女になる体質を露見していたに違いない。よしんばそれを免れたとしても雨の日はリスクが倍増する。そしてみずき。夏の間中。風邪などを口実に水泳の授業を避けるつもりか。甘い。甘いぞみずき」
「ぐっ」
父親の言葉に反論一つ出来ない。みずきの短身は父親譲りらしい。秀樹もどちらかと言うと小柄に入る。だが端整な顔立ちと渋い声は背の低さを補って余りある魅力をかもし出していた。余談だが女のみずきは豊かな胸をしているがこちらはどうも母親譲りのようだ。
「もしかするとお水をかぶると女の人に戻るのですか?」
「『戻る』んじゃない。『なる』んだ」
姫子の言葉を訂正しつつも体質の事は肯定する。
「もしかしてお湯で男になるとか」
妙に嬉しそうに上条が右手人差し指を立てながら言う。
「『なる』んじゃない。『戻る』んだ」
これも訂正する。本来が男と言う事に相当のこだわりがあるようだ。
「なるほど。水をかぶると女になり、お湯をかぶると男に戻ると言うなら確かに始めから女生徒として入学した方が無難だな。例え水をかぶっても端から変身してればもう変身しようがないのだろうし」
「いや。RXからロボやバイオになったりマルチタイプからスカイタイプやパワータイプになったティガの例があるが。あれ? でもバッタ種怪人相手にマイティフォームを通さずにいきなりドラゴンフォームになったクウガみたいな例もあるか」
「それに学び舎で湯を被る確率は低かろう。例え被っても水ならそこいらにあるゆえはるかに危険は少ない」
上条のボケを無視して十郎太が先を進める。
「でも不思議ですわね。どうやったらそんな事が出来るんですの」
瑞枝に負けず劣らずのおっとりした口調で姫子が無邪気に尋ねる。その刹那、七瀬の表情が曇ったのにみんな気がついた。
「ふっ。全てはコイツのおっちょこちょいが原因」
それを打ち消す意味なのか妙に居丈高に秀樹が言い放つ。
「するとやはり危険とは知らず呪泉郷で修行して娘溺泉に落ちたとか?」
本人はあくまで真面目な表情と口調だ。どこまで本気かは計り知れないが……。
「だいたいオヤジ達も悪い。10年以上前の薬の入った救急箱を置いておくから間違って飲むんじゃね―か。ましてあのときの俺は肺炎にやられて意識朦朧だったんだぞ。おかげで肺炎と古くなって変質した薬が絡まりあった作用で俺はこんな情けない体になったんだ」
背の低さ。声の高さ。胸の大きさ。腰の張り。どこから見ても女の子その物だが口喧嘩のそれは確かに男である。
「甘いぞみずき。その『古い薬』をまとめて何種類も飲まなければどうにか手を打てたのだ。わかっているだけでも解熱剤。胃薬。風邪薬。他にもいくつか飲んだようだがそれをふらついていたとは言えばら撒いたりするから解析のしようがないから手が打てないのであろうが」
父親もまるで容赦なしだ。一人冷静に榊原が状況を分析する。
「なるほど。まともでも飲みあわせでどうなるかわからない薬をそんなに組み合わせてしまえば、しかも古い物ではどんな副作用が出るかわかったもんじゃないな」
「及川殿。お主のだんしぃんぐぅくーいんで『治す』ことは出来ぬのか?」
十郎太の眼光に射すくめられたわけではあるまいが七瀬は視線を落とす。
「私の『ダンシングクィーン』は壊れた物を治す事が出来るわ。大きさにもよるけど生物や機械とか関係なしに。でも病気は治せないの。それに複雑な機械もダメだし重大な欠損のあるものもダメ。あくまで単純に壊れた物を治す事が出来るの。ただその条件に適っていれば例え10年前に壊れた物でも直せるみたい」
「復元能力か。クレイジー・Dみたいだな」
「あら。女の子でも良いじゃない。とっても可愛いわよ」
緊迫した空気を瑞枝がほえほえした雰囲気でぶち壊す。
「おふくろ。薫だけじゃ飽き足らず俺までオカマにしたいのかよ」
「えっ?」
その言葉に上条は驚いた。
「ちょっと待て。話しの前後から察するに『薫』と言うのはどうもあのウェイトレスの娘?」
みずきは黙って頷いた。
「なるほど。手を触った感触がどうも変だと思ったら実は」
「殿方だったんですね」
「しかし何ゆえ。十六よりは下でござろうから高くても齢15にしてあのように。よもや宦官?」
「全てはコイツの執念だ。最初が男の子でがっかりして次は女の子と決めつけて胎教の時点から女として扱っていた。物心つくころには自分を女と思いこんでいた。今ではあの有様。タンスには女物しか入ってない」
秀樹は瑞枝からみずきに視線を移す。
「コイツも多少は影響されている。甘いものは好きだわ、占いに凝るわ、果ては部屋を埋め尽くすぬいぐるみ」
赤くなって俯く物の否定はしないみずき。呆れたようにため息をつく七瀬。
「なるほど。自己紹介のはカモフラージュじゃなくて本当だったわけか」
「ふっ。もうそんな必要もないぜ」
半ば自棄気味にみずきが低い声でつぶやく。そしてたまっていた物を発散させるが如く大声で言う。
「もうばれたんだ。あの学校にはいられないぜ。退学する」
「みずき! 落ち着いて」
「仕方ないだろう。こんな男でも女でもない半端で学校に通えるかよ」
「女で通すんなら問題ないんだろ?」
「へ?」
上条の言葉に思わず間抜けな表情をするみずき。
「元々そのつもりだったんだろ。黙っておくよ」
「上条……」
「しゃべっても何も良い事ないし。それに……性別を偽って生活をする。こんなマンガその物のシチュエーションに参加できるチャンスを自分から潰すもんか」
「まぁいいけど、しゃべらないと言うなら助かる」
「北条さんはどうかしら?」
七瀬が姫子に尋ねる。姫子はゆっくりと語る。
「わたくしもせっかくのお友達をなくしたくありませんわ。学校にいる間は女の子と言う事ですからそれほど問題ないのではないでしょうか」
「北条さん……」
「姫がそのおつもりであれば拙者も口外する理由はござらん。しかしこれだけは心得てもらおう。姫と接するときのお主は女と言う事を。それを忘れて男として姫に害成せば地の果てまでも追い詰めてそっ首、掻き切ると」
「誓う。誓う。だから物騒な話しはやめて」
目が本気だったので慌てて言う。そして最後に残った榊原は
「確かに喋った所でなんのメリットもない。むしろ正体は男といえど女が一人減って潤いがなくなる」
「あのな……」
「だが黙っているには交換条件がある」
榊原の持ち出した話に緊張する。
「それは」
「それは………そのでっかいおっぱいに顔をうずめた上で揉ませろォォォォォォォォォッ」
いきなり狼とかして飛びかかる。
「バカ野郎。俺は男だ」
「だったら拘りもないだろ。相撲取りの胸みたいなもんでよ」
「だからってそんな気色悪い真似が出きるかぁぁぁぁ」
「安心しろ! 気持ちよくなるように揉んでやるから」
「なお悪いわぁぁぁぁ」
取っ組み合いかじゃれてるかわからないどたばたを七瀬達も呆れて見ていた。
「それほど悪い子でもないようね」
「ああ。みずきはどうやら友達には恵まれたな」
なんとなくのんきな夫婦の会話。
こうして赤星みずきを中心としたパニックだらけの学園生活が幕を開けた。
To be Continued
次回予告
無限塾1年2組に入ったはずの村上真理は一度も学校に出ていなかった。すさんだ生活を繰り返す彼女はとある喧嘩から四季隊の一人。夏木山三と戦うことになる。だがそこに榊原が介入してきた。
次回「PanicPanic」第2話「今がそのときだ」
クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。