第6話『乾杯』Part3   Part2に戻る

「瑞樹さんを思いやる心からダンシングクィーンさんは出てきたのですね。素敵ですわぁ」
 夢見るように天を見上げ目を輝かせやや暴走気味に姫子は言う。
 姿は持っているものの単なる能力であるマリオネットにさん付けがいかにも姫子らしい。
 そんなほんわかしたムードにつられて綾那が放った言葉は
「小学校のころなら…みーちゃんが女の子になっちゃう遥か前なんだねっ」
とんでもない大失言だった。
「バ…バカっ。若葉っ」
 とっさに上条が口を塞ぐ(綾那本人は抱きしめられた格好でポーっとなって無言)
 気まずい空気が流れる。七瀬が悲しげに目を伏せ、そして呟くように言う。
「それでも…この能力でも瑞樹の体は治せないわ…」
「気にすることはない。全てはあれのドジさ加減が招いたこと」
(実の父親といえど…いいのか? こんな言いぐさ)
 およそ家庭環境が良いとは言えない真理にすらそんな思いを抱かせる秀樹の辛らつな一言だった。
「それにいささか非科学的だがあいつ(瑞枝)の執念があれ(瑞樹)の体質に因子を含ませたのかもな。嗜好や思考。志向にも現れている。
 さっき君(綾那)がくれたぬいぐるみに対する反応も然り。完全な男のときからああなのだ。
 何せあいつときたら甘いものに目が無いし、雑誌の星占いには必ず目を通す。まして男のクセにぬいぐるみが好きと来た。
 女の子なら別におかしくも何ともないが…初めから女で生まれてくればむしろ目立たない娘だったろうな。そうすればこんな苦悩を背負い込むことも無かったろう…」
 さすがに口調が沈む秀樹。それを救う意図か十郎太が口を挟んだ。
「親父どの。さほど嘆くこともありますまい。拙者も易には興味はござる。忍びは現実主義でなくてはなりませんが、つい丑寅の方角には気をつけてしまうでござる。『風水』などにもいささか」
「まぁ男でもパフェやチョコ。お汁粉に目が無いやつもいるし」
「人形なら僕の部屋にも飾ってありますよ。成瀬川にさくらちゃんにベルちゃんに」
 誰の発言かは書くまでもあるまい。それはさておき、みんなでフォローする所に秀樹は感銘を受けた。
「ありがとう。あいつはいい友達に恵まれたようだ」

 瑞樹。七瀬。ともに小学五年生。薫は四年生。忍。七瀬の弟・北斗。ともに5歳。もう一人の七瀬の弟・海也三才。
 それぞれの弟を幼稚園で迎えて小学校からの帰路。
 白いブラウスに真っ赤なスカートの薫は泣きじゃくっていた。背中までの長い髪は綺麗にブラッシングされて本物の女の子以上だった。
「だーっ。いつまでも泣いてんじゃねぇ。薫。だいたい男のクセしてそんな格好している方が悪いんだろ」
 泣いている原因はいじめ。その原因は薫のスタイル。
「何よ。お兄ちゃんはいいわよ。男になりたくて男に生まれて。あたしなんて女に生まれてくるはずだったのが間違えたものだからこんな風にいじめられるのよ。男がスカート履いて何が悪いのよ。勝手じゃない」
「だからお前をオカマ呼ばわりした奴はみんなオレがけり倒してやったろ」
 薫は普段から少女の姿をしていたし、1年から親しんでいたクラスメートは既に女子として扱っていた。
 何しろ体育の時にも平気でいっしょに着替えるくらいだ。もはや男とはみなされていない。
 教師は既にさじを投げていた。5年に進級して時点では既に出席簿も女子のほうに書かれていたくらいだし。
 だが小学生のニューハーフなどいじめの格好のターゲットだった。むしろ男子が女子をいじめるそれか。
 それをかばうのは兄である瑞樹の役目だった。たいてい複数相手に喧嘩をするのですっかり身軽さと手数が増えてしまった。
 力がだめならと論破しようにも瑞樹の頭の良さにかなう小学生はいなかった。
「瑞樹。もっと優しく言いなさいよ」
 このころには既にお節介ぶりが十二分に発揮されている七瀬であった。薫に通学かばんからハンカチを出す。
「薫ちゃんももう泣かないで。ほら。可愛い顔が台無しよ」
「ありがとう……七瀬お姉ちゃん・・…」
 そっとさしだされたハンカチで涙をぬぐう薫。どうみても女同士である。呆れる瑞樹は幼児二人に警告をする。
「あーあ…忍。北斗。おまえ等はこんな風になるなよ。男だったら強くなれよ」
「うん。ぼくおにいちゃんみたくつよくなる」
 下の弟・忍は瑞枝が『可愛く』しつける前に薫の二の舞を嫌った秀樹と瑞樹が『男らしく』教育していた。忍にとって瑞樹はなんでも知っていて強くて尊敬できる兄であった。
「ひどいわよ。お兄ちゃん。人のことを変態みたいに。お兄ちゃんにあたしの気持ちなんてわからないわよ。お兄ちゃんも男の心で女になればあたしの気持ちもわかるわよ」
「ばぁーか。男が女になるなんてそんなことあるわけないだろ」

「…なんて言ってたけど…なっちゃったわねぇ…本当に女の子に…」
 七瀬がしみじみと言う。現在の瑞樹は猛々しい少年の心と愛らしい少女の姿態。まさに薫の逆だった。
「3年の間では『赤星みずきファンクラブ』が。2年の間では『みずきちゃん親衛隊』があるらしいぜ。来年辺り新一年生が『みずきおねえさまを守る会』なんて作ったりしてな」
 さらっと榊原が言う。
「ありそうなだけに怖いね。下手なアイドルよりゃよほど使えるし可愛い。もっともあの性格のきつさはアイドルとしちゃ致命的だが」
 真理に性格のきつさを言われちゃ立つ瀬がない。
「じゅーろくさいっていったらホントのアイドルにもいるもんね。いいなぁ。ボクもアイドルになりたい。そうすりゃ上条君も少しは構ってくれるかも」
「それならアイドルより声優になったほうが絶対に確実だ。上条のほうから追っかけてくるぞ」
「まぁ。西友ストアの店員さんはそんなに花形なんですか?」
 誰の発言かは書くまでもなかろう。
「瑞樹にとっては…ううん私にとってもあのころが一番良かったかしら…あの夏の日がなければ…」

 瑞樹と七瀬。中学三年生の夏。小学三年生と四年生を除いて全て一緒のクラス。いわゆる腐れ縁の仲だった。何をするのもいっしょだった。この日もみんなでプールに出向いた帰り。
 夏休み中だが強化ゼミがはじまるからしばらく遊べなくなるので遊び収めとばかしに行ってきた(ちなみに七瀬はかなづちだ)。
 二人はまだ日の高い四時の街を家路についていた。ひまわりの模様のサマードレスの七瀬が尋ねる。
「ね? 瑞樹は進路決めた?」
「模試ではどこでもOKと出たからな」
「テストで名前を書きわすれるようなドジをしなれければ…ね」
「…ぐ…」
 その手のチョンボで2回満点を零点にされている。
「ま…まぁ…K大付属なんていいかなと考えているけど。お前は?」
「私は…S女子が一番いいみたい」
「そっかー…女子高じゃ間違ってもオレにゃ入れないな」
「そうね…瑞樹との腐れ縁もここまでね…」
 進路を思い感傷的になったか。ぎらぎらと太陽は照りつけるのに秋風でも吹くような口調の七瀬。その場の雰囲気を変えようと思ったかやたら明るく瑞樹が
「ほーんと。せいせいするぜ」といってしまった。
「それ……どう言う意味?」
 瑞樹にしては軽い冗談だが、その軽さが癇に障ったかつい刺のある調子になる七瀬。その刺のある調子につい反論してしまう瑞樹。
「だってそうだろ。ガキのころからいつもいっしょ。いい加減お互い顔も見飽きたろ」
「私なんてもう顔も見たくないって言うの?」
 自然となじる調子になって行く。そうなると瑞樹もだまってない。
「誰もそんなこと言ってないだろ。なに聞いてんだよ。ばか」
「バカとはなによ? バカとは」
「バカだからバカって言ったんだ」
 路上で立ち止まって若い男女が言い争う様子は、はたから見ると痴話げんか以外の何物でもない。 感情的になった七瀬はとうとう切れて瑞樹を蹴っ飛ばしてしまった。
「何よ!! 瑞樹のバカ。あんたなんか大っ嫌い」
「オレが何し
たって言うんだよぉぉぉぉぉ
 天高く飛ばされて消えて行く瑞樹。七瀬は俯いて小さくつぶやく。
「……私の気持ちも知らないで……」

 河川敷に瑞樹は落下した。
「つつ…なんだってんだ…七瀬の奴。何をあんなに怒ってたんだ?」
 この時は完全に男と言うこともあり、女の立場になることはなく七瀬の心情など理解出来なかった。
 瑞樹はホコリを払いながら立ちあがり、ろくに前方も見ずに歩き出すと足を滑らせて川にはまってしまった。すぐさま上がったものの体が冷えた。
 夏とは言えど既に気温は下がるのみの時間。ブルっと身震いする。
「寒い…帰ろ…」
 一雨来そうな曇が黒い影を作っていた。

 悪いときは重なるもので帰るまでにどしゃ降りになってしまった。雨の中を走り体力と体温を奪われた。
 日中はプールで体力を消耗している上に、立て続けに体温を奪われ熱を出していた。
(寒い…とんでもなく寒い…薬…解熱剤はどこだ…)
 意識朦朧としたまま薬を探す。この日の喫茶店は休業日。瑞枝と弟二人はデパートへ。秀樹はなにか所用でみんな留守だった。やむなく片っ端から心当たり探す。
(確か…子供のころは…この辺りに…)
 嗚呼。ここで強がらずに助けを呼ぶか病院に行けば悲喜劇は起こらなかったものを。
 そう。子供のころ。十年以上使い切れずどこかへと紛れ込んでしまったものを瑞樹は見つけ出してしまったのだ。
 それを意識朦朧で正常な判断のできないまま、手のひらに適当にばら撒いたものを全て飲んでしまった。
 正常なものでさえ副作用が恐ろしい。併用すればどんな相乗効果が出るかわからない。
 ましてや十年以上たった古い薬。既にその年月が変質を招いていた。
 そして肺炎。本人の体質。不幸な偶然が重なったとも知らず瑞樹は安静にすべく自室のベッドに向かいかけて居間で倒れた。

 それから3時間が過ぎた。帰宅した家族が瑞樹を発見してすぐさま救急車で病院に運んだものの。、既に薬は体内に全て吸収されていた。

 一週間が過ぎた。
(…ずき…瑞樹…)
(誰か呼んでる…誰だ…)
 ひどい疲労感を伴いつつ瑞樹は目を開けた。最初に七瀬の泣き顔が目に入った。
「…七瀬…オレは一体?」
「…瑞樹…良かった…本当に良かった…」
 後はもう泣きじゃくって言葉にならない。
 自分が蹴った事が遠因で瑞樹が急性肺炎になったと察してずっと己自身を責めていた。
 それだけに瑞樹が意識を取り戻して家族以上に喜んだ。
 様子を見ていた医師が安堵の表情を見せるがすぐさま検査する。

 それから瑞樹は説明を受けた。一週間も昏睡状態だった事を。それが肺炎だけとは思えないとも。
 この場所は集中治療室。個室ゆえに医師と身内のみ。
 体は常態になったのに目を開けないので、意識回復の手段として家族や親しき者の呼びかけを試みていたのだ。
「でも良かった…目を開けてくれて。死んじゃったらどうしようかと思ったの」
 涙をぬぐいつつ七瀬が言う。
「お…おいおい…大げさだぜ。あ…綺麗な花だな。オフクロ。それとも七瀬が持ってきたの?」
 照れてしまいとぼけて話題のすり替えを試みたが、花瓶の花を取ろうとして花瓶そのものをひっくり返し派手に水をぶちまけて浴びてしまう。
その直後、当人以外の表情が凍りつく。
「お兄ちゃん…」
「にいちゃん…」
「瑞樹ちゃん…」
「瑞樹…」
「瑞樹…あんた…」
 一同、声にならない。
「どーしたんだよ。(花瓶の水を浴びるなんて)こんなのオレならしょっちゅうだろ…??? なんだ…声が…あ…あー…変だ。やたらに甲高く…まるで女の…」
「瑞樹…あんたその胸…いきなり…」
「え…なんだぁ!? どうしてこんなに相撲取りみたいに太ったんだよ。い…いや。どちらかと言うと相撲取りじゃなく女の…まさか…」
 みずきは人前という事も忘れ布団の下の自分の足元を弄る。
「…ない…まさか…オレ…女になっちゃったのか…」
 みずきはそのまま卒倒した。

 診察室。CTスキャンによる断面図を見て意志が言う。
「不思議だ…見事に女だ。あんまり目を覚まさないから一度チェックのためにCTスキャンをかけたときはちゃんと男だったが見ろ。
 精巣が消失して子宮と卵巣ができている。まだ赤ん坊の状態できちんと機能はしてないが時が経てば妊娠できる。
 胸も乳腺が未発達だが恐らく出産すれば母乳が出るだけのものになる。骨盤も広い。女のものだよ。こりゃ。
 不思議な体だ。そそるなぁ…一度ばらしてみてみたいな…」
 短い髪のハスキーボイスの医師はマッドな雰囲気を漂わせて言う。
「津崎先生。人事だと思って…」
「すまんすまん。しかし何せこんな話は聞いた事がない。人間の細胞は新陳代謝によって三日で全て入れ替わるんだがな。あの一週間の昏睡状態で芋虫がさなぎを経て蝶になるように性別が変わったのか。それが水をかぶる事によってスイッチが入ったのか」
 みずきは言葉もなかった。それまでの男としての15年間が否定されてしまった格好だ。
 今更女でやり直せるか。それが本音であろう。
 家族の反応もさまざまであった。忍は尊敬していた『お兄ちゃん』がいきなり『お姉ちゃん』に変わって戸惑っていた。
 薫は…妬んでいた。文字通り代われるものなら喜んで代わってあげたかった。
 どれほど自分は望んでも女にはなれないのに、望んでない身近な存在が女の肉体を得てしまった事を妬んでいた。
 瑞枝は…喜んでいるように見える。超のつくプラス志向といえない事もないが。
 秀樹は無表情で心中が窺い知れない。
 神に祈る気持ちなのが七瀬である。今は採取したサンプルでセックスチェックを行っていた。
 オリンピックなどで男子が女子になりすまして、高記録を持ちかえるのを阻止するためのそれである。舌の粘膜を削り染色体を鑑定する。
 もしも単純に形だけなら形成手術で男のそれにできる。そして結果が出た。
「残念だが…と言うべきか。100%…女だ」
 みずきは目の前が真っ暗になった。

「今にして思えば…瑞樹が負けず嫌いでなければ自殺くらいは考えただろう。もっともそれだと七瀬君が思い十字架を背負うからできるわけもないが」
 さらっと凄まじいことを言う秀樹。その後を受けた榊原の言葉はいかにも医学一家の一員らしい者である。
「性同一性障害と言う奴がある。心と体の性別が一致しない現象だ。アメリカ辺りじゃカウンセリング鑑定で『心が男』と見とめられ性転換した女もいるようだ。赤星の弟はその逆なのかな。さしづめ赤星は『後天性』だがあれだけ見事に女らしい外見や声になったところを見ると元々男より女に近い男だったのかもな」

 女になったと宣告されてから一週間。通常は好転してきたら普通の病室に移動する。だが心が男。元々男と言えども体が女である以上は男部屋には入れられない。
 しかし女部屋は本人がかたくなに拒否したし精神的に追い詰める形になると判断した病院側は退院まで個室のしようを認めた。
 そして退院の日。瑞枝はワンピースを買うと主張したがさすがに気持ちの整理がつかない内にそれはむごいと言われた。また入院時が男で退院時が女では混乱を招きかねない。
 別に入院患者の一人一人に他の患者が気を回しているとは思えないが退院時に中学のクラスメートにあったときがめんどうだ。結局Tシャツとジーンズだが逆効果だった。
 一回り小柄になった分の肉が腰や胸に回りやたらにセクシーなラインを描いていたがそれを強調する形になった。それでも女物の下着はつけたくなかった。
 「みずき」
 病院の出口では七瀬が待っていた。準備が整うまで女の姿を見ないであげようと言う七瀬なりの配慮だ。
「…七瀬」
 見詰め合う二人。互いに意識はしてなかったものの相思相愛のような物。しかしそれももはや女同士ではかなわぬ話。知らず七瀬の双眸から熱い涙が零れ落ちる。
「…ごめんね…私が蹴っ飛ばしたりしたから…ごめんね…私のせいで…」
 最後まで言わせずみずきはその豊かな胸に七瀬を抱き寄せた。不思議と七瀬は女の胸に顔をうずめているはずなのに、男の筋肉質の胸の中にいるような気がした。
「お前のせいじゃないよ…誰がこんな事を予想できるんだよ…不運が重なり合っただけだよ…だから…泣くなよ…オレだって…我慢してるんだぞ…泣きたくなる…じゃ…」
 もう言葉にならなかった。二人は抱き合ったまま涙の流れるままに泣いた。
 目が赤くなるまで泣いたらほんのちょっとだけ心が晴れた。

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