第11話『サマー・パニック』Part2   Part1に戻る

 五人娘はかなり遅れて更衣室へと向う。ぽんとみずきが手を打つ。
「それじゃこうしよう。おれは外で待ってるから四人でさっさと着替えちゃってよ。後から一人で着替えるから。これだけ遅く行けばみんなもうプールに行ってるだろ」
「あの…お気持ちは嬉しいのですが…わたくしは着替えが大変に遅くて…その後ではまず授業に間に合わないかと存じますが」
「う…」
 姫子の着替えの遅さは半端じゃなかった。
 食べるのも歩くのもトロイ傾向にあるが、着替えはとくに凄まじい。
 体育の時は最初に更衣室に入り最後に出てやっと体育に間に合うほどである。
 今回は『男と一緒に着替える』為にそれどころではなかった。
「じゃ…おれが最初に着替えるから。信用できないなら先にプールに行くからさ」
「他の女子がいるわよ」
「だからとっくに…」
「みずき!! 早く閉めなさいよ。男子に見られたらどうするのよ」
 喋りに気を取られていつのまにか考えなしに女子更衣室の扉を開けていた。中で着替えていた女子に怒鳴られる。
「わ…わわっ」
 勢いで全員入ってしまう。みずきは見まわしてめまいがした。クラスの女子の大半がいた。
(う…女くさい…それになんでこんなに残ってんだよ)
 現時点では同性にも関わらずそう思ってしまうみずきであった。
 その女ばかりでもさすがに隠しながらだから着替えが普段の体育より遅い。みずきがいらついているのが傍目にも良くわかる。
(うー…ちまちまと…男がいないんだからバーっと脱いで着替えりゃいいだろ)
 短気なみずきは待ってられなくなり、さっさとリボンを解き、靴下を脱ぎ捨て、ジャンバースカートを下ろし、ブラウスのボタンをすべて外し、ブラジャーのホックに手をかけたところで七瀬に止められた。
「みずき…お風呂に入るんじゃないのよ。ちゃんと隠すところは隠したら?」
「けっ。こんな狭いところでちんたらやってられるかよ。いいじゃねぇか。『女同士』(すっごい抵抗あるが)なんだし」
 大きな胸を締め付けから解放する。女子の注目を浴びる。
「な…なんだよ」
 さすがに気後れして両手で胸を覆い隠す。優勢を確信したのか女子たちは迫り来る。
「立派な胸ねえ」
「あんまりがさつだから女装した男かと思ってたけど紛れもなく女の子だわ」
「白いし柔らかそう」
「ちょっと触らせて」
 女子にしてみればからかい。おふざけだが当人にしたらたまったものではない。
「こ…こら。女同士だろ」
「いいじゃない。男子に触らせるわけじゃないし」
「ちょ…ちょっと…やめて」
「きゃー大きい。なに食べたらこんなになるのよ」
「や…やめろ。揉むんじゃない」
 事情を知らない女子生徒におもちゃにされるみずきであった。
「あーあ…またみずきの女嫌いがひどくなりそう」
「そうだな。さて、女好きが窓の外で見てないかチェックくらいはしないと安心できねーぜ」
 真理は右手から見えない茨『ガンズン・ローゼス』を紐解く。

 そして窓の外では…榊原が中からの艶かしい声に精神を乱されていた。
(な…なんてエッチなシチュエーションだ…どうして赤星はそんな恵まれた体質を毛嫌いして有効活用しないんだ。俺だったら変身が解除される女湯以外は全部踏みこむぞ)
 彼は予知に現れた覗き魔を迎撃すべく張り込みをしていて、今のやり取りをもろに耳にしてしまった。
 女子更衣室が校舎裏に面しているため、油断した女子が声量をセーブしなかったこともあったが。
(落ちつけ。予言通りなら現れるはず。そこを退治する。村上のヌードを俺以外の男に見せてたまるか。俺もまだだが…)
 雑念…と言うより煩悩がその接近を気づかせなかった。
 覗き魔に見つからないように死角にいた榊原の首に見えない茨がまきつき、窓の前まで手繰り寄せる。もちろん真理の仕業だ。
「てんめぇぇぇぇ。やるんじゃないかと思って試しに外を探ったらホントにいたとはな…」
「ま…待て…村上。話を聞け。俺の心を読め」
「心を?」
 素直にそうしたら『村上のヌードを』の辺りを読んでしまった。青くなる榊原。
「ま…待て。健康な男なら誰だって…」
「そーかそーか」
 笑顔だが目が笑ってない。既に水着になっていた真理はそのまま窓から出て
「アラウンド・ザ・ワールド」
 榊原に乱舞系ブロックアーツを叩き込んでしまった。

 横浜。斑は鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌だった。
 研修に使う予定の会議室のエアコンが故障したのだ。悪いことに他の部屋はすべてふさがっている。
 異常な猛暑。エアコンなしではとてもではないがそんな頭脳労働などできない。
 やむなく3時間待って他の部屋が開くのを待つことにした。
 むろん斑が時間をひねり出すためにやった。リトルデビルでエアコンの制御系をヒートさせた。
「では午後一時より研修をはじめます。とりあえずそれまで時間をつぶしていてください」
(よし。片道三十分程度行けばもっと人気がなくなる。久しぶりに殺しができる。教師になりすますためとは言えど期末考査用の試験問題を作成させられていたからな。ストレスもたまる。やはりストレス発散には殺しに限る…むっ)
 上機嫌の斑だったがホテルの前に奇妙な一団を見つけて硬直する。
 着ぐるみのバンドだった。恐らくは何かの宣伝なのだろう。子供たちに愛想を振り撒いている。
 そのうち子供たちが何か引いてとせがみだす。ベース担当だったリスがぞうさんと呼ばれるギターに持ち替えた。曲を弾く。
「おおっ。これはGrand Funkの『We’re an AmericanBand』だっ。渋い」
 受けて気を良くしたか別の曲も弾いてのける。
「今度はジミ・ヘンドリックスで『Purple Haze』かぁ」
 そして最後は何故かいきなり『六甲おろし』だった。斑はその様子を見て
(私の勘が『気をつけろ』と言っている。あのリス…只者ではないな。当然顔はわからないが…なにかが危ない。なにかが。この手の勘はバカにできない。過去に何度も救われている。とりあえずは様子を見よう)
 彼は他の教師同様にロビーの喫茶コーナーでアイスコーヒーをたのむ。

 例によって例のごとく姫子の極端な着替えの遅さゆえに五人娘は置いて行かれた。
 遅れてプールに到着する。シャワーを浴びてみずきが出ると…拍手喝さいだった。
「な…なんだ!?」
「さぁー。遅れてきた注目の五人。まずはエントリーナンバーいっちばぁん。赤星みずき」
 まるでショーの司会のように男子生徒の一人。古田はマイクを持ったつもりで盛り上げる。
「小さい体ですがダイナマイトボディ。ソフトボールくらい…失礼。へたすりゃハンドボールくらいあるそのバストは男子だけでなく女子も注目。くびれたウエストと意外に大きな安産型のヒップが健康的な色気を振りまいている」
「な…なにやってんだよっ」
 みずきは猛烈に恥ずかしくなってきた。視線が本当に痛いものと思い知らされた。上条達の後ろに隠れてしまう。
「なにしてんのよ? みずき」
 シャワーの音で先に行ったみずきの状態まではわからない。予備知識なしで『ステージ』に上がってしまう七瀬。
「エントリィィィナンバー2ゥゥゥゥゥゥ。及川七瀬」
「え? え? え?」
 いきなりのステージに戸惑う七瀬。
「家庭的な雰囲気の彼女ですが水着姿もぽっちゃりと母性的。トップバストは赤星にも負けてないがアンダーもあるためCカップどまりですが、そのふくよかなスタイルは優しげで隠れファンも多いと聞く」
「いやぁぁぁぁ」
 注目を浴びた七瀬は恥ずかしさから女子の列の後ろに隠れてしまった。
「どうしたの? 七瀬ちゃん」
 何も知らずにひょいと現れる綾那。
「エントリーナンバァァァァァァァスリャアアアアア。若葉ぁぁぁぁぁ綾那ぁぁぁぁぁ」
「え? なになに」
 きょろきょろと見まわすがショーは続く。自分が男子ほとんどの注目を浴びているとやっとわかった。
「先ほどの及川とは正反対。貧乳。童顔。このまま小学校に行っても違和感のない体型。だがそれがいい
「そうだ。そうだ」
「胸はないのが美しい」
「つるぺた万歳」
「誰が『つるぺた』よォォォォォ」
「あんぎゃああああああっ」
 さすがにここまで言われて綾那も切れた。フラッシュショットの強化版。フラッシュキャノンが何人かの男子をまとめてプールに叩き落す。
 しかしそれでも男子たちはめげない。次に現れた『モデル』に合わせて司会を続ける。
「エ…エントリーナンバー4ォォォ。村上真理。これは美しい。普段は時代遅れのヤンキー風ロングスカートに隠れた足がこうまで長くて白くて細いとは。この古田でも見ぬけませんでした」
「…バカやってんじゃないよ…」
 どうやら榊原をのした後なので突っ込むほどの怒りもないらしい。そのクールさが逆に怖くて古田は黙りこむ。そして…。
「あんみなさん。待ってくださいな。この姿で殿方の前に一人で出るのはさすがに恥ずかしいので…」
 ところが全く望みと逆にさらし者状態になってしまった。
「ゑ?」
「そして最後はエントリーナンバァァァァァァァファァァァァイブゥゥゥゥゥ。北条姫子。さっきの村上と見比べるとさすがにまだ子供っぽいがそれでもその雪のように白い肌は充分に色っぽい。バストは見た感じBカップ。しかしその控えめな辺りがいかにもお姫様」
「あのっ…あのっ…」
 水着姿を男子に注目されて赤面する。そのもじもじする様子が余計に可愛く見えた。
「かーわいい」
「やめてください。恥ずかしいですぅぅぅぅぅ…きゃあああーっ」
「ぶろっ」「ちにゃ」「へれっつ」
 錯乱した姫子は赤面しながら自宅から『姫神』に持ってこさせた薙刀で、手当たり次第に男子生徒をプールに叩き落し自分もプールに飛び込んでしまった。体育担当が怒鳴る。
「北条。準備体操もしないうちに水に飛び込むやつがあるか」
「藤宮先生…論点が違う…」

 男子と女子に分れて準備体操が始まる。女子の榊原を見る目は氷のように冷たかった。
「榊原くんは優等生だと思ったのに」
「がっかりだわ」
「スケベ」
「ま…待ってくれ。確かに俺はスケベだが…じゃなくて、あれは君たちを覗き魔から守ろうとした上の誤解だ」
「どーだか」
「信じてくれ」
「どっからそんな情報を得たのよ」
「う…」
 それは言えない。いくらマリオネットマスターが多いといえどそうでないものが圧倒的に多い。だからできるだけ『人形遣い』であることは明かしたくなかった。
 その点はまさに同じ力を持つ面々。そして実は男でありながら女子として通学しているみずきにも理解できた。
 だが大半の事情を理解できない女子にはその場しのぎの嘘にしか聞こえなかった。
「ううう……」
 落ちこむ榊原。だが男子には逆に親近感を持たれていたからわからない。
(嫌味なほど頭がいいやつと思っていたが)
(やるじゃないか)
(漢だぜ)
 好色はおよそ男の警戒心をなくさせる。
 斑のように『人殺しが趣味』と言えば誰も不気味に思い近寄りはしないが『女が好き』と言えばにやりとするだけである。
 面白いものでこの失策が榊原と他の男子の距離を縮めていた。

 全員を整列させて藤宮が論じる。
「君達の水泳は今回初めてだったな。そこで今回は君達の力量を見る。クロールでも平泳ぎでもバタフライでも背泳でも構わん。泳げなければ歩いてもいい。とにかくこの25メートルの水を突っ切れ。今後の参考にする。それでははじめるぞ」
 出席番号順に六人ずつであった。秋山幸一。池山祐輔。岩本努。緒方浩一郎。風間十郎太。上条明だった。
「先生。質問」
「なんだ。上条?」
「潜水はOKですか?」
「構わんが…なんだ。その赤いバラは」
「いや…どうせなら永久氷壁を破るところからやりたいんですが…でも最近じゃ格闘家に八つ当たりしているシスコンのフランス美形もいるしな…あ。それと先生。僕が突然、水中で痙攣起こした挙句カミキリムシ男になっても見捨てないでくださいね」
「何の話しだかわからんが…とにかくはじめるぞ」
 全員が飛び込みの体勢だ。スターター替わりのホイッスルが鳴り響く。
 秋山がいきなりバック宙返りで飛び込んだ。
 『まいど』と叫んで岩本が飛び込む。
 緒方は絶好のスタートを切った。速い速い。
 池山はなぜかフルスイングするように身を捻り飛びこむ。そして上条は。
「水中戦ならオイラの出番だ。チェーンジゲッター3。スイッチオン」
 空中で正座した状態で飛びこむ。正座した部分があたかもキャタピラのようだ。…が、それに飽きたのか水面から顔を出すと
「ワオ!!」と叫びクロールで猛追する。この時点でも風間十郎太は立ったままだ。
 ざわめくのは男子だけでなく女子もだ。真理たちもその様子を傍観している。
「なんだ? 十のヤツ。ああ見えて実はかなづちか?」
「え? そうなの。よかったぁ。忍者の風間くんがかなづちなら、女の子の私が泳げなくても変じゃないわよね」
「鎖帷子つけて走り高跳びのクラス記録を持つやつがそうだとは思えないが…」
「うーん…でも陸上は得意でも水泳はだめな人っているよ」
「十郎太様は水泳も達者ですわ」
 既に先行者は半分をすぎた。瞑想していた十郎太がカッと目を見開くと
「えいやぁ」
 気合とともに水上を走り出した。
「な!?」
 非常識な生徒の多い学校だがさすがにこれにはみんな仰天した。この力を知っていたであろう姫子はニコニコと微笑んでいる。腕組みのまま仁王立ちの藤宮も表情を変えない。
 スプリンターが百メートルを駆け抜けるようにあっという間に対岸にたどり着く。
「な? な? な?」
 余りのことに呆気に取られる一同である。先に泳いでいた面々もたどり着いて十郎太を見上げる。
「動から静。無から有。諸行無常。とどまれば沈むがその前に先に行けば済むこと。『水切り』はそれを極意とする。これぞ、風間流」
 淡々と説明するが帰って混乱する面々。
「簡単に言うけどよ…」
「陸上を走ってもあれだけ速くは走れないぜ」
「非常識は今に始まっちゃいないが」
「すごいですわ。十郎太様」
 姫子のふんわりした雰囲気で一気にみんな萎える。
 「まぁ忍者ならあのくらいありか」とクラスメートはかってに納得してしまった。
「風間…見事だ。だが…これは水泳の授業だ。向こうにたどり着けばいいわけじゃない。やりなおせ」
 当然と言えば当然の藤宮の言葉であった。

 かれこれ三十分は着ぐるみのリスは様々な曲を弾いていた。それもハードロックと呼ばれるものを中心にだ。
(この炎天下をタフだな…さて。冷静に考えれば張り込みは考えにくい。確かに向かいには張り込みに使える建物がない。車の中は意外に目立つからな。だからあの着ぐるみは姿を隠す目的としては使えるだろう。だがマークされる謂れがない)
 ここで彼はアイスーコーヒーをすする。
(証拠は何も残していない。お遊びで死体の一部を残したりはしても私の痕跡など残していない。だから私を…『中尾勝』を疑う者など上条繁以外には…なるほど。確かに上条繁なら私と顔を合わせているから顔を隠すためにああ言う姿になるのも理解できる。そして『まさか』と言う目立つ着ぐるみでの張り込みと言う盲点が油断を誘う。
 確証は何もない。だが…ここは残念だが…おとなしく教師のふりをして過ごすしかないらしいな。しかし忌々しい。
 今日こそは殺しができると思っていたのに…この鬱憤はどうやって晴らしてくれよう)
 リスは中原めい子の『ロ・ロ・ロ・ロシアンルーレット』を弾いていた。

 『テスト』は榊原達のグループになっていた。彼は飛び込むとダイナミックにバタフライで泳ぐ。腰の動きがなにかいやらしい。
 幾人かの女子は妙な想像でもしたらしく頬を赤らめる。なぜか腹を立てた真理はガンズン・ローゼスで榊原を一本釣りしてしまう。
 ご丁寧に榊原が釣られた魚のようにばたばたするから余計その印象が強まる。
「この変態。なんて腰の動きをしてやがる。泳ぐなら普通に泳げ」
「な…何を言ってんだよ。俺は普通に泳いでいたぞ」
「その腰のどこが普通だ」
「なに想像してんだ。欲求不満か? 俺が今夜慰めてやろうか?」
 その直後、顔面をわしづかみにされて真理に右手一本で吊るされる榊原の姿があった。
「村上。そんなに体力があまっているなら女子の番で思う存分泳げ」
どたばたな水泳は続く。

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