第11話『サマー・パニック』Part3   Part2へ戻る

 ドコドコドコドコ。インプレッサが走る。
 運転している青年は商店街の出口から出てきた赤星瑞枝の姿を見つける。
 彼女がなにか涙を拭っていたように見える。それが気になった青年は車を寄せて軽くクラクションをならして呼びとめる。
「こんにちは。瑞枝姉〜さん(ねーさん)」
「あら。こんにちは」
「お店に戻るのでしたら送りますよ。コーヒーも飲みたいし」
「まぁ。それじゃお言葉に甘えちゃおうかしら」
 瑞枝は助手席へと乗りこむ。
 青年と瑞枝は学校の先輩後輩である。年は離れていたがなにかと瑞枝が世話していた。だから瑞枝が結婚した今でも青年は彼女を『姉〜さん』と慕う。
 瑞枝にしても昔馴染みなので警戒心を持たない。元々それが希薄な女性ではあるが。
 割りとおしゃべりな瑞枝だが、暑い中を買い物していたのをクーラーの利いた車内に入ってひと心地ついたか言葉を失う。
 青年はそのままゆっくりと車を走らせていたが涙の理由を尋ねた。
「姉〜さん…何かさっき泣いてたようにみえるけど」
 彼は深みのある良く通るいい声で話しかける(イメージCVは朗読家の三好伸長さんで)
「あら…見てたの。ごめんなさいね。びっくりしたでしょう」
「何かあったんですか。僕で良ければ話を伺いますが」
「ウチの娘ね…」
(娘? 姉〜さんたしか男ばかりのはずだが…でもそう言えば可愛い女の子もウェイトレスしていたな)
 彼が勘違いしているのは薫の事である。もっともみずき女バージョンも見ているかもしれない。
「昨日、痴漢に遭ったの」
 言葉に詰まる青年。そりゃあ娘の災難を思えば母親として涙の一つも落とそうものである。何とか慰めようと言葉を絞る。
「あ…その…姉〜さん。なんと言っていいかわからないけど…」
「嬉しかったの…」
「は!?」
「ちゃんと世間の人も女の子と見てくれたと証明されて…しかもいけないことと知りつつも思わず触りたくなるほど可愛い娘になったのねと思うとつい目頭が熱くなって」
「は…はははははははは」
 青年の乾いた笑いが車内に響く。

 無限塾のプール。男子が終わり今度は女子となる。やはり出席番号順である。
 みずき。池澤春華。今井裕子。七瀬。菊地志保子。女子が少ないからこちらは五人ずつだ。
 七瀬だけは飛び込みではなくはじめから水中にいる。それにちらちらと視線を送るみずき。
(遊びのプールだったら水遊びや日光浴でいいけど泳ぐとなると…大丈夫かな…あいつ)
 普段ケンカしているのに心配してしまうほど七瀬のカナヅチは重症だった。
「それじゃはじめるぞ」
 藤宮がホイッスルを鳴らす。
「いっくぞー」
 元気良く飛びこむ今井裕子だったが進入角を浅く誤って見事に腹を打った。よくある事故である。
 あまり見ない事故なのはみずきである。彼女は深く誤った。
「ぎゃっ」
 水には飛び込んだがそのままプールの底に頭を打ち付けてしまった。死んだ魚のようにぷかぷかと浮いてくる。
「ドジもあそこまで行くと神業だな…」
 真理もあきれている。姫子はただにこにこ笑っている。綾那が慌てた声を出す。
「大変。七瀬ちゃんが」
 ビート板を使っていたにもかかわらず3メートルも進まぬうちにずぶずぶと沈んだ。
(七瀬!?)
 沈む様子が目に入ったみずきは我に帰る。潜り込んで七瀬の背中から引っ張りあげる。
 過去にも七瀬は何度もおぼれていてそのたびに助けるのはみずきの役目だった。
 一度は最短距離を真正面から救出に向ったらしがみつかれて二次災害にあった経験から、それ以降は背中に回りこむようになった。
「ちきしょー。やるんじゃないかと思ってたんだ」
 七瀬をうつぶせに寝かせて背中から押しこむ。ポンプのように水が吐き出される。だが意識が戻らない。ひっくり返して胸を押すが…
「だめか? 息を吹き込むしかないが」
 藤宮には珍しくためらう。自分はさておきみんなの見ている前で公開キスの形では七瀬が不憫。いくら人工呼吸と言えどである。
「先生。こいつにやらせよう」
 真理がみずきを指差す。
「オレが?」
「恋人のピンチになに言ってやがる」
「そ…そうは言っても」
 だがそれしかないのも事実。みずきは意を決した。
 七瀬の唇に意識が向く。それに今から…思わず自分の唇に指をやるみずき。そのためか体が女だが心は完全に男モードに戻っていた。
(人工呼吸と言えど…カウントに入らないといっても…まだキスなんてしたことないんだぜ…それをこんな大勢の前で…)
「みーちゃん。ちょっとまって。みーちゃん」
(だが…それを言っている場合じゃない。早く息をふき返させないと)
 綾那が騒いでいるが無視した。みずきは七瀬を助けるために唇を寄せる。優しい目つきをしているが…美少女同士である。おもいっきり怪しいムードである。
 静まり返っているが邪な盛り上がりの一同。段々と顔が近づく。目を開けていられなくなり瞼を閉じる…が、七瀬の方が薄目を開けた。急接近しているみずきの顔に驚いてつい
「いやーっっっっっ」
 思わず横っ面を張り倒してしまった。
「ぎゃん!!」
 勢い良く転がりプールに転落するみずき。それを横目に綾那がぼやく。
「あーあ…だから待ってって言ったのに…マドンナが体力を戻してたのに…」

 プールサイド。七瀬は溺れて泣いていた。だがみずきは容赦しない。
「泣きたいのはこっちだぜ。。助けてやったのにこれはあんまりだろ」
 自分の左頬を見せる。くっきりと七瀬の手形がついている。
「みずきがわるいんじゃない。初めての相手が女の子なんていやよ。せめて男に…」
(ちょ…ちょっと待て。『キス未遂』や『大勢の前』が嫌なワケじゃなくポイントは『女同士』だったってこと? おれが男ならOK?)
 七瀬のほうも失言を悟った。二人して赤くなり黙りこくってしまう。
 廻りは冷やかし通り越して恥ずかしくなってきた。

 テストは順次進む。最終組は氷上京華。平松晶乃。北条姫子。村上真理。そして若葉綾那だった。
 姫子はいつもの日本人形のような長い黒髪を編んで束ねてあげていた。普段しない髪形のせいか気になるらしくしきりに手で触っていた。
 真理は「おーっし。一丁やってやるか」と言わんばかりの笑みで水泳だというのに、喧嘩のように指を鳴らしていた。
 綾那は普段の授業と違い得意の体育でアピールすべくすでにテストを終えてプールサイドで見学中の上条に『見ててね』とばかしに手を振っていた。だが

大きな娘。普通の娘。極端に小さな娘(笑)

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの参太郎さんに感謝。

「お待ちなさい。村上さん」
 いつのまにか金網の上に水着姿の麻神久子がすっくと立っていたのだ。
「あなたが悪ではないとわかった今でも純然たる闘志だけは残っています。水泳。それも飛びこみは私も得意なのです。いざ、勝負」
「麻神。お前は今は自習のはずだ」
 担任であり『正義クラブ』顧問である藤宮が当然の問いをする。
「確かに…中尾先生が研修で物理は自習です。それを抜け出すのは悪。しかし遺恨を残したままでは正義を守れません。村上さんと決着をつけるためならこの麻神久子。あえて悪にも堕ちましょう」
「…言ってることがむちゃくちゃ…」
 傍らで聞いていたみずきがつぶやく。
「勝負を挑まれちゃ背中向けるわけにゃいかねーぜ。来い」
「真理ちゃんまで乗るし…」
「良かろう。漆(くろ)い情念を見事昇華して潔(しろ)い情熱に変えて見せろ。特別に許可する」
「ありがとうございます」
 番外の第六コースができた。

 ホイッスルが鳴る。久子はとにかく遠くで着水しようとした。すなわち進入角が浅くなる。
 これまた見事に腹を打つがそれだけにとどまらない。バウンドしてさらに弾ける。その繰り返しのまま対岸まで届いてしまった。
 ちょうど水面に平たい石を投げるあれである。最後には水面から弾かれて金網に激突する。
「きゅう〜〜〜〜」
 結局そのまま気絶してしまった。
「……なにしに…来たんだ…あいつ」
 呆然としてスタートを切れなかった面々の中で真理が代表でつぶやく。

 久子をプールサイドに横たわらせて改めてスタート。
 数学を中心とした学業は壊滅的な成績の綾那だが運動神経は抜群にいい。
 陸上では男子に負けない健脚だが水中でも驚くスピードだった。男子の一人が隣に話しかける。
「やっぱつるぺただから水の抵抗も少ないし腕も振りやすいんじゃないか」
 ぴたっ。綾那の動きが止まり水中からジャンプしてその男子の前に着地する。
「つるぺたじゃないもん。大人になったらもっとおっきくなるもん」
 恐ろしい程のコンプレックス故か水中にも拘らず聞き逃さなかった。顔を真っ赤にして抗議している。男子はからかいで続ける。
「無理無理。15でそれじゃ多少膨らんでも精々小学生なみ。谷間なんて夢のまた夢」
「ばかーっっっっっっ」
 フラッシュアッパーで高くふっとばす。それを見ていた藤宮が冷静に言う。
「若葉。やりなおしだ」

 豪快なクロールの真理は綾那には及ばない物のかなりの速さである。
 一方姫子は音も立てないような静かに優雅な平泳ぎ。マイペースで到着する。これですべての測定が終わった。
「よろしい。後は終了まで今日は遊んでいいぞ。本格的には次回からだ」
 歓声が上がる。ほとんどが水に飛び込むがカナヅチの七瀬が入りたがらず。それに付き合って五人娘も固まってプールサイドにいた。
「しかし…こんな授業じゃなくてどこか南の島にでも泳ぎに行きたいよな」
「私は温泉がいいわ。泳ぐのは嫌」
「でしたら…九州へまいりませんか?」
「九州?」
 唐突な姫子の提案に怪訝な表情をするみずきたち。
「はい。実はおじい様から社会勉強で友達と旅行に行くように勧められております。九州なら温泉も海水浴場もあるでしょう」
「わーい。旅行旅行。でもおかねどーしよー」
「おじい様はそれもお考えのようです。付き添いだから要らないと。もしもそれが不満ならいつか返してくださればよいと仰ってます。ただこれはどうも宿泊先がみんな北条グループのホテルらしくてその様子も見てきて欲しいと頼まれて」
「なるほど。モニターのバイトと考えればいいのか」
「いい話しだけどオレはパスだな。女ばかりの中にオレがいちゃ拙いだろ」
 半分だけ本音である。体裁を考えれば男が一人混じっていたら七瀬達が色目で見られるし、かといって朝から晩まで女で居続けるつもりもなかった。それを知ってか知らずか。どちらかと言うと勘違いで姫子が言う。
「いいえ。十郎太様もご一緒ですわ」
(あ…そうか…考えてみればもっともだな。実はそれが一番の目的でおれたちをだしにしてるんじゃ…それならそれで乗るけど)
「榊原さんと上条さんにも既に十郎太様からお話がされているはずです」
「え? 上条クンも来るの やったぁ」
「うげ。カズもか。痴漢を同行させてるようなもんだぜ」
 一同大笑い。そこでホイッスルが鳴る。水泳授業か終わる。整理体操をして更衣室へと戻る。

 ただし榊原だけは校舎裏へと直行した。

 女子更衣室。着替えが始まるが…姫子は幼児より遅い。短気な真理はいらつきとうとう
「あーっっっっもう。見てらんないね。アタイが手伝ってやるからちゃっちゃと着替える」
「あっ。やめてください。お着替えくらい一人でできます」
「あんたのペースでやっていたら日が暮れる。そら」
「あっ。水着を引っ張らないでください。お肌が見えてしまいます」
「村上さん。嫌がっているのだからやめたらいかがです」
 当然だが久子も更衣室で着替えていた。二人は自分の着替えもしないまま争いはじめた。

 一見普通のサラリーマン風の目立たない風体の男が、軽がると塀を飛び越えて無限塾に侵入する。
 狙いは女子更衣室。中から騒いでいる女声が聞こえる。ちゃんと居る証拠を得て男はにんまりと笑う。
「おい」
 背後から声をかけられて覗き魔は硬直する。塀のそばの植えこみから榊原が姿を現した。
「全く…抜けてたぜ。時間と言う要素を忘れていた。なにも水着に着替えるときとは限らないしな」
「ぐ…ぐぅっ」
「お前のおかげで濡れ衣を着せられたんだ。存分にやらせてもらうぞ」
 覗き魔は逡巡する。塀から戻るには榊原との衝突は必至。だが反対方向。すなわち校舎側だと人気が多い。
 この場は逃れても顔を見られる。多勢よりは一人と判断した覗き魔はいざと言うときのために用意した折りたたみ式の小さいナイフを抜く。
「そんな刃渡り5センチ程度のナイフで太刀打ちできると思ってんのか?」
 とは言うがこれは心理的な揺さぶりだ。
(この場に及川はいない。怪我をしてもすぐには治してもらえる期待は捨てるべきだ。あんなナイフでも場合によっちゃ致命傷になる。小さいナイフだ。刺されても腹なら何とか持つだろう。問題は横に払うようにされた場合だ。首筋や手首なら文具のカッターでも充分殺せる。特に首筋だと助けが呼べない…まいったな。近寄らなきゃ良いがそれだと投げが主体の俺にはなにもできないぞ。簡単に塀を飛び越えるくらいだから最低でも身の軽さはあちらが上。だが…逃がすつもりもない)
「どうしたどうした。ナイフを抜いたのはりんごの皮をむくためか」
 挑発するのは釘付けにするのと人を呼ぶためだ。

 女子更衣室。どたばたしていたが外の異変に気がつく。
「またカズがなにかしてんのか?」
 まだ水着姿の真理は遠慮なく窓を開けてしまう。半裸の女子達は慌てて窓から見えない位置に逃げる。
「ちょっと真理。まだ着替えてんのよ。窓を閉めてよっ」
 だが真理はその女子のアピールは聞こえてなかった。榊原とナイフの男が対峙していたからだ。

 覗き魔はナイフをちらつかせて塀へと近づく。目的はあくまで逃走。ナイフは威嚇にすぎない。
 ずんずんと榊原に近寄る。右か。左か。あるいは虚をついて反対方向か。榊原は確信していた。
 男は跳んだ。なんと上だ。榊原の頭上を超えて一気に塀まで近寄るつもりだ。だがその場面は予知に出ていた。榊原もあらかじめタイミングを合わせて跳んでいた。空中で覗き魔を捉える。
「ランデブー」
「ぎゃっ」
 覗き魔はまさか空中で捕まるとは思わずナイフを振ることもできなかった。だが榊原もこの技では投げ捨ててしまうため逃走を阻止したに過ぎなかった。
(とりあえず逃がさなかったがもう予知はここまでだ。こんな博打はいつまでも続かない。
 くそっ。何とか地上で動きが止まれば…地上ならナイフに自信があるか。ヤツが突くより早く投げ飛ばす)
 覗き魔はあえて同じ手を使う。ずんずんと塀に向って歩く。榊原が近寄ってきた。覗き魔はナイフをまた抜く。

 事情を察した真理は歯噛みしていた。あのスピードとジャンプ力では二人掛りではかえって翻弄される。
 遠間から攻撃すれば良いが真理にはその手段がない。みずき。綾那。姫子は着替え中で外に出られる状態ではない。
「村上さん。何をしているのです。榊原くんの援軍に廻りあの不埒者に正義の鉄槌を下すのです」
 そうアピールする久子を見た瞬間にひらめく。そして…悪魔も逃げ出す笑み。
「そうだな…あんたの正義を見せてもらおうか」
「え゛!?」
 戸惑っている間に真理は猫の子をつかむように久子を右手一本で持ち上げて
「そうら。アタイとチャチャの『正義の怒り』だぁぁぁぁぁぁ」
 久子をボールのように覗き魔目掛けて投げ飛ばした。オリジナルの正義の怒りでもやるように頭突きでターゲットに当たる。
「ぐえっ!?」
 前方に集中していたから覗き魔にとってはたまらない不意討ちとなった。
「助かったぜ。村上。麻神。行くぞ。ディープキッス
 ふわりとゆるいジャンプ。そして立ちあがった直後で無防備な覗き魔の胴を両足ではさみこみそのままなぎ倒す。反対方向へと叩きつける。さらに立った相手の足を刈り反対方向の頬に張り手を見舞う。覗き魔は回転しながら吹っ飛び地面に叩きつけられる。
「大丈夫か。カズ」
 真理を先頭に着替えの終わった女子や男子が寄って来た。自分をなじった面々がいるのを認めた彼はにやっと笑い
「これで濡れ衣が証明できたな」と言った。

第11話『サマー・パニック』Part4へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ