第12話『死闘』

 ほとんど一芸入学のような無限塾にも定期試験はある。
 夏休み前。一学期期末考査の最終日だった。それも最後の教科。英語の試験中だった。
(あれ?)
 開始して一通り問題に目を通していたみずきは設問のミスを見つけた。
「先生」
 彼女は手を上げて質問をする。
「Oh どうしました? ミス赤星」
 金髪。碧眼。美人の上にグラマーなミッキー・ナラハシは日米のハーフ。
 英語はともかく日本語がいんちき臭いが、気さくな性格も手伝い人気者の英語教師だった。
「ここ…『fox』になってます。それだと意味が通じません」
 英語教師はしげしげと問題用紙を見る。そしてアメリカ人特有の派手なアクションで驚く。
「OH My God タイプミスでーす。『i』と『o』を打ち間違えました。これはいけませーん」
 無限塾のテストは教師が自作する。その際のタイプミスと判明した。
「Oh 気づかなければ大変なことになってました。miss赤星。あなたの指摘で助かりました」
「いえいえ」
 粗探しが趣味などではないが、なんとなく得意げなみずき。それに英語教師は続ける。
「お礼にワタシもおしえてあげマース。名前をまだ書いてまセーン」
 期せずして試験中のクラス内で爆笑が起きる。みずきは反論もせずに黙って記名した。
 中間考査では名前さえ書いてあれば満点なところを無記名で零点扱い。追試を受ける羽目になっていた。
 心なしか頬がほんのりと…
 なお、この問題に関しては解けなくても点数を与える処置がなされる事に。

 そして終了。解放された生徒たちは伸びをする。この後しばらく試験休みに入る。
「あー。終わった終わった」
「…………」
 校門を出て満面の笑みを浮かべるみずきと対照的に、恐ろしく暗い綾那であった。普段が普段だけに異様に見える。
「その様子じゃばっちりだったみたいね」
 表情から戦績を察知して七瀬が尋ねるとみずきはVサインを出した。
「いや…そう言うときはこうだろ」
 上条が握りこぶしで親指だけつきたてる『サムズアップ』をしてのける。そして一方では
「……その様子じゃ全然だった様だな……」
 心を読むまでもなく誰の目にも明らかな綾那の落胆ぶりである。上条にしがみついて泣き喚く。
「あーん。上条くぅん。テスト全然だめだったぁ。追試になったら九州旅行いけないよー」
「まてまて。追試と決まったわけじゃないだろ。赤点取りそうなのはいくつあるんだ」
 綾那は上条にしがみついたまま右手の人差し指を立てた。
「一教科か。それなら」
 綾那は首を横に振る。
「えっ? ひとつって…もしかして無事なのがひとつって意味?
 綾那はこくりと頷いた。これにはみんな言葉がない。
「そ…そりゃあちょっときついかな…」
「心配は要りませんわ。綾那さん。追試は試験休みの間になさるようですし、旅行は八月に入ってからですよ」
「そうそう。追試だったとしても恥ずかしくない。何しろあの赤星でさえ受けてるんだ」
「ありゃ名前を書き忘れたからだ」
「ウザイ話題はここまでにしようぜ。明日辺りぱぁーっと遊びに行かないか?」
 やはり優等生を装う榊原も試験が終わると気が緩むか地が出ていた。
「うむ。気分転換はリーフレッシになるでござろう」
「『リフレッシュ』ね…」
 一学期も終わろうかと言うのに十郎太の横文字嫌いは直ってなかった。
「そうだな。いっちょ…」
「カラオケだったらいかねーぞ!!」
 今まさに言おうとしたせりふをいきなり先取りどころか、一足飛びに返答まで返されて言葉に詰まる上条。
 実はみずきはかなり音痴なのである。それをよく知っているだけに七瀬は苦笑する。
「歌よりも何か体を動かしたいぜ。テストはきつかったもんなぁ。特に初日。しょっぱなのカオスの物理」
 しかめっ面のみずきの言葉に頷く一同。
「そうですわね。なんと申しましょうか…こんな事を言ってはいけないのでしょうがテストから『悪意』を感じましたわ」
 珍しく姫子が中傷じみたコメントをする。それだけ苦戦をみんな強いられた。
 しばらく談笑していたがそんな大げさでなく、みんなでできるものとしてボーリングに出向く事になった。
「わーい。ダブルダブルデートだ」
 これは二組が二組の意。その時点で綾那の機嫌はすっかり直っていた。

 ご機嫌斜めなのがみずきたちの担任。中尾勝である。
 初日の最初の科目故に採点の時間は十分にあったが、それでも期間一杯掛かってしまった。もちろん『趣味』に興じる暇もない。
(やっと終わったか…成りすました相手が教師と言うのがこの場合は厄介だったな。くそっ…いらん手間を…明日はウサ晴らしに絶対に誰かを殺す。横浜でもやり損ねてお預けを食っていたからな。真昼間でも構わん。変装してでも殺る)
 例えるなら名物を食べるつもりが食べそこない、今度こそ食べるぞと意気込むグルメのように殺人に意欲を燃やす中尾…斑信二郎である。

 翌日である。榊原と真理は連れ立って歩いていた。目的は喫茶レッズ。
 別に集合場所ではないのだが、街中でナンパしている榊原を真理が見つけてそれを食いとめ。流れでそのまま連れ立ち。
 しかしまだだいぶ待ち合わせにはあるため、時間つぶしで瑞樹と七瀬の両方を迎えに行くことにしたのだ。
「しっかし…あんたってホントにセンス悪いのな…」
 こってりした中華料理のデザートに、バターたっぷりのフランス菓子を出されたみたいな顔で真理が言う。榊原はスーツ姿なのだ。
「ボーリングにスーツで行くヤツがあるかよ」
「これが組み合わせを考えなくて楽なんだよ。村上だって派手派手じゃないか」
 豹柄のシャツに太腿までの黒い皮のミニスカート。金髪とあいまって派手であったが細く白い足がそれをすべて受けとめていた。
「これは何かと便利なんだよ。アタイのように恨み買いまくってる女にはさ」
「どう言う具合に?」
「こう言う具合に」
 怪訝な表情の榊原に無言で向き直ると右膝を大きく上げて見せる。
「おおおおっ。ご開帳っっっっ」
 すけべな中年の表情に一変した榊原が足と足の間に顔を突っ込もうとする。
「本能だけで行動するんじゃないっ」
 真理は真上から後頭部に肘を振り下ろした。榊原はアスファルトの地面に顔を突っ込むはめに。
「…と、まぁ…男相手には隙を作るのに有効なんだよ…あんたほど本能に正直な反応を示したやつはいないけどな。下着見えるのに構わなければ脚も動かしやすいから街中で喧嘩になってもなんとかなる。もちろんトンズラするのにもな」
 多少は挑発で自分に非があると思った真理は淡々と説明だけする。
「さあ。ついたぜ。赤星がまだなら茶でも飲んで待ってようぜ」
「ああ…ついでに及川に首を直してもらおう」
 寝違えたような動きで榊原が首をいじっている。
「いらっしゃいませぇ」
 いつものように柔らかい瑞枝の声が出迎える。客が榊原と真理とわかったら今度はダンディな声が掛かる。
「君たちも迎えに来てくれたのか」
「も?」
 言われてふとカウンター席を見ると、白い半そでブラウスとライムグリーンのジャンパースカートに身を包んだ七瀬がアイスティーを飲んでいた。声に気がついて振り向き驚く。
「真理ちゃん。榊原くん。どうしたの? こっちで待ち合わせじゃなかったはずよ」
「街中でナンパしてたからとっ捕まえて引きずってた」
「だめじゃない。そんなことしてたら」
 榊原は無言である。ただ照れ笑いをするだけだ。
「それで…亭主はどうした?」
「『亭主』って…もう。どうして瑞樹が私の夫になるのよ」
「アタイは赤星なんて一言も言ってないぜ」
 ニヤニヤする真理。引っかかった七瀬は熱くなる頬を両手で覆い
「もう…知らないっ」
 そっぽを向いてしまう。あまりにもそれが可愛らしくてそれ以上は突っ込む気になれなかった。素直に謝る。
「ごめんごめん。でも本当に赤星は? ここからじゃそろそろ出てもおかしくないよな」
「もうちょっと待ってて。瑞樹はいま服着てるみたい」
「着てるって…今まで裸だったとか」
 冗談で榊原は言ったのだが(ちなみに女バージョンをイメージして)七瀬は素直に頷いた。
「うん。日光浴してたんだって」
 一瞬で両者ともに納得した。水泳の度に水着の跡に大騒ぎしていた。
 事情を知らない女子たちは単にうるさい女としか見なかったが、本当は男で女物、しかもスクール水着の跡がついていればそりゃ消しに掛かるであろう。
 やがて階上から足音が。
「お待たせっ。七瀬…ってあれ? なんで榊原や村上がここに?」
 大き目の真っ赤なタンクトップに短パンと、バスケットボールの選手のようないでたちで瑞樹は現れた。
「なんだそりゃ? ほとんど裸じゃないか」
「これなら歩いているときも日焼けできるからな。涼しいし」
「確かに…随分努力したようだな。だいぶ薄くなってきてるよ」
 実際はそれを言うなら焼けてない部分が焼けてきたと言うわけである。
「で…日光浴してたそうだが男? 女?」
「女」
 榊原はからかいで言ったが瑞樹は素直に答えてしまった。
「えええっ? 女でやったのかっ」
 さすがにこれには榊原だけでなく真理まで驚いた。
 いくら仮の姿と言えど女で上半身に何も纏わずに…しれっとした表情で瑞樹は解説する。
「男でスクール水着跡をさらすよりは女で露出が高い方がまだ我慢できる」
 ちなみに下はビキニのボトムだった。面積が少ない分だけ男のときにごまかしが利くからだ。恐ろしく色っぽい格好だった。
「と…言う事は…女の赤星がその大きなおっぱい潰してうつぶせに…うなじから背中にかけて色っぽく…ぐふふふっ」
 まさしく中年のいやらしさ。真理が仕置きするより当事者が動いた。
「人の女バージョンで変な妄想するんじゃないっ。食らえっ。コスモスエンドーっっっっ」
 照れと怒りで真っ赤な顔の瑞樹が蹴りを乱発する。
「ぶっぎゃあーっ」
 妄想にふけった分だけまともに食らった榊原は、吹っ飛ばされて反対側の壁にめり込む。白目をむいている。
「馬鹿者。そこまでやるヤツがあるか」
 秀樹は瑞樹を一喝すると榊原に駆け寄る。その刹那。
(あれ?ビッグ・ショット)(なんか予知したのか?)
 マリオネットマスターの少女二人には、ほんのちょっとだけ出現した榊原のマリオネットが見えた。榊原の口が動く。
「!!!」
 秀樹の表情がこわばった様に見えた。それも瞬時に消すと秀樹は榊原を助け起こす。
「……七瀬くん」
「はーい」
 手招きされた時点で用件はわかっていた。他に客がいないこともあり七瀬は榊原を治療する。
 幼い頃からの付き合いで赤星一家は全員七瀬の能力は知っていた。
 そしてギブアンドテイクと言うわけでもないが、みずきが本当は男と言う秘密の引き換えにみんな自分の能力は明かしていた。榊原が予知能力者とも秀樹は知っている。
 故にその表情の変化が気になった。七瀬は素直に尋ねた。
「おじさま。さっき何か悪い予知でも?」
「ン?…ああ…パチンコで惨敗らしい。今日は行かない方がいいな」
「はぁ(おじさまはギャンブルしないはずだけど…)」
「ン…」
「おお。気がついたか。すまなかった。ウチのバカ息子が…」
「いえそれはまぁ…ところで俺なんか口走りました? どうも意識が飛んだときに出たみたいだけど覚えてなくて」
 この現象は割りとよくあった。本人が覚えているのは何も考えずに歩いていて予知したときとか(ひらめきに近い)夢の場合である。
「いや。別に何も」
「…そうですか…」
 秀樹の言葉でなんとなくうやむやになった。
 そうしているうちに元々みずきと七瀬が設定した出発時間が来たので四人は店を後にする。
「いってらっしゃーい。車に気をつけるのよー」
 笑顔で見送る瑞枝。それにそっと近寄る秀樹。真剣な表情で彼は尋ねる。
「瑞樹は今日…どこで遊ぶと言っていた?」

 中尾勝の借家。それほど広くはないものの2階建てのありふれた住宅であった。
 その玄関でクリーム色のポロシャツに黒いスラックスと言う格好の中尾勝は革靴の紐を結んでいた。
「あら? おでかけ?」
 昼食の準備をしていたのかエプロン姿の妻・百合子が尋ねる。
 中尾…斑は一瞬ぎくりとなる。どう嘘をつくか考えたがむしろ本当の事を言ったほうがいい。
「ちょっと気分転換だよ。ここのところ採点などでこもっていたんでね」
 腰を浮かせると札入れがこぼれおちる。中尾は慌ててそれを抑える。それを見た百合子は何か合点が行ったような表情になる。
「いってらっしゃい。缶詰が切れてたからそれがいいわね」
「気分転換の散歩だよ。昼はいらない」
「ふふ。たまにはいいわよ」
 百合子は夫がこっそりとパチンコに行くものと解釈していた。余談だが一切ギャンブルをやらない百合子はパチンコでは景品のみと思いこんでいる。
 実は中尾自身が結婚を機にやめる約束だったが、しばしば行っていたのを百合子は感づいている。もちろん…そう思いこませた。
 気分転換で殺人をしに行くつもりなのである。中尾は玄関から消えた。それを見計らったように一人娘のめぐみが出てくる。
「めぐみ。あなた最近どうしたの? パパを避けてない?」
 中学一年生。多感な年頃の少女は怯えたような瞳をして母親に訴える。
「変なのはパパの方よ。『あの事件』以来すっかり人が変わっちゃって…今のパパ…嫌いよ」

 駅で合流。ボウリング場へと移動する8人。
 上条は白いシャツと黒いズボン。そして指だしタイプの皮手袋をしている。なぜか赤い鉢巻をしていた。
 綾那はピンクのマリンルック。しかもミニスカートだが小学生に見えてしまう。
 十郎太はポロシャツにスラックスと若いといえない格好。彼なりに溶け込もうとした努力の成果である。
 そして姫子はさすがに和服は避けた。シンプルな白いワンピース。同色の大きな帽子を被り海辺で犬の散歩をしていたら完璧だった。

 手続きをしたらレーンが二つになった。
「どう分ける?」
「単純に男と女で分けるとか」
「オレはどっちになるんだ?」
「学校ならともかく今はちゃんと男なんだから当然「男組」だろう…誰か手錠してプレイしない? アメフトと太極拳にも通じているといいんだけど」
「男組…そうかぁ…男と認められたか」
 ここ最近は女子として扱われて、男と見なされない瑞樹は感動すらしていた。
「単に四対四になるからだろ。カズ。同じ数なら勝負だな。男と女。どっちが点数を稼ぐか」
「いいね。それで賭けるか。俺たちが勝ったら一発やらせろ
 即座に真理の膝蹴りが榊原の顔面にめり込む。鼻血を吹きながら榊原は訂正する。
「ま…間違えた。負けた方が勝った方の昼飯代を出すのはどうだ」
「どうやったらそれを間違えるんだ? だが昼飯賭けての勝負か。面白そうだな。アタイは乗るぜ」
「えー…でも榊原くん。こっちは女の子ばかりよ。ハンデが欲しいわ」
「ボーリングはパワーじゃない。コントロール。そしてテクニックだ。それにこっちには風間と赤星がいるんだぞ
「ああ。そうね」
 納得の七瀬たち。
「………おい!!」
 めちゃくちゃ不満走な瑞樹。
「じゃ方法は単純にスコアの合計で競うか」
「…こら!!」
「厳しいな…赤星がいるのに…他の3人でカバーだな」
「…待て!!」
「世話をかけるようでござるな」
「ハンディ扱いされたお前までなに言ってんだよっ。風間」
「皆の言う事は的確でござる。お主もおのれを知るがよかろう」
 忍びは徹底した現実家である。だから自分の力量も他人の目で測ることができた。それゆえの判断であった。

 駅のトイレの個室。あらかじめコインロッカーに入れて用意していた付け髭をあご一杯に中尾はつける。
 それだけでかなり印象が変わるが、さらに頬を膨らますために綿を口に含む。これで肉体年齢よりかなり上に見えるようになった。
 サングラスで目元を隠し野球帽を被る。
 何しろ昼間である。誰に見られるかわからない。当然だが着替えも済ませてある。Tシャツにジーンズといかにも体育会系のスタイルだ。
 それほどの手間をかけ、さらにハイリスクをしょっても彼は殺しがしたくてたまらなかった。
 『準備』が済むと彼は最初に着ていた服を入れた紙袋を再びコインロッカーに入れる。外に出るなり空を見上げる。なんの変哲もない町。
(懐かしいな…浮浪者のときにはここを根城にしていたな…どこに何があり逃走ルートも熟知している。だからここを選んだが…さて。ターゲットを探しに行くかな)

 彼は知らない。今この時点で自分の『教え子』たちがここで遊んでいる事を。
 だがそうとは知らず誰も自分を知らない町と言う気楽さで彼は歩き出した。獲物を求めて。
 不気味な殺人者は彷徨する。その先の出会いも知らず。

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