第13話『素晴らしきベースボール』

 とある公園にある球場。両翼87メートル。センター最深部100メートルとさすがに狭いがちゃんとフェンスもついているし金網もある。
 都内では草野球用としては立派なほうであろう。真夏だけに芝も青々として美しい。
 その三塁側ダッグアウトに赤星秀樹がいた。片足をグラウンドに立てダイヤモンドを眺める。
 ユニフォーム姿だがビッグワンのそれではない。やがて後方のドアからダッグアウト内にどやどやと入ってくる。
「ったく…先に行くなよな。おやじ」
 同じユニフォームに身を包んだ赤星瑞樹である。
「へえ。いいグランドだね」
 これまた同じユニフォームの上条が入ってきた。
「待ってよ。上条くぅん」
 綾那が追いかけてくるがこちらは同じデザインだがしたがソフトボール用だ。腕と太ももが露出している。
「もう。そういう瑞樹も先に行かないでよね」
 七瀬もまたソフトボールスタイルなので綾那一人の趣味ではないらしい。
「こんな太ももを出したユニフォームなんて…榊原さん。恥ずかしいから見ないでください」
 顔を赤らめた姫子が逃げ込むようにダッグアウトに駆け込んできた。そして後ろから二つの殴打する音が。
 やがてソフトボールスタイルの真理と、普通の野球用ユニフォームの十郎太に両脇を抱えられて引きずられて榊原が入る。
「全員そろったな。借り物のユニフォームだがいいサイズがあってよかったな。しかし瑞樹。お前のはやや大きいのではないか?
 やはり女になってソフトボール用の方がよかったのではないか」
「ぜってーやだ」
「私達だって恥ずかしいんですよ。叔父様。貸してくれたチームってどんなとこなんです」
「うむ。男女混成チームでな。最初は全員同じだったがいつのまにか女子だけソフトボールになってな」
どーゆーチームだよ?」
 などと突っ込む瑞樹。
「我々には都合がよいではないか。さて。グラウンドの状態はどうだ?」
 腕組みをしたままダッグアウトを出てグラウンドを真剣に見渡す秀樹。
「親父…草野球でそこまで真剣にならなくても…」
「若いな。遊びと言うのは真剣なほど面白い。仕事と違い失敗が許されるのだ。
 ならば無難な安全策よりハイリスクハイリターンの方がより面白い」
 ついていけない瑞樹。七瀬も所在無げに一塁側を見ていた。同じ方向を見ていた瑞樹が口を開く。
「相手も来たようだぜ。親父」
 瑞樹の言うとおり一塁側にも動きが出てきた。

世代と性別のギャップ…

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 ことの起こりは三日前。
 元々対戦するはずのチームの大半が食中毒の被害にあってしまった。
 試合をキャンセルするしかないがなかなか取れないこの球場。しかも昼過ぎの絶好の時間。むざむざキャンセルも惜しい。
 急きょ対戦相手を探したが都合がつかず、喫茶レッズでこぼしていたのを話し相手の秀樹が
「急造チームでよろしければ何とかしてみますが」と言ったのが始まりだった。瑞樹を通じて集合がかけられた。
 瑞樹たちにしても斑の件でなんとなく何もする気になれなかったが、体を動かすのもいいかと乗って来た。

 対戦相手の商店街チームの監督とおぼしき人物がよってきた。恰幅のいい初老の男。サングラスが似合っている。
「おう。すまねーな。マスター。今日はお手柔らかにたのまぁ」
 江戸っ子のイメージである。
「親分こそ。よろしくお願いしますよ」
「親分?」
 そばで聞いていた瑞樹が怪訝な表情をする。
「この大沢さんは肉屋さんなんだが、その気風のよさで大沢親分とも慕われているんだ」
「べらんめえ。それじゃやくざの親玉みてえじゃねぇか」
 巨体をゆすりかっかっかと豪快に笑う。確かに豪傑だ。
 その後ろから初老の男性が近寄る。瑞樹の後ろからは七瀬が。
「瑞樹。キャッチボールしましょ」
「えー。お前けっこうぽろぽろこぼすしリズム崩れるんだよな。姫ちゃんや若葉達と三角でやったら」
「なによっ。キャッチボールの相手くらいしてくれてもいいでしょ。瑞樹のバカぁ」
 人前でバカにされて切れた七瀬は思いっきり瑞樹の頬を張り倒してしまった。三塁ベース付近まで吹っ飛ぶ瑞樹。入れ替わるように初老の男性が挨拶に来た。
「いやー。どーもどーもマスター。今日は本当にお手数かけます。ひとつよろしくお願いします。ところでお嬢さん」
「は…はい!?」
 若いころはハンサムだったろう男は甲高い声で挨拶をしていたが、いきなり七瀬に向き直る。突然のことに驚く七瀬。
「いやー。さっきの彼をふっ飛ばしたいわゆるひとつの平手打ち。見事でした。テークバックからトップスピードに乗るまでほんのわずかな時間。インパクトの瞬間まで無駄なパワーは入らずジャストミート。フォロースルーもビューティフル」
「は…はぁ?(えー…なに言ってんだかわからないわ)」
「どうです? ウチのチームに来ませんか。時には逆風に逆らい荒波を乗り越える事も必要ですよ」
「シゲ。いいと思ったらだれかれ構わず口説く癖は直せ。すまねえな。お嬢ちゃん」
「い…いえ」
「そうそう。忘れてました。ワンちゃんが今日の試合を引きうけてくれたお礼を持ってくるんでした。それを言いに来たんですよ」
 タイミングを合わせた様に『ワンちゃん』と呼ばれた人物が包みを持ってやってきた。
「はじめまして。タイエー店長を務めます王です。今日の試合のお礼にささやかですが持ってきました。後でみなさんで召し上がってください」
「これはこれはご丁寧に」
「ねーえ。あけていい?」
 いつのまにかみんなよってきていた。綾那が包みを解き始めるとそれはお菓子。王がここぞのタイミングできちっとした発音。深みのある声でで言う。
「バノバはお菓子のホームラン王です」
 姫子以外はみんなこけた。

 先攻は瑞樹たちのチーム。
 一番ピッチャー瑞樹。二番センター十郎太。三番サード上条。四番。キャッチャー赤星秀樹。五番レフト榊原。六番ファースト真理。七番ライト七瀬。八番セカンド姫子。九番ショート綾那だった。
 守る商店街チームは既に左腕の鈴木がマウンド上にいた。自軍ベンチに向って怒鳴る。
「おーい。ノムさん。はよ受けてくれ。なんやプロテクターもつけとらんやんか」
「あほ抜かせ。年寄りが最初から最後まで出れるか。スタメンはこっちや」
 プロテクターからレガースまでつけたキャッチャーが行くと鈴木は露骨に嫌な顔をした。
「梨田…お前かい…」
「さっさと投げたらどうです。投げたかったんでしょ」
 実はこの二人は犬猿の仲だった。だからこの組み合わせは避けたかったが、ここのところ登板してない鈴木が望んだのと、相手が若いので足を使われる事を嫌いまず強肩の梨田で行くことになった。
 他はファースト王。セカンド古葉。サード長嶋。ショート。石毛。レフト若松。センター山本浩二。ライト山本孝児だった。
「あれ? ヒロさんは?」
「おう。広岡の野郎はなんでも痛風が出たとかで今日はこねえとよ。まったく。肉は食うなとか言っといててめえが贅沢病に掛かってりゃ世話ねえぜ」

 試合開始。審判がプレイボールを宣する。小柄な瑞樹に鈴木は嫌そうな表情をする。
 1球目。高めに外れてボール。
 2球目は低めにワンバウンド。0−2。
 居直って力勝負に行った。ど真ん中。瑞樹が見送る。審判が両手を突き出しストライクをコール。
「まぁ。まるで西部劇の2丁拳銃のようですわ」
 4球目。これは外に外れた。最後はきわどい。しかし審判は一塁に行くようにさした。
「こらこら。アンパイヤ。どこがボールや。梨田。お前もそうおもうやろ」
「いえ。完全に外れてましたね」
 頭を抱える商店街チーム。そしてその仲の悪さは瑞樹たちのチームにもよくわかった。
「なんて言うか…小沢さんと北條刑事みたいな仲の悪さだな…」
 いつもの乗りで言うとネクストバッターズサークルへと上条はむかう。
「ここは定石通りだな」
 サインを出す秀樹。それを見て驚く榊原。
「え? 草野球で送りバントなんていくらなんでもいやがるんじゃ」
 だが榊原の懸念と裏腹に見事に一塁線に決めた。一死二塁として帰ってきた。
「おのれを捨てお家のために尽くす。野球とはなんと大和魂のあるスポオツなのだ」
「物凄く納得してるんだね…」
 三番の上条は素振りをしている。2本バット。さらには三本。4本目に挑むが
「ダメだ…さすがに岩鬼正美の真似は無理だ…」
 断念して普通に打席に入る。

 上天気である。草野球のギャラリーもいる。そしてどこにでも解説を買って出る人はいるものである。
 ちょっと千葉訛りの入った坊主頭の人物が知り合い相手に解説していた。
「今の三番打者の彼。あれでいいんです。ああやって気持ちを出す事が大事なんです。そうすることによって精神的に優位に立てるんです」
 上条はライトフライだった。
「もしあれをしていなかったらセカンドフライどまりでランナーは二塁釘付けです。後は四番に任す。僕はそれで良いと思います」
 だが火を吹くような赤星秀樹の当たりはサード長嶋がダイビングキャッチ。一塁フォースアウトで零点であった。
「この場合はサードの気持ちが優っていたんです。だから取れたんです。僕はそう思います」

 1回の裏。商店街チームはトップ若松。二番古葉。三番王。以下長嶋。山本浩二。山本孝児。石毛。梨田。鈴木であった。
 若松はレフト前ヒット。それを古葉が送った。ダッグアウトに戻ると古葉はベンチにこしかけず体半分を隠すようにしてグラウンドをうかがう体勢で立っていた。
 彼はサイン伝達係りでもあるので敵に見破られないためにこうしている。
 三番・王の打球はライトへと大きな当たり。どう見ても金網直撃。そう言うときは本塁打と言うルールだった。だが
「えいやぁっ」
 なんと金網を駆け昇り十郎太が打球を取った。それもセンターなのにライトポール際の打球である。
 二塁ランナー若松はフェンス直撃確実と思い、既に本塁近くまできていたのでたまらない。
 慌ててまず三塁に戻るが中継の方が早かった。戻れずアウト。結果的に3人で終わった。

 2回の表のトップは榊原から。しかしさすがに勝手が違うか三振。続いては真理。ここから女子が続く。
「なんやなんや。お色気作戦か」
「なにっ」
 真理が凄い形相で睨む。
「なんやっ。気合なら負けんで。投げたらあかんのや。投げたら」
 とはいえどこれでリズムが崩れたか真理を歩かせる。次は七瀬。こっちは三振。
「あーあ。しょーがないな。ボールだまだよ。姫ちゃん。ボールよく見てね」
「はーい。わかりました」
 戦っている緊迫感のない無邪気な笑顔と声で応える姫子。鈴木は苛立っていた。
(なんやこのチーム。女ばかりやないけ。まじめに投げんのがあほらしいわ)
 邪念のせいかすっぽ抜けた。それが姫子の鼻先3センチを掠めるが姫子は微動だにしない。
「おのれ。よくも姫に狼藉を」
 出掛かる十郎太だが
「瑞樹さぁーん。よく見ました」と朗らかに言われて全員こける。
「むぅ。まさにベルダンディに匹敵するのは姫ちゃんだけか」
 だが彼女は続いたど真ん中をいずれも「よく見て」三振だった。

「おーう。見に来たぞ。上条」
「あっ。入来先輩。坂本先輩と橘先輩も」
「やあ。入来に誘われてね」
「私は坂本くんが来たからよ」
 3人の先輩がダッグアウトに入ってきた。
「ア…坂本先輩。ようこそ」
 瑞樹が女口調で挨拶する。当然ながら坂本は怪訝な表情をする。七瀬がわきをつつく。そこで今は男と思い出した。
「彼はみずきの従兄弟なんです。みずきが今日はダメだから代わりに来てくれたんです。だから代わりに挨拶も」
「ふーん」
 坂本はあまり関心は持たなかった。彼の興味はもちろん七瀬。そして不機嫌なのが橘千鶴。代わりに男の瑞樹に迫る。
「……どこかであったかしら? 物凄くむかつくわ…もっともあなたの従姉妹はかなりむかつくからそのせいかしら」
「き…きっとそうですよ」
 デートの一件以来、千鶴が苦手な瑞樹であった。
「早くしてくれ」
 審判の村田にせかされ守備に散る。
 打席は四番長嶋。3球フルスイングの三振だったがそのたびにヘルメットを落とす猛スイングに客から拍手が沸き起こる。
「五番。センター。山本浩二。背番号27」
 ウグイス嬢がアナウンスする。サード頭上を襲うライナー。だが
「飛龍撃」
 対空アッパーを応用して上条がジャンピングキャッチする。
「六番。ライト。山本孝児。背番号44」
「なんだぁ? 同じ名前じゃねぇか」
 ダッグアウトの入来がつぶやく。ことさら大声で続ける。
「てこたぁなにか? どっちか偽者か。なんかこっちのほうが偽者っぽいな。コールしてやるか。ニセコージ。ニセコージ」
 お得意の挑発だったがことのほか逆鱗に触れたらしい。三塁のダッグアウトまで押し寄せてきた。
「黙れ。たまたま先に同姓同名がいたからって偽者とはなんだ。好きで同じ名前じゃない。
 くそー。思えばオレの人生日陰続きだった。一塁には王さんがいて出番は代打だしたまに出れば偽者扱い。もうたくさんだぁぁぁぁぁぁぁっ」

 泣いて走り去ってしまった。仕方ないので代打に近藤を告げたが、突然のお呼びでは準備ができてなく中途半端なバッティングでファーストゴロ。

 3回の表。この場にいる全員の中でも(例えみずきが女でも)一番小柄な綾那が先頭だった。つまりストライクゾーンが一番狭い。ましてキャッチャーとの呼吸も合わない。簡単に歩かせてしまった。鈴木はマウンドでグラブを叩きつけてしまう。
「やっとれんわ」
『投げたらいかん』と言いつつ『放棄(なげ)てしまった』。
「あっ。しょうがねぇな。おい。誰か肩出来てねぇか?」
「俺が行きますよ。親分」
 これまたいかにもの江戸っ子である。
「べらんめえ。土橋。てめえはおとつい投げたろうが」
「てやんでぇ。親分。プロじゃねーんだ。中二日でも充分でさぁ」
「べらんめぇ。てめぇもたいがい年なんだぜ。ちったぁ体に気をつけやがれ」
「てやんでぃ。オレはそんなやわな体はしてませんや」

 向いのダッグアウトにまで聞こえる大声のいい争いだった。
「『火事とケンカは江戸の花』とか申しますな」
 結局その間に星野が肩を作っていたので任せることにした。バッターは瑞樹。
「行くぞ。坊主。うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
 気迫充分なマウンドであった。瑞樹三振。
 十郎太サードゴロで綾那フォースアウトも十郎太の俊足が優り一塁セーフ。
 だが三番の上条は打ち上げてしまった。
「ショート」
 それだけ言うと星野はダッグアウトに向けて歩く。
 ところがなんと石毛はその打球をサッカーのようにヘディングしてしまった。
 2アウトなので十郎太は走るように聞かされており長躯ホームイン。打った上条も二塁に達していた。
 マウンド上で星野はグラブを叩きつけて悔しがる。
「くっそー。前にゃ宇野にやられたが…千葉県出身のやつはこうかよ」
「む…それは聞き捨てなりませんね。いわゆるひとつの千葉県への侮辱です」
「いや…ちょーさん。あんたの事は別に…」
 気を取りなおすが集中が途切れた赤星秀樹はレフトのポール際に大飛球。
 当然塁審すらいないので主審が判定する。手を回した。ホームランだ。
「なんやて。今のどこがホームランや」
 商店街チームからマムシの異名をとる上田が監督でもないのに抗議にきた。一緒に投手の村山も来て『あれはファウルです』と主張する。

 結局この抗議は一時間十九分にも及ぶが判定は覆らなかった。榊原も待ちくたびれたか気のないスイングで三振。
 3回表終了。3−0で瑞樹たちのチームがリード。

 3回裏。七番の石毛が揺さぶりをかけてくる。バントの構えである。そのたびに瑞樹はダッシュをするが、本当にやったときに足がもつれてひねってしまった。一塁はセーフだがさらに瑞樹が
「あ痛ぁ…」
 捻挫だったらしい。ただそれだけなら七瀬が治すが、相手チームがいるので出来ればマリオネットを使いたくない。
 いや。それ以前に守りなので二人だけ外れる事は出来ないが、どのみち瑞樹が抜けたらもう試合にはならない。だが
「運がよかったな。このオレサマが代わりに入ってやろう」
 入来の申し出を受けて交代となる。一番サード入来。そしてマウンドには上条が上がった。

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