第13話『素晴らしきベースボール』Part2   Part1へ戻る

 マウンドには上条。それが投球練習を行っている。土煙を舞い上げ足を高々と上げるダイナミックなフォームだ。
「あと1球」
「ちょっと待ってください。まだつかめないんですよ」
「君…さっきまでサードで肩が温まってないのは理解できるが、マウンドの感触なら慣れただろう」
「いえ…うまくボールに土がついてくれないんですよ。あ。その前に『魔送球』ができないから練習しても無駄か」
「……再開して良いんだな」
 初対面の審判にまであきれかえられる上条であった。
 試合再開である。バッターは梨田。変則フォームだ。それに対して上条は大きく振りかぶる。
「ランナーがいるのに振りかぶるなぁぁぁぁ」
 一塁の真理が怒鳴る。それでちょっとコントロールを乱した。すっぽ抜けたボールはバッター目掛けて一直線。
「わっ!?」
 軟球とはいえ反射的に体を縮める梨田のバットにあたる。ふらふらとピッチャーフライ。さすがに上条自身が取りに行く。
 たまらないのが一塁ランナーである。振りかぶっていたからすかさず盗塁したのはいいが、ノーバウンドで捕球されては戻らなくては行けない。
 しかし既に二塁に達していたので、とてもではないが間に合わず併殺に終わる。ガッツポーズの上条。
「できた!! 大リーグボール1号」
「単なるすっぽ抜けのまぐれだろ…」
 力強く言う上条に対して冷たい突っ込みの真理。
 9番の星野は闘志が空回りして三振だった。

 4回表。先頭は六番。真理。ネクストバッターズサークルにいるはずの七番の七瀬の姿がない。
 彼女はいま赤星秀樹が運転してきたワゴンの中にいた。これで用具を運んだり女子の着替えをしていた。
 現在は座席をフルフラットにして瑞希を横たわらせていた。そしてその捻挫を七瀬は治していた。
「はい。もう痛くないでしょ」
「サンキュー。七瀬。よし。適当なところで試合に戻るぜ」
「戻るって…一度交代したらダメなんじゃないの?」
「ふっ。こんなこともあろうとな」
 おもむろに瑞希ユニフォームを全て脱ぐ。
「ちょ…ちょっと。私がいることを忘れないでよ」
 年頃の娘としては同じ年の男の子にズボンまで脱がれては目のやり場に困る。
 顔を両手で覆っていたら膝元に水の感触。怪訝に思い顔を上げるとみずきがブラジャーを着けていたところだ。
「どうする気?」
「へっ。こんな事もあろうかと女子用も持ってきてたんだ。別人ならいいだろ」
「……抜け目ないのね…」
「おーい。七瀬。どこだ。あんたの番だよーっ」
 遠くで真理が怒鳴っている。
「いけない。打順だわ」
 慌てて七瀬はグラウンドに戻る。安堵の息をつくみずき。ショーツを取り出す。
「女の体の時に男ものは肌に痛いからな…いくら幼なじみで今は女同士でも七瀬の前ですっぽんぽんはできないし…」
 彼女はいそいそとソフトボールスタイルに着替えていた。
 その間に七瀬はショートゴロ。姫子はキャッチャーフライで三者凡退であった。

 4回裏。商店街チームは打順よく一番の若松だったのだが突然、胃の痛みを訴える。かけつける商店街チーム。
「いかん。また神経性胃炎だ」
「生真面目だからな。この試合展開に胃がやられたんだろう」
 いつもの事なので薬を飲むことにして、病院までは行かないがプレイ続行は無理。
 代打。原が告げられた。だが力ないサードファウルフライ。凡打なのだが白い歯が印象的であった。
「笑って凡退するヤツがあるか」
 長嶋に怒られていた。
 続く古葉はファーストゴロ。だが三番の王にはレフト前に運ばれた。
 今度はセットポジションの上条。王は慎重にリードを取る。アンツーカーと芝生の切れ目より1歩ベースよりだ。
 ちょうど牽制球に備えている真理のまん前になる。邪魔に感じた真理が逆にアンツーカーの境目まで移動する。ミットがなければ真理がランナーで王が一塁のようだ。それを横目で見る上条。
(見たところ長打力はあってもそんなに走る人に思えない。だが1球くらい牽制しないと)
(むっ。牽制が来るな)
 瞬時にプレートから足を外して上条の牽制。距離を置きすぎた真理は慌ててベースに入る。その動きが喜劇を呼んだ。
 なんと王が素手でそのボールをつかんでしまったのだ。しかもタッチプレイまで。
「し…しまった。位置関係で自分がファーストのつもりになっていた…」
 もちろん守備妨害。結果的に3人で終わった。

 五回の表。代打の原がそのままレフトに入る。打順はラストの綾那から。タイミングを見計らったかのように双方に来訪者がいた。
「社長…見に来たんですか」
「そりゃ来るさ。私はスポンサーだぞ」
 七十は超えているのだがやたらに精力的な老人…商店街チームに援助している鍋常社長が来た。
 しかしこの老人。少々ばかし口が悪い。
 地元のサッカーのチームにも援助しているが、そのチームの所属するリーグのトップを独裁者呼ばわりした事で物議をかもした事もあった。
 あまりチームメイトにも評判のいい人物ではなかった。

 いっぽうみずきたちのチームには上条の両親と妹が来ていた。
「とうさん…そ…仕事のほうは非番だっけ?」
「ああ。散歩がてら見に来たぞ」
「まぁ。仲のよいご家族なんですね」
「あの…あのっお義父さんとお義母さんですね。はじめましてっ。若葉綾那ですっ」
 バッターボックスを放り出して綾那が挨拶に来た。さらっととんでもない事を言っている。
「えー。あなたがアニキの言ってた若葉ちゃん? 可愛いーっ」
 上条の妹。輝はショートカットである。オレンジ色の髪の毛。どうやら簡易毛染めのようだ。
 背は一家の特徴なのか女子としては高い方に入る。
 一方の綾那は小柄で華奢。胸もないし童顔。はたから見るとこちらが年下に見える。そのせいか年上を『ちゃん付け』したにもかかわらずとがめられなかった。
「じゃあなたが輝ちゃん。はじめまして。でも『若葉』は苗字だよ。ボクの名前は綾那」
「あっ。ゴメン。アニキが『若葉』って言うからてっきりそっちが名前と思いこんで。
 ダメなアニキだよね。女の子は苗字変わるんだから名前で呼んで上げなきゃ」
「お前…なにしにきたんだよ」
 テレもありぶっきらぼうな上条明。
「あたしも散歩。おとうさんと」
 甘えるように腕にしがみつく。『困ったな』と言う表情の上条繁。若干ファザコンの気があるようだ。だから珍しく家にいた父親についてきたようだ。
「ところで若葉さん。先ほどから審判が呼んでいるようだが」
「あっ! いけない」
 2ナッシングで打席を放り出してきた事を思い出した。戻るが三振。
「よっしゃあー。最強のバッティングを見せてやるぜ」
 意気込む入来だが三球三振。しかし続いた十郎太がバントした。
「セーフティ? 洒落た真似を」
 しかし意表をつかれたのと十郎太の俊足が合わさりセーフ。打順は三番の上条。
「三番か。小僧。男・星野の球。打てるもんなら打ってみぃ」
 仁王だちの星野。左わき腹の番号が見える。
「あれ? 星野さんで20番って」
「おうよ。往年の大エース。星野仙一にあやかっとんのよ。オレも岡山だし」
「じゃあやっぱりドラゴンズファンなんですか? せっかくあとひとつ勝てば大逆転優勝と言うところまで巨人を追い詰めておいて、最後の最後に地元直接対決で大コケかましたあの
 ピシッ。星野の表情が凍てつく。泣き出しそうになる。
「そ…それは…ドラファンの間では永遠の禁句じゃあああああああ」
 泣きながら星野はどこかへと走り去ってしまった。仕方ないのでピッチャー交代。投球練習中に真理が近寄って言う。
「…あんた…普段は人畜無害な顔しといて自分の好きなものにからむと鬼だな…」
「いや…CDドラマ版『GS美神 極楽大作戦』の野球ネタを実験してみたんだけど…ドラファンにはトラウマだったらしいね」
「さしあたって巨人ファンにしたら槙原がバース。掛布。岡田に三連弾食らったとか90年のシリーズでひとつも勝てなかったと言うとこやな」
 いつのまにか間近にいた野村がぼそっとつぶやく。かく乱目的だったが上条の世代ではそれはあまり実感が沸かなくて意味がなかった。

 ピッチャーは比嘉塩。背番号21。その右腕から繰り出す球が上条の胸元をえぐる。のけぞって避ける。
「こらーっっ。ノーコンピッチャー。気を付けろーっ」
 甲高い声で叫ぶのは上条輝だ。向こう気が強いのか何とマウンドまで駆け寄る。
「どこ狙って投げてんのよっ。アニキに謝ってよっ」
 ひょっとしたらブラコンもあるかもしれない。
「小娘は引っ込んでな」
 老練の比嘉塩は相手にもしない。それが輝の逆鱗に触れた。ぎゃあぎゃあわめき散らす。仕方なく父親の繁が収拾に出向く。
「こら。輝。いい加減にしなさい。すいません。どうも…あれ? 比嘉塩?」
「あっ!? あん時の刑事さん???」
「おとうさんの知り合い?」
「ああ。ちょっとな」
「こんなところで出会うとは。あれからかけ麻雀には手を出してません。誓ってもいいです」
 強気な態度はどこへやら。やたら恐縮する比嘉塩であった。結局それに動揺したか四球である。
「ダメやな。とりあえずわしが出るわ」
 既に登板は3人である。できるだけピッチャーを引っ張りたい。それに精神的なものなのでとりあえずキャッチャーを代えることにした。梨田に代えて野村が出る。
 打席は4番の赤星秀樹。初球インコースを読んでいた。だがバットがへし折られる。
(むっ。恐るべき球威。逆らわずに流すのが定石だがそれでは内野ゴロが関の山。ならば力には力で…)
(よし。今日のシュートは切れている。例え軟球でもバットの一番弱いところに過剰なパワーがかかればへし折れる。目的はバットを折ることではないがバットが折れるほどの球ならまともに打ち返せやしない)
 冷静さを取り戻した比嘉塩だったが、ぐるぐると独楽のような高速回転を赤星秀樹がはじめたのにはビビった。
「はぁぁぁぁぁーっっっ大回転打法ぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 それでジャストミートするから凄まじい。だが逆に当たりがよすぎてレフトライナー。

 五回の裏。商店街チームは四番長嶋から。だが塁上にいたのが祟ったのか上条はストライクが入らない。3ボールナッシング。
「タイム」
 『勝負してもらえない』と感じたわけでもあるまいが、長嶋は間合いを嫌い一度打席を外す。改めて立った打席に全員が仰天した。
 彼はバットを持たずに構えたのだ。
(こ…これは敬遠策に対して怒った長嶋茂雄と同じ…)
 さすがの赤星秀樹もマスクごしに冷や汗たらり。だが
「ああ。いけません。バットを持つのを忘れてました」
 全員こけた。照れ笑いを浮かべながら次の山本浩二からバットを受け取る。
「シゲ。その忘れっぽさはなんとかしろや。いつぞやは息子を置いてくし」
 商店街チームの監督。大沢が怒鳴る通り長嶋は忘れものの達人であった。
 これにペースを乱されたか結局四球。そして次の山本浩二にレフトスタンドに運ばれた。マウンド上で崩れ落ちる上条。
「あ…ああ…あの球を打たれるなんて…どうしたら良いんだッ」
 あまりの落胆ぶりに励ましも慰めもどうしていいかわからない。真理がぽんと肩をたたいて慰めにかかる。
「ほら。しっかりしなよ。まだ試合が終わったわけでも逆転されたわけでもないんだぜ」
「うん。そーだね」
 けろっとした上条である。あまりの豹変にみんな唖然としていた。
「あんた…今の落ち込み方は…」
「いや。やはり打たれたらそれなりのリアクションが礼儀かと思って」
「そんな礼儀はいらんっ」
 とにかく試合再開。

 一方、商店街チームは追い上げムードの一発にわいていた。とくに鍋常社長の喜び方は半端ではない。
「ようし。行け。一気にひっくり返せ」
 だが途中から六番に入っている近藤はタイミングの合わない強引なスイング。
「むっ。あれではいかん。ひとつわしがアドバイスを」
 監督でもないのにタイムをかけてグラウンドに出る鍋常。打席に歩み寄り
「近藤くん。強引では行かんぞ。ここは球に逆らわず流し打つくらいで…」
 近藤はバットを放り投げた。そして一気にまくし立てる。
「わたしはやめるぞ。素人が現場にあれこれ口を出すところでやってられるか」
 慌ててチーム全員で宥めるが、一度へそを曲げるともうだめである。結局代打で有藤が告げられた。
「(ちょっとつかれてきているな…)タイム」
 審判にタイムを告げキャッチャーの赤星秀樹がマウンド上に行く。
「上条くん。ここはいったん替わろう」
「でも…誰が…」
「そうだな…村上さん。君はどうだ?」
「アタイ? どうしてまた?」
「うむ。色々聞いているが力が…特に握力が強いらしいね。ピッチングに腕力は無用だが握力は重要だ。それにファーストの君と代われば上条くんもそんなに大きな動きはいらないから回復にはなる。できるだけポジションはかき混ぜたくないのだ」
「うーん…アタイにピッチャーなんて勤まるかなぁ」
 けんかは無敵でも野球となると弱気の真理。
「彼が回復するまででいい」
「なら…やるけど…」
 審判に交代を告げる。投球練習になる。真理は傍目にも力が入っているのがわかる。ボールをわしづかみにしている。
(パームボール? そんな高等な物を…はっ)
 単に力んでいただけである。ぱぁん。そのまま軟球を握りつぶしてしまった。戦慄が両軍ベンチに走る。
「あは…あはははは」
 こんなごまかし笑いはちょっと日本人の血が入っていることを思わせる。
(あーびっくりした。もうちょっと優しく扱わないとだめか)
 それでもボールは変形しているが、そのお陰で空気の流れが通常の物と著しく違いナックルどころじゃない変化を起こしていた。
 まさしく怪我の功名。有藤。石毛。野村と翻弄されて討ち取られた。

 六回の表。先頭は榊原。彼が打席に入ると野村はぶつぶつとささやく。
 もちろん競技中のおしゃべりは禁じられている。だが『独り言』までは禁じられてない。
 敢えて独り言をいい精神集中を妨げる作戦である。例えばフォームの欠点を指摘してみたりプライベートに突っ込んだりとか。
「あんまり女を泣かしたらあかんで」
 このセリフも当てずっぽである。フォームも何も構えがなっていない。つまりフォームには無頓着。ならば別の攻め口である。これがやたらと効いたようだ。榊原ははっとなる。
「『彼女』? 明美…いや。ちゃんと切れたはずだし…涼子とは遊びだし…潤子とはここんとこ逢ってないし…ひろみに実花。美幸に麻由美。由香里に…」
(ほ…ほんまやったんか…しかしなんちゅう女ぐせの悪いやっちゃ…)
 もちろんこんな有様でまともに打てるはずもなく見送り三振。次打者の真理がすれ違いざまににっこり笑って
「あとでぜーんぶ聞かせてもらうからな…」
打席に向う。震える榊原。
(こ…怖い…むしろいきなり殴られた方がまだマシ)
 打席は6番の真理に移る。
(気の強そうな女だな…1球のけぞらすか)
 比嘉塩はまた胸元を狙ってシュートを投げる。しかしその手元が狂った。真理の顔面を目掛ける。
 だがなんと彼女は右手の三本の指だけでキャッチしてしまった。それをピッチャーに投げ返す。
「気をつけろ」
 彼女はクールに言い放つ。白い肌がむしろ迫力を醸し出す。
(前に巨人にグラブをはめてない方の手でもピッチャー返しの打球を取りにいくガリクソンと言う元大リーガーがいたが、バッターが実際につかんで投げ返すなんて…)
 常識が通用しない状態でまともな制球などできるはずもない。歩かせた。迎えるは姫子。
「また別の方なのですね。はじめまして。北条姫子と申します。どうかよろしくお願いいたします」
 鈴を転がすような声で日本人形を連想させる和風の美少女に丁寧に挨拶されすっかり比嘉塩の闘志は萎えた。ボール三つ先行。
(いかん!! 歩かせたら次は9番。あの娘はかなり足が速かったからダブれるとは思えんしそうなると上位に回る。何とか切らないと)
 だからと言ってど真ん中は失投である。姫子は力みのないバッティングで極めて素直に球を打ち返す。
 ところがここで古葉が素晴らしい動きを見せた。
 姫子の華奢な体躯。まして少女。パワーよりテクニックと見ぬいた。あらかじめ一塁よりに守っていたら自分でも予測し得なかったほど真正面に打球が飛んできた。併殺網に引っかかった。後は4−6−3でゲッツーである。
 結果的に3人で終わっていた。

 6回の裏。守備に散る前にダッグアウトのドアが開く。
「お前…」
 さすがに言葉に詰まる赤星秀樹の眼前には、太ももも眩しいソフトボールスタイルのみずきがいた。

第13話「素晴らしきベースボール」Part3へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ