第15話『即売会パニック』

 お盆!! 民族大移動の期間!! だが田舎には帰らず…否!! 田舎からわざわざやってくるものもいる大イベント!!
 それがッ!それがッ!! それがっ!!!『ブックトレードフェスティバル』なのだッ。

 内容としては『同人誌』の展示即売会。そのためだけに日本中から人が集まる。夏は3日開催されるが延べ二十万人動員!!
 冬も暮れにやるにもかかわらず、二日で15万人を動員すると言うッ!!
 そんな極端に暑かったり寒かったりの時期に開催するのは、良い季節は大企業に展示会場を押さえられてしまいそのあたりしかないのである。
 だが今となっては季節の風物詩。暑い夏をさらに『熱く』するイベントなのだッ。

 この日はその最終日。一人の若者が電車から降りて待ち合わせ地点へと動く。余談だが余りの動員数に携帯電話はほとんど使えない。
 若者はコンビニの前で立ち話をしている面々を見つけて歩み寄る。立ち話の面々も気がついて挨拶する。
 「おはようございます」
 「おはようございます。ここすぐにわかりました?」
 頭に茶色いバンダナを巻いた小柄でやたらに柔和な青年が尋ねる。
 「はい。ありがとうございます。それにしても凄いですね。この人達も自分同様に始発できたんですかね?」
 「いやあ。彼ら同様だと思いますよ」
 「うぃーっす。夕べはちゃんと神田の風呂屋で風呂入ったのに汗まみれですぅ」
 「だから始発できても結果は同じだって言ったんだ。付き合わされる身にもなってくれ」
 付き合ったら同罪だが…
 「あ…自分はミリタリー関係が好きなんですが、今日はそう言うものの関連もあるんでしょうか。この人数で一杯になるとちょっと」
 「さぁ…ちょっと調べてないし。まぁあってもそんなに混まないでしょうね。男性のほとんどは東の6辺りに集中するでしょうから」
 「ア…自分。そっちにも行きます。見てください。羽根リュック。ゲッターうぐぅですよ」
 青年は自慢げに羽のついたリュックを見せた。

 午前8時。この場所に上条明と若葉綾那。そして3名の男の計5名が来た。
 綾那の服はいつにもまして盛大にフリルがついているのだがここだと目立たない。
 彼らはサークルチケットで入場を果たす。

 巨大な展示場は無数の机と椅子が並べられていた。彼らはその端の方にいた。リーダー格の男がしかめっ面をする。
 「ちっ…もろに『男波』をかぶるぜ…上条。今日は頼むぞ」
 「はい。宅間先輩。任せて下さい。さぁ。本を並べましょう」
 彼らはカラフルだがノート程度のサイズの本を3種類。並べ始めた。数がないのであっさりと終わる。
 「なんか寂しいですね…」
 「何を言ってる。上条。本来即売会とはこういうものだ。自分の趣味で作った本を見てもらい気に入った人にはそれをわける。イベントのために描くんじゃない。描いたからイベントに来たのだ」
 「(原稿が)落ちたんだけどね…」
 「三宅。何か言ったか?」
 「さぁ。上条。それと綾那ちゃん。オレらはここで友達を待つから君等はぐるっと回ってきなよ」
 「綾那ちゃんをしっかりエスコートしてやれよ」
 「太田先輩ってば…じゃお言葉に甘えて」

 綾那にして見れば何から何まで初めての体験だ。どうしても質問攻めになる。
 「ねぇ上条君。みんなあのぺらぺらの本を売ってるの? あれが『同人誌』って言うの?」
 「ああ。自分で描いて自分で編集する。まさに漫画制作行程を一人でやってのけるものだな」
 「ふーん。いろんなのがあるんだね。あっ。あれ知ってるよ。『ご奉仕するにゃん』って奴でしょ?」
 綾那はせいぜい普通に少女マンガを読む程度だったが、上条にベタぼれの彼女は少年マンガも手を出すようになった。
 もっともそれは弟が買って来た物を借りて読む程度だが。(ここで例えに出したのは少女マンガなのだが)
 「ねぇ…ここってもしかしてデートコース?」
 すでに人ごみが凄いため、はぐれないようにするために手をつないでいたので綾那の心臓は高鳴りっぱなしだった。
 他の真理や七瀬と言うマリオネットマスター相手ならマリオネット同士の会話。いわゆるテレパシーで遠くでも意思の疎通は可能だが上条にはその能力がない。だがそのおかげで手をつないで歩ける。感謝したい気分だった。
 「いきなりなんだい…どうしてここがデートコースになるんだよ?」
 「だってだって。ほら。さっきからすれ違う女の子はボクと同じ『ピンキッシュストロベリー』の服着てるよ。デートじゃないの?」
 ちなみに『ピンキッシュストロベリー』とは服のメーカーで極端な少女趣味で有名である。
 フリルをふんだんに使った、派手な色使いのフランス人形のようなフォルムのワンピースがそうである。もの凄く高い。綾那が着ているのもそれだ。
 「いや…どう言うわけか女の子は着てくるんだよな…なんでだろ? あっ。若葉。方向変えようか?」
 「なんで…えーっ!?」
 小学生のような感性(と体型)の綾那は真っ赤になってうつむいた。
 先刻の『ご奉仕するにゃん』のヒロイン同士がうつろな表情で、生まれたままの姿で組み合っていた図柄の表紙の本を見てしまったからだ。
 それだけではない。とにかくいろんな裸の女性キャラクターがまさに百花繚乱。
 「垪和書店か? ここは」
 東京ローカルな呟きを漏らし上条は方向転換をする。そのエリアが『東の6』

 同じころ。池袋駅に瑞樹。七瀬。榊原。真理。十郎太。姫子が集まっていた。
 「みんなきたな。じゃ行こうか。上条の応援に」
 「ねぇ…上条君は混むからお昼過ぎに来た方がいいって言ってたわよ」
 「混むったってせいぜい野球場くらいだろ。ちょっと待てばすむことだろうよ。それに開催地のことを知らないから早めに出て探しながらになるし」
 「ああ…そうね。探しながらになるんじゃ早い方が無難かしら」
 「んじゃみんな。有楽町線に乗りに行こうぜ」
 待ち合わせに池袋を指定したのは学校の近くで合流にはもってこいだったからだ。そこから地下鉄。そして乗り換えて会場へと。
 だが彼らは知らなかった。『トレス』の実態を。

 トラックの音が響く。綾那は怪訝な表情をする。
 「何を持ってきたのかなぁ?」
 「イベント合わせの本だと思うよ。印刷が(と言うより入稿が)ぎりぎりで当日合わせってわけ。印刷屋さんから運ばれてきたまだインクの匂いのする本だろうね」
 この一言が綾那の好奇心を刺激した。
 「出来たてほやほや。新鮮なんだね。見に行こう」
 「あ…おい。若葉」
 好奇心丸出しで駆け出した綾那を追う形で上条も搬入口へ。見るとトラックからてきぱきと荷物がおろされていた所だ。
 「あれ? あの人…」
 トラックを運転していたらしい男に…と言うより派手なはっぴに見覚えがあった。以前に誤解から上条とやりあったことのある運転手だった。向こうも上条に気がついた。
 「おう。なんでい。ボウズ。やっぱりオメーも来てたかい」
 「運転手さんは…」
 「助っ人だよ。助っ人。お…積荷はみんな下ろしたな。よーしみなさん」
 ひときわ大きな声で注目を集める。
 「トレス無事の開催おめでとうございます。三日目ということでここで一本締めをさせていただきたいと思います。お手を拝借。
いよぉぉぉぉぉお。はっ
 つられて手を打ってしまう一同。はっと気がついた上条が突っ込みをいれる。
 「勝手に締めないでください」
 「わっはっは。じゃあがんばってな」
 はっぴのトラッカーは風のように去って行った。

 九時半ごろ。会場のもより駅についた瑞樹たちは愕然となる。
 「この列みんな…『トレス』参加者なの?」
 駅の前から会場まで長い列が何列も出来ていた。
 「上条が昼過ぎに来いといった意味がわかったよ…開始前でこんなに並んでんのか…」
 「しかしこれは異様でござる。斥候をしてくるでござる」
 「お願いいたします。十郎太様」
 「はっ」
 十郎太は風になった。あっという間に列の最前列に到着した。男ばかりが目をぎらつかせて会場を待ちわびていた。
 「いいかぁ。みんな。目指すは東の6。それ以外には目もくれるな」
 「おーっ」
 その場でリーダー格の男が檄を飛ばしていた。
 「とにかくまっしぐらに進め。大手の本をゲットしようではないかっ」
 「おおおおおおおー――――――――っっっ」
 蛮声が上がる。全員目が普通ではない。
 (な…なんと言う殺気。それがこれだけの数…理解したっ!! これはまさに…合戦!!)
 勘違いも甚だしいがそのギラギラした部分は確かにそれに近い。
 (正直な話、驚異だ。むぅ…もしもこの軍勢が関ケ原で石田方に味方していたら天下は西に傾いていたかも知れぬ」
 忍びにそこまで言わせるオタクたちって…

 会場内も準備が忙しい。
 上条たちのサークルは少ない数の本なのですでに準備完了だから、まさしく『対岸の火事』とばかしに大手サークルを見てまわっていた。壁際に陣取ったサークルの前でメンバーがミーティングをしていた。
 「6時間で…500冊だな…」
 白いドレスの美女が抑揚のない声で言う。話し掛けている相手…アフロヘアでジャケットを着たライダー風の男はコインを弄びつつ
 「ふっ…楽勝だ」と自信たっぷりに言う。
 遠巻きに見ていた上条は綾那にささやく。
 「このサークル…『愚論議』は個人サークルの集まりだけどどうも互いに競い合ってるらしいんだ。ほら。あのソロバン抱えた人がたぶん検分役だな」
 「こんな真夏に黒いコートと長いマフラーで暑くないのかな…」
 「コスプレでもあるみたい…」
 もう一人コートの男がいた。青白い顔でドレスの女に詰め寄る。
 「俺は…俺はいつ?」
 「くどい。おまえにイベント参加の権利はもうない」
 容赦なく叩かれる。上条たちは見ていられなくなりその場を後にした。腕時計を見る。
 「そろそろ一応の会場時刻だから先輩たちのところに戻ろうか」

 十時。列から期せずして拍手が鳴り響く。彼らにして見ればイベント開始を祝しての物だったがその辺りを知らない瑞樹たちは単純に驚いた。そして遥か前方のほうで音がした。
 「これは…法螺のなる音。いよいよ合戦か」
 真顔で十郎太が言う。
 「んなバカな!?」
 突っ込む真理。だが地響きが鳴り響くのが遠くからでもわかる。
 「なんなんだよ…なんでこんな音がするんだ…何を求めているんだ」
 「大方エロ同人ってやつだろ」
 聞きかじりだが断定口調で榊原が言う。
 「前線を見てくるでござる。万が一姫を狙う伏勢がおらんともかぎらん」
 再び駆けぬける。さっきと同じ場所につけば、男たちが入り口いっぱいに広がり我先に突進していた。
 (ぬぅ…先鋒がまず扉をこじ開け閂を閉めさせず後はひたすらに大軍勢で攻める…単純だが見事な城攻め。
恐るべし…絵露道の陣)
 聞き違いだが何となく納得の行く漢字である。
 野獣と化した男たちは津波となって一目散にかける。

 そして…そのルート近くでは徹底した対策が練られていた。
 あるサークルでは本を一通り並べた後シートをかぶせ落下防止。
 あるサークルでは単純にテーブルそのものをルートから少しでも遠ざける。
 上条たちのサークルはたまたま角にありそのため、ショートカットされる危険性が有った。だから上条が守るために立つ。
 「来た…『男津波』だ」
 エロ同人を求める男たちが地響きを立てる音がそれを察知させた。そして危惧した通りショートカットにかかる。
 だがそれは上条が許さない。『ガード』ではなく『ブロッキング』で走る方向を変えにかかる。
 「はっ! へあっ! ほあっ! たあっ
 気合と共に男達を捌く。やがて嵐が去って走りも収まる。捌く必要がなくなったと察した上条は仕事の終わりを感じて、なぜか両腕を高く掲げて
「はぁ〜っ」と蟷螂拳の構えを取る。

「はぁ〜っ…はっ!!」「すっごぉーい。上条くん」

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの参太郎さんに感謝。

 「すっごーい。上条くん」
 周知しているはずのサークル仲間でさえ唖然とする中、綾那は無邪気に手を叩いていた。
 とにかく危機は回避された。

 外。入場しきれずに待たされている瑞樹たち。
 「あっつーい…くそぉ。女で来たほうがよかったかな。背中も出せるしスカートなら足丸ごと出せるから少しは涼しいかも」
 「女の子だって暑いのよ」
 七瀬が反論する。
 「おまえはそんなジャンバースカートなんて着ているから余計なんだよ。姫ちゃんを見ろよ。涼しい顔しているぜ」
 「うん…本当に暑くないの?」
 薄手ではあるが白い長袖のワンピース。鍔の大きな帽子が日傘の役割も果たしていた。
 「大丈夫ですわ」
 「心頭滅却すれば火もまた凉しでござるよ」
 代りに答えたのは十郎太。こちらは忍装束なのだが会場が会場だけにさほど咎められなかった。
 「こんなクソ暑い思いしてまでなんでこいつ等は並んでいるんだ…もう11時近いのに動きやしないし…」
 「こいつ等みんな上条と同じ趣味か…一人二人ならともかくこの数は…」
 真理と榊原がうんざりしたように言う。彼らは開場さえしてしまえばスムーズに入れると思いこんでいた。
 もちろん一度でも参加したことのある人ならそれが間違いとは熟知しているが。
 引き返そうかとも考えなくもなかったがこれだけ待ってそれも癪だったので我慢していた。

 上条たちのサークルで取り扱っているのは美少女を取り扱った物である。だがストーリーとしては極めて穏やかなもので彼らの言葉で言う『健全本』だった。
 売れ行きは派手さがないせいか今まではぱっとしなかったが今回は違う。
 何しろ全身ピンクでフリルまみれの…しかも胸のない美少女が『売り子』を勤めていたのだ。
 もちろん綾那に金勘定が出きるはずもなく本人も辞退したが
 「通る人に愛想を振り撒いて本を見てもらうだけでいいから」と先輩達にいわれて引き受けた。会計などは先輩達の仕事だ。
 (これで上条君の役に立てたかなぁ?)
 本人は不安だったが、世の中には胸のない女の子に激しくときめくものもいて、いつもよりは遥かに売れていた。
 こうなった経緯だが、学校から制作現場にくっついてきた綾那を先輩達がスカウトしてこの場につき合わせていたのだ。
 綾那にしても朝から晩まで上条の側で、しかも一緒に同じ事をがんばれるとありとっておきのワンピースを着てきた。
 結果的に大正解だったわけである。
 なお参考までに作品のヒロインも胸が薄くて少女趣味。言わばヒロインが飛び出して売り子をしている形でそれが拍車をかけていた。

 お昼過ぎ…ようやっと建物の中に瑞樹たちは入ることが出来た。
 「こんなことなら待ったのが無駄でもあの時点で帰ってりゃよかったかも…」
 入れたと言うのに後悔しているのは瑞樹である。それほど並ぶのが辛かった。
 「そうですか? わたくしはもう楽しくなってまいりましたわ。まるでお伽の国ですわ」
 コスプレの参加者を見て皮肉でもなんでもなく姫子はうっとりとして言う。
 「確かに仮面舞踏会みたいだがな」
 むしろ『マスカレード』の方が例えとしてはいいだろう。

 なんとか流れに乗った一同は売っているところまでは来れたが、土地鑑がないので上条たちのサークルを探すので一苦労だった。
 「なぁ…天井のプレート。さっき見たアルファベットは机の位置を示すものみたいだな…こっちはカタカナ…それも良いが…
なんなんだ!! 『パ』『ピ』『プ』『ペ』『ポ』ってのは」
 真理が憤慨するのは暑さと見つからないことにイラついての物だった。
 「メモの位置だとあちらになるようですね。上条さんの気配を探って見ますわ」
 言うなり姫子は『姫神』を飛ばす。だが…
 「きゃあっ」
 いきなりピクッと体を震わせ崩れ落ちる。
 「姫」
 慌てて十郎太が体を支える。七瀬がダメージを調べるが何もない。ほんのちょっとで目を醒ました。
 「も…申し訳有りません。上条さんの気配を見つけて姫神を向けていたら何か酷く嫌な『気』の壁にぶつかり」
 「わかる気がする…なんかどよ〜んと漂ってるし」
 彼らはそちらが『男性向け創作』エリアとは知らなかった。とりあえずそちらにいるらしいとわかり会いに行く。

 「けっこう売れたね。みんな読んでくれるのかなぁ?」
 「なんと言っても君のおかげだよ。綾那ちゃん」
 「ホントだな。可愛い売り子一人でこうも違うかな。冬も頼もうかな。上条も来るから来ない」
 「えー。行きます行きます」
 即答だった。勝手に話を進められる上条はなんとなく面白くないが表情には出さない。その彼を呼ぶ声が。
 「上条…やっと見つけたぞ」
 「え?…あ。ついたんだ」
 サークルの前にようやく瑞樹たちがたどり着いたのであった。

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