第17話『Change』

8/28 04:45p.m
喫茶『レッドスター』そばの公園

 恒例といっていいみずきと七瀬のケンカである。
 みずきは家の手伝いをしていた関係で女の子。それもウェイトレス姿である。
「しつこいな。なにがそんなに気に入らないんだよ」
「アンタってばかじゃない!? そんな体になったのに女の子の気持ちがわからないの」
「わかってたまるかよ、ばか。そしたらほんとに女になっちゃうじゃねーか」
「アンタ一度くらい本格的に女の子になって過ごしたらいいんだわ」
 原因は本当に些細な言葉のすれ違いだった。こんな光景は幼少時から当たり前なのでどちらの家族ももう放っておくのであった。
 だが事情を知らない人。たまたま通りかかった人もいる。
 そしてそれが神父だけにいさかいは見逃せなかった。
 年なら50近いだろうか。日本人ではない。大柄な白人だ。
「もし…お嬢さん達」
 日本は長いのか流暢な日本語で話しかけるが、完全にヒートアップした二人はまるで耳に入らない。
「けっ。お前だってこんな立場に立って見ろ。そしたらちったぁオレの苦労もわかるだろうぜ」
「あんたみたいにがさつなんじゃ大した苦労なんてしてないわよ」
「これ…ケンカはやめなさい」
 だがまったく聞き入れる様子がない。二人はますますエキサイトする。
「デリケートぶるなよ。ばーか」
「ばかはどっちよ。ばか」
「バカだからバカって言ったんだ。馬鹿」
「罵倒ではなく話し合いを…」
「ばか馬鹿ばか馬鹿ばか」
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカ」
「人の話を聞きなさい」
 さすがに堪忍袋の緒が切れた。
 怒鳴られてはじめて二人は神父の存在に気がついた。
 そして振り向いた瞬間に七瀬は信じられないものを見た。
 アナログ時計の文字盤を顔に見たてた人の姿をしたもの。両方の手の甲にも時計があしらってある。紛れもなく『マリオネット』だ。
 その拳が二人に接触する。厳密には二人の『魂』に接触する。
「ファイナルカウントダウン」
「なにぃぃぃぃ?」
「こ…これはっ!?」
 七瀬は自分の顔を見下ろす形になる。
(やだ。これって幽体離脱?)
 向かいではみずきが同様にしている。
 そしてマリオネットが腕を交錯させるとみずきの魂は七瀬の肉体に。入れ替わりに七瀬の魂はみずきの肉体に納まってしまった。
 一瞬眩しさを感じて目をつぶる二人。ゆっくりとまぶたを開くと七瀬は『七瀬』の顔を見た。
「うそ…私…それじゃ」
 七瀬は軽く見上げるアングルなのに気がつく。そしてみずきの姿が見えないことにも。
「ひょっとして…七瀬なのか?」
 もともと落ち着いた低めの七瀬の声だがさらに押し殺したような感じで問い掛ける。その口調は…
「みずき。みずきなの?」
 みずき(七瀬)は眼前の少女に問い掛ける。
「入れ替わった…のか…オレ達…」
 七瀬(みずき)も呆然として言う。そこに先刻の神父が穏やかに告げる。
「ご安心ください。ファイナルカウントダウンと名づけた私のマリオネットの仕業です。その名の通りカウントダウンをしています。
 リミットは72時間。現在が八月二十八日の午後五時。だから…八月三十一日の同じ時間に自動的にあなた達は元の体に戻ります」
「な…何てことしやがる。てめえ『斑信二郎』の仲間か」
 柄の悪い言葉でつかみかからんばかりの勢いで迫る七瀬(みずき)。
 普段の七瀬は母性的で優しいと評判だったので、それを知るものが見たら仰天するであろう態度だ。
「『斑信二郎』? それが誰なのかは知りません。とにかくあなた達はケンカをやめそうになかったので強硬手段に訴えました。
 互いに相手の立場に立てばそれぞれの言い分も理解できることでしょう。それまで頭を冷やしなさい」
 神父はくるっと背中を向ける。それに向かいみずき(七瀬)が『待ってください』という。
「本当に…三日…いいえ。(足掛け)四日で元に戻るのですか?」
 足を止め振り向いた神父はこくりとうなずく。
「戻れます。互いに心から反省したなら町外れの教会に来なさい。神が反省したと認めたなら時間前に元に戻して差し上げましょう。私はクルーズと言います。まぁ足掛け四日も別人として過ごしていたらたまらないでしょうが」
 クルーズ神父はそれだけ言うと歩き始める。
「ま…待ちやがれ…チキショウ…な…なんだよ…い…いてぇ…猛烈に腹がいてぇ」
 追いかけようとした七瀬(みずき)だが腹を抑えて蹲ってしまった。
「まぁしょうがないわね。お互い小さいころから行ったり来たりしてて家族みたいなものだし。お泊りと思えばいいんじゃない?」
 こちらは妙に楽観的と言うか晴れ晴れとした表情のみずき(七瀬)だった。
「七瀬…お前…何か変なものでも食べたのか? ものすごく腹が痛いぞ…」
 言われたみずき(七瀬)は頬を染める。それでさすがに七瀬(みずき)にも事情がつかめた。
「そうか…お前…あの日…か…」
「きゃーっっっ。恥ずかしいから言わないで」
 照れるあまり思わず必殺技の平手打ち。『スタッカート』を3連発で見舞うみずき(七瀬)だった。
「ぶごっ。へぎょっ。うわらば」
 しゃがみガード状態だったからなんとかなったが(笑)踏んだりけったりである。
「あら。いけない。自分の顔を叩いちゃった」
「くっそー…道理で追いかけないわけだぜ。『あの日の最中』の体を押し付けやがったな。やたらに機嫌が悪いと思ったら…そう言うことかよ」
「私のってみんなより重いみたいなのよね…ちょうどいいわ。あんたも一度体験した方がいいわ。半分女でもこれは体験してないでしょ。女の子が毎月どれだけ大変か知るのもいいかもね。
 あっ。多分明日いっぱい続くわよ。ちゃんと清潔にしといてよね。お風呂は…仕方ないわ。目をつぶれとは言えないしおあいこね。じゃあんたの代わりにウェイトレスしてあげるから」
 鈍痛を抱えた体から解放され上機嫌のみずき(七瀬)はスキップしかねない調子で店へと行く。
 残された七瀬(みずき)はやっとの思いで立ちあがるととなりである七瀬の家へと歩き始めた。
(現実に入れ替わったんならし方ねぇ…ある意味幸いなのは生理中ということだな。口きかなくてもこのせいにできるし…それにな…七瀬。男は男で大変なんだぞ…お前こそ泣きを見るなよ…オレは半分女だから多少なれてるけどお前はどうかな…)
 生理中のせいかダークな思考の七瀬(みずき)は初体験の痛みと戦いながらよろよろと七瀬の家に帰り着いた。

喫茶レッドスター
05:12p.m

 いつものみずきなら愛想なんてないに等しい。とくに男性客に対しては。
 ところがケンカから帰ってきたらやたらに愛想がいいし気がつく。例えば
「すいませーん。しゅわしゅわ…じゃなくてジンジャーエールくださーい」
 メガネの細い長身の青年が懐中時計を見ながらの注文をしたときだ。
「はぁーい」
 にこやかに愛想よく答える。そりゃあそうだ。中身は七瀬。小さいときから『女の子らしく』と育てられてきたのだ。だから人前ではそんなに不機嫌な表情など見せない。
 逆にいえばそんな表情を遠慮なく見せるみずきは特別な仲と言えたが…
「一体どうしたというのだ? ウェイトレスだから女性的に振舞うのはわかるが…とても演技とは思えんぞ」
「そうかしら。私はとっても可愛いと思うわ。みずきちゃん。やっと私の願いを聞いて女らしくしてくれたのね」
 疑惑を抱く父・秀樹とそのまま受け入れる母・瑞枝であった。

及川家
06:34p.m

 早熟な七瀬は10歳で既に初潮を迎えていた。だからかれこれ6年以上付き合っていることになる。
 しかしみずきは女といっても半分だけ。それもやっと1年経ったばかり。
 24時間を女で過ごしたことは何度かあったが、当然その程度では『女としての機能』が作動する前に男に戻ってしまう。
 前置きが長くなったがまさに未だ経験のない『女にしかわからない痛み』に苦しめられていた。それなのに
「ちょっと七瀬。起きているなら台所手伝って」
 どんどんと遠慮なく母親が扉を叩く。もともと鈍痛で眠れずにいたがこれがとどめをさしている。
(確かに病気じゃないんだろうけど…こんな状態のときに家事をさせるかぁ…)
 扉を開ける。そこにはエプロン姿の七瀬の母。虹子がいた。
「七瀬。あんた台所できない程に今日はひどいの?」
「おばさ…じゃない。おふく…でもなく…お母さん。『ひどい』って…」
「ちょっとしっかりしなさい。あんたいつもなら私が止めても『気がまぎれるから』と包丁握りたがるじゃない」
(そういえばあいつ荒れた時ほど細かいことしたがるよな…あれって『あの日』だったのか…)
「そうね。ちょっと重かったし。でも大丈夫。行くから。うん」
 普段から女のふりをしているのでさらっと女言葉を使う。
「そんなにひどかったの? 薬貰ってきてあげればよかったかしら」
 虹子は看護婦である。重病や重傷を見なれているせいか、多少の不調などはあっけらかんと対応してしまう所がある。
(まさか本当のことはいえねぇし…そもそも七瀬の奴。マリオネットのことをおばさんに話しているのか? 話してないなら説明なんて無理だぞ。うう…正直きついが不審がられてもたまらん。行くか…)
 もちろんただでさえドジなみずきである。慣れない体に加えて『生理痛』では…だが何が幸いするかわからない。
 痛みのあまり反対にそそっかしい所がなくなり手際が悪いものの無難にこなした。

赤星家
07:12p.m

 一方。みずき(七瀬)は…
「おばさま(…じゃないわ。今は私がみずきなんだっけ)…オフクロ。(キャベツの)千切りはいいわよ…だぜ」
 肉体的にはむしろ軽くなっているのでいいが、なにしろこちらは男言葉が難関であった。
 みずきの場合は学校で女として振舞い、多少は女言葉も用いているので何とかなった。
 しかし七瀬はなにしろ前述の通り『女の子らしく』育てられて乱暴な口調は慣れてない。
 その上みずきは男としても口が悪い部類に入るだけにギャップも激しい。
「あら速いのね。しかも指も切ってないし。それじゃとんかつを揚げるわよ」
「はぁーい…(いけないわね…)おう」

及川家
09:02p.m

 七瀬(みずき)はぐったりしていた。生理痛。そして七瀬に成りすます気苦労。このまま寝てしまいたかったが、汗臭い上に清潔を普段以上に要求される状況で入浴は不可欠であった。
 まともなら照れやなにかがあるだろうが、もう何がなんだかわからない状況である。だからなにも考えずに風呂場へと向かう。
 けだるいまま服を脱ぎ汗を洗い流す。浴槽に身を沈めて違和感を感じた。
(何かが違うな…そりゃ今は七瀬の体なんだし違和感だらけだが…あ。わかった。胸だ)
 みずきはお湯をかぶれば男に戻るのである。したがってプールならいざ知らずお風呂で胸が浮くと言う現象は体験したことはない。
(あいつ…着膨れするタイプなんだな。そんなに太ってないじゃねぇか…ダイエットなんて必要ねぇぜ)
 湯船から上がると姿見を見る。
(うん…ちゃんと引っ込む所は引っ込んでるよ。なんで女って奴はそこまで神経質にスタイル気にするかなぁ…それにしても…きれいになったな。七瀬…)
 女になったときに裸体を見たことなど数知れず。おかげで既に女性のヌードでは興奮しなくなっていた。だからといって男のヌードで興奮するわけではないが。
 なのにどきどきしてきたのはそれが七瀬の裸だからか。
 フィジカル(肉体的)なものではなくプラトニック(精神的)にときめいていたのか。
 1日鈍痛に苦しめられしかも若干のぼせた状態でボーっとしたまま彼女は雫が垂れる髪のまま姿見を見ていた。
 たとえるなら優れた絵画に釘付けになった美術館の客のように。

赤星家
09:10p.m

 一方。戦々恐々としていた七瀬である。だいぶ夏も終盤で涼しくなったといえど汗は掻く。それを流さないわけには行かない。
 しかしそれは男の裸体を目の当たりにすることになる。
「は…ははは…はは…」
「早く入っちゃってよね。お姉ちゃん」
 妹…実は弟の中学生ニューハーフ。薫は自分がいくら望んでも手にできない女の肉体を手にしてしまった挙句、その運命を呪うみずきを皮肉り常に『お姉ちゃん』と呼ぶのである。
 ただ幼いころから家族同然だったので七瀬のことも親しみを込めて『七瀬お姉ちゃん』と呼んではいたが。
 とにかく薫に追いたてられ男物の着替えを持ち風呂場に行ったみずき(七瀬)である。
(たしか…体温に近い温度だと変身も復帰もしないんだっけ…このままシャワーですませようっと)
 かなり温めのシャワーで隈なく洗う。女姿であったためか段々に緊張も解けリラックスしてきた。
 ちなみに七瀬の入浴時間は1時間に及ぶ。その理由は後に語る。
(あいつグラマーねぇ…華奢なのに…胸の大きさは同情するけど)
 肩が凝る。胸元がきつい。男の目が絡みつくなど七瀬は豊かな胸をどちらかと言うと疎ましく思っていた。
(いつも変身を繰り返すから新しい体なのね。でも清潔にし過ぎということはないわよ)
 ボディソープとスポンジで洗う。これがまず時間を要する。そして
「さぁて…」
 リラックスしまくった彼女は何も考えずに湯舟に浸かる。
 それというのも体型を気にする彼女は、熱い風呂で発汗作用を促し痩せようとしていた。もちろん美肌効果も考えてだ。
 余談だがそんなことを考えないみずきの入浴所要時間は20分。入るといきなりお湯をかぶり男に戻るのでラフなのだ。
 そしていつものようにボケーっとしていた瑞樹(七瀬)は上がりかけて違和感を覚えた。胸元が変だ。
(あれ…胸がぺったんこ…え゛…男バージョン…ついうっかり…とにかく女に戻ろう
 当然足をあげるわけだがその付け根に女には絶対ありえないものが。
(!!!!!!!!!!!!!)
 見てしまった瑞樹(七瀬)はかろうじて悲鳴を押しとどめた。
(気…気持ち悪い…真理ちゃんがヘビって言ってたけど…ヤダ。考えてみれば男の子ってみんなこれつけているのね…)
 まぁこれを見てうっとりするようでは困るが。
(水…水…)
 変身するために水をかぶろうとしたが、股間に目が行かないように下を見ないようにしていたので手間取る。さらに
「お姉ちゃん!! いつまで入っているのよ。後がつかえてんのよ。早く出て」
「ちょ…ちょっと薫ちゃん…」
 順番を待っていた薫にたたき出されてしまった。一緒に入ろうといいかけて薫も男の子と思い出した。
 仕方なく男姿のまま上がることにした。バスタオルで胸と腰を隠そうとしたが男でだと不気味この上ない。
 体の水滴を取りに行くが難関はやはり足の付け根であった。
(やだやだ!! 触っちゃった!!! 変な感触…何よこれ…気持ち悪い…)
 パニックに陥りながらなんとかふき取り男物の下着を着けパジャマ姿になる。
「あれっ? そうか…ボタンが逆なのね…」
 照れ笑いの出る余裕が戻ってきた(ちなみに瑞樹は普段から両方使っているのでクリアしている)
 瑞樹(七瀬)は疲れた表情で部屋へと戻る。
(後三日…ばれないでやっていけるのかしら…)
 水色のパジャマ。なんとも胸元が寂しくて、つい両手を組んで祈るようなポーズを。
 男の肉体であるが足と足の間にお尻を落として座る座り方。それゆえ女の子っぽく見えたが、ポーズより女の子の表情が大きいだろう。

及川家
10:12p.m

 疲れてしまいさっさと寝ようと思った七瀬(みずき)だがベッドにあるものを見て引きつった。
 華美な装飾のネグリジェだった…
(あいつ…ほんとオフクロと趣味かぶってるよなぁ…今日は疲れた。もう寝よ…)
 そう考えた七瀬(みずき)は仕方なくネグリジェを着ける。
「まったく。一日えらい目にあったぜ」
 可愛らしいライムグリーンのネグリジェ。夏場なのに体形のわかりにくい(透けて見えない)厚手のもの。 髪の手入れもしないままどっかと不機嫌そうに胡坐をかく七瀬(瑞樹)。だがまだ「女の子の痛み」がある。
「さっさと寝よう」
 そう思った彼女は手近な熊のぬいぐるみを抱いてベッドに横になる。
 ちなみにこれは本人の癖である。瑞枝の胎教で女の子らしさを押しつけられたが、大半は成長と共に消えた。
 しかし抱き枕代わりにぬいぐるみを抱くのは元もとの癖なのだ。これだけは消えなかった。
 やっと自分のパターンを取り戻せそして安心する匂いで眠りに落ちる。
 その匂いを自分がかもし出しているときがつかずに。

 こうして夏休み最後に訪れたハプニングの初日は過ぎた。

相手の立場になりすぎ(笑)

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに篤く感謝!

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