第17話『Change』Part2   Part1へ戻る

赤星家
8/29 07:24a.m

 瑞樹(七瀬)はゆっくりと目覚める。何か奇妙な『違和感』を感じたのだ。
 現時点の中身である七瀬は八月初めに16歳になったばかりである。短いここまでであるが一度も感じた事のない『感触』である。
 なにか自分の肉体が不随意に『固く』なっている。
「なによぉ…」
 寝ぼけたままタオルケットを取り除く。『固く』なっている『脚の付け根』を見た思わず瑞樹(七瀬)は息を飲む。
「ひっ?…な…な…何よ…これ…きゃあああああっ
 脚の付け根の『テント』を目の当たりにして思わず悲鳴を上げる。
「うるさいわね。なんなのよ。お姉ちゃん」
 ピンクのネグリジェ姿の薫が枕を片手に抱いたまま怒鳴りこんできた。
「か…薫ちゃん。こ…これっ。これ。病気になっちゃったの?」
 七瀬は現在は瑞樹の肉体になっていることも忘れてうろたえる。
 経験があるはずもない。男なら当たり前でも女には普通なら一生ありえないのだから。
「あらあら。どうしちゃったの。瑞樹ちゃん。お寝坊さん?」
 既に着替えてエプロン姿の瑞枝が台所仕事中だったらしく(お約束で)お玉を手にしておっとりと問い掛ける。遅れて秀樹が駆けつけて、見るなりいきなり一喝する。
「馬鹿者。健康な男子なら当然のことだろう。そんなことでいちいち女みたいな悲鳴を上げるな!!」
 相変わらず容赦ない秀樹である。ちなみに三男の忍はまだ寝ていた。
(そ…そうだったわ。今の私は『瑞樹』だったんだわ…)
 『神父』によって魂を入れ替えられたことを思い出した。
「お…おう。悪い。寝ぼけていたみたいだ」
 だいぶなれてきた男言葉でやり過ごす。全員引き上げる。
「ふぅ…ビックリするわよ…そうかぁ…これが男の子の朝かぁ…毎朝これじゃ大変ね。でも…これ…どうやったら元に戻るの? それに…こんなのつまんでお手洗いなんて…」
 なんと言っても16歳である。どうしてもズボンからだせず洗面所で頭だけ水をかぶり(顔を洗った際に誤った振りをした)女になってからトイレにかけこんだ。
(ふう…男の子の方が持つって言うけどそうみたい…けど私。昔は生まれ変わったら男の子がいいなんて思っていたけどやめたわ。こんなの大変だもの。生まれ変わっても女がいいな)

及川家
08:01a.m

 七瀬(みずき)はげんなりした表情で洗濯機の前にいた。別にその年で寝小便をしたわけではない。
(…まいった…朝一番であんなすぷらったな状況になるなんて…半分女で1年がたって女として学校に通って…もうすっかり女の体はわかったつもりだったけど…こんなに大変だったとは…)
 彼女は前夜の入浴後に「貼り付けるべきもの」を貼り付けなかったのである。下着も通常のものを使っていた。
 そして夜のうちに『出血』があり、目覚めたら下着とシーツが真っ赤になっていたというわけである。
 これを粗忽と責めるのはさすがに酷であろう。なにしろまったくの初体験。考えが及ばないのも無理からぬ話。
「七瀬。大丈夫?」
 虹子がさすがに心配して様子を見に来る。
「うん。大丈夫」
 女子高生したりウェイトレスしているだけに、その気になれば愛想笑いなどお手のものだった。
 加えて七瀬の母。虹子にはみずきは好印象を持っていた。だから自然と笑みも出る。
「そう。洗濯機に入れたらシャワー浴びてらっしゃい。汚れているでしょ」
「えっ!? いらないいらないいらない(お湯をかぶったら男に戻っちゃうよ)」
「なぁに? おとなりの瑞樹ちゃんじゃあるまいし、お湯をかぶると男の子になるわけじゃないでしょ」
(あ…そうだった…)
 実の所、虹子はみずきがこの体質になったときに看護していた看護婦だ。それ故に半分少女は知っていた。
 みずきにしても正体をさらけ出せる相手であった。
(実の娘の『超能力』を知らないのに、隣の家の男の体質を知っているというのも何だか奇妙だな)
 心中で苦笑する七瀬(みずき)。彼女は気がつかなかったがだいぶ通常の状態に戻りつつあった。その余裕だから笑うこともできた。
(しかし…4週間で一回こうなるわけなら月に一度は休まないといけないはずじゃ…七瀬が休んだことはあるけどあれはすごい発熱だった。顔も赤かったしおでこにも触ったから『これ』と勘違いしたわけじゃない。すると…あいつこんな状態でも学校に来てたんだ。村上も。姫ちゃんも。若葉も…女ってすごいかもしれない)
 自分の知らない『女の苦労』を知り素直に感心する七瀬(みずき)であった。

喫茶レッドスター
11:05a.m

 みずき(七瀬)はこの日もウェイトレスとして愛想を振り撒いていた。
 なにしろ瑞枝の趣味でウェイトレスのユニフォームはアイドル歌手張りの可愛らしいデザインであった。
 ある時などは『制服征服ツアー』と言う一団がやってきたほどだ。
 七瀬は大柄で本人も『太い』と体型を気にしていたので、こう言う衣装は着なかったが嫌いなわけではない。
 小柄でありつつ出るとこ出て引っ込む所が引っ込んでいるこの体を得たので、この機とばかしに着ていた。
(いくら元々が男の子でももったいないなぁ。こんな可愛い服が似合うのに…あんたの代わりにたくさん着てあげるからね。みずき)
「みずき」
 カウンターの中で秀樹が手招きしている。
「なぁに。叔父様…なんて冗談は寒いからやめるぜ。オヤジ。なんだよ」
「電話だ。上条くんだぞ」
 伝えると子機を差し出す。言外に店では喋るなと言っている。奥へと引っ込む。
「もしもし。上条君」
『上条…『君?』 なんだよ。赤星ひょっとして喫茶店手伝ってんの?』
「えー。なんでわかるの。すっごぉーい」
『……だってあからさまに営業用の声じゃないか。声から察するに女バージョンだし』
(……いっけない……)
 親しい相手故につい地が出てしまったのだ。
『まぁいいや。用件だけど今、風間や姫ちゃん。若葉なんかと電気街にいるんだけどこれない?』
「うーん。お誘いは嬉しいのよね。でも私今お店だから。ごめんなさいね」
『どうでもいいけど赤星。学校でもそこまで女の子っぽい喋り方はしないだろ…なんか気持ち悪い』
「(はっ!)。しかたないで…ねーだろ。お客相手にしてるんだ。愛想が大事なのよ…だぜ。男言葉なんて使えないわよ…だぜ」
『まぁいいか。仕事中ご免な。じゃあ』
「は…おう」
 冷や冷やしながら電話を切る。

及川家
11:06a.m

 ほぼ同じ時刻。
『もしもし。七瀬ちゃん?』
 電話の主は綾那であった。実は彼女たちは上条のいう通り電気街に遊びにきていた。
「(若葉が? あいつ約束でもしていたのかな)。はい。もしもし」
『あ。七瀬ちゃん。ボクたちいま電気街にいるんだ。七瀬ちゃんたちも来ない』
「電気街? 別に買い物もねーしかったるいからパス」
『………どーしたの。七瀬ちゃん……まるでみーちゃんみたいに乱暴な口で…』
(しまった!!)
 こちらもまた知った声だったのでつい地が出てしまったのだ。
「あ…ご免ね。弟たちの相手していたら写っちゃったみたい」
『そうなんだ。ウチの弟も口が悪いからそれわかるよ。ね。それよりホントに来ない? 姫ちゃんも風間くんもいるよ。今はねぇ…真理ちゃんや榊原くんに二人が電話している所ぉ』
 遊びの誘いだ。気晴らしに出たかったがなにしろ『この体』である。
 七瀬の姿でぼろが出ないか自信がまったくないしやはり『あの日』で出歩く気はなかった。だからウソも方便で
「ごめんね。今日はおかあさんの手伝いする約束なの」と断った。家の手伝いならいかにも七瀬だな…とみずきは自画自賛した。
 電話の向こうの綾那は怒ってはいないが残念そうであった。
『…そっかぁ…残念だね…でももうすぐ二学期だからすぐにあえるね。じゃあね』
「うん。またねぇ」
 女言葉に多少はなれていること。七瀬の声であること。それが多少の違和感は打ち消していた。だが当人は…
(『またねぇ』って…うげ…なんか最近ますますオレって女に近づいてないか? ましてこんな…本当なら一生経験しないはずの『女の苦労』を知ったら…)
「七瀬ぇ。ちょっとお使い行ってきて」
 これなら本当に家の手伝いだ。それに買い物と言えど外に出るなら気分転換になる。素直に受けることにした。

商店街
11:24p.m

 みずき(七瀬)は瑞枝に頼まれてパン屋へと出向いていた。サンドイッチ用のパンを追加しに来たのだ。
 店の中はちょうど誰もいなかった。だからみずき(七瀬)は「こんにちわぁ」と住居部分に届くように呼びかけた。程なくしてパン屋の店主が出てきた。
「いらっしゃい。七瀬ちゃん。今日は…あれ? みずきちゃんかい」
「こんにちは。日玉のおじさま。今日はサンドイッチ用のパンを一本買いに来ました」
 『一斤』にスライスする前の状態を指している。
「サンドイッチかい。お店のだね。できてるよ。それにしてもどうしたの? 今日は随分愛想がいいじゃないかい。いつものお転婆と違って。それならお嫁に行けるよ」
「えー。やだぁ」
 くどいようだが…気を抜くと地が出てしまう。七瀬にとっては商店街での買い物は毎日のことだし。店主たちとの会話(主に値切り)はある種の娯楽でもあった。
 すっかり今がみずきであることを失念していた。そして
「おーっす。おじさん。フランスパン二本くれ」
 言葉遣いも乱暴に七瀬が現れた。魂はみずきなので以上のような言葉遣いだ。
「おやおや…七瀬ちゃん。君もどうしたんだい? まるで男みたいじゃないか。みずきちゃんが女の子らしいのはいいけど君のは感心しないよ。まるで入れ替わったみたいじゃないか」
(いけない…そうだったわ)
 うかつにも二人とも自分の肉体を見るまで失念していたのだ。早急に支払いを済ませてパン屋を立ち去った。残された店主は
「…暑さでやられたかなぁ…それとも絵の方に精を出しすぎたかな…」
とつぶやきながら中断していた作業をしに奥へと戻った。

公園
11:54a.m

 二人はとりあえず互いの家の中間とも言える公園にきた。
「もう。あんな言葉遣いしないでよ。変に思われるじゃない」
「お前こそ変なことしてないだろうな。あのパン屋にはずっとあれで通していたんだ。男とも女とも取れるように」
 小さいころを知られているので「男っぽい女の子」だったことにしていた。
「それより…ちょっと…日焼け止め塗ってきた? この炎天下に何も無しじゃ大変よ」
「いいじゃねーか。治せるだろ」
「だからって手を抜かないで。ほんとに男の子ってこれだから」
「まったく女って奴は細かいことを…」
 しかし現状はともに少女である。あまり外にいても買ってきた食材が暑さで傷むし何より暑い。程ほどにして引っ込んだ。

赤星家
03:51p.m

 みずき(七瀬)は秀樹に付き合わされて買出しに同行することになった。運搬などが主なため男モードを命ぜられた。
(確かに女の子バージョンは力なさそうだけど…なるべく下を見ないでおこうっと)
 七瀬はパンツルックをほとんど持ってないのでついスカートの感覚で履こうとして苦笑する。なんとか用意して車に乗る。

 ライトバンにコーヒー豆や砂糖。ミルクを積み他にも必要なものをケース単位でそろえる。
(でも注文したら運んでくれないかしら?)
 とは考えたが力仕事をしているうちに忘れた。忙しく動いて汗も掻いた。
(汗を掻くのが気持ちいいとは知らなかったな。でも…かいたあとは気持ち悪い…)
「ずいぶん汗をかいたな。汗かきついでだ。やっていくぞ」
 何を? と尋ねる暇もなく秀樹は車へと向かう。

河川敷
04:42p.m

 河川敷で瑞樹(七瀬)はグローブを渡された。秀樹も手にしている。
「さあ。こい」
 キャッチボールだ。だが七瀬はほとんど経験がない。モロに手投げで放る。届かずワンバウンド。
「何をしている。もっと体全体で投げろ」
 厳しい叱咤が飛ぶ。ぼろが出ないように従うが
「踏み込みが甘い」
「胸をめがけて投げろ」
「両手で取れ」と散々に言われる。だがボールのやり取りをしているうちになんとなくだが
(あっ…なんだかお話しているみたい…そうかぁ…男同士って言葉よりこう言うコミュニケーションなのかしら)
 悪い気分でない瑞樹(七瀬)であった。さまになってきたところでやめにした。
 御丁寧にクーラーボックスに入れてあったジュースを秀樹が手渡しする。
「最初はおかしかったがいい感じに終わったな」
 それは普段のスパルタとは違う笑顔の父親がいた。中身が女の瑞樹はこれを素直に好意的に取った。

 並んで腰掛け親子の会話。
(瑞樹の家ではこうやっているのね)
「ところで七瀬くん…」
「はい? なんですか。おじさま」
「…とまたケンカしているのか…まさか…ひょっとして…」
「!?」
 つい『七瀬』と呼ばれて返事をした失言に彼女は口を抑えた。二日残して早々にばれた。

第17話「Change」Part3へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ