第18話「ツール・ド・電気街」

北条邸
8/27 07:23p.m

 北条家では朝食と夕食は家族でとる。これは娘たちとコミュニケーションをとるためである。
 そのためその日の出来事などを話題にすることがほとんどだった。
「姫子は今日をどうして過したのかね?」
 家長である父親が威厳ある口調で尋ねる。娘のほうはいつもと替わらぬおっとり口調である。
 育ちのよさもあろうが生来の性格も無関係ではあるまい。
「今日は1日読書で終わってしまいましたわ。長いお休みももうすぐ終わりかと思うと、じっくり本を読める時間もなかなかなくなってしまいますもの」
「ほほう。どうかね。面白かったかね」
「はい。とっても。それに木陰で読むともうそんなに暑くなくて、冷房を利かせたお部屋よりさわやかでしたわ」
 八月とは言えど既に晩夏。日中は残暑もきついが夕方になるとさすがに涼しくなり、油断をすると風邪を引きそうだ。
「愛子はどうだったのかね?」
 父親は二人目の娘に話を向ける。姉に比べて格段に元気過ぎる愛子は姉と違い洋服で通している。
「私は今日。お友達と一緒に電気街へ行ってまいりましたわ」
「電気街?」
 オウム返しにする家長。
 実はこの一族は電気街へ出向いたことはなかった。欲しければ執事に命じて調達させるので、自分達で出向いたりはしないのだ。
「それはどう言う街なのです? 愛子さん」
 姫子が話を促す。得意げに愛子は語りだす。
「そうですね。とても可愛いお人形がいっぱいで、綺麗な絵がたくさんありましたわ。なんだか不思議な街でしたわ」
「まぁ。それはとても面白そうですわ」
 目が輝いている。興味を持ったのは間違いない。
「それと私『買い食い』をしてしまいました」
 「てへっ」とばかしに舌を出す愛子。
「まぁ。なんですか。愛子さん。はしたない」
 母親にたしなめられる。『買い食い』か『舌を出した』のどちらかはわからないが。
「まぁまぁ。いいじゃないか。それで。何を食べたのかね」
「不思議な食べ物でしたわ。お肉を立てて焼いていてそれを削ぎ落とした物をパン…じゃないですわね。あれは。なんと言うのかしら? とにかくその中に千切りキャベツと一緒に入れて食べました。それからメイドさんのいる喫茶店でお茶を飲みました」
「ほう。だがそれは間違いじゃないのかな。愛子。メイドはハウスキーパーでありウェイトレスではないのだから」
「でもいらっしゃいましたわ」
 膨れて見せる愛子。ボブカットだけにその仕草だとなおさら幼く見える。
「わかったわかった。すまなかった。愛子がいると言うならきっとメイドがお茶を入れてくれるのだろう」
 その話はその場で終わった…はずだった。

 夜も更けて…
 コンコン。
 自室のベッドにうつぶせで少女まんが雑誌を読んでいた愛子は、ノックの音に体を起こす。来訪者は限られているが一応は「どなた?」と訊ねる。
「わたくしですわ。愛子さん」
 予想通り姉の姫子である。姫子に十郎太がいるように愛子にも護衛の双子くの一。葉月と弥生という二人がいた(ちなみに十郎太の妹)。
 その二人も昼の護衛任務のため夜は専門チームに任せて休んでいた。こないこともなかったがだいたいは姫子である。
「ねえさま。お入りください」
 小袖姿の姫子が入ってくる。珍しくもじもじしている。
「どうなさいました? ねえさま」
「あの…愛子さん。もう少し『電気街』のお話をお聞かせ頂けませんか?」
 どうやらすっかり興味を持ってしまったらしい。その姉を可愛らしく思った愛子は若干誇張混じりで説明をする。
 根が素直な上に世間知らずの姫子は、あっさり言葉を信じ込んでしまった。そして…行って見たいと希望した。
 純粋なだけに彼女は素直な行動に出た。

 翌日。姫子は十郎太に電気街への案内を頼んだ。だがさすがの風魔も調査不足。
 それもそうだ。本来そう言う買い物に出向くはずがない。だから調査対象から外れていた。故に案内をできるものがいなかった。
 さりとて主君の希望に添えないのはいくら護衛が任務と言えど忍びなかった。
 そこで代案としていかにも強そうな男に頼むことにした。十郎太には心当たりがあった。

上条家
8/28 00:12p.m

 電話は姫子が直接した。上条も都合さえ良ければ断るはずもなく、二つ返事で引き受けた。

 この話はその日のうちに綾那にも伝わった。もちろん同行を申し出る。当然だが姫子の護衛の十郎太もだ。合計4人。
 そして姫子が早くから楽しみたいと言う希望で…

電気街
8/29 09:00a.m

 JRの最寄駅の出口。ずばりその名も電気街口と言う出口に集まることになっていた。
 夏休みも最後。だから既に東京へと戻ってきている人間も多い。
 そして暇つぶしに来る人間もいるわけで平常時と変わらぬ賑わいを見せ始めていた。
 その喧騒の中、一人の少年と一人の少女が待っていた。
 黒いTシャツの上に白いジャケットをまとい腕まくりをしている。同色のズボン。それが待っている少年…上条のいでたちだった。
 傍らには当たり前のように綾那が。しかし道行く人が綾那をちらちらと見て行く。
 そんな最中、ロールスロイルが到着する。
「なんだなんだ?」
「駅にロールスロイスで乗りつける?」
 注目を集めてしまった。それにはかまわずまずは渋い藍色の和服で決めた十郎太が降りる。
 そしてエスコートされて姫子が…
 ロールスロイルで駅に乗りつけるだけで注目を集めまくっていたが、中から空色にさくらの花びらをあしらった振袖姿の和風の美少女が降りてきたらたまらない。
「おおっ」
 『ギャラリー』から歓声が上がる。
 二人が降りると車は静かに立ち去る。姫子はいつもと変わらぬ鈴を転がすような声で「お待たせいたしました」という。
「姫ちゃん。きれーい」
「ありがとうございます。綾那さんもとっても可愛いですわよ」
 姫子が日本人形なら綾那はフランス人形だった。盛大にフリルのついたパステルピンク。
「なんだぁ? 片や和風美少女。キモノでお出まし」
「迎え撃つはピン○ハ○○系ロリ娘。くぅーっ」
「あざといーっっっっ。だが、萌えずにいられないっ」
 余計な肉がなさ過ぎた小柄な少女は、その場の男たちの趣味に合致してしまった。
 これでアニメチックにするなら、巨大な靴を履く所だがさすがにそれは動きづらく。
 また以前にここで冬野と戦ったことがあり、そのときの記憶から足元は軽くしたかった。服もスカートとブラウスのように分けずワンピースだった。
 そしてその窮地を救ったのが買い物がえりの上条だったのだ。はじめてあった場所なのだ。
 良くも悪くも綾那には思い出の場所だった。だから『気合を入れて』きたのた。

「上条さん。今日はご案内をお願いして申し訳ありません」
 深々と頭を下げる。
「いやいや。僕も見たいものがあったからちょうどいいよ。それに暇つぶしでも来るけど」
「ウィンドウショッピングなの?」
 意識はしてないが可愛らしくロリータなしぐさで尋ねる綾那。
「ちっ。単なる仲間と言うんじゃなくて両方とも男つきか」
 二人の美少女それぞれに男がいるとなったら注目していた面々も散り始めた。

 それでもちらちらと視線が寄せられる。とにかく目立つ4人だった。だからか物を訊ねられた。
「すいません。この辺りで食事のできる所ありませんか?」
 ごく普通の青年ではあるがイントネーションが東京ではない。強いてあげれば西日本のそれ。その彼に対して上条が案内する。
「うーんと…近くにファーストフードがありますよ。あそこならたぶんもう開いてますし」
「あっ。そうですか。ありがとうございます。何しろ夜行バスで岡山から着たのでまだ何も食べてなかったんですよ。バスが止まったときは寝てて」
 なぜか指をぱちぱち鳴らしながら喋る。
「岡山から。それは凄い。やっぱりここ・電気街ですか」
「いやいや。今日は新橋でオフ会で集まるんで参加しにきたんですよ」
「ええっ。オフ会のためだけにっ」
 まだ高校生で経済的に自由でない一同はその行動力に驚く。もっとも「オフ会」の意味をちゃんと理解していたのは上条だけだが。
「いやもう。こういうことをやるから『暴走王』なんて呼ばれる始末だし。まぁ夜行バスは回数券買ったから使うしかないですから」
 『暴走王』は礼儀正しく挨拶すると朝食をとるためにその場を去った。
「上条くん。オフ会ってなぁに?」
「インターネットの上で会うのがオンライン上でしょ。それが直接会う…つまりオフラインだからオフ会。きっとお酒飲んだりするんじゃないかな」
「酒を飲みに来るだけにそのような遠い所から参るとは…」
「世の中にはいろんな方がいらっしゃるのですね…また一つ勉強になりましたわ」
「そうだね…ところで姫ちゃん…僕らもこの時間じゃなにもできないよ。どの店も空いてないし」
「まぁ」
 結局こちらもファーストフードで時間を潰すことにした。
 十郎太がハンバーガーに苦戦して姫子がはしゃいでいたのは言うまでもない。

西丸電気本店
10:00a.m

 一番早く開くのがここだったのでここからにした。
 買い物目的の人間ならともかく量販店には見るものはないはずだったがその商品数が圧倒する。
「まぁ。あんなにカメラがたくさん。それとお電話も」
 業者でもない限りそんなに大量に買いこむはずはない。それが並んでいるだけで姫子には新鮮だったようだ。
 一階一階を丁寧に見て回る。どうも『庶民』と感覚がずれているのかすべてが珍しいようだ。

 そんな調子でソフトを売っている階へと移動した。まだ開店して間もないのにざわめいている。
「何かあったでござるか?」
 十郎太が探りに行くがただの会計とわかる。だが上条はそれを見て驚いた。
「えっ? 限定版ボックスが五つに同じソフトのバージョン違いが3セット。そしてばらが12〜3枚。す…凄い」
 確かにこれでは驚くのも無理はない。思わず声に出していた。会計をしていた青年は別に驚いた様子もなく
「そう?『限定版はとりあえず買え!』これは鉄則じゃないかな」
「う…わかるけど財布が持たない…」
 珍しく圧倒される上条。彼だけでなく回りの客もだ。
「おい。あの男…松山の…」
「ああ…『千の買い物をする男』と言うことで『千太郎』と呼ばれているパワーユーザーじゃ…」
「あの男が買い物した後にはぺんぺん草一本も残っちゃいないと…」
「とうとう東京まで…」
「(大阪の)日本橋でもね」
 『千太郎』は平然と言う。これには大量購入になれている西丸電気の店員もうろたえていた。
 結局、松山から乗ってきた車に(彼の言葉によれば名は『桜葉ちゃん』)積み切れるわけもなく箱は無料配送してもらうことにした。
「あの人…値段見てないんじゃないの」
 思わず綾那が言ってしまうほど漢の買い方だった。

 昼に近づいてきたこともありそろそろ電話してもよいだろうと、後の四人にも誘いをかけることにした。分担して電話をする。
 上条は電話ボックスに入ると手帳を見ながら「さ・く・ら・こ・さん」と言いながらプッシュした。程なくして喫茶レッズにつながり、取り次いだ秀樹がみずきを呼んだ。
『もしもし。上条君』
 女で出るのはともかくその口調に面食らった。
「上条…『君?』 なんだよ。赤星ひょっとして喫茶店手伝ってんの?」
『えー。なんでわかるの。すっごぉーい』
「……だってあからさまに営業用の声じゃないか。声から察するに女バージョンだし」
(……なんか調子が狂うな……それに赤星と言うより及川を連想させる喋り方だが…まさかチャリオッツ・レクイエム)
 電話しながらもこの手のボケは欠かさない。
「まぁいいや。用件だけど今、風間や姫ちゃん。若葉なんかと電気街にいるんだけどこれない?」
『うーん。お誘いは嬉しいのよね。でも私今お店だから。ごめんなさいね』
「どうでもいいけど赤星。学校でもそこまで女の子っぽい喋り方はしないだろ…なんか気持ち悪い」
 ちなみに最後の『気持ち悪い』はネタである。
『しかたないで…ねーだろ。お客相手にしてるんだ。愛想が大事なのよ…だぜ。男言葉なんて使えないわよ…だぜ』
 何やら激しく狼狽したように聞こえる。
「まぁいいか。仕事中ご免な。じゃあ」
『は…おう』
 電話を切る。

 ほぼ同じ時刻。
「もしもし。七瀬ちゃん?」
 綾那は七瀬にかけていた。
『はい。もしもし』
「あ。七瀬ちゃん。ボクたちいま電気街にいるんだ。七瀬ちゃんたちも来ない?」
『電気街? 別に買い物もねーしかったるいからパス』
 その口調に驚いた。七瀬は切れてもこんな乱暴な口調はない。
「………どーしたの。七瀬ちゃん……まるでみーちゃんみたいに乱暴な口で…」
(!!)
 息を飲むのが電話越しでもわかる。
『あ…ご免ね。弟たちの相手していたら写っちゃったみたい』
 一応のいいわけに納得してしまった綾那。
「そうなんだ。ウチの弟も口が悪いからそれわかるよ。ね。それよりホントに来ない? 姫ちゃんも風間くんもいるよ。今はねぇ…真理ちゃんや榊原くんに二人が電話している所ぉ」
『ごめんね。今日はおかあさんの手伝いする約束なの』
「…そっかぁ…残念だね…でももうすぐ二学期だからすぐにあえるね。じゃあね」
『うん。またねぇ』
 最後のはいささかわざとらしい女らしさだったが特にそれを考えなかった。
 既に3人がそろっていた。
「どうだった?」
 答えはノーだった。上条は断られて姫子と十郎太は相手が捕まらなかった。
 『姫神』を使えば連絡はつけられたが、そうまでして呼びつけるのも申し訳ないと思いあえてしなかった。
「んじゃあそこに行こうか」
 上条が示したのは「C-books」と言う看板だった。

 『C-books』。主な業務は古書販売。ただしそれが『まんが』『ムック』「写真集」に限定されていた。
 「まぁ…」
 姫子は絶句した。あまりの数の「まんが」などに。
「凄いですわ。こんなにたくさん。これがすべて古本なんですか?」
「新刊も扱っているけどこっちは古本のコーナーだね」
「むぅ。なんと言う事だ。日本は豊かな国と聞くが」
「そうですわね。このようにマンガの本を売らないと生活できないなんて…」
 もちろん二人が本気で言っているのは間違いない。
「…いや…単に飽きただけだと思うよ…」
 まさかこう切り返されるとは夢にも思わなかった上条である。

 それから店内を見て回った。今度は綾那が言い出す。
「上条君。これなぁに」
 名刺サイズのカードにアニメの一場面がピックアップされていた。
「ああ。それはここで買い取ったトレカを販売してる物だと思うよ。一番上だけだけど中がわかるし何より新品より安いからね。集めるにはバカにならない」
「集めていかようにするのだ?」
「集めるだけだよ。トレーディングカードってそう言うものだよ。別に集めても魔法も使えないしライダーにもなれないけどね」
「……わからん…拙者にはとんとわからん…しかし何ゆえこやつらは目の色を変えて…」
 まるで砂金を探すようにカードを見ている者たちがいた。十郎太には『オタク』がどうも理解の範疇になかった。

 困ったことに姫子はこの電気街を楽しんでいる。ここを去るのはしばらく無理な相談だった。


第18話『ツール・ド・電気街』後編へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ