第18話『ツール・ド・電気街』後編   前編へ戻る

軽食『ひろこや』
01:02p.m

「上条くん。おなか空いたぁ」
 綾那が空腹を訴えたので昼食を取ることにした。やや歩いて店に入る。そして
「これは…どう言う店なのだ?」
 眉間にしわを寄せて十郎太が上条に詰めよる。
「どうって…普通にご飯を食べるところだよ」
 平然と言い放つ上条。
「『これ』のどこが『普通』と申す…」
 十郎太は忍びとして鍛錬した精神力がなければ切れていたかもしれない。
「かわいいですわ」
「着てみたいなァ…」
 少女たちは本心から言っている。
 ここ「ひろこや」はオーナーの西崎弘子がコスプレ好きなのが高じてできた店なのだ。
 つまり女子店員はすべてコスプレをして接客している。そして電気街の客筋はそれを好むものが多かった。
 今回のテーマは『魔法少女』だった。しかしなぜかコスチュームはセ○ラ○ム○ンのそれのようであった。
 姫子は珍しいものをみて上機嫌。綾那も可愛い服を見られて上機嫌。十郎太はどうにも肌に合わずご機嫌ななめ。
 そして上条は「いつもどおり」で平然としていた。
「それに風間。人のことは言えた義理じゃないだろう。着てるんだろ? シャツの下にあれ」
「無論。いざと言うときこの身を盾にして姫を守る。盾は頑丈なほどよいに決まっておる」
「あれ。でも完全といえるかな」
「おのれ。ならばしかと見よ」
 どうもペースを完全に見失い上条の口車に乗せられた十郎太は、見事に鎖帷子を店の中で披露してしまった。
「わーっ」「すっごーいっ」「忍者みたい」「見せて見せて」
 それからペースの遅い姫子ですら食べ終わるまでの間。コスプレウェイトレスにおもちゃにされたのは言うまでもない。

コミック「そらのはな」
02:23p.m

 それからメインとも言うべき『オタクショップ』めぐりだった。
「やはりその手の店を回るならこの辺りは外せないよね。『そら』に『プレイヤーズ』。そして『マニメイト』とそろっているし。ちなみに一駅隣には日曜限定で店員さんがコスプレする居酒屋さんもあるって聞くけど、三宅さんたちは行ったけど僕は(未成年で)だめだし見たことはないや」
 店の前で解説ぐせを発揮する上条。だが十郎太は悪寒がしていた。
「十郎太様…」
 さっきまで浮かれていた姫子も憂いの表情だ。十郎太は感覚を総動員させて『気配』を探っていた。そして思い出した。
「この気配…上条。この気。いつぞやのトレイスとやらに似ているでござるが」
「…うーん…正解だと思うな…」
 珍しく苦笑する上条。
「恐ろしい場所なのですか?」
 心配そうに尋ねる姫子。
「人によっては恐ろしいかな…」
 苦笑しつつ彼は答えた。

 その『恐ろしい』と感じる人種は十郎太だった。一気にエレベーターで上階に行きそこから降りてくる。
「いい年をした男たちが…」
 そこは『フィギュア』売り場であった。
 十郎太の感覚で行けば人形を手にするのは、職人を別とすれば女人のみのはずである。
 それがここには男しかいない。忍びの彼にもこの男性客たちは区別がつかない。顔の造詣でなく雰囲気が似通っていたのだ。
「きゃあ。姫ちゃん。見て見て。このお人形可愛いよ」
 だがその苦悶を知ってか知らずか二人の少女ははしゃいでいる。
「本当ですわ。こんなに小さいのにとても丁寧で。お洋服も綺麗ですわ。あっ。綾那さん。こちらのメイドさんも可愛いですわ」
「ほんとだぁ」
 綾那も女の子である。人並みに『お人形』は好きである。その甲高い声は若干その場の雰囲気にはそぐわなかったが、もろアニメ声のせいかなぜかクレームがつかなかった。
 まして綾那自身がレースとフリルまみれ。小柄だからまさに生きた人形。それがアニメ声で喋っているのだ。むしろ受けていた。
 傍らの姫子も和服姿でまるで日本人形。切りそろえられた髪がその印象に拍車をかける。色白で小さな顔がなおさら。
 背丈も綾那よりはさすがにあるが、一般の女子高生と比べたら平均より低い部類に入るだろう。
「こちらでしたのね。愛子さんのおっしゃっていた可愛い人形の並ぶお店と言うのは」
 念願かなってご満悦である。
「いやいや。ここはコーナーだけだしね。専門店もあるんだけどね」
「ならばどうしてそちらに行かぬ?」
 半ば気分を悪くしたような十郎太の問い。完全にブロッキング(受け流し)して上条は平然と言う。
「うん。どうせならこれを見てもらおうと思って。『ヴォーグス』でもこれは展示してないしね」
 一同を手招きする。きょとんとする綾那達。
「上条くん。このマネキンがどうしたの?」
 その返答を期待してらしい。にやりとして得意げに言う。
「これはマネキンじゃないのさ。これ自体が『フィギュア』でね」
「えーっっっ!?」
 さすがに驚いた。大きさとしては綾那よりわずかに小さい程度。つけている服は下手したら小学生の女の子なら着られそうだった。
「驚きましたわ…こんなに大きなお人形が…」
「左様でござる…このようなものまであるとは…まさに『魔界都市』でござる」
 主従関係だがどうも意見が食い違っている。姫子はやはり大はしゃぎ。

 下の階に降りると「同人誌」を扱っていた。ちょっと見ていきたいという上条の希望で立ち寄ることにした。が…
「こ…これは瘴気!?」
 確かにどんよりとした空気が流れていたが…
「いや…別に身構えなくっていいって」
 臨戦体制の十郎太に手をパタパタさせながら上条が苦笑しつつ言う。
 さすがにここだけはあまり気が乗らない姫子たちだが、案内を頼んでいる手前だ。多少は言うことを聞かないわけにも行かない。
「それにしても見事に同じようないでたちのものばかりだな」
「うーん…さすがに否定できない」
「でも上条さんはあまりあの人たちと格好は似てませんねぇ」
 中身はこのフロアにいる誰よりも『濃い』のだが、そんなことを知る由のない姫子である。
「僕は『オタク』が悪いとは思わないから隠す気はない。ただまるでユニフォームみたいのも考えものだからね。もっと個性を出したほうがいいと思うんだ。そうすれば世間での不当に低い評価も改善されると思うんだ」
 さわやかなオタク。上条明は言う。
(こやつはこやつで考えておるのか…)
 ちょっと見なおした十郎太である。綾那も感動していたが興味が移った。
「あっ。上条くん。外人さん」
 綾那の言う通り。金髪に青い目の白人。黒い肌にスキンヘッドの黒人。一見すると日本人だがよく見ると違うアジア系と見事に揃っていた。
 街中で見かければ別にどうということはないが、確かにこの場所においてはいささか特異な存在と言えよう。
 なにしろここで扱っているものは日本語ばかりだけならいざ知らず『元ネタ』も国内のアニメ・コミックが中心なのだから。
 果たして理解が及ぶのか? だが上条は嬉しそうにうなずいていた。
「うん。OTAKUは国境を超える。いいことじゃない」
「それにしてもこ奴ら…これを持ってどうやって関所を超える気だ?」
 十郎太の言う関所とは税関のこと。そして『これ』とは18禁と思しき同人誌のことであった。
「聞いてこようか?」
 綾那が言う。本気のようだ。
 彼女のマリオネットはエネルギーを集めて対象に注いだり、反対に抜き取ったりする能力である。
 相手がマリオネットマスターであれば、マリオネットの口を通して『会話』(いわゆるテレパシー)も可能だがそうでない相手では不能である。
 だがあまりものを考えない性格のせいか、本体の綾那が直感に秀でており、相手が外国語だろうと動物だろうと意思の疎通をなんとなくだが果たしてしまう。
 ちなみに綾那は英語の成績もそんなによくない。
 そんな綾那が言うだけに慌てて止めにかかる。
「待て待て若葉。そうだな…そろそろお茶でも飲もうか」

 店を出ていきなりだった。車の急ブレーキの音。そして派手な激突音。事故だ。ガードレールに車が突っ込んでいた。歩道に野次馬が集まってきた。
「えー(傷を治療できる)七瀬ちゃんがいないのにィ」
 慌てる綾那だがさすがに非日常へ対処する訓練を積んでいる十郎太。冷静に判断する。
「いや…どうなら然程は速く走ってなかった様子。帯(シートベルト)をしていたのでケガもない様子」
「車もせいぜいへこんだ程度のようだな」
「よかったですわぁ。それにしてもどうしてこのような場所で事故などを」
 確かにスピードも出せないし雨が降っているわけでもないからスリップも考えにくい。
「ここは名所なんだよね。事故の。ほら。標識」
 上条の解説で標識を見るとピンクをベースにした標識に『女の子』と思しきシルエット。そこに「スリップ注意」のようなシルエット。
「ここにわざわざ『萌えスリップ注意』と標識が出ているのに」
『萌え?』『スリップ?』『それは一体なんなのだ!?』
 驚く一同と『常識だよ』と言わんばかりの上条。
「知らないのも無理はないか。ここの電気街には可愛いものが目白押し。その『萌え』に気を取られてハンドリングを誤る人が多いからここにはあるんだけど。
 もっとも一説によれば「萌え」で人生スリップしないようにとの説もあるけど」
 無言の一同。十郎太が言い出す。
「……いいから茶店に案内してくれ」

ピュアメイドカフェ
03:34p.m

「…こちらが…メイドさんがお茶を入れてくれるお店ですか?」
 怪訝な表情の姫子である。
 理由の一つは先刻のひろこや。そこで済んだかと思っていた。もう一つはこのフロアである。いたるところに『ガシャポン』がある。
 おもちゃならともかくそんなお茶の店があるとは思えなかった。
「まぁいいから上がって見ようか」
 勧められるままにエレベーターへと乗りこむ。

 ここではさすがに十郎太も反応が違った。
 ジャズの流れる店内。茶色を中心とした落ちついた雰囲気。
「いらっしゃいませ。4名さまですね」
 こうなると「メイド服」も異様には見えてこなくなるから不思議だ。
「ご注文は?」
 金髪である。真理のように生まれついてのではなくブリーチしてのものだ。それでもこの服は従順にみせる。ある種の記号と言えた。
(……なるほど。控えめに見える。『洋風大和撫子』でござるか。これならば人気と言うのも合点が行く)
 『オタク』が生理的に合わなかったが忍びとして現実を見据えることにした。
 分析してみればそんな大したこともない。少なくとも嫌悪感を抱くいわれはどこにもない。ようは趣味の範囲だと察した。
(武将にはいくさ場に女人を連れ込めぬ代わりに、小姓を夜伽に使ったものもいると聞く。それよりはかわいいものか)
 さすがに「萌え」までは理解しなかったものの少し分かった。
「紅茶をいただきますわ。アッサムをお願いいたします」
「ベルダンディーが子犬につけた名前だね。僕はダージリンをセカンドフラッシュで」
 この店にダージリンはあるが、さすがにそこまで細かい注文には対処していなかった。
「拙者は日本茶を所望いたす」
「ボクねー。タイヤキー。それとあったかいミルク」
「あら。美味しそうですわ。わたくしにも鯛焼きを頂けますか?」
 ウェイトレス…メイドはくすっと笑う。
「評判なんですよ。ウチの鯛焼き。この前も鹿児島からきたお客さんが美味しいって」
「鹿児島かァ…喫茶店のマスターは親切だったなァ」
 ウェイトレスが引っ込んだあとも旅行の思い出話に花を咲かせる一同であった。

「どう? 姫ちゃん。電気街は楽しかった?」
「はい。とっても。ですが一つだけ心残りが」
「なぁに? 姫ちゃん」
 姫子は愛子が『買い食いしたもの』の特徴を話した。上条が右手の親指をつきたてた。
「OK。案内するよ」

 再び駅のほうへと戻り歩く。そして商用車が停止している前に行く。
「まぁ」
 これは「店」だった。愛子が食べたのは『ドネルケバブ』という食べ物。
 商用車の中では特殊なグリルが回転していた。コマのように縦軸で。ゆっくりと肉槐を満遍なくあぶる。細切れのように削ぎ落とす。
 ちなみに本場トルコではヒツジ肉を使うが、日本では手に入りにくいため牛肉が多かった。
 もう一つ用意したのは「ナン」だ。ポケットのように開きキャベツの千切りを入れて削ぎ落とした肉をその上から入れる。
「ソースハ?」
 片言の日本語。浅黒い肌の外国人が訪ねる。
「僕はダブル(甘辛両方)で」
「わたくしはマイルドを」
「ボクもー」
「拙者はしょうゆが…」
「ノーノー。ソイソースハナイヨ」
「そいそーす?」
「醤油のことだよ」
「ぬぅ。西洋料理だからか。しからばなにもつけぬものをいただこう」
 オリジナルと言われるものだ。それぞれ受け取る。姫子が怪訝な表情をしている。
「それで…上条さん。椅子はどちらですの?」
 「たち食い」の発想がなかったらしい。それを理解した上条はつ苦笑しつついてくるように言う。

 上条は彼女たちを公園へと案内した。
「どうぞ。お姫様方」
 芝居がかって公園のベンチを薦める。少女ふたりは座るが少年たちの椅子がない。
「どういたしましょう」
「無用でござる。拙者は足を止められれば充分」
上条くん。詰めれば座れるよぉ」
「いいさいいさ。みんな座ったら君たち窮屈だろ。それにこれは立ったまま食うのが美味い気がするよ」
 本当になれた仕草で食べる。初めて見る食べ物に、その食し方を考えていた姫子もその小さな口でかぶりつく。
「まぁ。美味しい」
「ほんとー」
「むぅ…無駄な油はすべて流れ落ちておる…引き締まりなんとも言えぬ噛みごこち」
 しばらくは無言で食べていた。

和風洋風ダブルデート

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに感謝です!

 そしてたたずむ。夕方ということもあり風が大分冷たくなってきた。
「もう秋だな…」
 別にいつものように芝居しているわけではないが、遠くを見るように言う上条。
 去り行く夏を惜しむと言うのが正解か。
「このようなビルの森でも自然を感じるものなのか?」
「ん…まぁね。それにここは僕のホームグラウンドみたいなものだし。変化はわかるよ」
(そっかぁ…ここが上条くんの…)
 綾那は上条の知らなかった一部を知って喜んでいた。勢いあまっていってしまう。
「上条くん。ボクがんばって『萌え』を理解するよ。今はまだできないけどいつかきっと」
「いや…そんなに力いれるもんじゃないし」
「拙者にもとんとわからぬ町であった。だが…決して悪くはない。ようは酔狂なのか」
「でもとっても楽しかったですわ。今日は本当にありがとうございました」
 深深とお辞儀する姫子。
「ところで…『萌え』ってなんですの?
 これには上条も盛大にずっこけた。1日なにを見ていたのだろう…と。

こうして夏休みの終盤に行われた小さな観光は終わった。

次回予告

 クルーズ神父消失の謎。そのカギを握る男は…斑信二郎。中尾勝の肉体と社会的信用を得て街に溶け込む殺人鬼。その夏休み終盤のある1日。そして『父親』の異変を不審に思う娘。中尾恵は…
 次回PanicPanic第19話「Death Man」
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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