第20話「飛び込んできた天使」Part2   Part1へ戻る

「ただいまぁ…」
 さすがにくたびれた様子でみずきが帰ってきた。
「お帰りなさい。みずきちゃん。奈緒ちゃん。お風呂沸いてるわよ」
 ふわっとした口調で言う瑞枝。その言葉に目を丸くするみずき。
「……随分早いね。まぁいいや。どうせ元に戻るし」
 不思議に思いつつも従うみずき。
 いつもはシャワーで手早く男に戻る。バスタブに湯が張っている状態になるまで待てないからだ。
 だから『(こんな時間に沸かしてあるなんて)随分早いね』という発言である。
「帰ったか。風呂に入るならその子も一緒に入れてやれ」
 客に対するそれとはあからさまに違い、厳しい言い回しの父の言い方。
「何で…」といいかけたがこの子は自分にしかなついてない。それを思い出していうとおりにすることにした。
(ちっ。奈緒のための風呂かよ。まぁ暑かったし、赤ん坊が汗まみれは確かに良くなさそうだな)
 なんだかんだで赤ん坊のことを考えるみずきであった。抱きかかえたまま自室へとかばんを置きに。そして男物の着替えを持ちつつ脱衣所へ。

 脱衣所で裸になり、それから奈緒の着ているものを脱がせる。裸の胸に直接赤ん坊の肌が触れる。
(あっ)
 思わぬ感触に心で驚きの声を上げる。
(そっかぁ…肌の柔らかい同士だから吸い付く感じなんだ。でもなんか…)
 肌と肌の密着。それが二人の隙間を埋める。なんとなくだが優しい気持ちになる。
(子供生まれたらこんな感じなのかな…)
 そこでみずきはつい自分のおなかが大きくなるのを想像してしまった
「ちがぁぁぁぁぁぁぁうぅぅぅぅ」
 頭を思い切り横に振る。
(な…何を考えてんだ。オレは。でもその気になれば産むことも出来るけど…あ゛―っっっ違うぅぅぅぅ)
 また首を振ると奈緒が新しい遊びとでも思ったか「きゃっきゃっ」と声を上げて喜ぶ。
 もちろんみずきとしては女性化しつつある自分の思考を振り払うので懸命だった。
(オレは男。産むほうじゃなくて産ませるほう。そう…)
 ここでまた妊婦をイメージしてしまった。ただし自分ではなくよく知る少女の。かぁーっと赤くなる。
「…………さっさと入ろう…………」

 ところがシャワーで男に戻って抱きかかえた途端に奈緒が泣き出した。必死であやすがダメ。とうとうまた水をかぶる羽目に。
「あーっっっ。風呂でまで女のままかよ。なんてめんどくさいんだ」
とはいうものの子供に罪はない。その笑顔を見ていると嫌でも女を維持せざるを得ない。
「でもこれじゃ湯船には…」
 すぐに女になれるように水を手桶に汲んでおき風呂桶の湯をかぶる…が男に戻らない。
「かなりぬるいな…はじめからこれを見越したわけね…それに赤ん坊を入れるんならなおさらか」
「親の先輩」に脱帽するみずきであった。

ほら。じっとしてろよ」
 奈緒の体にシャワーでお湯をかけようと抱きかかえる。
 ところがみずきの豊満な胸をみて何か勘違いしたのか、奈緒がその先端を口に含む。
「ひゃっ!? ちょ…ちょっと。そこは…」
 慌てるみずきだが奈緒は母乳を求めて口を動かす。
 もちろん本当の女性でも出産してなければ出ないのだから出るはずもないが、その刺激がみずきを腰砕けにしてしまった。
「あっ……」
 思わず声を上げてしまい自分の声の艶っぽさに恥ずかしくなるみずきであった。
 結局ミルクが出ないと奈緒が理解するまで、しばらくへたり込んでいた臨時ママである。

「ちょ…そこはらめぇ」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターのういさんに感謝!

「どうしたのお姉ちゃん? のぼせたの? 顔が赤いよ」
「いや…なんでもない。なんでもないんだ」
 とはいうものの赤い顔で風呂場を去るみずきである。
 ちなみに男に戻ると泣き出すので、男に戻るのは寝る直前にもう一度入浴することにして今は諦めた。
「あら。上がった? じゃパウダーつけるからいらっしゃい」
 瑞枝に手招きされる。もちろんこれもみずきの仕事である。
 面倒くさいというのが本音だったが、無条件で自分を頼る赤ん坊を世話しているとなんだかまた優しい気持ちになり、充実感を覚え嫌ではないみずきだった。

 テレビを見ていても勉強していても奈緒から目が離せない。
 最初は手間にしか思えなかったが女に固定されているせいか、段々とその世話が自然に出来るようになって来た。
(なんかすごいな。母親って。四六時中赤ん坊のことを考えているんだな。確かに愛情がないと出来ないな)
 ちらっと台所仕事をしている瑞枝を見る。
(しかも家事をしたり仕事も…)
 奈緒が寝ているのを確認してみずきは台所へと行く。そしておもむろに洗い物を手伝い始めた。
「あら? どうしたの? みずきちゃん」
「なんでもないよ。たまには手伝おうかなと思っただけ」
 黙々と皿を洗い始める。
(なんだかこの世に送り出してここまで育ててくれたおふくろに感謝しないと罰が当たる気がしてきた…こんな発想。女にならなきゃ…いや。『母親』をやらなきゃでなかったな。
 『親の心子知らず』か。七瀬と入れ替わったときにも思ったけど、その立場に立って初めて思い知らされることって多いな)
 みずきがそんなことを思っているとき瑞枝は何かの準備をしていた。そしてまた奈緒が泣き出した。
「わわっ。なんでいきなり」
「はい。みずきちゃん。これ」
 見事に適温のミルクが手渡される。前回の授乳時間からこれを見越していたのだと知る。
(かなわねぇ……)
 改めて『母』の先輩『女』の先輩に脱帽するみずきだった。

 そのころ。奈緒の祖父に当たる人物は報告を受けていた。
「見つかったかね」
「い…いえ。いまだ永田さやかの足取りはつかめていません。同時に永田奈緒の消息も」
「そうか…」
 落胆の色を隠せない老人。報告者は緊張を深めて
「ただちに捜索を続けます」
立ち去ろうとするのだが
「いや…どこに隠れているか知らないが赤ん坊がいるのだ…夜中には動かんじゃろう…お前たちも休むが良い」
「は…はっ。明朝一番で再開いたします」
 男は立ち去った。老人は疲れた表情で写真たてを見つめる。そこには若い家族が映っていた。
「無事でいてくれ。息子の忘れ形見。そして息子の愛した女性よ…」

 そして
「まだみつからんのかっ」
 ヒステリックにどなりつける若い男。上等なものを着ているはずなのにひどく下品に見えるのは本人の人間性が汚しているのか。
「はっ。ローラー作戦を展開していますがあまり目立つと会長の目に付くかと」
「くっ。あのジジイに感づかれちゃ元も子もない。だが夜だ。夜ならジジイもあまちゃんだから使っている奴らを引き上げさせる。
 その間に探せ。見つけ出すまでお前たちに休息はない。わかったら行け」
「はっ」
 内心では軽蔑しているが権力には逆らえない。男は疲労困憊を隠せぬまま夜の街へと消える。

 真夏の往来。マタニティドレスの女性が「夫」と思われる青年と手を繋いで歩いている
 その「青年」は坂本俊彦に似ていた。
 そして「妻」はなんとみずきだ。
 26歳くらいの印象。すっかり大人の女性。
 何よりももうすぐ母になるであろうと思わせる大きなおなかが、彼女が完全な女性であることを示している。
「あら。みずき。ひさしぶり」
「七瀬。ひさしぶりねぇ」
 すっかり女同士の関係。みずきの左手には結婚指輪。七瀬の同じ指には婚約指輪が光る。
 七瀬も26ともなればさすがに化粧も憶え、十代特有のふくよかさも消えスリムになった。
 髪はストレートパーマをかけて背中までのロングと、大人っぽくなった。
 シャープな印象のスーツ姿。それもパンツスーツだ。
「随分大きくなったわね。そろそろかしら」
「ええ。男の子かしら。女の子かしら」
 みずきは幸せそうに笑う。その間も右手は「夫」とつないだままだ。
 それを見る七瀬の表情はどこか寂しげだ。

バッドエンド? グッドエンド?

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに感謝を捧げます。

 もちろんこれは夢。現実には布団でうなされている瑞樹。
「うわあああああっ」
 めでたい夢だが純然たる女でも立場によっては悪夢なのだ。
 ましてや「男」の瑞樹が跳ね起きても無理はない。
「な…なんで…妊娠した夢? 百歩譲って昨日今日のことが見せたとしても、相手がどうして坂本先輩…まさか心の奥底で望んでいるんじゃ…深層心理は女になってんじゃ…」
 荒い呼吸をして落ち着こうとする。そしてまだ泣き声が聞こえるのでそれが夜泣きとやっと認識した。
「そ…そうか…奈緒の夜泣きであんな夢を…それにしても」
 時計を見る。
「げっ?夜中の三時。なんて時間に泣くんだよ…といっても仕方ないか。オムツかな。ミルクかな…」
 こんな思考が出るあたりだいぶ母親化が進んでいる瑞樹だった。
 とりあえずオムツを見てもなんともないので、ミルクのほうと察したが台所に連れて行くまでが大変だった。
 今度は抱いただけでは泣き止まない。苦肉の策でコップの水をかぶりパジャマの前をはだけて胸を含ませる。それでやっと静かになった。
「くっ…オレの胸はおしゃぶりじゃないよ…」
 奈緒が先端に吸い付くので男では理解しがたい感覚に襲われ台所まで歩くのもやっとのみずきであった。

「どうしたの? お姉ちゃん。くまなんか作って…」
「アー?」
 見るも無残な顔色でみずきは台所に着いた。両親は心配より懐かしがっている。
「思い出すな。瑞枝。お前もみずきのときはああやってやつれていたっけ」
「そうなのよ。男の子で元気がいいからもう大変で。母親の苦労をちょっとわかってもらえたかしら?」
「おかげさまで…」
 皮肉を言う元気もなかった。黙々と朝食を採る。
 従来なら男で起きて目を覚ましがてらシャワーで女に。それから女子制服をきるので普通の女子よりも時間が掛かっていた。
 それが今は初めから女で起きていたので、シャワーの時間分だけ寝ていた。
「ごちそうさま」
 立ち上がり玄関に向かいかける。そこに薫がやってきた。
「ちょっと待って。お姉ちゃん。そんなクマのある顔で学校行く気? この際メイクぐらいしてごまかしなさいよ」
「馬鹿か。お前は。学校にそんなものしていけるわけないだろ」
「いまどき女子高生は半分くらいはやってるって。せめてファンデーションだけでもしてよ。私が恥ずかしいのよ。妹として」
 変な兄弟(姉妹?)げんかも奈緒のひと泣きで中断を余儀なくされた。
「こういうのを『泣く子と地蔵には勝てない』って言うんだね。とうちゃん」
「ちょっと違う気がするぞ…」
 問題のある兄たちのせいで小学生にして達観している忍に苦笑する秀樹だった。

 疲れきった表情で登校したみずきはいきなり机に突っ伏した。
「とってもお疲れなのですね…」
 思わず心配そうな表情で姫子が言う。
「…こんなに手の掛かるもんだと思わなかった…」
 心底疲れたように低いトーンで呻くように呟く。
「きゃーっ。ぎりぎりせーふっ」
 相変わらずけたたましく飛び込んでくる綾那。ジョギングが日課で朝は早いのだが、その後でシャワーを浴びたり手際の悪さでぎりぎりになるのだ。
「わ…若葉。やっと来たか…」
「みーちゃん…どーしたの?」
 息も絶え絶えのみずきの呼びかけに怪訝な表情をする綾那。
「理由は後で話す。(マドンナで体力補充を)頼む…」
 顔色の悪さから一も二もなく頼みを聞きつける綾那。
 事情を知らないクラスメートに見えないよう壁を作り体力を補充する。目の下のくまが消え血色も良くなる。
「おおっ。やっと元気が出た。アリガト。若葉」
 立ち上がって礼をする。
「しっかし…母親ってのも大変だな」
 榊原がのんきに言う。
「左様でござるな。しかし赤星はその気なら身篭ることがあり得るゆえ、修練と思えば苦でもあるまい」
「さしずめ相手は坂本先輩とか」
 まったく考えなしに続く二人。もちろんみずきが男とみなしての揶揄だが
「や…やめてくれよぉぉぉぉぉぉ」
赤面ものの夢を見た立場としてはしゃれにならず頭を抱え込んでしまった。

 頭を抱える事態は三時限目にやってきた。よりによって中尾の授業の時に奈緒が泣き出したのだ。
「わ…わわっ。オムツはさっきの休み時間に替えたから違う…ミルク? ちょっと早いぞ」
「…なんでもいいから黙らせろ。授業の邪魔だ」
 言い方はきついが正論には違いない。反論の余地はない。
 しかし泣き出すたびに教室を出ていては学校に来た意味もない。それに中尾の言い回しに対する反感も在った。だから大胆な手段をとった。
 奈緒を机に寝かせると、おもむろにジャンバースカートの肩をはずす。そしてブラウスのボタンを次々とはずしていく。
「みずき? 何をする気…」
 七瀬の言葉に答えずみずきはブラウスの前を完全にあけると、ついに露になったブラジャーのフロントホックに手をかける。
 胸の大きすぎるみずきはフロントホックのほうが楽なのだ。
 それに手を後ろに回しての着脱が「女のしぐさ」と思えて嫌だったのもあり、まだフロントのほうが抵抗が少なかったからだ。
それがこんな形で役立つとはなぁ…女どころか「母親」で)
 みずきはホックを躊躇いなく外して、その大きな胸を教室でさらす。
「おおーっ」
 注目していた男子から声が上がる。
 わずかに頬を染めつつもみずきはその胸を奈緒に含ませる。
 落ち着いたのか泣き止み静かになった。

「見…見せもんじゃねぇ」

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの猫宮にゃおんさんに感謝!

「みずきっ。立派よっ」
 女子の言う「立派」は「母」としてのその毅然とした態度。強さ。
 子供のために人前でも惜しげもなく胸をさらす「愛」に対して。
「そうだっ。感動したぜっ」
 男子の「感動」は「女」としての見事に実ったその大きな胸そのものに。だから両者に壁が出来るのは当然。
「男子。見るなっ」
「これは「母親」の神聖な行為なのよっ」
「エッチな気持ちで見ていいもんじゃないのよっ」
 すっかりこの「未婚の母」に感動した女子が勝手に味方になっていた。
 結局は授業をまともに出来なかった。

「なんか…すっかり盛り上がっちゃったな…」
 閥が悪そうに言うみずき。
「(裸の胸をさらすなんて)あんな真似をするからよ」
 諭すように七瀬が言う。ただいつもの切れがない。やはり自分がその立場なら…
「はは。まぁでも(本来男だから女の胸でも生粋の女よりは)晒すの抵抗ないし…
それに…母親を恋しがって泣いているこの子を見ていたら、切なくてやらずにはいられなくて…」
「おいおい。赤星。ほんとに母性本能を刺激されているんじゃないの?」
 真理が案じて尋ねる。だがその会話は続かなかった。
「悪漢高校の襲撃だ」
「総番が四季隊全員連れて来たぞ!」
 奈緒のおかげでふんわかしていた学園に久しぶりの緊張が走る。



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