第20話「飛び込んできた天使」Part3   Part2へ戻る

「確か…赤星みずきといったかな? どうした? そのなりは?」
 総番・大河原慎が珍しく驚いたようにたずねる。四季隊も唖然としている。尋ねられたみずきは顔を真っ赤にしている。
 悪漢高校の襲撃。それを聞いた彼女は何も考えず条件反射で、つい赤ん坊を抱いたまま飛び出してしまったのだ。
 じろじろ見られてはじめて自分が子連れと思い出した。それで恥じ入って赤面していたのだ。
「う…うるせーな…いいだろ…」
 赤くなりつつ答えるみずき。さすがに声にも勢いがない。
「まさか…学生の身で劣情に押し流され、身ごもったのでは在るまいな?」
「だーっっっっ。どいつもこいつも。この子はなぁ。オレの店に捨てられていたんだよ!!」
 同じせりふをとうとう悪漢高校総番にまで言われて、若干切れ気味に叫ぶ。
「何!? 捨て子だと」
 激しく衝撃を受けたかいつもは表情を変えない総番が顔色を変える。
「そうだよ。それもオレにしかなつかないから、仕方なく学校にまでつれてきたんだ」
 そこまで「弁解」して落ち着いたか本題を切り出す。
「頼むから今日は帰ってくれよ。学校全部でけんかなんてされたら、おちおちこの子も寝てられないしよ」
「馬鹿か? テメーは?」
「そんなのは貴様の都合」
「オレの知ることかよ」
「かーっかっか。子連れで動けないなら丁度いい。ぶちのめしてやるせ」
 血気にはやる四季隊は指令も待たずに飛び掛るがそれを止めたのは
「馬鹿野郎っっっ!!!」
「ぎゃっ」「ぐげっ」「うおっ」「ぎゃぴりーん」
 なんと総番その人だった。四人まとめて吹っ飛ばす。
「ス…すげぇ」
「一人でも強いあの四季隊を立った一撃で四人まとめて…」
 改めて一同は大河原慎の桁外れの強さを思い知る。
 その総番は四季隊を吹っ飛ばしたそのままゆっくりとみずきのほうに歩み寄る。
(やる気か?)
 身構えるみずきだが総番は意外な行動にでた。眠る奈緒の頬をなでたのだ。そして
「くっ…」
目頭を押さえる。
「あ…あの…」
 攻撃される。何か言われるなどを想像していたみずきはさすがに戸惑う。まだそちらのほうがイメージに合う話だ。
「不憫な…今の世に捨て子とは…しかもこんなに可愛い赤子を…」
 総番は声を押し殺して泣いていたのだ。彼は人情家だった。だから一頻り泣くと
「わかった。今日のところは引き上げよう」
 みずきの要請をあっさり飲む。全軍に引き上げを命ずる。
 不満そうだった兵たちだが総番には逆らえない。何もせずに引き上げ始める。その引き際
「赤星みずき。子供を大切に育てろよ。この子が頼るのは母親のお前だけなのだから」と言い残す。
「イヤ…だからオレが産んだんじゃないって…」
 何はともあれ赤ん坊の寝顔が悪漢高校を退けた。

 奈緒の母親。永田さやかは逃亡を続けていた。
 逃げているのは大城満。奈緒の父。さやかの愛した男性。大城俊一の親戚からである。もっとも追っ手が誰かとは知らなかった。
 ただ俊一がガンで若くして死んでしまってから不審なことが頻発するようになった。
 あるときは駅のホームで突き飛ばされ。
 あるときは夜道を歩いていたら車が迫り。
 怖くなって逃げ出したのだ。
 本当なら祝福される結婚のはずだった。先に身篭ってしまい出産して落ち着いてから式を挙げようとなっていた。
 またスキャンダルにも揺るがない態度が、逆に大城俊一という人物の大きさを際立たせた。
 しかし皮肉にもその期間に癌が見つかりあっという間に若くして天へと駆け上った。
『君は他の誰かを愛して幸せに暮らして欲しい』
 その優しさゆえに大城家に縛ることをしなかった。籍を入れぬままだった。
 血のつながりのある奈緒を遺産相続の対象と明言したのも俊一の父。大城グループ会長。国光の優しさ。
 彼はさやか。そして奈緒を気に入っていたし、家族として迎え入れるつもりだった。
 収まらないのが満である。思いがけず俊一が癌で死んだため自分にも遺産が転がり込んでくると思いきや、どこの誰とも知れぬ女に…
 しかも入籍すらしていない相手の娘に遺産がいくときかされ彼は狂気に走った。
 配下に命じ嫌がらせを尽くした挙句に殺害まで決意。それでさやかは逃げ出した。
 狙われているのが自分なら奈緒を巻き込まないために。
 奈緒が狙われているのなら自分が連れていると思わせ、ひきつける目的でたまたまやり過ごすためによった喫茶『レッズ』で奈緒をあずけたのだ。
 しかし寝てもさめても愛娘のことが気に掛かる。
(奈緒…ちゃんとミルク飲んでるかしら。人見知りがすごいからあたし以外には泣いちゃってダメだけど…風邪なんか引いてないかしら。
 喫茶店のご夫婦はいい人に見えたし、あの奥さんならあたしより背は高いけどなんとか奈緒がなついてくれるかも…
 優しそうな人だったし…ああ。奈緒。どうか無事でいて)
 逃亡資金が心もとないのもあったが、奈緒が気がかりで隠れているものの遠くに離れられないさやかであった。

 もはや奈緒は全校生徒のアイドルというかマスコットだった。何しろ寝顔ひとつで悪漢高校を引き上げさせたのだ。
 グラウンドに輪が出来ている。男も女も上級生も下級生も不良も優等生もなく口々に奈緒を称えている。
「すごいです。幼くして悪の軍団を退けるなんて。きっと正義の心に満ち溢れた子になるでしょう。そのときは私。麻神久子がじきじきにコーチして差し上げましょう」
「まぁ。まじんちゃんたら。でも無垢なる魂は無敵ですわ。これだけ純粋なのは赤ちゃんを除けばまじんちゃんだけですわ」
「この子の将来は…あっ。いいカードででてます」
 相変わらずの正義クラブだった。そして顧問は
「それでいい。今の俺に出来ないことを君が代わってやってくれ」
「わわっ。たたかないでください」
 思わず叩きそうになりみずきがあわててよけるくらいだ。とにかくこれで全校生徒に完璧に認知された。同時に「母と娘」と扱われるきっかけでもある。

「まったくみんな揃ってよ…人のこと母親扱いしやがって」
 ぶつくさいいながら駅へと向かうみずきたち八人。商店街を通過中。
「まぁそうぼやくな。事実お前にしかなつかないんだし」
 からかうような宥めるような真理の口調だがどこか優しく暖かい。
「ふぇ…」
 また奈緒がぐずつき出した。
「わわっ。こんなところで」
 みずきはとりあえず七瀬に奈緒を預けるとまたブラウスの前を開こうとした。
「ま…待て。赤星。こんな所でストリップする気か」
 さすがに上条も止める。胸を出そうとしたのは間違いない。
「気にすんなよ。オレは男なんだから」
「どんな太った男の人でもそんな胸にはならないわよ」
 困っていると榊原がおもむろに人差し指を奈緒の口に差し出した。おしゃぶり代わりにする赤ちゃん。
「おっ。なかなかにテクニシャンだな。20年後が楽しみだ」
「お礼を言おうと思ったけどやめた…」
「そういえばみずきさん。哺乳瓶はあるのにおしゃぶりはないんですの?」
 姫子の質問はもっともなものだ。
「使っていたのは忍が赤ん坊のころだからなぁ。なくしちゃったみたいだな。それとも海也(かいや)にやっちゃったかな?」
「北斗も海也も新しいのをあげてたはずよ」
 七瀬の二人の弟。北斗は忍と同じ十歳。小学四年生。海也はその下で七歳。
 三姉弟の父。及川七郎は自分の名前と妻・虹子にちなんで子供たちの名前に「七」を絡めていた。
 いずれ嫁に行く七瀬にはずばり「七」という字を入れていたし、北斗七星から北斗。七つの海から海という字を用いて海也である。
 ちなみに七瀬には七つの海から「七海」という名前も候補にあった。
「ないのでしたら…わたくしからお贈りいたしますわ」
 丁度ベビー用品をも扱っている店の前なのでその連想だったようだ。
「いいよ。どうせたいした日数でもないし」
「でもいちいち胸を晒してちゃたまんねーだろ。もらっとけよ」
 これは真理の言葉。まぁたいした値段がするものでもないのだからと好意をもらうことにした。

「お待たせいたしました。まさかクレジットカードが使えないとは思いませんでしたわ」
「私からの贈り物だけどいいわよね。はい。ママ」
 茶目っ気たっぷりに七瀬がおしゃぶりを手渡す。
「だからぁ…」
「まぁ…ま…」
「え!?」
 一同奈緒に注目した。
「今…確かに『ママ』って」
「言ったよ。ボク聞いていたもん」
「おそらくは及川の言葉を鸚鵡返しのように口真似しただけだと思うっ!! だから本当の意味で赤星を母親と認めたわけではないとは思うがっ」
 どういうわけか右腕を後頭部から左耳にあて、左手を前方から右腰に当ててのけぞるというポーズで上条が妙にハイテンションに『解説』する。
「それでもお前をママと呼んでんだぜ。ほれほれ。どうする」
 揶揄する真理。だがみずきの反応は予想外。
 その小さな手を精一杯伸ばしみずきだけを無条件に認める存在。ある意味では誰よりも彼女を女として扱っているのだがその無垢なる魂に罪はない。
「う…うう…」
「まぁま…」
 その呼びかけに答えることは自分を女と認める行為に思えたが…胸の奥が切なく「キュン」となる。彼女は赤子を優しくそして力強く抱きしめる。
「ちきしょー。なんてかわいいんだっ。もうママでもいいっ」
 女の肉体に宿る母性本能が、男としての自我に打ち勝った瞬間だった。

 割り切ると行動は早いものだ。
「ただいま」
「お帰りなさい。みずきちゃん。奈緒ちゃん。お風呂…」
「沸いてるのね。わかったわ」
 みなまで言わせずかばんを自室において着替えを持って脱衣所へ向かう。
「はーい。綺麗にしましょうねぇ」
 優しく柔らかくと言うなら女言葉であろう。母を参考にやんわりと接し「娘」の汗を流してあげる。そして

「ど…どーしたの。お姉ちゃん。その心境の変化は?」
「抱っこしてたら暑いじゃない。肩だけでも出しておけば涼しいかなと思ったし。それにこの方が『ママ』っぽいだろ」
 みずきの格好。それは肩の大きく出たサマードレスであった。スカートはふわりと広がり脚線美を惜しげもなく晒している。
 これは瑞枝が買い与えたものだが、それまで一度として袖を通したことがなかった。
 だが奈緒の母親を勤める上で形も合わせることにしてスカートを物色していたら、これを見つけて着用した…という訳だ。
 ちなみにつけてみたら肩と足が涼しくて残暑もしのげると気がついたのは別の話。
 彼女はいま奈緒の体にパウダーをつけていたがすっかり女の表情になっていた。
 やはり女の肉体で誰かに愛情を注げば自然な展開なのかもしれない。

「お袋。ちょっとミルク作りたいけど奈緒を預かっててくれる?」
 喫茶店のほうにひょいとみずきが顔を出す。この日は秀樹が不在だった。子供たちは不思議に思ったが妻である瑞枝は理解しているようだ。
「そうしてあげたいけど私にはなつかないから私がミルク作るわ」
「わかった。お願い」
 このやり取りを喫茶店の客たちが聞いていた。ほほえましく思うものもいれば無関心なものもいる。
 否。無関心を装っているが赤ん坊の名前に反応していた。

 みずきが抱えているという条件付ではあるが、周囲の人間にも笑顔を見せるようになってきた奈緒。赤ん坊の笑顔である。
「可愛い」という声の飛び交うのは目に見えていた。「自分の子」でもないのになぜか嬉しくなるみずき。
「……お姉ちゃん。親ばかになるわね」
 中学が終わって店の手伝いのために帰宅した薫は半目でつぶやく。
「あら。そうかしら。どうしてそう思うの。誰に似てるのかしら?」
 ふわっとした口調で訊ねる瑞枝に、思わず鏡を向けたくなる衝動を抑える薫であった。

 朝から活動して夕方には引き上げる国光の部下と、不眠不休でローラー作戦を展開する満の配下の調査力に差が出た。
 先に永田さやかを見つけたのだ。だが彼女には遺産相続の話はない。あくまで血筋としては奈緒だけなのだ。もっとも管理は彼女であろうが。
「よそ者が財産目当てで取り入った」という声を絶つ為にあえてそうしたのだ。だが満はそうは考えなかった。彼女も禍根を抱くもの。そして始末するべきもの。
 魔の手が彼女にも迫る。

「みずき」
 商店街で呼びかける七瀬。夕食の準備の買い物に出ただけで、別にみずきに用事はなかったがサマードレスにサンダルという女っぽい姿に驚いたのだ。
 いや。この程度の「女装」はよくやらされていたが、雰囲気がとにかく女性的に柔らかくなっていたのだ。
 もちろん奈緒を抱いていたのも無関係でないとは理解してはいたが。気になりそれでつい声をかけたというわけだ。
「おう。七瀬。晩飯の買出し?」
 口調が男言葉だったので少し安心した。
(心から女の子になっちゃったかと思ったわ)
 その心配も無理からぬ話。社会的には女子高生なのだ。一部を除いて女として扱ってくるしみずきも女として接する。
 毎日続く「演技」がやがて心に影響を与えても不思議はない。
 さらに言えばちょっと前まで自分自身と体を入れ替えて、70時間に渡り「完全な女」として生活していたのだ。
 決定的なことで男では生涯経験することのないはずの女性の「生理」も経験したのだ。そして今は「母性本能」。心が女に傾いたとしても不思議はない。
「こんにちは。奈緒ちゃん」
 抱くのは無理でもいつも一緒の七瀬にもなじんだか可愛い笑顔を向ける。彼女も小さい子供が好きなだけにくらくらした。
「(うっ…こんな風に微笑まれたらそりゃみずきの立場なら男休んで「母親」やってあげたくもなるわね)か…可愛いぃぃぃぃっっっ」
「だろう。こんなに可愛いとなんかもうオレがずっと世話してもいいかなって気になってきた」
 もっと暴走しているみずき。それでか冷静になれた七瀬。
「でも…いつかは本当のお母さんのところに帰るのよ」
「返すかよ。勝手に店に置き去りにして。奈緒がどれだけ不安と恐怖に襲われたか…そんなのに母親の資格はないね」
「だからそれは何かの事情があって」
「どんな事情か知らないが母親としての義務を放棄したんだ。オレが引き継いでやるよ」
「みずき…」
 男が母親代わりといっているのだ。文字通り覚悟を決めたのか。それとも情が移っての気の迷いか。
 どちらにしてもしばらく頭を冷やしたほうがいいと考えた七瀬は、本来の買い物があることもありそれとなく離れた。これが…

 みずきが商店街に出たのは七瀬同様に買い物だった。子連れで接客は無理なので代わりに買い物に出たのだ。
 満の配下はこのチャンスを待っていた。買い物に出るタイミングを待っていた。あれだけ人見知りの激しい子供である。みずきが連れて行く確率が高かった。
 そしてその読みは的中した。一時は七瀬の乱入で次の機会を待つ羽目になるかと思っていたが、上手い具合に離れてくれた。しかも人通りの少ない通り。好機。
「すいませーん。そこのお嬢さん」
 いきなり声をかけられてみずきも瞬間的に警戒するが、大声をかけた上に車の人間が地図を手にしていた。
(道に迷ったのか?)
 決め付けてしまった。歩みを止める。窓越しに相手が尋ねてくる。
「すみません。この街道に抜けたいんですがこっちでいいんですか?」
 地図を指差しつつ訊ねる。それで警戒を解いてしまった。生粋の女なら体を狙われる危険性からもう少し警戒心が強いが、もともと男の部分がここでは災いとなった。
「ああ。この道なら…」
 通りを指差しかけて目をそらしたのが間違いだった。瞬間的に口に何かが押し当てられる。
 猛烈に眠くなった彼女はなすすべもなく赤ん坊ごと車へと連れ込まれ、いずこかへと連れ去られた。

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