第21話「夏の終わりに」

 九月の初め。夏休みも終わり残暑が厳しいといえど時折涼しい風が秋の到来を告げるころ。
 いつもの八人は教室で昼食をとっていた。そんなときだ。チャイムの音が響く。校内放送だ。
『一年二組、榊原和彦君。至急職員室まで来てください。繰り返します。一年二組の…』
「あれ? なんだろ」
 突然の呼び出しに怪訝な表情をする榊原。
「カズ。なんかしたんだろー」
 からかうような表情の真理。
 「してないよ」
 まじめな表情で反論する榊原。実際には学校では何もしていない。
「女郎屋通いがばれたか?」
「それともどこかの女子の親が怒鳴り込んできたとか」
「女の子本人かもしれないねっ」
 無表情でさらっと言う十郎太。まじめな表情でとんでもないことを言う上条。ニコニコしながら何も考えずに言い放つ綾那に
「…なんで女がらみのトラブルしか思いつかないんだよ…」
と苦笑する榊原。大声で反論しないのは優等生を演じているのもあるが学校外では思い当たる節がたっぷりあるからであろう。

「失礼します」
 榊原は優等生そのままに一礼して職員室へと入る。教室は割りと近年風だがこの職員室はやや古臭い…歴史のある趣をしていた。
「こっちよ」
 手招きしたのは氷室響子。英語の教師である。まだ秋に突入していないのだがシックな落ち着いたレディスーツ姿だった。
 腰まで達しそうな漆黒のロングヘアと知的かつクールな印象を与えるめがねが特徴である。
「氷室先生…ご用件は?」
 英語の成績は呼び出されるようなものではないと思ったがなぁ…そう思いつつ訊ねる。
「榊原君。今日。部活はあるかしら?」
「いえ。今日はない日です」
 彼は科学部に在籍していた。
「それじゃ用事は?」
「それも特別には」
「そう。それなら放課後のほうがいいわ。呼び出しておいてなんだけどもう一度放課後に。今度は屋上に来てくれるかしら。大事な話があるの」
「はい。わかりました」
 「用件」が終わり職員室をあとにする。廊下には誰もいない。昼休みゆえ昼食か遊んでいるか予習である。それを知ったらいきなりスケベに顔が緩む。
百年の恋も冷めそうな表情だ。
(放課後内緒のお呼び出し…「大事な話」…ぐふふふっ。ついに教師に手を出すことになるのかなっ)
 スキップしながら教室へと戻っていった。

 教室へ戻りかけるがすでにみんなグラウンドでバレーボールに興じていた。そのまま参加するがどうにも顔がしまらない。
「なんだよ。呼び出された割には嬉しそうだな」
 今度は疑惑の視線をよこす真理。
「ああ。英語の出来がいいとほめられてな」
「ミッキーせんせい?」
「違うわ。綾那ちゃん。ミッキー先生は基本的に二年生担当だから氷室先生ってことね」
「ああ。そうだよ」
 ここはあえてごまかさない。そのほうが「ほつれ」が少ないからだ。だがそれをまともに信じる真理ではなかった。

 そして放課後。榊原は約束どおりに屋上へと出向く。ただその際に上条からの一緒に帰ろうという誘いを断ったのがまずかった。
 「なんかあるな」と確信した真理が尾行していた。

 夕日の沈む屋上。オレンジ色に染まる。きしむ扉を開けて榊原はやってきた。
「先生。どちらですか?」
 まだ学校の中なので一応は優等生の演技を続ける。辺りを見回すが誰もいない。
「…なんだよ。呼び出しといて…」
 言いかけて彼はふと気配を感じて振り返る。誰もいなかったはずなのにそこには「少女」がいた。
(何で気がつかなかったんだ? それにしてもかわいい娘だな。しかし知らない顔だ。制服も違うし…他校生が上がりこんだというよりは転校生かな?)
 ボレロといえる無限熟の制服と違う女子制服だった。紺色のジャンバースカート。紅いリボンがワンポイントだ。靴下も紺色のハイソックス。
 少女本人も美しかった。奇しくも呼び出した響子とそっくりの漆黒の黒髪は腰まで達してつややかな輝きを放っていた。
 小さい卵形の顔は整いつつも幼さを残して愛らしかった。
 胸元はやや控えめだが全体に華奢なのでバランスは取れていた。
「君は?」
 榊原はとりあえず少女に声をかける。だが予想外のリアクション。彼女は涙をあふれさせたのだ。
「お…おい?」
(まさか本当に女のトラブルかぁ? だけど見たことない娘だぞぉ)
「…逢いたかった…」
 鈴を転がすような声で嗚咽混じりに言うと少女は長いまつげを乗せたまぶたを閉じて榊原の腕の中へと飛び込もうとした。
「危ない」
 それを阻止したのは真理の「ガンズン・ローゼス」だった。少女に巻きつき制止する。
「何をする!? 村上」
 それにはかまわず本体の真理が乱入する。そればかりか姫子。十郎太。綾那。上条。みずき。七瀬と揃っていた。
「おまえらなぁ…揃って覗きかよ」
「てへへへ」
 照れ笑いを浮かべる七瀬。しかし真理は笑わない。少女に『警告』する。
「あんた。何を勘違いしているか知らないがこいつには近寄らないほうがいい。その歳で妊娠したくはないだろう」
「…俺のイメージって…」
「放して。放してください」
 少女はもがき逃れようとする。そしてなおも榊原に近寄ろうとする。その情念がマリオネットを通じて真理にもわかるがそれだけに傷は浅いうちにと思う。
「わかんない奴だな。力ずくでも」
 真理は少女の前に立ちはだかると自分の腕で押し戻そうとした…が…するりと突き抜けた。その刹那。少女が半透明となり向こうの景色が見えた。
「え゛?」
 暖簾に腕押しどころではない。マリオネットでつかめるのに姿も見えるのに手に触れることが出来ない。結論として…
「ま…まさか…幽霊…」
 少女がコクリと頷くと七瀬が「ふっ」と気を失う。とことんオカルトがダメなのである。
「七瀬? おい七瀬? しっかりしろ!」
 みずきが揺り動かす。だが七瀬は気絶したまま。
「あーあ。せっかく二人きりにしてあげようかと思ったのに」
 呼び出した美貌の女教師。氷室響子がめがねを直しながら物陰から現れた。

 輪になって話を続けていた。ちなみに七瀬は気絶してしまったので寝せられみずきが付き添っていた。
「紹介するわ。彼女の名前は保村あやめさん。S女の一年生だったわ」
「だった…ね」
 過去形なのに気がつく真理。事態を理解しているのかいないのかいつも通りの乗りの上条。
「もしや大正時代に震災で亡くなっていた人で、榊原の爺さんと駆け落ちの約束をしていたとか?」
「いいえ?」
 怪訝な表情で首を横に振るあやめ。さらに上条は続ける。
「それじゃ生前は異性に抱きつくと干支にちなんだ動物に変身する一族と知り合いだったとか?」
「違います」
「では東大目指して女子寮暮らしで覗かれると『このエロがっぱぁぁぁぁ』っと殴り倒して…」
「話が進まないから後にしてくれるかしら? 上条君」
「…はい(むぅ。さすが根谷美智子さんボイスだけに説得力があるなぁ)」
 妙なところに説得力を感じる上条であった。
「話を続けるわね。とにかく彼女はつい先日までS女の生徒だったの。だけど夏期講習へと出向く際に信号無視の車に撥ね飛ばされて」
 よくある話であった。しかし希望に満ちた未来を描きましてや「恋」をしていた少女にとってはまさに死んでも死に切れない。
「そこでなんだけど…」
 辺りを見回すが誰も席をはずそうとしない。興味津々で聞いている。響子はため息をつく。
「仕方ないわ。こうなったらあなたたちも協力してくれる?」
「はい。わたくしにできることなら」
 姫子が全員の気持ちを代弁した。もっとも気を失っていた上に幽霊がかかわるとなったら七瀬が同意したかどうかは…
「ありがとう。もっともはじめに榊原君ね。このままじゃ彼女も未練が残って成仏できないわ」
 響子は英語教師であると同時に霊能力者である。ゆかりの魂が天に昇ったのを察知したのも彼女である。
 その力が呼び寄せたのか? それとも救いを求めてあやめが訪ねてきたのか二人は出会った。
「つまり…どうすればいいんです?」
 本気でわからなかったので素直に訊ねる。響子はさらっと
「彼女とデートしてあげて」という。
 全員が驚いた。真理にいたっては驚き通り越して怒りを露にする。
「ちょっとまった。いつからデートの斡旋をするようになったんだよ」
「ふむ。『最後のデート』か『放たれた呪い画』という展開だなぁ…元ネタばらしちゃったかな?」
 怒りの真理に対してあくまでマイペースな上条である。
「ちょっとあんた。席をはずしてくれないか?」
「私が…ですか…」
 スレンダーな少女は戸惑いを隠せない。だが響子の目配せで遠くへと離れる。その際に足で歩かず浮遊していたのは言うまでもない。
 姿を消すと盗み聞きしていると思われるからか夕日を見つめるように手すりにもたれかかっていた。生きていたころの名残だろう。
 声の届かない位置…厳密には幽霊に距離の概念が関係あるかは不明だがそれでも生きている人間の概念で安心したか真理が切り出す。
「先生。こいつは…カズは優等生なのは表向きだけだぜ。本性は女にだらしないし酒もタバコもやってるし」
「俺は下戸だっ。酒は飲んでねえっ」
 語るに落ちる…という奴である。
(ねぇねぇ。真理ちゃんもしかしたらヤキモチ焼いてんのかなぁ)
 こと恋愛関係になるとご多分に漏れず饒舌になる綾那がこっそりと姫子に言う。こればかりは男の上条でなく同性のほうが話し易かった。
「ああっ。なんか言ったか? 綾那」
 雑魚程度なら震え上がる眼力である。綾那もたまらず視線をそらす。救いを出したのは響子だ。
「もしも榊原君があなたの言うような子でもいいのよ。幻滅してもこの恋に決着はついて彼女はあの世へといけるわ。
 でも出来ることなら幸せに恋を終わらせてあげたい。この人生に納得させて送り出してあげたいの。
 それが出来るのはあなただけなのよ。榊原君」
 真摯な頼み込みに気をよくするというより重圧を感じる榊原である。思わず口をつぐみ重苦しい雰囲気が漂う。
「あの女。なんでカズにああまでほれ込んでいるんだ?」
 その重い雰囲気を振り払うがごとくここで素朴な疑問を口にする真理。
「それは本人に聞いてみようかしら。赤の他人が勝手に語っていいことではないわ」

 再び輪に加わるあやめ。この時点ではやっと戻ってきた七瀬も輪に加わっていた。幽霊といえど見た目同世代の少女。
 それにどうやら恋の未練が原因らしいと聞き恐れよりも同情が勝り踏みとどまっていた。
 またそれだけあやめが幽霊と思えないキャラクターであったのも救いだった。
 姿も見えるし声も聞こえる。ただ実体がないだけに触れ合うことだけが出来ない。
「不躾だけどさ。あんたどうしてこいつに惚れたんだ?」
 肉体が無い…つまり血液が無いのにかかわらず頬が赤く染まる。
「あの…その…えっと…」
 もじもじする様だけ見ていると普通の少女にしか見えない。そのせいか七瀬もだいぶ緊張を解いてきた。だが真理はいらいらするたちだ。
「あーっっっ。もう。はっきりしない。言いたいことははっきり言うっ」
 つかみ掛かり…またすり抜けてつんのめる。今度は体が重なる。すっとあやめの姿か吸い込まれるように消失する。
「あっ」
 真理は痙攣するように目を見開き体をぴくんと震わせる。
「真理ちゃん!! 大丈夫?」
 綾那が心配して近寄る。
「はい…私は大丈夫ですか真理さんが…」
「えっ? まさか…あやめさんなの?」
 真理はコクリと頷く。
「とり憑かれよったか」
「あっ…」
 十郎太の言葉に再び七瀬が気を失う。

「凄い…今はもう秋なんですね。頬に当たる風がこんなに冷たくて…私、死んでしまってから「感覚」をなくしてしまっていたから忘れていました」
「どういうことだ?」
 榊原が尋ねる。本人であるあやめにもわかっていない。
「恐らく波長が合ってしまったのね。もしや村上さん。彼女は心を読むとか言う能力は無いかしら?
 純粋に心だけの存在の彼女だけにシンクロしてしまい…あっさり憑依された」
「しかし…そんな簡単に魂が…」
「いや…意外とあるぜ」
 自身も七瀬と入れ替わっただけに、状況を理解して納得していたみずきが頷きつつ言う。
「まぁいいや。話を続けようか。まずどうして榊原に惚れたかだけど」
 自分がさんざん話の腰を折ったのは棚に上げて話を促す上条である。
「はい。あれは五月のことでした」
 いつもの真理のハスキーボイスでまるで違う丁寧な口調。顔つきも普段のとんがった感じではなくやさしげに見えるから不思議だ。
 体の前でもじもじするように手を組むしぐさも真理なら絶対にしない。ありえない。

 5月のことである。朝から快晴で予報も降水確率ゼロパーセントを告げていた。
 進学塾の帰りあやめはいきなり大雨に降られて途方にくれていた。彼女も傘を持ってこなかったのだ。
 駅なら安いビニール傘でも買えばいいが、途中の道で突然降られてしまい雨宿りを余儀なくされた。
 最初はあまりの勢いに夕立とかの類と楽観視していた彼女もいつまでもやまない雨に困り果てていた。勢いこそ落ちたがその分しつこく降っていた。
 近くにコンビには見えないし大通りからも外れていたためタクシーも通らない。運悪く携帯電話を忘れてきて助けも呼べない。
 だが来ないはずの助けが通りかかった。

「お嬢さん。良ければ駅まで送りましょうか?」

 そう。榊原である。彼が傘を持っていたのはもちろん「ビッグ・ショット」の予言があったからである。そしてこの道を選んだのも。
 余談だが快晴で傘を持ち歩いていて笑い倒されたが後に持ち歩いていたのが正しいとわかり感心されたというより気味悪がられたという逸話もある。
 「予報学をかじったことがありましてね」とごまかしたが。
 最初は見知らぬ男の差し出す傘に不安を抱えていたが背に腹は変えられず。助けに甘んじることにした。

 ところが道すがらの会話が面白い。知的でありながら嫌味でなく。女の子の興味の無い話題はせず。
 すっかりその話術にはめられていた。
 いつしか不安は霧散して逆にこの大学生くらいの男に興味を抱いていた。
 榊原はあえて相手の話したいようにさせていた。基本的に女性は話し好き。だから聞き役に徹したのだ。それにそのほうが情報も入る。
「あの…お名前は?」
「榊原和彦。君は?」
「私は…保村あやめです」
 本名を名乗ることに抵抗はあったがなぜか瞳を見ているとウソがつけなかった。もちろん榊原のなんぱのテクニックが物を言っているが。
「学生さんですか?」
「ああ。そうだよ」
 彼女としては大学生のつもりで聞いたが榊原は高校生というつもりで答えた。
 しかし彼女は榊原を大学生と勘違いした。まだましなほうである。無精ひげを伸ばすといきなり三十超えた顔に見られるふけ顔であるから。
 もちろん初対面ゆえにあまり込み入った話はしなかった。だがそれまで彼氏のいなかった彼女はいわばころっとだまされたのである。
 榊原にはそのつもりは無かったが結果的に気まぐれな優しさが彼女を盲目にした。いわゆる一目ぼれである。
 下ネタも多いが一番理知的な話が出来るのも彼。そして周りの少年たちに無い大人の魅力があった。
 こうして彼女は榊原に恋をした。なんどか探しに出たこともあった。
 だが大学生と思い込んでいたので無限塾の生徒とは思わなかったのだ。

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