第21話「夏の終わりに」Part4   Part3へ戻る

 七月のことだった。登校のために保村あやめは歩いていた。
 電車を降りクラスメートと待ち合わせその日に学校で行われるであろうことや昨夜のテレビ番組についてなど他愛もないおしゃべりに興じていた。
 ここまではまったくいつもと変わらない。
 商店街を抜け大きな横断歩道で信号待ち。車道はかなり空いていた。青になり何も考えずにわたり始めた。
 まるでアクション映画のようにその車は派手なそしていやな音を立てて角を曲がってきた。際どいがスピードが下がってブレーキが間にあいそうに見えた。
 ところがスピードこそ緩んだもののブレーキされている気配がない。
 自分が事故にあう可能性を考えてなかったあやめは寸前で止まるはずの車がブレーキしないのを悟って逃げたのが遅すぎた。
 結局その車はあやめと老婆。小さな子供を跳ね飛ばしてコントロールを失った状態でガードレールに激突して止まる。
 全身を強打した上に頭をしたたかにコンクリートの地面に打ち付けたあやめは昼過ぎに死んだ老婆や子供の後を追うように夜半には帰らぬ人となった。

 湾岸エリア。アフロディーテフォート。
 コンセプトとしては「女のためのエリア」。買い物から何から女のためにある場所だ。
 男はいないこともないが従業員でなければ女の付き添いだった。
「わぁ」
 生前にあやめはここに来た事がなかった。目を輝かせる。
 物欲…というより一緒にショッピングが楽しいらしい。
 「見てください。あんなに可愛い服が。わぁーっ」
 現在まとっているのと大差ないワンピース。だがそれだけに「趣味」ということらしい。
 もちろんウィンドショッピングだが楽しそうに笑い目を輝かせる姿を見て
(残酷かなぁ。これが終わったらあの世に行くのに…せめて今だけは忘れさせてあげよう。それにしても…村上。魂が違うといえど、こんなに可愛い表情が出来たんだな…)
 優しい目をして見つめていた。が…それだけですむ筈のないのがこの男。
 普段とまったく違う態度がその肩幅の狭さに気づかせる。以外に華奢な…抱きしめたら折れてしまいそうな…。
 条件反射だった。ついその肩に手を回そうとしてしまった。その刹那。風を切る音。
(マジで射たせやがった!?)
 彼はとっさに振り向いて
「ビッグ・ショット」
隠していた「人形」を解き放つ。自分めがけて飛んでくる無数の矢。それを
「おおおおおおおおおっっっっ」
 これまたマリオネットの無数の拳ですべて払い落とす。最後の一本は捉えてそのまま
「そりゃあ」
投げ返す。ぴたり。着流しの少年が右手の人差し指と中指でその矢を捉える。十郎太である。
「こんな場所で何てことしやがる!!」
 怒鳴り声ではじめて無数の矢を払い落としていたことを知るあやめ。十郎太はそちらをちらりと見て
「言った筈でござろう。狼藉を働けば打ち滅ぼす約定と。まぁこれは警告のようなもの」
(これで『警告』かよ)
「次に何かしでかしたらこんなものではないと知れ。では拙者。姫に『あいすくりぃむ』とやらを買いに行く途中ゆえ御免」
 文字通りその場から消えた。実際は常人の何倍もの瞬発力ゆえに目にも留まらぬ速さでジャンプしただけだが。
「ったく。デートスポットに来ているんだ。お前らもデートしてろよ」
「うふふふ」
 ふと見ると真理(あやめ)が笑っていた。これまた真理のいつもの豪快な笑いではなく可愛らしい笑みだ。
「何かおかしかったですか?」
「いえ…ごめんなさい。でも榊原さんって大人っぽいと思っていたら怒ったりするんですね」
 これは意外な言葉だった。虚を突かれた。
「そりゃまぁ…ね。それと今日は名前で呼んでもらう約束ですよ。あやめさん」
「あっ…はい。和彦…さん」
 てれて頬を染める。くすくす笑いといい照れた挙句の赤面といい普段の真理からは想像もつかない。
(そっちこそ…随分と可愛い顔をいくつも隠していたじゃないか。村上)

 プレイタウン。東京ギガホールからすら良く見える観覧車が看板だった。
 あやめの希望でそれに乗り込むために並んでいたが榊原は渋面だった。
 なにしろ列の前方には瑞樹と七瀬。自分たちの後方には上条と綾那。その後で十郎太と姫子もいた。
 先に乗る瑞樹たちは榊原より先に降りてその場で監視。逆に瑞樹たちが乗り込んだのを見て撒いたりしないように防ぐのが上条たちのポジション。
 もちろん乗り込むのも前後から監視して空中の密室でよからぬことをしないようにである。万が一してたらシューティングスターや龍気炎が飛んでくるだろう。
 監視というなら先に十郎太たちが地上で待っている手もあるのだがそれはそこ。
 こんなデートスポットにくれば乗りたくなるのも人情。結局のところ十郎太は姫子の希望で列に並んでいる。
ちなみに榊原の妨害は姫子の矢ではなく本人が飛んでいくつもりであった。
(人知れずならともかくこんな風に見張られてデートになるかよ…)
 ふてくされ気味だったが、あやめがことさら楽しそうでとりあえず彼女の前では笑顔でいようと思った。

 前方に乗った瑞樹だが表情が固い。というのも監視のためなので後方のゴンドラが見えるようにと七瀬が隣に座っている。
 狭いゴンドラである。当然ながら肌の露出した部分が密着する。それでどきどきしていた。
 自分自身も柔肌を持ち女香を醸し出すにもかかわらず、七瀬のそれを意識しないでいられない。この時点では男の肉体だけになおさら意識してしまう。
 やっぱり男の子。である。

 そしてその監視されているゴンドラでは無邪気にあやめが景色に喜んでいた。だがてっぺん近くで寂しい表情になる。
「どうしたの」
「いえ。高い空だなぁと思って」
「そう」
 確かに空は澄み切った秋晴れだった。文字通り雲ひとつなかった。
「もうすぐ…もっと高いところに行かなくちゃならないんですね…」
 かける言葉がなかった。わずか16年の生涯。これからがいよいよ楽しいはずの人生だったのに天国へと旅立たないといけない。
(せめて『そこ』が綺麗な場所だといいんだがな…)
 信心深いとは言えない彼だがその時は本気でそう思った。

 九月である。もうとてもではないが寒くて泳げないし、第一遊泳禁止のこの浜辺。ウィンドサーフィンに興じる若者たちはいたし家族連れもいた。
 都内にある浜辺である。その波打ち際を榊原と真理(あやめ)は歩いていた。二人の手は固く握り締められていた。
 もちろん三組の尾行者も遠巻きに彼らを監視していた。
 もともと諜報活動が得意な十郎太は、高等技術の『前方尾行』をしていた。
 尾行対象者の先を歩きながら行き先を突き止めるというものだ。
 この場合姫子の足の遅さが懸念されたが、真理の肉体といえどあやめもそんなに速く走る性格ではない。榊原もそんなに速くない。問題でもなかった。
 横をついているのが瑞樹たちである。いうまでもないが波打ち際で水をかぶりたくなかったからである。
 いまさら女に変身するのは怖くもないがそうは言ってもこんなに大勢の前である。それは避けたかった。

 そして後方からというオーソドックスなのが上条と綾那である。
「(監視しているなんて)なんだか悪いことしているみたいだね。上条くん」
 珍しく綾那の表情が曇る。自らも恋する少女。気持ちは良くわかるしあやめの邪魔はしたくなかった。でも真理の肉体に何かあったら大変である。
「くっ」
 上条が足を止める。しゃがんで乾いた砂を取る。風にそれを流して言う。
「俺はもう迷わない。迷っているうちに二人はいく。覗きが罪だというなら、俺がすべて背負ってやる
 右手を高々と掲げ
「変身!!」
人前でやってしまった。あまりに堂々としていたせいか周囲は笑うより何かの撮影とでも思ってしまったらしい。
「わッ。上条くん。榊原君たち行っちゃうよ」
 あわてた綾那の声で尾行に戻る。どんなときでも場所でもあくまでもマイペースの上条であった。

 夕日が沈みつつある。
「だいぶ日が短くなったな」
 たくさんいたウィンドサーファーも引き上げていた。
 二人はただそこにいた。砂浜に腰掛けて海に沈む夕日を見ていた。
 実のところ遊ばなくても何をしなくても良い。
 ただそこに『相手がいればよい』。そうだった。
(しかし…デートの締めくくりって行ったら一発…は、今回はNGだし。でも『次の約束』は出来ないし。どうしたらいいんだ?)
 彼は途方に暮れていた。そこに真理(あやめ)が
「真理さん。ごめんなさい」とつぶやく。
「!?」
 言葉の真意をつかみ損ねる榊原。その顔を潤んだ瞳で見つめる真理(あやめ)
「キスして…ください」

(にゃんだってぇ!?)
 たまらないのは本来の肉体の持ち主である真理である。謝罪の言葉で目が覚めた。
 即座に主導権を握り返そうとするが、強い意志で邪魔されて体を奪い返せない。
 そのせいか外部の音も聞こえない。
(こら。やめろ。こんなのってあるかよ。アタイ自身の意思でならともかく勝手に唇を差し出すな)

 尾行の面々は戸惑う。榊原が手を出した場合は即座に妨害。だがこの場合は誘っているのはあやめである。
 もちろん真理が同意しているとは思えない。だが女のほうからキスをせがむなんて並大抵じゃない。
 ましてやそれが最後の…たぶん生涯初めてにして最後のキス。それをとめることが出来るのか。
 逡巡する。十郎太も忍軍に合図を出せない。

 榊原はゆっくりと首を横に振る。
「すまない…それはできない…」
 搾り出すように身を裂く思いで言葉をつむぐ。
 一瞬驚いたように、そして悲しそうに真理(あやめ)は首を縦に振る。
「そうですよね。この体は真理さんのもの。勝手に出来ませんよね」
あやめさん
「いいんです」
 目じりに涙を浮かべながら晴れ晴れとした笑顔。
「言ってみたかっただけですから」
 生きていれば…いつかは言うこともあったであろう一言。それが理解できるだけに榊原もつらかった。
「キスできないわけはそれだけじゃないんだ。俺が本当に好きなのは…」
 汽笛が鳴った。

例え一瞬でも…偽りの恋でもいい

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの参太郎さんに感謝。

(なんだ…大きな切なさが伝わってくる)
 押し込められた魂の真理は急に引っ張りあげられた。いきなり目覚めたような感じだ。
「あ…あれ。何でアタイは泣いているんだ?」
 真理は涙を浮かべていた。それがあやめの残したものと気がつくのに時間は要らなかった。
「そうだ。あやめ? あやめはもう逝ったのか?」
 無言で榊原は目線で教える。そこには涙のあやめがいた。
「こら。カズ。やっぱり何かしやがったのか!?」
「違うんです」
 きっぱりとあやめは言う。
「榊原さんは何もしてません」
「じゃあ何であんたは泣いてんだよ?」
 得体の知れない…とにかく泣きたい気持ちを残された真理もそれが気になっていた。
「恋が…終わったから」

「そう。もう逝くの」
 デートの監視は瑞樹たちプラス風魔だけではなかった。霊のエキスパート。氷室響子もここにいた。
「はい。もう思い残すことはありません。それにあんまりここにいるとまた好きになっちゃうかも…」
「え?」
 聞き返されてあやめは頬を染める。
「なんでもないです。それじゃ」
 ふわりとあやめが宙に浮く。
「元気で…ってのもないか。じゃあね」
「はい。真理さんもがんばってください」
「がんばる? 何を?」
 きょとんとする真理。クールを装っているがほのかに頬が赤いのは日が落ちたせいでわからない榊原。
「皆さん。ありがとう」
 ぐんぐんと天へと昇っていく。
(さよなら。和彦さん。さよなら。私の最後の恋)
 あやめは星になった。

「いっちゃったね」
 涙を浮かべて綾那が言う。姫子や七瀬。果ては瑞樹まで涙していた。
「ご苦労様。夏も終わりといっても暑かったでしょう。ウィッグくらいはもう取ってもいいわよ」
 すべての終了。それを告げる響子のねぎらいの言葉。しかし真理は
「帰るまでこのままでいるよ。あいつめ。変なもの残しやがって。気持ちが伝わりすぎていきなり戻る気になれないよ。でも…さっきは何を言ったんだ。カズ?」
 遮断されていたため聞こえなかったのだ。
「さぁて。帰ろうぜ」
 榊原はそっぽを向いた。

 しばらくした日曜日。すっかり気温も下がった。ともに黒い服に身を包んだ榊原と真理が墓地にいた。
 その後の調べであやめが眠る墓を探し当て墓参りに来た。
「あら? あやめのお友達ですか?」
 中年女性が声をかける。面立ちがあやめに良く似ているので母親だろう。二人は会釈した。

「そうですか。あの子の」
 立ち話となる。
「私もようやっとあの子が死んだことを受け入れられて。あまりにも不条理な事故でしたし」
 遺族としてはどんな理由でも納得いくはずがない。そう思った。
「なんでも無人の車だったそうですよ。そんなはずないじゃないですか」
 二人は怪訝に思った。仮にリモートコントロールなら警察が調べてわかるはず。
「事故を逃れた人の話じゃ火ダルマの運転手だったとか」
「何ですって?」
 この現象は!? 思わず詰め寄る二人。
「だ…だから火達磨のドライバーがブレーキを踏む前に燃え尽きたように見えたという話ですよ。
 そんな話があるはずが。でも警察でも首を捻っているらしく。
 でも…撥ねた人を恨んでもあの子は帰ってきませんし」
 まさか…その事故は斑信二郎の仕業。間接的に彼女を死に追いやったのは斑?

 悲しみが怒りへと変るのが実感できる二人だった。



次回予告

 二学期中間考査終了。今回は一位が榊原で二位がみずき。榊原は三回連続のトップで天才とはやし立てられる。それを妬む前年の「天才」。自分こそが天才と自負する彼は榊原たちに攻撃を開始した。その手段とは?
 次回PanicPanic第22話「ニセモノ・パニック」
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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