第22話「ニセモノ・パニック」

 無限熟も高校の一つである。当然ながら試験もある。それ自体はすでに済んでおり結果発表。今回は二学期中間考査だ。
 模造紙に成績が50位まで書かれ廊下の掲示板に張り出されていた。その前でいつもの面々が騒いでいた。
「さすがだな。榊原」
 心底感心したように言う上条。
「なに。たまたま読みがあたっただけさ」
 謙遜はしてみせる榊原。
「くっそー。どうしても勝てないな」
 傍らでは男丸出しで悔しがるみずき。
「ほんとねぇ。今回は『名前の書き忘れ』『解答欄を一段ずつずらしたり』しなかったんでしょ?」
「………」
 同情しているのかからかっているのか判断に苦しむ七瀬のコメントに彼女は押し黙る。
「みーちゃんって一度失敗すると同じミスはしないけど」
「次から次へと新しいドジを開発するからなぁ」
「…おまえらなぁ…」
 悔しがるみずき。榊原も彼女もほとんどが満点だが、僅かな差で榊原が三回連続でトップだった。
 一学期の期末テストでは差がついたがこれは事情を知る面々は同情的だった。
 保健体育で惨敗したのだ。生まれついての女なら常識。サービス出題といえるテストだが15歳から女をやってるみずきにはとんでもないハンディだった。
 もっともそれを言ったら試しにやってみた榊原は、女子用の問題にもかかわらず全問正解した。
 実家が医者だからか。それともただのスケベ根性?
「やぁ。凄いねぇ。榊原君」
「あっ。坂本せんぱぁい」
 掲示板を見ていた坂本たちがみずきたちに気がついて見にきたのだ。全学年が同じ廊下に張り出されていた。
 坂本の接近を知りとりあえず話しかけられた榊原よりも早く愛想良く笑うみずき。鼻に掛かった甘え声で挨拶。
 それにむっとする七瀬だがとりあえず顔には出さない。ちなみに千鶴は不快感を隠そうともしない。
「四科目で満点か。天才だな」
「テンサイキック?」
 さらりとぼける上条。
「いえいえ。たまたまですよ。たまたま」
「謙遜はいい心がけだと思うよ。それならもっと高みを目指せそうだね」
「ありがとうございます」
 嫌味のない絶賛に素直に礼を返す榊原。
「そういえば去年。自称『天才』がいたわね。謙遜とはかなり縁遠い」
 無限熟内で坂本がいるところ。男子トイレや更衣室でない限りついている橘千鶴が嘲笑する。
「おーおー。あいつか。今じゃただの人だがな」
 坂本の悪友。入来蛮も笑いながら続ける。
「堕ちる所まで堕ちたみたいね。おーほっほっほ」
「橘君。入来。やめとけ」
 坂本がたしなめる。確かに人をあざ笑うのはいいことではない。ましてや本人に与える屈辱と来たら。
「だって坂本君。あいつってば何かと坂本君をバカにして。いい気味だわ」
「誰です。それ?」
「ああ。いいんだ。彼も少し天狗になってしまったんだろう。謙虚な態度を思い出せばきっとまたトップテンにも顔を出すさ」
 坂本は明言を避けた。彼にしてみれば嘲笑された相手を特定できるように名を明かすのが忍びなかったのだがこれが後にたたってくる。

 その影では話題にでていた男が地団太を踏んでいた。
「うっ、ううう……」
 陰影のありすぎる顔。長い髪は鬱陶しい部類に入る。それをヘアバンドで止めていた。胸のうちにくすぶる思いを爆発させる。
 「うおおおおおおおっ」
 跪き慟哭する。
「榊原。榊原。榊原。どいつもこいつも榊原。なぜみんな奴だけ認めてこの俺を認めない」
 地面を殴る。そして血の涙を流す。ドォォォン。
「俺は天才だ!!」
 叫ぶ彼の名前は網場安信(あみばやすのぶ)。確かに前年。一年生のときはテストでことごとくトップを取っていた。
 ところが驕りが祟りいまではすっかり凡人と化した。
「認めん。認めんぞ。榊原和彦。赤星みずき。オレ以外の『天才』の存在など…」
(やってしまえよ)
 突然の声に怒りを忘れて愕然となる網場。そこにはどくろがふわふわと浮いていた。網場は鼻で笑う。
「ふん。マリオネットか。どこの誰が本体か知らないが俺に何の用だ?」
 このマリオネットの名前はリトルデビル。
 ゆかりの敵とみずきたちが追う「斑信二郎」の操るマリオネット。ゴーストフェイスキラーの頭部だけが独立したものだ。
 ゴーストフェイスキラーは相手に導火線を取り付け燃やし尽くす。あるいは斑の魂を別の肉体に繰りつける能力がある。
 その頭部だけが独立したリトルデビルにはそんな能力はないが、代わりに遠隔操作が可能だった。
 およそ50メートルが「射程距離」。攻撃能力としては相手の影に取り付いて熱を上げる程度だが本体を知られずに会話するにはちょうどいい能力だった。
 斑信二郎はいまだ上条繁に与えられた屈辱を忘れていなかった。そしていつしかそれが飛び火してグループ全体を憎悪していた。榊原もその一人。
 だからこの男をそそのかしにかかった。
(誘っているのさ。お前がちっぽけな倫理にとらわれ真の力を使わないようだからな)
「知っていたのか…」
(ああ。知っていたさ。やれ。天才は何をしても許される)
「そうだ…俺は天才だ。良かろう。榊原や赤星。そしてそのついでに仲間を地獄に叩き落してくれる」
 高揚するが
「だが久しく使ってなかったからな。この能力。まずは小手調べだ」

 一年四組に在籍する彼は交換留学生。日系三世のウエキだった。
 彼はその類まれな頭脳で交換留学生の座を射止めた。そこまでご執心だったのには理由がある。
 彼は日本のグラビアアイドルが大好きだった。特に高嶺かすみのファンだった。
 『日本に来れば彼女と会えるかもしれない』
 それが動機だった。
 しかし現実はそんな夢のような話もなく日々を過ごしていた。今も彼は職員室へと資料をとりに行くところだった。
 そこで彼は信じられないものを見る。
「そ…そんな。どうしてかすみちゃんがここに」
 愛してやまない高嶺かすみがビキニ姿で階段の踊場にいたのだ。
「ウエキ君…いらっしゃい」
「その声。その姿。この匂い。紛れもなく本物のかすみちゃん。夢か。これは夢か。夢なら覚めないでくれ」
 ウエキは冷静さを失っていた。異国に住む彼がそう簡単に彼女の匂いを覚えるほど接近できるはずもない。それにすら気がつかなかった。
「かっすみちゃ〜〜〜ん」」
 駆け寄る。いざその胸に顔をうずめようとしたら固い胸板。
 ひょいと上を見上げると格闘家。ロブ・ラップのごつい顔が。
「ぎにゃああああああっっっ」
 意味のある言葉にならなかった。ウエキは気絶した。そしてロブ・ラップがしぼんでいく。
「ふふふ。よし。わがマリオネット。『ストレンジャー』はさび付いてなかったな」
 黒いウェットスーツ。そう見えるがそれはマリオネット。ストレンジャー。
 能力は変身能力。とは言えど身体機能が伴うわけではない。
 ロブ・ラップに化けたが腕力ではまるで話にならないほど劣るし、高嶺かすみに化けても女になったわけではない。
 ただ幻覚が半端ではない。そこに180センチ。80キロの大きな体は確かに存在するのに、姿は言うに及ばず声。果ては匂いや感触まで完璧に再現してみせる。
 とは言えどそれは本人のそれを完璧に再現するわけでなく、相手の記憶や思い入れを利用する。この場合はウエキがあったこともない高根かすみだったが、彼が抱くかすみの匂いを再現して見せたのだ。
 本体の網場の演技力も必要だが、例えば右の親指を必ず上にして組む人間に化けていたら仮に網場が左の親指を上にしていても相手にはきちんとして見える。
 もちろん機械相手には通じないが虚を突くことは可能だ。
「よし。奴らの人間関係をずたずたにしてやる。そうすれば勉強どころではない。完璧だ。俺は天才だ」

 昼休み。珍しく二人とも食堂利用のみずきと七瀬である。
「おばさんの具合はどうだ?」
「うん。寝込んではいるけど回復に向かっているわ。みずきのお母さんが助けてくれてありがたいわ」
 季節の変わり目で体調を崩していた。七瀬の修復能力ではちょっと当てはまらない。
 綾那の体力補給能力なら治せそうだが、さすがに安易に他者の能力を暴露したくないので普通に看病していた。
「そのあおりでオレたちは弁当じゃないけどな」
「私も作っている余裕がなかったわ。いいじゃない。たまには食堂も」
「オレは結構使ってるけどな」
 などとのんきな会話をしていたときだ。
「及川。ちょっといいか」
 担任である中尾が声をかけてきた。
「はい。なんですか。先生」
「ああ。ちょっと来て欲しいのだが」
「わかりました」
「じゃ先に行ってるぞ」
「うん。お願い」
 それを影から見ていた男。網場だ。
「よし。まずは奴からだ」
 体全体をスウェットスーツ状のマリオネットが包む。180センチの身長が164センチに縮んだよう見え優しい香りを漂わせる。

 食堂。学生たちでごった返していた。この日は十郎太。姫子。榊原が弁当。
 真理は食堂の常連。綾那も弁当だったがこの日は食堂だった上条に合わせて食堂で弁当を広げていた。
 みずきはまだしも珍しいのが七瀬であるがまだ来ない。仕方なく先に食べ始めた。
「へへへっ。今日のアタイはマリ・スペシャルだっ」
「マリ・スペシャル」とは。普通の定食にマスタードやタバスコ。からしなどを相性で選びてんこ盛りにする超辛党向け定食だった。すでに食堂のおばちゃんにまで覚えられてしまった。
「良く食えるよな。そんなの」
 壊滅的に辛いものが苦手なみずきは見るだけでげんなりしていた。彼女はパンを食べていた。それもアンパン。ジャムパン。クリームパンと甘いものだけだ。
 もともとの甘党もあるし女の子になったのもあろう。そして変身体質のためカロリーの高いものを欲するのだ。
「ふーっふーっふーっ」
 この日最後のきつねうどんを獲得した上条はやたらにうどんを吹いて冷ましていた。
「あんたってそんな猫舌だっけ?」
 怪訝な表情で尋ねてくる真理。
「いや。こうしていたら携帯電話とベルトがセットで手に入りそうな。ちょうど真理と言う名の女の子もいるし」
「なんだよ。そりゃ?」
 他愛もないリラックスした会話が続く。そこに七瀬がようやく到着した。
「みずき」
「おう。遅かったな。早く買って来いよ」
 しかし、なぜか顔を赤らめた彼女はスカートをふわりとなびかせ、いきなりみずきの胸に飛び込んできた。そして
「好きっ」と。
「え?」
 戸惑うみずきの頬が熱い。

仕事で疲れたとき。
学校でいやなことがあった時。
そんなときは喫茶るりーでおしゃべりしませんか。
きっと安らげる。

「おっと。CM明けだ。」
 意味不明のコメントをする上条。それにはかまわずみずきの硬直は続いていた。
「な…七瀬?」
「好きなの。みずき」
 衆人環視の中で熱い抱擁。それも七瀬のほうからのアプローチに騒然となる。潤んだ瞳。紅潮した頬で見上げる。
 身長は七瀬が女のみずきより十センチも高いが、わざと低い位置から見上げている。
「ば…馬鹿言うなよ。オレ達…一応は(学校では)女同士だし」
「いいの。愛してる。もう離さないで」
「七瀬…」
 こうもストレートにでられると、いつもの口げんかのような切れがない。
(あ…七瀬の胸って柔らかい…ってなに考えてんだよ。女同士だろ。変態か? でもいい匂いさせるな。こいつ)
 もちろん本当は男と女だ。いや。男と男だ。そう。七瀬は網場の変身だった。彼にとってナンバー2のみずきも充分に妬みの対象だった。
(くくくっ。レズの告白をされた日にゃ勉強どころではあるまい。さて)
「私は本気よ。証拠を見せるわ」
 潤んだ瞳の七瀬がぐいっと唇を近づける。一気に鼓動の跳ね上がるみずき。冷静に考えれば女同士だとなおさらアブノーマルだが。
(赤星もこうしてみるとちょっとは可愛いからこういう役得もいいかな)
 もちろん網場は正体を知らない。もう少しで腐女子や好性年好みの光景だったが
 『七瀬』がまぶたを閉じた。もうみずきには何がなんだかわからない。誘蛾灯に飛び込む蛾のように引き寄せられる。だが
「あなた誰? なにをしているの」
 本物の七瀬が現れては話にならない。
「えっ。七瀬?! じゃこっちは…」
 激しく驚くみずき。二人の七瀬を交互に見る。
「及川が二人いるだと?」
「まさか。須戸?」
「いや。奴は今すっかり改心して塾長の付き人のようになっている。いまさらこんなことはしない」
「じゃあこっちは…」
 どちらが本物かわからなかったが、とりあえず怪しいモーションをかけてきたほうを捕まえることにした。
「くっ」
 だが『七瀬』はそれを察知して飛びのく。距離をとりその可愛い顔で邪悪な表情を浮かべて
「ふ。意外に早く戻ってきたな。だが忘れるな。貴様らとはいつでも取って代われる」
「まて」
 だが『七瀬』は次の瞬間には十郎太に姿を変えた。
「風間だと?」
「然らば御免」
 「十郎太」は飛び跳ねて逃げた。追おうとしたみずきだがあきらめてしまった。真理が怒鳴る。
「おい。あいつ本物とはぜんぜんスピードが違うぞ」
「えっ。そう。くそ。あいつの見かけにだまされて」
 思い込みというものである。十郎太の跳躍力には適わないと思っていたから体が諦めていたのだ。

 放課後。帰途。話題はあの『ニセモノ』で持ちきりであった。
「まいったぜ。あの『七瀬』。こう抱きついてきた感触なんか本物そっくりで」
 爆弾発言だった。
「お…お前ら…女同士で…」
「百合姉妹…」
「ちっ…違うって。子供のころだよ。じゃれて抱きついてきたときの」
「おいおい、それじゃ今の七瀬とじゃえらい違いだぞ」
「そうなんだよ。でもなんでかアレが七瀬の匂いで」
「いいからもうあんたは黙ってよっ。道の真ん中で誤解を招く発言を繰り返さないで」
 仮に抱きついた相手が男でも充分に他者に聞かれたくない話題であった。七瀬が怒鳴るのも無理はない。
 もちろん自分のニセモノが食堂でラブシーンをやらかしたのだ。
 本人と偽者が並んだので事情は理解されたが、それでもしばらくは色眼鏡で見られそうだ。それだけに七瀬も不機嫌だったのだ。
「だけど話を総合する限り」
「マリオネットだな。間違いなく」
「しかしスタンドはスタンド使いにしか見えないはず」
「この場合は変身か幻覚のマリオネット。一般人にも見えないと話にならないがな」
「以前に戦った『須戸 完』の『Just the Way you are』もコピーを作り出して操る能力で、あれもみんなに見えていたが」
「とにかくなるべくみんな目の届くところにいよう。いないと偽者がくるかも」
「おい。それじゃ奴の思う壺だぞ。疑心暗鬼に陥ったところを狙っている」
「かも知れない。だが用心に越したことはない」
 とりあえずまとまっての移動となった。そして珍しく八人でカラオケとなった。上条が歌いたいと騒ぎ女子が乗ったからだ。
 榊原もたまには気分転換と乗ってきた。渋い顔だが仲間内だけならかえって警護しやすいので断る理由のない十郎太。
 そしてみずきは苦い顔をしていた。

 部屋も決まりまずは選曲。その間を利用して上条はトイレを済ますことにした。その階のトイレがふさがっていたため、別の階に行きトイレから出たときだ。
「戦え」
 鏡の中からロングコートに両手を突っ込んだ男が声をかけてきた。
「あ…あんたは…」
 馬鹿な。どうしてこの人が。もちろん架空の人物だ。だがそれを演じた俳優がこの場に。それだけでも十分に凄い偶然だ。
「お前のかなえたい願いはなんだ? 力がほしければこれを手にして戦え」
 「カードデッキ」を差し出す。ファンサービスだろうか? まるで物語りそのままだ。
「こんな…あれはフィクションじゃなかったのか…」
 さすがの上条もここまでだとかえって乗り切れない。コートの男は低い声でドラマそのままに言う。
「さぁ。まずはモンスターと契約を済ませろ」
「ようし」
 乗りやすい性格が仇となった。上条は完璧に乗せられた。
 トイレのドアが鏡になっていた。それに左手のカードデッキを向けると鏡の中からベルトが出現して上条の腰に巻きつく。
左手を引き右手の人差し指と中指をそろえて眉間に当てる。そしてそれを右下に払い
「変身」
なんと本当に姿が変った。上条のテンションは上がりまくる。
「おおおおおおおおっ。よっしゃあぁぁぁぁぁっ」
 そのままこれも物語のままに鏡の中に入ろうとした。もう疑う余地がない。だがやはり現実だ。そこには壁があるだけ。頭を打った。
「あんぎゃっ」
 もんどりうって倒れ気絶する。唖然とするコートの男。彼の姿も変る。そう。網場安信だ。尾行していたのだ。
 歌が始まる前にトイレを済ませるケースは多々ある。その人物と入れ替わるつもりであった。たまたま上条だったので特撮ドラマの登場人物に成りすましていた。
 もちろんカードデッキもベルトも変身もその応用。
「自分で仕掛けてなんだが…ここまで上手くいくとは思わなかった。とにかく気絶させることには成功した。さて」
 網場は上条に化け彼に代わり部屋へと戻る。
 この姿で油断させ悪事を働き、相互信頼をなくさせるのが目的だった。

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