第22話「ニセモノ・パニック」Part2   Part1へ戻る

 あらかじめ部屋の位置は確認してある。何食わぬ顔で戻る上条(網場)。だがなんとまだ誰も歌ってなかった。
(何だこいつら? 普通こんな人数で入ったら時間がもったいなくてさっさと歌っているものだろう)
 はじめの誤算だった。歌に夢中になっているところへさらっと入り、正体をごまかすつもりだった。
「遅かったでござるな」
 射抜くような視線の十郎太。慣れている面々はいいが、不慣れな網場は正体を見透かされているようで落ち着かない。しかし伊達に変身能力を有しているわけではない。
「ちょっと腹が痛くてさ」
 機転を利かせてごまかした。これなら多少の挙動不審は体調のせいに出来る。
「上条さんがお入れになりませんので、まだどなたも決まってなかったんですのよ」
 上条は常に先頭だった。その間に次を決めるのがパターンだったが、今回に限り上条がトイレに行ってしまったのだ。
「上条くん? 大丈夫?」
 小さな子供が見上げるように心配した表情の綾那。
(上条にいつもくっついている女か。確か他の女は綾那とか呼んでいたな)
「ああ。大丈夫さ。綾那
「?」
 怪訝な表情の綾那。
「よし。それじゃ最初に歌っちゃうぞ。それでいいだろ」
 なぜか頬の赤いみずきが言う。まだ食堂の一件を意識していると網場は解釈した。
(まずは適当に「へたくそ」とか言って場の雰囲気をおかしくしてストレスをためさせてやる)
 イントロが始まった。歌詞が表示される。みずきが歌う準備をした。
「(よし。今だ)へたくそ」
「♪君と出 会ったあ の時」
「→#¢□○◇」
 網場は絶句した。みずきは本当にへたくそだったのだ。まだジャ○アンのほうが上手いかもしれない。
 それでも一人だけ外れるのもいやだったので付き合うが、その場にいればさすがに一曲も歌わないわけにもいかない。
「うるっせぇなぁ。いまさら言われなくても音痴ってのはわかってるよぉ。最初に歌って後はもう歌わないよ」
 渋い表情の理由はこれだった。
「昔から歌は下手なのよね。ペーパーテストはいいけど」
「可愛いお声なのにもったいないですわ」
 みずきの音痴はもう全員に認識されていた。だからすっかり慣れっこで今では耐性もある。
 本来ならカラオケ最大のマナー違反だがそれでも本人含め納得してしまうほどで。
 完全に外した網場は毒気を抜かれた。

 そのころ。上条は意識を取り戻したものの出るに出られなかった。
 洋式トイレのふたを閉めた便座に座らされていたので、場所がトイレと認識したのはいいがどうも壁の色がおかしい。
 でるのを躊躇っていたら
「ねぇ。ちょっとメイク崩れてない?」
「やだ。本当だ」
 どうも女子トイレに押し込まれてたらしいと認識してでられなかった。
 もちろん網場は幻覚を利用して、自身は女に化け上条も女に見えるようにカモフラージュして、さも気分が悪い女を介抱するようなふりをして運び込んだ。
 このカラオケボックスのトイレが男女共用ではなく、別れているのはカラオケ常連の上条は周知していた。だから壁の色の違いにも気がついた。
 彼がマリオネットマスターなら個室から外をうかがい知ることも可能だったが、そうではないので苦労した。
 話し声を参考にトイレ内部に誰もいないことを確認できても、万が一にも入り口で利用しに来た女性と鉢合わせになったら、間違いなく痴漢か覗きと誤解されるだろう。
 誰か女子に助けに来てもらう手もあったがあいにく携帯電話を誰も持っていない。

「それでは次はわたくしがまいりますわ」
 涼やかな声で姫子が告げて掛かった曲は「アイスクリームの歌」
 抜群に上手いとは言わないが、鈴を転がすような声が何より心地よくまた唱歌なものだけにその素直な歌い方と良くマッチしていた。
「姫。お供いたす」
 姫子に勧められて入力していた十郎太の選曲は「王将」16歳にしては渋すぎるがこれでも精一杯の歩み寄りだった。
「村上。デュエットしようぜ」
「あんたはどこかのおっさんかっ」
 真理を筆頭に女子に断られまくった榊原は結局一人で「銀座の恋の物語」を歌い上げた。
 その真理はマドンナの「Like a Virgin」。
 ハスキーボイスがポップスに良く合うしなんと言っても歌声が絶品だった。ちなみにやはり英語のほうがしっくり来るそうだ。
「どうだ。上条。あんたの言う奥井雅美といい勝負だろう」
「あ…ああ…(オクイマサミ? だれだそりゃ)」
 網場はアニメ関係はそれほど強くない。もっとも上条に匹敵する趣味の人間はそうそういるはずもないが。

 七瀬は意外にオーソドックスに浜崎あゆみのナンバーで。綾那は「モーニング娘。」のナンバーだった。
 あまりのハイテンションに普段カラオケをしない網場は圧倒され仕掛けも脱出も出来なかった。そして曲が途絶えた。
「え?」
「何だ。まだ入れてなかったのかよ」
 律儀に上条の選曲を待っていたのである。これでは次が始まらずやじって喧嘩を起こさせる手も使えない。
「あ…ああ…ちょっと待っててな」
 だから進行するために歌のタイトルと歌手。歌いだし。そして入力番号をつづった索引本をぱらぱらとめくる。
(オタク趣味な奴だったな。俺の能力は至近距離ならおぼろげに心が読める。印象に残る人物や味という程度だがな。だからあの留学生の好みも読めた。
 上条はあのキャラクターこそ能力で読み取ったが、趣味だけならマリオネットを使うまでもなかったがな。さて。ウルトラマンか仮面ライダーでも歌えばごまかせるか)
 その様子をじっと見ていた綾那が唐突に口を開く。
「…ねぇ…あなた、誰?
 心臓がのどから飛び出るかと思った。一番頭の弱い娘に見抜かれている? い。いや。直感だ。だからごまかせば
「何を言ってるんだよ。綾那。僕だよ。上条明だよ」
「…上条くん…ボクのことは『若葉』って苗字で呼ぶもん…
 しまった!? 親密な関係なら名前を呼び捨てと思い込んでいた。多少の補正は効くが俺自身が決め付けていれば相手にそのまま伝わる。
「それに上条はアニメ・特撮に関しては本を見なくても番号を空で覚えている。新曲ならあらかじめメモを取って店に来る」
 げぇぇぇぇぇっ。なんて奴だ。呼び方を間違えたのは確かに自爆だったが、榊原の言うように空で番号を覚えている奴なんて存在するなんて想像できる物かぁぁぁっ。
 網場は激しく動揺した。ここは密室。逃走は扉からしか出来ない。
「どうやら…私に化けていた人みたいね」
「予告どおりに来たとはいい度胸だ」
「上条が厠に行ったのは(おびき寄せの)芝居ではないがな」
 詰め寄る一同。網場はなんとか脱出したいと考える。幸い最後に部屋に入った形で扉付近に座っていた。
「ふっ。オレがフクロにされたら本当の上条の居場所がわからんぞ。いいのか。それでもいいのかよ」
「安心してやられろ。お前ごときにやられる上条ではない」
 榊原が詰め寄る。にぃと笑う上条(網場)
「ああ。確かにやってはいない。だが女子トイレに押し込んできた」
「なにぃ?」
 そ…そりゃちょっとみずきでもなけりゃ脱出は困難かも。そんなことを考えていた虚をつき網場は逃げ出した。
「待て」
 さすがの十郎太でも部屋の一番奥からでは距離を離される(ちなみに姫子が奥で座ったため)。出遅れて階段の踊場で一瞬姿を見失ったのが致命的だった。
 一階のフロント。そこには多数の女子高生が会計や順番待ちで居合わせていた。もちろん帰るものも多数いる。この中の誰かが狼藉者だが区別ができない。
(くっ。まぎれこまれよったか)
 諦めて戻ると姫子が上条の閉じ込められている場所を探っていた。
「この上のご不浄です」
 七瀬とみずきが扉前で見張り、他に人がいないのを確認してから綾那と真理が助け出した。
 温厚な上条だが騙されて監禁されればさすがに怒る。
「チッキショー。あのザラブ星人。いや。グレゴール人が正しいかな。劇場版の鏡の向こうの奴とか。とにかく今度あったらただじゃおかない」
「紛れもないく本物だな」
 今回ばかしはいつものこの乗りが安心を呼んでいた。
「油断も隙もござらんな。さて。けちがついたがいかようにいたす?」
 言外にカラオケをやめたがっていた十郎太だが
「もちろん歌うぜぇぇぇえ。鬱憤晴らしにね。まずは平成ライダーで連続だぁぁぁ」
 まだ一曲も歌っていない上条の答えは決まっていた。
「さすがに桜島で変身ポーズ取るような奴だぜ」
 気分直しで歌うことにした一同である。

 女子高生がたったったとかけてくる。かなりレベルの高い美少女だ。
(あ…可愛い)
 たまたま居合わせた男がボーっとなる。だがその少女が邪悪な笑みを浮かべると、外郭が歪み膨れ上がる。そして180センチのむさい男子高校生になる。
「な? な! な?」
 男はあまりのことに逃げ出す。それにかまわず網場はつぶやく。
「くそう。こうなったら手間だし情報も与えるが一人ずつだ」

 翌日。
 二度までも失敗した網場だがまだ執念深く狙っていた。次のターゲットは姫子。そして十郎太。
(護衛の風間の前で北条にセクハラしてやる。それで関係がこじれるに違いない)
 いきなり最終標的の榊原に変身する。
「(カラオケでは呼び方でしくじったからな。無難に)。やぁ。お二人さん。仲の良いことで」
 実際に十郎太に姫子が勉強を教えているように見えた。
「あら。榊原さん。ご不浄。早かったのですね」
「(ご不浄? トイレのことか。あの野郎はさっき駆け込んでいたからな)。ああ。さっさと済ませてきたよ」
「そうですか。それでは申し訳ありませんがこの訳をどうしたら良いと思います?」
「拙者…姫に恥をかかせてしまった…本来ならば腹を切るところだが失策は取り戻せばよいと寛大なお言葉。姫じきじきにご教授していただくもののほとほと迷っていたでござる」
 英語の授業のときである。壊滅的に横文字のだめな十郎太は見事に回答に失敗した。
「それじゃだめ」なんて響子に言われる始末である。
 本来は護衛と語学。そして姫子はまるで無関係だがそれを結びつけて自分を責めるのがこの男らしい勘違いの仕方だ。
「榊原さん。どうかお手本を見せていただけませんか?」
「俺に?」
 もともとが榊原に対する嫉妬である。それで行動を開始した。だが頭のよさを見込まれての頼みごとは悪い気がしない。
(そうだな。榊原以上の回答をしてのけて、奴に恥をかかせる手もあるか)
「どれ。答えがわからないのか。俺に見せてみろ」
 英文を読み和訳して見せるのだが
「これは…」「榊原。お主これはさすがに拙者でも違いがわかるぞ」
「ん? 間違ったかな」
 だがとぼけても無駄。弱っていた十郎太がすでに警護の忍びの目に戻っていた。
「お主。よもや例のニセモノではござるまいな?」
「んー? 何のことかな。ふふふ」
 すっとぼける網場。
「そーかそーか。あくまでもしらを切る気だな」
 真理が指を鳴らしながら近寄ってきた。みずきや七瀬もだ。
「何を言ってるんだよ。村上。俺はニセモノなんかじゃないってば」
「そうかいそうかい。それじゃ…これならどうだ!?」
「きゃあっ!?」
 いきなり真理が七瀬の制服のスカートを派手に捲り上げる。反射的に押さえる七瀬。
 困ったのが網場だ。
(こういう時。奴ならどういう反応をするのだ。ここは無難に)
「なんてことをするんだ。村上。及川が困っているぞ。彼女に謝りたまえ」
 もちろん網場にしてみれば榊原の優等生の顔しか知らない。だからもっともだが調査不足もいいところであった。
「語るに落ちたな。本物のカズならその手の建前よりスケベ心が勝つ奴なのさ。アタイのめくり方に『迫力がない』と難癖つけて手本とばかしにスカートの裾が顔に当たるくらいまくるようなな」
 名探偵が推理を披露するように得意げな真理。顔を羞恥と怒りで真っ赤にした七瀬がにらみつけている。
(やべ)
 さすがのみずきもこそこそ逃げ出した。
「さぁ。正体を見せてもらうよ」
 真理の能力「ガンズン・ローゼス」が網場の腕に絡みつく。心を読もうとするが
(むっちりふとももむっちりふとももむっちりふともも)
 そりゃあ十代の少女のスカートの中身を見せ付けられりゃ、そちらが頭に残るのは高校生くらいの男じゃ無理もない。
「い…いやぁぁぁぁぁ」
 派手な外見だが、実は一番の純情派の真理が赤くなって思わず他人には見えない茨をはずしてしまう。
「こ…こいつ…七瀬のむっちり太もものことしか頭にない…………やっぱカズかも」
「きゃあああ。足が太くて恥ずかしいのにむっちりなんていわないでよぉぉぉ」
「わッ。バカ。放せ。七瀬」
 とうとう七瀬が切れ気味に真理に手を出した。このどたばたに正体を隠し通すことに成功した網場である。

「それにしても本体はどこの誰なんだ?」
 さすがにこれだけ立て続くとあまりの執拗さに不気味になる。「臨時作戦会議」を開く。場所は喫茶レッズ。自宅なので男に戻ってきた瑞樹。
「その前に何がしたいのかしら?」
 瑞樹の言葉を受け継ぐ七瀬。
「はじめは七瀬だったよな」
 真理が言うのは食堂の一件である。思い出して瑞樹は恥ずかしさで。七瀬は怒りで赤くなる。
「次は『ゲームマスター』に化けて僕を気絶させ…」
「上条くんに化けてきたよね」
「そして今度は俺に化けた…か」
 ここで一同考え込む。
「狙われたほうを基準に考えると及川に化けたときは赤星。ゲームマスターは僕と入れ替わるための手段として僕に化けたときは赤星をやじった」
「いや…単に誰でもいいからやじるつもりだったんじゃないか。オレが音痴と知らなかったくらいだし」
「で…俺に化けて…何もしなかった」
「まぁアタイらが割って入ったのもあるかもね」
 またまた考え込む。
「わからんなぁ。標的も目的も見えてこない…」
「互いを疑心暗鬼に陥れるというのもありえるでござる」
「なるほどね。もしくは評判落とすようなまねをしてとか」
「やっぱりザラブ星人だ」
「いい加減そこから離れろ」
「一つほぼ確定なのがあるな」
 固唾を呑む一同。思わぬ形で注目されこほんと咳払いをせざるを得なくなった榊原。一口コーヒーをすすり言う。
「とにかくとんでもなく恨んでいる。ただの趣味なら危ない橋の渡りすぎだし依頼をされたとしても同じ。相当に恨まれているが…」
 そう。心当たりがなかった。あるはずはない。言いがかりなのだから。
 もしもこのときに坂本たちが言っていた男の存在を思い出せばもう少し違った展開だったが。

 そのころ…
(直接叩くのがだめなら見知らぬ相手に非道な行いをして評判を落とし信用失墜させる手もある)
 公園の入り口で網場が化けた「彼女」はほくそえんでいた。
 昼下がり。秋晴れの公園。親子連れが大半だ。砂場で遊ぶ子供たち。ブランコに乗る子供たち。ジングルジムで遊ぶ子供たち。
 その中の一つ。砂場に近寄るのは赤星みずきの姿を借りた網場安信だった。

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