第24話『熱血!! 体育祭』

 十月。秋晴れの日曜日。翌日が「体育の日」で祝日と言うことでこの日が無限塾の体育祭だった。
 この時間は、体育祭前の諸注意のためのホームルームだった。えんじ色のジャージに身を包んだ中尾勝が教壇で話をしていた。
 「…であるからしてとりあえずまじめにやっておけば内申書に響くこともないだろう。ま…私に言わせれば体力の無駄遣いだがな」
 しょっぱなからやる気をそぐ担任の発言であった。

 「それじゃあまずは、男子から着替えろ」
 今回は体育祭である。全校一斉に着替えるのなら、当然更衣室は使えるもんじゃないから、教室を時間差で使っていた。
 女子の方が時間は掛かるわけだが、衣類を残した状態で男子に教室を明け渡したくないこともあり、まずは男子。そして女子だった。
 隣同士の教室で例えば一組では一組。二組の男子が着替え。
 そして反対に二組で一組の女子と、二組の女子が着替えと言うパターンの方が早い。
 だがどうもクラス対抗と言うせいか、他のクラスの人間に入られたくないと言う意見もあり、時間差の方を取り入れていた。
 そう。クラス対抗だった。各学年4クラスずつ。1組。2組。3組。4組の対抗戦だった。

 確認しておこう。みずき達は1年2組。久子達正義クラブ3人娘は1年1組。坂本達三人は2年2組でみずき達の味方だった。
 カラーは1組が赤。2組が白。3組が青。4組が緑だった。
 「後は黄色が欲しいよな。で…六番目で黒とかさ」
 ワイシャツの下の「バトルエンジェル」のTシャツを脱ぎながら上条が言う。
 意外に引き締まった体躯。
 いわゆる「オタク」のイメージから遠い精悍な肉体だが、ビジュアル系がつとまりそうな男が、重度のオタクだったりするから平凡な部類かもしれない。
 「いよいよ合戦でござるな」
 鎖帷子の上から体操着を着込む十郎太。練習中に周辺から脱げと言われても脱がなかったものだ。
 「戦場でこれを取ると言うのか? おぬしは拙者に死ねと申すか?」とまで言われては引き下がらずを得ない。特殊なプロテクターと思えばいいのだ。
 「さぁ。さっさと着替えてしまおう」
とあおる榊原。
 もちろん、全校女子の体操服が一度に見られるのを楽しみにしていたからだ。

 替わって女子。にぎやかなのはどこのクラスも変わらない。
 「さぁって」
 真理は制服のジャンバースカートを脱ぐとブラウスも脱ぎ捨てる。そして下着も外し、手に余りそうな胸を晒す。
 「ちょ…ちょっと真理ちゃん。もうちょっと隠しながら脱いだら?」
 あまり体育が得意ではなくて、のろのろと着替えていた七瀬が慌てて注意する。
 「なんだよ七瀬。ここにゃ女しかいないんだぜ。別に気にしなくても…」
 無言の七瀬に指差され横を向くと、みずきが照れていた。真理はしばらくして「ぽん」と手を打つ。何かを思い出した。そんな仕草だ。
 「そっかぁ…(本当は男の)あんたがいたなぁ」
 「(オレが男と言うことを)忘れんなよ…」
とは言うものの、最近は本人も自信がないほど、女になじんでいるみずきである。ましてや、もともと正体を知らない面々は論外。
 知る物さえも最近では「実は男」と言うことを忘れ気味。すっかり同性扱いである。
 そのせいで「女としての恥じらい」が生じたか。あるいは逆に周囲の女子を「異性」と意識してか、みずきのほうが胸を隠し気味に下着を外す。
 二人はかばんから取り出していたスポーツブラに付け替える。
 並外れて大きな胸の二人である。朝からずっとでは締め付けがきつくてたまらない。だからこの場で替えていた。
 一日運動である。当然ながら汗を吸うから下校のときは全員が取り替えるが。
 「…みーちゃん。真理ちゃん…やっぱり……おっきぃ……」
 ため息混じりの綾那である。
 「あんたノーブラでもいいんじゃない?」
 意地の悪い声がする。泣きそうな表情になる綾那。
 「大丈夫ですよ。赤ちゃんを産むときには、大きくなるものですから」
 標準サイズ(B)の姫子が優しく宥める。
 その姫子だがとにかく着替えがのろい。全体的にトロイが特に着替えは凄まじい。だからか
 「姫子様」
 二人の女子生徒が窓から入ってきた。
 「きゃあっ」
 仰天する女生徒たちの中で姫子だけが悠然としていた。
 「まぁ。弥生さん。葉月さん。どうしてここに?」
 ポニーテールとボブカットの違いがあるが、双子なのは一目瞭然の二人だった。
 海老茶のブレザー。プリーツスカート。スクールブラウスの制服。校章から判断する限りどうやら中学生らしい。
 「はっ。愛子様の命によりお召し換えの手伝いにまいりました」
 恭しく傅きながら葉月が言う。
 「あらあら。それはありがとうございます」
 深々と礼をする姫子。土下座する弥生と葉月。
 「お話中悪いんだけど…北条さん。その子達は誰?」
 恐る恐ると言う感じでクラスメートの女子が尋ねる。
 「御紹介いたしますね。こちらが風間弥生さん。こちらが風間葉月さん。普段は妹の愛子の護衛をしてくださってます」
 「護衛?」「風間?」「もしや」
 「はい。十郎太様の妹さんたちです」
 「やっぱり…」
 可愛らしい少女たちだったが全体的にイメージが一緒だった。
 「今日は日曜日。お父様やお母様。愛子さんたちが見に来てくれてます」
 高校だというのに家族の観戦が認められていた。
 「あっ。今日はボクのところもみんな来るよ」
 「うえ。あのシスコンまたくんの?」
 前回の騒動ですっかりまいった真理である。
 「人の身内を悪く言うもんじゃないわ」と七瀬。
 「いや。悪かった。でもそれだと上条妹も来るんじゃないか?」
 「あ…」
 また喧嘩になるかも…そんな懸念が頭をよぎる。そしてみずきは
 (親父やお袋。忍はいい。だが薫。お前は来るなよぉ)
 中学生ニューハーフの来校を本気で心配していた。

 開会式。つきものの校長の話。この場合は塾長の話。だがこれは予想通りあの一言で全員、開始前にしびれる羽目に。
 それから準備体操をして競技へと移る。

 最初の出番は100メートル走。これは全員参加。団体戦としては一着五点。二着三点。三着二点。四着零点の計算でその合計で順位が決まる。
 したがって二位も最下位も同じではない。一年の出番は序盤。昼食前に二年。三年は後半だ。
 順番は自由だが、事前にオーダーを提出しなくてはならない。そこに駆け引きも生まれる。
 一番手で選ばれた十郎太だったが、他のクラスは揃って鈍足ランナーを出してきた。悪く言えば捨てている。
 その予想通り十郎太はまさに風の如く駆け抜けた。
 「悪く思うな」
 ゴールして駆け抜けることなくその場にたたずむ。背を見せてこの言葉。
 「じゅ…十秒フラット」
 「しかも…鎖帷子つけて…」
 参考までにと記録していた生徒が驚く。かなりの好記録。それでも五点は五点であるが。

 次は上条が出る。彼は右肩をぶるんとふって腕をシェイクさせる。
 (ああ…また何かのまねだな…)と女子に混じっているみずきがあきれる。
 そして上条は自分で「Ready」と。号砲とともに走り出す。
 さすがに千倍とは行かなかったが、意外な快足で二位には食い込んだ。
 榊原は十郎太のときの逆で、俊足ランナーたちに囲まれた。戦略的には納得だが、釈然としないのはプライドゆえか。結果は零点だったが。

 そして女子。二組の一番手は綾那。全校女子でも屈指のスプリンターで、まずは先制と言う考えだった。だが
 「おいおい。オーダーばれてたのかよ」
 どう見ても一番手に選ばれそうもないみなみが一組のランナーだった。
 「ふっ。マッチメークといってくれ。多少なりとも因縁のある相手と走る方が客にも受ける」
 実行委員の古田が妙に威張って言う。
 そう。一組と二組。それぞれ実効委員がオーダーを持ち寄り調整したのだ。だから意図的に組まれていた。そのきっかけは久子の真理と戦いたい一念だったが。
 「よろしくねっ。みなみちゃんっ」
 例によって何も考えない綾那は無邪気に挨拶するが、みなみは軽く頷くだけ。彼女は運動全般が苦手であった。
 正確には闘争本能が著しく欠落しており「競争」が苦手だった。
 ニコニコしていた綾那だが、準備態勢に入るとさすがに表情がしまる。号砲一発であっという間に飛び出す。
 「ああっ。『友情』に期待して合わせてくれるかと思ったけどやっぱり待ってくれないっ」
 そりゃ期待するみなみが悪い。そして綾那は二位に十メートルは差をつけてぶっちぎり。


「いっちばぁん」「待ってよぉ。綾那ちゃーん」

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの酔生夢子さんに感謝。

 「いっちばぁん」
 満面の笑みでゴールイン。後続のランナーが相次いで入る。みなみは最下位だった。
 「くっ…あれだけ胸が揺れなけりゃ走りやすいでしょうね…」と三位のランナー。
 「いえ。確かに脚力は本物ね。胸がフラットと言うハンディをものともせず、真っ先にテープをきれるんだし」これは二位の走者。
 負けた腹いせにしては性質の悪いセリフだった。勝った気がしない綾那である。

 みずきだが…スタートで派手に転倒。顔を真っ赤にしながら走るが、ここでは俊足が集まっていたために、ビハインドが大きく最下位だった。

 「……」
 うんざりした表情の真理だった。隣では麻神久子が、必要以上に闘志を燃やしていたのだ。
 「村上さん。あなたに正義の走りを見せて差し上げます」
 「そりゃどーも……」
 そんなに速くはないが遅いほうでもないと言うランナーが集まった。ぱぁん。スターターが鳴り響く。
 「どおりゃああああああ」
 脚力だけなら互角でもストライドが違いすぎる。あっという間に他の女子に差を着ける真理。
 「ああっ。速いっ。髪の毛が金色なんて校則違反の割りに」
 「地雷」を踏んだ。くるっ。地獄耳で聞きつけていた真理はなんとUターンして久子の顔面を掴んで持ち上げる。
 「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ」
 顔面を締め付けられて悶絶して足をばたつかせる久子。
 「金髪が何の関係があるんだっ。この髪の毛は地毛だといってるだろう」
 これは真理の逆鱗だった。だがもちろん失格。0点。久子は一応三位で2点獲得。

 順調に進んできたレースだがここで痞えた。原因は姫子。走る前に互いに健闘をと礼をしていたのだ。
 「北条さん。徒競走でのお手合わせですが全力で挑ませていただきます」
 「お受けいたしますわ。谷和原さん。互いに全力を出し切るのが礼儀ですから」
 あまりの丁寧さに、邪険に出来ないほかのクラスの女子も、精一杯の礼儀を尽くして返礼していたからスタートが遅れたのだった。
 レース結果はその女子たちが姫子よりはるかに先に。
 勝負で手を抜くのが何より侮辱で非礼。ある意味では最大級の返礼であった。ちなみに友恵は二位。

 (ああ…どうしよう。もうすぐ私の番だわ)
 七瀬の心臓は早鐘のごとくなっていた。バクバクである。
 (もう…走る前からビリってわかっているのにどうして走らなくちゃいけないのよ)
 彼女は促されてスタートラインにつく。
 (やだなぁ…あ。お母さんたちだ。見に来たのね。うう。全校生徒の前で笑いものだわ)
 漂う火薬の匂い。
 (どうして全員参加なのよ…脚が自慢の人たちだけ集めたらいいのに…)
 「及川さん!? 走らないの!!」
 「えっ?」
 我に返ると並んでいたはずの少女たちの背中。ネガティブな思考に耽っていてスタートの号砲を聞き損ねた。たっぷり二秒は出遅れた。
 ただでさえ足が遅いのにこのビハインド。結果は明白であった。

 「まったく何やってんだよ。七瀬は」
 「スタート直後に転んだ人に言われたくありませんよーだ」
 憂鬱の種が消えて明るい笑顔の戻った七瀬はいつものようにやり返す。
 「ホントになにやってんだよ。七瀬は。ちょっと両隣の奴らの足を『ダンシングクィーン』で引っ掛けてやれば、最低でも二位にはなったぞ。
怪我していたってさり気に近寄って治してやればいいし」
 「真理ちゃん………………いくらなんでもそこまでしたくないわ…」
 ちなみに真理本人は実力でトップだったことを彼女の名誉のために記しておく。

 続いて行われるのは二年の競技。控えで観戦しているみずきたちであるが
 「みずき」
 「親父! お袋! 忍!……薫……」
 その場に現れたのが赤星ファミリーである。
 父。秀樹は小柄な体躯を黒いシャツとスラックスで包み、その上からアイボリーのジャケットを纏っていた。
 それに対して母・瑞枝は大人なデザインといえど、フリルをたっぷり盛り込んだワンピースだった。
 もともと顔が若かったが服装のせいで二十代にしか見えない。
 下の弟。忍はごくごく普通の小学生男児の服装。
 そして薫の華奢な体躯を包むのは…ピンクでレースとフリルをふんだんに盛り込まれたワンピースだった。
 足元は白いニーソックスと黒いローファー。
 ポニーテールを彩るリボンも鮮烈な赤。
 何より本人がメイクをしていた。それもラメが入っているようで光の具合ではきらきら光って見える。爪もピンクに彩られていた。
 たまらないのはみずきである。何しろ薫は中学三年生にして「ニューハーフ」なのだ。
 「性同一性障害」ともみなされそうだが、第一子が男の子で次こそは女の子と胎教をされていたので『洗脳』と言うほうが近そうだ。
 そのせいかあっという間に『女の子』としての生き方を迷わず選択した薫である。そんな彼…否。心情を推し量り『彼女』と呼ぼう。
彼女にとって『望んでもいないのに女の体になったみずき』は妬みの対象である。
 もっともみずきのほうも、娘の欲しい瑞枝の胎教の影響を受けていたらしく、甘いものが好きなのはまだしも、ぬいぐるみが大好きと言う女の子チックな一面がある。
 もしもっと強烈に『女の子』としての生き方を望むようになっていたなら…この体質は悩みの種どころか苦悩から救ってくれるものであったろう。
 「こんにちはぁ。姉がいつもお世話になってますぅ。赤星みずきの妹で赤星薫でーす」
 アイドルのように笑顔を振りまく。なまじ男の肉体だけに気を抜くと女でいられなくなる。常に女らしくと心がけていたので他人への愛想は極めていい。
 見事に正体を知らない男子生徒たちは騙された。いや。女子もだ。
 「きゃーっ」「かわいいーっ」「美少女姉妹ね」「やーん。どうやったらそんなに細くなれるの」
 本当は極めて女に近い男子だが女子にはユニセクシャルな(この場合は男性寄り)女子に見えた。
 「皆さん。いつもみずきちゃんと仲良くしてくださってありがとうございます。母の瑞枝でございます。ご挨拶にまいりました」
 (……あったまいてぇ……)
 そんなみずきの苦悩を他所に、ますます能天気な展開になる二組の陣営。
 瑞枝は正真正銘の女性だが(何しろ3人出産している)その若々しさと柔らかい笑みと声に、男子生徒は「大人の魅力」に当てられてしまってボーっとなっていた。
 「赤星秀樹です。むす…娘がいつもお世話になってます」
 こちらはその端整なマスクゆえに女生徒に騒がれた。隣では心中を察してか苦笑している七瀬である。
 「赤星さん」
 「お母さん」
 驚いたのは七瀬。母・虹子。そして北斗と海也。二人の弟も来た。父親は仕事で不在だったが。
 「皆さん。どうも。七瀬の母です。娘がいつもお世話になってます」
 こちらは赤星ファミリーと違ってみずき以外は初めて見る。
 (優しそうなお母様ですわ)
 (はっ。まさに良妻賢母と言う感じでござる)
 小声で会話していた姫子と十郎太。その十郎太がはっとなる。
 「この気配は…」
 それまで誰もいなかったはずの場所に浮かび上がるように一団が。
 「見に来ましたよ。姫子」
 「しっかりお守りしているであろうな。十郎太」
 「父上」「あら。お父様」
 セリフから察しがつくように、十郎太の家族とそれに守られた姫子の家族である。

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