第31話『Mari』現在編   『過去編』に戻る

 しんみりした空気が一転。緊迫したそれに変わる。
 風が吹いて、枯葉が舞う。それ以上に寒い空間。
「久しぶりですね。真理」
 寂しそうな笑顔で言う達也。
「何しに…きやがったっ…」
 いつもきつい真理だが、このときはことさら憎悪をむき出しにしていた。
「今日は、マチルダの命日でしたね。花を手向けにきました」
 烈風をそよ風のように受け止めた村上達也。なおさら怒る真理。
「帰れっ。墓参りで花を持ってくるくらいなら、何であの時に来なかった。母さんの最後の日に…なんで来なかった」
 真理は怒りの表情がよく似合う。
 笑顔よりも、涙よりも怒りの表情がよく似合う。
 理不尽さに対して怒り続けてきたからなのか。
 だがこの日の怒り顔は違っていた。
 涙が浮かんでいたのだ。
 「悔し涙」「無念の涙」と言う類の涙と言うのは想像に難くない。
「私は…マチルダの意思を尊重する。前にもそういったはずです」
 表情一つ変えず言う達也。それがさらに真理の怒りの炎を燃え上がらせる。
「ああ。確かに母さんはあんたが仕事に集中できるようにしていたさ。しかし何だ。たった一日。最期のときに駆けつけても来ないなんてことはないだろうっ!」
 逆上といってもいいレベルの怒り方になる。

 先に行っていた七人は戸惑う。
 まさかこんなところで親子喧嘩とは…黙って見守るしかないが。
「真理ちゃん…」
 祈るように手を合わせるみずき。
「それにしても村上。いつもは怒鳴ってもあんなふうには」
「うむ。激情に流されるとは真理殿らしからぬ話」
「それだけ母親はアイツにとってよりどころだったのだ」
 分析の得意な男ならではの会話。
「失礼よ。あれこれ詮索なんて」
 七瀬が嗜める。

 「親子喧嘩」のほうは一番の年少者が割って入る。
「もう。パパも姉さんもやめて。お義母さんのお墓の前でしょ」
 育ちのよさか。ふんわりとやんわりとその場を和ませる。姫子にも通じる上品さである。
「そうでしたね。絵梨香。目的は墓参りでした」
 思い出したように言うと静かに墓標へと歩み寄る。
 しばらく墓を見つめている。
 もし一人なら嗚咽を漏らしていたかもしれない…そんな哀愁が漂っていた。
 真理も絵梨香に免じてなのか。何も言わない。

 無言の語らい。やがて彼は花を置いて祈りを捧げる。
 まるで聖人であるかのように、その祈りは清らかであった。

 祈りも終わり、再び向き直る村上親子。
「元気そうですね」
「ああ。『アンタの娘』が悪いことしていると評判になるように『村上』の名前で暴れているよ」
 毛嫌いしながら村上姓を名乗るのはそういうことか…榊原達は納得した。
「ふっ。そうは言っても私ほど悪いことはしてないでしょう」
 どこか自嘲的に達也は笑う。
「もうやめてって」
 再び絵梨香が間に入る。文字通りの板ばさみで一番困っているのかもしれない。
 彼女にしてみれば新しく来た「お姉ちゃん」は歳が近いこともあり、意外なほどすんなり受け入れられた。
 真理にしてみても大人たちばかりの中で絵梨香の存在は助かった。
 だからこの二人は不仲と言うわけではない。疎遠にはなっていたが。

「真理姉さん。戻ってきてよ。私たちと一緒に暮らしましょう」
 絵梨香にしてみればともに『親子』で暮らしているうちに、修復されることを期待しての発言だ。
「断るよ。絵梨香。アタイの住むところはあそこだけだ」
 現在のマンション。そこは母と最後に暮らした場所。
「そうしてマチルダの思い出にすがり付いて生きて行くつもりですか?」
 まるで頭をぶん殴られたような達也の言葉。
「このや…」
 真理は思わず手を振り上げていた。
「やめてっ!! 姉さん」
 振り上げた手にしがみついて止めたのは華奢な少女。
 行き場を失った真理の怒りは涙となって現れる。
「アンタに…アンタに何がわかる。母さんとアタイ。二人で暮らしていたのに母さんを奪ったアンタに…
こんなところ(日本)まできてアンタを愛していた母さんなのに、仕事で忙しいとロクに会わない。
 挙句の果てにくだらない争いで疲れて母さんは死んじまった。
 返せよ。今すぐ母さんを帰せよ…」
 後半は涙で言葉にならない。

 榊原達も初めて見る真理のこんな逆上。戸惑っていた。
「それで…真理さんはお父様と不仲なんですね」
「やだなぁ…パパと喧嘩なんてしたくないなぁ…」
 想像してしまった綾那。骨肉の争い。それはひどく寒々しいものだった。
「うーん。私の家は家族仲がいいから、ちょっと真理ちゃんの今の気持ちはわからないけど…」
「でも…これって不幸だわ」
 自身もスパルタな父親を持つみずきだが、それでもこんな憎しみをぶつけたことはない。
(ついでに言うと今は完全に女の子でそんな闘争心はない)

「言い訳はしません。仕事でマチルダと顔をあわせなかったのも事実なら、闘争に巻き込んでしまったのも事実。
真理。私を恨みたいならいくらでも恨めばいい。だがそれであなたの人生はいいのですか?
 一生、恨み続けて生きるつもりですか?」
「そんなにアタイが心配かい? それより自分の身を…」
 ゆらり。危険な目だ。喧嘩する時の目だ。
 言葉は「自分の身を心配したらどうだ?」と続くのだろう。
 だがそれは実行できなかった。
「心配ですとも。真理。忘れないで下さい。あなたの体を流れる血の半分はマチルダから貰ったものですが、もう半分は私の血が流れていると」
 そう。どんなに憎んでも自分の「父親」。
 そして母の愛した男。真理には手を出すなんてできなかった。手を出せばマチルダの思いすら打ち砕きそうで。

 美しい曲線を描く頬を熱いものが伝う。真理は脱兎の如くその場から走り去る。
「おい待て。村上」
 一番に追いかけ始めたのは榊原。あとの面々も追いかけようとしたが
「真理のお友達ですか? お話があります」
 村上達也の言葉で六人はとどまった。

 真理はただ心のままに動いていた。そして気がついたらマンションにいた。母と暮らしたこの場所に…
「よう」
「……カズ!?」
 どこで追い抜いたのか、榊原が入り口で待ち構えていた。
「(ビッグ・ショットで)読んだのか?」
「いや。単純にここで待っていた。ここしかないしな」
「どこか街中で過ごしたかもしれないんだぞ…」
「母親の命日にそんなことをする奴じゃないさ。お前は」
「……」
 涙のあとが残っている。目が赤い。泣きながら帰ってきたのだろう。
 そして頬も赤くなる。見透かされていたと言う事実に。
(頭のいい奴だけど…それだけでここまでやれるかな)
「はぁっくしょい」
 盛大な榊原のくしゃみ。ビックリする真理。おかげで緊迫感まで吹っ飛んだ。
「うー。さすがに寒いや。ここは日が当たらないしなぁ。ああ。もう夕闇って奴か」
「…とりあえず上がるか? 酒がダメならインスタントコーヒーくらいはあるけど」
「それで充分」
 真理自身どうして榊原を上げる気になったのかわからなかった。
 話し相手が欲しかったのかもしれない。

 二人は部屋へと入る。

 既に暗くなってきた。
「うう。さみぃ」
 上条がオーバーに寒がるが11月の夕方となればさすがに寒い。
「どこかに入りましょうか」
 一同は近くの喫茶店に入った。

 真理の部屋。ベッドに並んで腰掛けていた。
 ふたりは最初は無言だった。インスタントコーヒーの香りだけが漂っていた。
 榊原もせかさなかった。
「アタイは…」
 やっと真理が口を開いた。
「母さんを取られてやきもち焼いていただけなのかな…」
 それがわかっていただけに図星の言葉に逆上した…。
「わかってやれよ。お前の母さんとあの人。お前の両親と言う前に、恋人同士だったんだぜ」
「理屈じゃわかるんだ! でも…母さんが優しい母さんがあいつの前で見せる『女』の部分。それがどうしても嫌だった」
「…潔癖だな」
「笑えよ。『マザコン』って。その方がかえって気が楽だ」
「だから言ったろ。潔癖だと。男を汚いものだと思ってないか?」
 榊原の言葉に黙りこくる真理。無言の肯定と言うことか。

 喫茶店。幸い大テーブルが空いていた。村上達也。絵梨香。みずき。七瀬。姫子。十郎太。綾那。上条と言う順に座っていた。順次注文をしていく。ウェイトレスが下がったところで話を切り出した。
「皆さんは、真理の高校の友達ですか?」
 想像に難くないのだが確認で尋ねる村上。
「はい。そうですわ」
 代表で姫子が答える。
「そうですか…いや。真理はいい友達を持ったようです」
「はい?」
 意味ははっきりわかる。だがそんなに自分たちがいい友人とは自信があるわけではなく、このリアクション。
「高校に通っていると言うのは聞いてましたが…いや。見違えましたよ。
中学のころは本当にやさぐれてて、いつか警察の世話になると覚悟していたものです。
 マチルダの娘と言うのがそれを阻止していたようですが。
 それが今日の真理はまるでそんな荒んだ所がない。あの日の…初めてあった時の天使のような真理がいたようにすら」
「うーん。確かに丸くなった気はするわねぇ」
 七瀬の言葉。
「でもあれが真理ちゃんだと思ってたー」
 綾那は真理が無限塾に通い始めてからの転校。
「先ほどの真理の言葉にもありましたが、あれはマチルダと二人だけで暮らしてましたからね。人との触れ合いがかなり苦手なようです」
 達也の言葉に何故か胸を押さえる上条。
「どうしたの? 上条君」
「……なんか胸にグサッと…」
 彼もまた二次元に遊び、現実世界での人付き合いの苦手な男。
 特に愛情をストレートにぶつけてくる綾那にはどう接していいのかわからない。
「あなた方はたぶん、真理のことをただの女の子として見ていたのでしょう。そう見ていたのはマチルダと私たち以外じゃあなた方だけ」
「でもそれならおじさんにとも仲良くならないと変だよね」
 珍しい綾那の突っ込み。
「私は…嫌われてますから。彼女の大切な母親を取り上げた男として」
 寂しそうに笑う達也。実の娘に嫌われていてはこんな笑顔も出るかもしれない。

「ごちそうさん。あったまったぜ」
 ややオーバーな仕草で感謝の意を示し、空のマグカップをテーブルに置く。
「インスタントだよ」
「だが暖かい。この場面じゃ何よりだよ」
「そいつはよかったな」
 榊原相手だとなんとなく心が裸になる。何でだか彼女にもわからなかった。
 
 だが榊原本人は正反対の事を言い出した。
「村上。お前、知らないうちに壁作っているよな。人と距離を保つ」
 物理的には肩に手を回せそうな距離の榊原と真理。
「そんなもん、誰だってあると思うぞ」
 確かにあるだろう。人はやたらに接触をしたがらないものだ。それが親しくなると逆にくっつきたがる。
「だが、お前のは極端だ」
 反論できない。ましてや彼女は幼いころから悪意に晒されて生きてきた。だから自然に壁を作っているのだろう。それも高くて厚い壁を。
「それを取っ払わないとずっと一人だぞ」
 まるで人生の先輩のような口ぶりの榊原だが、実際は同じ歳。もっとも顔のせいでそうは思えない。
「いいよ。アタイは一人で生きて行く。決めたんだ。誰ともつるまない」
 怒っても悲しんでもいない。事実を淡々と告げる真理の口調。
「さびしいことを言うなよぉ」
 急に砕けた調子になる榊原。真理はビクッと硬直する。だが肩に手を回したりはしなかった。
(うう…確かに意識しすぎかも…でも…でも…正直…)
 考えがまとまるのを待っているかのように榊原は何もしない。だが静かに言葉をつむぐ。
「なぁ」
 注意をひきつける。
「もっと広い世界に出てみないか?」
「…どういうこと…」
 自然と真理の口調が女性的に。かなり「男」を意識している。
(なんでこいつを部屋に上げちゃったんだ? 話す相手が欲しかった? それとも…男が欲しかった?)
 自問自答する。榊原はそれにはかまわず次の言葉を出す。
「いつまでも過去にとらわれてないで、もっといろんな人と逢えばきっと人生楽しいぞ」
 どうにも胡散臭い笑顔である。
「どうすりゃいいんだよ?」
 ぶっきらぼうにしか言えない。榊原はにこりと笑って言う。
「俺と寝てみる」
 まさかそこまでストレートに言われるとは思わず、真理は怒りも呆れもせずポカーンとしていた。
(こいつ…単に…その…女と…)
「寝たいのじゃないか?」と言う言葉すらなじみが薄くて上手く出てこない。

 喫茶店。村上達也の独白は続く。
「マチルダは…私の足手まといになりたくないといつも言っていました。
私の仕事が一つ上手く行くたびに我が事のように喜んでくれました。
 私もそんなマチルダに甘えていたんでしょうね。いつしか仕事を優先させるようになり、マチルダと真理。そして絵梨香には随分と寂しい思いをさせたものです」
「それじゃあ…」
 思わず「女の立場」として詰りたい衝動が湧き上がる七瀬。辛うじてそれを抑える。
「真理さんのお母様。立派な方だったんですね」
 耐えること。忍ぶことを美徳とする日本人。そして古い体制のままの家に生まれ育った姫子にはマチルダが女の鑑に思えた。
 皮肉でも揶揄でもなく、本心から尊敬の言葉を発したのだ。
「ええ。立派な女性でした。私も彼女に応えたくて仕事に打ち込みました」
 その感覚は十郎太には理解できた。
「そうですかね」
 珍しく上条が突っかかるように言う。
「僕の父は警察官です。いわゆる刑事です。昼も夜もなく捜査でくたくたになって。
検死医の母は理解しているようですけど、妹は父が犯人と格闘して怪我。下手したら殉職もあるんじゃないかと心配してます。
 あまり仕事ばかりにのめりこむのもどうかと」
「よすでござる。上条」
 さすがに十郎太が嗜める。
「いいんですよ。確かに彼の言うとおり。私は仕事中毒になっていたようです。いや。居場所をそこに定めてしまったのかもしれません。帰るべき場所があるのに」
 静まる一同。
 「彼女が亡くなった日。その日は大きなプロジェクトの詰めでした。そしてその場には私が不可欠でした。
 本音を言えばすぐにでも飛んで帰りたかった。だが、思いとどまりました。
 仕事を投げ出すのはマチルダの本意ではない…と。
 何とか片付けて病院に駆けつけたとき、既にマチルダは息を引き取ってました。
あのときの…真理の怒りと涙は忘れることが出来ません」
「当たり前ですよっ。そんなのひどいよっ。マチルダさんが可哀相だよ。真理ちゃんも」
 いきなり甲高い声で怒鳴る綾那。あとは泣き出してしまい言葉にならない。静かに村上は言葉を続ける。
「君たちはまだ若い。後でわかります。そういう形の愛もある…と」

 真理のマンション。
「あのさぁ…アンタと寝るのが、どうしてアタイの人生楽しく変えるわけ?」
 これもストレートな疑問をぶつける。
「そりゃそうさ。お前は男をしらなすぎる。俺と寝てみろ。男がそんなにくだらない存在でもないとわかるから」
「嫌だ。あんたはただアタイと…その…あの…」
 どうにもその手の言葉になると口ごもる真理である。
「ああ。寝たいさ」
 こっちはまるで照れもなく言い放つ榊原。
「どうしてそんなにアタイに拘る?」
「お前がいい女だからだ」
 ウソでもいいから「好きだ」と言って欲しかった。それなら体を任せて見てもいいかなとすら真理は思っていた。
「手始めにキスしてみるか?」
 まるで新発売のお菓子を買ってみるかのように軽く言う。
「手始めって…お前……そんな軽いノリで…アタイにしてみりゃファーストキスだぞ
 赤くなってそっぽを向く。
「怖いんだろ」
 言われて振り返る真理。まさに図星。当然といえば当然の真理の反応だが。
(本当に変われるのかなぁ。確かに大きな出来事だし、人生変えそうだけど、いいほうに変わるとは限らないぞ。
ああ怖いよ。こいつの言うとおりに。でも)
 自分を変えたい。そんな思いが勝った。
「よ…よし。やってやるよ。まずはキスな。なーに。ニューヨークじゃ挨拶代わりだし」
 さすがにそこまでは行くはずもないが、日本人よりは抵抗が少ないのはある。
「いい子だ」
 圧し掛かるように榊原が迫り、真理の顎をくいっと持ち上げる。
 びくっ。覚悟したつもりだったがいざとなるとやっぱり怖い。だから虚勢で
「言っておくが変なことを考えていたらアタイには丸わかりだからな」
などと口走る。
「そいつはいい。百の言葉を並べるより俺をわかってもらえそうだ」
 案外嘯いているだけではないような榊原の言葉。

 顔が近寄る。真理は自分の鼓動が聞こえるような気がした。
「さあ。俺のことをよく理解してくれ」

 どちらからともなく目を瞑り、そして二人は唇を重ねた。

第31話「Mari」未来編へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ