第31話「Mari」未来編   「現在編」に戻る

 言葉ではいくらでもウソをつける。
 中には目を見てもわからない人物もいる。
 では拳ではどうか? 直接肌に叩き込まれるそれでは難しいといえるであろう。
 手加減も本気も怒りも悲しみもストレートに伝わる。

 さて。キスと言うのはどうだろうか?
 基本的には男と女。愛を言葉以上に語るもの。
 ましてや真理は心を読む能力を有していた。
 その彼女の脳裏に広がるイメージ。それは春の日差しであった。
(これが・・・今カズがアタイに抱いている感情…なんて暖かいんだ…)
 うららかな日差しでの日向ぼっこ。そんな心地よさに陶酔すらしてしまう。
 気がつけばめろめろだった。唇が離れたのにも、しばらく気がつかないほどであった。
「どうだい? キスの味は。レモンの味がしたか?」
「……ヤニくさい…」
 高校生でありながら榊原はヘビースモーカーだった。口臭には気をつけても、さすがにキスの際に与える感触までは手が回らなかったようだ。
「おっと。こいつはしまった」
 おどけて見せる。
「でも…嫌じゃなかった。カズ。あれがアンタの…」
「ちょっと待った」
 頬を赤らめて言う真理の言葉に不意に榊原が制止をかける。
「?」
 きょとんとする真理。一拍おいて喋りだす榊原。
「なぁ。お前は俺のこと『カズ』って名前で呼ぶよな」
「う…だって言いにくいんだ。アタイにゃあんたの名前。『サカキバラ』も『カズヒコ』も」
「それはそれでいいさ。むしろ親しみがあっていい。俺が言いたいのは別なこと」
「じゃ、なんだよ」
 勿体つけた言い回しに少々じれる真理。
「俺だけお前を苗字で呼ぶのはないだろってこと」
「じゃどうしたいんだよ?」
「そりゃお前、こっちも同じに。俺もお前の事を名前で呼んでいいよな?
「う……」
 実のところ真理を名前を呼び捨てにした人物は両親以外にはあまりいない。つまりなじんでない。
 クラスメートも男子は「村上」。
 『真理ちゃん』ないし『真理さん』は七瀬や綾那。姫子だけである。それと今のみずきと、今は亡きゆかり。
 それなのにこの男は「特別な関係」になろうとでも…
(特別な関係!?)
 瞬間的に赤くなる。そうかも知れない。
 15歳の少女にはキスの相手は特別な相手でなくてはいけない。
 そう思うと榊原の提案も案外的外れでもない。
「わ…わかったよ。いいよ。『真理』で」
 不承不承に見えてそんなに嫌でもなさそうな表情。
「よし」
 頷く榊原。
「それじゃ…真理
 囁くようなその呼びかけに、真理はますます赤くなる。考えてみれば村上達也以外に自分を名前で呼ぶ男はいない。
(な…なんだか恥ずかしい…)
 だが決して嫌な気持ちではなかった。
「もう一回…呼んでみないか?」
「何度でもいうさ。愛してるよ。真理
「あ…」

 榊原の予想は「調子のいいことを言うな!」と突っぱねられること。
 ところが真理は涙したのだ。俯いてしまう。
「お…おい。どうしたんだよ」
 むしろ榊原の方が戸惑った。

「嬉しいの…なんだかとっても嬉しいの…」

 口調まで女の子らしくなっている。戸惑う榊原。あまりに予想外だったのだ。
(何で喋り方まで…もっとも赤星がいきなり女の人格になったくらいだから、生粋の女のこいつが女言葉を使うのは当たり前といえばそうなんだが)
 逡巡していると真理が顔を上げた。
 今まで見たこともない晴れやかな、そして幸せそうな笑顔。嬉し涙を浮かべて笑っている。
(女にとって「愛している」の言葉はこんなにも大きいのか?)
 「不覚にも」榊原はドキッとする。そして「柄にもなく」頬が赤くなっていく。真理はいっぱいいっぱいで気がつかないようだ。

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの浅峰るかさんに感謝!

「わかったよ。カズ。アンタになら…こんなに暖かいアンタになら…」
 もじもじとする。喧嘩は無敵でもこういうものはさすがにダメだ。
「お…おう。だがまずはエチケットだ。シャワーを浴びないとな。どうだ? 二人で一緒に」
「う…ウチのシャワーは狭いんだ。アタイからでいいか?」
 榊原が頷くと真理は逃げるようにシャワールームへ。さすがにそれは恥ずかしかったらしい。

 喫茶店で。
「ところで、皆さんにお伺いしたいのですが」
 達也の言葉に注目する一同。注意が集まったのを確かめてから語りだす。
「あのメガネの男性。彼は…」
 なにしろ真理を追いかけていった男なのだ。父親としては気にならないはずもない。
「ああ。あいつ」
「アイツ?」
 まるで友達を呼ぶように言う上条の言い草に戸惑う。見た感じ中年にみえたのだが
「あの…彼はクラスメートなんです。ちょっと…と、言うかだいぶ・・・と言うか、かなり大人びてますけど」
 七瀬らしい気遣った表現。
「クラスメート? ああ。そうなのですか」
 釈然としない達也だが、ウソにしては見えみえすぎる。信じてみることにした。
「それで…あの彼は真理とどういう…」
 ここまでは達也に対していい印象を持ってなかった上条たち。だがこの質問で彼が真理を気にかけているとわかり、少し好感を持つ。
 そのため質問にもきちんと応える気になった。
「うーん。友達よりは深そうだけど、恋人と言うには」
「真理ちゃん。用心深いものね」
「用心深い…むしろ人が信じられないんでしょう。それだけに驚きました。真理と青年がいっしょと言うのは。あの娘が心を開く相手がいたのですか」

 ここに榊原本人がいたら「股までは開いてない」といいそうだが、その手のネタに通じているメンツは一人もいなかった。

「死んじゃったけど…親友と呼んでもいい女の子もいました」
 このころにはさすがにゆかりの死を認識していた一同である。
 死体は未だ見つからなくても、不気味な殺人鬼の暗躍と思われるニュースを聞くたびに、その思いを新たにしていた。
「そうですか…あの娘も変わろうとしているのですね」
 達也の言葉で現実に戻される一同。

 その真理だが…シャワールームで青ざめていた。
(どうしよう…なんとなくムードに流されて…そりゃカズのことは…その…嫌いじゃないけど…
でもでもっ。それと体を差し出すのとは別だし…うー。困った。アタイもOKしちゃったし…今更「嫌だ」なんて言ったら怒るよなぁ…やっぱ…どうしよう…)
 シャワーを浴びて文字通り「頭を冷やした」ら冷静になって、そしてとんでもないことを口走ったと後悔していた。
(このままいつまでもシャワー浴びているわけにも行かないし…)
 真理は意を決してシャワールームを出た。いつものようにバスローブのみを身に纏い部屋へ。
「よう。その気は充分だな」
「えっ?」
 言われて真理は自分が一枚はがせば素っ裸と言うことを思い出した。
(しまったぁぁぁぁぁぁ。いつものくせでぇぇぇぇ)
 たとえマリオネットマスターでなくても動揺がわかる真理の表情。羞恥で赤くなったり、緊張で青くなったり。
「だが待っててくれよ。お前のやる気に失礼のないように、俺もシャワーを浴びさせてもらうぜ」
「ど…どうぞ…」
 思わず言葉遣いまで変わる真理だった。
「それじゃ失礼して」
 鼻歌交じりでシャワールームへと行く榊原。引きつった笑顔で見送る真理。しかし姿が見えなくなった途端に慌てだす。
(どうしよどうしよ。このままじゃアイツと…でも…あのキスは暖かかったし…あんな感じなのかな…でもでも。アタイまだ15だし…もし子供が出来ても結婚できないぞ)
 躊躇こそあるものの、基本的に嫌ではないと本人も気がついてない。
 いつもぴんと張り詰めた表情の真理だが、このときは15歳らしい動揺が見え隠れしていた。

 喫茶店。突然立ち上がり深々と頭を下げる達也。
「パパ?」
 驚いたのは娘の絵梨香だけではない。頭を下げられた一同もだ。
 確かに詰ったりしたが、地位のある大人が一介の高校生たちに頭を下げるとは。
 だが次の言葉は非常にわかりやすかった。
「どうか…どうか皆さん。あの娘をよろしくお願いします」
 そうなのだ。「娘」の幸せのために頭を下げたのだ。
(もしかすると…めちゃくちゃ甘い父親なんじゃ?)
 「妻子を捨てた冷酷非常な男」の印象が一転した瞬間だった。

 ベッドの上。未だ迷っている真理。逃げ出さない辺りがどこかで受け入れている証拠か。
(そうだ。もう一度キスして口移しで酒を飲ませりゃアイツもダウンするに違いない。酔った勢いで乱暴にされたら…さっきみたいに優しいならいいかもだけど…)
 本当にベッドインが嫌なのか疑問に思える。
 逡巡しているうちにシャワーの音が止まった。つまりもうすぐ出てくる。
 ますます考えがまとまらなくなる真理。
 まとまらないのは中断にもって行く手段ではなく、自分が一線を越えたいのか超えたくないのか。自分自身でもわかってなかったからだ。
「お待たせ」
 腰にバスタオル一枚の榊原が。裸体よりもついその「隠された部分」に目が行く。
 これから自分の中に入り込んでくる部分に。
「や…やぁ。早かったなぁ。どうだ? ビールでも」
 どうやら未だ決心がついてない。それにじれたか榊原が立ち上がろうとする真理の腕をつかみ押し倒す。
「きゃっ」
 意外なほど可愛い悲鳴の真理。自慢の怪力も封印された状態だ。
「オレは下戸だ。酒はいらない。それに…お前のバージンを酔った状態で頂くのは失礼だろう」
 ささやくように、甘い口調で低い声。真理はまた目が回ってきた。
(えーい。もうどうにでもなれ)
 意を決して目をつぶる。
「いい子だ。もう一度キスして欲しいんだな」
 榊原の唇が再び近寄って行く。真理はもう目を開けていられなかった。

 喫茶店を出た一同。
 既に村上親子の姿はなく六人の男女が残されていた。
「なんだか…そんなひどい人じゃないみたい」
 率直な綾那の感想。
「うむ。お勤めのために妻子を顧みないのは褒められぬが」
「でも…マチルダさんの愛の形は、村上さんを助けることでしたのですね」
 やや古い価値観で育った二人の感想。
「うーん。なんだかわからなくなってきた」
 事実は小説より奇なり。創造・想像ではない現実の愛の前に混乱する上条。
「でも…確かに真理ちゃんは愛の結晶だったわけね。それがわかっただけでも良かったわ」
「ステキねぇ。あたしもいつか、男の人とそんな恋愛をするのかしら
「え゛?」
 みずきの発言は一同を硬直させるには充分だった。

(え?)
 目を瞑った真理の脳裏に浮かび上がるイメージ。
 それは先刻の暖かい陽だまりのそれではない。
 あられもない格好の真理を弄ぶ榊原。それだ。
 真理の表情が眼に見えて変わって行く。そう。いつもの怒りの表情だ。
「おい」
 いきなり榊原の顔面を鷲づかみ。そのままベッドに叩きつける。
「こ…コラ。何をする。キスしてやろうというのに」
 これまた『いつものように』抗議する榊原。なんだか学校での乗りに戻ってきた。
「やかましいっ。この変態野郎っ。何考えてやがるっ」
「何って…ナニのことだが?」
 榊原のとぼけ方もいつもどおりになっていた。つまりこちらも平常心を取り戻している。
 それには気がつかない真理が怒鳴りつける。
「ふざけんな。犬みたいなかっこうさせたり、大また開かせたり、あんたがこんな変態行為をアタイにしようとしていたなんて見損なったっ」
「ま…待て。お前は知らないだろうけど、それは普通にあるプレイで…」
 慌てて言いつくろうが焼け石に水。
「うるさい。さっさと服を着て出てけ。このバカ」
 文字通りたたき出す。

 その後で安堵したような脱力したような表情。追い出したドアに背中を預けもたれかかっている。
(バカはアタイだ…そして意気地なしだ…アイツになら何されてもいいつもりだったのに…変われるチャンスだったのに…)
 そのまましゃがみこむ。
(結局、アタイはガキなんだな。まだまだ早いってことか…)
 苦笑い…と言うか泣き笑い。
(あーでも。明日っからカズに合わす顔がないよ…怒ってるだろうなぁ…)

 その榊原だが…安堵の表情だった。繁華街を行きながら考える。
(ふう。とにかくスケベなイメージを持って挑んだから、潔癖なアイツは案の定、怒ってたたき出したな。俺にしてみりゃあそこまで行ってお預け。あいつにしてみりゃ「変態プレイ」で傷み分け。恨みっこなしだ)
 そう。榊原はわざとああいうイメージを浮かべて真理にそれを読み取らせた。そして怒らせて自分をたたき出すように仕向けた。
 では何故、彼がそんな行動を取ったのか?
(しかし危なかった。あいつめ。あんな可愛い表情を持っていたなんて。あのままやっていたら俺の方が恋の奴隷になっていただろうぜ。危ない危ない)
 真理の見せた女らしい表情。それで遊びになれなくなった。だから真理を怒らせるように仕向けた。
 自分から中断したら「女のプライド」を傷つけると判断したからだ。
(考えてみれば…俺は経験したのは商売女か遊び人だし。じゃ何か。これが俺の「初恋」ってことになるのか?)
 なんだかおかしくなってきた。
(あははははは。それも良いな。どうせならゆっくりじっくり。恋愛を楽しもうか。あいつのほうからベッドに誘う気になるくらいにな)

 そうして榊原はネオンの中に消えた。

 そして夜。
 榊原は夢を見た。いつもの予知夢。だがちょっと違う。
 どうやら自分はタキシードを着ているらしい。そして隣にはウェディングドレス姿の真理。
 今でも充分に大人びた二人だが、夢の中の二人はもっと年上に見えた。
 幸せそうに笑う真理。教会を出ると綾那。上条。七瀬。みずき。十郎太。姫子が祝福のためにそこにいた。
 みんな大人になっている。
「そーれっ」
 幸せそうな笑顔で、真理がブーケを女性たちの中に投げ込んだところで夢は終わった。

「はぁっ???」
 珍しくうろたえて跳ね起きる榊原。
「な…何だ今のは? 予知夢にしても随分先じゃないのか? これは俺の能力か? 近未来しか読めないはずなのに…そしてあの内容…俺と村………真理が…」
 彼はタバコを取り出して火をつけた。
(もしかして…これは運命? しまった。それならあのままやっときゃよかった)
 激しい後悔で頭を掻き毟る。

 翌日。月曜日。いつもの登校風景。

 登校する榊原。詰襟をきちんと閉じ、まじめな印象だ。いかにも優等生である。
「おはよう。榊原くんっ」
 彼に可愛らしく朝の挨拶をするのは、すっかり少女のみずきだ。
「おはよう。赤星」
 これは以前からの呼び方。傍らの七瀬。そして他の女子も挨拶をする。
「おはよう。榊原君」
「おはよう。及川」
「おっはよー。榊原くーん」
「おはよう。若葉」
「おはようございます。榊原さん」
「おはよう。北条」
 そして…いつになく早く来た真理だ。榊原を見つけると頬が赤くなる。だが弱みは見せない。
「よ…よう…」
 あえていつものように言う。
「…おはよう…カズ」
 それに対する返答が真理と周囲を驚かせた。

「おはよう。真理

「「「「「真理?!」」」」
 眠気を吹っ飛ばす一言だった。なんと名前で呼んだとは?
「あ…あ…あ…」
 真理の方は言葉にならない。男になじんでなく純情な彼女はその白い頬をばら色に染める。
 それがますます好奇心を刺激した。代表して七瀬が尋ねる。
「い…いつのまにそんなに親密になったの?」
「ふっふっふ。実は昨日、真理のマンションでね」
 一同はいつものギャグと解釈した。ところが真理はますます赤くなる。そして

「いやぁーん」

 とうとう顔を両手で覆い隠して校舎に逃げ込んでしまった。そこにはあらぶる喧嘩無敵女はいなかった。
 幼い少女のような女だった。唖然とする一同。
「な…なに。真理ちゃんのあの変わりよう」
「本当に何かあったのっ?」
 榊原はニコニコ笑うだけ。だが心では
(まずは一歩前進。名前で呼び合う。そこから始まるのさ。俺たちの恋は)
 遊びじゃないと気がついてしまった自分の思い。ならばもう迷う必要もない。
(さーて真理。二人で幸せになろうぜ)

 先の長い人生。今まで真理が不幸だった分を埋めるべく、ゆっくりと愛を育てていこう。
 あの夢はそれを決意させるのに充分だった。

次回予告

 一ヶ月が経ち、心身ともにますます女らしくなってしまったみずき。気が気でない七瀬だが『告白の返事』を求める坂本の言葉がさらに彼女を悩ませる。
 そして、それを知ったみずきの行動は?
 次回PanicPanic第32話。
 「みずきの告白」
 クールでなくちゃやって行けない。ホットでなくちゃやってられない。

第32話「みずきの告白」へ

第31話「Mari」製作秘話へ

制作秘話へ

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