第32話「みずきの告白」

 あの事件から一ヶ月。
 みずきは秀樹に風呂場に叩き込まれていらい、男には戻っていない。
 入浴も変身の解除されないぎりぎりの温度。39℃のぬるま湯で長風呂だった。

 それがダイエット効果をもたらしたのか、あるいは女性の体で定着したせいか。若干だが胸が小さくなった。
 胸だけではない。全体的に華奢になってより女性的になった。
 むしろサイズが落ちたはずの胸のボリュームが目立つように。
 それまでは余った肉が胸と尻に振り分けられていたが、それが落ちてきて逆に『普通の女の子』の体形に見えてきた。
 丸かった顔は頬が落ちて、すっきりと顎のとがった顔になり。ますます美少女になって行った。

 体形だけではない。肌の色もどんどんと輝く白に。目は潤み、匂いすら甘く。
 一番目に見えてわかる変化は髪の長さ。
 僅か一ヶ月でショートだったみずきの髪が腰にまで伸びたのだ。
 細くしなやか。艶やかな髪が姫子よりも長い。
 もちろん一瞬にして性転換する肉体。髪の毛の異常な伸び方くらいはいくらでもありえる。女でい続ければ髪も伸びて行くだろう。
 最初は喜んでいた瑞枝も、さすがにこの時点では先端を切り揃えて長さを調整していた。

 肉体の変化が精神をますます女性化させるのか。
 あるいは少女として過ごした学校生活で、心に芽生えた「女」の部分が一気に出たのか。
 非力になったせいか仕草が色々と細やかになった。
 歩き方も歩幅が小さくなった。足の長さが男と違うのは当然だが、スカートの歩き方によりいっそうなじんでいる。
 椅子から立ち上がるときにスカートを抑える癖がついた。風が吹けば反射的にスカートを押さえる癖もついた。

 小柄なみずきゆえに男子生徒相手のときはやや上目遣いになる。狙ってなくてもやや媚びた感じに。
 そして言葉遣いも日を追うごとに乱暴さが消えてきた。
 以前はほとんどの相手は呼び捨てだったが、今では男子には君付け。女子相手では下の名前を呼び合い生来の女の子の様になって行った。

 今のみずきは、どこから見てもただの女の子である。

 誰も彼女を「本当は男」などとは思わない。
 ただ、この過剰な「女らしさ」を不自然に思うものはいたが。
 まるで演技のようなこの「女らしさ」を。

 そしてこれは男には評判がよくても「同性」である女には「あざとい」「男の目を意識している」と評判が悪かった。
 みずきが積極的に学園の貴公子。坂本にアプローチをかけるのも面白くない。
 以前にも噂が出て、それは立ち消えになったもののここに来て再燃した形だ。
 一部の女子に陰口を叩かれるこの現象。これもみずきがよりいっそう女社会に馴染んでいる証拠か。

 一番面白くないのは誰あろう。橘千鶴だ。
 彼女にしてみれば以前に坂本がアプローチをかけたと噂があるみずきが女らしくなるのは「その準備」のために思えて仕方ない。
「なんなんですの? あの娘。じゃじゃ馬が今更しおらしくしても付け焼刃と言うものですわ」
「じゃじゃ馬って…お嬢。いつの生まれだよ? その例え」
 例によって言わなくていい突っ込みをする入来に、氷よりも冷たい視線で応える千鶴。
 怯えて教室の片隅に逃げる入来。それは無視して恐ろしい形相で
「あの小娘。また坂本君にちょっかい出すつもりならただじゃおきませんわ」
千鶴は言い放つ。

 実はその坂本が七瀬にちょっかいを出していることを千鶴は知らない。
 本来『目くじらを立てる相手』は七瀬なのだが、何しろみずきは目立つ。
 それだけに噂にもなりやすい。
 加えて以前にもその噂は立っていたのだし。
 それだけに千鶴もみずきが女らしくなったことは無視できなかったのである。
 彼女にしては驚異的な忍耐力で一ヶ月を過ごしたが、みずきがこれだけ魅力的になるとスルーできない。
 皮肉にも千鶴が一番みずきの『女の魅力』を評価していたことになる。

 むろん、七瀬のほうはノーマークであり、これは坂本にとっては好都合だった。

 坂本はなんども七瀬へのアプローチを試みようとした。
 だが、前にもましてみずきが『女の子として』べたべたとくっついている。
 精神が男だったときはそこまでの接近はしなかった。
 しかし今では『同性』のせいかまったく躊躇なくスキンシップを取る。
 最初は戸惑っていた七瀬も、みずきが女の子らしくなるにつれて抵抗が薄くなり、この時点ではトイレにすら同行するほどの仲だった。
 男と女としてはまとまらなかったものの、完全な女に近づいたことで別方向から距離の詰まった二人である。

 もちろんそれは『仲の良い女友達』の粋を出るはずもないのだが。

 ある日の放課後のことである。
 家庭科室で部活動を行う七瀬たち。そしてその輪にみずきもいた。
 とうとう女の園である家庭科部にまで自ら飛び込んでいくほどに女性化が進んできた。
 七瀬としても反対する道理はない。
 別に家庭科部は男子禁制ではない。入部希望者が女子に偏っているだけで、男子にも門戸は開かれている。
 だがたいていの男子は入部は考えない。そもそも料理を初めとする家事一切が出来ない男が多い。
 実家が飲食店で料理のできる男子はことごとく「学校でまでやってられるか」と。
 みずきも実家が喫茶店である。そして家庭科部にこの姿で入ることは、ますます女社会へと馴染むようで遠慮したかった。
 それが今ではエプロンをして、髪をまとめて笑顔で包丁を握っている。
「変われば変わるものね」と言うのが他の女子部員の見解だった。
「恋人でも出来たのかしら?」と言う憶測も。
 七瀬としてはみずきがますます女らしくなるのが気がかりだが、あれだけ手を打ったのにダメだったのだ。
 本人が自分を男と思い出すまで待つしかない。だがジレンマ。
 そして反面。こうして仲の良い女友達としているのが心地よかったのも否定できない。
 結局は一ヶ月に渡って流されている形に。

 困っているのは坂本だ。
 何とか一人になったところを誘いたいのに、みずきがボディガードのように四六時中張り付いていてはそれも出来ない。
 さらにはとうとう部活までいっしょになってしまった。
 電話で呼び出そうにも七瀬の家の番号を知らない。
 聞き出すのも本人は論外。周辺もみずきの耳に入るのは想像に難くない。
 みずきだけでも厄介なのに千鶴もいる。
 千鶴の気持ちに気がついてないわけでもない。だが、彼が好きなのは七瀬である。
 千鶴はある意味では対極だった。嫌いと言う意味ではなく、七瀬の家庭的な優しさが好きな彼には「お嬢様」の千鶴はその気にならなかった。
 しかし坂本にとって気になる異性は大半は七瀬なのだが、意外にも千鶴も一部を占めている。
 もっともそれは仲の良い友達の域をでないのだが。

 ある日の放課後。二人が家庭科室に歩いていたら副担任の氷室響子にみずきが呼び出された。
 どうやら小テストでまた名前を書き忘れたらしい。
「ごめーん。七瀬」
「もう。先に行ってるわよ」
 七瀬が一人になった。
(よし)
 物陰でチャンスをうかがっていた坂本。ここまで来るとストーカーに近い。
「及川君」
 坂本の呼びかけに驚く七瀬。
「坂本先輩!?」
 偶然を装う坂本。そして気まずい七瀬。告白の返事が未だに出来ていない。

 そもそも自分の気持ちが良くわからない。
 坂本はいい人である。そして自分に好意を寄せているのがわかる。
 けれどどこかで彼を受け入れがたいところがある。
 坂本に難があるのではなく、彼よりも好きな人物が…
(やっぱり…瑞樹が…)
 「やっと二人になれたね」
 物思いは坂本の言葉で中断した。
「…はい」
 悪人ではないといえどあまり二人っきりにはなりたくない。そんな思いの出る七瀬の返事である。
「どうだろう。この前の返事は考えてもらえたかな?」
  一ヶ月以上だからよく辛抱したほうである。比較的おっとりとした性格であるが、それでも驚異的だ。
 だからこそ人格者と生徒。そして教師からも一目置かれる。
 その「優しい性格」故に女子には特に慕われていた。
 それはアイドルとしての憧れだが。

「ごめんなさい。今はまだ…」
 七瀬は彼にあこがれていないほうの女子である。
 別にそれが坂本には良かったわけではないが。
「及川君!」
 大声を出したりはしなかったが、さすがに強い口調になる学園の貴公子。
「僕はいったい、いつまで待てばいいんだ?」
 自分で驚くほどきつい言い回しである。それだけ本気…とも言える。
「先輩…」
 ちょっと怯えたような七瀬の表情。それで自分の苛立ちが表に出ていたと悟り反省する。
「…すまない。ちょっときつかった。だが…」
「ごめんなさい。今はそんな気になれません…」
 この場合は文字通りの意味である。みずきの状態があのままでは…
「そうか。ならもうしばらく待つよ」
 そして断りの返事とも取れる七瀬の言葉だが、坂本は待つことを宣してその場を去る。

「お待たせ。七瀬。あら? どうしたの?」
 みずきが頭をかきながら戻ってきた。指先で長い髪の一部を弄んだりもしている。
「ううん。なんでもないわ。さぁ。行きましょう」
「ええ。今日はクッキー作りよね。一緒に作ろうね」
 仲良く料理をする間柄になっていた。
 男の子と女の子だとこうはいかないが、女の子同士となると素直に出来る。

 翌日。昼休みのことである。
 校庭でバレーボール。寒くても体を動かしたかった。
 一息をついたときに、姫子が切り出す。
「あの…皆さん。今度お父様の会社の人たちの労をねぎらう大忘年会があるのですが、よろしければおいでになりませんか?」
「忘年会?」
 怪訝な表情をする一同。
「そりゃまた…サラリーマンみたいなことをするなぁ…会社関係だってんならそうなるかもだけど」
 真理が突っ込む横で、目を輝かせた綾那が
「ねぇねぇ。どんなことをするの? お菓子もあるの?」と
「もちろんですわ。大きなケーキにろうそくを立てて。もみのきに飾り付けをして、プレゼントを持ち寄って交換したり」
「………」
「それって…忘年会じゃなくて『クリスマスパーティー』と言わないか?」
 榊原の突っ込みに誰も異を唱えない。
「だって…ウチはクリスチャンじゃありませんし…でもパーティーはとっても楽しそうだし」
 頬を赤らめる姫子。
「もしかして…姫ちゃんがねだったとか」
「わ…わたくしだけじゃないんですのよ。愛子さんも…」
 これまた珍しくうろたえる。頬を染める仕草が愛らしい。

 そのころ…愛子の通う中学では愛子が一人の男子。クラスメイトに誘いをかけていた。
「鈴木君。クリスマスにウチでパーティーを開くの。良かったら来ない?」
「えっ。北条の家で…」
 愛子に言われた男子生徒は逡巡する。
 プレゼント交換会なんてやるとしたら…下手な品物は持ってけないぞ…と。
「プレゼント交換会をするけど、上限は三千円よ。中学生だし」
 まるで見透かしたような愛子の言葉。
「(三千円ならなんとかなるかも)わかったよ。北条。でるよ」
「ありがとう。あなたで21人目。待ってるわ」
 言うなり愛子は次のターゲットに。じかに誘わないと気がすまない愛子は、ご丁寧に一人一人に声をかけていた。
 実は姫子よりはるかに乗り気の愛子であった。

 無限塾。
「はーい。ボク行くー」
 何も考えずに綾那が言う。もっとも考える必要などないが。
「僕もお邪魔させてもらうよ」
 このタイミングで言うと綾那に付き合うように見える上条の返答。
「アタイはあんまりチャラチャラしたのは好きじゃないけど…ま、姫のところになら遊びに行かせて貰うかな」
「ありがとうございます。榊原さんはいかがなさいます?」
「妻が出るなら夫が出ないわけには行かないだろう」
 真顔で言うその顔面を鷲づかみにする真理。
「誰がアンタの妻だってぇぇぇぇぇ?」
「今は違うが将来は」
「え?」
 地面に叩きつけようとした動きがぴたっと止まる。
 何しろ榊原の能力が予知能力。近未来しか予知できないはずだが、姫子が人間のテレポートを可能とさせたり、上条がマリオネットを覚醒させたらしいし、そして自分も『電気の流れに干渉できる』と能力を進化させている。
 ならば榊原のマリオネットが遠い将来を予知しないようにならないとも限らない。
 すると…この発言は予知ゆえに?
 真っ赤になる真理。耳たぶまで赤い。思わず手を離してしまう。

 もちろん榊原はからかう目的でこの発言をしたのであるが。

「あら。素敵ねぇ。あたしもいい? 姫ちゃん」
 参加は歓迎だが言葉遣いにえらく問題のあるみずきの発言。すっかり『女の子』である。
「はい。もちろんですわ」
「もちろん七瀬も来るわよね?」
 強引なみずきの誘い。その女の子そのものの佇まいに戸惑う七瀬だが「え…えーと。うん。行かせて貰うわ。姫ちゃん」返事はきちんとした。
「皆さん。ありがとうございます」
 友人たちの参加に感謝の意味で頭を下げる姫子。

「まったく、節操がないわね。あなたの家は。仏教徒じゃないの?」
 いつの間にか現れていた商売上でのライバルである橘グループの令嬢。千鶴が姫子に突っかかる。
 傍らには坂本と入来の姿も。なんだかんだで仲のいい三人である。
 もちろん姫子は千鶴の言葉を柳に風と受け流す。
「千鶴さんも、パーティーにおいでになりません?」
 にっこりと笑って誘いをかける。別に余裕を演じる笑みではなく、彼女にとって千鶴は大切なお友達なのである。
「ごめんだわ。アンタのところのパーティーなんて」
 即答する千鶴のほうはそうは思っていない。姫子は別に気にした様子もなくほかの相手にも誘いをかける。
「そうですか…入来さんはいかがでしょう?」
「お…俺? いいのか? 美味いメシ食わせてくれるんだろうな」
「はい。和洋中取り揃えてますわ」
「ひゃっほーっ。行かせて貰うぜ」
「お待ちしてますわ…あ。坂本さんはいかがいたします?」
「え? 僕?」
 意外な質問だった。
 実のところ坂本にとって姫子はどうでもいい存在だった。
 『及川君の友達』と言う程度の認識だった。恐らくは向こうも『千鶴さんの友達』としか見ていまい。
 だからパーティーの招待を受けるとは思わなかった。
 これがクラスメイトと言うならまだわかるのだが。
 断ろうか…とも考えたが、そこに七瀬の姿を見て思い直した。
(そういえばさっき…)
 思えばそれらしい会話をしていたように見えた。立ち聞きしていたわけではないが、一同が姫子に尋ねられて快諾している様子が見えていた。
 確かに…七瀬が誘われるのはこのグループと言うことを考えれば自然。そして七瀬が行くのなら…
「そうだね。お邪魔させてもらうよ」
「私も行かせて貰うわよ。姫子」
 間髪いれずに千鶴も切り出す。
「嬉しいですわ。千鶴さん。愛子さんもきっと喜びますわ」
(なるほど!!)
(将を射んと欲すればまず馬からでござる)
(世間知らずと思っていたが意外に策士だな)
 坂本を含めて全員がこの意外な招待の理由を納得した。
 そう。本命は千鶴のほうなのだ。入来が来れば坂本も。坂本が来れば自動的についてくる。
 ただ坂本が七瀬に告白した事実は知らないのだが。試しに誘ってみた…と言うことである。
「うーっ」
 乗せられた形の千鶴は仏頂面。一方の姫子は満面の笑み。
 別に勝ち誇ったわけではない。お友達が来てくれて嬉しい。それだけだ。

 坂本の参加に表情を変えた女の子が二人。七瀬とみずきだ。それを見て
(もしかして…坂本先輩と赤星。そして及川で何かあったのか?)
 思わず考える榊原。
 男が一人に(肉体的にせよ)女が二人。『三角関係』に考えが及ぶのはもっともだった。
(七瀬を取り合って赤星と坂本先輩が? まさか坂本先輩を取り合って赤星と七瀬じゃないだろうな?)
 前半はみずきを男とみなしての想像。後半は女とみなしての真理の思いである。
 ほとんどのメンツがその辺りを考えた。それを知ってか知らずか、みずきが坂本の腕を取る。
「きゃーっ。先輩。御一緒出来て嬉しいですぅ」
 語尾を延ばすイントネーション。子供っぽい甘えた印象。
 事情を知らない人間が見れば「やれやれ」で終わりだが、完璧に挑発になったのが千鶴に対してだ。
 唇かみ締め、拳を握り締め、真っ赤な顔で震えている。そして甲高い声で「坂本君から離れなさい!!」と怒鳴る。
 本当なら「メス豚」とくらいつけて罵りたかったが、すんでのところでそれは思いとどまった。
 坂本の前でそんな汚い言葉を使いたくなかったのだ。
「えー。別にいいですよね。先輩」
「え? ああ…」
 困った坂本は思わず七瀬を見てしまう。その七瀬は表情が固まっていた。
(違うんだ。及川君。これは赤星君が勝手に…)
 表情の理由を「自分にアプローチしてきたはずの坂本が他の女の子といちゃついている」と七瀬が考えたと思った坂本。
 だが違う。七瀬が表情を固くしたのはみずきの「女」そのものの態度。
 気持ちを知ってか知らずかみずきはますます密着する。ぐいぐいとその豊満な胸を押し付ける。
 まるで「先輩とあたしはこんなことを人前でする仲なのよ。だから他の女は要らないの」と態度で示しているようだった。
 周辺で見ていた坂本のファンがムカッときたくらいだ。
 坂本を「愛している」千鶴が平然としていられるはずもない。

「いいでしょう。赤星みずき。表に出なさい!!」

 凍てつく一同。切り出したのは怖いもの知らずの入来。
「…いや。お嬢。ここが表だっ…ブッ!?」
 不用意に後ろからつめたのが間違いだった。裏券で顔面を潰された彼はあえなくKO。
「ふん」
 冷たく一瞥する。だがその程度では怒りが収まらなかったらしい。完全に切れた。
「赤星みずき。あなたに決闘を申し込みますわ。今。この場で」

 昼休みに遊んでいたはずが、あっという間に決闘に。
 「女の戦い」ただし冷戦ではなく、拳を使ったバトルが今、始まろうとしていた。

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