第32話「みずきの告白」Part2   Part1へ戻る

 のどかな昼休みが一転。緊迫する。
「えー。どうして先輩とあたしが戦うんですかぁ?」
 まるで挑発しているかのような間延びした口調のみずき。
「前にも言ったわね…」
 案の定、逆鱗に触れたらしい。青筋を立ててゆらりと動く千鶴。キャンキャン怒鳴るよりもこちらの方が危険信号だ。
「坂本君に近づく女はみんな、私の敵なのよっ
 いうなり千鶴はアイススケートのように滑って間合いを一気に詰める。体当たりだ。
 この場合エッジそのものが氷。そう。彼女のマリオネット。「ケアレスウィスパー」の作り出す氷点下の世界。
「やめてください。近寄らないで」
 ブロッキングはしないで素直に逃げ出すみずき。もともと千鶴を苦手としていたのだ。ましてや今は「か弱い乙女」。それもやむなし。
「よくかわしたわね。これならどう?」
 ケアレスウィスパーが『氷の矢』を射ろうとしたときだ。みずきにはそれがわからない。
「危ない」
 叫ぶ男の声。榊原ではない。上条が反射的に叫んでいた。それで
「きゃっ」
一撃目は横に跳んで回避成功するみずき。
「良かった」
 安堵する上条に対し驚いている周辺のマリオネットマスターたち。
「上条くん…見えてるんだ?
 綾那の驚き。言われて気がついた上条。
「えっ? そういえば…」
 マリオネットは幻覚作用を及ぼすとか、何か実体に虚像として貼り付けられたときでもなければマリオネットマスター以外には見えない。
 この場合。どちらでもないからマリオネットマスターでないはずの彼には「ケアレスウィスパー」の動きが見えるはずはない。
「それじゃ…僕にも…スタンドが…」
「わーい。上条君。ボクといっしょー」
 普通の人間と違ってしまったが、それでより深い絆になると考えた綾那は単純に喜んだ。

 などと戦況忘れて呆然としていたら次の氷の矢が放たれてしまった。
「きゃあっ」
 スカートを掠めたそれに驚いたみずきはしゃがみこんでしまう。
 いつもなら反撃。それがダメでも回避行動くらいは取る。
 しかし、この場はまったく無力な少女。ただただ怯えているだけだ。それを冷たく見下ろす千鶴。
 千鶴がヘビで、みずきがカエルのようだ。冷たく…氷よりも冷たく語りだす。
「ふん。あのじゃじゃ馬が変われば変わるものね。おしとやかにしていれば見逃すと思って?」
 まだ攻撃をやめるつもりはないらしい。

(変われば変わるものだな…あのじゃじゃ馬が)
 職員室の窓からこのバトルを、文字通り高みの見物していた中尾…斑である。
(一ヶ月前とはまるで別人だ。ふっ。まさか以前は男の魂で、今は女の魂が宿っているわけでもあるまい)
 なにしろ鏡を見れば生きた証拠がある。
「どうしました? 中尾先生」
 副担任である氷室響子が音もなく接近していた。軽く驚く斑。
(この女…気配を消すのがこんなに上手い『ただの教師』がいるはずがない。何かあるな…だがここは軽くかわしておこう)
「ああ。また喧嘩していてしょうがないやつらだと思いましてね」
 見たとおりである。無限塾ではこの程度ならじゃれあいで済んでしまう。誰も止めに入らない。
「あらホント。寒いのに元気がいいわね」
 教師からしてこののんきなこの口調。どこまで本気だ?
 斑は探ろうかとも思ったが、今やる必要もないのでやめておいた。
(私の勘が告げている。この女はどこかまずい。近寄らないに越したことはない)

「ところで中尾先生。あちらも元気そうですよ」
 氷室響子の用事を察した。彼女の示す先にはおなかの大きな女性。
 現在は出産準備で休暇中の女性教師だ。若い後輩の女教師が大きなおなかに手を当ててみる。
「きゃっ。動いた」
 楽しそうと言うか嬉しそうに嬌声を上げる。
「もう六ヶ月ですものね」
 母になる喜びで満面の笑み。周りまでほんわかと。だからかその若い女教師が暴走して
「中尾先生。先生も触ってみません?」と勝手に妊婦に触らせようとした。
「結構です。セクハラって奴になる。それに、何かアクシデントがあったら大変だ」
 そっけなかったが正論だ。だから悪意は抱かれなかった。しかし真意は違う。

(あの腹に…あの腹にいる…いや。「ある」肉体にはもう魂があるのだろうか?)
 彼は妊婦を気遣ったわけではない。あくまで自分のことしか考えてない。戦時中。初めて他人と入れ替わったときのことを思い出す。
(あの時…初めてマリオネットが発動したとき…当然その能力を私は把握していない。
 それなのにゴーストフェイスキラーは迷わず上官の魂を肉体から切り離し、かわりに私をくくりつけて命を永らえさせた。何故だ?)
 そう。気がついたら前線で自分を盾にした上官の肉体に乗り移っていた。
(本能と考えるしかない。自動的に私を一番括り付けやすい相手…いつもは単純に至近距離の相手だが、わざわざ魂を切り離さなくていい肉体があればどうだ?
 生きながらにして魂のない肉体。例えば…生まれる前の赤ん坊とかな。
 そしてもしこの場で心臓麻痺でも起こしてこの中尾の肉体から魂を切り取られたら…恐らくゴーストフェイスキラーは一番括り付けやすい肉体に私の魂をくくりつけるだろう。
 胎児になどなってしまったら…赤ん坊からやり直しでは私の記憶もなくなりそうだ。だから妊婦は苦手だ。触るなんてとんでもない)
 愛を全身で体現している妊婦も、殺人鬼には恐怖の対象らしい。それとも、怖いのはその「母の愛」か?
 命を慈しむその心が、命を軽んじる男には理解できなかった。

 校庭。未だに続く千鶴とみずきの対決。
 だが七瀬たちは加勢には入らない。
 せっかく闘いに持ち込んでくれたのだ。この状況で男の本性が目覚めれば…そう期待せずにはいられない一同である。
 だが坂本にしてみれば、自分の友達が後輩をいたぶっているようにしか見えない。
「やめるんだ!! 橘くん」
 その声に動きがぴたっと止まる千鶴。恐る恐る振り返ると学園の貴公子が怒りの表情で立っていた。
「坂本…くん?…」
 鬼(女だから般若と言うべきか?)のような形相をしていた千鶴が、きついながらも美少女と呼べる顔に戻る。
「橘くん。僕は君を見損なった。無抵抗の彼女に執拗な攻撃。しかも狙撃させているのか?」
 マリオネットの存在を知らない坂本がそう考えるのは無理もない。それ以外に「フリーズ・アロー」の説明がつかない。
「ま…待って。坂本君。これにはわけがあって」
 さすがの千鶴もいとしい相手に叱責されれば弁明にも動く。
「言い訳など聞きたくない。今すぐやめるんだ」
 いつもの優しい表情ではない。逆に言えば親しさの裏返しだが。
「はい…」
 しかしそれよりも、好きな男に一喝されてしょぼーんという感じで沈む千鶴。
 見ていた七瀬たちはそれを憐れに感じ、次に自分の感情に意外性を感じた。
「こんなことはもう、二度としないでくれるね?」
 さすがに言い過ぎたと感じたか、幼い子供に諭すように優しく言う坂本。
「わかりました。坂本君がそれを望むなら…」
 嫉妬で暴走した彼女を止めたのは「思い」だった。
「うん。それなら僕の尊敬する橘君だ」
 坂本は真顔でそういう。決して方便ではない。
 千鶴の(かなり間違っているが)「強さ」に惹かれていた。
「尊敬?」
 落ち込んだのもつかの間。大好きな相手にそういわれて舞い上がる千鶴。
(ああ。出来れば「尊敬」ではなく「敬愛」と「愛」の字を入れて欲しかったわ。でも…幸せ)
 どうも彼女にしてみれば「世界は自分を中心に回っている」ではなく「世界は自分と坂本を中心に回っている」ようだ。
 見事に自分の世界にトリップしていた。
「ふう。やれやれ。坂本。お嬢はあっちの世界に行っちまったぜ。もう暴れないだろ」
「サンキュー。入来」
 坂本は千鶴が戦闘をやめたのを見てから、みずきの方へと歩み寄る。
 彼女はグラウンドにぺたんと座り込んでいた。
「大丈夫? 怪我はない?」
 さわやかに笑う。誰にでも優しい。それが坂本の長所であり、短所であった。
「は…はい。大丈夫ですぅ」
 差し出された手に引っ張り上げられるみずき。その目が潤んでいる。
 男に甘えるその様からは、とてもかつてのみずきはイメージできない。
 そこにいるのはただの女の子。

(やっぱ…普通じゃないよな)
 そう感じた榊原はマリオネットでみんなにある提案をする。
 十郎太には姫子が伝えた。上条には綾那が伝えようとしたが、聞こえていた。
 みずき以外は全員一致でその提案に乗ってきた。
 そう。みずきはこの話に加われない。

 七瀬一筋と言うならみずきに手を貸すべきではなかった坂本だが、持ち前のフェミニストぶりを発揮してしまった。
 もっともみずきは七瀬の親友。悪い印象はもたれまい。さすがにそこまで計算したわけではないが。
 しかしやはり一筋であることをアピールすべく後でもう一度。七瀬に問おうと思っていた。

 放課後。全員部活がない日。揃っての帰宅。
「じゃあねー。七瀬」
「うん。みずきもねー」
 女子高生同士の可愛らしい別れの風景だった。

 その後で七瀬は制服から着替える。薄いピンクのブラウス。緑色のジャンバースカートの上に赤いコートだった。
 そして再び出かける。電車に乗っていくつか。行き先は何度か使ったことのあるカラオケボックスだった。
 その前で待っていたらぞろぞろと私服姿の仲間たちが。もちろんみずきだけはいない。
 何しろみずきのことについて語るのだ。当事者がいては都合が悪い。
 置いて帰れば問われる。だからわざわざ帰宅させてから出直したのだ。

 カラオケボックスは誰にも邪魔されないで話すタメの会議室代わりだった。何しろ防音も効いている。
「集まったな。じゃ部屋へ」
「任せろ」
 財布からカラオケボックスの会員証を取り出して、妙に手際よく店員とやり取りをかわす上条だった。

 案内されて一室に。飲み物をオーダーしていよいよ…
「一番。上条明。特捜…」
「今日は歌じゃない」
 いきなりマイクを握った上条を真理が止める。
「わかってるって。軽いジョークだよ」
 そういう割には名残惜しそうにマイクを置く上条。
「じゃ始めるか。もちろん赤星のことだが…どう思う?」
「最近はますます女らしくなったな」
「うむ」
「それも悪い意味でな。男に甘えたり媚びたり」
 やはりいい感情を抱いていないのか、きつい口調の真理が上条。十郎太の発言に続く。
「ああ。あれなんだが…なんかわざとらしさを感じるんだよな。言い換えれば芝居くさい」
「お芝居ですか? 女の子を演じていらっしゃると」
 榊原の発言に姫子が続く。
「確かに…ありゃ『萌え路線』狙っているよね」
「全てはあの休んだ辺りからだが…七瀬殿。もしや何かあったのではござらんか?」
 冷静な忍びの観察眼。射るような視線には慣れたつもりだったが、心の中まで見透かすような鋭い視線にたじろぐ七瀬。
「実は…」

 観念した七瀬は全てを話した。
 坂本に告白されたこと。それをみずきが見ていたこと。そしてどうも坂本を受け入れるように誤解されたらしいこと。雨の中飛びたしたこと。
「それじゃ…風邪引くよね」
 綾那の発言だが間違いではない。
「確かに。雨の中飛びたしたのが肉体的ダメージで。その告白の現場が精神的ダメージか」
「わっかんないなぁ。雨の中へ飛び出したのはその場から逃げたかったかもだが、どうしてそれでああまで『女』になるんだ?」
 真理の言葉を待っていたかのように店員が飲み物を運んできた。
 一時中断して口にする。

「もしかしてみーちゃん。坂本先輩のことが好きになっちゃったとか? だから女らしくなっちゃったんだよ。きっと」
 「げ!?」と言う表情が男たちと真理。
 あったこと全てあるがまま受け入れる姫子は微笑んでいるだけ。呆然としているのが七瀬。
「ありえなくはないか…ずっと学校じゃ女だし、登校して帰宅するまでは女の生活だし。どんな男にも女らしい部分はあるし、どんな女にも男らしい部分がある。半分は女の赤星はその比率がやや女よりでも不思議はない」
 医者の一族らしい冷静な分析。
「七瀬に失恋のショックで、一気に女になっちゃったとか」
 冗談めかして真理が言う。
「そんな…」
 反論の気力のない七瀬。重い空気に。
「失恋…逃げ出す…ちょっと待てよ? 『先輩に好かれようとして女らしくなった』と言う前向き(って言っていいのか? これ?)なんじゃなくて、『及川に失恋したので男でいるのが嫌になって、女になろうとしている』と考えてみると?」
 さすがにアニメ・マンガに傾倒する男だけに、違う角度からの考察が出来ていた。
「むう。辻褄は合うな…」
「言われて見れば…それならあの『演じている』のも理解できる」
「そうですわね。男の子ですと七瀬さんとお付き合いできなくなって悲しいけど、女の子同士ならいつまでもお友達ですものね」
「それならあのべったりも納得だ」
「そんな…そんなことって…」
 顔色の悪くなる七瀬。それじゃあの現場のせいでみずきは女の子に…
「ごめんなさい…」
 七瀬は部屋から出て行く。
「七瀬」
 止めようとする真理を榊原が制する。
「そっとしとこう。俺たちも調子に乗りすぎた。ところで北条。クリスマスパーティーを開くって言ってたよな」
「いいえ。大忘年会ですわ」
 にこやかに訂正する姫子。意外に拘っているのか?
「どっちでもいいよ。カズ。こんなときにする話じゃないだろ」
 突っかかる真理にウィンクする榊原。
「今の仮定のもとでだが…一発逆転の手があるかもだ。役者も揃っているし」

 呆然とした七瀬はふらふらと自宅に帰り、自室に閉じこもると、涙の続く限り泣いた。
 やがて疲れて眠ってしまったそのときまで。

 翌日。目覚めた七瀬は鏡を見て(ひどい顔だわ…)と思った。
 体中の水分を出し尽くすのではないかと思うほどに涙を流し続けたのだ。
 彼女は顔を洗い涙のあとを消した。そして登校準備を進める。

「おはよう。七瀬」
「おはよう。みずき」
 女子高生が連れ立っての登校。そうにしか見えない。ただ七瀬は浮かない表情をしていた。
「どうしたの七瀬? 悩み事?」
「う…ううん。なんでもないの。なんでも」
 お決まりの言葉。言外に「聞かないで」と言っている。無理に明るく振舞う。心配そうなみずき。
 この少女は自分が七瀬にこういう表情をさせていると、知っているのであろうか?
「相談があったらなんでも話してね。あたしたち、女の子同士。分かり合えるはずよ」
「うん…ありがと」
 男のときはがさつで、デリカシーがない瑞樹だったが、こうなってしまってからは女らしく細やかな気遣いができるようになっていた。
(それを心地よく感じてしまった私って…最低だわ)
 七瀬はひたすら己を責める。

 登校して下駄箱で。七瀬のそれに手紙が。電話番号を知らず、伝言も頼めないならこのクラシックな手に行き着く。
 みずきに見られる前にしまいこんだ…つもりだったが…

「よく来てくれたね」
 指定された午後四時。テニス部の部室に出向くと手紙の主。坂本が待っていた。
「先輩…」
「今日はテニス部はないんだ」
「そうですか」
 いくら相手が坂本でも密室。しかも相手は自分に好意を持っている。悪く言えば付きまとっていたが。
 だから七瀬は着席を進められても腰掛けず、いつでも逃げ出せるようにドアの付近に立っていた。
 坂本は苦笑するが、女の子の立場では当然かと理解して言及しない。彼も立ったまま話を切り出す。
「どうだろう。そろそろ返事を聞きたいのだが」
「ごめんなさい。今は先輩とのお付き合いは考えられません」
 付きまとわれてはっきりさせようとしたのもある。だが本当にみずきのことが心配でそれどころではない。
「どうしてだ? 僕のどこがいけない? 教えてくれ。君にふさわしい男になるためなら何でもやってやるさ」
 真剣。本気なのがわかるだけに断りづらい。
「いいえ。違います」
 いくら断るといえど相手を否定するような真似の出来ない七瀬である。
「それじゃ…誰か好きな相手がいるのかい? 風間君は(姫子一筋で)論外。上条君は若葉君と。榊原君は村上君といい感じに見えるが」
「あの…その…」
 口ごもる七瀬。さすがに社会的には女と認識されているみずきを好きと言うのはためらいが。
 それ以前に女同士では信じてもらえない。だからといってみずきの体質はばらせない。

 沈黙が続く。
「ふぅ…」
 坂本がため息をつく。
「仕方ない。今日はもういいよ。でもその気になったら言って欲しい。電話番号を聞きたいがそれは教える気にはならないだろう。僕の番号を教えるから、その気になったら返事を聞きたい」
 彼は手帳の1ページを開いて自分の電話番号を書こうとしたが…
「あっ? 芯がない。そういえば入来に分けたが、もうなかったのか」
 別の筆記具を探すがでてこない。
「あの…それならに私がメモしますので仰ってください」
 どうしても手ひどい目に合わせられない七瀬は、この場でも繕ってしまう。
 それにこの密室で相手を怒らせるのは得策ではないのもある。
「そうか。じゃあ」
 七瀬が手帳を開いてメモの準備をしたら、ゆっくりと大きな声で自分の電話番号を伝える坂本であった。

 そしてそれは部室の外で聞き耳を立てていたみずきにまで聞こえていた。やはり手紙を見ていたのだ。
 そして七瀬をこっそりとつけてきたら案の定。
 しっかりとメモを取った彼女。坂本の電話番号情報を入手した。

 彼女の口が笑みに変わる。どこか純然たる笑みとはいえないそれに。

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