第32話「みずきの告白」Part3   Part2へ戻る。

 坂本の電話番号を書いた生徒手帳を上着の胸ポケットにしまうときに、みずきはふと思う。
(あたし…なにやってんだろ?)
 本末転倒。そんな言葉が頭をよぎる。それは中から外へと出る気配で中断された。
(いけない。二人が出てくる!)
 慌ててみずきは歩き去る。走れば不審に思われるが、歩いていたら通りすがりに思えるからと言う計算だ。
 程なくして坂本。そして七瀬が出てくる。
 二人も人にこの現場を見られたくないため確認しながらだ。だからみずきも逃げるのが間に合った。
 人がいないことを確かめてから出て来る二人。
「それじゃ及川君。いい返事を待っている」
「……」
 俯いたまま無言の七瀬。まだ決心がつかないと判断した坂本は無言で立ち去る。
 やがて七瀬も校門へと。

 それを見ていたみずきはすっかり体が冷えてしまった。
(なんだろう…風邪かなぁ。頭がボーっとする。ちょっとだるいし腰が重いと言うか、おなかが痛いと言うか…)
 その変調がなんであるかはまだ知る由もなかった。
 彼女もまた、ゆっくりと歩き出す。急ごうにもだるくてダメだった。

「坂本君は少し優しすぎますわ」
 自宅。そして自室では千鶴が憤慨していた。時間は夜。当然だが部屋着。
 千鶴の部屋にあるのは金のかかった調度品。しかし成金趣味ではない。ぬいぐるみの類がないのは、本人の趣味か。それとも親の口出しか。
 学校では坂本の手前大人しくしていたが『泥棒猫』の『赤星みずき』には怒りを煮えたぎらせていた。
 その勢いで愛してやまないはずの男まで詰っていたと言うわけである。
「……でも…それが彼の魅力ですものね」
 フォローのつもりか、それとも怒りが収まってきたか表情がやわらぎ坂本の魅力を語る。
「そうは言ってもあの優しさは私にだけ向けて欲しいのが本音。それなのに坂本くんったら、あんな胸だけの小娘になつかれていながら嫌そうにしないなんて。
 違うわ! あれは下級生に対して先輩としての優しさ。そうよ。それだけよ。おーっほっほっほーっ」
 見本にしたいくらい見事な『自己完結』だった。
 そしてやっと本題を思い出した。
「そうね。少しきつくお説教してあげる必要があるわね。あの娘には」

 同じころ。みずきは体調不良でどうにもダメだった。
 冬場で汗をかいていないといえど、風呂をパスしてしまったほどだ。
「どうしたの? お姉ちゃん? 風邪?」
 薫が心配そうに声をかける。
 何しろみずきが現在、物の見事に「女」として振舞っている発端は、肺炎一歩手前の風邪による昏睡。
 心配そうな声もでると言うものだ。
「大丈夫だから…」
 そういうみずきだが目の焦点があっていない。もっともこれは今に始まった話ではない。
 実は『女になった日』からみずきの瞳は焦点が合っていない。
 まるで白昼夢を見ているような…意思の光を失ったかのようなぼやけた瞳。
 男の部分が消失して、瞳の輝きまでもがうせてしまった。
「あら? みずきちゃん。もしかして」
「え? 何? ママ」
 瑞枝は何かに気がついた。だが男ばかりの中でそれを言うのは憚られた。
「ううん。なんでもないわ。ナ・イ・ショ」
 ウィンクまでして見せる辺り上機嫌なのは確かだ。ポツリとつぶやく。
「小豆は駅前の八百政さんが安かったかしら?」

 何とかご飯を食べてさっさと自室に引き上げてしまったみずき。
(坂本君に近づく女は全て、私の敵よ!)
 ぼんやりする頭に千鶴の言葉がリフレインされていた。
(そうね…それはあたしにも言えるわ。でも…)
 ネグリジェに着替えるためにブラジャーを外した裸の胸が鏡に映る。
 そこにあるのは惑うことなき女の裸体。顔色が悪いが唇だけが妙になまめかしく感じる。
(さすがにこの手は使いたくないわね。それに…好きだって人がいるならそちらが優先よね)
 ネグリジェの前を合わせ、胸をしまう。鏡台に向かいスキンケアを。
 女の子らしいそれが、今では日課になってしまった。

 翌日。何とか症状が軽くなりみずきは登校した。だが下駄箱で
「赤星みずきさん。お話がありますわ」と千鶴に呼び止められた。
 昼休みに校舎裏に来い…と。
「わかりました。あたしも先輩にお話したいことがあったのでちょうどよかったです」
「そう。それじゃお昼休みに」
 一瞥して千鶴は校舎の中へ。
「みずき…大丈夫なの?」
 一緒に登校した物のずっと黙っていた七瀬が、さすがに耐えられずに心配の言葉を。
「平気よ。きっと仲直りしたいんじゃないかしら? あたしもそういうつもり。でも人が来ると照れちゃうからあたしだけで行かせてね」
 にっこりと女性的な笑みのみずき。
「う、うん」
 これだと無理について行くわけにも行かない。七瀬は頷くしかなかった。

 昼休み。人目を忍んで校舎裏に出向くと既に千鶴が待ち構えていた。
「お話はなんですか?」
 もう既にわかりきっていたが、ここは話を促すためにこう切り出す。
「単刀直入に言うわ」
 挨拶も何もなしに千鶴は言う。
「もう坂本君には近寄らないで」
 みずきはむっとして…いなかった。むしろ薄く笑った。
「どうして…そんなことを言われないといけないんです?」
 傍目には反抗に見える。
「決まっているじゃない。坂本君には…」
「告白はしたんですか?」
 遮られて怒るところだが、その言葉に怒るどころではなかった。
「こ…告白?」
 高飛車な千鶴が目を白黒させる。
「告白もしてないんじゃ恋人とはいえないですよね。それなのに『近寄るな』ですか?」
 挑発的なみずきの言い方。これも言葉だけだと自分が近づくための言葉に聞こえる。
「だ…だって…そんな、恥ずかしいじゃない」
 この言葉に対しても怒るどころかなんと照れた。校舎の壁に右手人差し指で「の」の字を書いている千鶴。
 とてもじゃないが普段の傲慢な態度からは想像できない。
「告白しないんなら、あたしがしちゃいますよ」
 追い討ちとばかりにいたずらっぽくいうみずき。
 宣戦布告と言うより、どうにも『煽っている』と言うのが正解なのだが、いっぱいいっぱいの千鶴にはわからない。
「ダメ。(坂本君は)あたしの」
 もうおもちゃを取り上げられかけた子供の反応である。
「それならするんですね? 告白」
「う…」
 元々頭のいいみずきである。さらにそこに女としての言葉の達者さが加わると、ちょっと太刀打ちできない。

 こうして、成り行きから坂本に告白せざるをえなくなった千鶴である。

 坂本に積極的に近寄りながら、それでいて千鶴をたきつけたみずきの言動にはかなりの矛盾がある。それもそうだろう。
 この時点で彼女はだいぶ『おかしくなっていた』のだから。

 そのころ、屋上ではみずきと七瀬以外の六人か集まっていた。上条が口を開く。
「えー、それでは第2485回『赤星が変になっちゃったよー』会議を執り行いたいと思います」
「あら? もうそんなに会議をしてましたかしら?」
「そんなわけないだろ! オマエ(上条)もこんなときにおちゃらけるな!!」
「いやぁ。雰囲気が『ネクサス』並みに重いからやわらげようかと」
 上条の発言に本気でボケる姫子。その両者を怒鳴りつける真理と言う展開。
「ウォーミングアップはもういいだろう。まじめに始めるけど…どうにも赤星のあれが落ち着かない。 本来が男であるからあの態度が変なのはわかるが…そのくせやたらに『女』を感じるのも否定できない」
「どのあたりにだよ? カズ」
「姿かたちは既にどこから見ても女性。仕草も恐ろしくしなやかで、あれなら少ししつければ姫君として通じるでござろう」
 「姫君」としたのは姫子との区別である。
 もっとも本来なら主である姫子を「姫様」と呼びたい十郎太なのだが、本人がその重い呼び方を嫌った。そのため折衷案で「姫様」の意味で「姫」と呼んでいる。
 これには親近感を感じて本人が喜んでいるので、今更「呼び捨てのようで恐れ多いから」と変更は出来ない。
「いや。そういう形じゃなくて…上手く言えない。何かこう…くそっ。のどまで出掛かっているんだが。アイツの行動原理。何か女のマイナス部分が作用しているんだが…」
「ぶりっ子か?」
「それは今に始まったことじゃないだろう」
 当初は嫌がっていたのに、美少女としてちやほやされるメリットが理解できると、たまにわざと可愛らしい仕草をするようになったみずきであったのだ。
「今にして思えばああいうのもあいつの中の『女』を成長させた要因かもね」
「うーんと、じゃヤキモチとか」
 何の考えもない綾那の発言だが
「「「それだ(ですわ)!!」」」
全員が声を揃えて肯定したのでビックリした。
「そうか。あの狂気にも似た女らしさはその産物か」
「しかし…それだと赤星が本当に坂本先輩を好きで、及川に負けじと女らしくなっていったと解釈することになるが?」
「七瀬さんがお好きでのやきもちと言うことは?」
「だとしたら先輩にアプローチをかける必要がないよ」
 ここで絶句。このまま進めるとよくても(?)瑞樹がホモ。最悪では心まで完全に女と認めることに。
「……そんなことになったら、七瀬ちゃん可哀相だよ」
 口に出さないだけでみんな理解していた。
 だからこそ何とかしたかった。友達のために。

 その七瀬だが、一人でたそがれていた。みずきは千鶴との会談で。他の仲間も屋上で。
 一人ぼっちでいた。痛々しくて誰も声がかけられない。

 すっかり手詰まりで黙りこくってしまったところに足音が。二人の男子生徒が。
「ああ。いたいた。上条」
 ひとりは入来蛮。彼が声をかける。
「入来先輩…」
 思わぬ闖入者に「会議」が中断される。そこにもう一人が声を。
「どうだろう。上条。助っ人の件。お願いできないだろうか?」
「田鳥先輩。やはり対抗戦メンバーは正式な部員がやるべきでは?」
「けが人が出ちまったんじゃしょうがねぇよ。二人たんねぇ。俺様と上条。お前が加わればお釣りの来る戦力だぜ」
「しかし…」
 どうにも気の乗らない上条だった。そこに助けと言うか校内放送で呼び出しが。
 職員室に出向くと父・上条繁が怪我をして病院に担ぎ込まれたと。
 みずきの心配やボクシング部どころじゃなかった。
 彼は早退し父の搬送された病院へと急ぐ。
 この騒ぎで榊原達もみずきのことを語っているどころではなくなってしまった。
 自然とお開きに。

 翌日。
「おとうさんどうだったの? 上条君」
 早退の理由は聞かされていた。綾那は心配して尋ねる。
「ああ。大したことはなかった。犯人ともみ合ってちょっと足を切られたけどかすり傷だった。それよりも腰を打ち付けて痛めたらしくて。そっちで三日ほど入院らしい」
 命に関わる怪我でもないので七瀬の力を借りるには及ばなかった。
 もっとも今の七瀬の精神状態じゃマリオネットがきちんと発動するかも怪しい。
 今日も一人、窓の外をぼんやりと眺めている。
「それから若葉。僕は今度のボクシング部の試合の助っ人。受けることにしたよ」
「えっ? あんなに嫌がってたのに」
「ああ。でも病院で知り合った一人の子供のために勇気を。そして及川にも元気を見せてあげたいと思って。それにもしかしたら赤星が正気に戻るかもな。ファイトを見て血が滾ってさ」
「うんっ。ボクも手伝うからがんばってね。上条君」

 昼休み。みずきにたきつけられた千鶴は、決心の鈍らぬうちにと中庭に坂本を呼び出した。
 人目を忍んだつもりだが、みずきは坂本をマークしていてこっそり様子を伺っていた。
 念のためロングヘアーをツインテールにして印象を変えていた。
「話ってなんだい? 橘くん」
「あの…坂本君。あのね…」
 中庭にある巨木。そこより添うような二人。
 蚊の鳴くような声で必死に声を絞り出す千鶴。顔も青い。緊張しているからだ。
「あのね…私ね…」
 巨木に「の」の字を書き連ねている。あげく
「ダメーっっっっ。やっぱり恥ずかしいーっっっっ」
 逃げ出してしまった。
「あっ。おい。橘くん。話って?」
 慌てて追いかける坂本。誰もいなくなった巨木の影でみずきはつぶやく。
「……意気地なし……でも……人のことは言えないわね……」
 彼女はツインテールを束ねていたゴムを外してもとのロングヘアーに戻す。
「やはり…あたし自身が…」

 夜。電話の前でたたずむみずき。意を決して手帳を見ながら電話をかける。
『はい。坂本です』
「夜分畏れ入ります。赤星みずきといいます。坂本俊彦さんはいらっしゃいますか?」
『赤星君!?』
 声のトーンが跳ね上がる。どうやら本人だ。
「先輩ですね」
 こちらは不気味なほど落ち着いたみずきの声。
『あ…ああ。そうだけど。どうしたんだい』
「お話があります。用事がなければお会いしたいのですか」
『こんな時間にかい? 電話じゃダメとしても、学校でもダメなのかい?』
「もうしわけありませんが」
『……わかった。わざわざ電話してまでのことだから重要なことなんだろう。何時にどこで?』
「ありがとうございます。それじゃ十時に○○駅に来ていただけますか?」
『わかった。十時だね。それじゃ』
「はい。お待ちしてます」
 こうして電話は終わった。
 焦点の定まらぬ瞳のみずきは、受話器を置くとため息をつく。

 男に戻らないように気をつけながら、ぬるま湯で丹念に体を洗う。隅々まで磨き上げる。
 体にバスタオルを巻きつけ内股ででてくる。長くなった髪にはタオルが。
 丁寧に水気を取るとドライヤーで乾かし始めた。
 充分に乾いたら下着を着けて薄いピンクのブラウスと、赤いチェックのプリーツスカートを身につける。
 自室に戻ると厚手のストッキングを穿いて、白いベストをを着込む。
 それから鏡に向かって軽くメイクを。特に唇はピンクで印象付ける。
 そして赤いコートを羽織ると
 「ちょっと出かけてくるね」
 そう家族に告げて駅へと急ぐ。

 そのころ、七瀬はどうしても必要なものが出来て、駅前の大手スーパーに閉店間際で駆け込んだ形だ。
 何とか買い物を済ませてでると赤いコートの少女が。
「……みずき?」
 長年の幼なじみ。兄妹のような関係の七瀬ですら一瞬、彼女がみずきと認識するのに遅れた。
 それほど雰囲気が「女の子」だった。
(こんな時間に…それもお化粧までして。どこに行く気かしら?)
 用があれば声をかければいい。しかし、今のみずきには気軽に声をかけられなかった。
 尾行と言う異常な事態になった。

 雑踏にまぎれて改札前でたたずむみずきを見ている七瀬。
 やがて待ち人が来たらしく手を振るみずき。その相手を見て愕然となった。
「待たせてすまない。赤星君」
「いいえ。今来たところです。さぁ。行きましょう」
 坂本の腕にぶら下がるように腕を絡めて歩き出す。
(どうしてみずきと坂本先輩が…まさか本当に…)
 もはや目が離せない。こっそりと後をついて行く。

 どんどんと人気のないほうへ。地元だけに七瀬にはどこへ向かっているか見当がついた。
 だから距離を置いての尾行も可能でばれなかった。たぶんに「ダンシングクィーン」の「目」もあるが。

 二人がついたのは公園だった。七瀬も後ろから回り込む。
 みずきはある決意でいっぱいいっぱい。坂本もそんなに鋭いほうではないので七瀬の尾行に気がつかなかった。
「こんな人気のない公園で…」
「人に聞かれたくなかったから…」
 ベンチがありながらも立ったままの二人。並んで座ってしまうと向かい合えない。それがみずきの理由だった。公園の照明の真下で互いに顔を見合わせて立つ。
「もし僕が君を押し倒したりしたらどうするつもりだ?」
 無防備な少女に軽く説教。
「うふふ。できるんですか? 先輩。でも、先輩にならそれでもいいですけど」
 焦点の合わない、そして狂気の宿る瞳が妖しく光る。
 そして寒い中でコートを脱ぐ。まるで別の学校の女子制服のような印象の服。それで軽く驚く。
「寒くないのかい?赤星君」
「これから抱きつくのにコートは邪魔ですもの」

(何を言っているの? 自分が何を喋っているかわかってるの? みずき)
 声を出さない七瀬。正確に言おう。でなかったのだ。
 まるで石になったかのように体が動かない。
 そして次の言葉はもっと衝撃的だった。

 みずきは真顔になる。そしてささやくように言葉をつむぐ。

「好きです…先輩。だから七瀬には近寄らないで。あたしだけ見て」

 坂本は何を言われたのかすぐには理解できなかった。七瀬も幻聴と思っていた。ありえない言葉だった。
「な…何を言い出すんだ。君は。からかうのはやめてくれ」
 鈍いわけではない。その告白は受け入れるわけには行かない。
 受け入れたら最後、七瀬に愛を告げる資格がなくなる。
「からかってなんていません。あたし、本気です」
 みずきは淡々と続ける。

 七瀬は完全に訳がわからなくなっていた。
 坂本へのみずきの告白。これは完全にみずきが心から女になったことを意味していた。
 混乱し目が回ってきた。危うくよろけて地面に手をつく所だった。
 だが何とか踏みとどまっている七瀬を奈落の底へと叩き落すみずきの言葉。

「本気の証拠に…キス、してください」

 まるで時間が止まったような一同だった。

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