第32話「みずきの告白」Part4   Part3へ戻る

 長い髪を風になびかせ、スカートもひらりと。潤む瞳で見上げてピンクに彩られた唇に、男の唇を欲している。
 それがみずきとは七瀬には信じられなかった。
 同姓同名の少女。顔もよく似ているが別人。そう思いたくなる姿だった。
 しかし幼い顔に女の表情をくくりつけ、キスをねだるその少女はみずきなのだ。
(どうして…こんなことに…)
 七瀬の目から熱いものが流れてくる。嗚咽が漏れる。
「誰?」
 逢瀬を邪魔された少女の恐ろしい形相。
 みずきが怒ったのは数え切れないほどある。七瀬との喧嘩だってしょっちゅうだ。
 けれどもこんな般若のような顔を向けられたことは、七瀬には初めてのことだった。
 いろんな意味で七瀬は観念して立ち上がる。
「七瀬!?」「及川君!?」
 坂本はまだしもみずきも心から驚く。どうやら七瀬の前だからと芝居をしていたわけでもないらしい。
 動揺する坂本。泣きそうな七瀬。そして妖しい輝きのみずきの、三人の視線が絡まりあう。

 病院のベッド。
 上条繁はふと眠りから覚めた。
 職業柄、深く短く眠る癖がついている。
 彼が眠るには充分すぎる時間が経過した。
 彼は斬られた足をさする。
(歳だな…俺も。あんなのに切られて病院送りとは)
 これには配慮もある。格闘の際に腰を痛めたのもあるし、一段落ついたこともあり無理やりに休養させる目的もあった。
 こんを詰めすぎる傾向があった。むしろここで休んでもらわないと過労死の方がありえる。
 幸い書類仕事は相棒の刑事がやるし、とりあえずけが人を引っ張り出すほどの事件もない。
 この足で出ても迷惑をかけるだけと悟った彼は、おとなしく入院を受け入れた。

 だが眠れなかった。ふと思い出したことがあったのだ。
(今日ので…あの『斑信二郎』を思い出してしまったな。目つきはぜんぜん違ったが。忘れられない瞳をしていた。全ての生き物を見下したような、嫌悪感を抱かずにはいられない…爬虫類のような冷たい瞳。
 あの目…最近どこかで見たと思ったら…明の担任だ。 ほんの…ほんの一瞬だ。だがそんな目をしていた気がする。
 何故ただの高校教師が? そう思っていたが未だ見つからないらしい女生徒もあの担任の教え子。
 殺されているとしたら…突拍子もないかな?)
 全ての事件から離れたため、頭の片隅に追いやっていたそれを考える余裕が。

(どうにも気になる。うーん。せめてシロの証拠が欲しい)

 12月の公園。それも夜。風はなくても充分に寒い。
 しかしそんな寒さを忘れるほどの緊張感。そんな中で
「あら。見てたの?」
 けろっとして言い放つみずき。いたずらが見つかった子供のようだ。
 だが言葉とは裏腹。顔色はさえない。
 単純に寒さか。それとも『告白』の緊張か? その現場を七瀬に邪魔された怒りか?

 その七瀬。目じりの涙をぬぐうと気丈にも語りかける。
「なに…してるの?」
 さすがにいつものように強気には出れない。それでも何とか言葉を振り絞る。
「なにって…見ての通り。先輩に愛の告白よ」
 まるで芝居のように照れもなく言い放つ。いや。ある意味じゃ芝居なのだが。
「あなたは…」
「女よ。七瀬と同じ…ね」
 「男の子なのよ」といいかけて、坂本の前でばらすのを躊躇っていたら、みずき本人が自分を七瀬と同じ女と言い切った。
「変よ。絶対に変よ。そんなの」
 悲鳴に近くなってきた七瀬の言葉。痛々しさに坂本は逆にかける言葉を失った。

 北条邸。
 自宅で着物姿になっていた姫子は窓を開ける。そして静かな声で
「十郎太様」と呼びかけた。
「ここでござる」
 瞬時に窓と同じ高さの位置の太い枝に姿を見せる。ひっそりと警護していたのだ。
「お話をしたく思います。こちらにおいでくださいますか?」
「しかし…」
 夜の十時。若い娘の部屋に男が入れば勘繰られても文句は言えない。
 自分のことはよい。だが姫が醜聞に晒されるのは。その逡巡から察した姫子はにこりと笑うと
「よいのです。みずきさんのことをちょっと」といい手招きする。
「はっ。今そちらにまいるでござる」
 直接窓からとも考えたが土足になる。それにそれではますます密会じみている。
 堂々と入り口から入った。

「姫。ただいま参りましたでござる」
「お呼びして申し訳ありませんでした」
 姫子は座布団を指して「どうぞお座り下さい」と着席を勧めた。
「御免仕る」
 その対面にきちんと正座する姫子。そして切り出す。
「みずきさん。どうなってしまうのでしょう?」
「拙者の見た限り…内の内まで女子になっている様子。以前は見せなかったような目つきをするようになったでござる」
 そう。表情も男が基本のときに比べて随分と豊かになった。
 大きな目はよく動き、口も滑らかに。
 喋る表現としても男特有のデータ重視から、女のように感覚重視のそれになって行った。
 「随分とお綺麗になられましたしねぇ」
 そういう変化に目が行くのは「同性」ならではか?
「恐らくはあのおかしくなったときからずっと女子のままかと」
「それじゃ女らしくなるのも当然ですわね。そういえばもうどのくらいになりましたっけ?」

 公園。住宅街の中だけに通る人もまばら。
 まるで舞台稽古のように誰も見てないステージで「芝居」をしているようだった。
 しかしこれは芝居ではない。男二人と女一人。いや。肉体的にも精神的にも男一人に女二人の三角関係の修羅場だ。
「変? そうね。本当ならあたしとあなたというのが筋よね。でもそうも行かないなら…こうするしかないじゃない」
 ふと漏れた本音。
 この一ヶ月。ずっと女を装ってきたみずきが見せた『心からの声』。
「どうして? どうしてそうなるのよ」
 涙声になる七瀬。
「お…及川君」
 坂本にしても困ってしまった。
 自分が好きなのは及川七瀬。その人。だが本命の彼女はなびかず、他の女子にばかり好かれる。
 数々の女子を抜いて橘千鶴。そして今、口付けを迫る少女がここに。

 以前には雰囲気に流されて自分からキスを迫ったことがあった。
 そのときは若干引き気味だったみずきが、今では夜の公園に自分を連れ出して自分からキスを迫っている。
 女の方からのこのアプローチ。並みじゃない勇気がいると見当はつく。
 だから応えてあげないといけない。そんな気がしている。
 間違った優しさである。

 だが人前。それもよりにもよって七瀬の目の前で他の女とキスなどできるはずもない。
 そこまではっきりしていながらも、慕ってくる少女を邪険に出来ない。
 優しさと言うよりは優柔不断か。

 実は上条と綾那も外で会っていた。それも人気のない場所で。
 どきどきしながら出向いた綾那だが、上条の用件は「自分にマリオネット能力があるのか確かめたい」だった。
 がっかりはしたが、こんな重要な話のパートナーに選ばれたことで気を取り直した。
 場所は綾那の自宅に近い公園だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ」
 両手を脇まで引き上げ気合を入れる上条。慌てて制止する綾那。
「違うの。違うの上条君。そんな風にしなくてもいいの」
「えっ? 神気はいらないのか。むう。つい『発動』と言うイメージからいるかと思っていたけど」
「それじゃくたびれちゃうよ」
「そんときゃ若葉に体力を補給してもらうさ」
 何の気なしの上条の言葉だが、綾那は自分をパートナーと認められたと認識した。
 上条に頼られるのが嬉しかったのだ。だからついいってしまった言葉が次だ。
「そ…そうだね。うん。ボク、上条君のためにならボクのエネルギーを上げてもいい」
 とんちんかんな会話だが、妙に成立している。
「ふっ。僕の足りなくなったエネルギーは若葉が補充できる。でも、及川の修復能力を持ってしても赤星の壊れた心が治らない…か」
 芝居がかっているようでいて、本気で哀愁が漂っているので心配はしているのだろう。
「うーんとね。上手くいえないんだけど、みーちゃんの女の子の部分が強くなったよね」
「つまり、例の倒れたときにそれが入れ替わっちゃって『基本が女で、お湯をかぶると男になってしまう体質』ととるようになったってこと?」
「あのねあのね。この一ヶ月で随分と変わったよー」

 みずきの変身体質自体は前年の八月から。
 中学最後の年はその体質をひた隠しにした。
 プールの授業は肺炎だったのを理由に全て回避。しかし秋雨前線で雨の多い日はびくびくしながらの登校。
 下校中に気を抜いて水をかぶってしまい、学生服の美少女と言う姿で帰宅したのも一度や二度ではない。
 さらに乾燥すればグラウンドの砂埃もひどくなる。スプリンクラーもたまに回り、それで危うく変身体質がばれかけたこともあった。
 それに疲れたのか進学先では初めから女としての生活を選択。
 おかげでその辺りの苦労はしなくなったが、それでも男らしさを隠して女として振舞う気苦労もあった。
 そして四月から11月までの七ヶ月。女としての生活・文化に馴染んでいた。

「女の部分が強くなっても不思議はないよな。しかし…どうやりゃ元に戻るんだ? なんだか及川が見てて痛々しいし…」
 この発言に半分は同意したものの半分はむっとした綾那である。
 自分のことはこんなに気にしてくれないのに…と。可愛らしいヤキモチである。だから突拍子もない行動に出た。
「あのね…上条君。マドンナ使わなくても元気になる方法あるんだ。試してみる?」
「えっ? それは試してみたいな」
「うん。じゃ目を瞑って」
(視覚を絶ってコスモを高めるのかな?)
 そんなふうに思った上条は何も考えずに目を閉じる。
 その暗闇の中、首に手が回されたのがわかった。ぶら下がるように体重で引き寄せられる。
 驚いて目を開けたら目をとしだ綾那の顔が直前。避けることも出来ない。

 178センチ上条と148センチの綾那。少女がぶら下がるようにしてのファーストキスであった。

 時間にしたら2〜3秒の接触。それでも充分だったらしい。
「きゃーっきゃーっ。チューしちゃったーっ。やーん。恥ずかしいーっ」
 自分から仕掛けておきながら顔を真っ赤にする綾那。
「わ…若葉」
「これでもう、ボクたち恋人同士だねっ。上条君…榊原君が真理ちゃんを呼ぶみたいにボクも名前で呼んでみようかな」
 その対象・上条は完全思考停止中。想像の世界に入り浸る彼には、これはちょっと刺激が強すぎた。
 一方、ずっと思っていたものの、さすがに自分から仕掛けるなんて出来なかった綾那だが、上条の言葉で感じたジェラシーが思わぬエネルギーを与えた。
 さらに勢いが止まらない。
「じゃあ言うね。あ・き・ら・くんっ…キャーッ恥ずかしいーっっっ。うーん。二人っきりのときだけだね。これは」
 勝手に盛り上がり赤くなっている。
「恥ずかしいからボク帰るね。おやすみーっ。かみじょ…明くんっ」
 ぶんぶんと手を振った後は、頬を押さえながら「恥ずかしい」を連発して走り去っていった。

 フリーズした上条が再起動したのは三十分後だった。

 キスがこんなかわいい感じで使われていない公園の修羅場。
「変? あたしは本気よ。女同士なら胸も痛くないわ。ずっと女友達。それでもいい。そのためなら女のままで構わない」
 本気なのはその目つきでわかる。完全に女の目をしているみずきだ。
「でも…それでもやっぱり胸が痛い。あなたと先輩をくっつけたくない」

みずき…私と先輩の仲に嫉妬なんて…本当に心から女になっちゃったの?)
「赤星君。君は何を…」
 会話に割り込めない坂本がやっと言葉をつむいだ。
 まるでそれが呼び鈴であったかのように振り向くみずき。妖艶な瞳を向ける。
「ねぇ先輩。あたしの本気。受け取ってくださいね」
 しなやかに首に手を回して、坂本の顔を引き寄せる。
「恋人の印を刻みましょう」
 ぐんぐんと二人の唇が近寄る。流されやすい性格の坂本は振り切れない。七瀬も動けない。
 二人がどちらからともなく目を閉じた。もう互いの息使いが感じられる唇の距離だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。やめて。みずき。私はあなたが」
 七瀬の絶叫はみずきの声で中断させられた。

少年から少女へ。少女からオンナへ

 このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに感謝!

『一ヶ月か…そりゃ一瞬で男が女になる体質だ。完全に女になるには充分な時間だよな』
「ああ。そうだよな。アイツ、なんだか女っぽくなったよな」
 あの墓参りでの一件は未遂に終わったものの、距離の縮まった榊原と真理である。
 榊原は新宿区。真理は渋谷区在住でか距離的には遠くはなかったが、あえて電話での会話を「楽しんでいた」
『確かにいい女になったよ。正体知らなきゃ手を出したかもな』
 わざとヤキモチを焼かせるつもりでそんなことを言う榊原。
「しらないぞ。男同士で結婚する羽目になっても」
 理解しているのか、怒ることなく切り返す真理。
『アイツが妊娠するはずが…待てよ。「一瞬で男が女になる体質」が「一ヶ月」? つまり体の中の女の器官が正常に働きだしてもおかしくないな』
「だろ。そろそろ始まってもおかしくないね。あれ」

「な…何よこれ?」」
 首にかけていた手を離してしまって腹部を抑えるみずき。
 坂本とのキスは15ミリ手前で回避。それどころではなかった。
「みずき?」
 キスは回避されたものの様子のおかしさに怪訝な表情をする七瀬。
「赤星君? どうした?」
 苦しむ様子に戸惑う坂本。それにもかまわず二人が見ている手前でスカートの中の下腹部に手を当てる。そしてその指先を見ると
「血? あたしどこで怪我を?」
 青くなったのはみずきでなくて七瀬だ。
(まさか…みずき。まさか…)
 動けなかった彼女が駆け寄る。そして怒鳴るように
「すいません。先輩。男の人は遠慮してください」といった。
 坂本もいくらなじみがないといえど、うっすらと察しはついた。素直に引き下がる。
 そしてたまたま自分もそろそろと言うことで、買い求めていたものを七瀬はみずきに分け与える。

 みずきは…初潮を迎えた。

 公園。そのトイレで新品のショーツにナプキンを当てて履き替える。
 ストッキングは幸いにも黒かったので血がついていても目立たない。
「落ち着いた?」
「うん」
 文字通り女同士での気遣いをする七瀬。
「冷えちゃったから余計痛くなってしまったみたいね。ダメよ。この時は冷やしちゃ」
「うん…これであたし、本当に女の子だね。子供が産める体になったってことよね。七瀬と同じで」
 居直りなのか、それとも本心から望んでいたのか。
 「完全に女の体」になったのに笑顔だった。反対に七瀬が涙をこぼす。
 みずきを抱きしめる。そして泣きながら「ごめんなさい」と。
「どうして…七瀬が謝るの?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 かつてみずきが変身体質になったのは本人の体質と古い薬と肺炎。
 その肺炎を引き起こした遠因は七瀬本人にあった。

 そして今、こうして心が女になったのは自分と坂本の密会現場を見られたから。
 それが今、こうしてみずきをいずれは子供を産める体…完全な女にしてしまった。

 傍目には女同士で波風の立たないはずの二人の仲。
 最大の恋敵は女のみずき自身だった。
 他の女に取られたのなら諦めもつくし、奪い返すことも出来る。
 けれど、正真正銘、身も心も「この女」に取られてしまった。
 そして男の瑞樹を消滅させたと、七瀬は自分を責めて『瑞樹』に謝り続けていた。

 償っても償いきれない。取り返しのつかない思い。
「これからは…私があなたのめんどうを見るわ…一生かけて償う」
 それが七瀬の見せた最大の誠意だった。

「そうね。あたしたちはこれからずっといっしょ。何しろ女同士だし」
 みずきの笑みは、どこか邪なものがあった。

次回予告

 失意の七瀬のために元気莫大。みずきの「男」を呼び覚ますため本気爆発。そして少年に一歩を踏み出させるため勇気で驀進。無敵のオタク魂。上条明。リングに立つ。
 だが敵は強い。激しい戦いの予感にときめくぜ。
 次回PanicPanic第33話。
 「無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜」
 クールでなくちゃやって行けない。ホットでなくちゃやってられない。

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