第33話「無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜」

 熱気渦巻く無限塾体育館。
 いつものような殴り込みではなく、正式な対校試合だ。
 無限塾ボクシング部が帝王学園ボクシング部を招いてのエキジビションマッチだった。

 練習試合といってもそこはそれ。無限塾である。
 この手のことには大盛り上がり。試験休みにもかかわらずかなりの人数が見物に着ていた。
 観客席中にはみずき達一同の姿も。しかしそこには上条の姿がない。綾那もいない。

 試合は星取り形式。五人ずつ出して先に三勝したほうの勝ちである。
 既に先鋒が判定でだが勝利を収めてアドバンテージ一つ。
 次峰戦は無限塾が助っ人の入来蛮。そして帝王学園が亜呑(あどん)だった。
「うらうらうらうら。どうしたどうした」
 ボクシングそっちのけで挑発している入来。呆然とするその場の全員。ついに亜呑が切れた。
「ジャマだぁ。このゴミがぁ」
 そしてこともあろうに「かかと落とし」を見舞った。
「ぶぎゃー」
 絶叫する入来。あえなくノックアウト。当然だが亜呑の反則負け。

「あーあっちも助っ人か。キックボクシングが本職ね」
 つまらなそうに榊原が言う。
「キックーボックシングと言うと、ムエッタイとも言うあれでござるな」
 まじめな顔でおかしな発音をする十郎太。
「あの、確か拳闘…ボクシングは腕しか使ってはいけないのではなかったでしょうか?」
 恐る恐る姫子が問う。
「いや。キックも使う別の格闘があってね」
 得意の解説癖を発揮していると男女ふたりがリングに駆け上がった。

 リング上。勝ったことにはなったが無様にのされている入来。
「入来先輩」
 駆け寄る上条。ボクサー姿だ。彼は観客ではなく選手なのだ。そして傍らにはトレーナー姿の綾那である。どうやらセコンドを買って出たらしい。
「ふっ。どうでぇ。上条。相手を逆上させて勝ちを拾う。これぞ埼京流」
 倒れて鼻血まで出しているのにサムズアップで勝ち誇る入来。担架で運ばれる。
「先輩。あなたの心意気は確かに受け取りました。これでまた、負けるわけには行かなくなりました」
 誰にも聞こえないようにつぶやく上条だった。聞かれていたら「勘違いだ」と突っ込まれていただろうし。

「さぁ。これで無限塾の二連勝。中堅戦で王手をかけました。このままストレートか? それとも帝王が巻き返すか?」
 実況もヒートアップしている。
「次は上条だな。がんばれよーっ」
 血が騒ぐ真理が熱い応援をする。そう。助っ人その二は上条だった。
 いわれた彼。上条は真理以外を見ていた。
「……」
 その場にはいるものの、みずきに寄り添い沈んだ表情の七瀬。
(見ててくれ。及川。このファイトで君を鼓舞して元気莫大に)
 そして七瀬の隣にはすっかり美少女と化したみずきが。長い髪を根本で束ね大きな真っ赤なリボンで。
 ファッションなのか大きな伊達メガネをかけている。顔のつくりがいいだけにぴたっと似合っている。
「うーん。格闘技ってなんか野蛮だわ」などといっている。かつては真っ先に襲撃に対して飛び出したのに…。
(赤星。君の中の男の部分を呼び覚ますために本気爆発だぜ)
 そして…車椅子の少年を見る。小学生の4〜5年生か。普通の男の子の格好をしているが、足だけはひどく痩せ細っている。筋肉が萎えてしまったのだ。
(陽一君。僕の勇気を君にあげるよ。だから君も勇気で驀進してくれ)
 彼は今度は前を見る。既に相手陣営のコーナーでは対戦相手がにやりと笑っている。
 上条もつられる。実は因縁の相手だった。決着の試合でもある。激しい戦いになるだろう。
(…ときめくぜ…)
 クリーンな闘いを前に彼は高揚していた。

 話は上条の父が警察病院に担ぎ込まれた日に遡る。その病室。
「連絡を受けたときはビックリしたよ。父さん」
「でも無事でよかった。ねーお兄ちゃん」
 病院でも全開のブラコン振りである。
「すまんな。ただかすっただけだ。それより揉み合って腰をやっちまった」
 手配されていた強盗を発見。袋小路に追い詰めたはいいが逆上した強盗ともみ合い。
 その際に脚をナイフが掠めた。
 人の子である。痛い物は痛い。だが堪えてそのナイフを出した腕をとり一本背負い。
 しかし足の負傷が力の配分を狂わせ、なんとか投げ飛ばして辛うじて手錠をかけたものの腰に激痛が。
 仲間がやっと到着して救急車で運び込まれたと言うわけである。
 幸い切り傷は長いものの浅くて、しかも手入れがよいナイフだったらしく、きれいに切れて治りが早そうだった。
 そうは言っても負傷して腰までやってしまった。僅かな間といえどリタイアを余儀なくされる。

「疲れてんのよ。ゆっくり休みなさい」
 上条あかりがクールに言う。
「そうもいかんさ。俺が行かないと」
 まじめなのはいいが腰が痛む。
「ねぇ。あたしにあなたの検死をさせないでくれる?」
 意味としては休まないと過労死や、犯人の抵抗で殺されるといっている。
 黙るしかない名刑事。
「もっと仲間を信用しなさい。たったの三日くらいなら埋めてくれるわよ。それにその足じゃ文字通りの足手まといよ。完治してから行きなさい」
 理詰めでこられると男は黙らざるを得ない。
「お前にはかなわんよ」
 爆笑が起きる。心配は要らないようでほっとしたのだ。

「おじさん…おまわりさんなの?」
 ここは警察病院。だが一般の人もいる。
 それは車椅子の少年だった。
「ああ。すまん。うるさかったかな?」
 少年は首を横に振る。代わりに質問を続ける。
「悪い人を捕まえるの?」
「そうだよ」
 場所が場所だけに身分を明かしてもいいだろうと考えた。
「暴れないのかな」
「暴れるさ。捕まりたくないからね。だから犯人逮捕は大変なんだ」
 正式には「身柄確保」だが一般にも通りのいい言葉で説明する。
 上条繁は名刑事ではあるが子煩悩でもあった。
 だから子供にはことのほか優しかったし、元々子供好きである。丁寧に答える。
「おじさん。強いんだね」
「ありがとう。坊や」
 会話が終わると少年は自分のベッドに戻る。
 上条明にはその沈んだ表情がふと失意の七瀬にかぶって見えた。

 見舞いがすんであかりたちは入院手続きを改めてすることにした。
 明は何かを気にしている。ついにたまらず女性看護士に尋ねる。
「あの…父さんの病室にいる車椅子の子。どんな病気なんですか?」
「ああ。陽一君? 彼は交通事故で入院したんです。
 体は完治しているんですが、本人がリハビリを怖がって。歩けないんじゃないかと。
 一歩なんです。一歩踏み出せれば変われるのに」
「……」
 それを聞いた明は病室へと引き返す。
「あっ。どこへ行くの? お兄ちゃん」
 輝が叫ぶが振り向かない。

 再び病室。帰ったはずの息子が戻ってきたので怪訝な表情の父親。
「明? 忘れ物か」
 父の言葉に答えず明は陽一少年のベッドに向かう。
「おにいちゃんは…おじさんのところにいた」
 突然の見舞い客に驚く陽一。
「陽一君。悪いが話は聞いた」
 陽一は応えない。
「リハビリをすれば歩けるはずだ? どうして歩かない」
 本来なら無作法を咎めるところだが、繁は別なところで驚いた。
(あの他人に無関心な明がこんなお節介を…もしかしてあの娘のおかげか?)
 綾那の屈託ない笑顔が脳裏に浮かぶ。

「ほっといてよ。僕はもう歩けないんだ。一生車椅子なんだ」
 布団にもぐりこもうとする。それを止める。
「君の恐れる痛みはどんなものだ? 何が怖いんだ?」
「……」
 彼には陽一少年が七瀬。そしてみずきにダブって見えた。だから放っておけなかった。

 散々にみんなで話し合いをして、どうもみずきは七瀬に失恋して「男でいるのが嫌になった」と分析できた。
 だからああまで過剰なほど「女らしく」振舞おうとする。
 しかし七瀬の言葉を信じるならばみずきは確かめていない。確かめる前に肺炎になりかけてダウン。
 そして心まで女性化してしまった。
 確かめれば間違いとわかるかもしれない。
 しかし、本当に七瀬が坂本の告白を受け入れたと言う現実を突きつけられるかもしれない。
 そしてこの少年。リハビリをしてみれば歩けるかもしれない。
 だが歩けないと言う現実を突きつけられるかもしれない。それが怖いともわかる。
 意外にみずきと似ていたのかもしれないと考えた。

 そして足を失った少年と、恋している(本人たちはそうは言わないが、瑞樹が男と知る面々にはばればれだった)相手を失った失意の七瀬。
 これもダブって見えた。

 だからなのか。だがこの少年を歩かせてみたくなった。
 彼が歩けたらみずきも元に戻り、七瀬にも明るい笑顔が戻るかもしれない…と。
 ひどい現実を突きつけるかもしれないが、それなら一緒に自分も痛みを背負い込もう。
 上条はそう考えた。

「よし。わかった。僕が見本を見せるよ。『勇気』の見本を」
「勇気の?」
 その言葉は少年の心を捉えたようだ。
「ああ。僕は今、ボクシングの試合に助っ人を頼まれている。気が乗らなかったが変わった。出ることにする」
「お兄ちゃん。ボクサーなの?」
 少年の目が輝く。どうやら格闘技が好きらしい。
「実際には違う。けど、僕の学校は争いが絶えない所だ。いつも戦っている」
 うそ臭い一言だが、無限塾に関しては事実だけに笑えない。
 内部。外部を問わず喧嘩の多い学校なのだ。
「ボクサーじゃないのに、ボクシングの試合に出るの? 無理だよ」
 思わず声が高くなる少年。
「そうだな。無理かもしれない。無様に負けるかもしれない。
 そしてたくさん殴られると思う。さぞかし痛いだろうとも考えると気が乗らない。けどね。
その『怖さ』を克服する心が『勇気』なのさ。
 無性に君に見せたくなった。いや…自分の勇気を確認したくなったと言うべきか」
「お兄ちゃん…」
 陽一の心は確実に動いている。もう一押し。
「陽一君。一つ賭けないか? 僕が勝ったら自分の足で歩くんだ」
 陽一は逡巡する。だがここでは『恐れ』を上回るものがあった。
「わかった。お兄ちゃんが勝ったらリハビリしてみる」
「よし。男の約束だ」
 男の心は男が知る。陽一も子供といえど「男」だった。上条の男気に乗ってしまった。

 それから上条は助っ人を引き受ける旨を、ボクシング部部長に伝えた。
 昔から続く対校試合直前に部員が怪我したため
(原因は外部との乱入で10人の部員のうち7人が拳をいためた。七瀬は精神状態が不安定でマリオネットの効果が期待できない)、
最悪の場合は試合中止もありえたが、それをせずに済んだので部長はほっとした。

 それから上条を改めてチェックする。部長は最初は入来に相談して彼は快諾。
 もう一人足りないのをどうしようとなり、入来が上条を推薦したと言うわけである。
 だから一度見ておきたかった。今はボクシング部の部室。
「君は良く悪漢高校とも戦っているからね。実力は確かだと思う。だがボクシングは喧嘩じゃない。一応、技を見せてくれるか」
 部長が言うと上条をサンドバッグの前につれていく。
「わかりました。ではまず…百龍拳
 無数の拳が叩き込まれる。
「おおーっ。凄いラピッドパンチた。一発の威力は低そうだが、あれだけ叩き込まれたら相手はたまらんぞ」
「へっへーん。凄いでしょ。上条くんは」
 その場についてきた綾那が自慢げに胸を張る。
 綾那だけでなくいつものメンツが勢ぞろいだった。
「つづいて、飛龍撃
 気を使って飛び上がり、全身でアッパーカットを叩き込む。
「むう…むかし『蛙飛びアッパー』と言う技もあったしルールには触れないが、足には気をつけてくれ」
 部長の注意。
「はい。続いては…龍気炎
 腰だめにした上条の手から『気』の塊が。サンドバッグに命中して大きく揺らす。
「ま…待て。それはちょっと」
 冷や汗のたれる部長。上条はマイペースで技の披露を続ける。
「最後に…龍尾脚
 跳ね上がり軸足のないけりを見舞う。
「脚は使うなーっっっっ」
 思わず叫ぶ部長。
「あっ。そーか。ボクシングだ。脚はダメだね」
 わかりきったことを再認識する。部長は不安になって入来のほうをむく。
「入来…本当に大丈夫なんだろうな? 彼は? 負けならまだしも足技使っての反則負けなんて恥もいいとこだぞ」
「心配要らねぇ。あいつはこの埼京流の俺様が見込んだ男だ。きっとやってくれるさ」
(その根拠のない自信はなんなんだ…)
 だがもう行くしかない。

 他の技も確認をした。飛龍撃を連発する飛龍乱舞。そして真・飛龍撃はアッパーとみなしてOK。
 龍尾脚の発展系の必殺龍尾脚。そして龍気炎の強化版。爆熱龍気炎も使用を禁じられた。
「そうなると持っているのはジャブの連打にストレート。アッパーか。まあフックがなくてもどのみち基本がまだだし。
 この際この強烈な技でKOを期待するしか」
「フックですか。確か、重心を左足に乗せ、相手を打ち抜くように振りぬく!」
 サンドバッグに見よう見まねのフックを繰り出す上条。当然形すらなってない。
「あれー。やっぱコークスクリューは掛からないね」
 がたっと肩を落とす一同。
「今回は熱血モードと思ったら」
「いつもどおりだな」
 榊原と真理が言う。
「ようし。それなら基本でストレートの練習。明日のために、打つべし」
 シャドーボクシングを開始する。その背後に浴びせかけられる声。
「ふっ。笑止。そんな付け焼刃で我ら帝王に勝てるとでも?」
 いつのまにかボクシング部の入り口に一人の男が。
「な、なにぃ? お…お前は、まさかあの…」
 上条が動揺する。
 きらびやかな癖毛が流れる女と見惑う美形が、バラを咥えて立っている…そんなシルエットだった。

あなたも可愛いイラストを自分のサイトに使ってみませんか?
「PanicPanic」を彩る参太郎さんのサイトはこちら。
「Happy Flower’s」


「な、なにぃ? お…お前は、まさかあの…」
 上条が動揺する。そこには髪を七三に分けた貧相な男が立っていた。
「おい…CM前のシルエットとぜんぜん違うぞ?」
 真理が突っ込むが男は平然としている。
「ふっ。車田漫画においてシルエットと実体が違うなどもはや常識」
 気障な態度だけは変わらない。
「車田『漫画』ァ? こいつもしや」
 ある可能性にたどり着いたのは真理だけではない。それを他所に上条と謎の男は対面した。
「御崎(みさき)…御崎拳(けん)。久しぶりだな」
 どうやら旧知の間柄らしい。
「ああ。しかし対抗戦の相手を見学に来たら驚いたよ。まさか貴様が代表とはな」
 憎悪の表情に。
「それじゃまさか、君が帝王の代表?」
「そういうことだ。そうだ。私は中堅と決まっている。上条。お前も中堅でこい。そして貴様のKOで帝王のストレート勝ちが決まる。いいシチュエーションだ」
「おいおい。勝手に決めないでくれ。そういうことは部長のこの俺が」
「いいだろう。敵が強い方が僕も燃える」
「こらこら。だから勝手に決めるなって」
 部長の言葉を馬耳東風な二人。
「いい度胸だ。それなら提案だが、我々の戦いだけは世界戦同様に3分15ラウンドで行こうじゃないか」
「おいーっ?」
 アマチュアボクシングは通常は2分3ラウンド。ほとんどにおいてはポイントで決まる判定がちだ。
「よし。その勝負受けた」
 勝手に二人で進めて行く。部長はすねてしまった。
「まぁせいぜい頑張るがいい。恥をかかないようにな」
 踵を返す御崎。その途端に舞い上がる黄金色(きんいろ)の物体。リュンリュンとうなりを上げている。
「な…なにぃ? 黄金のヘリコプターが12」
 ただしラジコンだが。意気揚々と引き上げて行く。

「御崎。まさかあの男が敵チームにいたとは…」
「お主、あ奴と知り合いのようだが?」
 十郎太の問い。それに応える上条は渋い表情だ。
「ああ。御崎拳。かつては朋友(ポンヨウ)と認めた男…だがある日、意見の食い違いから袂をわかった」
「それは…?」
 珍しく興味深そうに促す姫子。
「それは…『リングにかけろ』の主人公は高嶺竜児と主張する僕と、剣崎順と主張するあいつ…それだけだった
 真っ白な灰になる一同。
「ほ…本当に『それだけ』なんだね」
 さすがに引き気味の綾那。
「ようするに」
「アイツも上条同様のオタクか…」
「参考までにどんな好みなんだ?」
 榊原はなんかの役に立てばという程度で聞いたが
「確か…リングにかけろ」
 これはいま話に出たのでわかる。
「それからあしたのジョー」
 もう古典といえる作品だけにそれもわかる。
「がんばれ元気。はじめの一歩。ヘヴィ。神様はサウスポー。KATSU…」
 ずらずらすらすらと並べる。タイトルからなんとなく見当はついたが
「もしかしてそれってみんな…ボクシング物?」
 上条は首を縦に振った。
 一同は考え込む。
「オタクvsオタク。だが…」
「相手はボクシング物に特化している…」
「ストリートファイトならいざ知らず、ボクシングのリングで戦う以上、ちょっとこれはきついかも」
「左様。上条が漫画の真似から技を会得したのと同様とすれば」
「相手の方はボクシングの技に磨きが掛かっているはずですわね」
「明くん…」
 心配そうに見上げる綾那。上条はまじめな表情だ。

「それでも…僕は戦うしかない」
 上条が燃えて言う。
 七瀬。そしてみずきの顔を見る。
「君たちのために。あの少年のために。そして、御崎のためにも」
「明くん…」
 不安そうな綾那の表情。その頭に手を乗せてなでる上条。にこりと微笑む。
「戦うさ。例え無様にKOされてもね。リングにかけるさ」

第33話「無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜」Part2へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ