第33話「無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜」Part2   Part1へ戻る

 それから上条の猛特訓が始まった。小高い山。その切り立った崖の下。待ち構える上条。大声で合図を送る。
「先生。お願いします」
 崖の上には空手着姿の藤宮博。手には皮手袋をしている。崖の上では他の七人も見守っている。
「ようし。行くぞ。上条」
 いわれた藤宮は大岩を押し出して転がした。ごろんごろんと転がって行く大岩。そして上条が跳んだ。
「とぉーっ」
 そのまま空中で一回転。体勢を直して大岩目掛けてキック。
「上条キーッッッック」
 が、大岩にかすりもせず空振り。
 それでよかった。接触していたら七瀬でも修復不能な状態になっていたかもしれない。

「なにしてるんですかっ」
 その七瀬が怒鳴る。みずきの一件で落ち込んでいたものの、さすがにこれは突っ込みどころ満載だった。
「いや。特訓といえば古来からこれだし」
 あっという間に崖の上に来た上条がへらへらと。
「うむ。私はこの特訓で電光藤宮キックを編み出した。由緒正しい特訓法だぞ」
 こちらは大真面目に答える生活指導。
「あの…上条さん。藤宮先生。ボクシングは足は使ってはいけないと伺っておりますが」
 恐ろしく控えめな姫子の「突っ込み」
「む! そういえばボクシングだったな。それではこの特訓は無意味か」
「では動体視力を養うために、バッティングセンターでマシンの投げるボールに番号を書いて、それを読み取る訓練はどうでしょう?」
 妙にのりのりな上条だった。
「遊んでんじゃないだろうな?」
 思わず訊いてしまう真理。

「まったく……やっぱり男って野蛮だわ」
 すっかり女の子になってしまったみずきが呆れ顔で言う。
「ははは。そう言うなよ。僕らにとって歩けるのは普通のことだが、彼にとっては取り戻すのに勇気のいることなんだ。
 だから僕も自分の勇気を養わないといけない。そうでないと彼を説得するなんて無理だと思うんだ。
 心からの言葉でないと」
「上条君〜〜〜」
 既に目をうるうるさせている綾那。
 いつも上条の言うことは盲信してしまう彼女だが、今回は感動もあるらしい。
「言うことはもっともだけど…もっと方法があるんじゃない?」
 みずきが突っ込む。これも以前なら「もっと別の方法があるだろ」とか言う場面。
「とりあえずまともにボクシングをしよう。応用…必殺技は基本を身につけてからだな」
 榊原も冷静に言う。さすがにここまで上条にやられたのでボケようがなかった。
「しかし…時がほしいでござるな」
 黙ってしまう一同。確かに今からでは付け焼刃もいいところ。
「無茶は承知。ここから奇跡を起こすのが僕だぜ」
 もちろんあるヒーローの真似しているのは言うまでもない。そんなときだ。

「ふっ。笑止」
 ザシャアッ。足音が響く。
「お…お前は…御崎。御崎拳!!」
 どうやらまた偵察に来ていたらしい。それをいちいち名前を繰り返して呼ぶ上条。
「何をしているかと思えば、そんな付け焼刃で私と戦おうなどとは片腹痛い。今この場で決着をつけてくれよう」
 ザウッ。鋭い踏み込み。
「まずはこのストレートを受けてみろ。ジェットストレート
 ジェットと言うのは誇張ではない。本当に目にも留まらぬストレートが上条の頬を掠める。
 (速い)
「よくかわしたな。ならばこれはどうだ?」
 ジャブ。ジャブ。ジャブ。さらにジャブ。かわしきれないほどの拳の連打。
スピードラッシュ
「うおっ? 」
 辛うじてバックへと跳んでリーチからは離れたので、サンドバッグ状態は免れた。
 だがすぐ間合いを詰めてきた。懐に飛び込み顎を目掛けて拳が浮上する。
「あ…あれは?」「上条の飛龍撃?」
 まさにそれと同じく飛び上がってのアッパーカット。いや。アッパーの勢いで自分も宙に舞うと言うところか。
ファイヤーアッパー
 これをかわせたのは無限塾で乱闘になれているからに他ならない。
「おのれ。こうなれば…」
 新たな技の態勢に入る御崎。
「見損なったぞ。闇討ちとは」
 ようやく上条が迎える体勢になったときだ。
「そのくらいにしとけよ。御崎。上条」
 どこからともなく声がした。男。少年の声だ。
「今の声は?」
 闘いを中断してしまうふたり。

 声は木の上からだった。
「よっと」
 ジャンプすると回転して体勢を直してきれいな着地をした。
 身長は170後半。細身。特徴的なのは短い髪が赤く染まり逆立っていること。
「よぉ。久しぶりだな」
 「誰?」と言う想いが大半の中で
「風見(かざみ)!」「裕生(ひろお)!?」
 上条と御崎は知っていたらしい。三人が旧知の仲と言うほうが正解か。
「まったく。特訓にきてみれば知った顔が二人もいて、しかも喧嘩してる。たまげたぜ」
 癖なのかオーバーアクションで話す。
「素直じゃないな。御崎。手の内を明かすのに闇討ちを装うとはな。
 ま…そうでもしないとこのおっとり野郎は本気にならないけど。
 あ。もしかして偵察のふりして宣戦布告でもしたんじゃ?
 相変わらず芝居がかっているな。オレも人のことは言えないけど」
 途端に赤くなる御崎。図星だったようだ。
「う…うるさい。代表と言うからボクシングを始めたかと思って調べてみれば助っ人だとか。
 そんなボクシングの素人に勝っても自慢にならん。せめて手の内を明かしてアドバンテージをなくすくらいしないと…」
 喋っているうちにどんどん赤くなる。どうやら芝居してないと恥ずかしいらしい。
「か…帰る」
 とうとう引き上げてしまった。

「上条。彼は?」
 榊原が紹介を求める。
「ああ。そうか。紹介するよ。こちらが中学時代のクラスメイトで風見裕生。
 風見。こちらは僕の高校の友人で…」
 上条が互いを紹介した。
「よっろしく♪」
 乗りは軽いが丁寧な挨拶をする。榊原達も返礼する。
「上条君。御崎君とも知り合いなの?」
「ああ。オレと上条と御崎。この三人で三バカ…と言うか」
『オタクトリオ』といわれていたっけ」
 懐かしそうに笑う上条だが榊原達は引き気味。
(つまり…筋金入りがまた一人…)
「槙原にもよく怒られたっけ。そういえば一緒の学校じゃなかったっけ?」
「おう。相変わらず固いぜ。そうそう。詩穂理の奴。高校に入ってからメガネになったんだぜ」
 昔話と現況の報告に花が咲く。

(あ…この人はボクの知らない上条君を知ってるんだ…それに「槙原」「詩穂理」って誰だろう? 上条君…彼女いたのかな?)
 軽く嫉妬してしまう綾那。
「上条。盛り上がっているところを悪いが…特訓はどうするんだ?」
 藤宮が尋ねる。
「あっ。そうでした。うーん。とりあえずちゃんと基本をやらないとダメですね。
 でも御崎の言うとおり付け焼刃ですが…だからこそ一撃必殺の技を編み出したかったがこの方法じゃダメのようです」
 引き上げの方向に。
「なんだよ。もう帰るのか? 久しぶりに会ったのに。まぁいいか。元々一人でやるつもりだったしな」
「ああ。じゃあな」
 再会した旧友は入れ替わるように分かれる。

 学校へと移動中。十郎太が問いかける。
「ところで上条。あの御仁は何の専門家なのだ?」
 十郎太は風見裕生は何のオタクかと聞いている。
「アイツは特撮オンリーだな。ただアイツの場合オヤジさんが元のスーツアクターで。ヒーローもののね。それで育ったのも大きいみたい。
 だからアイツも将来はああいう職業に就きたいと思っているらしい。『特訓』もその関係だろうね」
「ねね。上条君。槙原さんて言うのは?」
 どうしても気になる名前だった。
「槙原詩穂理。風見の幼なじみでね。まじめが服を着て歩いているような女子。ただ見た目はちょっとまじめに見えなくって」
「なんだそりゃ?」
 真理が突っ込む。
「例えて言うなら榊原の女の子版かな。背は低いけど大人びて…それもなんとなくエッチな顔で。
 そうかぁ。メガネかけたらイメージ変えられるかもな。目が悪いせいか目つきがきつかったからな」
「ふぅん。それならあたしも伊達メガネでもかけてみようかな。女の子っぽくなるかしら?」
 意外なところに飛び火したのがみずきだ。
 しかし髪がここまで伸び、その上メガネまでかけたらもうかつての面影などないのでは?
 いや。むしろ面影を消し去りたいのかも? 男だった過去と一緒に葬って…
 一同はそう考えた。

 翌日。
 テスト勉強もしつつボクシングの特訓をした上条。
 意外かもしれないが成績はそんなに悪くない。
 「中の上ですね」が本人の談話である。
 だからか勉強も要点は抑えているので、練習時間を確保出来ていた。

 そして病院へ。
 父は既に退院していたが未だリハビリを怖がる少年の元へ。
 このころには陽一とはもうだいぶ仲良くなっていた。
「こらぁ。陽一君。君はまだリハビリをしないらしいな」
 以前の上条からは考えられないほどの他者への干渉。
 やはりまがりなりにも「付き合っている」形の綾那の影響があるのか?
「だって…お兄ちゃんまだ試合してないじゃないか」
 一理はある。約束は勝ったらである。
 もちろんリハビリすれば歩けるはずだが、本人が拒否をし続けてそれが出来ない。
 ある意味では上条のした約束は、リハビリをしない口実を与えてしまった形である。

 そして「自分も痛い思いをするから君もがんばれ」とはいえない。
 いってしまえば上条が勝手にやっていることだ。
 彼にしてみれば自分のファイトで、彼のファイトを呼び覚ますことしか出来ることはなかった。
「ようし。それだけ言うなら僕が勝ったら必ずリハビリをする。いいな?」
 ヒーローのように振舞う。いや。ヒーローになろうとしていたのかもしれない。
「うん。約束するよ。試合も見に行く」
 陽一もそれにあこがれる少年の立場か。
「ああ。来てくれ」

 無限塾。期末試験が始まった。
「なんだ赤星? 目を悪くしたのか?」
 いくら潜伏のためのニセ教師でも、さすがにこの変化は声をかけないと不自然だ。
 中尾…斑はみずきに問いただす。
「いえ。こうしたら少しは落ち着いたイメージで、おっちょこちょいが治るかなって思って」
 本当にみずきは伊達メガネをしてきた。もちろん女物のデザイン。丸いメガネにロングヘア。
 奇しくも斑と真理はこの姿から同じ少女を思い出した。
(小山…)(ゆかり…)
 そう。真理にしたらこの学校で最初の友達で、斑にしたらこの学校で最初に手をかけた思い出の少女。
 小山ゆかりを思い出させた。

 殺人者は知らない。自分を追うものが『教え子』の中にいることを。
 追跡者は知らない。自分が追うものが『担任』の教師と言うことを。
 仇と毎日顔をあわせているのだが…
「お前はそれ(おっちょこちょい…ドジ)さえなければ成績は優秀だ。カンニングなど必要あるまいが、調べさせてもらうぞ」
「どうぞ」
 細工できないようにとみずきに取らせず、自分でみずきの顔からメガネを取る。
 そのときにみずきの細くなった白いのど元を、むき出しのそれを両手で締め付けてやりたい衝動を抑え込むのにひどく苦労した。
(くそっ。ストレスがたまっているのか。普通の男が禁欲生活中に女の胸や尻を見せ付けられるように、今の私にこんな喉元を突き出されたら…絞め殺したいが今はダメだ)
 何とか衝動を抑え込み、メガネを点検する。何の変哲も仕掛けもない。
「まぁピアスや指輪をしているわけじゃない。仕掛けがないなら別にしててもかまわん。無意味と思うがな」
「はぁーい」
 抑制を余儀なくされて皮肉を言うが、可愛らしい返事をしてみずきは着席するだけ。
 他の生徒もこの担任を嫌っているのでむしろ痛快だったようだ。

「はじめる」
 テスト開始を告げると、いっせいにテスト用紙が捲られ筆記する音だけが響く。
 生徒たちの間を歩いて監視しながら斑は別のことに思いをはせる。
(くそっ。私に敗北感を植え付けた上条繁。その存在があるから以前のように殺しが出来ない。
 この学校の生徒がまた行方不明になれば前の件も含めて調べに来るだろう。
 もちろん物的証拠はないが、それでも状況証拠が揃ってきたらマークされてさらに『趣味』が出来ない。
 いまいましい。それと言うのもこいつの親父が…)
 ちょうど上条のそばだった。斑はふと立ち止まる。
 監視している目ではない。憎悪の目だ。
(年明けにスキー合宿があったな。クラス全員参加だ。当然こいつもな。
 また適当に刺客を見繕ってやるか。息子が殺されたとなれば失意か。あるいは遠いスキー場の捜査に気をとられるか。
 どちらにせよいい気味だ。生徒同士のトラブルで私も『責任』を問われるかもだが、その程度の代償は惜しくない。
 何ならこんな仕事(教職)。やめてもいいしな。疲れるだけだ。わざわざやる奴の気が知れない…)
 一方、立ち止まられた上条は…
(な…なんだっ。どうしてここで立ちどまるっ?
 ボクシング部に参加しているから試験勉強が出来てなくて、カンニングをすると思われたかっ?)
 やましくなくてもこの状況ではさすがに焦る。
 だが中尾がいいうさばらしを思いついて満足してまた歩き出したので、そのプレッシャーから解放された。

 試験終了。
 幸いにして上条には追試なし。
 みずきもめがねの効果か、解答欄を間違えるようなミスもなく追試はなし。
 そして綾那もぎりぎりだが赤点なし。
 夏休みの半分もあるかないかの冬休みを削りたくない一心だろう。

「テスト終わったから遊ぼうよ。上条君」
「すまない。若葉。それは出来ない。練習に時間が要る」
 もっともな反応の綾那だが上条は断った。
 いつものように無碍にしたのではなく、陽一との約束を守るためだ。
「そっかぁ。うん。ボク応援してる」
 だから綾那もすんなりと引き下がる。
「ありがとう…そうだ。若葉。それと及川。あと姫ちゃんにも頼みがあるんだが」

「はい?」「なんでしょうか?」
 いつものメンツの目と耳を自分に向ける。
「今度の試合はいつものストリートファイトと違う。相手を退けるだけじゃダメなんだ。
 正々堂々とやって、そして勝たないと陽一君の心は動かせないと思う」
(そして赤星の心も揺さぶれない)…これは言葉に出さない思い。
「敵陣に及川や若葉と同じような能力の主がいて、それが御崎の手助けとをしているなら話は別だが、そうでもないなら君たちも試合中は手助けをしないでくれ」
「……わかった」
 上条の言うこととはいえどその能力の封印は躊躇を…だが愛する少年の意思を尊重した綾那。
「御武運を」
 そういう状況は良くわかる姫子は、その言葉で了承を伝える。
「そうね。男だもんね」
 ちらっとみずきを見ながらいう七瀬。
「ちょっと七瀬。あたし見て『男』って言わなかった?」
 やはり兄弟…現時点では姉妹と言いたいみずきと薫。食って掛かる様子がそっくりだ。

 話はさらに続く。
「そしてこれは赤星。榊原。風間にもお願いだが…絶対にタオルは投げ込まないでくれ」
「タオル? 手ぬぐいを投げるとはどういう意味でござる?」
 外国のスポーツなので疎かった十郎太に榊原が説明する。
「風間。リングにタオルを投げると言うのはな、ギブアップ。試合放棄を意味するんだ」
「むう。上条が試合放棄となれば…」
「陽一君がギブアップしてもいいことになるわね。せっかく歩けるのに…」
 十郎太の言葉を、みずきが丸っきりの女言葉でつなぐ。心配する表情も女そのもの。
「なぁに。例え無様にKOされたとしても、試合さえ終われば頼りにしてるから。死ぬことはないだろう」
「うん。わかったわ」
 タオルを投げ込まない約束か。それとも治療のほうか。七瀬の返答。
「ありがとう。この試合、陽一君だけじゃない。御崎のためにも堂々とやりたい。
 いわばこの試合でどちらが真のオタクか? なりきって技を使えた方が勝てると思う。
 つまりオタクの中のオタク。キングオブオタク。オタキング決定戦。それも負けられない」
 いいムードが一気に萎える。でも上条は本気で燃えていた。
(うーん…私だったらそんな称号。ラッピングしてリボンかけてカードを添えてあげちゃうけどなぁ…)
 「熨斗つけてくれてやる」を七瀬風に言うとこうなる。

 そして試合当日になった。

第33話「無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜」Part3へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ