第33話 無敵のオタク魂〜リングにかけろ〜Part4   Part3へ戻る

「あ…あれを見ろ」
 観戦者の一人が天井を指差す。半ばつられて一斉に見上げる。綾那やみずき。七瀬も例外ではなかった。
「あ…あれは?」
 はるか上から二人の男が降ってくる。
「上条君!!」
 綾那の歓喜の声が響く。御崎ともども消滅などしていなかったのだ。
 二人の大きな神気を用いる技の激突。そのタイミングが絶妙だったため相撃ちに。
 そしてそれは『爆発』を起こして、瞬間的に両者を高く吹っ飛ばした。
 だから消えて見えたのだ。
「ま…まずい。このままじゃ二人とも墜落する。いくらリングでクッションが効くといえど、この高さからじゃ無事で済むわけが」
 榊原が叫ぶとおり、消滅を免れたがさしあたっての危機が迫る。
「それならアタイが!」
 ガンズンローゼスを伸ばす真理。
「どうするつもりだ? 真理」
「網を張って激突を止めるに決まってるだろ。カズ」
「い…いや。どうやらそれは無用の様子でござる」
 十郎太の言葉で落ちてくる二人を見ると…

 この異常なシチュエーションに異常なほど冷静な二人だった。
 それを言うなら普段からシミュレート出来ていると言うべきかも知れない。
「上条。一時休戦だ」
「OK。御崎。ワンツーで行くぞ」
 落下しつつも冷静な作戦を。
 リング激突寸前。タイミングを合わせた二人は、互いに相手に向かってキックを見舞った。
 それが互いのリングシューズの裏側に決まる。
 蹴られた反動。蹴った反動でベクトルが下方向から横に。
 リング激突を免れた二人は真横に吹っ飛んでロープに。
 プロレスのように何度もリバウンドして勢いを殺してやっと止まった。リングの中に倒れこむ。
「ぬぉぉぉ…」
「うぐぅ……」
 必死の力で立とうとする二人。
「カウントしろっ。レフェリー」
 呆然としていたレフェリーだったが、中尾に言われて思い出してカウントをする。
 それだけに回復の余地が出来た。
「まだだ…まだ終わらんよ」
 ロープにつかまりつつ立ち上がる御崎。
「燃えろ。俺のコスモよ。黄金(ゴールド)聖闘士(セイント)の位まで」
 自分を鼓舞して立ち上がる上条。
 両者辛うじて間に合った。ここでゴング。
(ちっ。こんな茶番はさっさと終わらせたかったがな。運のいい奴等だ…いや。悪いのかな。まだ戦わないといけないわけだし)
 無表情でほぞをかむ中尾。

 呆然としている科学部。
「バ…バカな。我々の計算に間違いなど…」
「入力ミスだよ。あいつらを『普通の人間』とみなして入れりゃ計算違いも起きる。あいつらは普通じゃない」
 榊原の言葉でも納得いかないサイエンティストたち。

「わかんないよっ」
 泣きながらの少年の声が響く。陽一だ。
「どうしてそんなにしてまで戦うんだよ…苦しいならやめればいいのに」
 ほとんど涙声。
「ああ。やめたいね。けどさ…今は勝つことしか考えられない。これが男…いや。オタクって奴かな」
 疲れた声で上条が言う。それに御崎までが続く。
「オタクとは『道を極めし者』私が認めたオタクがこうしてリングに立って向かい合っている。
 ボクシング漫画オタクのオレとしては、このジャンルで負けることだけは許されない」
 そしてどちらからともなく笑みを向ける。

(こいつら…バカだ…)
 観客席のほとんどの思いがそれ。しかしちょっとニュアンスが違う。
『愚か者』よりは『役者バカ』とかのバカに近い。
「そしてさ…約束は守らないとな」
 ニカッと笑う笑顔に綾那は惚れ直した。
「バカよ。やっぱり男ってバカよ。あー。やめてよかったわ」
 みずきが必死になって『男』を否定している。

 第五ラウンド開始のゴングが打ち鳴らされた。同時に御崎がパンチを繰り出しつつ技の名前を叫ぶ。、
「ギャラクシーデストラ…」
「な…なにぃ。ここで?」
 一瞬迷いの生じた上条のボディに強烈なブローが入る。
「ぶおっ」
 思わずくの字に曲げる上条。胃液が逆流するかと思ったほど強烈な一撃だ。
「バカめ。フェイントに引っかかるとはな」
 動きの止まった上条にパンチの嵐が見舞われる。
 何とか反撃しようとパンチを捌こうとする上条だが上手く行かない。
「なにやってんの!? 上条。そんなのブロッキングできるわけないから素直にガードを固めろっ」
 みずきがエキサイトして叫ぶ。
「みずき!? 今…」
 七瀬が驚いた表情をしている。期待を込めた表情でも。
「え? 今…あたし何か言った?」
 当のみずきはまた女の表情と言葉遣いに戻る。落胆する七瀬。
(今一瞬。男言葉を使ったと思ったけど…錯覚だったみたい…もうみずきの心は女で固定されちゃったのかなぁ…諦めるしかないのかなぁ…)
 試合の展開どころではなかった。

 だが歓声で我に返る。リングを見ると乱打の末に上条がダウンしていた。
「ニュートラルコーナーへ」
 レフェリーに促されて下がる御崎。カウントが始まる。
「ぬああああああっっ。無敵のオタク魂ぃぃぃぃ」
 良くわからないが気迫だけは伝わるセリフで立ち上がる。だが膝が笑う。
「誰に誓った? 自分に誓った。あの子の為にも勝利すると。勇気を見せると」
 もちろん。例によって漫画からのセリフだが、シチュエーションと合致して心を動かされた観客もいた。涙を流している。
「うぉぉおおおおおーっ。かっこいいよぉ。上条」
 涙がきらきらと光っている。
「ぬぁあああああっ」
 文字通り「気合」だけで立ち上がった。
「くっ。しぶとい奴め。だが」
 再び御崎の拳が乱れ飛ぶ。
「上条。お前のオタクぶりは私も認めよう。だがボクシングに関しては負けられないのだ。
 お前がかけているものは大きいようだが、私も決して小さくはない」
 さすがに捌くほどの元気もなく、両腕でブロックしているがその腕自体がしびれてきた。
「私こそがオタキングなのだーっっっ」
 ファイヤーアッパーが炸裂する。
「うおっ」
 心臓が止まるかと思った胸板への強烈な一撃。後方へ跳ぶことで何とか威力を逃がした。
 だが御崎の技が次から次へと上条を襲う。

 観客席。仲間たちも顔色が悪い。
「アタイ、上条がこんなに打たれているなんて初めて見た…」
「ぬう。果し合いならいざ知らず、拳闘となるとやはりあ奴に一日の長か…」
 確かにこれは不利だった。
 ボクシングでは龍気炎も龍尾脚も使えない。
 一方の御崎はボクシングに特化している。完全に相手のフィールドであるのだ。
 むしろ上条は善戦といってもいいくらいだ。
「対抗戦そのものは(負けても二勝一敗で)まだ有利ではありますが…」
 姫子は口を閉ざす。
 上条の負けは陽一にリハビリをさせられないことを意味する。

 またもやゴングに救われた。御崎にしてみれば邪魔をされたと言うところか。
 一分間のインターバルでのどの渇きを癒すためうがいをさせ、傷などにワセリンを塗る部員たち。
「奴を見ろ。ふらふらじゃないか。判定どころかTKOすらあるぞ」
「ああ。御崎。ここは無難に行け。奴のアッパーだけはやばそうだから、食らわないように距離をとれ。
 ほっとけば判定がちだ。KOくらいかねないリスクを冒すな」
 余計なアドバイスだった。これが御崎の心に火をつけたのだから。
(そんな勝ち方。面白くない。もっと劇的にドラマチックでなくては…)

 3分1ラウンドを5ラウンド。とてつもない運動量である。
 上条の呼吸も自然と荒くなる。目もうつろで精気が無くなって来ていた。
「上条君…」
 セコンドが仕事している中で心配そうに顔を覗き込む綾那。
「…若葉…」
 ほとんど聞こえない声で上条がつぶやく。
「なに? 上条君?」
「いつも…ありがとな…闘いのとき、君が体力をチャージしてくれるから飛ばしていける…いつの間にか君にすっかり甘えていたんだな。
 それが使えない状況で…ありがたみがわかったよ…ありがとう…」
「いいよ。もっともっと甘えてよ」
 こんなときだがにっこりと笑う綾那。いつもの幼い表情ではない。

 甘い一時だがインターバルは一分。しなくてはならないことは多かった。
「さあ。上条」
 セコンドがうがい用の水を出す。だがそれを綾那が受け取る。
「上条君。今は…ボクがこうして元気をあげる」
 綾那は一口水を含むと、それを上条に口移しで飲ませた。

「おおおーっ」
 突然のラブシーンに湧き上がる観客席。
「あ…あのアホ。人前で…」
 誰よりも肌の白い真理だが、誰よりも頬を赤く染めていた。
「だ…大胆ですわ。綾那さん」
 姫子も恥じ入っている。

「これは…不祥事ですぞ。不純異性交遊ですぞ」
 頭の固い教師が塾長にアピールする。
「かまわん。上手く飲めないのを手助けしてやったのだろう。人工呼吸のようなものだ」
「しかし塾長。これだけの人間の目の前で…」
 ぎろり。塾長が「うるさい」とばかりににらみつけると、その教師は慌てて回れ右をして立ち去った。
(馬鹿な奴だ。あの男に勝つには並大抵じゃダメだ…私ですら恐れる存在なのだからな)
 中尾…斑が冷ややかに馬鹿にしていた。
(ン?)
 特有の感覚がある。
(誰かマリオネットマスターがいるのか?)
 それとなく観客席を見るとそれが見つかった。

(あ…あの野郎…オレの綾那の唇を…)
 観客席にいた一人の少年が嫉妬の炎を燃やしていた。上条と同様の一年だ。
(あのオタク野郎だからいつか愛想を尽かすと思って待ち構えていたら…そんなことまで。殺してやりてぇ)
 邪念が燃やすどす黒い炎が、彼の「マリオネット」を隠しきれなくする。

(ほぉ)
 思わず頬が緩みかける斑である。
(こいつはいい。まだ他にもマリオネットマスターがいたか。しかもどうやら上条を憎んでいる。
 好都合だ。私とベクトルが一致している。
 しかも一年のようだからスキー合宿も参加のはずだ。それまでに…)
 いっぺんに機嫌の直った斑だ。

「わ…若葉?」
 ビックリして疲れを忘れてしまった上条である。
「がんばって」
 照れもありリング下に降りる。その綾那にみずきが詰め寄る。
「どうして…やらせるのよ?」
 綾那は答えない。ただ拳と唇をきつく。さらにみずきが続ける。
「あんなことしてまで行かせるなんて。上条君のことが好きなら止めるべきよ」
 理屈で語るみずきに綾那はハートで答える。
「止めたい。ボクだってもう戦わせたくない」
「それだったら」
「でも…上条君がああしたいならさせてあげたい。みーちゃんも女の子だって言うならわかるでしょ。この気持ち
 半分涙声の綾那である。本当はもう痛々しくて見てられなかったのである。
 何度タオルを投げようかと思ったか。
 けれどそれは上条の本意でない。
 綾那は好きな男のために敢えて「ガマン」を選んだ「女」である。
「あたし…あたしは…女?(女ってそういうもの? 七瀬もそうなの? 何かガマンしてるの?)」
 その感覚が理解できなかったみずきは混乱を起こしていた。

 第6ラウンド。開始早々に御崎はギャラクシーデストラクションの体勢に入る。
「何をしている? そんな大技はいらない。小技でつないでいけ」
 怒鳴っている帝王学園サイド。戦略的には当然だ。しかし、御崎の心は燃え上がってしまい自分でも抑えきれない。
「すみませんが先輩方。そんなせこい勝ちなど欲しくないんですよ。ドラマチックに決めてこそ華」
 そして神気が高まる。
「上条。今まででもう充分に神気は高まった。ここで決着をつけてやるぞ」
「いいだろう。どのみち僕にも」
 右腕を低い位置に構える上条。
「これしかない」
 4ラウンドの再現か。

「やめろ。二人とも。また吹っ飛んだら今度も無事とは保証できないぞ」
 さすがに制止する榊原。
「ぬう。まさに果し合い。斬られる覚悟すらあると見た」
 今回は的外れといえない十郎太の例え。それだけ真剣さが伝わってきた。

「やる気だ…」「二人とも」
 息を呑む観客席。

「お兄ちゃん…どうしてそんなにまでして…苦しいのに…痛いのに…」
 戦況をじっと見つめる陽一。
 車椅子の肘掛に添えた腕に力が入る。

(ふん。スキー合宿まで待つまでもないか。バカ二人で潰しあってくれるとはな)
 醒めに醒めている斑。

 静かなるリング上。ステップもなくボクシングと言うより十郎太の言うとおり果し合いだった。
「上条。確かにそのアッパーは凄い。だが勝つのは私だ。単純にリーチの差でな。
 お前がそれを私に食らわせるには懐に飛び込むしかないが、その前に私のギャラクシーデストラクションがお前を穿つ」
「はたして…そうかな?」
 不適に笑う上条。

 ラウンド終了間際。
「うぉぉぉぉぉっ」
 痺れを切らしたかのように上条がダッシュ。だが御崎はにやりと笑う。
(このタイミングで決まりだ)
「ギャラクシーデストラクション」
 居合いのように繰り出される。ところが上条は既に跳んでいた。
(なにぃ? あのアッパーのタイミングじゃない?)
 そう。ノーマルな飛龍撃だった。それで跳んで御崎の必殺の一撃を回避。さらに懐に飛び込んだ。
(しまった!? あのアッパーの無敵時間で攻撃を回避した上に懐に)
 後悔先立たず。必殺の一撃で腕が延びきった硬直状態は格好の的。
 まず右の拳がボディに。続いて左の拳が顎を砕く。そしてあとは飛び上がりながらとどめの一撃。
「真・飛龍撃」

「真・飛龍撃!!」

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの見田航介さんに感謝!


「うぉああああああーっっっっ」
 ばんざいをするようなポーズでリング外にたたき出された御崎。
 カウント内に戻ってこれなかった。上条の大逆転勝利だ。

「やった! 凄いよ! お兄ちゃん」
 腕に力が。腕だけではない。既に治っている足にも。
 興奮した陽一は自分が何をしたかわかっていない。
 周りはみんな驚いている。

「やったやったね。上条君」
 やっと試合が終わり遠慮なく抱きつく綾那。もうキスまでして見せたのだから公認だとも思っていた。
「ああ…ん?」
 ふとリングの下に目を向けると…
「なんだ。陽一君。立てたじゃあないか
「え? あ…僕いつのまに」
 上条の大逆転勝利に興奮した陽一は、思わず腕に力を入れて立ち上がってしまったのだ。
「ぼ…僕…」
 元々治療はすんでいたのだ。ただリハビリを…「歩けないかもしれない現実」を恐れて歩こうとしなかったのだ。
 もちろん筋肉は萎えているが、それでもリハビリで戻る。
「さぁ。約束どおりに勇気をあげたはずだ。今度は君が約束を果たす番だ」
「うん」
 さすがにいきなり普通に歩けなどはしない。それでも車椅子に捕まりながらといえど、リングに向かいよたよたと歩いて見せた。
 タラップはさすがにきつかったので上条が手を差し伸べる。
 リングの上に引っ張りあげられる。
「歩けた。歩けたよ。お兄ちゃん」
 喜びから涙が出る。期せずして観客席から拍手が沸き起こる。
 事情は説明されていなかったものの、今のやり取りだけで充分に理解できていた。
 少年の勇気に対しての賞賛だ。
 上条と陽一。二人は互いに約束を完全に果たしたのだ。

「う…上条…私は…負けたのか?」
 なんとかリング内に戻ったものの、その時点ではカウントが終了してリングアウト負けとなっていた御崎。
 試合が終わったので、御崎も上条も七瀬が治療を。綾那が体力回復をしていた。
 気絶から目を覚ました彼に歩み寄り、起こしてあげる上条。
「確かに…試合は僕の勝ちだった。だが御崎。君が『無難な試合』を捨てて『ドラマチックな決着』を求めたからだ。その点では…君のほうこそ『真のオタク』にふさわしい。
 君こそ…オタキングだ
 妙に感動的に御崎の右腕を掲げてみせる上条。
「上条。私にその称号をくれると言うのか?」
 にっこりと微笑む上条。二人は抱き合う。絵面だけなら感動的だが観客席は…
(そんな称号…欲しくねぇ…)
当然ながら醒めていた。

 そして全日程が終わる。副将戦。大将戦は帝王が意地を見せたが勝敗は決していた。
 リングの上では表彰式が行われていた。三位の選手。二位に敢闘賞で御崎。そして一位は
「そして本日のMVPは…奇跡を呼んだ上条明選手」
 大歓声が沸き起こる。だが上条は現れない。
「なにぃっ? 上条がいない」
「一体どこへ?」

 そのころ、何故か袖を引きちぎった空手着に身を包んだ上条は、赤い鉢巻をぎゅっと締めて夕日に向かっていた。
「真のオタクの道はまだ遠い。修行あるのみ」
 彼は夕日に向かって歩き始めた。

「僕より、オタクな奴に会いに行く」

次回予告

 北条家主催クリスマスパーティー。身も心も女になりきったみずきをはじめ、渦中の人である坂本。そして千鶴などがやってきた。当然ながら平穏無事に済むはずがない?
 次回PanicPanic第34話「Merry Xmas」
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

第34話「Merry Xmas」へ

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