第34話「Merry Xmas」Part4   Part3へ戻る

「お母さん…苦しいよう…」
 まるで女の子のような小さい頃の瑞樹。風邪を引いて寝込んでいる。
「瑞樹ちゃん。あなたは男の子。強い子よ。だからしっかりしましょうね」
 優しく微笑む母は濡れタオルを交換してわが子を元気付ける言葉を。
「さぁ。お母さんがついていてあげるから、安心して寝なさい」
「うん…」
 母の優しい子守唄で眠りに落ちた…


「あ…」
 実際に歌声が聞こえていた。ただそれは瑞枝ではなく七瀬の歌声。
「あ…ごめん。起こしちゃった?」
 小さな優しい歌声の子守唄。寝顔を見ているうちに自然と口ずさんでいた。
「いや…自然に目が覚めた。はは。夢の中じゃ眠ったところだったのに」
 ここは医務室代わりにキープされていたホテルのある部屋。そのベッドにみずきはドレス姿のまま寝かしつけられていた。
「うーん。なんか調子が悪いな…例えるなら寝すぎてしまったそんな感じ…」
 頭をぼりぼりとかく。
「もう。せっかくのヘアスタイルが台無しじゃない…でも、女の子の心じゃなくなったみたいね」
 みずきのイメージする女性像の一つに、女は絶えず鏡を見ていると言うものがある。
 だから女性化していた間はみずきもしょっちゅう髪をチェックしていた。メイクしたときはそちらも。
 しかし今はお構いなしだ。そんなことだけでも元に戻った実感がある七瀬。
「本当に…長い夢から醒めたのかも知れないね」

 パーティーは終盤に近づいていた。だが坂本にとってはもう意味のない宴である。
 七瀬へのアプローチを試みてきたのだが、まさかこんな結末とは。ただ振られたのではない。
 ずっと思い続けてきた少女の恋愛対象が女…そう知ったときは笑うしかなかった。
 彼は帰る気力も失い、会場の隅でたたずんでいた。
「坂本君」
 まるで高圧的なところのない穏やかな声。
 猫なで声ではない。誰に対しても「女王様」の千鶴も、坂本の前ではただの恋する少女。自然と優しい声になる。
 ゆっくりとけだるそうに顔を上げると心配そうな千鶴の顔が。
「橘くんか…笑いに来たのか…」
「そんな…」
 言葉の出ない千鶴。坂本はなおも自らを嘲り続ける。
「いいんだよ。気を使わなくて。さぞかし笑えるだろう…ああ、お笑いさ。とんだピエロだ。好きな子を他の男に取られたならまだしも、女の子に持っていかれたんじゃね…」
 自虐的に力なく笑う。
「あの…」
 およそ普段の高笑いをしているイメージではない弱々しい声。自分でも頬が熱くなるのがわかる。
 次の言葉を待つ坂本が見つめ返すからなおさらだ。
(言わなきゃ…傷心の坂本君を元気付けなくちゃ)
 精一杯の勇気を振り絞って言葉をつむぐ。
「私じゃ…ダメ?」
「橘くん…」
 なんとなく好意を寄せられているとはわかっていた。けれど意外にもはっきりいわれたのは今がはじめてである。
「はは…同情なら勘弁してくれ…すがる方が惨めだ…」
「違うの。ずっと前から好きだったの!!」
 思わず口にしてしまった秘めた思い。
 発した言葉は飲み込めない。耳たぶまで赤くなっているのが理解できる。
「あ…」
 言ってしまってから後悔した。
「やだ!!」
 赤くなる顔を両手で覆い隠す。
「そうか…立場が逆なんだ。君と僕は…」
 自分も直前まで恋をしていた。だから千鶴の本気が理解できた。
 坂本はにっこりと笑う。自虐的ではなく、好意にたいして嬉しさのこみ上げる笑み。
「ありがとう」
「あぁ」
 好意的な返答に自然と上げた顔がほころぶ千鶴。しかし続いた言葉そこまで甘くなかった。
「だが、『振られたからあなたとつきいます』では君に対して失礼だ。今までどおりの友達からではどうだろう?」
 千鶴はやっとの思いで頷いた。
(きっぱり断られたらどうしようかと思った…それにしても固いわ。坂本君。でも、その真面目さがとても良いのよねぇ…)
 そっと胸をなでおろす。そして
(姫子。そして赤星みずきに及川七瀬。今回だけは礼を言うわよ…坂本君の傷ついたところに付け込むようで心が痛むけど、恋をしたらなりふりかまってられないわ。私は本気なんだから)

 部屋にて。まだ本調子でないみずき。
「もうちょっと寝てたら?」
「そうだね」
 横になりかける。だが七瀬が止める。
「ねぇ。みずき。もうちょっと下のほうに移動しない?」
 女になると身長154センチのみずきである。ベッドには余裕があった。
「いいけど?」
 いわれるままに体をずらす。すると七瀬がベッドに上がりこんできた。
「七瀬? なにを…」
 枕をどけるとそこに正座。そしてみずきの頭を自分の太ももに収まらせる。
「へへへ。膝枕。気持ちいいかな?」
 照れ笑いの七瀬。みずきは頬が熱くなる。
「ごめんね。でも…こうしたかったの」
 いくら肉体的に女同士でも横に寝るのは恥ずかしかった。子供の頃とは違うのだ。
 でも、みずきに触れていたい。やっと帰ってきたみずきに。間が「膝枕」なのだ。
 緊張しているみずきの頬をなでる七瀬。そして髪をいじる。
「髪の毛…随分伸びたね」
「そうだな…姫ちゃんよりありそうだ。男として女の子の長い髪を見ていると『可愛いなぁ』と思うけど、いざ自分がやってみると邪魔だし重いし手入れが面倒だし。
 でも…女(の心)でいた間は長くなって、女らしくなるのが楽しかった。もうオレの心の一部は女なんだな」

 その少し前。姫子の頼みで赤星家に出向いたのは十郎太の妹。弥生。
「えーっと。なんだか良くわかりませんが、みずきさんは男の子の心に戻ったんだそうです。ですから帰る際にもう男で帰すから(男物の)お洋服を借りてくるように言われましたーっ」
「そ…それはわざわざ…」
 対応した秀樹はこの軽い口調に毒気を抜かれる。
「本当? お姉ちゃん元に戻ったの?」
 喧嘩ばかりの兄弟だがやはり心配と言うもの。薫が改めて尋ねる。
「んーと…そうみたいです」
 心もとない弥生の返事。
「やったぁ!! 久しぶりに兄ちゃんに会える」
 尊敬する兄ちゃんに会えると知り、無邪気に喜ぶ忍。
「まぁとにかく上がってください。瑞枝。瑞樹の着替えを出してやれ」
「はぁ…みずきちゃん。男の子に戻っちゃったのね…」
 喜ぶべきところを落胆する。どうやら彼女が一番『一時的なもの』と理解していたらしい。
「明日からは男の子…こんなことならもっといっぱい写真を撮っておくべきだったわ」
「写真ですか? それじゃちょっと待っててくださいね」
 十郎太の能天気な妹は携帯電話を取り出して電話し始めた。

 その話を電話で伝えられた姫子。それが十郎太。榊原。真理。上条。綾那にも伝わる。みんなで顔を見合わせる。
「言われてみれば…」
「あれだけ振り回してくれて何もしないのも癪だな」
「罰ゲームするの? たこ焼きにひとつだけカラシ入れて、みーちゃんに食べさせるとか?」
 みずきは壊滅的に辛いものがダメである。寿司どころかサンドイッチのマスタードすらダメ。
「いやぁ。それよりもさ…赤星のお母さんは記念写真を撮りたがっているし…」
 冗談半分で上条が提案したら
「ふむ。座興としては面白い」
 なんと十郎太が乗ってきた。しかも珍しく「にやり」と言う感じの笑みまで。
「よーし。みんな。何がいいか一つずつリクエストな。あ。そーだ。家族の人はもっと振り回されたと思うし、何より赤星のお母さんが望んでいる。あっちのリクエストも聞いておこう」
「おいおい。カズ。あんまりやると悪ふざけじゃないか?」
 さすがにたしなめる真理。
「いいんだよ。むしろペナルティを受けた方が気楽なもんだし」
 しれっとして言い放つ榊原。既にいたずらっ子の表情だ。
「うーん。それもそうだな。よし。アタイはねぇ…どうせなら思いっきり…」
 もはや悪乗りである。一同で意見を出し合う。
「それではそのように手配していただきますわ」
 姫子もニコニコとしている。

 その提案を電話で聞かされた瑞枝はいっぺんに機嫌が直った。
「きゃーっ。それいいわね。じゃあねぇ、ここはやっぱり女の子の夢で」
「姫子さん。あたしのリクエストもいいですか?」
 のりのりの薫。受話器に向かって声を上げる。
(哀れな奴よ…)
 スパルタ親父はやっと男に戻れた息子の処遇に涙していた。

 七瀬の太ももの優しく柔らかい感触。自分も同じような肉体なのにどきどきするみずき。
 自分をごまかすためか喋り始める。
「オレさ…少しの間だけど女の心だった…だから少しだけど女の事がわかった気がする。女って…受身だよな。
 錯覚なのか坂本先輩に恋心を抱いてたみたいだけど、先輩にアプローチはかけられても最後は相手に言わせる形で」
「みずき…」
「ずっと女で高校生活を送ってきて、いつの間にかオレの中の『女』の部分が大きくなって。
 それがあの風邪のときに出たんだろうなぁ。きっと『女のオレ』が生きた証で恋をしたかったのかもしれない」
 ささやき合いの様に静かな会話が続く。
 大声を出す必要のない静けさ。そして距離。みずきの顔の筋肉の動きすら七瀬の脚に伝わる。
 それを望んでの膝枕だったのかもしれない。

 パーティーは終わり招待客たちが帰途に着く。上条と綾那。榊原と真理もだ。
 ほとんどいなくなり片づけが始まっていたが、十郎太はその場で警護を続けていた。
「ご苦労様です。十郎太さま」
 着物姿の姫子が皿を手にして歩み寄る。
「姫。それは?」
「差し入れです。きっと何も食べてなかったと思うから」
 確かに食べていなかった。もっとも西洋料理が口に合わないのもあったが。
「シェフにお願いして作ってもらいました」
 可愛らしい小さな三個のおにぎり。
「さぁ。どうぞ」
 にっこりと皿を差し出す。
「かたじけない」
 これを断るのは姫子に恥をかかせることになる。素直に口にした。
「ふむ」
 いつも無表情な男が目を丸くする。
「美味いでござる。この握り飯。程よい力加減で口の中でほろりと。絶妙の力加減。これを握ったものは恐ろしい達者か、さもなくば箸より重いものを持ったことのないような非力なものでござるな」
「そうですか! 美味しいですか? それはよかったです」
 ことさら嬉しそうな姫子。笑う口を隠すべく手を上げるが
(姫の指に米粒が……そういうことでござるか)
 事情を察した。そして胸が熱くなる。
「姫!! この宴会料理よりも拙者にはこれが何よりのご馳走。ありがたく頂くでござる」
「はい。まだ二つありますからどうぞ」
 嬉しそう…幸せそうな姫子である。
 鶏肉とケーキじゃなく、握り飯で祝うクリスマスがあってもいい。

「もしかするとさ。塾長の言う『女として男を磨け』って、こういうことだったのかな?」
「かもね」
 それは無限塾に始めて行った日。塾長に言われた言葉。
「ずっと女で通してきて…みんなに女として扱われて。最初は女の実態のほうに驚いたけと、そのうち外から見た男たちの姿も」
「なんとなくわかるかな。私も夏に入れ替わったときあったじゃない。
 あのときに半分だけ男の子になって過ごしたけど、まるで世界が変ったみたいだった。
 みずきはそれを四月から続けているんだものね。女の子らしくもなっちゃうかな」
「性別は選べない…けれどオレは例外か。でも生まれ変わるならやっぱり男が良いや。やっぱり女の体はキツイや」
「私は…生まれ変わっても女がいいな」
「どうして?」
「うふっ。ナイショ」
 茶目っ気たっぷりに笑うと、みずきの頬を愛しそうに撫でた。

 ホテルから駅にかけての通り道。綾那を気遣い上条たちとは意図して離れた榊原と真理。ふたりだけだが
「カズ。腹減らない?」
 真理が恥ずかしそうに言う。
「お前さ…今パーティーから帰っているのにまた喰うの?」
「いや…なんかああいう気取った料理は食べた気がしなくてさ…」
「お前だって社長令嬢だろうに…たべるったって…ラーメン屋ぐらいだぜ」
「いいね。ラーメン食べよう!」
「クリスマスにか?」
「もう充分イエス様のお誕生日は祝ったさ。なぁ。食べてかない?」
「まぁ…それもいいか。暖まってこう」
「決まり。行こう」
 榊原の手を取り引っ張って行く。
 ムードも何もないが…安らぎはあった。

「あーあ。それにしてもオレもすっかり女だな。生理まできちゃったらなぁ…あんなにきついもんだとは思わなかった。お前と入れ替えられたときも経験したけど、俺の方がきついみたい」
 女性に生理の話題を出来るのは男では医者くらいのものだろう。
「もう。デリカシーないんだから。でも…いいよ。今日は」
「七瀬…」
 膝枕の状態。真下から七瀬の顔を仰ぎ見る。
「ふふっ。そのくらいの方がみずきらしくていいわ。でもね、みずき。二ヶ月かそこらで『すっかり女』なんていわないでね」
「?」
「だってそうでしょ。小さいときから『女の子なんだからおしとやかにしなさい』『女の子がはしたない』とかいわれてないし」
 歴史が違う…七瀬はそう言いたい。
「だからみずきは間違いなく男の子。ちょっと寄り道してるだけ」
「そっか…」
 母性的な笑みを浮かべる少女に、みずきも微笑を浮かべる。
 ふとその顔を七瀬がなで、頭を持ち上げる。みずきの体を起こして行く。
「七瀬?」
「顔…よく見せて」
 言われるままに体勢を直して向かい合う。二人してベッドの上に正座している形だ。
 しげしげと瑞樹の顔を見ている七瀬。満足そうに頷く。
「うん。男の子の顔だわ」
「いや…まだ体は女なんだけど…」
 言って視線が絡み合う。
 体は女でも心が男に戻り、表情も男のそれに。待たされた分だけ、待ち遠しかった分だけ男に見えた。
 ふたり揃って雰囲気に流された。少しずつ唇の距離が縮まって行く。物凄く大事なことを忘れたまま。

 正義クラブ三人娘はパーティーから帰る時にやはり甘いものを食べによっていた。
「無事に終わって何よりです」
 どうやら久子としては招待客と言うより警備のつもりだったようだ。
「そうだね。楽しかったね」
 気の小さなみなみだが、さすがにこの状態では浮かれ気味に喋る。相手は良く知る同性なのだし臆する理由もない。
「でも赤星さんと及川さんがあんな関係だったなんてビックリです」
 これを誤解と責めるのは可哀相であろう。真相は知らないのだし。
「まじんちゃんには私がいるじゃありませんか」
 ここぞとばかりに久子の手を取る友恵。
「いや…友恵ちゃん。私たちも女同士…」
 たじろぐ久子だが
「うわぁ。まってて。二人の仲を占ってあげる」
 喫茶店のテーブルでトランプではなく、タロットカードを出して占い始めたみなみである。

 コンコン。ノックの音。七瀬は慌てて飛び降り、みずきはベッドに横たわる。
「は…ハーイ。どうぞ」
 入室を許可する七瀬。みずきの方はすっぽりと布団に包まって熱くなった頬を隠している。
「失礼します」
 扉を開けて入ってきたのは十郎太の妹。双子の姉。風間葉月であった。
 生真面目な彼女は印象通りの固い口調で尋ねる。
「気分はいかがですか? 赤星様」
「う…うん大丈夫。平気だから」
「? 顔が赤いようですが…及川様も?」
「「ああ。なんでもないなんでもない」」
 みずきと七瀬。ふたりハモらせてごまかす。
「そうですか。それなら良いのですが」
 深く追求しない美少女くの一。
「さて。赤星様。宴は終わりました。つきましては姫子様の配慮でお風呂に招待したいと思いますが。メイクも落とさないといけませんしね」
「風呂ったって…どうせ女の服で帰るから、このまま帰ってうちで着替えるよ。湯冷めしたら嫌だし」
「そうですか。勝手ながらおうちから男性服を預かってまいりましたがいかがなさいますか?」
「え? そうなの?」
 そうなると話は別だ。一も二もなくその言葉に乗ったみずき。すぐにも男に戻りたかった。七瀬も待つ間に入浴となった。

 女子更衣室によって着てきた服を回収。七瀬はそれに着替えるが、みずきは紙袋に入れて持ち帰ることになる。
 風呂となると男女別。別れて女性用の浴場に向かう間にふと思い出した。
(そういえば…さっきキスしかかったとき…みずきはまだ女の子だったじゃない!? わ…私ったら女同士で…)
 思わず頬を押さえる七瀬であった。

 とあるカラオケボックス。上条と綾那はふたりでいた。
(こ…こんな部屋にふたりだけで…)
 綾那はかなりどきどきしていた。しかしカラオケボックスはほとんどがガラス戸。
 危ないことなど出来るはずもない。かつては監視カメラが常套手段だったが。
「ん? どーした。若葉」
 変身ポーズと台詞まで入れて特撮の主題歌を歌い終わった上条が尋ねる。綾那が入れてなかったので曲が掛からない。
「う…うん。ふたりっきりだね。イブの夜に」
 意識してしまってまともに視線を合わせられない。
「そうだな。さっきまであんなにぎやかなとこにいたし、ちょっと寂しいね。こんなことなら榊原達も一緒にすればよかったな」
 相変わらずの朴念仁。
「いえ…そうじゃなくて」
 この場に及んでも鈍い上条。思わず声の出る綾那。それとも知ってて上条ははぐらかしているのか?
「よし。輝を呼ぶか。若葉。君も弟さん呼んだら」
「えっ? ちょっと…」
 しかし上条はさっさと公衆電話のあるフロントへと出向いてしまった。
「うー。ロマンスがなぁい…でも、上条君らしい。いいや。今夜はパーっと賑やかにやろうっと」
 結局四人でカラオケとなった。ロマンスとは縁遠いが、少しずつ距離が縮まっている。
 それでいいと綾那は思っていた。

 やはり女の子の七瀬は時間がかかる。待ち合わせのホテルのロビーに小走りで。
「ごめーん。瑞樹」
「遅いぞ」
 高い声。それは男としてはの話。
 男としては異様なほど長い腰に達する髪。華奢な体躯。
 しかし平たい胸。男としては色白だが、それでも浅黒い肌。
 懐かしさすら憶える姿と声。
「瑞樹…」
 そこにいたのは紛れもなく男の瑞樹だった。

「瑞樹っ!」
 駆け寄って思わず抱きしめる。
「お…おいっ。人目が…」
 遅い時間といえど往来も同然のホテルのロビー。人通りもある。
「本当に…本当に男の子に戻ったんだね」
 泣きながら見上げる。身長は同じくらいだがあえて低い位置から。
「ああ。オレも不安だったけど…あっさりと男の体に戻れた。逆に言えばいくら水をかぶらないようにしても完全な男には戻れないのかもだが…」
 それは女の心になったばかりのころに、父に言われた言葉。
「でもよかった。本当に良かった」
 二ヶ月に満たない期間。それでも絶え間ない不安。そして絶望が先刻まであった。
 心は戻れても体が女で固定されたのではないかと心配していた。
 しかしそれが杞憂とわかり、七瀬は思わずしがみついてしまった。
「平らな胸…硬い…本当に男の子なんだね」
「ああ…迷惑かけたな。ごめん」
 聖夜ゆえか。素直に謝る瑞樹。
「いいよ。もう終わったし」
 満面の笑みを浮かべる七瀬。輝くほどにまぶしい。

「さあ。帰ろうか」
「うん」
「お待ち下さい」
 背後から少女の声。葉月だ。
「これは姫子様からの贈り物です」
 だが包装紙も箱にも入ってない。布に包まれていた。それをあけると…マフラーだった。
 白い毛糸の、恐らくお揃いの二本のマフラー。
「風邪など引かないようにお気をつけくださいとのことです」
「ああ。姫ちゃんたちにも迷惑かけちゃったみたいだし、オレが謝っていたと伝えてくれないかな?」
「かしこまりました。ですが別に謝らなくてもよろしいかと」
「へ? なんで?」
「それは明日…お判りになるかと…ぷっ、くくくっ」
 それまで無表情を通してきた葉月が急に『笑いをこらえた表情』になる。
「???」
 顔を見合わせる瑞樹と七瀬だった。

 家が近所のふたりは電車も同じ駅を使う。仲良くでてきたが
「うー。寒いっ」
 暖房が効いている上に混雑した電車から降り立ったので余計に肌寒く感じる。
「使わせてもらおうか」
 姫子からもらったマフラーを指し示す。ホテルから駅は近かったのでいらなかったが、駅からそれぞれの家まではさすがに冷えるだけの距離がある。
「そうね。ありがたく」
 それぞれ取った…つもりがなんとマフラーは一本。仕方ないので瑞樹に巻かせようとする七瀬。
「男が女の子を差し置いて巻けるかよ」
「お願いだから巻いて。また風邪を引いてしまったら」
 訴えるような七瀬の瞳。この騒動の発端は倒れたことだった。
「わ…わかった。オレが使うわ」
 だがいくら巻いても巻ききれない長さ。
「もしかして…」
 ちょうどいい程度に巻いて、残りを七瀬の首に巻くとこれまたちょうどよい。
 当然だが密着を余儀なくされる。
「姫ちゃん…狙ったな…」
 密着とマフラーで暑いのか。それとも恥ずかしいのか赤い顔の瑞樹。
「いいじゃない。ふたりとも寒くなくて」
「そりゃそうだけど」

 寄り添って歩いているから寒くない。ただお互いの体に近いほうの腕が若干じゃま。
「ね。腕組んでいい」
「そ…そうだね。その方が歩きやすいか」
 ますます赤くなる瑞樹。女の子を意識しているのは男の子の証明になるか。

 さらには…
「わぁ。雪」
「冷えるはずだぜ」
 ちょうどコンビニが。七瀬が傘を買ってきたが…
「どうして一本だけ?」
「ここから十分くらいだからこれで充分よ」
 もちろん、言い訳なのは言うまでもない。
 一本の傘に二人で入る。

 寄り添って腕を組んでゆっくりと歩いて帰る二人。文字通りの相合傘だ。
「あ!!」
 突然瑞樹が大声を出す。
「どうしたの?」
 七瀬が尋ねると情けない表情で向き直る瑞樹。
「いけね。お前へのプレゼントがまだだった」
「ううん。いいよ。もうもらったから」
「へ?」
 にっこり笑う七瀬。

(瑞樹が帰ってきてくれた。それが何よりのプレゼント…お帰り。瑞樹)

聖夜の奇跡

このイラストはOMCによって作成されました。クリエイターの参太郎さんに感謝。

次回予告

 師走。何もかもが慌しい季節。上条と綾那は冬のトレスに出向き、七瀬はおせち料理の準備を手伝っていて、2年参りでもひと騒動。
 彼らの年末。やっぱり静かに暮れる筈もない?
 次回PanicPanic第35話「もういくつ寝ると」
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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第34話「Merry Xmas」製作秘話へ。

第34話「Merry Xmas」パロディ原典集へ

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