第35話「もういくつ寝ると」Part2   Part1へ戻る

12/26

 悪漢高校は既に冬休みだった。
 それにもかかわらず校庭には多くの生徒が来ていた。
 奇妙なもので「ならず者」の集まりなのに、きちんと整列している。
 彼らの仰ぎ見る前方。壇上には総番。大河原慎が。マイクなしでも届く大声が響く。
「これから年末の大掃除に行く。アウトローハイスクールになっ」
「おおーっ」と声が上がる。
 何のことはない。例によって抗争である。どうやら外国人のための学校相手の抗争らしい。
 変なところでグローバルな展開をしている。

 無限塾と遺恨はあれど他にも抗争相手はいる。
 その一つと年を越す前に決着をつけようと言うわけだ。
「今年のケンカおさめだぜーっ」
 意気の上がる戦闘集団。だが秋本は退屈そうだ。
(つまらんな…あの時の真剣勝負に比べたらよ)
 姫子が拉致され、それを救出に向かった十郎太との真剣勝負。
 それが彼の悪の闘争心を、好敵手と競い合う競争心に昇華させてしまった。
(あれは面白かったな。ま…その点ではいい一年だったな)
 ケンカで一年を振り返ると言うのが猛虎。秋本らしい話だ。

 喫茶レッズの営業は年内は27日まで。当然この日も営業していた。
「いらっしゃいませぇ…なんだ。七瀬か」
 ロングヘアをなびかせた可愛らしいウェイトレス。それが今のみずきの姿だった。
 パニエでも使っているのかふわっと広がるフレアスカート。
 フリル満載のブラウスは白に近いピンク。
 その上からピンクのエプロン。もちろんフリルだらけ。
 白いニーソックスも例外ではない。
 しかもメイクもきちんとしていた。
「あんた…まだ女の子の心なの?」
 七瀬が思わずそう尋ねてしまうほどに女の子らしい衣装だった。
「違うよ。仕方ないんだよ。オフクロがこれじゃないと小遣いくれないって言うし…」
「……おばさまも相変わらずねぇ……」
 瑞枝に呆れるのとみずきに同情するのが同時だった。
「でもお姉ちゃん。今日は随分あっさりと衣装もつけたし、メイクも嫌がらなかったわよねぇ?」
 薫の突っ込み。こちらも負けじと可愛らしさ全開の衣装である。もちろん自分の意思。
「き…昨日のあれに比べたらまだおとなしいだろ。そ…そう。抵抗がなくなっちゃったんだよ。免疫が出来たと言うか」
 照れて頬を染めるみずき。そっぽを向く。
「ふーん」
 まるで信じていない薫と七瀬。とりあえずカウンター席に。その後姿を見つつ心の中で一人つぶやくみずき。
(言えねぇ…女物の可愛らしさに目覚めたなんて…)

 母の育て方のせいかもともとから女性的な趣味だった。
 甘いものが好き。占いを気にするのは男でも珍しくないが、ぬいぐるみを抱いて寝るのはさすがにいない。
 さすがにまずいと考え、代替品として抱き枕を使うようにしていたが、寝ているうちにいつの間にかくまのぬいぐるみになってたりする。
 そして今はウェイトレスさんである。
(あー。七瀬が可愛い服を見て騒ぐ心理がなんかわかった気も…確かに女って飾り甲斐があるよな)
 みずきは女としてもやや小柄な部類に入る。そして童顔。女だから幼い顔立ちと言うべきか。
 そのせいかフリルが結構にあっていた。
 客の中には露骨ににやける客もいる。そしてそれは男とは限らない。
「いらっしゃいませ。御注文をどうぞ」
 営業スマイルのみずきが新たにきた男一人。女ふたりの客を案内して注文をとる。
「コーヒー」
 革ジャンに革パンツとまるでバイク乗りのような男が渋い声で短く注文する。
 身長はかなり高い。下手したら190を超えていそうだ。長身と言うよりは巨漢。
 時代遅れの感もあるリーゼントがむしろ印象に残る。
 よく言えば渋い。遠慮しないなら『いかつい』と言う顔だ。
 だがみずきにしてみれば無限塾や悪漢高校でこのタイプは見慣れている。別に意識しなかった。
 身長を除けばだが…
(ここまではいらないけどせめて170は超えたいな…オレ…成長、止まってないよな?)
 女の子ならあまり考えないが、男としてはもっと背が伸びてほしいと思ってしまう。
(おっと。仕事仕事)
「そちらのお客様は?」
 なるべく優しそうな感じの女声で問いかける。
 ふたりの少女はそれでもみずきを凝視してる。
「あの?」
 男に見られるのはこの一年で随分慣れたが、女の視線は…しかもこの時点でみずきは女。
「きゃーっっっっ。可愛い〜〜〜〜〜っ」
 ショートカットにカチューシャと言う髪の少女が突然大声を上げる。
「は?」
 戸惑うみずき。可愛いといわれた経験ははっきり言って多いが、女の子にこういわれたのはさすがにない。
「や〜〜〜〜ん。可愛い。フリルもレースも。ブラウスもスカートも。綺麗な長い髪も可愛い顔もお人形さんみたい〜〜〜」
 ひたすらテンションの上がる少女。もう一人のショートカットの娘。アンテナのように一部の毛だけ立っている少女もロリータ声で叫びだす。
「本当。可愛いですぅ。可愛いよね。お兄ちゃん。すごいね。びっくりだね」
「ふたば。美鈴。注文を早くしろ」
 リーゼントの男…大地大樹は短く言う。
「あっ。そうだね。大ちゃん。えーと…ココアで。寒いもんね」
 寒いはずである。師走だというのにミニスカートなのだ。それでいて上は長袖だが。
「ふたばちゃんは?」
 どうやらこちらが美鈴と言う少女のようだ。男の妹らしいふたばと言う少女は紅茶を注文した。
「それと…写真。いいですか?」
 おずおずとデジカメを取り出すふたば。
「え?」
 まさかこんな場所でそんなことを言われるとは思わないみずき。対応も困ってしまう。
「あの、その」
「あ。ごめんなさい。頼みごとをするのに自己紹介もまだでしたぁ。私、大地ふたば。中三です」
 何故か自己紹介を始める「ふたば」
「私は南野美鈴です。ウェイトレスさん。本当に可愛いですぅ。乙女って言葉がぴったりですぅ」
(ぷっ…くくくく)
 傍観していた七瀬だが、この展開にたまらず笑いをかみ殺している。
「あの…乙女なんていわれても」
 困惑しているみずき。
「いいえ。わかるの。お洋服の着こなしには内面が現れますから。きっとウェイトレスさんは女の中の女なんだわ」
 両手を組んで夢見るように言う美鈴。
「あはっ…あははははは」
 ついにはたまらず大声で笑いだしてしまう七瀬。
「笑うな! 七瀬」
 こちらも思わず客の前だと言うのに怒鳴ってしまうみずき。
「あらっ? 本当の性格は…」
 閥が悪かったが誤解を解くにはちょうどいい。
「そーゆーことです」
「そう…やっぱりフリルにはどんな乱暴な女の子も女らしくさせる魔法が掛かっているんだわ」
 夢見るように自己完結。ついていけなくなったみずきである。
「えっとぉ、とにかく可愛いからお写真撮らせていただけます?」
 ふたばの申し出をみずきは丁重に断った。写真撮影は当分したくなかった。
 何よりも「乙女」扱いがいやだった。

12/27

 北条家の朝。家族揃っての朝食。それが済んでからテレビをつけてみる。
 年末のアメ横が映っていた。
「まぁ。あんなに人がいっぱい」
 実は毎年見てはいるのだが、それほど気に留めてないのですぐに忘れて毎年驚いている姫子である。
 だが今回は違った。
「まるで上条さんの参加した『即売会』のようですわ。よく見ればとても賑やかで楽しそう」
 確かに活気はあるが楽しそうとは…
「行って見ましょう」
 思いつきの一言なのはいうまでもない。

 そして昼間。電車で上野に降りた姫子。付き添いの十郎太は絶句した。
「テレビで見た以上ですわ」
 まさに立錐の余地なし。人また人だった。
「む…むぅ。姫。この混雑では刺客が紛れ込んできたら逃げようがござらん」
 護衛の立場としては引き返して欲しいところである。
「でも十郎太様。刺客さんも逃げられないかと」
「む…」
 刺客の最優先事項は目標の命を奪うことではなく、自分の逃げ道を確保することである。
 それを暗に示されては反論できない。
「い…いや。遅効性の毒針と言う手段もあるでござる。刺した後に何食わぬ顔で逃げおおせれば」
「でも…どこを刺すのでしょう?」
 皮肉ではなく素朴な疑問。
 和服姿の姫子である。むき出しなのは首から上と両手。
「た…確かに、すれ違いざまに顔を狙う不届きものを拙者が見逃すこともない。大体それでは遅効性の毒針の意味がない。即効性の毒を塗りつけた刃物で切りつけた方が確実。
 拙者が姫の背後にいればかなり守れる…い…いや。その手。小さいとはいえどむき出しの手。
 それだと拙者の目も届きにくい。それを防ぐならずっと拙者が手を握って…」
 そこまで喋って口をつぐむ。ほんのり赤い姫子の頬。
「それでは…そうしていただけますか?」
「はっ」
 もはや突入は避けられない。だがこの混雑では正直不安が。
 もう少し人数がほしいが護衛がやたらに多いと姫が…そんなことを考えていたときだ。
「むっ。ここは上野。そしてあの場所とはさして離れておらんでござるな」

 電気街。
 オタクの聖地とすらいわれる場所。
 店員がコスプレをした喫茶店は珍しくもない。
 そして上条がそこにいるのも。
 上条にくっついてきた綾那がコスプレ喫茶で…上機嫌だった。
「きゃ〜〜〜〜っ。可愛い〜〜〜〜」
 そう。男の客だと静かに愛でるだけだが、同性である綾那は遠慮なしに騒いでいた。
「ありがとうございます。お客さんも可愛いですよ」
 綾那の格好はそれこそコスプレに取られそうなくらいのファッション。
 ピンクのブラウスと赤いフレアスカート。
 かえって子供っぽく見えるからノーメイクではあるが。
 いつもだと若干浮き気味のスタイルだが、ここだとまったく問題なし。それで上機嫌だった。
 上条はいつものジャケット姿の上からトレンチコートだった。
 彼自身はオタクであることを隠すつもりはまったくない。しかしオタクのユニフォームはつけたくなかった。
 正確には「オタクはみんな同じセンス」といわれるのが我慢ならなかったのだ。
 だからコートはオタクの定番であるダッフルコートは避け、バッグもリュックではなくショルダータイプのものである。
 ただトレンチコートはある種のコスプレだし。ショルダータイプの方がいちいち降ろさないで荷物の出し入れが出来るからむしろ便利と考えていたのだが。
「ん?」
 コーヒーをすすっていた上条の前にいつの間にか和紙の手紙が。広げて一読する。
「若葉。でようか」
「えー。お買い物に行くの?」
「そっちは暇つぶしだったけどSOSが入ったから行かないとね」

 そして上野。
「お待たせ」
 改札を抜けてきた上条が頭上で手首を1回転させて敬礼のように。
「お呼びだてして申し訳ありません」
 深々とお辞儀する姫子。
「いやいや。暇つぶししてたし。もっとも明日からはそれどころじゃないけどね」
「ぬ。いつぞやのあれでござるな」
「そ。差し詰め『有明・冬の陣』かな」
 ブックトレードフェスティバルは年二回。8月と12月であるからきっちり半年ではない。
 新参者に言わせると「もっと春とか秋のいい季節にやればいいのに」となるが、そういういい季節は大企業のプレゼンテーションで展示会場がふさがってしまう。それであいている盆暮れの開催なのだ。
 ただ序盤こそそういう理由だったものの、今となっては風物詩。
 そして夏休みと冬休みで参加しやすいのもあり動かす構想はないようだ。
 また予定がはっきりしているので、地方から来る人間は上京時に次の開催時期のホテルの予約を済ますと言う。

「まぁ。それでは準備で大変だったのでは?」
「いやぁ。もう明日を待つだけ。むしろいいウォーミングアップになりそうだ」
「お主らは店を構えるから早く行くのではないか?」
「ああ。サークル参加は三日目。明日明後日は一般。正直その辺りは欲しい物ないから昼過ぎの流れ始めたところで行こうかと」
「三日目はボクも売り子さんするのぉ」
 嬉しそうに綾那が言う。今回も『戦力』として勘定されていてそれが嬉しいようだ。
「さて。アメ横見物だったっけ。じゃ僕が先導するから」
「かたじけない」
「お願いいたしますわ」
 ところが人ごみに難儀する三人を尻目に、上条はすいすいと先へと進んでしまう。
 気がついて待ったり戻ったりするが。
「なるほど。これもトレイスの混雑になれてでか」
「そう。鍛えてます」
 誇らしげに言う上条。

 さらに彼は一時間くらいの行列は涼しい顔をして耐えられることが判明。
「拙者は修行を積んでいるが…お主も何かしておるのか?」
「ま、即売会や(声優)イベントじゃ行列は当たり前だしね」
(むぬぬ。意外につわものかも知れぬ)
 評価を改めた十郎太だった。

 そして
「面白かった? 姫ちゃん」
 ニコニコ顔で尋ねる綾那。
「はい。とっても。皆さん元気で。なんだかわたくしまで元気になっちゃいました」
 年末のアメ横にこんな感想を抱くのは彼女くらいのものであろう。

 同じ日。朝の十時。
 教会の墓地に真理は花束を持ってきた。
 花を手向ける相手はもちろん母である。
 しゃがみこんで花を置き、そのまま祈りを捧げる。
(母さん。この一年で色々あったよ。でも…一番驚いたのはこのアタイに友達が出来たことかな)
 あまりの台詞に自分で苦笑する。
(わかんないもんだよね。やさぐれていたアタイが、こうして学校にも通い友達と喋って…あいつらには感謝しきれないね)
 思わず口元が歪む。「にやり」ではなく「にこり」と。「ほころぶ」と言う表現の方が正しいか。花のように。
 常に怒っている印象があるが年頃の少女。
 元々大人びていたのもあるが、やはり「大人」に近づくにつれ綺麗になって行った。
 笑顔がそれこそ花の咲くようだ。
(かあさん…今はまだアイツを許す気にはなれないけど…でもかあさんがアイツを好きになったその気持ち。
 何を思っていたのかは理解を出来てきたよ)
(人が人を思うのはいいことだね。暖かいや。だけど大人って奴はどうしてこう複雑に考えるんだろう?
 もっとストレートに出たらいいのに…こんなことを思うのはアタイがまだ『ガキ』だからかな)
 真理は祈りをやめて立ち上がる。
「また来るね。母さん」
 心を許せる相手が出来たからか。その微笑みはずっと柔らかいものになっていた。

 榊原はスポーツ新聞の競馬の欄を見ていた。
 予想…ではなく予知を試みていた。
 だが「ビッグ・ショット」を念動力…サイコキネシスに用いるのは自在でも、本来の特徴のはずの予知が自在にならないと言う難点があった。
「くっそー。年末で色々と金がほしいのになぁ。このビッグレースで当てりゃ一発なのに。集中すれば予知できるが…」
 彼が買ってきた新聞は競馬新聞ではなかった。
 いくらなんでも未成年でギャンブルをしているのは身内に内緒だった。
 だから堂々と競馬新聞を買うわけには行かない。
 そのため競馬の記事のあるスポーツ紙にしたがその新聞がまずかった。
 何しろ一面が「スペースビースト襲来」と銘打ち、怪獣と戦闘機が交戦している図である。
「まったく、こんなガセネタでトップ取りやがって。どこかの組織の情報操作か?」
 むしろ上条の言いそうな台詞である。
「他にも女の裸がいっぱいで集中できねぇ。うーん。都合よく眠くは…待てよ。俺ならではの方法があるぞ」

 三十分後。彼の部屋にはビールの大瓶が。
 そして120分収録のカセットテープがセットされたラジカセが。
「よし。新聞見ながら一杯やってりゃ酔っ払って何か予知するかもしれない。口走った台詞はこいつ(ラジカセ)で録音する…と。
 俺ならこの一本で充分酔えるし。ビールは不味いが年末レースを取るためだ。試練と思って」
 栓を抜き、コップに注ぐ。12月なので普通にグラスは冷え切っている。
「それに呑んでみりゃ案外美味いかも知れんしな。乾燥してるし」
 無理やり自分を納得させている。
 意を決してグラスを取る。そして一気に飲む。結果として…盛大に咳き込んだ。
「うーっっ。これのどこが美味いんだ? 親父も姉貴も舌がおかしいんじゃねーか?」
 文句を言っているうちに頬が赤く。
「うわっ。もう回ってきた。さすが俺だぜ。良ーし。この勢いでもう少し」

 だがこれは失敗に終わった。
 つごう三倍を呑んだところで彼はトイレに駆け込んだ。
 未成年の上に体質に合わないのだ。成人でも弱い人間は一杯で簡単に酔う。
 もちろん予知どころの騒ぎではない。
 ただ意識を朦朧とさせるの自体は成功したから皮肉なものだが。

 榊原和彦。
 成績優秀な秀才。
 しかし、時たま……すっごいバカ。

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