第35話『もういくつ寝ると』Part3   Part2へ戻る

12/28

 東京ギガホール。早朝。
 始発列車が到着する前から既に人が大勢いた。
 ある者はコート。ある者はジャンバーと様々な防寒着で並んでいた。
 共通しているのは大きなかばん。中にはキャリアを持っているものもいて、その数は決して少なくない。
 同人誌即売会。ブックトレードフェスティバルの開場を待つ列だった。
 この日から三日間に渡り開催される。
 開場は十時。だが数に限りのある『大手サークル』の本を確実に入手するためこういう現象が起きる。

 この列の中に上条の所属するサークルの一同がいた。
 上条。そしてくっついてきた綾那が。
 上条本人はあまり『大手』に執着しないが、こういうノリが好きで参加していた。
 綾那に至っては同人誌に興味がないが、朝早くから上条と一緒にいられるとあり張り切って参加していた。
 遅刻ぎりぎりに登校する綾那だが実際は朝には強い。
 中学時代に所属した陸上部の名残で早朝ジョギングをしているためである。
 それでいていつも遅刻寸前なのはジョギングの汗を流して、髪をセットしているのに手間取るためだ。
 固めのクセっ毛で時間がかかる。

「寒いね」
 手に息を吹きかけながら綾那は上条の顔を見上げる。
「そうだね」
 そっけない短い返答。しかしきちんと綾那の瞳を見つめて返事はしている。
「(並んでいる)みんな凄いねー。こんなに寒いのに朝早くから並んで」
 綾那に皮肉のつもりはない。単純な思考。子供の発想の彼女はただそう思っただけだ。
「これも修行。忍耐力がつくんだ」
 大真面目に返答する上条。
「そっかぁ。みんながんばりやさんなんだね」
 こちらも素直に聞き入れてしまう綾那。さすがに先輩たちから突っ込みが入る。
「こらこら。上条」
「綾那ちゃんが本気にしたらどうすんだよ?」
「(同人誌が)さばける前に確実に買えるなら、だれだってこんなことしないって」
「えっ? そうなの?」
「ああ。オレなら昼飯を食ってから来るね」
「そっかぁ。そうですよねぇ」
 あははと笑って弾ける笑顔。この娘の笑顔には卑屈なところがない。まさに屈託ないのだ。
「はぁ。それにしても寒いねぇ」
 綾那は手袋越しに手をこすり合わせる。
 そんな綾那を上条はおもむろにコートをマントのように広げて包み込む。
「えっ?」
 さすがに驚く綾那。
「いや。何の漫画だったかな。こういう場面が。ごめん。ついやっちゃった」
 漫画のマネか。でも
「ううん。あったかい。このままで」
 たとえ漫画のマネでも優しくされて綾那はうれしかった。
 寄り添えて互いの体温を感じ取れて、また一つ距離が縮まったように感じてきた。
 この時点ではむしろ顔が赤くほてって仕方ないのだが、コートの中からでるつもりはない。

 たまらないのが周辺である。
 ただでさえ時間待ちで忍耐を試されているのに、目の前でいちゃつかれては。
 上条明。やっぱり人の気持ちを考えない男。

 そのころ。喫茶レッズは既に正月休みに突入していた。
 もともとが秀樹の本来の職業を隠すカモフラージュ。
 だからそれほど儲けに拘ってない。
 12/28〜1/4が休業となる。そしてその初日は
「さぁ。みんな。手伝ってね」
 張り切る瑞枝の指揮のもとで大掃除だった。
 秀樹は本庁に出向き年間の報告。もちろん実際には暮れも正月もないが、この間は待機要員である。
 何もなければ実質的には仕事納めである。

 だが休業初日は大掃除。赤星家毎年の恒例である。
 だからみずきも文句はなかった…それ自体は。
「手伝えってんなら…この格好はないんじゃ? 動きにくそう」
 みずきの今のコスチューム。それは濃紺のワンピースの前面にエプロン。
 いわゆるメイド服だった。御丁寧にヘッドドレスまで。
 また爪にはマニキュアが施されていた。簡単だがちゃんとメイクも。
「作業着かジャージの方がいいよ。動きやすいし」
 当然ではあるその訴え。にこやかに笑みを浮かべて瑞枝が迫る。
「みずきちゃん? 去年の大掃除、覚えてるかしら?」
「うっ……」
 たじろぐみずき。
「はーい。お姉ちゃんは無理やり棚にしまおうとして、お皿を年の数(当時15)だけ割りましたぁ」
 こちらはえんじ色のメイド服。きっちりとメイクまでした薫が手を上げながら答える。
「はい。正解。薫ちゃん」
 ぱちぱちと手を叩き称える瑞枝。そしてみずきの説得に掛かる。
「あの時は男の子としての悪い部分が出ちゃったのよね。だから今回は女の子の心でお掃除してね。
 細やかに優しく品物を取り扱って頂戴ね。
 だから一番『女らしい』作業着でその服なの。お化粧もその匂いで自分が今は女だって思い出せるでしょ。
 あ。でもマニキュアは爪の保護の目的もあるのよ」
 プロ野球選手。特にピッチャーには爪の保護で無色だがマニキュアを塗るものもいたと言う。
 中には目の悪いピッチャーにサインを出す指の動きがよく見えるように白いマニキュアを塗るキャッチャーもいたとか。
「そうそう。なまじ(男の肉体で)力があるからいけないのよ。だからお皿15枚を一気に持ち上げてしまおうなんて考えちゃうんだわ。
 その点、女の子ならそんながさつなことはしないわよ」
 調子に乗って説明する薫。カチンときたみずきはつい『禁句』を。
「へん。それじゃお前は体が男だから危ないわけだ」
 これを言われて薫は目を吊り上げる。
「なによっ。そんなに立派な胸した男がどこにいるのよ。お姉ちゃんなんかあのまま女の子の心のまま、どこかにお嫁に行っちゃえばよかったのよ」
「なんだと」
 すっかり元通りなのはいいが喧嘩まで元に戻ってしまったふたり。だが
「あらあら。すっかりもとの仲良しさんね」
母親のこの一言ですっかり脱力した。
「はーい。それじゃはじめましょ。みずきちゃんと忍くんはお部屋を掃除してね。薫ちゃんは私とお台所の掃除」
 抗う気力も消えうせたふたりは素直に指示に従って行く。

 及川家ではやはり大掃除中。翌日が年内のゴミ回収最終日で、この日が大掃除と言う家庭は少なくなかった。
 ところがはたきをかけていた七瀬の母。虹子がアルバムを引っ張り出してしまった。
 さらには開いてしまった。とうとう座り込んでしまった。懐かしそうに見ている。
「ほら。七瀬。あんたたち(七瀬と瑞樹)7歳のころね。あははは。瑞樹君可愛いわね。このころから女の子みたいだったものね。
 うん。実はもとから女の子でしたといっても通じそうね。この写真」
 ひとしきり笑うと虹子はアルバムを閉じる。そして
「七瀬。お茶にしようか?」
「はい。じゃお湯沸かすね」
「いやぁ。お隣行きましょ」
 アルバムを持って喫茶レッズに行くつもりだ。
(休業中なのに)
 苦笑する七瀬だがたまに昔話も悪くない。付き合うことにした。

 喫茶レッズ。虹子が腹を抑えてくの字になっている。声がでないほど笑っている。
 なんとか回復してきて声を上げて笑い出す。果ては窒息して咳き込む始末。
「……おばさん…そこまで笑わなくたって…」
 仏頂面のメイド姿のみずき。
「ごめんごめん。あーははははは。いやだもう。みずきちゃん。なんて可愛いかっこうしているのよ」
 それが理由だった。
「あー笑った笑った。しかし本当に女の子なのねぇ。ねぇ本当に女の子になっちゃったら?」
 虹子はみずきが一時心まで女になっていたとは知らない。七瀬も報告する気にはなれなかったのだ。
 だから遠慮なくこんなことが言える。
 その辺りはみんな知っているので苦笑するだけ。もっともみずき自身は「女の子」でいた間のことは今ひとつ実感がない。
「おばさん」
 怒って見せるが頬を膨らませたりするものだからなおさら女の子に。
「はいはい。ごめんなさい。それにあなたが女の子になっちゃったら、七瀬のお婿さんになれないし」
「お母さん」
 今度は七瀬が文句を言う。顔が赤い。
「あ。だったら七瀬おねえちゃんのところにお嫁に行くとか」
 腫れ物に触る扱いよりも、笑い飛ばして風化させようと考えた薫はあえてこんなコメントを。
「そう言えばこの前の撮影会。七瀬ちゃんにタキシードを着てもらって、写真を撮ってもらえばよかったなぁって今頃考えて。失敗したわ」
 本気で残念そうな瑞枝。
「もう。ママったら。でも七瀬おねえちゃんが男装したら…」
「みたい?」
 虹子がアルバムを出す。
「ちょ…ちょっとお母さん。それは」
 赤い顔の七瀬が慌てて止める。かまわず新しいアルバムを広げる虹子。
「うわぁー。七瀬お姉ちゃん?」
 そこには文化祭の時の舞台の写真が。
 ロミオの七瀬とジュリエットのみずきの写真が。
 凛々しい青年と化した七瀬。
 美しい女性になったみずき。
 二人揃って思い出して赤くなる。何しろアクシデントと言えど大勢の目の前でキスしてしまったのだ。
 それを思い出すとすぐにでも真っ赤になれるふたりだった。

 大掃除などをしていてアルバムなどを見つけると、つい手が止まるのはよくあること。
 ただ隣家に出向いてまでというのはかなり豪快だが。
 完全に大掃除はストップして母親たちは、みずきと七瀬の話をお茶菓子代わりにしてティータイムにしていた。

 大掃除は北条家でも行われていた。
 メイド総出での大掃除。だが一つ問題が起きていた。
「姫子お嬢様。そのようなことは私どもが」
「いいえ。わたくしももう大人ですから、せめて自分のお部屋くらいは自分で」
 そう。自分で掃除をすると主張して譲らないのである。
 姫子の主張も理解できる。プライベートルームに人を入れたくないのはわかる。
 とは言えど主の娘に掃除などさせたら…
「別に見られて困るものはありませんけど、一人で大丈夫ですわ。ちゃんと準備も出来てますのよ」
 きちんと折りたたまれた無限塾のジャージの上下。
 どうやら学校での大掃除のパターンを踏襲しているらしい。
「わたくし、あんなに大勢でのお掃除が楽しいものだとは思いませんでしたわ」
 中学のときは名門私立で清掃業者が掃除していた。
 だが無限塾は平等。誰でも同じように当番が回ってくる。これが姫子には新鮮だったらしい。
 困り果てたメイドは「お伺い」を立てる。姫子の父は
「これも花嫁修業の一つ。やらせてあげなさい」と。
 そこでその場は引き下がった…が、

 三十分後。着物を脱いだのはいいがジャージを着る段階でいきなりスローダウン。
 片付かないのでたまらずメイドたちがジャージを着せてしまう。
 一般女性は洋服は楽に着替えて、着物の着付けは人の手を借りるが姫子は逆。
 和装であればなんでも苦もなく着こなすが、洋装となるといきなりとろくなる。

 あまりに姫子がしょげ返るので、可哀相だからと姫子にも掃除を手伝ってもらうことにした。
 結果として望みどおりの「みんなでお掃除」である。

 そのころ、風魔の男たちは警備中だった。彼らには盆も暮れも関係ない。
 この日は十郎太も例外でなく警備に参加していた。
「姫様が心配か? 十郎太」
 若干の揶揄を含んだ九郎の言葉。
「兄者…いや。たまには女ばかりでもよいでしょう。どうにも拙者では姫の痒いところに手が届かず」
「お主は『孫の手』ではなく『懐刀』だからな」
「左様で」

 本音を言えばたまに離れるのもリラックスできた。
 主従とではあるが男と女。たまに意識してしまいそれで疲れてしまう。
 城とも言うべき屋敷で顔を知る女ばかりの中。これなら危険もあるまい。
 奇妙なことに警備中だが気が緩んでしょうがなかった。

 渋谷。真理の住むマンション。
「どこから手をつけたもんだかなぁ…」
 真理はしかめっ面をしていた。
 一言で言うなら足の踏み場がない。
 散乱する雑誌や衣類。中には下着まで。
「ほんと。改めて見ても…我ながら女の部屋には見えないよなぁ」
 辛うじてその下着が女物で部屋の主が女とわかるが、散らかった中に女性下着と言うのはかなり痛々しいものがあった。
「あー。くそ。アタイのマリオネットも七瀬や綾那みたいに人型ならちったぁ使えるんだがなぁ」
 文句を言いつつも手近なゴミを拾うことからはじめた。

 一時間もしたころだ。インターホンで訪問者の声が。
『姉さん。います?』
「絵梨香?」
 異母妹の村上絵梨香だ。
「開いてるよ。勝手に上がってきな」
 インターホンにむかいそう怒鳴る。暫くしてドアが開く音が。
「お邪魔します…!?」
 ワンピースの上からコートを着た絵梨香が入ってくるなり目を丸くする。
「ど…どうしたんですか? これ?」
 もちろん部屋の惨状を指している。
「ああ。これ」
 不精の末とはさすがに女である手前、言いにくかったから苦笑していた。
「泥棒にでも入られたんですか?」
 確かに物色の後に見える。
「違う違う。横着してたらここまで…ね」
 ごまかし笑い。
「呆れた…パパが私をよこすはずだわ」
「アイツが?」
「ええ。『きっと真理は掃除に手こずっているでしょうから、手伝ってあげてください』って」
 父の口真似をして再現する。
「あのくそ親父…人をなめやがって…当たっているのが悔しいが…」
 怒りの表情の真理。対照的に笑顔の絵梨香。
「うふっ」
「なんだよ。何がおかしいんだよ」
「だって今『親父』って」
「あっ」
 あの話を聞いたからか、少しだが氷解していた。それが『親父』と言う言葉になったのか?
「か…関係ないよ。中年の意味だよ。さっ。絵梨香。手伝ってくれるんだろ。一杯ぐらいなら奢るから頼むよ」
「お酒はダメよ。紅茶でお願い」
「どっかの喫茶店になるけどいいか?」
「商談成立ね」
 そして「姉妹」で仲良く掃除が始まった。
 ふたり仲良く。それが目的で村上達也は絵梨香をここによこしたのだ。

 そのころ、東京ギガホールでは上条が恐ろしい勢いで同人誌を買っていた。
 あらかじめ銀行で両替した百円玉の包みが二つ。百枚。五百円玉が二十枚。
 大抵は五百円前後。したがってこの準備が出来ていればおつりの手間を省ける。
 先方にはおつり不要で助かり、自分は時間短縮でその分だけ多く回れた。
 綾那はただただ着いて行くだけだがそれで充分だった。それに
(二度目だけど楽しい場所だなぁ。綺麗な服の女の子が一杯で)
 コスプレに目を奪われていたのだ。それもあってついてきた。
 前回はサークルの手伝いで今回は買うほう。
 まったく別方向からの楽しみ方であった。

 榊原はパチンコ屋で暇つぶしをしていた。
 いや。訂正しよう。パチンコ屋に隠れていた。大掃除が面倒で逃げてきたのだ。
(姉貴は博打やらないからな。鉢合わせもないし。それに予知が大当たりでこの台も大当たり)
 彼の座席そばには積み上げられた箱が。
 彼のマリオネット。ビッグショットは予知能力がある。
 今回は朝にまどろんでいたらこの映像が夢に出た。
 だから大掃除をサボったと言うよりは、この大もうけを逃したくなかったと言うほうが正解。
(おー。出るわ出るわ。こりゃかなり行くぞ)
 などとほくそえんでいたら悪寒が。
 手はそのままに振り向くと姉が。
「ね…姉ちゃん。なんでここがっ?」
 涼子はマリオネットマスターではないし、自分もPHSを持ってないから位置情報をばらされる心配もないはず。何故?
「北条さんに聞いたら探してくれたのよ。いい娘ね。アンタと違って」
「くっ。まさか北条に探させるとは…いつのまにみんなの能力まで把握…」
 最後まで言えなかった。
 椅子に腰掛けている和彦を力任せに持ち上げる。
 まるで釣り人が竿を持ち上げるようにだ。
 途中で和彦の脚に手をかけなおす。
 そして本来なら後ろに投げ飛ばす技だが、そのまま頭上で止めてずんと下に落ちる。
 その衝撃で又裂き。背骨折り。首折がいっぺんに。
「おおっ。フィッシャーマンスープレックス」
「いや。後ろに投げ飛ばせばそうだがこの場合はキ○肉バ○ター」
 年末だと言うのに暇つぶしに玉をはじいていた面々は、もっと凄いものに度肝を抜かれる。
「まったく…大掃除で忙しいのに手間取らせて…サボるんじゃないわよ」
 ずるずると引きずられる榊原和彦には聞こえていなかった。
「えーと…」
 高く積まれた玉の入った箱の始末に困る店員だった。

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