暗雲が垂れ込めている。それを見上げている瑞樹と七瀬。
 瑞樹は男姿なのでセーターとズボン。七瀬はいつものようにワンピースである。

 ポツリポツリと雨が降り出してきた。
 だが瑞樹の体形は変化しない。胸は平でウエストもストレートなまま。お尻も小さくて肌も浅黒い。
『やった…女にならない…ついに…ついに治ったんだ。オレは普通の男に戻ったぞぉ』
 甲高いものの少年声で歓喜の叫びを上げる。それを優しく見つめる七瀬。
『やった。やったぞ。七瀬』
 よほど嬉しいらしく抱きついて喜びを表現する。甘い香り。柔らかい肌。
『よかったね。瑞樹』
 いつもよりはるかに低い七瀬の声。
『七瀬? その声…』
 よろめく瑞樹。まるでこの声は…まさか?
『気がついた? あなたが完全な男に戻った引き換えに、私が変身体質になっちゃったの』
 淡々と説明する七瀬。
『バ…馬鹿な?』
『これが証拠よ』
 七瀬は瑞樹の腕を取ると、女と思えない力で引き寄せて自分の『胸板』に触れさせた。
 今の今まで柔らかかったのに硬いまっ平らな感触。
 「胸がない」と言うレベルではない。完全に男の胸板。よろめく瑞樹。
『そ…そんな?』
 愕然と膝を折る。
『これからはあなたに代わって私が男として登校する事になるわね』
 淡々と告げる七瀬。みずきは地面を叩いて
『うそだ…ウソだそんなことーっっっ』叫ぶ。
 雨がますます降り続き

「冷てっ!?」
 まさに寝耳に水。みずきは跳ね起きた。
「いつまで寝てんのよ?」
 目が醒めると晴れ着姿の薫がコップを片手に仁王立ち。
 どうやらそのコップの水をかけられて起こされたと悟る。
「薫っ。なんて起こし方しやがるっ」
「お風呂場で水シャワー浴びる手間を省いてあげたのよ。早くしないと着付けの時間がなくなるわよ」
 言うだけ言うと薫は一階へと下りて行く。
 水をかけられたので女になったみずきは、その目立つ証拠である胸に触れる。プリンのようにゆれる。自分の現時点の性別を再認識。
「女だ…現実か…なんつー初夢だ…」


第36話「やまとなでしこ大暴走」


 1/2。
 喫茶レッズは休業中。しかし店のカウンターのスツールに腰掛ける振袖姿の少女。
「おまたせ。…おっとっと」
 そこへ現れたのは危なっかしい足元のみずき。何しろ和服。それも振袖だ。青い地に花の模様があしらってある。
 本当に姫子が貸してくれたのである。
 瑞枝が張り切って着付けをしたのは言うまでもない。
「遅いよ。みずき」
 喫茶店店舗で待っていたのはやはり晴れ着姿の七瀬。こちらは緑を基調にやはり花で。
 いつもはやや地味な彼女も、さすがにこの場はきらびやかに。
 じっと見つめるみずきである。
「やだ。照れるからあまり見ないでよ」
 ほんのりと頬を染める。そこに無造作に近づくみずき。そして…七瀬の胸元にタッチ。
「きゃあっ?」
「……柔らかい…よかった。女だ…」
 ほっとため息。だが地獄が待っていた。
「なに考えてんのよ? このすけべ」
 スタッカートと名づけられた往復ビンタの三連発。
「ほげろっ」
 たまらず吹っ飛ぶみずき。

「私が男になった初夢を見たァ?」
 あきれたように声を出す七瀬。往来にもかかわらずである。
「だから…悪かったと思っているよ」
 これはさすがに弁解の余地がない。だから平謝りであった。
「驚くわよ。そりゃ。榊原君が乗り移ったかと思ったわ」
「ひどい言われ方だな…あいつも。納得だけど」
「ふふっ。そうね」
 もう機嫌の治っている七瀬である。まぁ女同士のじゃれあいみたいなものだ。

 駅へと向かう道すがら。他にも着物姿の女性がたくさん歩いている。
(この仲間入りするとは思わなかったわなぁ…)
 思わずため息をつくみずき。
「もう。正月早々暗いわよ」
「そんなこといってもさ…これ歩きにくくて…特に帯が苦しい」
 姫子のように着慣れているわけではないので悪戦苦闘。気を紛らわすためか話題を変えるみずき。
「そう言えばさ。お前の方はどんな初夢を見たんだ?」
「え? えーっと…ナイショ」
 微笑み…と言うよりにやけた表情の七瀬。照れているのは確かだ。
「なんだよ? 教えろよ」
「いいじゃない。あっ。さすが叔母様ね。短い時間でこのロングをちゃんとまとめているわ」
(ごまかしたか…)
 別にそれほど知りたいわけでもなく、敢えてごまかされることにした。
「いいなぁ。みずきの髪の毛。さらさらで綺麗だし」
 女に対しては褒め言葉だが…
「そうか? ありがと」
 礼の言葉が出る辺りまだ女性化の影響があるのかもしれない。
「お前は伸ばさないの」
「私? うーん。クセっ毛だからなぁ。伸ばすとウェーブ掛かるのよね。それに台所仕事にはあまり長い髪はじゃまだし」
「お袋なんか結構長いけどうまくやってるよ。お前も伸ばしてみたらいいんじゃない。可愛いかもな」
「そ…そうかな」
 完全に女同士の感覚で七瀬を褒めているみずき。
 一方の七瀬はおだてに弱く、またみずきの発言でちょっと舞い上がり気味。

 北条邸に着く。姫子。そして十郎太が正門前で出迎えだ。
 さすがに彼女自身が招いた相手ではフリーパスだ。風魔も何も言わない。もっとも影から見てはいると思うが。
明けましておめでとうございます」
 深々と礼をする姫子。顔を上げるといつも以上に満面の笑み。
 普段から和服だがさすがに正月用で華やかな衣装だった。
 十郎太も和服。こちらも華やかな雰囲気があった。
 本人は「このような派手な服。拙者はちと…」だったが
「十郎太。この愚か者。みすぼらしいなりで、姫に恥をかかせる気か」
 こう九郎にいわれては仕方ない。渋々だが着ることにした。救いは
「とってもよくお似合いですわ」の姫子の一言。

あけましておめでとうございます

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの参太郎さんに感謝!



「おめでとうございます」
 こちらもにこやかな七瀬と、渋面のみずきが好対照だった。
「おふたりが最初ですわ。さぁさぁ。寒いからどうぞお入りになってください」
 当然の勧めではあるがみずきたちは入らなかった。
「うーん。でもふたりもここで待っているんだしなぁ」
「私たちも一緒にここで待つわ」
「そうですか。ではおそろいになってからにしましょうか?」
 そういう理由だった。

 一緒になって待っていると上条と綾那が連れ立ってきた。
 綾那は赤を基調とした可愛らしい印象の振袖。
 いつもはお下げの髪も、ここはひとまとめにして和風に処理していた。
 一方の上条はロングコート。それはまだしも真っ赤なマフラーが風になびいていた。
「なんかのヒーローみたいだな…」
 みずきでさえそう思う。
「あけましておめでとうござます」
 鈴を転がすような声で姫子の挨拶。
「姫ちゃん。風間君。みーちゃん。七瀬ちゃん。おめでとー」
 手をぶんぶんと振り回す。
「馬子にも衣装と思ったら、いきなり七五三に見えてきた」
「『馬子にも衣装』は褒め言葉になってないでござるよ」
 みずきに突っ込む十郎太だった。

 そして上条はコートの裾を翻してポーズをとりつつ
「謹賀! 新年!」
テレビのスーパーヒーローのようにポーズを決めていた。
「ああ。なんか物凄く『上条に逢っている実感』がする」
 実に的確なみずきの言葉。
「メタルヒーロー風に決めてみました。トレスでばったり風見とあって話したからかな」
「あの広い会場で」「しかもあの混雑で」「偶然出会うなんてあるでござるか?」
「あるもんだね。びっくりしたよ」
「つまり…類は友を呼ぶってわけだ」
 皮肉交じりのみずきの言葉。
「どちらかと言うと『スタンド使いはスタンド使いと引かれあう』かな?」
 もちろん上条にはその皮肉は通じない。平然として待ちに入る。

 最後の一組だが両者和服でやってきた。
「おおっ」
 思わず声を上げる上条と十郎太。
「なんだか…異様に貫禄あるね」
「左様でござるな」
 榊原はそのがっしりした体格ゆえに着物がよく似合っていた。
「正月だから和のテイストでせめて見ました」
 本人のコーディネートにしてはセンスがよすぎる。さすがに和服は勝手がわからず親のなすがままだったようだ。
「まぁ俺なんかよりあっちを見てよ」
 その先には青い着物の真理がいた。
「まぁ。とてもよくお似合いですわ。真理さん」
「ホント。意外に金髪って着物に合うのね」
「そ…そーか? まぁ貸してくれるって言うから着てみたけど」
 照れる真理。
「しかし…あんな連中までよこさなくても」
「あんな連中?」
「着付けチーム。着物持ってきてついでにアタイにこれ着せていきやがった」
「申し訳ありません。着付けはなかなか出来ない方も多いので。失礼ながら一人暮らしの真理さんには彼女たちに出向いていただきました」
「ボクはママに手伝ってもらったー」
「私もさすがに自分だけじゃダメね」
「えっへん。オレなんざ100%オフクロの着付けだぜ」
 確かに本来は男のみずきが振袖を着こなせるはずはないが、そんな胸を張ることでもない。
「さて。とにかくこれで揃ったでござるな。中に御案内するでござるよ」

「揃ったわね」
「揃いましたぁ」
 自室の窓から様子を見ていたは姫子の妹。愛子。
 そしてそれに付き従うのは十郎太の妹。弥生。
「弥生! アンタは勝手に薬を持ち出して何をのんきに」
 しかりつけるのはふたごの姉。葉月。こちらは弥生と反対に生真面目な性格だ。
「えー。だって愛子様に言われたんだもん」
 頬を膨らませて抗議する。それは無視して主君に向き直る中学生くの一。
「愛子様。どうかお考えをお改めください。その薬は危のうございます」
「えー。だって。これって本音を引き出す薬でしょ?」
「正確には自白剤でございます」
「同じようなものじゃない。隠していたことを白状させるんでしょ」
 ちらりと姉たちを見る。
「もう。ホントじれったいわよね。姉さまと十郎太様。奥ゆかしいのはいいけどこんなにも進展がないとねぇ」
 愛子はお節介な性格だった。
「うふふふふ。これをお料理に混ぜて皆様に飲ませれば」

 ガシャーン。食器を落とす十郎太。上気した頬の姫子と見詰め合う。
「姫…拙者は以前から姫をお慕い申しておりました」
「わたくしもですわ。十郎太様」
 ひしと抱き合う十郎太と姫子。
「若葉。お前が欲しいーっっっっ」
「上条くぅんっ」
「さあ村上。すぐにでもホテルへ行こうじゃないか」
「よしきた。今日はとことん付き合うぜっ」
「みずき…たとえ女の子の体でも好きよ」
「七瀬。二人でなら禁断の愛も怖くない…」
 それぞれ抱擁しあっていた。

このイラストは参太郎さんによって作成されました。
大感謝!

 もちろん愛子の目論見でしかないが。
「うっふっふっふ。これは極端でも仲が進展するのは間違いないわ」
「あの…愛子様。赤星様はせめて殿方に戻してあげた方が」
 みずきが実は男とは姫子が無限塾に進学した時点で、このくの一姉妹に調べられていた。
 姉の新しい友人に危険人物がいないかと言うつもりだったが、面白い人物がいたと言うわけだ。
 さらには薫が自分と同じ中三で、ニューハーフと言うのも調べがついていた。
 もちろん口外していない。こんな面白いことを。
「それじゃ愛子様。早速おせち料理に入れるんですか?」
 弥生の問いに首を振る。
「まずはフェイントよ」

 豪華なお説料理が並ぶ和室。十畳の部屋だ。
 この屋敷には大広間も存在したが、このくらいの「こじんまりした部屋」もあった。
 そこに並べられたおせち料理。
 上座下座で譲り合うことになりそうだったので、円形と言うユニークな配置だ。
 姫子を基準として時計回りに十郎太。真理。榊原。綾那。上条。七瀬。みずきだった。
「北条からスタートか」
 榊原が意味ありげに言う。
「まぁ円に始めも終わりもないが、招いた姫が基準ならもめたりもするまい」
「それはどうでもいいんだ。そうか。姫から始めか。つまり姫はじめ…」
 口にしたとたんに真理の膝が榊原の顔面にめり込んだ。
「な…なんだよ? いきなり」
「うっさい。今年の殴り初めだ」
(嫌な初物だ……)
 珍しく心中で突っ込む上条。
「大体お前、言葉の意味を判ってて殴ってんのか?」
 これも今年初めての抗議。
「知らないね。けど、アンタがその下品な表情して、その口調で言うときは大抵すけべなことなんだ」
「濡れ衣だぁ」
「真理殿のいう通りでござろう」
 これで終わったはずだったが
「ねぇねぇ上条くん。『姫始め』ってなぁに?」
 子供そのもので尋ねる綾那。二人きりじゃないので従来どおりに苗字で呼んでいる。
「若葉…君は知らなくて良いことだ。そして」
 上条はおもむろに「こっち」を向いた。
「モニターの向こうのよい子達。
 言葉の意味がわからないからって、お父さんやお母さんに聞いちゃいけないよ。
 お兄さんとの約束だ」
 無駄に爽やかに言う。

 全員が着席して向かい合う。円状なのでまさに上下関係なし。
「それでは改めまして。明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
 きちんと礼をする一同。顔を上げて…上条が辺りを見回す。
「うーん。なんか僕だけ洋服で浮いちゃったかな」
「良いんじゃない? 好きなもの着れば…ふふ。オレなんか振袖だぞ…男なのに」
 黄昏てぶつぶつ言っているみずき。
「もう。文句言わないの。今は女じゃない。だからじゃれて私の胸に触ってくるし」
「「「「胸を触った!?」」」」
 一瞬にして注目を集めるみずきと七瀬。
「あ…」
 失言を悟り頬を染める七瀬。
「あのね…それはね…みずきの初夢で…」
 しどろもどろになって説明する。
「及川が男になった夢…ね。まぁ文化祭のときはそういうポジションだったけど」
 いつものように分析まではしない榊原。
 この場合導かれる答えは七瀬を不安にさせるしかないとわかっていたからだ。なのに
「赤星。あんたまだ心が女なんじゃないのか?」
真理がぶち壊しである。
「いや…マジで心配されると落ち込むんだけど…」
 まとめてあるロングヘア…女性化の名残を触る。
「うふふ。それでは皆さん。お食事しながらどんな初夢を見たかお話しましょう」
 さすがに招いた側だけにきっちりと場を取り仕切る姫子。
 一同おとなしくご膳の前に。

「そう言えば姫ちゃん。前から思ってたんだけど」
「はい? なんでしょう。上条さん」
 いざ食べようと言う段になって口を挟む上条に、嫌な顔一つせず対応する姫子。
「風間はともかく姫ちゃんのご飯って…毒見はしないの?」
 彼は大真面目である。
「心配要りませんわ。板前さんたちは皆さん信用できる方です」
「うむ。そして一服盛られないように風魔衆が見ているでござる」
 いくらなんでも毒見役までは残っていなかった。それでも姫子や十郎太には毒見と言う発想は突飛ではなかったらしい。
「だが確かにその心配くらいはした方がよいな。とりあえず一口だけ先に失礼するでござる」
 十郎太が毒見役を引き受けた。彼はどれを取るかを考えたが、簡単に決まった。栗きんとんに箸を伸ばす。
「あああっ。わたくしの栗きんとん…」
 かなり珍しく「はしたない」声を出す姫子。
「好物なのは存じてます。されど素直に考えれば一番の好物に仕込むのではないかと」
「わたくし、栗きんとんに当たって死ぬなら本望ですわ」
 真顔で言うから怖い。
「そ…そこまで言うとは…」
「この栗きんとん作った人は涙を流して喜びそうだね」
「アタイはどーせ食わないけどね。甘ったるい…」
「甘いの大好きぃ」
「拙者は苦手なのだが…仕方ない」
 本当に毒でも飲むような表情で栗きんとんを口に入れる十郎太。
 吟味するため咀嚼する。そして飲み込む。しばらく待つが
「味に異常はなし。異物もなし。どうやら取り越し苦労だったようでござるな」
「それじゃ改めて」
「かんぱーい」
 未成年と言うことでジュースや烏龍茶で乾杯だ。

(うふふふ。これで仕込みに対して警戒が甘くなるわね。さぁて。お茶とおとそ。どちらに入れようかしら?)
 隣の部屋から愛子が双子を従えて良からぬ考えを抱いていた。

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