第37話「雪山パニック」

 冬休み終盤。一年生たちは久しぶりに無限塾に集合していた。彼らは体育の授業の一環として二泊三日のスキー教室へと行くのである。
 学校の周辺には四台のバスが。これでスキー場へと出向くのだ。

「間にあったーっっっっ」
 今回は校庭が集合場所。特に整列もしてなく、仲の良い者同士で固まっていた。
 冬休み中でクセが抜けず寝坊した真理は直接そこに駆けつけた。
「ふぅーっ。さて。あいつらは?」
 見回すと栗色のセミロングの少女の背中が。その向こうには姫子や綾那も。
「七瀬?」
 軽い違和感を感じたが、姫子たちもいるからと考えなしに近づいて行く。
「オハヨ。七瀬」
 脅かすつもりでうしろからぽんと肩を叩く。
 栗色のセミロングの少女が振り向くと…それはなんとみずきだった。
「え?」
「あっ。真理ちゃん来たのね。遅刻かと思った」
 ハンカチをしまいながらだからトイレからか。校舎内から七瀬が姿を見せた。

 バスの中。既に移動中である。
 合宿の部屋割りは出席番号で決められていたが、バスの座席は特に取り決めもなかった。だから好き勝手にしていた。
「しっかし…そっくりだな」
 固まっているいつもの面々。話題の主はみずき。その栗色の髪の毛。優しいウェーブ。まるで七瀬の髪。
「背丈は違いますけどね」
「制服姿だったからペアルックみたいだね」
 合宿前、最後にあったのが一月二日。そのときは纏められてはいたが長い髪だった。
「オレはただ切りたかっただけなんだ。それなのにオフクロってば…」

 スキー教室の前の日。
「みずきちゃん。明日からスキー教室よね」
「ああ。そうだよ」
 母の問いかけに深く考えずに答えた。今は男の子。床に寝転がってマンガ雑誌を読んでいる。
 お昼ごはんを食べ終えたそんな一時。
「それじゃその長い髪じゃ動きにくいわねぇ……ちょっと早いけど切りに行きましょうか?」
「ホント?」
 まさに喜色満面の瑞樹。がばっと跳ね起きる。
「助かるよ。この髪。洗うのも大変でさ」
「はいはい。それじゃ支度しましょ」
 さすがにこのときはてきぱきと動く瑞樹。だが風呂場に行くように指示する母。

 みずきが連れてこられたのは瑞枝の行きつけの美容院。
「まさか美容院に来るとはね」
「学校に行くときは女の子でしょ。おかしくない様にするなら女の子として切ってもらわないと」
「おかげでわざわざ変身だし…でもなんでこんなワンピースなの?」
 ゆったりとした女の子らしいデザインの緑のワンピース。特にスカートの裾の広がり具合が女の子らしく演出していた。
「みずきちゃん男の子っぽい顔立ちだから(今は)女の子ってわかってもらうためよ」
「男の時は散々女に間違えられたが…中性的ってこと?」
 寒い中。外で問答してても仕方がない。二人は店へと入る。

 店内は暖房がよく効いてぽかぽかしていた。
 おまけに待ち時間に出されたのがココアで、お腹が膨れたからますます睡魔が。
 順番が来たときは半分眠っていた。
「この子は熱いのがダメなの。だからシャワーのお湯はぬるくしてくださいね」
 みずきは約30℃〜40℃の水だと男から女にも女から男にもならなかった。その温度にしてもらうように要求していた。
 これなら髪を弄っている最中に男に戻ったりしない。

 椅子に座ってリズミカルに髪の毛を切り始めたら、あっという間にこっくりこっくりと。いつしか完全に眠りに落ちた。
「寝ちゃった?」
 確認までする。瑞枝が目配せするとカラーリングとパーマの準備が。

「みずきちゃん。みずきちゃん。起きて。もう終わったわよ」
「……ん?」
 寝ぼけていた。だから目をこする。
「ふぁーっ。よく寝た。あれ? 七瀬?…え゛…鏡?」
 確かに頭は軽くなった。だが頬に掛かる一房を目の前に持って行くと栗色に染められていた。
「え? え! ええーっ!?」
 激しく狼狽するみずき。
「キャーッ。やっぱりそっくりだわ。ロングヘアが姫子ちゃんみたいだったし、コスプレ撮影会のときお下げが綾那ちゃんみたいだったし、それで七瀬ちゃんみたくしてみたかったの」
 大喜びの瑞枝。着ているのが七瀬の趣味のワンピースだから余計に七瀬の印象が強い。
「しかしよく起きませんでしたね」
「そりゃお昼ご飯に眠くなる風邪薬を混ぜたもの」
「そこまでやるか?」

「…だしよぉ」
 ブチブチとぼやくみずき。みんなも笑うより同情の方が先に出る。
「あのおばさんらしい話だな」
「でもいいじゃない。みーちゃん可愛い」
「うん。新鮮だよ」
「おまえらなぁ」
 覚悟していたものの揶揄されて沈みだす。

 バスが到着して宿舎の前に整列。それから割り当てられた部屋へ。
 男子は十人で一斑。女子は八人で一斑と言う構成。
 男子の部屋が広いが、体が大きいうえに人数も多いから。彼らは三階。
 女子は二階で八つの部屋に。
 みずきと七瀬は出席番号が前半なので同じ部屋。二組女子A班。だが、真理。姫子。綾那は後半なので隣の部屋。二組女子B班。
 つまり八人のうちみずきが本当は男と知るのは当事者を除けば七瀬だけ。
 秘密を知らない六人の少女と二泊三日をともにしないといけない。
「みずき……」
 当然ながら心配そうな七瀬。それに対してみずきは多少不安そうだが
「任せとけ。手はあるぜ」と言った。

「みーちゃん大丈夫かな?」
 隣の部屋の綾那。制服からスキーウェアに着替え中。暖房は効かせてあるが寒い。ぱっぱっと着替えてゆく。
「そうですわね。ちょっと心配ですわ」
 紐リボンを解く姫子。
「なぁに。七瀬がいるから大丈夫だろ」
 既に着用済みでジッパーを上げた真理が言う。
「でもお風呂とかどうすんのかな?」
 こちらもウェアに脚を通し始めた綾那。
「みずきさんの体質を考えますと、よい状況とは言えませんわ」
 上着を脱いでやっとジャンバースカートの肩に手をかけた姫子。
 いつものことだがあまりに遅い着替え。いらいらしていた真理が切れた。
「だーっっっっっ」
「きゃっ!?」
「あんたはもうっ。見ていていらいらするそのトロさっ。綾那っ。手伝いなっ」
「はーいっ」
「あっ。いやっ。おやめになってくださいな」
 二人がかりで剥きに掛かる。どう見ても危ない図だった。

 着替えが終わりすぐそばのゲレンデへと移動する。
「スキー教室」だけに準備体操も義務付けられている。

 それではそれぞれのウェアを見てみよう。
 まずはみずき。これは大方の予想通りのピンク。パールピンク。
「いいんだ。オレなんてどうせイロモノなんだし」
 涙するみずき。自分で買いに行こうとしたら既に瑞枝が買っていた…と言うわけである。
 七瀬はライムグリーン。姫子は純白。真理は黒。綾那は意外なような順当なようなクリムゾンレッド。
 その相手の上条は青。
「寒いとこだけにクールなブルーで」と、よくわからないコメント。
 榊原はまるで迷彩服のようなサイケデリックな配色。みんなして顔をひそめているが、本人は満足そうだ。
「し…しまった…これでは目立つ!」
 蘇芳色…忍び装束の色でウェアを選んだ十郎太だが、銀世界では溶け込むどころか強烈に存在感を。

 簡単にレクチャーされてとりあえず初心者用コースを滑って見る一同。
 さすがに大人数なので二人同時に滑って行く。
 組み合わせに制限なし。男女の区別もなかった。
「一緒だね。上条君」
 「にぱ」という感じの笑顔の綾那。
「ああ。若葉。ひとつだけ言っておく」
「なぁに?」
「僕には近寄るな」
「えっ?」
 ものすごいことを言われて内心ショックの綾那。
 だがとりあえず指示に従い滑って行く。

 学業は壊滅的だが運動神経は抜群の綾那。スキーも例外じゃない。経験もあるらしい。
 パールピンクのスキーウェアに貼り付けてある可愛らしいパッチが、借り物のそれとは思えないからだ。
 だがそんな綾那も驚くほど上条は速かった。
「すっごーい。上条君はやーい……ちょ…ちょっと速過ぎない?」
 そう。まるでブレーキがかかってないのだ。
「わ? わ? わーっっっ」
 こぶに乗り上げて体勢を崩し、転んだのでやっと止まった。滑って傍による綾那。
「大丈夫? 明くん」
 その場に二人きりだから名前を呼ぶ綾那。
「ああ。滑ることは出来るけど止まれなくて…ヒビキさんじゃないけど。そういうわけで若葉。危ないから僕には近寄らないように」
「止まり方なら教えてあげるよ」
「そうか? なら頼む。何度聞いても上手く行かなくて」
 自分の身を案じてくれたことと、自分が教えることが出来て綾那は上機嫌になって行った。

 そんな二人の様子をふもとから見ていた少年。特に上条に対して憎悪を。
(あの野郎。ボクシングのときからオレの綾那といちゃいちゃしやがって)
「順番だぞ。嘉部」
 呼ばれた少年。嘉部敬夫(かべ・のりお)はリフトに乗るべく歩き出す。

 初心者コースのてっぺん。
「次はオレの番だ…うわぁぁぁっ?」
 ポイントに出るために歩いたみずきだが、文字通り足を滑らせ転倒。
 そして脚から外れた片方のスキー板だけ五メートルほど滑り落ちた。
「あたたた……うぉ…おおおおーっ!?」
 今度は立ち上がったら片方だけはいた板のせいで、コンパスのようにくるっと回ってしまった。
「何を遊んでるんだ。及川」
「先生。私はこっちです」
 引率だというのに陰鬱な口調は変わらぬ中尾勝の言葉。それに対して抗議をする七瀬。
「ああそうか。すまんな。うちのクラスで栗色の髪と言えばお前のイメージがあったからな」
 これには七瀬も黙った。彼女のは天然の栗色だが、入学当初は染めているのかと疑われた。
 今回のみずきだが一応は冬休み中だし、ここで引き返せとは言えず大目に見られていた。
 本人には一学期は黒く戻すように伝えたが、本人がその気十分であった。

 なんとかゆっくりと滑り出して行く。二人同時に。
 みずきの正体を知るものには仲のよいカップルに見えるが、知らない大多数は「やっぱりあの二人あやしい」としか見えない。

 学校では優等生で通している榊原。
 だがその本性を知っている真理は他の女生徒とは見方が完全に違っていた。
 彼が滑り出した直後に勘が働き、すぐさま追いかけるように滑り出す。
 間一髪。他の生徒たちの死角で若い女性に声をかけようとしていたところに追いつき、ガンズンローゼスで作った投げ縄が彼の首に掛かり、そのまま連れ去ってしまった。

 最後のほうになる。
「皆さん凄いですわ。こんなに高いところから凄いスピードで」
 感嘆したように姫子が言う。
 断っておくが、初心者用のなだらかなコースである。高さもさほどない。
「わたくしは怖いからゆっくりと参ろうかと思います」
 これ自体は別に変な発言でもない。むしろ初心者としたら当然。しかし
「そうですわ。十郎太様。怖いので手をつないでおりませんか?」
(え゛?)
 さも「名案を思いついた」といわんばかしの表情で手を打つ姫子。それに対して「引き」まくる一同。
「いささか照れますが…姫のお望みとあらば」
(おい…問題は「照れ」のほうか?)
 突っ込みまくりの残った面々。
 そして言葉どおり姫子は十郎太に右手を委ねる。ちなみに十郎太の右手と、姫子の左手にはそれぞれ二本のスティックが。
「それでは」
「まいりましょう」
 五メートルも行かないうちにバランスを取れずに二人揃って転倒したのは言うまでもない。
「むう。想像以上に難しい」
「皆さんよくお一人で上手に滑れますね」
「…………」
 もはや何も言えない。世間知らずですむレベルではなかった。

 それでも何度か滑降をこなす。午前中が移動に費やしたため午後のみ。そしてそろそろ時間も尽きようとしていた。
 代表で藤宮が言う。
「それでは六時までは自由に滑ってよい。だがこれも授業の一環。けっして他の人に迷惑をかけないように自覚を持って行動するように」
「はーいっ」

「あーっっ」
 スキー自体は経験がなかったが、持ち前の勘のよさでこなして中級コースに挑戦していた真理。
 だがそこまでは簡単にこなせず派手に転倒していた。
「あつつつ。さすがに無理か」
 苦笑いしながら外れてしまった板を取りに歩き出す。
 人目がなければガンズンローゼスで手繰り寄せるが、近くに人がいるためそれも出来ない。
 まだ板の方が上の位置にあれば自然に落ちてきたように見せかけられたが。
 だがその板を親切に取ってくれた人物がいた。
「大丈夫かい?」
 スキー板を差し出す。
「あ…ありがと」
 さすがに礼の言葉くらいは言う真理。だが見知らぬ相手。それも男で警戒心が。
 青年…いや。『少年』の特徴だが身長は高い。細身だ。
 わざわざ帽子とゴーグルを取り素顔を晒すが意図がみえみえ。
 恐ろしく端整な顔立ちなのだ。真理だからいいようなものの、ミーハーな女子ならあっという間に虜になそうだ。
 髪の毛はいわゆるロン毛。それが金髪になっているが、真理と違いこちらは髪を弄ったのは明白だった。
 一番の特徴は両耳に小さく光るピアス。様になる美形だったが
(けっ。男のクセにチャラチャラ飾っちゃって。アタイこーゆータイプ苦手…)
真理にはやはり通じないどころかむしろ嫌悪感を。
「どうだい? これも何かの縁だ。二人でどこかで暖めあわない?」
 背筋に寒いものが走る真理。完全にダメなタイプだ。少年はそれにもかまわずマイペースで喋り続ける。
 若干ナルシスの気もあるように思える。芝居がかっているのはそのためか。
「僕は火野恭兵。君の名は?」
 歯を光らせて名を尋ねる。真理がどうやり過ごそうかと考えていたら上から怒声が。
「こらーっっっ。恭ちゃん。また他の女の子にちょっかいかけて」
「まずい。なぎさめ。なんだってああお節介なんだ。ああ君。今日は残念だがこれで。縁があったらまた」
 言うだけ言うと金髪の美形。恭兵は素顔のまま逃げ出した。入れ替わるように怒鳴っていた少女が真理のそばに。
「ごめんなさい。ナンパなんてされて…あれ? あんた…うちの生徒じゃないよね」
 全校生徒の顔を憶えてない生徒は不思議ではない。だがこんな派手な金髪。いれば印象に残るだろう。
 彼女の学校には金髪の女子がいないか、いても顔を覚えられる程度の人数で。
 ましてこの身長と胸と金髪の真理だ。たとえ学年が違っても印象に残る。
 それで判別できたようだ。
「ああ。いいよ。あの手のナンパ野郎にゃ慣れてるから」
「恭兵ちゃんてば。他所の学校の生徒にまで。ほんとにごめんね」
 この長身のスレンダー。そしてポニーテールの少女は庶民的な接し方でひたすら謝る。
「いいってば。アタイは村上真理。アンタは?」
「あたしは綾瀬なぎさ。明日までスキー合宿なんだ」
「なぎささんか。いい名前だ。むしろ海辺に向いた名前。まさにマーメイド」
 いつの間にか現れた榊原がちゃっかりなぎさの手まで取っている。
「どこから湧いてきた!!」
 その後頭部に真理の右ひざがヒット。瞬間的にスキー板を脱ぎ捨てるくらいだから大したものだ。
「あ…あたしよりあんたの方が苦労してるみたいね」
 苦笑するなぎさ。気のせいか「引き」ながら去って行った。

 夜。七時から食事。八時から入浴だが一斑につき与えられた時間は二十分。
 風呂場がそんなに広くないための処置である。
 ただこれは浴室を占領できる時間と言うことで、脱衣。着衣の時間は含まれていない。
 そうでなくても女子は時間がかかる。まぁ姫子は極端な例としても。
 単純計算でみずき達のいる二組女子A班は八時四十分から。
 脱衣所にはいられるので八時半には風呂場に行く。
 みずきのいる部屋では現在は女子たちが入浴の準備をしていた。
「どうするのよ? みずき」
 心配そうに七瀬が尋ねる。
「まぁ大丈夫だから」
 妙に自信満々なみずき。
「そろそろいきましょ。みんな」
 元気少女の菊池志保子が仕切る。
「あれ? 赤星。あんた行かないの?」
 わざと返事をしなかったが目ざとく見つけられた。まずはこれで風呂を回避するつもりだったが仕方ない。
(ちっ。時間はないし、人数は少ない方が広く使えて放っておかれるかと思ったけど、その辺りは男と違うな。だが女の体ならではのかわし方があるぜ)
「うん。いかない」
「どうして? スキーで汗かいたでしょ」
 見守る七瀬はもう心臓が爆発しそうである。
「いいの。だって……あの日だから
 一転してあんぐりとなる七瀬。
(あ…あんたよくそんな女ならではの言い訳を…でもまだ甘いわね)
(ふっ。女の場合大抵のことはこれで回避できる。そのくらいの学習は出来たぜ)
 それはいかに女扱いに抵抗がなくなったかと言う証拠でもあるが、そして七瀬の思うとおり詰めが甘い。
「なに言ってのよ。赤星。生理ならなおさら清潔にしなくちゃ。来なさい」
 しれっとして言い放つ志保子。さも当然といわんばかりである。
(ええええっ?)
「そ…そーゆーモンなの?」
 目論見が完全に崩れ去り恐る恐る尋ねるみずき。
「あたりまえでしょ。ほらほら。新しい下着持って」
「あ…今のウソ。ほんとは風邪気味で」
 最終防衛ラインを突破されてどうしようもなくなる。慌てて言いつくろうが
「あんなに元気に滑っててそんなわけないでしょ。ほら。いくわよ」
「やめてぇぇぇぇぇ」
 通じるウソがなくなり強引に連行されるみずきであった。

 浴室。一糸まとわぬ姿のみずき。そばには赤い顔の七瀬も生まれたままの姿で。
 水泳の授業で一緒に着替えもしていたが、これだけ長いこと裸のままと言うのはなかった。
 いくら女同士でも意識をせずにはいられない。
 でもみずきにはそれどころではなかった。

 暖かそうな湯気を立てる湯船がある風呂場が、みずきには死刑場に見えた。


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