第37話「雪山パニック」Part2   Part1へ戻る

 2組女子B班。現在はA班が入浴中と言うこともあり、次である彼女たちは入浴の準備を開始していた。
 キャッキャと騒がしいことこの上ない。
「あんたはもう行った方がいいんじゃないの?」
 真理は真面目に姫子に言う。着替えの極端な遅さを案じている。
「そうね。姫子は先に行った方がいいかも」
 他のクラスメイトにまでいわれている。
「そうですか? ではお先に失礼いたします」
「んじゃちょっと早いけど行くかぁ」
 真理も同行すべく立ち上がる。
「ボクもー」
「子供か? あんたは」
 結局三人だけ先行。
 この時点ではみずきが大ピンチと言うことが頭になかった。

 街の銭湯よりもやや狭い感じの風呂場。洗い場のカランも10しかない。
 しかし大きな湯船は暖かそうな湯気を上げ、温泉特有のいい香を発していた。
 床も単なるタイルばりではなく、温泉らしく処理されていた。
「きゃーっ」
「暖かそう」
「早く入ろう」
 クラスメイトの女子が大騒ぎの中
「は…はははは…」
 乾いた笑いのみずき。笑顔も引きつっている。
 輝く白い肌。カール気味のまつげ。大きな目。ふっくらした赤い唇。可愛らしい丸顔。たわわに実った二つのふくらみ。折れそうな細い腰。きゅんと持ち上がったヒップ。細い脚。
 どれをとっても恥ずかしくない見事な女体。だがこれは虚構。鍍金なのだ。
 そしてお湯に浸かるとその鍍金がはがれてしまう。だから入浴などできる話ではなかった。
 もちろん回避策は練っていたが、それが見事に不発。今こうして窮地に立たされている。
「どうしたの? 入らないの」
 不思議そうに先に入った池澤春香が言う。
「う…うん。まずは体を洗わないといけないから」
 苦し紛れに言ったのだが
「そっか。あの日だもんね」
 他の少女たちは納得して先に湯船に。湯気が充満しているがやはり裸のままでは寒い。
 どうやら彼女たちは先に体を温めるタイプの入浴法らしい。
 みずきと七瀬は元々が先に体を洗ってから湯船に浸かるタイプ。
 二人は洗い場へと向かう。そして並んで腰掛ける。
「よし。なんとかごまかせるな」
「そうね」
 みずきは自分の正体がばれる危険性で頭がいっぱい。
 七瀬にしてみればみずきの裸が見事に『女の子』だったので、その場は「本来は男」と言うことを失念して。
 だから照れも何もない会話だった。

「それじゃほんとに洗うか。念入りにな」
 時間切れを狙っている。みずきは桶に水を満たした。
「ちょ…ちょっと。なにやってんのよ」
 七瀬が珍しく甲高い声を出した。それが風呂場で反響する。
「どうしたのぉ? 七瀬」
 湯船でとろけそうになっている少女たちの一人が不思議そうに聞く。
「な…なんでもないの。何でも」
 引きつった笑いでごまかす。そしてまたみずきの顔を見る。
「こんな冷たい水じゃ風邪引いちゃうでしょ」
「お湯かぶったら正体ばれるじゃねーか」
「だからって水はないでしょ。たしかぬるま湯なら何もないはずよね」
「あっ。そーか」
 いっぱいいっぱいで気がつかなかった。
 みずきは先刻の桶にお湯を足した。
「このくらいかな」
「それだとちょっと」
 しかしせっかちなみずきは七瀬の言葉を待たずにそれを頭からかぶった。その結果として…胸が平らになった。熱すぎたのだ。
(きゃーっっっっっっっ!!!??!!)
 心の中で悲鳴をあげる七瀬。瑞樹がこの場で男に戻ったこと。そして、男の子の印を目の当たりにしてしまったこと
 瑞樹自身は固まってしまった。パソコンで言うならフリーズ。
「あれ。赤星なんか変じゃない?」
 湯船の中の少女たちが異変に気がつく。幸い洗い場では湯船に背を向ける形だし、充満する湯気が視界を遮っていた。そのためはっきりと男の体とは見えない。
 正面向いているよりはましではあるが、それでもちゃんと見れば女の滑らかな白い肌ではなく、男の筋肉質の肉体とはわかる。

 そのころ、となりの男湯では2組男子A班が入浴中であった。
 出席番号で振り分けられた班。風間十郎太。上条明。榊原和彦。いずれも前半でA班に属していた。
 つまり現在入浴中。こちらも洗い場での会話。
「あれ? そう言えば女子も今頃うちのクラス?」
 珍しく上条が関心を示した。
「ああ。女は風呂が長いから俺たちと同じように進行しているかはわからんが、スケジュールどおりなら女子A班だろ」
「えい班と言うことは赤星がいるでござるな」
 水をかぶる危険性は突然の雨やスプリンクラー。そして水泳の授業がある。
 学校でお湯をかぶるケースはまずない。かぶっても再び女になるための水にはことかかない。
 その点では安心だったはずの女子としての通学。
 しかしこの場ではいつもとまったく逆。それを懸念していた…が。
「そうは言っても」
「うむ。助けに行こうにもあちらは女湯」
「まぁ何とかなるだろ。今までだってシャレにならない状況はあったんだし」
 そのせいかピンチに対して鈍感になっていた三人。まして女湯では手も足も出ないし。
 完全に「人事」だった。

 変身解除してしまった本人より、サポートしていた七瀬の方が先に冷静さを取り戻した。
 とっさに桶に水を入れて瑞樹の頭からかぶせる。そして
「なーに?」
愛想良く笑顔を浮かべみずきとともに湯船に体を向ける。四つ並ぶ女のシンボル。
 それを凝視するクラスメイトたち。そしてあきれたように、そしてため息混じりに言う。
「………あんたらホント、胸でかいよね」
「グラビアアイドルにでもなったら」
 軽いやっかみ。興味を失い再び湯船でおしゃべりに戻る。安堵するみずき達も体勢を戻す。
「助かったぜ。七瀬」
 反響する風呂場で自分の甲高い声。それを考え小声で礼を言う。
「もう。よく確かめてよ。このくらいぬるくないとダメね」
 七瀬がちょうどよい具合に混ぜたぬるま湯を渡す。

「ここが風呂場か」
 真理が先頭に立ってやってきた。
 元来は共同浴場などは好みでなかったのだが、夏の旅行で経験したこと。
 そして周りはみんな知っている顔と言うこともありリラックスしていた。
「まだ皆さんお入りのようですね」
「ちょっと早かった?」
「アタイや綾那にゃね。しかし姫は今からでも脱いでたほうがいいぞ」
「はぁ。でもわたくし。そんなに着替えに時間がかかるほうでしょうか?」
 まったく無自覚な発言にさすがに硬直する二人。
「ねぇ…姫ちゃん」
「さっさと、脱げ」

 みずき達は何とか体を洗い終わった。そのころには先に湯船に浸かっていた少女たちも体を洗うほうに回っていた。何しろ時間がない。
「さてと」
 それでも十分くらいはあったが、みずきは立ち上がると脱衣所に向かおうとする。
「あれ? 入らないの?」
 事情を知らない一人が尋ねる。
「う…うん。ほら。あれだから。汚しちゃうし」
 ウソは突き通さないとばれる。一度は風邪と否定したが、とりあえず当初のウソを通すことにした。
 普通の十六歳の少女なら毎月経験しているもの。
 本来は男のみずきは一生縁がないはずだったが、彼女は二度ほど経験している。
 二度目の方。完全に女の人格になっていた時。正真正銘この体が『初潮』を迎えたときは半分意識がないような状態だったのであまり憶えてない。
 むしろ最初のとき。となりにいる七瀬の肉体に魂が押し込まれたとき。
 たまたま七瀬が『その最中』で、こちらの方が衝撃が強かった。それでなんとなく憶えていた。だから湯船が汚れるなんて発想も出た。
「そうなんだ。気持ちいいのにね」
 それだけで干渉はしない。みずきもぎこちない笑顔を貼り付けながら出口へと向かうが
「きゃっ」
一緒に入浴していたクラスメイト。菊池志穂子の手から石鹸が滑り落ちた。それがみずきの足元に。
 普通なら間違っても足を滑らしたりしないが、みずきのドジは想像を絶するレベル。物の見事に足を乗せてしまう。
「わ?」
 乗せた右足が大きくすべる。そのためのけぞる。転倒を避けるために右足を石鹸から外して後方に配置しようとしたが、その際の着地が強すぎた。思い切り地面を蹴ってジャンプ。
 哀れ湯船に一直線。鍍金がはがれる。
「みずき」
 あわてて七瀬も飛び込んだ。

「ん?」
 中から聞こえる激しい水音。それに怪訝な表情をする真理。そっと扉を開けて中をうかがう。
「うわ! やべ」
 取り立てて着替えに時間のかからない彼女はまだ服を脱いでなかったが、慌てて服を脱ぎ始めた。

 浴室。激しい水しぶきにクラスメイトたちが文句をつける。
「んもぉ。そんなに勢いよく入らないでよ」
「で、どう? 湯加減は?」
 別にとぼけているのではない。みずきのドジならこの程度はもはや驚くに値しない。だから平静を保っていた。
 しかし洗い場に後ろ頭を向けて(窓の外の景色を眺めている格好)湯船に浸かっている瑞樹と七瀬にしてみれば、生きた心地がしない。
 今度は湯船の中にダイブ。まして手近に水がない。
 七瀬だけ上がって水を汲んで、瑞樹が湯船から出た時点でかぶせると言う手もある。
 だがそれはあまりに不自然な行為。何の理由があって一月の寒い最中に文字通り「冷や水を浴びせる」と言うのだ。
 結局は湯船から出られない。

 七瀬はあえて瑞樹より十センチ低く浸かる。そして彼女にしては高めの声で
「ああ。確かにいい気持ちだぜ」と「みずき」の声色を真似て返答した。
 不幸中の幸いで現在の二人はそっくり同じ髪の色と形。天然と人工の差があるが湯気もあり後ろを向いていれば何とか騙せそうだ。
 今の男の瑞樹が一言でも発すれば、いくら地声が高くてもばれてしまう。
 まだ七瀬が声色を使った方が騙せる。幸い風呂場でエコーが効くのが声の印象を変えていた。
「わた…オレたちはゆっくりしてから出るから、先に上がっててくれよ」
 ついいつもの『私』といいかけて、男の自己代名詞である『オレ』といいなおす七瀬。ごまかしてなんとか人払いをするしかない。
「うん。わかった」
 返事はこうだったが洗い場の六人の少女は一向に上がる気配がない。喋りながらの体磨きに夢中だ。
 注意が向いてないならそれで、不自然承知で水を汲んでぶっ掛ける手もないことはない。かけたあとなら傍目には水かお湯かはわからないだろう。
 ところが二箇所の洗い場に分散していた。つまりどちらでも水を汲んだことが見られる。
 のぼせるほどには入ってない。不自然な行為である。結局ぎりぎりまで待つしかない。
(どうしよう……)

 さらに時間が経つ。
「赤星ー。七瀬ー。もうあがるよー」
「ちょっと。いつまで入ってんのよ」
 クラスメイトの女子たちがさすがに撤収体勢。しかし彼女たちが残っている以上出るに出られない。
「…ダイエット。そう。お風呂ダイエット」
 地声で答える七瀬。実際に七瀬は自宅では長風呂である。
 だがそれほどぬるくない温泉。十分程度でものぼせるには足りる。
 既に瑞樹の方は大ピンチの緊張感と相俟ってくらくらしてきた。
(七瀬…オレ、もうだめ……)
(ちょっと瑞樹? しっかりしなさい)
 だが瑞樹はふらついて七瀬に背後から抱きつく形に。
 瑞樹の硬く平たい胸が背中に当たるのはガマンできた七瀬だが、瑞樹の男の子の印が太ももをなでたのは固まらせるのに充分だった。
 事故で触れてしまった文化祭の時のそれをカウントしてもキスの経験はそれだけ。
 当然ながら綺麗な体の七瀬にはそれ以上の経験はない。
 いくら夏には入れ替えられてトイレなどで触ったことがあるとは言えど、16歳の乙女にはかなり衝撃的である。
 こっちも思考回路がパニックになっていた。
 もうどうにでもなれ。二人ともそんな状況だった。

「くぉら」
 怒声とともに金髪の女神が。今の二人には乱入した真理が女神に見えた。
「お前らいつまでチンタラ入ってんだよ」
 怒り(のふりをし)ながら浴室に。前も隠さずずかずかと。怯えるクラスメイト女子たち。
「さっさとでないと水ぶっ掛けるぞ」
 言うなり本当に桶に水を汲む真理。この女ならやりかねない。冷や水を浴びせられてはかなわんと慌てて退散する面々。
「あんたらもだっ」
 真理はほかには目もくれず、湯船の二人にむかって水を。もちろん怒りではなく救いの手である。
 この機を逃さず二人は同時に湯船から出る。七瀬の背中に張り付いた形で瑞樹も。
 まとめて浴びせられた冷水。何も当たっていなかった背中にみずきの弾力のある「女のシンボル」が出現したときは安堵した七瀬である。
(同時に「男の子の印」が消失したのも無関係ではない)
「ひどいわ。真理ちゃん」
 笑顔で文句を言う七瀬。
「さっさと上がれ」
 笑顔で追い出す真理だった。

「こんばんは。みずきさん。七瀬さん。お風呂いかがでした?」
 まったくいつもどおりのほほんとした姫子。ちなみにようやくブラジャーのホックに手が掛かったところである。
「のぼせた…」
 みずきがそれだけいうとよたよたと出る二人。飲み物を飲んで落ち着かせる。そして
「あの…七瀬。ごめん。助かったよ」
「お礼なら真理ちゃんに言いなさい」
 七瀬の言葉に毒気がない。意識してしまいそれどころではないのだ。
 今のみずきの腰は丸みを帯びた安産型のヒップ。下着の密着する何もない股間のはずである。
 しかし一瞬とは言えど触れてしまった器官に
(やっぱり…男の子なんだなぁ)と思わずにいられない七瀬である。

 その夜。2組男子B班では布団に包まっての「サミット」が行われていた。
 中学の時の修学旅行で経験済み。その再現である。
「なぁ。うちのクラスの女子で誰がいいと思う」
 お題はこれしかない。だが口をつぐむ一同。
「隠すな隠すな。当事者(上条。十郎太。榊原)もいないし」
 綾那が付きまとう上条。姫子のガードで離れない十郎太。真理は孤立しているようで何かと榊原と話をしている。
 この三組はクラスでも半ば公認である。
 その男たちがここにはいない。それならとばかしに重い口が開く。
「そうだな。オレはやはり北条だな」
「この。高嶺の花を選びやがって」
 世間知らずの箱入り娘。お高いところはないが、上品で高貴な印象は拭えない。
「おれは…やっぱり若葉かな」
「お前…ロリコンか?」
 あまりと言えばあまりだがクラス女子では唯一のAAカップのブラ着用。
 そこまで言わなくても醸し出す雰囲気の子供っぽさは充分にロリな印象がある。
「僕は村上さんがいいなぁ」
 いかにも『貧弱な坊や』がうっとりとして言う。
「こぉのおっぱい星人」
 となりの男子にヘッドロックをかけられる。
「痛い。痛いよ」
 散々暴れて解放される。
「やめとけやめとけ。お前じゃ『経験豊富なお姉様』に遊ばれるだけだって」
 もちろんただの偏見だが、真理の風貌と態度がそう見えるのももっともである。
 実際はキスをしたのがつい最近だったが。それまでは男の手も握れなかったくらいだ。
「僕は及川がいいな。家庭的でいいお嫁さんになれそう」
「おれは赤星だな。ちっちゃいけどグラマーだし、可愛い顔だし」
 七瀬の方は本人が聞いて照れはしても悪い気はしないだろうが、みずきの方は男に慕われても困るだけであろう。
「二人とも無理だね。だって」
 わかっているといわんばかしに二人が手でそれを止める。
「あいつらレズだもん」
 もはや完璧にレッテルを貼られている様子である。

 そしてさらに夜が更けて。
(うー。みずき意識しちゃって眠れないよぉ)
 16歳少女には刺激が強すぎた。レズどころか『男』を意識して。
 当のみずきは既に寝息を立てていたが…

 翌朝。真っ赤な顔のみずきは布団の中。荒い息。
「37.8℃…かなりあるわね。残念だけど今日はスキーは諦めて一日寝てなさい。そうすれば明日には回復してるわ」
 保健医が言う。
 そう。水を浴びた後でロクに処置をしないで冬の雪山にある宿泊施設。見事に風邪を引いてしまった。
 七瀬は部屋でドライヤーを用いて髪を乾かしたが、みずきは横着と髪についた水がドライヤー温まってお湯となるような強迫観念からバスタオルで拭いただけにとどまった。それで差が出た。
 幸い薬を飲んで一日安静にしていれば翌日には回復するレベル。
 もともとスキー合宿をサボるつもりだったみずきにしたら、スキーが出来なくても何の問題もない。
 それどころかこれでこの夜の風呂は入らずにすむので安心した。
 そのせいかあっさりと眠りに落ちた。
(悪い…赤星)
(行っちゃうけどごめんね。みずき)
 真理と七瀬はみずきを保険医に任せてゲレンデに。これも授業だから仕方なかった。

 そして…
(昨日でだいたいこの辺りの状況はつかめた。上条のやろう。今日こそは…)
 綾那に恋するあまり暗い情念を燃やす嘉部敬夫がいた。

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