第38話「夜と昼」
みずき&七瀬編

 ピピピ。可愛い音で目覚まし時計が朝を告げる。午前六時。
 私はゆっくりと起き上がり大きなあくびを一つ。
「ううっ。寒い」
 ピンクのネグリジェの上からカーディガンを羽織ってから窓のカーテンを開けた。
 まだ薄暗いけど雲はないのがわかる。天気がいいとなんとなく気分もいいわね。
 私は(スクール)ブラウスとジャンスカを持ってお風呂場へ向かった。

「おはよう。お母さん」
「おはよう。七瀬」
 返事するお母さんは、なんだかばたばたしてる。
「今日は早いの?」
「うん。だから七瀬。悪いんだけどあの子達のご飯作ってあげて」
 たぶん本人は食べてもない。それくらい急いでいた。
「わかった。お母さんも気をつけてね」
「うん」

 私がシャワーを浴びているうちに出て行ったみたい。
 朝はさすがに長湯できない。簡単にシャンプーして出てくる。ヘルスメーターが目に入る。もしかして…私は恐る恐る体重計に乗ってみた。
「減ってる…」
 一キロ減ってるわ。メモリも狂ってないしバスタオルもつけているのに減ってる。
「スキー合宿と体育のマラソンの練習の効果かしら?」
 もうすぐマラソン大会があるので体育はそのための練習と言うかミニマラソンになっている。
 綾那ちゃんはらくらく走っていたけど私はもう必死。
 でもそのおかげで痩せたんならしばらくは我慢出来そう。

「朝になっちまったなぁ…また一週間の始まりかぁ」
 オレは鬱そのものの声でつぶやいた。
「ま…ここんところは24時間体制で女やってたから変わんないか」
 オレが月曜の朝になると鬱になるのは女としてすごすことになるから。
 けれどオレはこの一週間を女で過ごしていた。
 別にいつかみたいに心が女になったわけじゃない。理由があった。
 それはさておきオレはパジャマを脱ぎ捨てると、元気よく顔を出した重たい胸にブラを当てる。
 ブラのホック。最近じゃ後ろ手でとめられるようになっちまった。外すだけなら左手だけでも。
 こんな進化、したくなかった…

 一通り制服を身につける。そして鏡を覗き込む。
「そろそろいいかな」
 冬休みラスト。お袋に騙されて金髪のショートカットにされてしまった。
 黒く染め直すなんていわれたけどもう信用できない。
 だから早く伸ばして金髪の部分をカットするつもりで、いやいやながらこうして女姿で一週間通した。
 話では女の心でいたときはとんでもなく早く伸びたらしい。
 そしてその期待通り。オレの髪は三十センチくらいの長さ。先端の6〜7センチが金色だからここを切れば元の髪型だ。

 七時過ぎ。私は手早く二人の弟と私自身の朝ごはんを作る。
「お姉ちゃん。ピーマン入れないで」
「ぼくはにんじんが嫌だ」
 ああもう。この子達ってば。
 みずきのところの忍君なんてあんなにおとなしいのに、こっちはわがままで。
「好き嫌い言わないの。大きくなれないわよ」
 なんてえらそうに言ってるけど、実は私もこの頃は食べられなかったのよねぇ。
「ほらほら。早く食べないと遅刻するわよ。北斗。何してんのよ? もぅー。こんなにこぼして」

 玄関の前で待っているオレ。
「ごっめーん。みずき。お待たせ」
 謝りながら七瀬が駆けつけてきた。大方、弟たちに手を焼いたんだろ。
「いいよ。さぁ。行こう」
 オレたちは駅へと急ぎ足で。

 駅に着いた。オレは制服の上着の胸ポケットから定期を出し…げ!?

「どうしたの? みずき」
「定期…忘れたみたい…」
「ちょっと…どうやったらそんな毎日使うものを忘れるのよ?」
「ああ。あん時だ。ちょっと隣街に行くときに使ったんだ。でもあの時は私服だったから」
「つまりそのまま忘れたわけね。しょうがないわね。今日は切符を買いなさい」
「それが…」
 そうだった。みずきの定期入れはお財布と一体になっているもの。
 それをボレロのポケットに入れている。この辺りは男の子の感覚よね。
 女の子だったらシルエットが崩れるからやりたがらないもの。
「しょうがないわね。ほら。貸してあげる」
 私は五百円硬貨を手渡した。
「サンキュー。七瀬」
 軽い調子で受け取るみずき。もう。調子いいんだから。
「それだけあれば往復足りるでしょ」

 下駄箱。オレは身構える。
「もう。毎朝毎朝」
 七瀬が嗜めるがオレにとっちゃたまったもんじゃない。
 それでも意を決してあけると…ありやがった。ラブレターだ。それも三通。
「かぁー。またかよ」
 当たり前のようで異常なのだが…全部男から。
 いっそオレの正体ばらしてやろうか?
「女の子になりきってた辺りでかなり男の子受けよかったもんね」
 どうもそうらしい。おかげでその辺りからやたらに。
 おまけにオレと坂本先輩が破局(なんだよ? それ)迎えてフリーになったと思われたか、攻勢が三学期になって増加していた。
「それで…どうするの?」
 無視してやりたいところだが、こいつらがなけなしの勇気を振り絞ったのもわかる。
「みんな断ってくる」
 だからって男と付き合うつもりなんて今のオレにはない。
 でも決着だけはつけてやらないと向こうも新しい恋に進めないだろうし。

 登校してきて榊原君と廊下で最初に出会った。
「おはよう。榊原君」
「よう」
 みずきの挨拶は男の子そのもの。本来の姿ならいいけど今の女の子の姿じゃ変よ。
「よう。相変わらず仲がいいな。お二人さん」
「もう。からかわないでよ」
「いやいや。羨ましいくらいだよ。一緒に登校なんて。真理の奴。今日も寝坊したらしい。おいてきた」
 あははは。真理ちゃんの朝の弱さは旅行とかでよくわかったもんね。納得だわ。
 三人で教室へ。

「おはよう」
 教室に入るとオレはいつものように固まっているあいつらに朝の挨拶。
「おはようございます。みずきさん。七瀬さん」
 姫ちゃんがやたら丁寧に頭を下げる。さらさらのロングが零れ落ちる様子は『女の目』で見ても綺麗だなと思う。
 もっともこの前までオレもそうだったんだが。自分がやるとなると手入れが面倒で。
 やっぱ男はショートだよな…それを言うなら「短く」だよな。ショートなんていったら女の子が言うみたいになるし。

「おはようでござる」
 いつものように無表情な風間君の挨拶。最初は恐かったけど慣れちゃった。
 それにしても姫ちゃんの髪の毛。いいなぁ。
 私って固めでウェーブ掛かっているからあまり伸ばすと物凄く広がっちゃうのよね。
 だから伸ばせても今くらい。それにお料理の邪魔だし。
 姫ちゃんがこの髪なのはいいけど、みずきがさらさらロングになった時は軽く嫉妬を覚えちゃったわ。
 そのかわりこの栗色の髪を羨ましがられるけど、頭髪検査でいつも一言言われてしまうのがいや。
 高校卒業したら黒く染めてみようかしら?

「おはよー。赤星」
 無駄に元気に上条が登校してきた。入学式の日以来の付き合いだけど、未だにこいつはよくわからない。
「今日はやたらに元気だな。何かいいこと有ったのか」
 何の変哲もない言葉だがやたらに嬉しそうにしている上条。ここがもうわからないんだが。
「グッドコミュニケーション」
 右手の親指だけを突き出すサムズアップ。はぁ? 何を言ってるんだ?

 それからしばらくして綾那ちゃんが飛び込んできた。ショートホームルーム一分前よ。
「おはよ。綾那ちゃん」
「おっはよー。七瀬ちゃん」
 走ってきたでしょうに息切れしてないのが凄いわ。やっぱり軽いのは徳よね。
「ねー。三つ編みおかしくなぁい? それを手こずってて遅くなっちゃった」
 言われて私と姫ちゃんはチェックをする。
「ちょっと乱れているわね。ショートホームルームが終わったら梳かしてあげる」
「ありがとー。七瀬ちゃん」
 感謝して手まで握ってくる綾那ちゃん。大げさねぇ。
「髪の毛と言えばさ」
 みずきがそっと近寄ってきた。

「七瀬。今日の夕方空いてるか?」
「え?部活はあるわよ。あんたもね」
 う…オレがおかしくなっていたとき、何を思ったか家庭科部に入部して籍がそのままになっているらしい。
 退部しようとしたけど「針仕事や包丁の扱いをしているうちにおっちょこちょいが直るかも」と部長に言われてそのまま。
 手先は確かに細かい動きに対応できるようになってきたけど、髪が短くなってもなんだか女らしさが増しているとしか…。それはさておき。
「オレの髪のここんとこ。切ってくれないか?」
「おばさまはやってくれないの?」
「二度も騙されて美容院に連れて行かれたんだ。もう信用できねぇ。金髪の部分だけ切って揃えてくれればいいから。頼むよ」
「もう。しょうがないなぁ。じゃ後でね」
「ああ。頼むよ」

 授業が進みお昼時間。今日は姫ちゃん。風間君。みずき。綾那ちゃん。そして私だった。
 残りの三人。真理ちゃん。榊原君。上条君は学食だった。
「あんた定期忘れてもお弁当は忘れないのね」
「重みでわかるじゃねーか。定期なんてけつのポケットにでも入れてりゃ忘れねーよ。ったく。女の服はポケットあっても財布一つで形がおかしくなるから物突っ込めなくてポケットなんて意味ないじゃん」
 ぶつくさ言うみずきを尻目に、私たちは食べ始めるべくお弁当箱のふたを開けた。

「七瀬ちゃん? 今日のお弁当は甘いもの多くない」
「そうですわね。いつもはもっとお野菜が多かったかと」
 二人ともよく見てるわねぇ。
「えへへへ。実はちょっと体重減ってて。それならちょっとくらい甘いものもいいかなぁって」
「へー」
 う…軽く流されちゃった。そりゃ二人ともダイエットいらないでしょうけど。
「ボク、体重減らさなくていいからもうちょっとおっぱい大きくしたい…」
 ごめんなさい。私がわるうございました。

「ったく。なんだって女って奴は体重の一キロ二キロで一喜一憂するかね?」
「あんただって今は生物学的には女でしょ?」
 七瀬が突っ込んでくる。そりゃそうだけどよ。
 そんなに減らしたいんなら少しオレに分けてくれ。
 女になりきってた時にスリムになろうとしたらしく女としてはちょうどよくなっちゃったが、男だと貧相なことこの上ない。
 何とか戻そうとしているんだけど、こうやって喋りながらだと進まない上に少ない量で満腹になっちゃって。
 ま…おしゃべりが楽しいのは確かだが。

 食べ終わってまったりとしていたら一組の佐倉が遊びに来た。目的は若葉らしい。
「みなみちゃーん。待ってたよ」
 大げさに出迎える若葉。そして大半がグランドで遊んでいるので、空いた椅子を拝借して向かい合わせにして座る。
「じゃはじめるね」
 言うなり佐倉はタロットカードを机の上に。
 この佐倉みなみってやつはマニア通り越してプロみたいな占い好き。
 最近は寒さがきつくて半分くらいは校舎内だが、毎日のように来ては占いをしている。
 さすがのお仲間二人もこれにはついていけないらしくこの時だけはついてこない。
 占いだけは自信があるらしくいつものような気弱はない。だから一人でも平気らしい。
 絵のあるほうを下に向けてタロットカードをかき混ぜ始める。
 そして手順を踏んで開いていく。あれっ? それだと
「綾那ちゃん。いい難いんだけど」
 佐倉が本当に口ごもっている。その原因はわかる。最後に出た「塔」のカード。はっきり言ってよくない意味が多い。
 タロットカードは上下が正しい正位置と、反対を向いている逆位置で意味がガラッと変わるけどね。
「なに? 上条君に好きな女の子がいるの?」
「それが」
 よくない占いを伝えられない。けど
「ちょっとまって。佐倉さん」
 思わずオレは声をかけた。
「なぁに? 赤星さん」
 あんまりこの女の子とは付き合いがないので、ちょっと他人行儀な会話になる。
「うん。佐倉さん。それ…恋占いじゃないよ」
「えっ!?」
 指摘された彼女はカードの並びを見直す。見る見るうちに顔が赤くなる。
「ホントだぁ。ごめんなさい。綾那ちゃん。別の占いをしてたみたい」
「なぁんだ」
 露骨なほどほっとする若葉。まぁ「上条とは上手く行かない」なんて言われなくてよかったわけだが。
「でもよくない暗示ね。この場合だと『事故』とかに注意して」
「解釈によっては『怪我』かもね」
 オレの突っ込みに二人が目を丸くしている。
「凄いですね。赤星さん。カードの意味まで」
「よくしってたねー」
 佐倉の方はタロットカードの意味を知っているオレに対しての単純な驚き。
 たぶん若葉の方は「本当は男なのにそこまで占いに詳しい」点だろう。
 お袋の刷り込みで女っぽい趣味が多いんだよなぁ。オレ。
 甘いもの好きだし、占い好きだし、ぬいぐるみだけはやめた方がいいとおもうんだけど、あのふわふわした可愛いのを見るとどうしても…

 放課後。みんなそれぞれの部活に行く。私とみずきは家庭科部だ。
 あの騒動のときに私を追いかけるように入ってそのまま籍が残っている。本人曰く。
「中途半端に抜けるなんて男らしくない」だそうだけど、それで女ばかりの部活を続けるのもどうなのかしら?
「じゃ今日はお料理をしましょう」
「はーい」
 部員はほとんど女の子。その声が綺麗にハモる。

 みずきだけど実は昔からお料理は出来る。
 叔父さまとおばさまの両方から教えられているらしい。
 おばさまはみずきが女の子になるようになってからだけど、叔父さまは何でも
「男だからといって料理が出来なくていいなんてことはない。そんなのはただの甘ったれだ」とかで子供の頃から少しずつ教え込まれていたらしい。
 喧嘩しながらといってたわね。
 流れるような包丁さばきは見事だと思うわ。でも
「うわっ。間違えたっ」
 お砂糖とお塩を間違えて入れちゃって全て台無し。
 ちゃんとラベルまで貼ってあるのによく見ないから…ほんとドジなんだから。

 でも男子の中には「そのドジが可愛い」と言う人もいるらしい。

「ただいま」
 勝手口なんてしゃれたものがないから店の入り口から家に。
「おー。みずきちゃんお帰り」
 近所のオヤジ連中がサボってる。オレもすっかり娘として扱われている。だから
「いらっしゃいませ」
 愛想笑いで挨拶。それで盛り上がるオヤジたち。
 うーん。たびたび思うけど、女の目で見ると男って馬鹿かも。
 でも逆の…と言うより元の立場で言うとこれは本能的で仕方ないんだよな。
 それより自分のスマイルを利用するようになった方がオレとしては問題か。

 部屋でかばんを置いて一息。落ち着いてから
「さて。着替えるか」
 オレはボレロを脱いでハンガーに。それからジャンスカも脱いでやはり壁に吊るす。
 リボンを解いてブラウスを脱いだら、今度はやたらにひらひらしたワンピースを。
 これからこの服でウェイトレスをして店を手伝う。
 はじめの頃は死ぬほど嫌だったのに、今じゃ平気になっちゃったから慣れって凄いと思う。

「ただいま」
「姉ちゃんお帰り」
「腹減った。何か作って」
「なぁに。私は今帰ったばかりなのに」
 二人の弟がいきなり駆け寄っておやつを要求する。
 ウチでは買い食いをさせないためお小遣いを持たせない。だからおやつは私が用意しないといけない。
「腹減ったぁ」「死にそうだよ」
「はいはい。ちょっと待ってて」
 この様子じゃ着替えてる間中騒ぎそうだわ。それなら先に作ってしまおう。
 制服の上からエプロンをして手を洗う。そしてホットケーキミックスの残量とタマゴやミルクをチェック。大丈夫ね。
 それらをボウルに必要な分量だけ入れると私はあわたて器で手早くかき混ぜる。
 ハンドミキサーもあるけど、あれはよほどの時でもないと使わない。
 なんだか好きなのよね。この混ぜる作業が。料理している実感があると言うか。
 だけどはらぺこ小僧たちが待っているからのん気にもしてられないわ。
 私は手早く作ると二人に出してあげた。ちょっと余ったから私の分も。三人でおやつタイム。
「美味しい?」
「うん」
「おいしいよ。お姉ちゃん」
 誰でも簡単に作れるセットなんだけど、やっぱり「美味しい」といってもらえると嬉しい。
 みずきなんて作ってあげても黙ってるし…

「いらっしゃいませ…ああ。忍か」
 ちりりんとカウベルがなるから、反射的に客に愛想振りまいたら忍とその友達らしい集団。男二人に女三人。
「ただいま。かあちゃん。今日みんなで宿題やるんだ。上がってもらっていい?」
 ああ。クラスで斑を作っているのか。それにしても上がるのにいちいち許可求めるあたりがさすが小学生と言うか。
 店の中でもあるのでニコニコとオフクロが。もっとも客の前じゃなくてもそうだろうけど。
「いらっしゃい。皆さん。どうぞあがってくださいな」
やんわりと対応する。けれどガキどもの何人かはこっちに注目。
「ん? どうかした」
 腰に両手を当てたわれながら「女らしくないポーズ」。
 その態度になんだか泣きそうな男の子。あれ? 前にあったっけ?
「に…姉ちゃん。姉ちゃん」
 いつもは「兄ちゃん」なんだがさすがに今のこのオレを人前でそう呼べず「姉ちゃん」と。
 これは怒るわけにも行かないか…とにかく忍のそばに行く。
「おい忍。あの子と前にあったっけ?」
 小声で尋ねる。忍も小声で返答。
「憶えてないだろうけどあってるんだよ。ほら。兄ちゃんが自分が女だって言ってた頃」
 そうなのか? あの時の記憶はひどく曖昧だしなぁ。
「それで。どうしてあんなにショック受けてんだ」
「あの時の兄ちゃん。とっても優しいお姉さんで、なんだか青海くんが好きになっちゃったみたいで」
 ……おい。
「それが男っぽいからショック受けてんだと思う」
 あの時のオレに一目ぼれされてもなぁ…なんて考えていたら今度は女の子たちがひそひそ話。
 子供の上に女の子。甲高い声は結構聞き取れる。
「赤星君のお姉さん。凄い綺麗なロングだったのにばっさりやっちゃったね」
 言われた子が今度は耳打ちのお返し。
「きっと失恋したのよ。だから男みたいな態度もとって気分転換してるんだわ」
 こら。このませガキども。だれが失恋した娘だって?
「さぁさぁ。みんな。すぐにお茶を持っていくから上がって待っててね」
「はーい」
 素直に忍の先導に従いウチの中に。
「みずきちゃんも今日はもうあがっていいわよ」
 確かにちょっと暇な日だし。オレは素直に上がることにした。

 トイレで座って用を足してパンツを引っ張り上げて。
 そして手を洗うために蛇口をひねる。鏡に映る姿はまごう事なき女の姿。
「そりゃ小学生が見ても『お姉さん』に見えるか…」
 今更悪あがきとは思うけど…

 ピンポーン。玄関チャイムが鳴る。誰かしら? 晩御飯の時間に。もっとももうウチは済ませて弟たちは部屋でゲーム。私もリビングで本を読んでいた。
「はぁーい。どちらさまですか?」
 インターホン越しに尋ねる。うん。もしセールスだったらお断りしないと。
『オレだよ。おれ』
「みずき? どうしたのこんな時間に…あ!」
 そういえば髪を切って欲しいなんていってたっけ。
 とにかくウチの中に招き入れた。

「ぷっ…くくくく」
 笑っちゃいけない。笑っちゃいけないんだけど
「あはははは。みずき。なんて可愛いかっこうしてんのよ」
 ウェイトレスの時の衣装はおば様の趣味だけど、今日のは格別に可愛らしくて。
 例えて言うなら「ふしぎの国のアリス」のアリスの服かしら。
 しかめっ面もその衣装と女の子の顔では可愛いだけで逆効果。凄みにならないわ。
「いいだろ。どうせ髪を切れば細かいのが服に着くし。それなら洗濯機に入れる前のが手間が省けるじゃん」
「そうね。そうよね。さすが女の子ね。効率的だわ」
 あ。いじめすぎたかしら。ますます膨れちゃった。
「じゃあやってあげるから。ちょっと待ってね」
 ここは私の部屋。まず古新聞をしいてその上にいつも座っている椅子を。そこにみずきを座らせる。
「美容院や床屋さんで使うようなシーツはないからこれで勘弁してね」
 首を中心にバスタオルを巻きつける。
「それじゃお客さん。今日はどんな感じにしましょうか?」
 あはは。自分でも悪乗りだと思うわ。
「とにかく金髪の部分を切ってくれ。ちょっとくらい不揃いでもかまわないから」
「はいはい」
 私はいわれるままにみずきの髪を切ろうと手にした。
 素直な細い髪。ほんとに男の子の髪とは思えないわ。まぁ今は女の子だけど。
 けど…この匂いって?

「みずき。あんた私と同じシャンプー使ってんでしょ?」
「え? これ七瀬のと同じなの」
 実は最初の頃は男に戻って髪を洗っていたから、シャンプーも男物。
 しかしどうやら例の女になりきった辺りでシャンプーも変えていたらしい。
 なんだか妙に落ち着く匂いだし、女で登校したりウェイトレスもするのでそれからシャンプーは女物。
 薫やオフクロのを使っていたら「自分で買え」といわれて二人と違うシャンプーを買ったらそれがたまたま七瀬と一緒だったのか。
 でもそれで落ち着くってことは…やば。ほっぺた赤くなってないか?
「どうりで馴染みの匂いだったはずだわ。でも学校じゃ女の子だし。ぼろを出さないためには正解かもね」
 よかった。女物を使っているのを恥じ入ってると思ってくれたらしい。

 最初は大胆に。後は細かく切り揃える。いつもは襟足だけ伸ばしているけど、今は全体的に伸びたのを切りそろえたから姫ちゃんの妹の愛子さんや、佐倉さんみたいなボブカットになっている。
 へぇ。案外に合うじゃない。うーん。なんだかそそるなぁ。
ちょっと待ってて」
 あまり使わないけどボンボンくらい持っている。それでみずきの髪を横に寄せて
「うわ。かわいい」
「…おい」
 小学生の女の子みたいにしたら一気に中学生くらいには見えるようになったわ。
「次はねぇ」
 両サイドにショートツイン。それから小さなお下げを二つ。
「オレの頭で遊ぶな!」
「いいじゃない。みずき。可愛いんだからもっと髪形に凝りなさいよ」
「オレは男だ。可愛いなんていわれて嬉しくない」

「オレの頭で遊ぶな!」

このイラストはOMCによって製作されました。クリエイターの酔生夢子さんに感謝!


「ちぇ。かわいくないの」
「な…」
「可愛いなんていわれたくないんでしょ?」
 それきり黙ってしまった。
 体は女の子でもやっぱり育ちは男の子ね。口げんかだと遅れをとるなんて。
 からかうのはやめて揃えてあげようか。

 そしてしばらくして。
「はい。みずき。出来たわよ」
 鏡で確認させる。
「おおっ。やっと元に戻った。サンキュー。七瀬」
「どういたしまして。でもみずき…可愛い髪形にしたくなったらいつでも来てね」
「しつこい」

 やっと髪を元に戻した。よし。後は寝るだけだが男に戻るぞ。
 オレは久しぶりになる男物の下着とパジャマを持って風呂場に向かった。

「ふぅーっ」
 湯船に浸かり思わず漏れる声は男のそれ。随分久しぶりだなぁ。
 女の心になってた時は一ヵ月半は女の体でいたらしいけど、その頃はおかしくなってたから実感がない。
 今は男の心で女の肉体を一週間通していたからほんと長く感じた。
「へへ。胸が軽いや」
 色気も何もないけどやっぱり俺は男の体がいいや。

 パジャマ姿で部屋へ。やっと男に戻れた。
 しかし壁に吊るされた女子制服。これがオレの今の状況を暗示している。
 明日になればまた…いいさ。今は男だ。ぐだぐた考えるのはよそう。
 やたらに落ち着ける女物のシャンプー…七瀬の香りが眠気を誘う。オレは布団にもぐりこんだ。
 お休み…

 髪をドライヤーで乾かしながらお母さんと話をしていた。
「ああ。この髪の毛みずきちゃんの。ビックリしたわよ。七瀬。あなたが知らない男を連れ込んだかと思ったわ」
「もう。おかあさんったら。私をどういう目で見てるの?」
「あはは。ごめんごめん。信用してるわよ。それにみずきちゃんならお母さん反対しないから」
「なんでそうなるのよ!?」
「いいと思うけどなぁ。女の子としても過ごしているから、他の男よりは女の事をわかってそうだし」
「もう。知らない」
 私はさっさと切り上げて部屋に戻ってしまった。もちろん本気で怒ってなんていない。恥ずかしかっただけ。
「みずきとかぁ…」
 考えたこともなかったわ。物心ついた時からいつもそばにいたし。
 今ではアイツは女子更衣室や女子トイレも一緒で。
 でも…男の子なんだよね……やめやめ。もう寝よう。明日も早いんだし。
 おやすみなさい。

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次回予告

 学校じゃ女の子同士の七瀬とみずき。逃げている上条を追いかけている綾那。自分が照れて榊原に素直になれない真理。洋風の風習に抵抗する十郎太相手で苦労する姫子。
 そんな彼女たちのセント・バレンタインデー。
 次回PanicPanic第39話「Love・バレンタイン」
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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