第39話「Love・バレンタイン」

 無限塾の放課後。上条はマン研に。榊原は科学部と部活があった。
 いつもなら上条にくっついて行く綾那が珍しく教室にいた。
「姫ちゃん。一緒にチョコ買いに行かない?」
 誘われた姫子は小首を傾げて怪訝な表情を。
「チョコレート…ですか? 今日はみなさんそういうお話が多いですね。何かあるんでしょうか?」
「えっ?」
 この日は2/12日だった。

 商店街に向かう綾那。姫子。七瀬。付き合いで真理。
「バレンタインデー?……これがそういう日だったのですか?」
 姫子の世間知らずには慣れたつもりの少女たちも、さすがにこのイベントを知らないのには驚いた。
「中学ではなかったの?」
「いえ。確かに女子が男子にプレゼントをしていたようですが…そうですか? これがそうなんですかぁ。それで……お菓子屋さんのイベントなんですか?」
「なかなかに皮肉が利いてるじゃないか」
 感心したように真理が言う。
 チョコを売っているあちらこちらの店で少女たちが、バーゲンに殺到する客のようにラッシュを起こしているのを見れば、そういいたくもなる。
 もちろん姫子に皮肉のつもりは無い。

「そういえばみずきさんはどうなさいました? 七瀬さんが倶楽部活動が無いのでしたら同じ倶楽部のみずきさんも空いているはずですよね?」
 一緒なのは四人。姫子。綾那。真理。そして七瀬だ。
「あはは。これはやっぱり『女の子』のイベントだもんね。それになんか用事あるみたいだし」
 肉体だけが「女の子」のみずきは、ここでは付き合いに入れなかった。
 おかげで一人で帰ることに。もっとも本人もそんなものに付き合う気はゼロだったが。

 無限塾。この日はちょっとした用事で校内にいたみずきであるが、それも片付き下校準備をしていた。
「あれ? 珍しいね。みずき一人?」
 クラスメイトの女子。池澤春華が教室に戻ってきて尋ねる。
「うん。そう。池澤は?」
「あたしは忘れ物。志穂が部活終わるの待ってたんだけどね。一緒にチョコ買いに行くんだ」
「ふぅん。みんな熱心なこったな」
 前の年まではもらう立場だったので、その準備はしたことがあるはずもない。
「ねぇ。アンタは買わないの? チョコ」
 もっともな質問だ。
「オレが? 何で?」
 これももっともなリアクション。
「何でって……そりゃ坂本先輩を振っといて、すぐに誰かにチョコを堂々と渡せないでしょうけど」
 クリスマスパーティーでの一件は若干歪んで噂になった。
(あ、そーか。今は「女」だからな。とはいっても真相は話せねえし、そう思わせといたほうがめんどくさくなくていいかな?)
 アルカイックスマイルを浮かべて視線を落として見せる。
「あ……ごめんね」
 「触れないで」と言うサインに受け取った春華は、謝罪の言葉を発してその場を後にした。
(恋愛を重視する割合は男と女じゃ比べ物にならないな)
 女の生活をしていても根本的な部分は男の子のみずきであった。

 商店街。あちこちに女性の姿が。特に学生が多い。
「それにしても……凄いよな。これ。どこにそんなパワーがあるんだ?」
 まるで男のようなコメントを発する真理。
「当然だよ。だって女の子にとっては大事な日だもん」
 この四人の中では一番情熱的なアプローチを続ける綾那が言う。
「でもちょっと意外。真理ちゃんが付き合ってくれるなんて」
「ア……アタイはどんなもんかと思って付き合いに来ただけだ。大体もうキスまでしたのに今更こんなイベントなんて」
「「「キス!?」」」
 三人の声が綺麗にハモった。
(……しまった)
 口を押さえる真理だがもう遅い。
「榊原君とチューしたの?」
 興味しんしんで綾那が聞いてくる。他の二人もそれなりに興味があるようだ。
(まずい……捕まったらあれこれ聞き出される。なら逃げるかッ)
「さ……さよならっ」
 脱兎のごとく逃げ出す真理。その目前に「姫神」が。
「わっ!?」
 驚いて立ち止まったところに背後からつかまれた感触が。
 本体密着タイプのはずのダンシングクィーンとマドンナが、真理を捕らえていたのだ。
「てめーらっ!! 話を聞きたいからってマリオネットまで出すんじゃねっ。しかも七瀬に綾那。あんたらのは近距離パワー型だろうが。話聞くためにそこまでするか? フツー」
 もちろん三人とも馬耳東風。
「だってねぇ。聞きたいじゃない。ねぇ姫ちゃん」
「そうですわ。ここはぜひ後学のためにお話を伺いたく思いますわ。ねぇ七瀬さん」
「聞かせて。聞かせて真理ちゃん」
 ニコニコした三人娘に真理はそのまま近くの喫茶店に連れ込まれた。

 どこにでもある普通の喫茶店。四人はボックス席に陣取る。ウエイトレスが注文を取りに来る。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「ココア」
「ホットミルク」
「お抹茶を」
「…………ターキーをロックで」
「はっ?」
 怪訝な表情になる店員。
「お客様。当店はアルコールはございませんが」
 「ネタにマジレス返された」と言う感じか。真理はしかめっ面しながら
「……コーヒー」とだけ言う。
「かしこまりました」
 ウエイトレスが下がったところで三人がぐいっと迫る。
「それでそれで。いつしたの? 榊原くんだよね相手は?」
 詰め寄る綾那。姫子や七瀬も聞き耳を立てている。
「姫。あんたもお嬢様なのにそれは下品なんじゃないか?」
 嫌味で言う真理。姫子はもじもじしながら
「そう仰られましても……やはり恋のお話は興味ありますわ」
「はン……七瀬。アンタもか?」
「あははは。やっぱりほら。聞きたいじゃない」
 照れ笑いを浮かべながら弁解気味に。
 なんだかんだ言っても十代少女の関心事。興味がないはずもない。
「はぁ……しょうがないね」
 もう逃げられないと察した真理は、観念して話すことにした。

 そのころ科学部では……
「今日もなんかいらついてたな。お前んとこの担任」
 先輩部員が実験をしながら榊原に話しかける。
「ああ。『あの人』ですか? 先輩。本当に昔は気さくな人だったんですか?」
 入学してから見る担任は陰気で仕方ないので、その評判が信じられない。

 それから約二十分。
 墓参りの時の一件を話してしまう真理。
 榊原のアプローチした場面になると「きゃーっ」と黄色い声が上がる。
 やっぱり「女の子」である。
 さすがに「どこまでいくつもりだったか」までは喋らないが、例え未遂じゃなくて本当にキスだけで別れていてもまずこの様子では信じてもらえないだろう。
「こ…これでいいだろ。まったく……恥ずかしいこと聞くんじゃねーよ」
 真理は酒に強いが、酔っ払ってもこうはなるまいというほど赤くなっていた。
「うっわーっ。榊原くん。おっとなー」
「お二人の仲がそんなだとは……真理さんはもう、わたくしたちの手の届かないところに行かれたのですね」
「がんばってね。真理ちゃん。私たち応援してあげるから」
「だーっっっっ。なんでそうなるっ?」
 大声を出してしまい、他の客がいっせいに目を向けてきたので黙り込む。
「それにな綾那。キスの話ってんならお前はどうなんだよ? 対抗戦のとき」
 12月に行われた無限塾と帝王学園のボクシングの対抗戦のとき、上条明は助っ人選手としてリングに上がった。
 敵の御崎拳は上条と遺恨があり、またボクシングの専門だったため苦戦を強いられた。
 上条を助けるべくトレーナーを買って出ていた綾那は、リング上で上条を元気付けるために大観衆の見守る中で唇を重ねたのだ。
「あ……あれは……二度目だし」
「「「二度目!?」」」
 今度は綾那の自爆だった。

 マン研では上条と別の男子部員が抱擁していた
「ほら桜井。もうちょっとしがみつく感じで。上条ももっと優しげに抱きとめてくれよ」
「そんなこといわれても」
 先輩の言うことだから従っているが、いくら構図を取る為のモデルといえど男同士で抱き合うのはさすがに抵抗のある上条であった。
「相手を若葉だと思って抱きとめてみたら少しは違うぞ」
「先輩!」
「ジョークだ。しかしそろそろバレンタイン。いいよなぁ。お前は。絶対確実に綾那ちゃんはチョコをくれるしな」
 もしかしたらそのやっかみから嫌がらせのために、男同士で抱き合う羽目になっているのかも。
「ねぇ。こっちも参考にしたいからポーズ変えてくれる?」
 マン研部外者の女子の先輩が言う。
 ちなみにこちらは背があるために参考にならないので、抱擁の相手役にならなかった。
 と言うより綾那に配慮して他の女の子と抱擁させなかった。
「えーと。どんな風に?」
「そうねぇ……それじゃ軽くキスしてみようか」
「出来ません」
 しれっと言い放つ腐女子の言葉を、即座に拒絶する上条と桜井。
「先輩。もしかして二日目狙いじゃ?」
「あったりまえじゃな〜い」
 邪な笑顔に満ち溢れた女子の先輩だった。

 喫茶店。まだ続く少女たちの恋の話。
「それでねそれでね。ボクのほうから明君にチューしちゃって…………きゃーっ恥ずかしいーっ」
 真理と違って嬉しそうに語る綾那だった。
「お前……自分からなんて大胆な……」
「綾那さん。お人形さんみたいなのに積極的なんですね」
「す……凄いわ」
 話を聞いているだけなのに頬が熱くなる七瀬であった。
 その彼女に目を向ける真理。
「な……何?」
「こうなったら道連れだ。七瀬。あんたのも聞かせな」
 もちろん相手は瑞樹と決め付けている。
「え……私は経験ないもの……」
 ウソを言っている目には見えない。しかし
「本当かぁ? 隠したってアタイにゃわかるんだからな」
 お返しとばかしガンズンローゼスが出現。彼女の心を覗くが……
「ウソじゃないんだな……」
 呆気にとられる真理。
 この二人のことである。さすがに「一線」は越えないものの、口付けくらいはとっくにと決め付けていた。
 だから意外に思えたが、自分の能力を信じるなら本当のようだ。
「やっぱり……あれだから?」
 最大の障害である瑞樹の体質。
 一番の恋敵は瑞樹本人。なにしろ水をかぶると体が女になってしまう。
 そう。女のみずきに身も心も奪われる形に。
「別にそういうわけじゃないし、や……やだ。何で私が瑞樹とキスしなくちゃいけないのよ」
 照れからか強い口調になる。
「そりゃまぁ……そうだが」
 榊原や綾那のように恋に積極的とはいえない二人。誰かが背中を押さないと。
「よし。チョコ買いに行こう」
「はぁ?」
 真理の提案に思わず出た言葉。
 元々そのためにここまで来たのは確かなのだが、それに乗り気でなかった真理が、まるで自分が先陣を切ったかのようにいうことに驚いたのだ。
「そしてバレンタインにゃ正式に告れ! いいな」
「ちょっと! なんでそこまでいわれないといけないの?」
「ボクはさんせー。二人ともじれったいんだもん」
「よーし。そろそろ他の女も減ってきたし、いっちょ買いにいこうか」
 七瀬を連行するように出て行く真理と綾那。ぽつんと残された姫子。
「わたくしには、お聞きにならないのでしょうか?」
 あの堅物の十郎太が唇を奪うのも、おっとりした姫子が積極的にアプローチをかけるのも考えになくてスルーされていた。

 そのころ。
 遠巻きで姫子たちを見守っていた十郎太。
 実はバレンタインのチョコを買いに行くから、男の護衛は要らないと言うことになったのだ。
 真理たちの腕前は知っていたし信用もできる。そしてこの人ごみだ。暗殺者も逃げようがないし、狙撃もしづらい。
 だから帰ってもよかったようなものだがそれはさすがに出来ない。
 しかし男は来ないで欲しいといわれている。ならば
「ただいま参りました。兄上」
「おお葉月。待ちかねたぞ」
「はっ。お任せください。姫様たちの護衛を交代いたします」
「頼むぞ……しかし拙者はお払い箱と言うことだろうか」
 寂しげな十郎太。もちろん彼もバレンタインを知らない。
「兄上。これに関しては殿方は待ちに徹した方がよいようです。そしてこの場合は兄上がそばにいるとお困りになりますので」
 さすがに愛子付きの二人は、こういうイベントについては知らされているので理解していた。
 ましてや姫子がチョコを誰に贈るかは明白。当事者がいてはやりにくいことこの上ないと理解している。
「そうか。では頼むぞ。ところで弥生はどうした?」
「愛子様の護衛を兼ねてお屋敷で一緒にチョコを作っているようです」

 本来の目的だっただけにチョコを買うこと自体は問題なし。
 さらには流れから手作りチョコと言うことになってしまった。
 そこで姫子が自宅の厨房を提供することになった。
 一行は今は北条邸にいた。
「大抵の道具はあるはずですわ。それに愛子さんも張り切ってましたから」
「これ全部が義理チョコ用なの?」
 十種類以上の金型や色とりどりの包装紙やリボンが用意されていた。
 しかも使用人は頼らずに自分で作る。
「これだけやられたら義理でも男子が勘違いしそうね……」
「使っちゃっていいの?」
「包装紙やチョコレートはダメでしょうけど、道具は貸してくださると仰ってましたから」

「でーきたできた。チョコが出来た」
 変な節をつけて弥生が歌う。
「でも愛子さま。こんなにチョコを作って。全部配るんですかぁ?」
「もちろんよ。卒業してばらばらになるクラスのみんなにプレゼントするのよ。女の子にもね」
 既に受験を終えて合格した者たちが大半。愛子も既に無限塾進学が確定している。四月になれば姉・姫子の後輩となる。後は中学卒業を待つばかり。
 しかし14日はみんな学校に来る。
 そこで思い出となるようにプレゼントするつもりだ。

 北条低の厨房。当然のように七瀬が指揮を執る。
 このメンツでは一番料理の腕が確かだし、お菓子作りも趣味である。
 姫子以外の三人は学校帰り。そこで制服に借りたエプロンである。
 エプロンのチョイスだが綾那はまるでメイドのようなひらひらしたもの。
 七瀬も割りとそういうのものを好むが、さすがにややおとなしめ。
 真理は本屋で使っているようなシンプルなタイプ。
 姫子は自宅と言うことで着替えてきたが、和服に割烹着とどう見てもバレンタインチョコ製作と言うムードではない格好だった。
「それじゃチョコを作るところからはじめましょうか」
「えっ?」
「どうしたの? 姫ちゃん」
「チョコレートを作るところからなのですか? それじゃまずカカオの実を用意しないと……(執事の)桜井さんに手配していただかないと……間に合うでしょうか?」
「……ごめんなさい。買ってきたチョコを溶かすところからはじめると言うべきだったわ」
 よもやそんな勘違いをされるとは思ってもいなかったのである。
「よし。それじゃ」
 勇んだ真理が手にしたのはフライパン。目が点になる七瀬。
「真理ちゃん……それ、どうするの?」
「どうって……アンタが自分でチョコを溶かすって言ったんだろ?」
 なに言ってんだ?お前……とでも言いたげだ。
「もう。真理ちゃん。違うよ。チョコはねボウルの中に入れて、それをお湯の中に入れて暖めて溶かすの。湯せんっていうんだよ」
 ぽかーんとする真理。七瀬。姫子。
「なぁに?」
「アンタ……学校の勉強はさっぱりなのにこういうことは強いんだな」
「ふっふーん。上条君にあげるために勉強したもんね」
 それがちゃんと頭に入るあたり恋の力か。

 湯せんしたチョコを金型に流し込む。
 綾那はオーソドックスにハートの形。
 七瀬は星の形。姫子は小さな三角形の金型にホワイトチョコを流し込む。
「なんだか斬新な感じだわ。どうするの」
「はい。十郎太様は甘いものが苦手ですから。こうしてホワイトチョコをお米に。黒いチョコを海苔に見立てたおにぎりなら、召し上がってくれるんじゃないかと」
「そ……そう……食べてくれるといいわね」
 苦笑するしかない七瀬だった。
 しかも金型は三つ並んでいる。おにぎり風に包むつもりだろうか?

 普段は即断即決の真理だが、勝手が違うのか金型を選んでもいない。
「どうしたの? あまり温まるとよくないよ」
「いや……あいつの趣味から言ったらさ。真っ裸のアタイにリボンをして『私を食べて』とかやった方が絶対喜びそうだなと思って」
「「「えええっ?」」」
 またもや失言の真理である。
「それで……それをなさるんですか? 真理さん」
 目を丸くしている姫子。信じているのかもしれない。
「するわけないだろっ。アイツが悪趣味だって話だ」
 怒鳴って否定する真理。このくらい強く打ち消さないと信じ込まれそうだったからだ。
「そ……そうでしたか。そうですわね。それに真理さんの身長だと、リボンも特注の長さでないといけませんわ」
「アンタ、マジで……(言ってるんだろうなぁ)」

 七瀬は手馴れた様子で。意外にも綾那もいい手つきで。姫子は若干勝手が違うようだがすぐに飲み込めた。
 悪戦苦闘していたのは真理。自宅でもほとんど料理しないためだ。
 いびつな形になってしまったが、それでも何とか整えたほうだ。
 それでも何とか作り上げた。
「冷めたら冷蔵庫に入れて。明日になったら包装しましょ」
「じゃ明日の帰りはラッピング用紙とリボンを買いに行こう」
「……またあの中に行くのかよ」
「楽しみですわぁ。可愛い用紙があるといいですね」

 翌日にはラッピングを済ませて自宅へ持ち帰る。二月の気温なのでよほど暖かい場所にいない限りは大丈夫だった。

 そしてバレンタインデー当日になった。


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