第40話「理由なきハンコウ」

 バレンタインも過ぎ二月も後半に入り暖かい日も多くなり、春の到来を感じさせていた。
 辛い寒さが和らぎ人々の笑顔が増えていく。
 だが笑顔でいられない事情を持つ人物もいる。

(最近、恵の様子がおかしい…)
 中尾勝の肉体と社会的信用と身分を奪い、社会に溶け込んでいる殺人鬼・斑信二郎は「中尾の娘」の態度に疑問を持っていた。
(確かに私がこの肉体になったころには、人格のギャップから受け入れにくかったようだがそれが一年近く続くとは。こうまで『馴染まない』とは思わなかったな)
 むろん「赤の他人」が「家庭」に侵入しているのだ。無理のない話しである。
 それでも親が再婚しての新しい『親』に馴染むように、最初は戸惑ってもいずれ馴染むと考えていた。
(まさか『現場』は見られていまいが…何かで違和感を感じているか。『中尾』は明るい男だったようだが、それも『人を殺してしまった』と言う自責の念で思いつめていることにしているのだが)
 職員室で「愛妻弁当」を食べながら黒いことを考える。

 肌を重ねる妻でさえ気がつかない『父』の違和感に娘は気がついていた。
 いや。『母』は明るいながらも平凡な勝に少し倦怠感を感じていた。
 だが今の『危険な香り』のする『夫』に惚れ直していた。
 正確には「直した」わけではないが、外見上と言うか肉体は連れ添った夫そのものなのだ。
 背徳感などあるはずもない。

 しかし娘・恵はクールだった。母よりは距離がある分だけ、のめり込まずに冷静に見られた。
 確かに父親の肉体だ。古傷まで同じだ。だからあの男が「中尾勝」なのは間違いない。
 それでも彼女には別の人間に思える。
 以前はタバコが嫌いだったのに気にもしなくなった。新聞を読むときの仕草。食べ物の好き嫌い。
 何から何まで違っている。変化なんて可愛いレベルではない。

 自分の父親がいつの間にか他人と摩り替わっている。
 そう思えて仕方がない。
 むろんそんなことがあるはずはないと思っていた。
 だからこんなことを誰にも言えるはずもない。そう考えていた。

 一人で悩んできたが11月からは協力者が現れた。
 『父親』の勤務先の学生。村上真理だ。
 真理とは連絡を取り合い調査を続けている。
 今のところ特に変わった情報はない。
 それはそうだろうと恵自身も考えていた。
 自分の考え方が突拍子もないのだと思っていた。

 その真理が『気のせいじゃないか』と簡単に片付けなかったのは、やはり気になっていたからだ。
 こちらもちょうど学食で食事中。
(ゆかりが最後にいた相手…わかっている限りではカオスの野郎だ…)
 表向きは包囲された無限塾からの脱出で付き添っていた。
 それから中尾はしばらくしてから学校に戻り、ゆかりは家に帰ったはずが帰っていなかったと言うことだ。
 つまり単純に考えればその間に『斑信二郎』と遭遇して消されたとなる。
 その斑がどこの誰か? これまた単純に考えると「中尾勝=斑信二郎」の図式が出てくるが、ある一点から納得がいかない。
(だけど…変なんだよなぁ。もしカオスが『斑』としたら、こんなアタイたちの前にいられるわけがないしな)
 確かに教え子を殺した担任が、のうのうと教壇に立ち続けるなどありえないと考えても無理は無い。
 しかし可能性はゼロではないのだ。
 彼女の能力である「ガンズン・ローゼス」で中尾に触れればたちどころに胸の内はわかる。
 しかしただの疑惑で勝手に人の心を覗くのはためらいがあったし、何より「カオス」を嫌っていた彼女は無闇に近寄りたくないのが本音。それゆえ実行していなかった。
 もっとも実行していたら同じマリオネットマスターの斑にばれて、危険要因として殺しのターゲットになるのは間違いなかったので結果的にはこれでよかったことになるが。

 さらに真理は考える。
(それに恵の話じゃあれは間違いなくカオスだって言う。ゆかりを殺した奴は炎の能力。マリオネットは専門バカ。応用は出来ても普通は一つのことしか出来ない。
 ま…『斑』のは人形の奴とその頭だけが独立した『リトルデビル』があるらしいが、赤星を熱で苦しめようとしたことから『熱』と言う専門は一緒)
 別名をつけてはいるが一つの能力としてみなせる。
「真理ちゃん?」
 七瀬が呼びかけるが上の空。

(カズがネットで調べた限りじゃなんと『戦後』から『斑』の犯罪はあるらしい。一種の都市伝説かもだけど。
 カオスが突然犯罪に手を染めて、隠し持っていた炎のマリオネットでゆかりを殺したって言うなら別だが、それより人格が変わったと言うだけに中身が取って代わられたと考える方が素直。
 しかしそれだと『入れ替わる能力』と『炎の能力』で別口になるし…やっぱり豹変?)
「真理ちゃん!!」
 思考は七瀬のさらなる呼びかけで中断された。
「あ…ああ。悪い。なんだっけ?」
「用じゃないけど…どうしたの? ボーっとして?」
 七瀬と姫子。そしてみずきが覗き込んでいた。綾那も一緒に弁当だったが、バレンタインの一件で沈んだままである。
「いや。暖かったからつい」
 無難な台詞でごまかすことに掛かった。
「そうですねぇ。春ももうすぐですものね」
 まさに春爛漫の笑顔の姫子。
(この娘の場合は一年中が春と言う気がする…)
 かなり失礼だがそう思ってしまっても仕方のない真理の姫子評。
「でも…春が来るのは嬉しいんですけどちょっとだけ嫌なことが」
「なんだよ。花粉症か?」
 これももっともらしい切り返し。それに対して憂いた表情の姫子。彼女のこういう表情はかなり珍しい。
「いえ。出てきますから。虫が」
 みずき。七瀬。真理はポカーンとした表情で姫子を凝視していた。
「あの…みなさん。どうなさいました?」
「あ…ああ。ちょっと意外。姫ちゃんって、生きとし生ける物に平等に愛情を注ぐイメージがあったから」
 みずきの言葉に無言で頷き同意を示す七瀬達。
「そんな。わたくしは菩薩じゃありませんもの。苦手な生き物もいますわ。特にゴキブリさんはダメですわ」
「あれが好きな女の子なんていないわよ!」
 叫ぶような七瀬の同意。どうやら相当に嫌いなようだ。
「ああもう。お料理中に出てきたらもう最悪。その日は台所に近寄りたくないわ」
(あれが好きな女はいないだろうけど…七瀬は極端だよなぁ)
 別にみずきも好きなわけではないが、元が男のせいかさほど苦手ではない。それゆえここまでの反応をする七瀬には苦笑していた。
「しかしまぁ…このごみごみした都会だ。ゴキの一匹や二匹。仕方ないんじゃない?」
「まさか…真理さん?」「台所に出放題とか」
 震えたような声色の七瀬と姫子。
「あ…いや。そんなことないぞ。うん」
 実際はかなり汚い部屋のため台所も凄まじい状態。そんな状態では他より出やすいのも確かであった。
 しかしさすがに「女の子として」は体裁が悪いので露骨じゃない程度に話を変える。
「そんなに虫が嫌いなら…蝶とかもダメ?」
「チョウチョはきれいで好きですわ。芋虫はちょっと苦手ですけど」
「不思議よね。子供の頃はあんなに気持ち悪いのに、大人になるとあんなに綺麗なのが」
「そうですね。トンボさんなんかも子供の時は水の中に住んでますのに、大人になると空をすいすいと」
「あははは。そうだな。成虫と幼虫で姿も住むところも能力も違うよな」
 真理は何気なく笑って返すが真顔になる。

(姿によって能力が変わる!?)
 思わぬところからヒントが出てきた。
(まてよ…何らかの条件で…「入れ替わり」と「人を燃やす」能力が切り替わる? 入れ替わった後は「人を燃やす能力」になる? それならカオスが誰かと…「斑」と入れ替わったと言う可能性もあるな。それなら去年までは明るくて、今はあの陰険なのも説明が…)
 思わぬところで出たヒントは最後のパズルのピースのようにハマって行った。
「真理さん。いかがなさいました」
 また考え込んだ真理に怪訝な表情の姫子。
「いや…バッタなんかやっぱり芋虫からあの姿になるのかなと思ってさ」
 まだ仮説。話す段階ではないと考えた真理はこれも伏せた。
「バッタは違うよ。ヘビみたいに脱皮を繰り返して大きくなるんだ」
「ふぅん」
 気のない返事をしつつ辺りを見回す。
「どうしたの?」
「いや…『バッタ』とか言ったから上条のやつが変なリアクションするかなと思ってたけど」
 びくっ。沈黙の綾那の肩が震える。『上条』の名前に反応したのは明白。
 それきりみんな黙ってしまった。今の綾那の前で上条の話題が禁物と真理は思い出して失言を悟った。

 校舎裏。
 既に昼食を取り終えた上条は呼び出しに応じていた。そしていきなり
「この野郎っ!」
殴られて吹っ飛ばされた。
 もんどりうって倒れた上条は、切れた唇から滴る血を拭いながら抗議する。
「何をする!? 嘉部」
「うるせえ。てめぇなにやってんだ?」
 呼び出した相手。嘉部紀夫はかつて綾那に横恋慕して、あげくにマリオネットを悪用して上条を排除しようとすらした男である。
 その際に負けて体力を奪われしかも雪の中にいたため、しばらく入院していた。
 まぁ出てこないのは失恋の傷を癒す目的もあったようだが。
 そしてやっと出てきたらこれである。
「貴様…まだ僕を殺す気か?」
 訴えなかったのはマリオネットの存在を証明できないからだ。だから叩きのめして終わりだった。
「そんなつもりはねえ。しかし…綾那ちゃ…若葉を泣かす奴は許せねえ」
 自分が綾那に嫌われたことと、綾那が上条を命がけで救うほど好きと知りすっぱりと諦めはついた。
 だから距離を置くため呼び方も変えた。
「お前しかあの娘に応えられる男はいないのに、あんなに沈ませやがって」
 言いたい放題に言われる。
「お前に何がわかるっ!?」
 上条らしくない言い回しだが、何かもやもやしていたこともあり怒りを爆発させる。殴りかかるが透明の壁に遮られる。跳ね返されて無様に地面に倒れこむ。
「俺のザ・スクエアは鉄壁の防御壁だって言っただろう。いいか。俺は若葉には失恋したが、せめていつも笑っていてほしいんだ。それを見ていたいんだ。もう一度言う。お前しかいないんだよ」
 それだけ言うと嘉部は立ち去る。そのまま崩れ落ちたままの上条は立ち上がれない。
「…僕が何とかしないと…若葉は笑顔をとりもどせない…か…皮肉なことを言うな…」
 かつてみずきが現実逃避で精神まで女性化したとき上条がこれと似た台詞で立ち直らせた。
 まさか横恋慕に敗れた相手から突っ返されるとは思っても見なかった。

 放課後。この日は二人だけで駅まで歩く十郎太と姫子である。
 商店街の手前の公園を通りかかった時だ。
「あら? 秋本さん」
「む。確かに」
 公園の中で、後姿ではあったが秋本と思われる学生がしゃがみこんでいるのが見えた。
 人間違いの可能性もあるので、二人は静かに歩み寄る。
 近寄ると確かに秋本だ。何か喋っている。ひとり言? 否。相手はいる。
「そうか。お前も一人で突っ張っているのか。ふふ。俺とおんなじだな」
 話し相手は仔犬だった。恐らく捨て犬。
 地面に無造作に袋入りのドッグフードが。
 そして対決の時からは信じられないほど優しい声で語りかけている。
「?」
 仔犬に夢中になっていた秋本は、ふと気になり振りかえると、そこには暖かい…と言うか「生暖かい」目で秋本と仔犬の触れ合いを見ていた二人が。
「わあああっ? てめーらっ? いつから見ていたっ?」
 とっさに木刀を構える秋本。
「素晴らしいですわ。秋本さん。とってもお優しいんですのね」
「うむ。真の武人は優しさをもって強さとする。見事なり」
 二人に悪意はまったくないが、むしろ笑われた方がまだ怒ることが出来ただけましだった。
 かぁーっと赤くなる秋本。
「う…うるさい。風間。勝負だ」
「今日は無理でござろう」
「なんだとっ?」
 十郎太は無言で秋本の足元を見る。すっかりなついた仔犬がじゃれついていた。
「まぁ。かわいい」
「うむ。よい友が出来たようでこざるな」
「う…うるせぇっ。俺は誰ともつるまねえ。勝負だーっ」
「だから無理だと言っておる」
 確かに仔犬がじゃれ付いた状態ではどんな殺気も霧散してしまう。

 夕方。この日は直接あって話し合いをしていた真理と恵である。
 放課後に落ち合って恵の中学からは離れた場所にある喫茶店に落ち着く。
 注文した飲み物がきてからおもむろに話し出す。
「あたし…どうしても父が別人のような気がしてならなくて…」
「別人…か…」
 真理は頭をぼりぼりとかいてみせる。意図的にその右手にガンズン・ローゼスをまとわりつかせているが、その様子を見る恵に表情の変化はない。
「なにか見えない?」
 今度は大胆に右手を突き出す。
「何を持ってるんですか?」
 不思議そうな恵の声。彼女には真理がただ手のひらを見せたようにしか見えない。
「あ…ああ。なんでもない」
 不自然だが追求しないことにした恵。
(見えてない…か。つまりカオス=斑としても見えてないな…それよりマリオネットを知らない相手にどう説明するかな…)

 まとまらないので単刀直入に話すことにした。
「あー…恵。ちょっと突拍子もない話をするけどさ」
「はい?」
「もし…アンタのオヤジさんが、誰か別の奴と魂が入れ替わっているとしたらどうする?」
 それを聞いた途端に立ち上がる中学生少女。両手で口元を覆い、青い顔で凝視している。
「あ…あー。落ち着け。まずは落ち着け。な。春だからってアタイの頭がどーこーしたとか頼むからそんな風に思わないでくれよ」
 「引かれた」と解釈した真理は慌てて宥めに掛かる。
「……同じだ…」
「へ?」
「あたしも同じことを考えてましたっ。どう見たってあれは父じゃありません。赤の他人がもぐりこんだと、すりかえられたと考えた方が納得できますっ」
「なんだって?」
 マリオネットマスターの自分でも突拍子もないと考えていたこの意見に、まさかこうまで反応されるとは思っても見なかった。

 とりあえずは「仮説」と言うことでこの場は納めた。
 しかし真理は恵が突っ走るんじゃないかと心配していた。
(こうなったらカオスの心を読んで見るか…だがもし本当に奴が「斑」だった場合、その場でアタイが消されて終わりと言う可能性もある。
 アタイまで消されたら他はまだしもカズが黙ってない…かもな?
 だから心を読む…この力を相手に見せるのは一人じゃダメだし、奴の口から別の証人に本当のことを教えさせないと…まだ考える必要がある)
 しかしその時は意外に近いのを、この時点ではまだ知るよしもない真理だった。

 夜。中尾家では親子三人で夕食をとっていた。ポトフだった。
 にんじんを手にしたときに恵が切り出した。
「パパ。にんじん好きになったの?」
「……教師として、親として、娘の前で好き嫌いをするわけにもいかないだろう」
「ウソ」
「何がウソだと…」
「あなたはパパじゃない。だれか知らない他人と入れ替わっているんだわっ」
 まさに「爆発」だった。

 中尾勝の僅かな顔色の変化を見抜けた者はいなかった。それほど僅かな変化だが内心は動揺といってもいいほどだ。
(ば…馬鹿な!? 「入れ替わり」に発想が及ぶとは…そんな題材のマンガでも読んだのか? それともいつぞや殺した神父のように入れ替えることの出来るマリオネットを見たか体験でもしたのか?)
「恵。何を言っているの? パパに謝りなさい」
 母親のこの言葉は責めるのは酷であろう。
 真理との会談から浮かんだ疑念がここで爆発した恵は、今度は涙が溢れてきて自分の部屋へと駆け込んだ。
「恵!」
「いいんだ。放っておこう」
 もちろん親としていったのではない。
「でも…」
「あの娘も思春期だ。色々複雑なんだろう」
「そうかしら…」
 この場はこれで収まったが

 夕食後。散歩に出るといい残して家を出た中尾。
 妻は娘に言われた言葉で傷ついた心を癒しに行くと解釈して送り出した。もちろん実際は違う。
(とうとうそこまで気がついたか…いよいよ殺しのときか?
 いや…家に警察が入るのはさすがに避けたい。ただの家出としても関わってくるだろうからな。
 証明のしようがないしとりあえずは生かしておくが…問題は今のもやもやをどうやって晴らすかだ)
 彼は今、繁華街を歩いていた。
 酔っ払いとのトラブルを期待していた。そう。「八つ当たり」の対象を探していた。
 程なくして一人の酔漢と肩がぶつかり合う。
「いってぇーっ。どこ見て歩いてやがるんだ。このスカタンっ」
 悪趣味な男だった。
 人一倍大きな体をしていたが、そこに金のアクセサリーがこれでもかとつけられていた。
 ピアス。指輪。そして腕時計。
 大きな顔面いっぱいのひげ面が鬱陶しい。
 チンピラそのもののスーツの着方だった。
「おうおう。この落とし前どうつけてくれるんだよっ」
 陳腐な脅し文句だが、歩行者は後難を恐れて誰も助けに入らない。
(コイツで間に合わせるか…)
 あくまでクールな態度が大男の癇に障った。
「こっちに来やがれ」

 大男は中尾を連れて路地裏へと。そこが自分の墓場になるとは知らずに

第40話「理由なきハンコウ」Part2へ

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ