第40話「理由なきハンコウ」Part2   Part1に戻る

 繁華街にある飲み屋の店の裏。空のビール瓶がケースにまとめて置いてある。店で出したものの空き瓶だ。
 反対側もビルの壁。ところどころにエアコンの室外機が置いてある。まだ残業でもしているのか回っていてごうごうとうるさい。
 日の差さない薄汚い袋小路状の場所だった。どうやら元々別の建物があったのだが、それを取り壊したまま空き地になっている状態のようだ。
 その「袋小路」側に斑を連れ込んだ。これから行う私刑のために。
「こんなところで何をしようと言うんだね?」
 逃げられないようにと「通せんぼ」をしている大男を揶揄するように…いや。実際にからかっていた。
 だからもちろんわざとこんな「ふざけた口調」をしている。
 しかし大男の反応は意外だった。
「こっちはオフィスビルでこの時間には誰もいねぇ。こっちはキャバレーで中はドンちゃん騒ぎ。いくら騒いでも聞こえない。まぁ聞こえても酔っ払いのケンカに首突っ込む奴はいねぇしな」
 余裕を見せたつもりか大男は怒る様子もなく解説する。
「なかなか詳しいな」
「そりゃあしょっちゅうやってるからな。キャバレーで飲んでて、他の野郎ともめたときはいつもここだ」
 絶対的に有利なホームグラウンド。それゆえ大男はぺらぺらと得意げに喋る。
 奇しくもそれはこの殺人鬼が相手を追い詰めた時と同じ。奇妙な親近感すら持ってしまう。

(面白いな。その得意そうな表情が、どんな泣き顔に変わるのかが楽しみだ)
 恵の一言が彼のサディスティックさに拍車をかけた。様々な殺し方をシミュレートする。
 ほんの少しだが我を忘れた。

 そのときだった。色々と想像していたら不意に衝撃で吹っ飛ばされた。大男の体当たりだ。
 さすがの斑も別のことを考えていたときに不意打ちではたまらない。
 ビールケースをひっくり返して壁に叩きつけられた。
「どうだ。俺様のタックルは?」
 得意げになるひげ面の大男。まずはタックルで叩きつけてアドバンテージを奪い、それからじっくりと弄るのが常套手段だった。
 なまじこの手の手合い特有の「胸倉をつかむ」と言う行為を読んでいたために、想定外の技に対処が遅れ斑はもろに食らってしまったのだ。

(今日はなんと言う日だ…ついてない。そして無様だ…こんなザコに地面に叩きつけられるとはな…「むかついた」よ)

 叩きつけたのはまずかった。戦意喪失どころか斑の頭にはどうやって無残に殺してやるかしかなかった。
 だからビールケースに素手で触って体を起こしたことに気がついてなかった。
 やはり恵の一言が冷静さを奪っていたらしい。
「おっ。くらっても逃げずに来るかい? だがそんな貧弱な体でオレ様に勝てるか」
 ねずみを弄ぶねこ。そんなつもりでいたようだ。実際はトラにちょっかいをかけた猫なのだが…

 中尾家では恵がやっと落ち着いてきた。
(あたし…どうかしてたかな? 何にも証拠なんてないのにあんなこと言うなんて…)
 しかし口走らせるだけの日々があった。あまりにも今でと違いすぎる。
(でも…いくら人ひとりを事故で死なせたからって変わりすぎだわ。それにそんなに後悔をしている感じはしない。むしろ愉しんでさえいるように見える)
 斑にしたらこの「妻子もち」と言う状況も一種のゲーム。
 馴染まないうちはぼやいていたが妻を篭絡してからは愉しみ始めた。
 一方で馴染まない「娘」には時折冷たい瞳を向けていた。
(忘れた方がいいのかな…)
 いつしか少女は眠りに落ちた。

 ケンカの場所。不気味な双眸の光に怯えればまだ助かっただろうが、この大男はそれを単に切れただけと解釈した。
「ほぅ。ただの腰抜けじゃなかったか。いいぜ。来いよ。遊んでやる」
 楽しそうに笑う。本気で遊んでいた。トラの尻尾にじゃれ付く猫と言うのが正しい例えか。
 今そのトラが牙を向けた。すっと腕を振る。
 目に見えたらブーメランのような印象のある衝撃波が大男の胴体にヒットする。
「な…なんだ?」
 実際には見えなくもないのだが不意をつかれたためもろに食らった。
「……私は今、非常に機嫌が悪い…『虫の居所が悪い』と言う奴だ…可哀相だが『八つ当たり』させてもらうぞ。なに。すぐに済む。恐い思いも、痛い思いもほんの僅かだ…そのあとは永遠の安らぎが待っている…」
 殺すのを「永遠の安らぎ」とはかなり勝手な言い草である。
「ふざけるな。ぶっ殺されるのはテメーだ」
 一撃を食らったことで怒った大男はナイフを取り出した。
「君はそのナイフで何をする気だ? 見たところりんごを持ってはいないようだが、何の皮をむくつもりだ。その『果物ナイフ』で」
 からかっているのは言うまでもない。もっとも飛び出しナイフと言う奴で、確かに護身用程度にしかならない。
「剥くのはテメーの皮だ」
「ほう…覚悟はあるのかね?」
 軽く馬鹿にしたような表情で尋ねる。
「何の覚悟だ。ムショ行きの覚悟ならいつだって」
 その虚勢を聞き遂げるほど彼は物分りがよくない。
「人を殺すと言うことは、自分が殺されても文句はいえないと言うことだ。自分で『命の重さ』を軽くしたんだからな。
 もっとも何事も例外はある。この私だ。私は殺されても死なない。だから他人を殺し放題だ」
「あ…頭おかしいんじゃねぇのか?」
 これは素直な感想だった。
「そうかもしれない。普通の人間はほとんどは人を殺したりしないまま生涯を終える。だが私はダメだ。殺さずにはいられないんだよ」
 ぞっとする冷たい目。闇に光る猫の瞳のように、冷たい光を放つ。
 氷のように冷たい、陳腐だがそんな表現が一番しっくり来る。

 ここへきて大男は相手の素性を察した。
(こ…コイツはまずい。本気で何人か殺った経験がある瞳だ…)
 ナイフを持ち歩き、私刑のための場所を知っているような男である。
 殺人の経験がある人間とも面識があった。
 その特有の目を思い出したため、彼は自分の過ちに気がつき青くなる。
「だ…誰か! 助けてくれ」
 恥も外聞もない。助けを求めた。それだけ正確に相手の素性を見抜けたことになる。
「確か…自分で言ってなかったかな? ここは多少叫んでも聞こえない…と」
 そうだった。助けを呼んでも無駄。
 自分の方が逃げられる位置にいる。だがこの男に背中を見せたくなかった。
 後ろから平気で攻撃されそうだったからだ。

(ふむ。大男が怯える様を見て少しは気が晴れたかな? だがつまらん闘いだ。何か…そうだ。あれを試すか)

 恐怖に駆られた男は最悪の選択をした。いや。恐怖から逃れるためにとった行動か。
 何も考えずにナイフを手に突っ込んでくる。
 だがそのナイフは届くことはなかった。
 斑が闘牛士のように左手でブロッキングした。男の左腕をはたいたのだ。
 その際に磨き上げられた金時計にべったりと指紋がついたのに気がつかない。

 これが計画的な犯行ならば証拠を残さぬように細心の注意を払うだろう。
 しかしこのときのそれは最大の目的が『うさばらし』である。
 できるだけサディスティックに弄りごろすのが目的だった。
 そちらに気をとられて『指紋』に無関心とは…
 もっともいつでも完全に物証を消し去っていた。その自信があった。
 仮に残していて逮捕されても、いつでも看守なり警官と成り代わって脱獄できる能力だった。
 つまりほとんど重視してないのだ。
 もちろん警察に関わられるのは避けたい。しかし今はそこまで頭が回らなかった。

 遣り合っているうちに斑の方が『出口』を塞ぐ形に。
 大男は逃げたければ斑を出し抜かねばならない。
 だが右を行っても左を行ってもあの『空気のブーメラン』が飛んできた。
 仕方なく斑目掛けて突っ込んでいく。

 彼には見えていない。
 斑のマリオネット。「ゴーストフェイスキラー」が、右腕を折りたたんで待ち構えていたのを。
 タイミングを見計らってその腕がばね仕掛けのように飛び出す。
 いわゆる『貫手』が男の腹部を貫く。
「あ?」
 哀れな大男は自分の身に何が起きたか一瞬は理解できなかった。
 しかし焼け付くような痛みと、流れる血のぬるつきが自分が致命傷を与えられたと教えていた。
「ふむ。出が遅いな。先読みしないと使えそうにないが…マリオネットマスターでなければ問題あるまい。さて」
 「テスト」の結果を淡々と分析したら自分は大男の正面からどく。
 ゴーストフェイスキラーが突き刺した手を抜いたら大量の血が流れ出した。
「あ…ああ…」
 大男は自分の死が近づくのを感じて涙した。
「私を殺すつもりだったのに、残念だな。最後に教えてあげよう。私の名は斑信二郎。君に恨みはないがちょっとした『鬱憤晴らし』でやらせてもらった。おかげで実に楽しかったよ」
 なんと言うことだ…ただの「遊び」でオレは殺されるのか? 絶望はそれだけで命を奪いそうだった。
「それじゃ最後の仕上げだ」
 段々と意識が薄くなる大男の首筋に斑は「導火線」を取り付けた。そしていつものように指を鳴らし宣言する。
「今、殺しの時だ」
 瞬間的に火を噴いた大男はそのまま火達磨となり転げまわる。
 不思議なことに両手だけは炎に焼かれてない。
 やがて男は動かなくなり、再び斑が指を鳴らしたことで瞬間的に炎上して消滅した。
「ふふふ。間抜けな警察をからかうのも面白そうだ。それにこの辺り。上条繁の務める所轄の管轄だったかな。奴がこれでしかめっ面になると思うと…くくくく」」
 それであえて両手を残した。もし前科があれば指紋から身元が割れるだろう。
 しばらくはこの騒ぎを楽しんでおくとするか。それでガマンしよう…そう思っていた。

 とりあえず殺したのでストレスを発散した斑は、金時計とビールケースの自分の指紋にはとうとう気がつかないままその場を後にした。

 二時間もした頃か。
 店の中で空き瓶がたまったため従業員がケースにまとめてそれを出した時だ。
 夜の闇でもはっきりと反射が見える。金時計のそれだ。
 不審に思い近寄ると…人間の両手首と大量の血がその場に。
 動転した従業員は奇声を上げて店内に戻ると責任者に報告しに行った。
 もちろんしばらくして警察が出動したのは言うまでもない。

 その頃の斑はストレスを発散させて、すっかり機嫌を直して眠りついていた。

 夜の夜中だが関係なく、鑑識課による現場検証が進行している。
 写真を撮られそして指紋を採取される。
 当然だがビールケースなどにも粉がつけられ指紋の採取を行われる。
(コイツは!?)
 業者や従業員が触れているのは確かだがその上からつけられた指紋。
 しかも明らかに運搬のために持つ手の位置ではない。
 長年の経験からこれが「犯人」のものではないかと鑑識課員は直感した。

 例え誰かが夜中に殺されようとお構いなしに朝は来る。
 どこの家にも朝は来る。むろん中尾家にも。
 登校する為に朝食を採るべく制服姿の恵は食卓へと向かう。
 既に「父親」が指定席にいた。
「おはよう。恵」
 晴れやかな声で中尾勝は娘に挨拶した。
「……」
 未だに気持ちの整理がつかない恵。
「やれやれ。まだおかしな想像をしているようだね。年頃の女の子はわからないね」
 芝居がかった調子。下手したら歌でも歌いだしかねないほどの上機嫌ぶりだった。
 それがなおさら不気味で、恵は朝食を採らずに逃げるように家を出た。
「恵。朝ごはん食べないの?」
 母親の声も無視してでて行った。
「もう。あの子ったら」
「ふふ。まぁいいじゃないか。すぐに元通りになるだろうさ」
「そうかしら?」
 妻・百合子もこの上機嫌には不思議な感じがあったが、それにはあまり注意しなかった。
(今日のところは見逃しておくさ。久々に殺しが出来て気分がいい。あー。あの大男の情けない顔。思い出すと笑ってしまう…)

 赤星家の朝。みずきは余裕があったので新聞を読んでいた。
 そしてなんとなくチラシまで。駅前のスーパーの広告だ。
 それを見たみずきは学校帰りにその店による気になった。

 無限塾。上条と綾那がギクシャクしたままだが、それ以外はいつもと変わらない様子だった。
「七瀬。今日の帰りさ。買い物に付き合わないか?」
 二時間目と三時間目の合間の休み時間。二人で女子トイレに向かいながらみずきは切り出した。
「(ブラかショーツかな?)いいわよ。珍しいわね。こんなお誘い」
「まぁな、ちょっとひとりじゃ恥ずかしいんで」
 この台詞で七瀬は自分の読みがあっていると思ったのだが…

 確かに下着だった。しかし男物。
「おおっ。これだ。これなら女物にも見えなくないぞ」
 パンツを手に大声をあげるみずき。七瀬の頬はずんずん赤くなる。
「ちょっとみずき。男の下着ならそういいなさいよ。恥ずかしい」
「何で? お袋はよくオヤジや忍のパンツも買って来るぜ。オレや薫のは女物だけど…
それはともかく、男が女物だと変態扱いだけど女が男ものならそうでもないだろ。
女の一人暮らしをカモフラージュするためにわざと一緒に男のパンツを干しとく女もいると言うし」
「それはある程度、歳の行った女の人でしょ。高校生の女の子が男の下着手にして大声出したりしないわよ」
 自分の声が大きくなっているのを察した七瀬は声をひそめて話を続ける。
「それにみずき。登校する時は女なんだから女物でいいでしょう」
 男モードなら女の下着にも見えなくない男物でなくちゃいけないわけじゃない。
 万が一スカートの時に見えてしまってもいいように考えているのは確かと読んだ。
「いやぁ。最初は激しく抵抗したのに最近じゃ化粧まで抵抗なくなっちゃったし。これじゃいけないと思ってさ。どこか見えないところだけでも『男』の物をつけておきたくて。これなら女物に見えなくもないだろ」
 みずきの手にしているのは前の開かないタイプの男物。
 色も黒なのでちょっと見には女物と差がない。
 もっともみずきは格闘に備えてスカートの時はブルマ着用ではあるが。
「まぁそれで気が済むならいいけど…どうして男の子で来なかったのよ?」
「こんな女物みたいな下着を男姿で買いに来れるかよ」
 売り場が男性用なのだから問題ないでしょう…そう思わずにはいられない七瀬だった。

 例の「殺人事件」から時間が経ち、問題の指紋が前科なしと判明した。
「他は業者や店の人間の指紋か。謎の指紋…それがホシのものだが」
 警察をからかう目的でのこした大男の両手。指紋から身元は判明したし、そのビールケースの指紋とも違うと言うことも。
 そして…ビールケースの指紋と金時計の指紋が一致したことも。
「しかし…前科がないのじゃ当面はきついっすね。ジョーさん」
「ああ」
 そのとき上条繁の脳裏をあの事情聴取の時の「中尾勝」の顔がよぎっていた。

(まさかな…しかし…どうしても気になる。何とかしてあの男の指紋は取れないものかな? 白の証拠としてでも)
 刑事の直感がそう思わせていた。

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