第40話「理由なきハンコウ」Part3   Part2へ戻る

 俗に言う刑事とて不眠不休で捜査活動をしているわけではない。
 初動24時間こそ火事場のような忙しさだが、それを過ぎると既に『犯人』も現場近くにいるはずもなく、逆にじっくりと活動する。
 そもそも夜間ともなると聞き込みが出来ない。
 キャバレーの裏で人間の腕だけが見つかったこの事件は、張り込みがまだ必要とされてないため一旦帰る事も出来なくはなかった。
 ただその現場周辺で目撃者を探す必要もある。
 同じところに店を出す屋台。
 コンビニの搬入車。
 同じ時間に帰宅するサラリーマンなど。
 それを探すために上条繁は夜通し歩く羽目になった。
 ただ人と逢うのである。あまりに汚い服では印象が悪い。
 汗ばむ季節ではないものの同じワイシャツを続けて着ているのはさすがにまずい。
 だから着替えを目的に一旦帰宅した。

「あら。お帰りなさい。ご飯は?」
 性格もあるがこういうパターンは珍しくもないため、あかりはクールに亭主を出迎える。
「いやいい。着替えによっただけだから」
 茶碗を伏せたままのひとり分の食事。それに対してひどく申し訳ない気分になる。
「軽く浴びてく?」
 食事のことはまるで気にしてないように振舞う妻・あかり。
「……そうだな」
 どの道コンビを組んだ若手も寮に戻って着替えている。合流まで若干の余裕がある。
 汗だけは流すことにした。

「子供たちは?」
 さっぱりして新しい衣服に袖を通しながら妻に尋ねる。
「輝は寝ちゃったわ。明はまだ起きてるかしら」
「そうか…」
 ベテラン刑事は息子の顔を見ることにした。

「父さん!?」
 驚いたような表情の上条明。
 繁も息子はいつものようにアニメでも見ていると思ったら、机に向かっていたので意表をつかれた。
「勉強してたのか?」
「うん。明日物理のテストがあるんだ。だから軽く範囲を見直していた」
「そうか…邪魔してすまなかったな」
 息子の元気な姿を見て、それだけで充分だった。だが彼の担任のことを思い出した。
「明。お前の担任だが…どこか行きつけの店とか知らないか?」
「知らないけど……」
「そうか……」
 怪訝な表情の明。突飛な質問と感じても無理はない。繁はそう思っていた。
「もしかして…何か疑っているとか?」
 父親の職業を考えればこの発想は突飛でもない。しらを切っても無駄と判断して腹を割ることにした。
「証拠なんて何もない。けどな…お前の担任。一度あっただけだがなんとなく気になるんだ。せめて白の証拠がほしい」
「と、いうことは指紋とか血痕とか残ってたとか?」
 さすがは警察官と検死医の息子というべきか。それともやっぱりオタクの発想?
「OK。指紋取れりゃいいんだね。一度やって見たいと思ってたんだ。ちょっとここんとこむしゃくしゃしてたし。いいよ。やって見るよ」
「お…おい。明」
 むしろ狼狽してしまう繁。それをよそ目に明は未開封のアニメ絵の下敷きを取り出した。
 止めるための説得をしている時間は上条繁には残されていなかった。
 後ろ髪引かれる思いで、自宅を出て合流地点へと出向く。

 翌朝。赤星家ではみずきがシャワーを浴びていた。
 登校する時は女の子にならないといけない。そのためだ。
 最初の内は水だけ浴びておしまいだった。
 だが女子として生活しているうちに「見られる」と言う意識が根付き、この辺りでは女の子に変身してから元に戻らない温度できちんと体を洗い、髪も女性用のいい香のするシャンプーで洗っていた。

 一通り済ませて脱衣所へ。裸身にバスタオルを巻きつけた姿。「まるで女のよう」だが、実際に女子だから仕方ない。
 男用のパジャマ姿で浴室に入り、女の子になってから女性用の下着。そして女子制服に着替えるパターンであった。
 しかし
「あれ? ブルマがない?」
 乱闘の多い無限塾である。ジャンパースカートのまま戦闘に入るのも珍しくない。
 蹴り技主体のみずきとしてはいくら偽りの肉体と言えど、下着を晒して戦うのも抵抗があった。
 それを解決してくれるのがブルマだったのだが、確かに持ってきたはずのそれが見当たらない。
「みずきちゃん。早く着替えないと朝ごはん食べてる時間がなくなるわよ」
 急かしている割にはひどくおっとりした口調の母の呼びかけ。
「オフクロ。オレのブルマ知らない?」
 よく考えると「あたしのブルマ」ならともかく「オレのブルマ」と言うのはかなり異常な台詞かと。
「ブルマ? 洗っちゃった」
 にっこり笑って言う瑞枝。
「何で?」
 あれがあるとないでは大違い。
「だってみずきちゃん。クリスマスまではとっても女の子らしかったのに、元に戻ったら途端にがさつになっちゃって。
 歩き方も大きくなって可愛くないんだもん。でも。ブルマがなければちょっとは小さな動きになるわよね。今の時期なら体育もジャージだろうし」
 これは事実であった。
 最初の頃こそスカートに慣れてないのと、太ももから脛までを露出した状態(正確にはズボンほど生地が触れないこと)が落ち着かず。
 最初の最初こそ男子としての習性で大まただったが、視線が集中するようになり小さなストライドに。
 しかし格闘のために露出対策でブルマを着用するようになってからは元に戻って行った。
 あの心まで少女と化した時は本当の女性以上にスカートに気を配るようになっていたが、元に戻ってからはまた大またになりつつあった。
 これは女性化して全体的に体躯が縮み、足が短くなったことで小さくなった歩幅を補うためにだった。
 しかしあまりに可愛くないその歩き方を瑞枝はうれいて、修正のためにブルマを取り上げると言う手段に出た。
「なんてことを…」
 わなわな震えるが時間が迫る。
 やむなく水色の水玉模様の可愛い下着にだけ足を通し、そして全部を着ていく。
 スカートにはだいぶなれたはずなのだが、どうにも無防備な感じがして落ち着かなかった。

 予告されていた物理のテスト。それに備えて生徒が休憩時間に教科書を開いている姿は、さすがの無限塾も他と変わりがない。
 もちろんみずき達も例外ではない。
「ねぇ。みずき。ここはどうなるの?」
 教科書を見ていた七瀬がみずきに尋ねる。
「あ? これ」
 一読するなりすらすらと教え始めるみずき。
 短気な言動と誘惑しているような豊満な肉体で忘れがちだが、学業はかなりできる。
 筋金入りのドジがなければ追試など無縁のはずである。
 零点扱いも何度かあるが、名前を書き忘れていたり、解答欄を一個ずつずらして記入とかのドジが原因。
 それがまともだったら満点だったものもある。
 七瀬も決して成績は悪くないのだがさすがに瑞樹や榊原ほどではない。
 だからか素直に尋ねることも出来たし、みずきも教え慣れしているのでこういう景色である。

「あーっっっっ。こんなものが社会に出てなんの役に立つんだ?」
 苛立ちから短い金髪を掻き毟って絶叫する真理。
 頭は悪くないはずだが成績は悪い。担任に対する嫌悪感から反抗的な態度もあり、教師たちもよい評価はしていないが、反抗的な生徒などこの学校では珍しくないので特別視はされてない。
「ま…よく聴く台詞だよな」
 こちらは余裕の榊原である。それでも教科書を開いて確認くらいはしている。
「いいよなアンタは。余裕でさ」
 珍しくすねたような言い回しの真理。子供みたいなのは榊原の前だからか?
「そんなに構えるな。別に追試もないし。期末の前のウォーミングアップみたいなもんだ。あの担任にしちゃ随分親切なもんだ」
 中尾…斑がそんな気を起こしたのは、別に親切心ではなくてそういう方向が職員会議で決まっていたにすぎない。
 すんなり従ったのは余計な反発で目立つのを嫌ったのと、久しぶりの「趣味」を満喫して気分がよかったのもある。

「物理って難しいですわ」
 姫子も英才教育を受けていたので成績はよい。
 しかし女性にありがちな理数系が苦手と言う点はあった。
 反対に国語や音楽。美術などは上位に入る。
 意外にも英語の成績も悪くない。ただ彼女も日常会話には英単語を混ぜない傾向がある。
「左様ですな。されど拙者にとっては英語よりは遥かにマシで」
 こちらは英語が壊滅的な十郎太。何しろクラスでも最下位なのである。
 十郎太の名誉のために言うならば決して頭が悪いわけではない。ただ、受けた教育があまりにも現代とは食い違いすぎていたのである。

「なになに。どこかわからない?」
 スカートの中身のことなどすっかり忘れてみずきがでしゃばって来た。
 みずきの得意は数学や物理という理数系。しかし語学もできる。
 さすがにトップの成績で入学試験を突破したのは伊達ではない。
 ただし音痴の上に絵心もない。比較的女性が得意とするジャンルだけに
「お前って本当は男なんじゃないか?」と男子生徒に揶揄される。
 もちろんからかっているだけだが、わかっていても心臓によくない。
 それはさておき物理に自信があるのは確かだった。
「みずきさん。実はここなのですが」
 素直な性格の姫子は素直にわからないと言う。
 そしてそれをわかりやすく説明するみずき。
「わかりましたわ。わかりやすくて助かりますわ」
「何でも聞いてくれよ」
 ちょっと鼻にかけているところがある。それだけだと男女問わず反感を買うところがだが、大きな胸をそらした時に後ろに倒れ掛かる。
「おおっと」
 倒れまいとバランスを取ろうとするが、どこをどうやったらそうなるのか尻餅をつく。
 後頭部を打ち付けるよりはましといえど、教室後方のスペースで派手にやらかした。
 目から火花が散りそうな痛み。
「あたたた……」
 涙すら滲んでくる。やっと視界がはっきりしてきたらやたらに注目されてしまっている。
 特に男子。中には赤くなっているものも。女子もなにやら目をそらし気味。
「はは。なんだよ。オレのこんなチョンボは珍しくもないだろ?」
「イヤァ…そこまではなかったと思うのだが…」
 やたらにやけた表情の男子。
「みずきっ。スカート。スカート」
「あん? スカートがどうか…あ゛っ!?」
 七瀬の声に怪訝な表情になりながらもスカートを見ると…完全にまくれ上がった状態になっていた。
 どうやら尻餅をつく直前にスカートがまくれ上がったらしい。そのまま尻から落下して、スカートもまくれたまま落ち着いた。
 白いハイソックス。まぶしい太もも。そして可愛い下着に包まれた丸いヒップを男子生徒相手に出血大サービス…
 慌ててみずきはスカートを直し、その場で正座するような形に。
「み…見た?」
 全開していたのにこの質問もないものだが、聞かずにはいられなかった。
 男子生徒の沈黙と赤面が答えを雄弁に語っていた。
 本来は男のみずきである。しかし女子としての歴史が浅い分だけ耐性もなかった。
 別の理由で涙がじわり…
「赤星。グッジョブ」
 男子の一人がサムズアップしてみせる。試験の緊張も、女子のやっかみもこれで全部吹っ飛んでしまった。

 けれど…この騒動でも綾那の顔に笑みはない。みずきを気遣って笑わなかったのではない。
 心ここにあらずと言う感じだ。

 上条を追ってこの学校に来たのにまるで気持ちが伝わってなかった。
 もうここにいる意味はないのかもしれない…と。
 親に説得されて登校したもののまるでやる気などなかった。

 時間になり担任が来た。
 いつものように陰鬱な調子でテストを配る。
 実際の心中は生徒の困る様子を見て楽しめるなとか考えているが…

 授業開始から5分が試験開始だ。終了チャイムがイコール試験終了。
 机の上に出していいのは筆記用具と消しゴム。それ以外は没収。
 放課後に返却はするがもれなく嫌味な説教着きと言うのがルールだった。

(よし。名前は書いたな)
 面白いもので 試験が始まったら落ち着いたみずきである。
 これまた面白いことで直前のあの「大サービス」でおっちょこちょいを諌めてしまった。

 七瀬は問題を一読して出来そうなものから片付けていく。試験の定石である。
 しかし姫子は順番を遵守してしまい、つっかえていた。

 真理も一読して出来そうなものから片付ける方向だった。ただ…できるものがなかった…

 その点では十郎太も同様。しかも彼の場合は姫子のことも気に掛かるのでなおさら集中できない。

(なんだぁ。随分と手抜きな設問だなぁ。しかも日本語おかしいぞ。後で指摘してやろうか?)
 問題用紙の誤字ではなく、文法のミスを指摘しようとしている榊原はさぞかし嫌な生徒であろう。

 綾那は何も考えていない。ただ読んだそのままに解答欄を埋めていく。
 もう試験などどうでもよかったのだ。

 そして…上条だが終了五分前に奇妙な行動に出た。
 暖房が効き過ぎと言うわけでもないのだが、下敷きで扇ぎだした。しかもアニメのイラストつきのものである。
 静かな試験中である。扇ぐ音とて聞こえる。ましてや派手な図柄の下敷きは視覚的にもインパクト大だ。
 中尾…斑は一瞬自分に対する挑発。理由なき反抗かとすら感じた。
 それはないとしても見逃せるものではない。
 つかつかと歩み寄ると下敷きを取り上げて、そして出席簿で上条の頭を上から叩いた。
 小気味よいとすら言える音が鳴り響く。そして低い声が続く。
「何を考えているんだ。お前は? こんなものは没収に決まっているだろう」
「ああっ。試験が不安だったからキャッティに力づけてもらおうと思って持ってきたのに」
 「キャッティ」とは上条の好きなSFアニメ「バトルエンジェル」の登場人物の少女。
 猫をモチーフにしたキャラである。
「返してほしいなら放課後に職員室まで来い」
 存分にいたぶってやるといわんばかりだ。

 様子を見ていた何人かは不思議に思った。
 どう見ても没収されるためにやったとしか見えない…と。

 そして放課後。言われるままに返却を求めて職員室に来た上条。
 それに対して嫌味を並べ、あまつさえ大事なものと知りつつわざと手で下敷きを叩く中尾の姿は、他の教員にも奇異に見えた。
 嫌がらせで汚しているように見えない。

 くどくどと嫌味を交えた「説教」は三十分に及んだ。
 実際のところにっくき上条繁の息子を弄って気晴らしと言うのが本当である。
 しゅんとなるのを見て「溜飲を下げた」斑は、しゃべり疲れもあり解放してやることにした。
「ほれ。持って帰れ。そしてもう持ち込まないように」
 わざと汚くなるようにしている。
「わかりましたよぉ。ああ。ひどいなぁ。こんなに汚して。キャッティを…」
(まったく…オタクと言う奴は理解不能だ)
 上条があまりにもいつもの言動だったので深く考えるのを止めてしまっていた。
 だから上条が下敷きを白手袋で取り扱い、販売時に収納していたと思われるビニール袋に入れたのを見たときも、単に「オタクの理解できない行動」としかみなさなかった。
「そんなに大切な物なら金庫にでも入れてしまって置け」
「そうします」
 こうして「説教」は終わった。そして上条の目的も。

 夜。電話を受けて自宅に戻った上条繁。それに対して「下敷き」を差し出す上条明。
「この下敷きには中尾先生の指紋がたっぷりついているよ。わざわざ僕に対する嫌がらせで汚してたしね」
 そう。これこそが上条の目的だったのだ。
 没収されるとわかっていてわざと下敷きを使い。そして指紋を採取することが。
「すまない…明。お前にこんなマネまでさせて…」
「いいよ。面白かったし」
 言葉とは裏腹にあまり面白そうな様子でもない明。綾那とはバレンタイン以来ほとんど口を利いていない。
 付きまとわれて迷惑だったはずなのに、いざそれがなくなり疎遠になるとどうしてこんなに落ち着かないんだろう?
 そう思えば思うほど苛立ちが募る。
 単純な自分の気持ちに気がつかなかった。

「あなた」
 妻に呼ばれて夫は別の部屋へと。
「確か…こんな取り方じゃ」
「ああ。裁判所には証拠として提出は無理だ」
 それは承知の上で彼は受け取った。
 息子の行為を無駄にしたくないのもあったが
「しかし…状況証拠だけでも白黒つけられれば」
 それが大きかった。

 そもそも疑う理由からして単なる「勘」である。
 けれどベテラン刑事はあの担任に「殺人者の匂い」を嗅ぎ取っていた。

第40話「理由なきハンコウ」Part4へ 

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

トップページへ