第40話「理由なきハンコウ」Part4   Part3へ戻る

 前日に物理の試験が終わり、既に斑は上条を説教したことすら忘れかけていた。
 殺人現場に指紋を残すと言うミスの上に、「中尾勝」の指紋をまんまと採取されると言う失策を犯したことにも気がついてなかった。だから平静な心のままでいた。

 今は朝食を摂っていた。そこに恵が制服姿で現れた。
「おはよう。恵」
 一応は「父と娘」らしく振舞おうと朝の挨拶をする斑。
 だが彼女は着席せずトーストを手に取るとそのまま玄関に。まるで逃げるかのようだった。
「ちょっと恵? あなた最近変よ」
 母・百合子が窘めるが振り切るように彼女は扉の向こうに。
「もう。なにを考えているのかしら?」
 今度は斑も応えない。
(さすがにしつこく思えてきたな…この「理由なき反抗」も…火種が小さいうちに始末するか?)
 新聞を読みつつ恐ろしいことを考えている。

 中学へと登校…いや。逃亡と言うほうが正解か?
 恵は違和感を増大させていた。
(変だ。絶対変だわ。あの事件からずっと変だったけど…本当に知らない人みたい。親身にすればするほど違和感を感じるわ。気持ち悪くて一緒になんていられないっ)
 だけどひとり。頼れる相手などいやしない。
 母親はすっかり「父親」の虜だ。
 自分が生まれる前の二人はこんな恋人同士だったんだろうかと思うほどだ。
 そんなはずはない。何故ならあの男が父親とは思えないから。
 けれどそんなことを相談できる相手はいない。
 彼女は孤独だった。

 いや。ひとりだけいた。

 科警研に下敷きを持ち込んだ上条繁。
「一応やりますけど…証拠になります?」
 技師は当然の疑問を素直にぶつける。それに対して上条繁は
「頼むよ」
短く、だが力強く言う。
 こう出られては仕方ない。一応は捜査活動の一環。技師は手はずを整え始める。
「しかし…なんなんですかね。この犯人。ばらばらにした死体の両手首だけ目立つところに捨てるなんて。それも炭化させて血が流れないようにするなんて」
 その能力を知らないのだ。「普通」に考えればこうにもなる。
「物取りか。怨恨か。それとも理由なき犯行か…それもこれもこの指紋で解決に一歩近づける」
「そうそう。その前に例の被害者の身元が判明しました。前科がありましたよ」
 これは斑に殺された大男のことだ。上条刑事はファイルを一瞥する。
「古戸か」
「あれ? ご存知なんですか?」
「なんどか傷害で挙げたことがある。今度は被害者か。コイツの行動範囲はよくわかっている。確かにあの現場もテリトリーだったな。これで進展できそうだ」

 署に戻り身元判明の事実を上司に伝えた彼はそのまま捜査活動へと入ることにした。

 この日は朝から曇っていた。朝の時点ではまだ降ってくる感じではないものの、帰りまでにはどう変化するかわかったものじゃない。
 用心のいい七瀬。そして水をかぶると変身してしまうみずきは、ちゃんとかばんに折りたたみの傘を入れていた。
 もっともみずきは既に女の子になっていたのだから、いくら水をかぶってもさらに変身などしない。
 とは言えど雨にぬれたことが原因の大きなトラブルも二度。
 一度目はこの変身体質の遠因となる肺炎になった時。
 二度目は精神まで少女になったあの時。
 それもあって傘は忘れない。と言うか手荷物の中には快晴でも必ず入れてある。
 「三度目」で二度と男に戻れない体にでもなったらたまらない…まさかとは思っていても頭をよぎり、さすがのドジ娘も傘を忘れたことはない。
「どうせなら明日降ればいいのにね」
「体育? 走り高跳びだったっけ?」
 襲撃に果敢に立ち向かったり、姫子を奪い返すために戦ったこともある七瀬だが、実は体育は苦手なのである。
 壊滅的なのは水泳でまったく泳げない。
 それ以外でもやはりちょっと体が重い。
 走り高跳びともなるとまず成功の確率は低い。それでこの後ろ向きな発言である。
「それよりみずき。ロッカーちゃんと使ってる?」
「露骨に話をそらしたな。まぁいいか。使ってるぜ」
 事の起こりは七月の痴漢騒動のとき。
 校内にまで痴漢が入り込んだのがきっかけで下着泥棒の危険性を認識。
 そのため鍵つきのロッカーが更衣室と(一応は男女ともに)各教室に導入された。
 トラブルは一学期中だったが二学期になって導入決定。
 しかし数を揃えるために時間が掛かり二月になってやっと使用開始となった。
 ちなみにその鍵だが個人個人の管理ではなく、暗証番号によるものである。
 別にコンピューター管理と言うわけではない。
 閉じる時に表示されていた番号が暗証。つまり荷物を入れた人間がそのつど番号を変えることも可能。
 例えば「1234」で閉じてからでたらめにすれば「1234」以外では開かない。
 開いてさえいれば別の番号を暗証にできる。
 まぁほとんどは単純に自分の誕生日にしていたのであるが。みずきや七瀬も例外ではない。
「あんた最初の内は暗証ど忘れしてたもんね」
「う…うるせーな」
 仲のよい二人の登校風景である。

 無限塾。半ば惰性で登校を続ける綾那。
 いささか手垢にまみれた表現だが、綾那の表情もこの天候同様に曇っていた。
 バレンタインから笑顔を見せたことがない。上条とも口を利いてない状態だ。
 ケンカ? それ以前だ。二人は恋人でもなんでもなかった。
 そう認識したらとても笑顔を見せられる気分ではなくなっていた。
 やかましいほどに言葉を紡いでいた口も、閉じていることが随分と多くなった。

「重症だな。あれは」
 綾那のあまりのダークさにさすがの真理も気にかけずにいられない。
「赤星の時ほど特殊じゃないが、打てる手も出尽くしてんだよなぁ」
 この頃になるとさすがにあまりに優等生じみた振る舞いはしなくなっていた。口調も例外ではない。
「手を打つも何も、上条の馬鹿が綾那を受け入れりゃすむこったろ」
 いらつくように真理が言う。それに対してクールな返答の榊原。
「それがアイツの本心ならな」
「う……」
 同情で「好き」なんていわれたら余計に惨め。女のプライドが傷つく。
 それは理解できるだけに真理も返答に詰まる。

 一方の上条も綾那に頬を打たれてからあの明るさが影を潜めていた。
「やはり…綾那さんのことを憎からず思っているのでしょうか。それゆえにあのように沈み込んで」
 友達二人が気まずいのは姫子にとって耐え難い。
「それならばまだ見込みがあるでござろうな。されど姫。こればかりは本人同士の問題でござる。拙者たちには見守るしか出来ないでござるよ」
「辛いですわね…」

 悪漢高校。普通の学校なら一時間目あたりの時刻。
「おい。最近の俺たちは少したるんでないか?」
 秋本が切り出した。
「いきなりだな。何かあったのか?」
「べ…別に。な…何もねえ」
 まさか子犬に優しくしているところを見られたのが恥ずかしくて、虚勢を張るがごとく切り出したとは言えない。
「うむ。馴れ合いはいかんな。確かに」
「総番。そろそろ久しぶりに無限塾に殴りこみに行きますか?」
 まるで自分でまとめたかのように提案する冬野。
 他の三人はじろりとにらむが、総番は一つ考え込む。そして
「いいだろう。止める理由もない。だが…オレも行くぞ」
「ええええっ?」
 これにはたまげた。まさかこんな思い付きの襲撃に総番が付き合うとは。
「そんなに驚くことか? お前らと一緒だ。最近はちとぬるくなっていたからな。自分に渇を入れる。そのためだ」

 同じ頃。無限塾。
 2年2組が体育をしていたのだがその最中に気分が悪くなったと教師が訴えた。
「大丈夫ですか? 高橋先生」
 フェミニストと言うわけではないが優しく解放する坂本。
 千鶴の目がつりあがりかかるが、相手が教師だしなにやら体調不良の様子。坂本の優しさと解釈してここはこらえた。
「あ…ありがとう。坂本君。大丈夫だから」
 辛うじて自力で立ち上がる。
(最近なんだか気分が悪いのよね。遅れているのかまだ来ないし…あれ? もしかして)
 一つの可能性に思い当たった。
 結局は休み休みの指導となった。

 中尾恵は父親の変貌に苦悩していた。
 もちろんそれは(恵は知らないが)斑が本物の中尾勝に取って代わった日から感じていた違和感だが、ここ最近は異様なほどである。
 感情が爆発して思っていたことをそのままぶつけてしまったほどである。
(真理さんと相談したいな。でも今日はあたし自身にとってもいきなりな気がするし)
 授業にも身が入らない。

(問題はどーやってあの野郎に喋らせるかだよなぁ)
 こちらも授業そっちのけで考えていた真理である。
(誰かを傍においてそいつにも証人になってもらうとしても危険だし、あるいはこっちが二人がかりじゃ向こうも警戒しそうだしな)
 黒板に目を向けると英語教師のミッキー・ナラハシが熱弁をふるっていた。
 ダイナマイトボディだが戦闘にはむかなそうだ。
(塾長か藤宮先生なら自分の身は守れるだろうから危険はなさそうだが…どっちかと言うとアタイの方が守られそうだな)
 この二人の力量は素直に認めている真理である。
(カズ…いや。やっぱりやばい。それにそれこそアタイを庇いそうだし…)

「死ね。村上真理」
「危ない。真理」
 斑の攻撃から身を挺して真理を守る榊原。瀕死の重傷に。
「バカヤロウ。どうしてこんなマネを」
「ふっ。お前が好きだからに決まっているだろう」
 刃を光らせてキザに笑う。

(な…なにを考えてんだ? アタイは)
 妄想で頬が熱くなる。それで思わずパタパタと手を振っていたら、当然だが見つかる。
「Miss村上。暖房暑いですか?」
 子供のようにつぶらな瞳で覗き込む。
「ち…違います。違います」
 まだ怒鳴りつけられた方が気楽だったが、この人物はそんなことのできる人ではない。
「そうですか。それならいいんですけど。お熱でしたら言ってくださいね」
「はーい」
 返事はいいがまた自分の考えに没入する。
(いっそ放送室でなら二人だけで油断して…他には聞かれないと思ってな。だがマイクの前で自白するはずはないか。いや。これを使えばスイッチの入ってない状態でも…)
 彼女は右手のガンズン・ローゼスを見る。

 いつになるかわからない解析を待っているほど上条繁も暇ではない。そして科警研も他の仕事があるのだ。
 その上に盗聴などと同様に裁判所に提出できない指紋採取の仕方。
 どうしてもそんな照合では後回しになる。
 だから彼は捜査活動のほうをしていた。

 そして夕方。憶測の段階で仲間内にも秘密なため連絡をしてもらうのも控えていた。
 だからその足で別件のついでに科警研に立ち寄った。
「どうだった」
「ジョーさん…」
 担当してくれた技師は一枚の封筒を差し出す。中身を見る上条繁。
「!」
「ええ。一致しました。同一人物です」

 夜。中尾は物理のテストの採点をしているうちに遅くなった。
 帰宅のために駅へと歩く際にとうとう降ってきた。
 土砂降りと言うレベルの大雨に。
 悪いことにコンビニからも遠く、ビニール傘を買いに出向いたらそのためにずぶぬれと言う間抜けな事態になりそうだ。
 そして避難したのがスナックの軒先。
(たまには酒と言うのもいいか)
 そう思って彼はスナックの扉を開く。

 ジャズの流れるなかなか渋い店だった。
「水割りを頼む」
 カウンターに陣取るとオーダー。
「かしこまりました」とウエイターは注文を聞くと、頼まれたものを作りに掛かる。
「お待たせいたしました」
 程なくして水割りが出される。
 中尾は舌の上で酒を転がすように味わった。

 アルコールの濃度としては大したことはない。
 だが「酒を飲んだ」と言う事実が彼を酔わせたのかもしれない。
 ふと「最近の楽しかったこと」を思い出していた。
 そう。あの「殺人」である。
(しかしあの大男。見掛け倒しもいいとこだったな。大口叩いていたわりに)
 「情けない姿」を思い出してついニヤニヤしてしまう。
「なにか?」
 グラスを磨く手を止めて怪訝な表情のバーテンが尋ねる。
「いや。なんでもない。ただの思い出し笑いだ」
 そのまま伝えるからウソはない。バーテンはグラス磨きを続ける。
(確かキャバレーの裏が専用リングとか言ってたかな? キャバレーといってもこの店に毛の生えたようなものだろう)
 口は酒を飲むためだけに動いている。
 だが心の中では饒舌になって行った。
 人は誰しも自分の得意分野ともなれば饒舌になる。
 ただそれがこの男の場合は「殺人」なのだが。

 1年2組副担任。氷室響子のもう一つの顔。むしろ本来の顔が霊能力者としてのものだ。
 彼女の日課は占い。
 専用のテーブルの上に伏せられたカードが。そしてその一枚をめくると彼女は顔色を変える。
「これは…無限塾が戦場になると言うの?」
 本来なら好ましくないが、それでもあえて「占いのやり直し」をしたが同じ暗示。
「まさか…そんなことが…でも私には出来ることはない。未来をあの子達に託さないといけないなんて…」
 彼女は軽くため息をつく。丸メガネを直して長い髪をかきあげる。
「それでも手助けくらいはしないといけないわね」
 占いに用いたカードをしまうと、彼女は別の「札」を確認し始めた。

 何気なしに斑はバーテンの動きを見ていた。
 観察と言うわけではない。本当に何の気なしである。
 洗ったグラスを丁寧に拭いて磨く。それだけだ。
(ふき取り…ガラス…指紋!)
 ふと他の客のビール瓶が目に付く。
(あの時…そう言えばどこかに手をついた…ビール瓶…いや。それを収めていたケースか?)
 面白いものでそれまでまったく気にも留めなかったものが、鮮明に思い出せる。
 パズルのピースが合うように組み合わさる。
(ふき取り…「オタク」の理解し難い行動と解釈していたが…あれだけ大事にしている…それも手袋を使ってビニール袋に入れるなんてするなら、その前にどうして汚れを綺麗に拭かなかった?)
 導かれる答えは一つ。
(やられた…初めから私の指紋が狙いか…)
 自分でも血の気が引くのがわかる。
「お客さん? 顔色が悪いようですが?」
「なんでもないっ」
 思い出し笑いをしていた男が突然青ざめりゃ声をかけたくもなる。
 それを強い口調で突っぱねる中尾。
(手段は奴の考えとしても、指紋を取るなんてのは奴の発想じゃあるまい。裏で糸を引いているのは奴の父親かっ)
 グラスを強い力で握り締める。
(なんと言う屈辱だ…こんな間抜けな失態を犯すとは…そして指紋を残すなんてミスも…めぐみのせいだ。あの娘の理由なき反抗が私の平静を奪った)
 ぎりぎりときしむコップ。ついには握り砕いてしまった。
「お…お客さん?」
「なんでもないと言っただろうっ」
 怒鳴り声に店の人間が注目する。彼はそれを無視して黒い考えをめぐらす。
(もう悠長なことは言わない。上条明も。中尾恵も殺す。そうしないと気がすまん)

 雨はますます強くなる。まるで殺人鬼を足止めしているかのようだ。

次回予告

 人が二人空から降ってくる。それが榊原の見た夢。そして無限塾へ二人の来訪者が斑を精神的に追い詰める。流転していく運命。
 Xデー到達。闘いの幕が上がる。
 次回PanicPanic第41話『流転』
 クールでないとやっていけない。ホットでないとやってられない。

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