第41話「流転」Part2   Part1に戻る

 恵が真理とともに校舎内に消えて数分後。
 悪漢高校の大部隊が無限塾を包囲した。
 これはいつものことである。「敵」を逃がさないための手段。
 裏門側にやや多めに兵を配置して、総番と四季隊は正門に陣取っていた。

「な…なんだ? これは?」
 ベテラン刑事といえど面食らうのも無理はない。
 上条繁が無限塾に到着した時は完全に取り囲まれていた。
 そしてこの「壁」のせいで中に入ることが出来ない。
「通してくれ。警察だ。道をあけてほしい」
「んだと? こらぁ」
「マッポにゃ用はねぇよ」
 不本意だが警察としての権威を示してみても、逆に反発される始末。

 そしてこういう事態では体育の授業どころではない。
 体育館にいた生徒。そして屋上にいた一年一組と二組女子の合同授業組はその場で待機。
 校舎の外で走るはずだった一年一組と二組の男子はぬかるむ校庭に集められた。
 しかし血気盛んな面々である。
 悪漢高校とにらみ合いに。

(ん? 上条の奴がいるのに風間がいねぇな)
 ここに気がつくのはさすがに宿敵の秋本。
(奴のこった。大事なお姫様を守りに、女どものところに向かったってところだろうぜ)
 確かに過去の例から行けばそう考えても無理はない。

 一般的には放送室は一階に有るケースが多い。
 機材を出し入れしたりする関係だろう。
 だが無限塾の放送室は増築した上の階にあった。
「いいだろう。放送室ならあの乱闘騒ぎの音もシャットアウトできる」
 そういう理由もあって放送室が三階に作られたと言う説があるのだが、さすがにこれは眉唾物。
 しかし妙な説得力はあった。
 とにかく中尾親子に真理を混ぜた会談は、放送室で執り行われることになった。

 一年二組の教室。
 一番最後の姫子が着替えるまでみんな待っていた。
「それで…どうしよ?」
 何しろ襲撃である。のん気に体育の準備などしていられ…るのがここの生徒。
「屋上行こうか」
「そだね」
「今日はあったかいからジャージじゃなくてもいいかもね」
 一年女子が襲撃にもすっかり慣れっこになってしまった。授業を優先すると言うのだから大した物だ。

 女子たちが消えたのを見計らってみずきが入ってきた。
「やっといなくなったか。さて。オレもさっさと」
 彼女が一人での着替えを優先したのはその下着に理由がある。
 例の窓のない男物だった。黒い生地でぱっと見には地味な女物に見えなくもない。
(ここんところ女に染まってたからな。せめてこういう見えない部分だけでも男物で)
 一見して女物に見えなくはないといえど、先日盛大に「大サービス」した前例がある。
 意地悪く「今日はどんなの穿いてるの?」と「女同士」で「セクハラ」にあってもいた。
 注目は避けたかった。だからひとりになった。
 ひとりきりなのだが周囲の女子の着替えを真似ているうちに習慣になってしまい、ジャンバースカートのままジャージの下を履く。
 それからジャンバースカートを脱ぎ、あらかじめ開けていたナンバー式ロッカーにたたんで入れる。
 ブラウス。そして下着も。
 ブラジャーも交換である。それと言うのも人並み以上に大きな胸。
 朝からスポーツブラでは窮屈でたまらないからここまでは普通のものを。
 それも外して上半身は丸裸。ひとりだからできる話。
 スポーツブラを取り出しかけたら
「みーちゃん」
「わああああっっ?」
 誰もいないはずのこの場所でいきなり声をかけられてみずきは、動転のあまり扉を閉じた上にナンバーをでたらめにまわしてしまった。
 人に見られたら弁明に苦しむ下着と言うのも影響していたかもしれない。
「(あああっ。ま…まぁいいか。どうせ暗証はオレの誕生日だし)脅かすなよ。若葉」
 声をかけてきた綾那に文句をつける。
「ごめんね。でも、みーちゃんを男と…女とかな? とにかく見込んでお話があるの」

 二人を待たせて職員室のある一階に。放送室の鍵はそこに保管されている。
 教師たちの半数は襲撃に対応すべく、そして残りは生徒の引率をかねて通常通りの授業をすべく備えていた。
 ほとんど人のいない職員室。そして鍵を取ると中尾は思わず笑みを漏らす。
(くくくく。悪漢高校の馬鹿どもには本当に贈り物でもしたいくらいだ。奴らが上条繁を足止めしてくれるから、恵を先に始末できる)
 ふと窓から外を見ると黒い学生服の集団が壁を作り、取り囲んでいる風景が見える。今度は真顔になる斑。
(そうだ。接触させてはまずい。上条繁と中尾恵は。普通なら魂を追い出して肉体を奪ったなど夢物語と一笑に伏すだろう。マリオネットの存在を知らなければな…
だが奴の息子がマリオネットマスターとして覚醒した。自分の息子がそういう能力の生き証人となればさすがに信じるだろう。
 くそっ。認めざるを得ない。一度殺されているからか奴が恐ろしい。訴訟など起こせるはずもないのだが、それでも奴とは関わりたくない。だからこれ以上のネガティブファクターは増やしたくない。
 ちょうどいい。恵が自分からここに来たのだ。また「行方不明」になってもらうか。小山ゆかりのようにな)
 あの時もこれと同じで無限塾に悪漢高校が乗り込んできた。
 乱戦の混乱を利用してターゲットであるゆかりを連れ出し、人知れず焼き殺した。
 その再現をしようと言うつもりだった。

 彼はポケットに鍵をねじ込むと、ゆっくりとした歩調で階段を上り始めた。

 一年二組の教室。みずきはロッカーのある一番後方に。
 黒板のある前方から濃紺のセーラー服姿の綾那がゆっくりと歩み寄ってくる。
「話ってなんだよ」
 物の見事に「トップレス」なのだが、本人は男の感覚。綾那からは女の子同士と言う感覚で問題視されない。
「うん。みーちゃん…女の子だよね」
「……体だだけならな……」
 認めたくなどないが、たわわに実る二つのふくらみが否定をさせない。
「でも、男の子だよね」
 どうやら綾那も二人だけになるタイミングを待っていたらしい。それがこの切り出しでわかる。
「ああ。そうだぜ」
 本当はもっと大声で肯定したいが、誰に聞かれるかわからないので小声で。
「ねえ。両方わかるなら教えて。ボクもう男の子の気持ちがわからない」
(ああ)
 みずきは納得した。
(なるほど。肉体的に文字通り中立のオレに恋愛相談だったわけね。男よりでも、女よりでもないオレに)
 綾那の独白はまだあった。
「ボクずっと上条君に好きって気持ちを伝えてきたけど、やっぱり上条君はボクのこと嫌いなのかな? 付きまとわれて迷惑だったのかな?」
「そうだなぁ。付きまとわれてちょっと困るなって気持ちもわかる。けど…好きな相手に接近したい気持ちもなんかわかる気が」
 これは八方美人な回答をしたわけではない。
 何しろみずきは一時的に心まで女になっていた。
 そしてそのときは激しい嫉妬の炎を燃やしていた。つまり「女の恋心」も少しだがわからなくはないのだ。
 だからこの発言である。
 綾那も「調子のいいことを言うな」とは言わない。
 なにしろ自分で言っている。「半分男の子。半分女の子」と。
 どちらにも味方する発言があっても不思議はないと、直感で理解していた。

 放送室に入ると互いにポジションを奪う。
 真理はマイクのある操作盤のほうに。中尾は出口を塞ぐように。
「ここなら防音設備が万全だ。誰かに聞かれたりしない(そう。君たちの悲鳴も誰にも聞こえない)」
「そういうこと。先生はそっちで喋ってりゃいいよ」
 真理はけだるそうに後ろ手で操作盤に両手をついて体を支えている。
 だがしっかりとマイクのスイッチに指先が届く位置だ。
 中尾は施錠してから振り返る。そしてそれと同時に
「むんっ。はっ」
右腕。左腕と鋭く振りぬく。それで生じた衝撃波のブーメランがマイクを根本から断ち切ってしまう。
「ああっ!?」
 真理は慌ててマイクを拾うが既に完全に断線している。
 結線すれば再利用可能だろうがそんな時間も技量もない。
「村上真理。君は学業と言うより頭そのものが悪かったらしいな」
「なんだと」
 マイクを握り締めたまま怒りの表情で振り返る。
「こんなところで何もしないで喋るわけがあるまい。そのマイクが距離を置いた声でも拾えるのは、文化祭のアクシデントで知っている。一応はここの教師だからな」
「はン。だったら何でのこのこここに来たんだよ?」
 真理は強がるが本当にそのつもりだったので焦りの表情だ。
 ウソ偽りはない。だがとっさに思いついたことがある。
(そう言えば姫を助けに出向いた時…)
 彼女は中尾に見えない角度でガンズン・ローゼスを出現させる。それをマイクの断面に通して、先端を元々マイクをすえつけてあった部分にくくりつける。
 もちろんついでにマイクのスイッチを入れるのも忘れない。

 ひどいノイズが校内のスピーカーから響き渡る。
 放送が入ったのは間違いないが入り方が異常だ。
 そのため校舎内の生徒の耳が集まることに。
 しかも悪漢高校の襲撃があったため、かなりの人数が校舎の中に退避していた。

 放送室。
 出入り口をふさいで二人の少女を追い詰めた形の中尾。否。斑。
「何のつもりかだと? 決まっているさ。ここなら音が外に漏れない。初めからマイクを破壊するつもりでいた。本当は電源コードを切断したかったが角度が悪い。まぁマイクだけでも壊せばスイッチを入れても無関係だからいいがね」
「パパ。本当にどうしたの? あの事件から人が替わってしまった」
 それが一番聞きたかった中尾恵。
「パパ…か。君のパパの魂はもう天国についているだろうね。ひょっとしたらどこかに生まれ変わっているかもしれない。守護霊と言うのは考えにくそうだ。君を守っているならこんなところに連れてこさせたりしまい。
だがね、悲しむことはない。君のパパの肉体はこうして生きているんだから」
 にぃ。そんな感じで中尾は気味の悪い笑顔を浮かべる。
「な…何を言っているのパパ? わからないよ」
 今まで隠していた邪悪な笑顔。それを自分の父親が見せた。緊張していた恵の精神をパニックに陥れるには充分だった。
「だから言っただろう。この肉体は君のパパのものだが、魂はあの世だと」
 作り笑いがいっそう不気味である。
「だったらテメーは誰なんだよ?」
 ケンカのときと同じ気迫の真理が焦れたように言う。
私か? 私の名は斑信二郎。君たちをあの世に送る者。そして今、殺しの時だ
 ついに殺人鬼が自分の正体を真理に明かした。

 一年二組。
 上半身裸の少女みずきとセーラー服姿の綾那の恋の相談。
 こちらは話に没入していて異常なノイズに気がつかなかった。
「上条の奴はさ、若葉のことをはっきり嫌いだとでも言ったのか?」
 綾那は首をゆっくりと振る。
「それじゃわからないんじゃないかな」
 綾那に希望を持たせていると言うより、若干だが「同性」の上条を庇っているように見える。
「でも…いつまでたっても名前で呼んでもくれないし、抱きしめてもくれない。上条君…ボクのことどうでもいいのかなと思うと」
「そうかな」
「どうしてそう思うの」
「どうでもよけりゃ若葉とケンカしても態度変わらないと思うよ。最近はちょっとやさぐれてる気がするし」
「それって…ボクのことが好きだから?」
「悪い。それも正直断定できない。本心はアイツから聞かないと」
 友人とは言えど決め付けることは出来ない。
「そうか。そうだよね。嫌いなんていわれてないのに…まだ諦める必要なんてないのに…あはははっ。ボクってほんとバカだ」
 段々に元気をとりもどしてきた。持ち前の明るさが戻ってきた。
「そうだよね。なんともなけりゃ変化するわけないよね。みーちゃんだって女の子になりきった時は七瀬ちゃんと坂本先輩にヤキモチやいてでしょ?」
「ば…バカ。あれは…」
 頬が赤いのは胸を晒しているからではない。
(そうなのかな…やっぱりオレって…子供の頃からずっと一緒で、まるで兄弟みたいだったけど…兄妹がキスするわけないし…)
 ここに来て今度はみずきが自分の心と向き合う羽目に。だがそれはスピーカーからの声で中断を余儀なくされた。

「斑だと…たしかそれはカオスが事故で死なせた犯罪者の名前!」
 真理の甲高い声が放送室に響く。メーターの針が振れる。そう。その声はマイクが拾っている。
 そしてガンズン・ローゼスを中継してちゃんと処理され全校のスピーカーから。
 だが破壊したと思っている斑は得意げに喋る。もともと殺す相手に対して芝居のように語る癖がある。
 この場は失態続きでストレスがたまっていたからか「追い詰めた」状況でますます気持ちよさそうに喋っていた。
「入れ替わったんだよ。私はこうして入れ替わりを続けてきた。戦後…戦時中からか。そうして何人もの人間と入れ替わりこうして生きてきた」
「それと一緒に何人もの人間を殺したと言うことか」
「おつむの割りに察しがいいね。その通りだよ。入れ替わっただけでももう何人目か覚えていない。
手にかけた人間とあわせたら三桁にはなるだろうね」
「そ…そんな…パパが…殺人者に」
 中学生の少女には衝撃的過ぎる告白。恵は膝を床につく。
「すると…ゆかりを殺したのも…」
 斑を追う直接の動機は友の無念を晴らすため。
「そうとも。私の仕業さ」
 楽しかったことを語る表情で殺人の告白をするニセ教師。
 ぎりりと歯噛みする真理。美しい顔立ちが怒りで歪み、白い肌が上気する。
「テメエが…なんてこった…アタイはゆかりの仇と毎日顔をあわせていたと言うのか…」
 拳も震える。その様子を見て満足そうな斑。
「ふふふ。知ったところで誰に伝えることも出来ない。君たちはここで跡形もなく消される。この密室では悲鳴一つ外には聞こえない」
「そうかな?」
 真理は「壊れたマイク」を口元に持っていく。
「はったりはよせ。『もしや繋がっているのか』と疑心暗鬼にさせて隙を突く作戦だろうが」
 真理はその言葉を無視して大きく息を吸い込む。そして
「みんな! 聞こえるか。ゆかりを殺したのはカオスだっ。この放送室にいる!!」
ほとんど絶叫だった。

「え?」
 ほとんどの人間の反応はそうだった。
 いくら陰鬱な人間でも、いきなり殺人犯と言われても現実として受け入れるには唐突すぎた。
 しかし上条は別だった。何しろ父が疑っていたのだ。つまり順応する下地はあった。
 彼は制止も振り切り校舎へと駆けて行く。

 放送室。文字通り一笑する斑。彼には真理の行為が滑稽に見えた。
「ふははは。無駄だ無駄だ。そんなこけおどしッ」
「ふーん。これ、なーんだ」
 嘲笑する斑に真理はガンズン・ローゼスを見せた。そしてそれがつなげていたのも。
「それは…マリオネット?」
 笑みが消えた殺人鬼。
「アタイのマリオネット。ガンズン・ローゼス。能力は触れた相手の心を読むこと。
ずっとそれだけと思っていたが電気も通せるらしい。電線や電話線にも介入できたようで。マイクをつなげるくらいは朝飯前。
あんたに直接触れれば手っ取り早いが、それだと誰から伝える前に殺されかねない。だからこのチャンスを待っていたっ」
「ま…まさか?」
「そ。今の会話は筒抜け。壊れたと思って調子に乗って喋ってくれるから誘導の手間が省けたよ」
 蒼くなる斑。今度は彼が歯噛みする番だ。
「さぁどうする? アタイたちを消しても証人は全校生徒に教師。ヘタしたら悪漢高校の連中にも聞こえていたな。これ全員を消して回るか?」
 挑発気味に喋る真理。不謹慎だが溜飲を下げる思いだった。
 それほどこのミスは斑に取って痛恨だった。そんな表情をしていたのだ。

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