第42話「恋慕」Part2   Part1へ戻る

 冬から春へ。そんな暦の頃。しかしまるで熱風が吹くかのような様子であった。
「一番の目的は七瀬たちを守ること。だが、だがよ…村上や上条じゃないがゆかりの仇もとりたい」
 昂ぶる精神を落ち着けるためか、ゆっくりとした口調で喋る瑞樹。もちろん構えたままだ。
「とってどうする? 死んだものは生き返らないぞ」
 こちらは心理戦か? 薄ら笑いを浮かべて揶揄する斑。
「確かに…な。だがこの先ゆかりのような犠牲を出さないためにも、あんたをぶちのめすことには意味がある」
 じわじわと右へと動く瑞樹。今までの攻撃から判断して斑は右利き。
 逆手である左側に回り込もうとしている。
 むろんすんなり回らせてはくれるはずもない。
 斑も同様に回り込む。そして回りながらやはり「おしゃべり」を続ける。
「ふん。正義という大義名分を気取らないで、素直に私を殺したいと言えばいいのだ。その方がよほど健全だ」
 饒舌なふたりだった。
 互いに正体を隠し、自分を偽ってきたのだ。そのストレスは計り知れない。それによる反動と言うところか。
 殺人鬼の牙を隠して教壇に立ち続けた斑。
 男の本性を抑えて女子として学園生活を続けてきたみずき。
 隠された素性のふたりが、太陽の下で屋上を桧舞台として対峙していた。

 上条繁の頭に、ある程度は予備知識として入っていた無限塾と悪漢高校の抗争。
 非常識だがさほど珍しい事態でもないと。だから機動隊出動の要請は躊躇していた。
 確かに取り囲んでいるもののそれだけだ。にらみ合いはしているがそれまでだ。
 この学校の場合それだけで機動隊は行き過ぎのようである。
 そもそも中尾勝に逢いにきたのも「事情聴取」と言う名目である。
 だからそこまではさすがに出来なかった。

 ぐるっと回り侵入口を探すが逃亡者。そして侵入者を逃さないためか、まさに猫一匹とて出入りできそうにない。
(困ったな……まさか威嚇射撃するわけにも行かないし)

 そのにらみ合いの中であるものの、中尾恵は安全圏に逃がされたといっていいだろう。
 今のところ彼女に危害を加える意思のあるのは斑だけ。
 そしてその斑も屋上で現在は瑞樹と戦っていた。 
 体操服の集団。無限塾の男子生徒が話を聞いてくれないとなったら、今度はあろうことか悪漢高校の面々に陳情する。
「お願いです。中で女の人が殺人鬼と戦っているんです。助けてあげてください」
 知らぬから出来た大胆な直訴。
 泣く子も黙る不良学校。そしてそれを束ねる総番相手に直訴なんて、予備知識があったら出来なかっただけろう。
 いや。したかもしれない。それだけ必死だった。
 そして必死の…本気の思いは伝わる。
「女? 殺人鬼だと」
「はい。女の人の名前は村上真理さん。背の高い金髪の女の人です」
「ああ…あいつか…」
 苦笑する総番。
 なにしろ真理は目立つ。そして学園抗争でも全面に立つこともある。いやでも覚える。
「それで殺人鬼とやらの特徴は?」
 この質問は当然ではあるが酷だった。口をつぐむ恵。
「どうした? 知っているんだろう」
「……殺人鬼は…私の父です」
 この答えを言わねばならないのだから。

 瑞樹と斑。潜り抜けてきた修羅場は段違いだった。
 なにしろ斑の場合、第二次世界大戦がこの能力に目覚めたきっかけだ。
 後はほとんどは有利な局面といえど、人を殺すことをなんとも思わなくなってしまった精神は戦闘においては大きい。
 一方の瑞樹。喧嘩っ早くて無限塾でも少女の姿のまま戦ってきたが、当然のごとく人を殺めたことなどない。
 斑の魂をどす黒いと表現するなら、瑞樹の魂は純白だった。
 しかし命のやり取りにおいてはいささか不利な要素。

 ひとつ有利な点としては服装。
 瑞樹は体育に備えて体操着だった。当たり前だが動きやすい。
 男に戻ったため戦闘時には邪魔だった豊かな胸元もまったいら。
 ただし切り裂かれたために上半身の着衣を脱ぎ捨ててしまった。
 上半身裸でコンクリートの屋上で戦う。ちょっと転がっただけでも傷だらけは間違いなかった。

 対して斑はスーツ姿。体操着に比べたら動きにくいのは確か。
 瑞樹と逆で少々の転倒等では傷など着くまいが。
 そしてもうひとつ言うならば時期にしては異様な暖かさ。
 ちょうど体操着くらいなら激しい運動にいいくらいだが、スーツ姿では暑くてたまらないと言うのも無視は出来ない。

 くわえてここには天井がない。
 以前の闘いで瑞樹を苦しめた天井で軌道を変える技が使えない確率は高い。
 断定できないのは「マリオネット」に一般常識が通用しないのを、七瀬他の面々によって知らされていたからだ。
(だが怯えていたら何も出来ない。オレが七瀬たちを守るんだ)
 瑞樹は走る。殺人鬼に向かって。
 その斑はサッカーボールを蹴るように脚を振る。
「スパークカッター グライディン」
 衝撃波が低空飛行で瑞樹を襲う。
「はっ」
 脚の動きでこの攻撃を読んでいた瑞樹はわざわざ立ち止まって、その衝撃波を受け流した。
 そして立て続けに飛ばされていた胸元目掛けての衝撃波を簡単に捌いた。
「ちっ。飛んだところを撃ち落してやるはずだったが」
 だから瑞樹はジャンプしての回避はしなかったのだ。
 単純にガードでも凌げたがそれだと動きが僅かだが遅れて、上段のスパークカッターエアスラッシュはガードが間に合わなかっただろう。
「今度はどうかな?」
 けん制なのかあえてまた低空飛行のグライディン。
 それをなんと瑞樹は逆立ちしてかわした。
 正確には「メテオストライク」の途中の逆立ちの「無敵状態」でかわしつつ攻撃へ移行。
「メテオストライク」
 低空飛行の身をねじりながらのドロップキック。
 斑は既にグライディンを出していたため、次の「溜め」が出来てない。
 そのために物の見事に命中した。
 そして身をねじっていたため、インパクトの瞬間にコルク抜きのように力が何倍も作用してダメージを与えた。
 一番大きな的である腹にねじ込むように決まる。
「ぐふっ」
 さすがの修羅もうめき声を上げるほどである。思わずあとずさる。そしてそれを見逃す瑞樹ではない。
 女の子のときは筋力が足りず「溜め」が必要だったが、男では充分な筋力がある。
 つまり溜めなくてもすぐさま次の技に移れるのだ。
 斑がのけぞる間に再び逆立ち。そしてあごを目掛けて思い切り蹴り上げる。
「コロナフレア」
「ぐあっ」
 天に向かって足を向けているわけだが「バチ」は当たらず。
 どうやら神もこれを「成敗」とみなしたようだ。
 またメテオストライクのヒットで斑が腹から折れるような体勢だった。
 つまりあごが下がっていたため瑞樹に近い距離となり、狙いもつけやすかったようだ。

 しかし攻撃は当たったものの上に跳んでしまったため「連続技」はここまで。
 斑は追撃を逃れるため間合いを離す。瑞樹も跳んでしまった為に体勢を立て直すべく同様に間合いを取る。
 そして荒い呼吸で酸素を取り込む瑞樹。
 いくら若いといえどこれだけの運動量である。それなりに息も切れる。
 肉体では中年になる斑ではなおさら。こちらも荒い呼吸だ。
 だが中尾勝の実年齢は33歳。スポーツ選手ならピークは過ぎていたが、脂の乗ったと表現される頃合。
 逆に瑞樹は若すぎて体がまだ出来てないとも言えた。
 ともに「闘いを愉しむ」なんて余裕はなく。
 ただ餓えた野獣のようなぎらついた視線を相手に向けるだけだった。

 悪漢高校の面々は「戦争」を経験している。
 国家同士のそれではないものの組織と組織の闘いは経験し、修羅場をくぐってきた自負はあった。
 そんな彼らでも「殺人鬼」などと言う存在は現実味に欠けていた。
 つまり恵の話を「眉唾物」として扱っていた。
「おい。どうしてお前の親父が殺人鬼だってわかったんだ?」
 確証を得るためと言うより、若干揶揄の入る冬野の問い。
「父が…あの『マダラ』という男が自分から口にしました。父の魂を追い出して体を乗っ取ったと」
 恵はあくまで真剣である。それに対して話す内容があまりにも突拍子もない。
 からかっているとは考えにくい。いくら命知らずでなおかつ自分たちの素性を知らないとしても、これだけの大軍勢相手にそんなウソなどつけるはずがない。
 そうなると「頭がどうにかしている」と言う結論に行きつく。
 追っ払いたいところだが総番・大河原慎が非戦闘員に腕力を振るうのをよしとしないので、言葉でやることにした春日。
「小娘。その殺人鬼が変装してお前の親父に成りすましたならともかく、魂を入れ替えただと? そんなばかげた話を」
「オレは信じてやってもいいぜ」
 横から口を突っ込んだのは秋本だった。
 血生臭い闘いにしか興味のないはずの戦闘狂。その意外な言葉に思わず春日も目を丸くする。
「なんだ? お前も酔狂の仲間入りか」
「てめーらも見ただろうが。あのプリンスの配下のラッキーセブン。そのリーダーのミドラーと言う野郎の『変身』を。種類は違うがあれと同様の力なら合点はいく」
 これを例に出されて一気に話は信憑性を帯びてくる。四季隊全員が「狼男」を見ているのだ。
「そういえば真理と言う女もなにやら不思議な動きをしとったのう。ロボットを素手で感電させとったが…もしやアイツもその同類か?」
「は…はい。私にはぜんぜん見えなかったんですけど『マダラ』相手に真理さんはなにか見せていたようでした」
 辻褄は合う。
「信じるに足りる話と言うことか?」
 総番が四人に尋ねる。
 確かに辻褄は合うのだが、推測の域を出ない。
 小娘の妄言を信じて動いてみれば何もなかったでは笑い物もいいところである。
 それが彼らをとどまらせていた。
「おもしれえじゃねぇか」
 これまた秋本が切り出す。ただし目つきが『戦闘狂』のそれになりつつある。
「本物の『人殺し』か。そんな野郎相手にできるなんて、ありがたすぎて罰が当たりそうだぜ」
 喉の奥から笑いが漏れる。この男は本心から殺人鬼相手のバトルを望んでいる。
 そして……自分たちの理解できるところに話が来た。
「つまりは現状維持か」
「そうじゃな。怪しい奴は逃がさないと言う点では今と変わらん」
「それなら何も考える必要はない」
「そ…そんな」
 慌てたのは恵である。助けを求めたのに。
「娘。お前の話しにウソはないようだ。しかしイタズラに飛び込むのは混乱を招き、その殺人鬼の思う壺だ」
 理解はできる。しかしジレンマを禁じえない恵だった。

 戦闘エリアである無限塾に近づく赤星秀樹は、一度立ち止まると物陰で素早く「戦闘服」であるビッグワンの姿へと変わる。
 だがまだ派手なパフォーマンスはしない。
 これがただの学園抗争ならば、派手にでしゃばって両軍の気を削ぐところである。
 だが電話をよこした藤宮の言葉にあった「父親が殺人鬼と主張する娘がいる」と言う言葉が、彼に違う行動を取らせていた。
 長年の経験から来る勘がそういう行動をさせていた。

「取り囲んでいるだけか。いつもどおりだな」
 2−2の教室。入来蛮が窓の外を見て分析する。
 確かにこれは悪漢高校の常套手段だった。
「なら落ち着いた行動をしないといけないな」
 坂本はその人望からクラスでもリーダー的ポジションにいた。その彼の判断である。
「まったく。あの下郎たちはいつもいつも」
 時代ががった「下郎」と言う言葉遣いの千鶴。平穏な授業の時間を邪魔されて憤慨していた。
「落ち着くんだ。橘くん」
 千鶴の切れやすさは骨身にしみしている坂本である。
 だから彼女を落ち着かせるべく両手で彼女の手を包むように握る。そしてまっすぐに目を見据える。
 だが真正面から愛しい男に見据えられ、そして手まで握られた千鶴の思考は一気にピンク色に。
「は…はい。坂本君の言うとおりですわ」
 白い肌をピンクに染め、瞳はどこかあさっての方向に。
 十中八九、頭の中はバラの花園。坂本が手を握ってなければスキップでもしかねない表情だ。
(悪漢高校のみなさん。ありがとぉぉぉぉぉ)
 どうやら「下郎」から「キューピッド」にはやがわりしたらしい。

 塾長室で腕を組み目を閉じて微動だにしない塾長。
 彼はどこまで把握しているのか?

 そして再び屋上。
 恐怖に足が竦み逃げることも出来ない女子生徒たち。
 再確認するならば逃げ道自体が斑にふさがれている。
 もう片方の出入り口は閉鎖中。
 真理が女子生徒たちを一人ずつガンズンローゼスで吊り上げて逃がす手もあるにはあったが、あまりにも非効率的である。
 さすかの怪力娘とて一人ずつが精一杯。
 まだそれだけなら決行していたが、その作業中を狙われてはたまらない。
 ましてやこの少女たちはパニック寸前。とてもではないがスムーズな脱出は期待できない。
 だから瑞樹に任せざるを得ないのである。

 逃げられない事情のひとつに綾那の存在があった。
 損傷自体は完全に復元したのだが、いくらか血を流している。
 そしてダメージ自体もあり非常に衰弱した状態と言うことだ。
 故に動かせなかった。
 いつもだとマドンナで大気中の生体エネルギーをかき集めて対象の体力回復になるのだが、よりによってその能力を持つ綾那本人がリタイアしていた。

 だがその彼女の指が動いた。そしてかすかなうめき声も。
 しかしそれは彼女を抱きかかえる七瀬でさえ、戦闘の緊張感で聞き取れやしなかったが。

 ある意味では上条の方がもっと深刻だった。
 超加速状態の代償で体力を限界までしぼりつくして、そのため綾那同様に衰弱している状態である。
 その上、彼には戦闘のダメージもある。
 いまだ深い眠りから醒める様子がない。

 当事者同士は…
(この野郎…しぶとい。闘い慣れしていてやがる。しかしそれなら押して押して押し捲るだけだ。時間を稼げば若葉も回復するかもしれない。そうすりゃ七瀬たちも逃げられる)
 綾那の回復は当てにするが、気絶中の上条はともかく十郎太や榊原の手助けを考えないあたり少し頭に血が上っている。
「オレが」と言う思いが強すぎた。

 一方の斑は…
(くっ。以前に戦ったときは暗闇だったせいか、それとも『初顔合わせ』だったからかここまでは攻め込んでこれなかった気が。
くそ。これだけ時間をかけているのに悪漢高校の奴らはまだ攻め込んでこないのか? あの戦闘バカどもならひとりくらい私のめがねにかないそうな『新しい肉体』の持ち主もいそうなものだがな)
 斑はいらついていた。それを自覚した時にふと思い立ったことがあった。
(いかんいかん。どうもいらいらしている。こんなときはやはり殺しだ)
 その真っ最中であるのにこの思考である。そしてくるりと瑞樹に背を向けた。
「何のマネだっ? 逃げる気か」
 殺人鬼を野放しになるし、ゆかりの仇も討ちもらすが逃げて欲しいというのも瑞樹の本音だった。
 そうすればとりあえずは七瀬たちは助かる。
 この怒声はその甘さを自分自身で叱責と言うところか。
 怒声を向けられた斑はいつもの授業のようにクールに、いや。若干の笑みを含んで答える。
「逃げる? 違うね。だが少々精神を落ち着かせてもらうがね」
「なに?」
 瑞樹の背中に悪寒が走る。この変態野郎。こいつの精神安定法ってもしや…
 考えているうちに斑はずんずんと少女たちのほうに歩みを進める。
「止まりなさい」
 けん制のため姫子が弓を番える。薄笑いの斑。
「止めたいのならちゃんとした矢を使ったらどうだ?」
 いつもの先端がゴムの刺さらない矢である。そんなものを使わないで殺す気で来いといっている。
「くっ」
 近寄らせまいと姫子は矢を立て続けに放った。
「百花繚乱」
 しかしそれはことごとく捌かれた。
「道場拳法ならぬ道場弓道とでも言うところか。手を汚すことを躊躇ってどうする。甘いな。そのざまじゃ生き延びられそうにない。それならお前から死ぬか? 北条姫子」
 殺人鬼の本性むき出しで迫る。だがもっとも近いのは綾那を抱きかかえている七瀬が前に。
「いや。及川が先かな」
 わざとらしい声高の「ひとり言」だが七瀬は怯えて動けない。
 右腕を折りたたんだゴーストフェイスキラーの準備動作が恐怖を倍増させていた。
 例えて言うなら抜き身の刀をちらつかされている感じである。
 いささか手垢のついた表現だが「ヘビににらまれたカエル」のように動けなかった。
 そして
「逃げろ。七瀬ーっっっ」
 愛する少女の命の危機。こちらは言うなれば「飛んで火にいる夏の虫」。
 斑に対する攻撃と言うかけん制でハイジャンプで飛び込んできた。
 にぃ。おぞましい笑みを浮かべる殺人鬼。そしてそのまま体を反転させる。
 総ては罠だったのだ。

(危ないッ! 瑞樹)
 そう叫びたかったのに恐怖で声が出ない。

 七瀬の瞳に映ったもの。
 それは幽鬼の顔をした殺人者の右腕が、瑞樹の体を穿ったところだった。


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