第42話「恋慕」Part3   Part2へ戻る

 白昼夢。それも悪夢である。
 少女を救うために少年は正体を明かした。
 それはもはやこの学校にいられない……一緒に学園生活を送れないことを意味していた。
 本来は男でありながら、男は入っちゃいけないところまで踏み込んでいたのだ。
 「騙されていた」クラスメイトたちは許さないだろう。
 だがそれだけならよかった。

 今、目の前で命が奪われた。騙していた償いと言うには、あまりに重過ぎる「罰」だった。

「くくくく。たしか『お前が好きだ』とか言ってたよな。及川」
 本当に愉しそうに表情を崩す斑。
 辛気臭い物理教師の鉄面皮がウソのようだ。もっとも実際に仮面だったわけであるが。
「愛のために死ねたんだ。さぞかし満ち足りた人生だったろう」

 死んだ? 瑞樹が死んだ?

「だがこの斑信二郎に言わせれば何の意味もない。死んでしまえば何の意味もない。精精が自己満足に過ぎない」

 瑞樹? 死んじゃったの?

「言っちまえば犬死だな」
 確かに説得力はある。
 腹を刺された瑞樹。その箇所から赤い血が流れている。
 それゆえか顔色がひどく青ざめ、この元気者がびくりとも動けない。

 だが、死に至る出血量ではない。
 腹部を襲う激痛に気を失っているのだ。

 悪魔は用心深い。
「さて。いつもなら君(七瀬)の前にでも死体を投げつけ、若い娘の嘆き悲しむ姿を楽しむ所だが、なにしろこの赤星瑞樹。
 ただの女と思っていたら実は男だというとんでもない奴だった。
 上条明のようにマリオネットに覚醒した例もある。生死の境をさまよったあげくにこいつまでマリオネットマスターにならないとも限らない。
そして他にもかくし芸があるとかなわん。まして及川にゃ治癒能力もあるらしい。ここは無難にとどめを刺した方がよさそうだ」
 ゴーストフェイスキラーは空いている左腕をわざとらしく掲げる。
 その親指の付け根から「導火線」が「生えて来る」。
「こいつをこの小僧にくくりつけてスイッチを入れればそれで火葬にできる」
 本来ならGFKが右手で千切ってそのままくくりつけるのだろう。
 だがこういうケースも想定していたのか、右は瑞樹を串刺しにしたまま左手だけで導火線を瑞樹の首筋にくくりつけた。
「ゴーストフェイスキラーの起こす炎はターゲットだけを燃やす。例えこうして密着していても私はやけどひとつ負わない」
 つまりこれで一旦離すと言う希望はなくなった。
 斑も絶望の表情を見たいがために芝居じみて解説している。
 事実、助けに来た瑞樹が目の前で「殺されて」少女たちの恐怖はピークだった。
「ふふふ。恐ろしいか? だがこれが数分後にお前たちの辿る運命だ」
 よく見えるように瑞樹の体を高々と上げさせる。そして斑はいつものように指を鳴らす体勢になる。
「今、殺しの時だ」

 結果から言うと瑞樹は炎上しなかった。
 それと言うのも精神的なスイッチである指鳴らしが邪魔されたのだ。
 白いボールが斑の右手に命中して怯んだ。その瞬間に真理がガンズン・ローゼスで瑞樹の体を奪い返した。
 今は七瀬の前に青白い顔で横たわる瑞樹。

 痺れるのか手を押さえてうずくまる斑。さながら死球の直後の打者のようだ。
「くっ…ボールだと? 野球部のがこんなところまで…いや。放課後ではない。部活の時間じゃないし、悪漢の襲撃があるのに練習などするはずが…くそっ。どこのどいつがっ?」
 斑は辺りを見回した。そしてもうひとりの遺恨の相手を見つけた。
 その怪人物は屋上への出入り口の上にたたずんでいた。
 野球のユニフォーム。マント。野球帽の下の顔は仮面とマフラーでうかがい知れない。
「私は、地獄から来た愛の使者。野球忍者。ビッグ・ワン」
 まさしく怪人。だが心強い味方だった。
 しかしその口上には冷静さが欠けているように感じられた。
 それも当然。息子を目の前で串刺しにされて、ここまで取り乱さないほうが驚異的な精神力だ。

 七瀬が抱えていた綾那を姫子が引き受けた。
「さぁ。早く」
 しかし七瀬は茫然自失している。あまりの出来事に現実と認識できない。
「み…ず…き…」
 愛しい少年の名をつぶやくだけ。表情の抜け落ちた顔は美しくすらあった。
「しっかりしろっ」
 その青白い頬を小気味よいほどの音で真理は叩いた。
 叩かれるそのままに七瀬は倒れこむ。
「アンタが治さないでどうすんだよ。できるのはあんただけだろ」
「今のうちですわ。野球忍者さんがひきつけてくださってます今が。この時間を無駄にしないでください」
 頬をうたれ、二人に叱咤されてやっと七瀬は現実に戻ってきた。
「瑞樹…瑞樹…しっかりしてっ」
 斑の恐怖に麻痺していた感覚が消えた。
 だが認識したそれは気を失いそうなほど悲惨な現実だった。

 対峙する怪人と殺人鬼。
「ビッグワン……貴様にも礼をしたいと思っていたところだ。そうだ。ちょうどいい。貴様の肉体なら新しい私の体にふさわしい。もらうぞ」
「ふっ。貴様如き下衆に私の肉体はもったいない。いや、誰の体であろうと貴様の下衆な魂にはもったいない入れ物だ。
 事情はまだ飲み込めていないがひとつだけいえる。貴様より外道はこの世にいないとな」
「ほざけ。ちょうどいい。貴様は仮面をしている。ならばこのまま貴様の肉体をいただき、家族でも始末すれば正体を知るものは少なくてすむ」
 喋りながら斑は右手を振る。衝撃波がビッグワンを襲う。
「はっ」
 それを捌かずマントでガードする野球忍者。
 その硬直を見逃す斑ではない。あっという間に接近してそのほほを殴りつける。
「ぐはあっ」
 いつもと違い無様に倒れ伏すビッグワン。それを憎悪むき出しで見下ろす斑。

「おい。正義クラブ。奴が隙を見せたらみんなを誘導して逃げろ」
「な!?」
 真理の言葉に大声を出しかける久子だが、寸前で止めた。
「大体言いたいことは見当つくが、力なき物を守るのが正義だろ」
 こういわれては「逃げるのは卑怯」とはいえない。久子は頷く。
 三人は少女たちをまとめに掛かる。

「……あの夏の日。貴様に受けた屈辱は胸に深く刻まれているぞ。ただ殺すだけでは飽き足らない。貴様の肉体を奪い、人殺しに使い辱めてやる」
「ふっ。笑止。わかっているようだな。『人殺し』が恥ずべき行為と」
「減らず口を」
 だがふと引っかかった。何でコイツはこうもあっさり倒れたんだ?
 倒れればどうする? そりゃ追い討ちをかける。
 追い討ちをかけると言うことは? ビッグワンにしか目が行かない…真意に気がついた。
 マリオネットの目で背後を見る。なんと半数近くの少女が脱出に成功していたのだ。

「貴様ら!」
 逆上した斑がスパークカッターエアスラッシュを放つ。
 それにより半分の脱出は失敗に終わったが、十名近くは逃がすことに成功した。
「き…貴様…最初からこれが」
 再びビッグワンを見下ろすがその表情は歪んでいた。
 そして攻撃されていた筈のビッグワンはクールに笑う。
「当然だろう。お前などいつでも倒せる。だが、あの娘たちに危害が及んでそれは私の敗北。まずは彼女たちに逃げてもらわないとな」
 だからわざと蹲って見せた。しかしまだ十名以上が。残るひとりの七瀬に野球忍者は呼びかける。
「治癒の少女よ。傷を塞いだのなら君も逃げろ。その人数なら私がひきつけていれば逃げられるだろう」
 まるで挑発するように斑を無視して語りかける。
「まだダメです。傷はともかく衰弱して…綾那ちゃんも」
「セーラー服の少女だけならなんとか連れて行けるだろう。その少年を置いて逃げろ」
 非情な宣告。この発言に斑は興味を抱き攻撃を見送った。
「できませんっ。瑞樹を見捨てて逃げるなんてっ」
 七瀬が泣いているのは声色でわかる。
「頼むから逃げてくれ。そうでないと命を賭けて君を助けようとした、そいつの気持ちが無駄になる」
 なんとビッグワンも涙声。そして声にかぶせた仮面がはがれた。
「……叔父さま?」

 悪漢高校と自分の生徒のにらみ合いを監視していた藤宮。
 そこに少女の一団が慌てて駆け下りてきた。
「麻神。谷和原。脱出に成功したか。よくやったぞ」
 だが人数が足りない。そして佐倉みなみの姿も。
「みなみさんは若葉さんのために残りました」
「なに?」
 あの気弱な少女が。それも驚きのひとつだった。
 解放された少女たちは教師たちが保護する。だが麻神久子はそれを拒否して悪漢高校の面々の前に。
 彼女は唇をかみ締めて、大河原慎の前で土下座をした。
「お願いです。屋上のみんなを助けてください」
「……貴様らに手を貸す道理などない」
 土下座に感服した反面、安易な他人任せにも見えてのこの発言。
 だが久子もプライドを捨てただけのものはある。屋上での出来事を総て話した。
 その中には瑞樹の正体も含まれていた。

 憎悪をむき出しの斑と、何とか時間を稼ぎたいビッグワンの激闘の最中。
「う…うん…」
 いまだ青白い綾那の顔色。だがやっと意識をとりもどした。
「綾那さん!」「綾那ちゃん」
「みなみちゃん…」
 まだどこか焦点があってない瞳。やがてそれが定まってくる。
「……みんなごめん。ちょっと元気もらうね」
 力ないけだるい口調の綾那が言うとマドンナが出現して、みなみや残っていた少女たちから均等に生命エネルギーを譲り受ける。
 青白い頬が見る見るうちにピンク色に。
「あたたたっ」
 まだ少し痛むのか刺された部分を押さえながら半身をおこす。
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと痛いけど…あれれれっ? みーちゃんどうしてみんなの前で男の子に……顔色がめちゃくちゃ悪いよ」
「七瀬。傷は塞いだんだろ」
 真理が問いかけるが七瀬は涙を流すだけだ。
「瑞樹…息してないの。脈もないみたいなの」
 まるで眠っているかのような瑞樹。だが心臓も呼吸も止まっている。絶望が七瀬の涙を止めない。

「あの小娘が男?」
 思わず鸚鵡返しにする総番。
「ふざけんな。あの女とは四月にやりあったが確かに女だったぞ。見事なおっぱいだったしな」
 これは瑞樹たちが入学した日に襲撃した春日の言葉。
「それが…私たちもついさっきまで女の子と思っていたのですが、目の前で男の子に変身して」
 変身じゃない。元に戻ったんだと本人がいたら久子に言うだろう。
「小娘。お前のいうことはさっぱりわけがわからない。それにもう一度言うが、我々がこの学校の揉め事に首を突っ込む道理はない」
 こちらも絶望を突きつける総番の言葉。だが、その行動に悪漢高校の面々は驚愕を隠せない。
 彼は白い手袋を自分の両手にはめたのだ。まるで応援団のようなその姿。
「総番。まさか」
「赤星に」
「送るさ。エールをな」
 エール。それは悪漢高校に伝わるひとつの技。
 通常の応援ではない。声援に乗せて魂を送る。それによって受けたものは力を何倍にもしたり、絶望的な苦境を乗り越えると言う。
「ど…どうして無限塾の生徒になんざ」
 冬野の言葉はその場の総意だった。
 それに対していつになく優しい声と表情で答える大河原慎。
「学校なんざ関係ない。感動したんだよ。身を挺して少女を守ったと言うそいつに。
そして事情は知らんが一年近くも女として女の社会にもぐりこむとは。並大抵の覚悟じゃあるまい。
認めてしまったんだ。しかたないさ」
 惚れてしまったといわんばかりだ。あまりの堂々とした態度に裏切りとか責める気になれない。
「いいでしょう。総番が認めたんなら」
「ワシらもついていますぜ」
「やつは風間のだちだしな」
「さぁ。みんな。俺様に続け」
 調子のいい冬野は無視され、全軍に伝令が飛ぶ。
 不本意ではあるが総番や四季隊がその意向と言うことで従った。
 そして男たちの熱いエールが横たわる瑞樹に向けて送られた。

(ふっ。オヤジ。あんたのその甘い「教育方針」でも「漢」は育ったようだな。今日のところは脱帽して、そいつにエールを送ってやる)

 まるで地響きのような瑞樹への大声援。しかし瑞樹はびくりとも動かない。
「瑞樹……聞こえる? あんなにみんな応援してくれてるんだよ。だからお願い……目を覚まして」
 泣きながら七瀬は瑞樹の唇に唇を重ねる。そして息を吹き込む。
 瑞樹の頬が膨れ、そしてへこむ。それを何度も繰り返す。
 人工呼吸なのに、まるで口付けのように美しい。そう思うのは不謹慎か。
 そこに真理が入ってくる。思わず動作を停止する七瀬。
「アンタはそれを続けな。並行してこれもやるよ」
 七瀬が息を吹き込む中で、真理は瑞樹の胸を押し込む。心臓マッサージだ。
 その間は無防備になる面々を姫子が必死に守っている。みなみも「サジタリウス」と名づけた気の矢を番えている。

 必死に瑞樹を蘇生させようとしている中でビッグワンと斑の攻防戦が続く。
「ムーンサルトシザース」
 斑はバックジャンプしてビッグワンの立っていた場所へと飛ぶ。その壁を蹴りビッグワンの頭上に。
(どこに下りる?)
 天井があればそこにへばりつくか、天井を蹴って方向転換。
 しかしまさか青空を蹴ることは出来ない。
 マリオネットマスターではないビッグワンには見えなかったが、ゴーストフェイスキラーが斑の姿勢を制御していた。
 未だに読めない。ましてや太陽を背にして直視できない。
(読めないならばヤマカンだ)
 左足に右足を添える。右の足首が左足の膝の高さになるほどに上げる。そしてバットを構える。一本足打法と呼ばれる構えだ。
 斑が降りてきた。それはちょうどビッグワンの前。
 狙いとしては彼が頭上からの攻撃を読みきれず、前方へと走り出した場合を攻撃するつもりだった。
 ところがそこにバットスイングを重ねられた。
 初めからそこを狙っての飛翔だけに変更が出来ない。斑はしたたかにバットでの強打をアバラに食らい吹っ飛ばされる。
 このときは動くにくいスーツ姿が緩衝となり、幾分衝撃を殺した。
 飛ばされた時に地面を転がるがそれも服のおかげで傷は免れた。
 しかし体を起こすときはまとわりつくように感じた。もたつく感じ。
「タッチアップ」
 それを見逃すはずもない。ビッグワンは間髪いれずに走り出す。殺人鬼を目掛けて。
(くっ。今度はこちらが選択かっ。この技は覚えているぞ。あの時は回り込んできた。だからそれはない。上段か下段。どちらを固める?)
 迷っている暇はなかった。彼は立ったままガードを固めた。故に「ブチかまし」に耐えられた。
 攻撃失敗と見るやビッグワンはすぐさま後ろへと飛びのく。
「良くぞ見破った」
「ふん。貴様の性格からして『姑息に攻撃を避けながら』と言うのは考えにくかったのでな。スライディングの類はないと踏んだが当たったようだな」
 二人はまた互いに隙を探りあう。
 斑は瑞樹のことを忘れていた。
 ビッグワン…否。秀樹は常に気にかけていた。やはり親と言うことだろう。

 必死の蘇生作業。見守る少女たちの中から綾那が立ち上がった。そしていまだ気絶中の上条に向かって
「明君。ごめんっ」と手を合わせた。
「何が(ごめん)なの?」
 意識を失っていた間の事情を説明していたみなみが綾那に尋ねる。
「明君はただ気を失っているみたいだから後。みーちゃんは死んじゃうかもしれないもんね」
 言い終わる前に彼女のマリオネット。マドンナが再び出現。今度は悪漢高校の『エール』にこめられた『魂』をかき集める。
 そしてそれを七瀬に注ぎ込む。
 七瀬の口を通じてそれが瑞樹の体へと生命エネルギーが。
 傷の修復。人工呼吸。心臓マッサージ。そして生命エネルギー注入。
 それらが瑞樹を死の淵から呼び戻した。

「スパークカッター。エアスラッシュ」
 衝撃波を飛ばすが
「一本足打法」
 ビッグワンがそれをバットで打ち返していた。
 斑にしても「遊ぶ」余裕がなくなってきた。

「お…感じるぞ。心臓が動き出した。間にあったっ」
 真理が歓喜の声を上げる。
 そして思わず動きを止めた七瀬の唇に吐息が。
「息も…」
 彼女は小刻みな吹き込みでなく、大きく息を吸い込み瑞樹の口からそれを吹き込む。
 完全にキスにしか見えないが。そして
「う…七瀬…無事…か?」
 かすれる声で彼は尋ねる。
「え…ええ。無事よ。あなたのおかげ」
 こちらは泣いてしまってかすれる声で答える七瀬。
 涙と言うのに笑顔である。

 こう着状態に陥った両者の戦い。
(こうなったら先ほど同様にあの女どもを…)
 視線を送って斑は驚愕した。確かに殺したはずの瑞樹がよろよろとだが立ち上がっていた。
「赤星。死んだはずじゃ」
「へっ。冗談じゃねぇ。小山の仇も討てずに死ねるか。さぁ。オヤジ。子供のけんかに親が出るのはみっともないぜ。交代してくれ」
「お前…いつから私のことを」
「へへっ。死に掛けていたせいかな。オヤジがその姿で励ましてくれたのが良くわかった。ありがとな。オヤジ。そして…七瀬」
 ちょっぴり頬が赤い。
「ふっ。よかろう。覚悟があると言うなら見せてみろ。彼女たちは私が守るから存分に戦え」
 言うとビッグワン…秀樹は一足飛びに七瀬たちの前に。
 そして正体がばれた以上は視界を遮る仮面は無用。
 マスクも帽子もとり素顔になる。
「ああ。頼むぜ。親父。それから見ててくれ。オレの『男』を」

 瑞樹と斑。最終ラウンドのゴングが鳴った。

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