第43話「Long Good−By」

 杉の木の下で状況を窺っていた十郎太と榊原。二人とも学生服のまま。
 やがて見上げた屋上の金網にグレーのスーツ姿の男が叩きつけられて決着と知る。
 だが二人は気を緩めない。
「そろそろでござるか?」
「そのようだ……」
 ほぼ一年の付き合いで信憑性は高いと知った榊原の予知能力。その予知がいよいよ現実のものとなるときが来た。

 悪漢高校の面々はエールをやめた。それと言うのも誰かが金網に叩きつけられたのが見えたからだ。
「どうやらケリがついたようだな」
 総番の判断でエールは打ち切られた。

「パパ!?」
 距離はあるとは言えど明らかにスーツ姿。そして「父親」が朝着ていたものとわかる。
 それが金網に叩きつけられた。
 中身が違うはずと頭で理解しても恵には衝撃的な場面だった。

 殺人の事実はわからないまでも、何か見えない力で瑞樹の腹を貫いたのは事実の担任教師。
 その恐ろしい男が金網に逆さ磔となった。それで少女たちの呪縛が解けた。
「瑞樹」「七瀬」
 口々に救世主である二人の名を呼び駆けつける。
「赤星。大丈夫か?」
 真理が甲高いハスキーボイスで尋ねる。
「ああ。傷はない。ちょっと疲れたけどな…」
 精一杯の強がりだ。
 命のやり取りをしていたのだ。ちょっとですむはずがない。
 そんなところは「男の子」だが。
「七瀬さんは御怪我などなさってませんか?」
 この場合は姫子のおっとりとした言い回しがむしろ安堵できた。
「平気よ。心配してくれてありがとう」
「ご無事なら良いのですが…あら。綾那さんは?」
 一緒にいたはずのセーラー服の少女が見当たらない。
「決まってんだろ」
 真理が指差すほうを見ると綾那が上条に生命エネルギーを注入しているところだった。
 彼はうっすらと目を開ける。
「う……綾那!?」
「大丈夫? 明君」
 まるで母親のように優しい笑みを見せる綾那。だが跳ね起きた上条に抱きしめられて驚きの表情に変わる。
「あ…明君?」
「……よかった…君が生きてて本当によかった……」
 きつく強く抱きしめられる。まるで大事なものを逃さないようにしているかのようだ。
「うん。明君が『生きてくれ』って言ってくれたから……ボクがんばれたんだ」
 いつもは子供っぽい綾那の顔が、いつになく大人っぽく見えた。
「ありがとう…生きててくれて本当にありがとう」
 いつの間にかそこまで大きくなっていた綾那への思い。それを認識した彼はもはや邪険になどしないだろう。
 母親にしがみつく赤ん坊のようにきつく抱きしめる上条を、赤ん坊を抱く母親のように優しく抱きしめ返す綾那だった。

(くそ…なんてひどい一日だ……)
 斑信二郎は敗れた。だが、死んではいない。逆さにはりつけられた状態で心で毒づく。
(まったく……気の利かない奴らだ。半端な攻撃をしやがって…完全に気絶すれば破気のチャージが再開出来て、レストレイションでこの右手とかもひっくるめて治せるのに…
 いっそ殺してくれてもよかった。誰かの肉体を奪いに行ける。なまじ何度も死の苦痛を味わっているものだから、この程度の痛みでは気絶も出来ない肉体か)
 そんな呪いの言葉も知らず少年少女は輪になって勝利を祝いあっている。
 こちらに注目は集まっていない。ならばと彼は分身とも言うべきゴーストフェイスキラーを出現させる。
 そして瑞樹や綾那を貫いたあの技を「左手」で自分に仕掛けさせようとした。だが
(やはりダメか…自殺は出来ない。プロテクトが掛かる。こうなると飛び降りだな。金網を壊すくらいには使えるだろう)
 悪鬼は陰謀をめぐらしていた。悪あがきであった。

 落ち着いてくると別の事に考えが及ぶ。
 クラスメイトの少女たちは少年の方に向き直る。
「ねぇ。あなた本当にみずきなの?」
 彼女たちの知るみずきは豊かな胸をしていた。決してこんなまったいらな胸ではない。
「どう見ても男じゃない?」
「変身なんてありえないわ。目の錯覚じゃ」
「あ…あー…それはだなぁ…」
 瑞樹とてばれる危険性を通常の学校生活で無視していたわけではない。
 しかし一年も「女の子」で通せたもので、さすがに気が緩んでいたのも事実。
 ようするにいいわけを考えてなかった。
 助け舟を出したのは姫子。
「その件は後ほどと言うことにしませんか? 色々と後片付けもありますし」
「……そうね。まずはこの大穴をふさいじゃおっか」
 簡単に七瀬は言うが、本当に簡単に手品のように上条と斑が開けた大穴は修復された。
「あの流した血もどうにかしないといけませんね」
 水溜りのようになっている瑞樹や斑の流した血。瑞樹は慌てて姫子に注意する。
「ちょ…ちょっとまった。血液の大事さはわかるけど一度地面に流したものを体に戻されても困るよ。それにカオス…で、いいのか。血が混じっているし。下水にでも」
「そうですわね」
 さらっと言うと掃除をしたように血は消え去った。姫神が瑞樹の要望どおりに下水に運んだのだろう。
「あんたたちの不思議な力も…」
 正体不明の力に少女達は戸惑っている。
「そいつもまた追い追いな」
 真理もいいにくそうだ。ばらすことと言うより説明の方か。
「それと…いくら恐ろしい人でもさすがに逆さ磔は気の毒です。おろして差し上げましょう」
「おい。うかつに近づくな。『死んだふり』もありえるぞ」
 ケンカ三昧の日々を送ってきた真理はさすがに警戒して姫子に忠告する。
「でも右手も折れてらっしゃいますし、血もたくさん流してますわ。警察に引き渡すにしてもその前に死んでしまいそうです」
 姫子の憐れみは心を動かした。
 確かに瑞樹と七瀬。そして戦ったと言うなら上条や真理も斑に死なれては寝覚めが悪い。
 大体それではあの悪魔と同じことをしていることになる。
 それに死んでしまうと魂を他者の肉体に移すことが可能になる。もっともそれを理解していたのは真理だけだが。
 そのせいか意外にすんなり折れた。
「わかったよ。それならまずは綾那が奴の体力をある程度搾り取る。それから七瀬が怪我を治す。その後でまたさっきの上条くらいになるまで搾り取る。それで怪我が治っても動けないだろ」
「いいけど……最初にまとめて吸い取っちゃダメなの?」
 二回やる綾那としては確かに面倒である。
「それだと怪我とのダブルパンチでとどめになるだろ。でも最初に怪我を治すと暴れるだけの体力があるかもしれない。だからこの手だ。念のためアタイがガンズン・ローゼスで縛り上げておくが」
「わかりましたわ。それではとにかく降ろして差し上げましょう」
 言うなり姫子は姫神を出して斑を金網から外した。ぐったりして動かない。既に死んでいるのかとも考える。
 それは大間違いと痛感した。
 おろされたとたんにゴーストフェイスキラーが出現。「姫神」の喉を無事な左手で締め付ける。
「ううっ」
 本体である姫子にそれは反映される。苦悶の表情に。
「野郎っ」
「文字通り死んだフリか」
 気色ばむ瑞樹。上条。真理。
「おおっと。近寄るなよ。このゴーストフェイスキラー。ダメージはあるが左手一本でも小娘の首の骨くらい折れるぞ。折ったくらいじゃ及川が治すか。それならやはり燃やすか。及川。お前のマリオネットは死者を蘇えらせることはできるのか? さすがに無理だろう」
 動きを止めざるをえない面々。
「いい子だ。さて北条。君もこっちにきたまえ」
 姫子はそれを無視したが、喉に力を加えられては従うしかない。
 ついには本体が斑の手に落ちた。
 次に斑がしたことはゴーストフェイスキラーの足で金網を叩き落すことだ。

 派手な音をして金網が落ちた。さすがの悪漢高校の兵たちもそちらを見て隙を見せる。
 それを突いて上条繁は校内に突入した。もはや中尾教師との面会ではない。
 この金網が落ちたことに猛烈な嫌な予感があったからだ。
 そしてそれが的中した。
 見上げると面会に来た人物が金網のなくなった屋上の縁に、校庭を見下ろすように立っている。
 しかも左腕で少女を抱えている。
 グレーのスーツ姿から中尾を連想したが、さすがに校庭から屋上の人物の顔までは判別出来ず、囚われの少女が姫子とはわからなかった。
 だがやろうとしていることは手に取るようにわかる。無理心中だ。
「バカなことはやめろ! 中尾」
 思わず呼び捨てで叫んでいた。

 視線が総て自分に集まっている。まるで舞台俳優になった気分の斑である。
 確かに主演だ。最悪のシナリオの。姫子は強制的にその「ヒロイン」に選ばれた。
「くくくく。いいざまだな。上条刑事。貴様の執拗な捜査で精神的に追い詰められた善良な市民である高校教師は、とうとうたまりかねて発作的に生徒を連れて飛び降り。無理心中と言うわけだ」
 もちろんいくら転生可能な斑でも、ただの嫌がらせで激痛を伴うであろう飛び降り自殺などしない。
 目的は姫子の肉体である。一時しのぎで彼女の肉体に転移。
 表向きは無理心中を図った中尾だけ死亡。「奇跡的に無事だった姫子」は「帰宅」して手ごろな男の体に乗り移るつもりだ。
 たまたま姫子がそばだったからそうしたに過ぎない。別に瑞樹でも七瀬でも近寄ってきたらこうしていたであろう。
 落下の衝撃による損傷はゴーストフェイスキラーのガードで防ぐ。
 もちろん本体は見るも無残な死体となるが、その「死」そのものが望みなのだから躊躇などない。

「くそっ」
 思わずそんな罵倒の言葉が口を突く瑞樹。
 助けたくても一歩近づけば斑は飛び降りるだろう。もちろん「シューティングスター」などの飛び道具で撃つのは反動で落ちるだけなので論外。
 手をこまねいていた。それが斑をいい気分にしていた。これから「死ぬ」のにである。
「貴様らもいい気味だ。赤星。及川。私をここまで追い込んだから、友達をまた死なせることになる」
「や…やめろ。アタイからまた友達を奪うのか? やめてくれ」
 直接ゆかりの死体は見てないもののその死はもはや疑いようもない。これは真理に深い心の傷を負わせていた。
「いいや。やめないね。一生泣いて暮らすんだな」
 にたにたと笑いながら斑は言う。その間も姫子はもがくが姫神自体を抑えられているため、自身のテレポーテーションも試すことは出来ない。
「それでは諸君。さらばだ」
 斑は躊躇わずに姫子を死の道連れにして校庭へとダイブをした。

 杉の木の下に隠れていた榊原。そして十郎太。まさに夢の通りだ。つまりこの瞬間こそが予知のそれ。
「風間!」
 鋭く叫ぶ榊原。既に十郎太は身構えていた。
「拳を貸せ」
 十郎太は短く言うと榊原に向かって跳ぶ。榊原のほうも既に理解している。
 ビッグ・ショットのパワフルなパンチが十郎太をかちあげる。
 そして見る見るうちに二人に迫る。

 落ち行く二人。姫子は固く目を閉じ、斑はなんと酔いしれた表情でろうろうと台詞を謳っていた。
「さらばだ。中尾勝の人生。そしてようこそ。北条姫子の人生。ちょっとの間だがこの美しい肉体を借りるぞ」
「そうはゆかぬ。姫は返してもらうでござる」
「なにィ?」
 まさか空中で声を聞くとは思わず素で驚く斑。見ると十郎太が接近していた。
「えいやぁっ」
 そして左足を軸に回転して右足で斑だけ蹴り飛ばす。斑は弾き飛ばされ、姫子は逆に吸い込まれるように十郎太の腕の中に。
 そしてそのまま二人は窓から無人の教室に飛び込んだ。

(ば…バカな? 何で都合よくアイツが助けに現れて…)
 落下する僅かな時間にそれだけのことを考えた斑。
 ふと下を見ると榊原。しかもマリオネットを従えている。
(そういうことか…奴のが予知のマリオネットと言うことなら辻褄は合うな……ふっ)
 「死に慣れている」ため冷静に分析が出来ていた。

 そして中尾勝の肉体は後頭部から地面に激突した。

 教室に飛び込みごろごろと転がり勢いを殺す。その間は十郎太が姫子を固く抱き締め守っていた。
 派手に机と椅子をなぎ倒したが勢いは削いだ。やっと止まった。
 それでも十郎太は姫子をきつく抱き締めたままだ。
 しかしどうやら生き延びたとわかると静かにその両腕を離した。そして自分が体を起こすと姫子を助けおこした。
「姫。怪我はないでござるか?」
 いつになく優しい口調。そして微笑を。
「あ…ああ……」
 元々が色白の姫子だが今は紙のように真っ白い顔色。青ざめてすらいる。無理もない。転落死一歩手前だったのだ。
「じゅ……十郎太様…わた…わたくし…」
 姫子は上手く言葉が紡げない。可哀相なほどに震えている。
「姫! もう安心でござる」
「じゅ…じゅうろ…十郎太様」
 完全に錯乱している。涙が出てきたのはむしろいい兆候だが、それでも落ち着くには時間がかかりそうだった。
(仕方ない…それに、土産も欲しい)
 十郎太は瞬時に決意を固めた。そうなると早い。
 まだ歯の根の合わぬ姫子のあごをひょいと持ち上げる。
「姫。御免」
 言うなり彼は姫子の唇に自分の唇を重ねた。

 訪ねてきた刑事にとっては最悪の結末となった。
「ああ」
 短くうめく上条繁。だが呆然とばかりしていられない。電話で怒鳴る。
「救急車を頼む。ここは…」
「パパ! パパ!」
 殺人鬼に取って代わられたと理解したはずなのに、恵は変わり果てた姿の父親に縋りつく。
 医者の家系の榊原もさすがに自殺者の死体は初めてで、吐き気をこらえていた。

 教室の中。恐怖は衝撃によってかき消された。
「落ち着いたでござるか?」
 姫子からそっと唇を離すと十郎太は優しく尋ねた。
「……胸がドキドキします。これって(落ちそうになった)恐怖? それとも……ときめきと言うものでしょうか?」
 白かった頬に赤みが差す。血の気が戻ってきた? くわえて恥じらいもあるだろう。
「怖くなくなったのでしたなら何よりでござる」
 いつになく笑顔が多い十郎太。
「それにしてもよくあの場で……わたくし。落ちたときはもうだめだと思いましたわ」
「榊原がお告げを受けていたでござるよ。ちょうどあの杉の木の下から見える光景が、まさに姫とあやつの落ちる光景と」
「それで屋上での戦いにはお二人ともいらっしゃらなかったんですね」
「申し訳ござらん」
「いいえ。助かりましたわ」
 にっこりといつものように微笑むが、十郎太の顔を見たらまた赤くなる。
「こ…これも申し訳ござらん。拙者、先ほどの接吻が生まれて初めてで、多分へたくそだったのではないかと」
「初めてだったんですか? それならよかった。わたくしもずっと十郎太様のためにこの唇はとっておきましたもの」
「姫……」
 珍しく感動したような表情になる少年忍者。だがその表情を引き締める。
「その唇。冥土の土産として確かに頂戴いたしました」
「冥土の?」
 姫子が鸚鵡返しにしているうちに彼は学生服の前をはだけ、シャツも開き鎖帷子を捲し上げる。
「姫を救う目的とは言えどあのような恐怖を味あわせた罪。腹掻っ捌いてお詫び申し上げるでござる」
 どかっと座り込み、短刀を出した。

「騒がしくなってきおったな」
 悠然と構えていた塾長はゆっくりと立ち上がり、飛び降り騒動の現場へと歩を進める。

 同じ頃。氷室響子はその霊感で終わりを感じている。
「そろそろだわ」
 彼女は屋上へと出向きだした。

 まだ日中のため日が差し込み明るい教室。
 十郎太たちが飛び込んだ際に砕いた窓ガラスが陽光を反射して幻想的な空間になっている。
 だが十郎太にとっては死に場所であった。
「どう…してですか。十郎太様はわたくしを助けてくださったではありませんか。立派にお勤めを果たしましたわ。死ぬ必要などありませんわ」
「それでも危険な目にあわせたのは事実。死をもって償わねばなりません」
 自殺者は刃物で死ぬときは一度でやれず何度も小さい傷を作ると言う。これを躊躇い傷と言う。
 だが今の十郎太は喉でも腹でも手首でも躊躇わず掻き切るだろう。そんな強い瞳であった。
 幼い頃からともに過ごした姫子でなくても感じ取れる。
 だから姫子は頑なに避けていた行為をここで封印解除した。
 背筋を伸ばし凛とした空気をまとう。
「風間十郎太。あなたに生涯わたくしを守ることを命じます」
 いつもの柔らかい口調でない。そこには世間知らずのお嬢様ではなく、戦国の世にいても遜色ない「姫君」がいた。
「はっ!?」
 それに十郎太は気おされていた。
「そして一分一秒とてわたくしより先に死ぬことを禁じます!」
「は…ははーっ」
 「高貴な姫」に命ぜられて平伏する忍び。だが嗚咽が漏れたので顔を上げる。
「う…うう…」
 こちらは意外に見せない姫子の泣き顔だった。自決にも動じなかった十郎太もこれには驚く。
「姫! 一体?」
とうとう…とうとう『命令』を下してしまいましたわ。『主と家来』などではなく『ただの女の子と男の子』でいたかったのに」
 自決を止めるためとは言えど上からの命令をしてしまった。それがたまらなく悲しかった。
「姫。どうか泣き止んでくだされ」
 死のうとしたのにはゆるぎないのに、姫子の涙にはここまで狼狽するのが不謹慎だがおかしい。
「だって…止まらないんですもの」
 どうしていいかわからなくなった十郎太は、半ば勢いで姫子を後ろから抱き締める。
「!?」
 驚いて目を大きく見開く姫子。だがそれはやがて親に抱かれた子供のように安らいだ表情に変わる。

なかないで下され…抱きしめていますから…いつまでも

このイラストは参太郎さんによって作成されました。
感謝の意を捧げます。


「聞いてくだされ。姫」
「……ハイ」
 再び驚きによって涙を止めた。そのまま静かに語りだす十郎太。
「生涯守りぬけ。その命令。確かに受けたでござる。ずっとおそばにいるでござるよ」
「……十郎太様…」
 口調が元に戻っている。いや。若干震えているか。
「だから後生でござる。泣くのはご勘弁ください。拙者、何よりもそれが堪えるでござる。自決よりきつい罰でござる」
 しかし抱き締めたその手に再び熱い涙が零れ落ちる。
「ああ。まだダメでござるか?」
「これは…嬉し涙です。こちらはもっと止まりそうにありません」
 ウソでないのは涙を流しながらも満面の笑みであることからわかる。
 二人は自然に顔を近寄せ、二度目の口付けをかわした。

 飛び降りの現場。何とか榊原は吐き気をこらえた。
「ふう。医者の卵としてはこういうのもありえると言う覚悟がいるな。それにしてもさすが風間。まぁ以前に姫ちゃんよりもっとでかくごつい網場先輩を落下から救った事もあるから大丈夫と思っちゃいたが」
 彼は再び中尾の死体を見る。他の生徒たちは近寄ろうとしたのを死体を見せまいとしている藤宮に止められている。
 さすがの無限塾の猛者たちも積極的に死体を見に行くものは少なかったのでそんなに苦労はない。
「これで…全部終わったのか?」
(まだだよ…榊原)
「えっ?」
 「死体」を見ると魂が抜けてくるのがビッグ・ショットの目を通じてわかる。
「中尾先生…いや。微妙に似てない。これが斑本来の魂?」
 その肉体に憑依しているためか段々に姿も似てくるようである。
(ふふふっ。よくもやってくれたな……)
 まさに本物のバケモノと化した斑が恨みを晴らすべく榊原に接近していた。

 二度目の口付けを終えたとき、姫子が崩れ落ちた。
「姫。どこかお怪我を?」
「……腰が抜けたみたいです」
 張り詰めていたものが途絶えたせいだろう。
「十郎太様」
「はっ」
「……だっこ」
「………意外に甘えん坊でござるな。姫は」
 だがこれでいいと思っていた。姫子なりの「普通の女の子」らしさだったのだろうと彼は思った。
「わかり申した。では」
 半分は冗談だった姫子の「だっこ」だが、彼はまともに抱き上げた。右手を背中に廻し左手で膝裏を抱え上げる。
「さぁ。みなの元に参りましょう」
「こ…これだとちょっと恥ずかしいですけど…わかりましたわ」

 十郎太は姫子を抱えてゆっくりと屋上へと向かった。

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