第43話「Long Good−By」   Part1へ戻る

 体調不良を訴えてこの日は休んだ無限塾の女教師。高橋圭子。
 だがその「体調不良」は喜ぶべき事態と医師から笑顔で言われた。
 当然だが伴侶へ一番に報告。そして両親へ連絡した。
 それぞれ喜んでくれていた。

 午後が暇になったこともあり、また心配もかけたので報告すべく、散歩がてら職場である無限塾へと歩いていた。
 夫は仕事中。両親は遠方だったので電話での報告だったが、心配をかけた同僚たちには昼休みにでも直接報告したかった。
 それはぎりぎり間に合わないかもだが、放課後でもいいかと思い学校へと向かっている。
 バスに乗り込み近くの停留所を目指していた。

 屋上。死闘の後に惨劇が待っていた。
 斑が姫子を道連れに飛び降りた。飛び降りた瞬間にガンズンローゼスを伸ばしたが間に合わなかった。
 思わず飛び降りた箇所から下を見ると、派手な音を立てて十郎太が姫子を抱きかかえて校舎内に突入したところだった。
「ぶ…無事だったか…」
 安堵してへたり込む真理。七瀬や瑞樹もほっとした。
「しかしよくあの場に風間がいたよな」
 これはマリオネットの使えない瑞樹の発言。
「たぶんカズの予知だ。だから二人ともここにこないで下で待ってたんだな」
 わかりきったことを言うなと言わんばかりの真理。
「信頼してるのね」
 場違いな七瀬の笑み。
「ば…バッキャロー。誰があんなすけべを」
 耳まで赤い金髪少女。
「それにしちゃ落ち着いていたよな。やっぱりアイツのことが」
 珍しく瑞樹まで揶揄する。
うっさい。このバカ夫婦
 照れから真理は瑞樹の背中を叩いてしまう。
「うっ」
 小突いただけなのに大げさに倒れる瑞樹。
「瑞樹?」「赤星?」
「いや…ちょっと気が抜けたかな…」
 無理もない。
 七瀬の死の危険を救うために戦った。その最中には腹部に大きな傷を作り、たくさんの血を流して一時は仮死状態に。
 そして姫子の危機が去ったと思い、気が緩んでこれまでの疲労が出たのだ。

 中尾の体から離れた斑の魂。その醜い存在は霊感がないと見ることは出来ない。
 榊原和彦はいわゆる超能力…マリオネットを有していたので、その「目」で「霊能力」の代りにしていた。
(まさか貴様が予知のマリオネットを持っていたとはな。おかげで総てぶち壊しだ。「腹いせ」で貴様も私のようになってもらうぞ)
 怒りのあまり自分がかつて殺した人々の霊魂に付けねらわれていることも忘れている。
 もっとも恐るべき用心棒。ゴーストフェイスキラーも健在。今までもこのシチュエーションはあったが、多少ならそれが蹴散らしていた。
「やれやれ。屋上のバトルに参加しなかった分は、こっちでツケが回ってきたと言うことか」
 榊原は軽口を叩く。むしろこれは平静になろうとしている。内心は動揺している。
 それでも中尾の死体…そして中尾恵から距離をとる。もちろん彼女を巻き込まないためだ。
 その恵は父親の投身自殺に動転して周囲が丸で見えていない。ただ縋りついてなくだけだ。
 とても悲しい光景だが、榊原はそれどころではなかった。
「参ったね。前にも悪霊相手に戦ったがあの時は何も出来なかったが…もっとも」
 なんと榊原のほうから打って出た。確かに逃げてもどうにもならない。
「相手がマリオネットをもっているなら話は別だ! マリオネット同士の戦いなら何とかなるぜ」
 果敢に彼は向かって行った。

「カズ」
 ただならぬ気配にもう一度だけ下を見たら、榊原が斑の魂と戦闘を開始した。青くなる真理。
「行ってあげて。私や綾那ちゃんがいるから瑞樹は大丈夫」
「……悪い」
 彼女は駆け出した。大事な人を失わないために。

 無限塾校舎の上空。先刻まで死闘を演じられていた屋上のさらに上の虚空。
 そこに浮かばれぬ魂たちはいた。
 斑に殺された。あるいは肉体を奪われ魂だけとなった無念の存在は、成仏したくても出来ない。
(あんにゃろ。こんどはあのアンチャンに取り付くつもりだ)
 生前は浮浪者だったと思われる姿の霊が腹立たしげに言う。
 彼は斑が中尾勝の肉体を奪う前に使っていた肉体の主。
 不幸にして肉体を奪われたあげく、殺人鬼の汚名を着せられてしまった。
(榊原君)
 無限塾女子制服。丸いメガネの長い髪の少女。
 物証どころか事件の事実も発覚せず警察も追跡出来ない斑を、真理や瑞樹が執拗に追い続けるきっかけになった僅かな間のクラスメート。小山ゆかりも成仏出来ずにその一団にいた。
 彼女の場合は斑に対する恨みと言うより、両親や友人たちが気がかりでいけないのだ。
 この恐ろしい殺人鬼がのさばっている限り、彼女は新しく生まれ変わることも出来ない。
(助けたくとも氷室君の張った結界があるから我々はあの場にいけない……)
 分析するのは本当の中尾勝。本来は明るい子煩悩な父親。生徒たちから慕われていた存在。
 正確には一人二人なら潜り抜けられるがそれでは返り討ちにあう。
 魂だけとなった上にさらに「殺される」のは躊躇してしまう。

 氷室響子の張った結界はこの霊たちのために張られていた。
 彼女が占いで得たのはたくさんの怨霊たちの襲来。そしてもっと恐ろしい悪霊の存在。故に生徒たちを守るべく結界を張っていた。
 だがこれは実はまだ機能していない。校舎内を清めただけだが、塩をまいたような効果があり浮遊霊たちは校庭や屋上にいけない。
(先生。このまま何も出来ないのですか?)
(大丈夫だ。あの人が来たのを感じる。あの人が何とかしてくれる)
 中尾が心酔する「あの人」とは。

 予知のマリオネット。ビッグ・ショット。しかしいわゆる念動力もあった。
 だから人の姿なのである。力のイメージは人形の方がしやすい。
 その拳が繰り出される。ヘビー級のパンチを軽量級のスピードで。
「ごらぁっ」
 意外にもスピードと数で押す榊原のマリオネット。
 ターゲットは斑本体…肉体を失ってもそう呼べるか不明だが、とにかく本体ではなく同じマリオネットのゴーストフェイスキラーである。
 マリオネットはマリオネットでしか倒せない(直接本体を叩く手もあるが)逆に言えば相手がマリオネットなら手を打てる。
(ふふ。いい度胸だが…恐ろしくはないのか? パンチを繰り出した際に小山ゆかりを燃やした導火線を取り付けられたりとか)
 マリオネットの口を通じて、相手のマリオネットの耳に語りかける。
「それならあんたは無理心中なんて図るはずがない」
 負けてこんな状況に追い込まれないと言う意味だ。
(確かにその通り。だがな)
 ゴーストフェイスキラーの顔面をめがけたパンチを捌く。受け流されて体勢を崩したところにカウンターでゴーストフェイスキラーの拳をもらうビッグ・ショット。
「くっ」
 そのダメージが本体に跳ね返り榊原は鼻血を噴く。その僅かな隙に斑の魂は榊原に接近する。榊原の首を絞める。
(さて。そろそろ魂だけの状態はまずい頃合だ。奪う肉体はお前でもいいか。もっとも奴らと仲がよすぎるから見破られる。また逃亡生活になるのは確定だから、この場から逃げるためにしか使わないが)
 そして処刑人を呼び戻そうとして……戦慄した。
(こ……この気配は?!)
 思わずせっかくつかんだ首から手を離して後ろを振り返る。
 そこには無限塾塾長。大河原源太郎が静かにたたずんでいた。

 真理は階段をもどかしそうに下りていた。
 ガンズンローゼスでロープ降下をすれば早かったが、それだと斑が無防備な自分目掛けて攻撃をしてくる可能性があった。
 それ自体はどうでもよかったが、榊原がそれに気をとられて多大な隙を見せる危険性があった。
 だから階段を使わざるを得なかった。

 やっとの思いで到着した真理だが、既に塾長と言う心強い存在がいた。
 さらに言うなら彼の静かな神気に気圧されて近寄れず、遠巻きに見てるしか出来なかった。

 無限塾のそばにはバス停はない。
 かつてはあったのだが年中もめているためバス会社が停留所を撤去してしまったのだ。
 かなり離れたところにあるのであった。
 そこに今、高橋圭子は降りようとしていた。
 前の日までは意識しなかったが、お腹に新しい命があるとわかった今では自然と慎重な足取りになる。
 バスが走り去ると大きく伸びをした。
「うーん。あったかくていい気持ち。ちょっと暑いくらいね」
 のん気な「未来のママ」は鼻歌交じりで歩き出した。ゆっくりゆっくりと。

 無限塾上空。浮遊する霊たちははじめて見る老人の威圧感に押されていた。
 この中で彼を知るのは生徒だった小山ゆかりと、働いていた中尾勝だけである。
(塾長……)
 例え死んでも彼は教師である。面識はなくてもこの学校の生徒の無事を祈らずにいられない。
 そしてそれを託せる人物だった。

(塾長……)
 斑のその言葉には敬意はない。憎悪もない。純粋な「恐れ」だ。
 野生動物が炎を恐れるように、彼は塾長と言う人間に恐れを感じていた。
「……まさか肉体を乗っ取る者がいるとはな…それを早く認識しておれば、生徒を死なせることもなかったものを…」
 この偉丈夫の老人の目に光るものが。まさに鬼の目に涙。
「塾長。こいつが見えるんですかっ?」
 場違いなようでもっともな榊原の問いかけ。見えぬ相手に戦いを挑めるはずがない。
「前に言わなかったか? 魂そのものを見るのだから問題ない。そして」
 老人とは思えぬ瞬発力で詰め寄る。間をおかずにゴーストフェイスキラーの顔面に強烈な一発。
「思いを込めれば幽鬼とて己の手で殴れるとな」
 いかつい顔だが、榊原には何故か優しく見える塾長。だが斑には鬼に見えたことだろう。
(くっ…このじじぃ。いい気になりやがって…)
 屈辱から悪態をつく。動じない塾長。
「ワシはじじぃなどと言う名ではない。ワシの名はな、無限塾塾長…」
(はっ!?)
 斑は背中を見せて逃げ出した。榊原は耳をふさいだ。そして塾長が口を開く。
「大河原源太郎であぁぁぁぁぁぁぁるっっっ!!!」
(うぎゃああああああああっ)
 その場を清めるがごとく放たれた声に悪霊そのものの斑は高く高く吹っ飛ばされた。

 ちょうどそのとき氷室響子は屋上に到達していた。そしていきなり飛ばされる「悪霊」を見て、占いの意味を知る。
「今だわ」
 彼女が念を篭める事で学園中に貼られた札による結界が発動した。

(く…くっ。化け物め)
 飛ばされた斑はなんとか踏みとどまった。ヘタしたら「あの世」まで飛ばされかねなかった。
(こうなったら上条の肉体をもらう。そしてこの場から逃げる)
 この期に及んでも女の肉体は選ばない。先刻の姫子とて近寄ってきたのが彼女だったからに過ぎない。
 斑は猛スピードで屋上の上条を目指す。全員が倒れた瑞樹に気をとられて悪霊に気がつかない。
 だが斑は弾かれた。何度試みても入れない。
(これは…結界?)
 そしてよく見るとメガネの女教師。氷室響子が祈りを込めていた。
(あの女…こんな力を…だが)
 斑は学校の塀周辺を見る。そこには未だに悪漢高校の兵たちが取り囲んでいた。
(馬鹿め! 結界の外にいくらでもいるわ)
 ターゲットを定め出向こうとした。だが結界に気をとられているうちに「誰か」に羽交い絞めにされた。後ろを振り向くとこの朝までは鏡で見ていた顔。
(私の生徒をこれ以上 殺させないぞ)
 強い意思があったから彼がいち早く接近できたのだ。間もなく他の「うかばれぬ存在」も来るであろう。
(くくく。中尾。お前の娘は健気だなぁ。最後に一言交わしたくないか?)
(何?)
 中尾は斑に強烈に振り払われた。「下」に向かって。そして結界をすり抜ける。
(くくく。本来の肉体と魂だ。私よりは遥に結びつきが強い。私が離れた今、まだ生きている肉体に戻ろうとするようだな。すぐにまた永遠の別れだが。もう一度死ね)
 そして斑はとらわれる前に逃げ出した。無限塾の生徒に手を出せないならとりあえず誰でもいいから生きている人間の肉体を乗っ取らないといけない。

 中尾は忘れていた「痛み」を思い出した。そして同時に「ぬくもり」も思い出した。
「……め……ぐ……み……」
 文字通り声を絞り出す。
「!?」
 恵は顔を上げる。大きく目を見開く。父親の目。暖かい優しい光が戻っている。
「パパ? 本物のパパなの?」
 中尾は微笑んでゆっくりと頷く。

 真理は静かに近寄る。榊原とも目だけで会話する。
 引き離された親子の邂逅。そして永遠の別れの瞬間を邪魔したくなかったのだ。

「ママと……仲良く…な…」
 榊原たちでは知らない優しい声色の中尾。理由はともかく元に戻ったと察した。
「パパ! 死んじゃいやだ! やっと……やっと遭えたのに…死んだらいやだよ」
 後はもう言葉にならない。中尾の手を握り締めて彼女はまた泣き始めた。
 体中の水分を無くしそうなくらいに涙を流し続けた。
 やっと到着した救急車にもともに乗り込んで無限塾を親子は後にした。

(あんなに…あんなに父親を愛していたのか。アタイは憎むだけで…母さんの愛した人を憎むだけで…でも、まだ生きている。やり直すチャンスは…あるんだな。肉体を奪われた人が最後には戻ってこれたくらいだ。アタイも…)

 いくらゴーストフェイスキラーが払いのけるといえど多数に無勢。
 早く誰かの肉体を奪わないといけない。
 戦っているうちにどんどん無限塾から離れていく。
(くそっ。悪漢の奴らも遠く…もはや無理か。他を探すか)
 だがオフィス街ではないためか男性の姿を意外なほど見かけない。
 もちろん昼食の時間帯だけにどこかの家には誰かしらいるだろう。
 しかしいないとそれだけロスタイムだ。
 まして仏壇などがあるとそれだけで清められている可能性も。
 自分がそういうところに近寄れないのもわかっている。
(くっ。さがせっ。ゴーストフェイスキラー。とにかく誰か…)
 程なくしてマリオネットが誘導を開始した。
(よし。急ぐぞ)
 追っ手は迫っていた。彼はとにかく急いだ。

「さっき救急車のサイレンが聞こえたけど…また乱闘かしら?」
 さらっとそれで流すくらいだから高橋圭子もかなり無限塾に染まっている。
「でも救急車が来たってことは乱闘そのものは終わったわね」
 間違いではない。ただ学園闘争ではなく殺人鬼との闘いだったが。
 彼女はだいぶ職場まで近寄っていた。

(あいつか…)
 童顔の女教師をみて思わず顔をしかめる。性格はよくわかっていた。中尾のとき以上にギャップがあるのはわかっていた。今度は性別のそれもある。
(しかしそれを言っている場合じゃないな。確か結婚していたから今夜にでも旦那のほうと入れ替わってやる。一時しのぎだ)
 切羽詰った斑は導かれるままに圭子に接近する。
「いつものように」肉体に重なる。
「はうっ」
 一瞬電流が走ったようなショックを受けた圭子。

(よし。後はこの女の魂を切り離して…ま…待て。どこに行く? ゴーストフェイスキラー。さらに奥へだと?)
 それは子宮。その中には胎児がいた。
(なにぃぃぃぃ? 妊娠していたのか? ま…まずい。外見でわからなかったことから察するにいってても三ヶ月。
 あと七ヶ月以上もこの暗い胎内で。外部情報がないと退行する。ヘタしたら本当に赤ん坊レベルに。
 それだけじゃない。生まれて出ても2〜3年はまともに体が動かない。無力な状態では従わざるをえない。そんなに長い間しつけられていたら私が私でなくなる。
 くそっ。ゴーストフェイスキラーは若くて魂の奪いやすい肉体を選んだようだが、それにも限度があるっ。や…やめろ。その赤ん坊と私をつなげるな)
 だが皮肉にも散々他者の魂を死の世界に送り出したその能力が、斑を赤ん坊にくくりつけてしまった。
 そう。初めてのときも意識なしで一番安全だった上官の肉体を乗っ取ったように、ゴーストフェイスキラーのこれは自動的なものだ。
 斑はそれを理解してだからわざと密着してから前の肉体から離脱する。
 しかしこの場合はそれどころではなく、つい導かれるままにこの場に来てしまった。
 そしてロクに動けない胎児では自殺も出来ない。
(くそっ。自殺には使えないと言うなら…ゴーストフェイスキラー。この母体の女を殺せっ。そうすれば赤ん坊も死ぬ)
 だがゴーストフェイスキラーは動かない。母体への攻撃は斑の自殺とみなしたのだ。
(目…目が…見えなくなってきた。まだ開かぬ赤ん坊の視神経とリンクしてしまったのか。ああ。感覚も…音も心音だけしか……うわああああああああああああッ)
 それが殺人鬼としての断末魔だった。

殺人鬼・斑信二郎 赤ん坊の肉体に封印 浄化は確実 事実上消滅

 ちなみに、この赤ん坊は「女児」である。あれほど嫌っていた女の肉体を今度は赤ん坊からやることに。
「物心」ついて自分が女になっていたと知ったら、これも天罰と呪うのであろう。

「アー。ビックリした。なんかいきなりピリッと来て。赤ちゃん大丈夫かしら?」
 驚いた表情から慈愛に満ちた表情に戻る圭子。
 彼女が赤ん坊に注ぐ愛情が殺人鬼を消滅させ、結果的に人々を救い、そして斑自身も救うとはこの時は圭子も斑も夢にも思わなかった。

 彼女は再び無限塾へと歩き出した。総ての終わった場所へ…いや。もうひとつだけ。
 そう。男でありながら女として通っていた瑞樹の問題が残っていた。

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