第43話「Long Good−By」Part4   Part3に戻る

「聞いたわよ。赤星みずき。あなた本当は男だったんですって?」
 教師の一人が無理心中を図ったあげく失敗して、一人だけ死亡した形だが年度末試験は予定通りに行われての最終日。
 試験終了後に1−2の教室に橘千鶴が乱入して、甲高い声で言い放った。
 それはそれは嬉しそうな表情で今にも笑い出しかねない。ヘタしたら歌いだしかねない。
「んっ!」
 ぎらっとした目つきで誰ともなしにクラスメイトをみずきがにらみつけると、後ろめたいのか大半は目をそらす。
 やはり人の口に戸板は立てられない。
 どうやらあのカミングアウトから僅かな期間でみずきは有名人になってしまったらしい。
 諦めたようにため息をつく。
「まぁいいか…多少は覚悟してたし…それよりも橘先輩。だったら坂本先輩にも説明したいので、よかったらこれから逢ってもらえるように伝えてもらえますか?」
「いいわよ。きっぱり自分の口から言いたいわけね。『あたしは男』と」
 美人だがヘビを思わせる目から笑みが消えることはなかった。

「やぁ。赤星君。話と言うのは?」
 坂本がややこわばった様子で挨拶をしてくる。
「坂本先輩…と…橘先輩」
「なによ? その嫌そうな表情は?」
 予想はしていたが坂本にべったりと千鶴が張り付いている。
 いくら「本当は男」といわれていても「女」と、それも何かとアプローチをかけてきた相手と二人きりにしたくないのは理解できる。
(しょーがねーか。この人くらいなら…)
「いえ。いいです。それじゃはじめますけど」
 会談場所としては屋上のど真ん中が選ばれた。
 これなら聞き耳の立てようがない。校庭だと窓から見られるが、屋上ではそれもない。
 聞かれてなくても不躾に視線を浴びるのはかなわない。
「その様子じゃあたし…オレの噂は聞いてますよね?」
 坂本相手でつい女言葉を使いかけたが、わざわざ改める。
「君が実は男だって言うあれ?」
「はい。実は」
 みずきは変身体質のこと。そして坂本に接近していた目的を明らかにして謝罪した。
「ちょっと!? 赤星みずき。あなたトシ君に接近したのはお父様に接触するために利用しただけと言うの」
 千鶴が眦を上げる。
「よさないか。千鶴」
「だって」
 憤慨している千鶴だが、みずきは別の事に驚いていた。
「トシ君? 千鶴? いつのまにそんな仲に…」
 演技抜きで素で驚いているみずき。赤くなって俯く坂本と、得意げに豊かな胸を張り出す千鶴。
「おーっほっほっほ。あなたのようなニセ女になびくトシ君じゃないわ。既に私たちはキッスも…きゃっ」
 自分で自慢しといて赤面している千鶴である。
(ああ…坂本先輩が押し切られて流されてキスさせられた場面が目に浮かぶようだ…)
 坂本俊彦は流されやすい。おそらく名前の呼び捨ても千鶴の主張だろう。
「利用していたことは謝ります。橘先輩のいうことは本当です」
「む…」
 人のいい坂本でも下心で近づかれていたと言うのは正直面白くない。
 だが自分も七瀬に接近するためにみずきを利用したことがある。
 それを考えると人のことをいえた義理でもない。
「もうばれたからストレートにお願いします。オレの体質をお父さんに研究してもらえるようにお願いしたいんです」
 みずきの懇願。その目にはウソを感じられない。人のいい坂本は快諾した。
「わかった。今夜にでも話をしておくよ」

 そのころの悪漢高校。
 総番・大河原慎。四季隊。春日マサル。夏木山三。冬野五郎の四人による会談が行われていた。
「総番。結局あれからは仕掛けませんでしたね」
 不満そうな冬野。動揺しているところに畳み掛けないなんてと戦術を嘆いていた。
「やつらもあの有様だしな。そこをせめてもつまらん」
「それではもう…奴らには戦う価値もないと?」
 真意を確認する巨漢・夏木。
「いや。そうでもない。認めてやるさ。女として過ごしておきながら『男』を磨いていた奴がいた」
「すると抗争は…」
「骨のある奴は育っているようだからな。それならそれで倒しがいがある。続けるさ」
 春日の顔が目に見えて明るくなる。
 人格者としても尊敬しているが、やはり闘将としての慎を尊敬しているのだ。
「総番。そのときはぜひこの私に一番槍を」
「任せるぞ。切り込み隊長」
 言うと慎は立ち上がり出て行こうとする。
「オレはこれから大学のほうに顔を出すがお前たち。進級はきちんとしたんだろうな?」
 それこそ念を押すように問いただす。
「へへへっ」「そりゃもう」「またダブったら退学ですからね」
 学年は二年だが四季隊は全員一留している。ちなみに慎はきちんと卒業して大学にも。
 だがちょくちょくここに顔を出して、未だに総番として君臨していた。
 なにより悪漢の生徒たちがそれを求め、本人の主張とも合致するためこの体制を維持していた。

「ところで秋本はどうした?」
 「四季隊」の名の通り四人いるべきだが、配下が三人しか。
「アイツなら…」
「いつもの『恋人』のところじゃないですか?」

 土手。遮蔽物が何もないため風が吹きっ晒しで寒い。
 春も近いのだが土手には緑はなく、枯れた色が多数だった。
 メガネをかけたブレザー姿の女子高生はある一点を見据えていた。二本のお下げが風に吹き飛ばされそうだ。
 その視線の先にあるのは、学生服姿の風間十郎太と秋本虎次郎の「一騎打ち」だった。

 風に半開きの学生服をはためかせて十郎太は口を開く。
「今日は何用だ?」
 基本的に無益な闘いは望まない十郎太。
「ああ。ひとつ確かめたいことがあってな」
 いうなり木刀を一振りする秋本。
「オレは口が達者じゃねぇ。むしろコイツで聞いた方が正確なんでな」
 木刀を構える。切っ先を真正面から向けている。
 確かに口よりもその姿と表情が物語っていた。十郎太は秋本の思いを感じ取った。だから
「よかろう。受けて立とう」
 力のぬけたままではあるが十郎太は迎え撃つべく構えた。
 口の端をゆがめて秋本は嬉しさと謝意を表す。

 まるで彫像のように動かない二人。だが秋本が打って出た。
 突進して胴体を目掛けて切っ先を向ける。息を呑む少女。そして彼女は信じられないものを見る。
 十郎太はその切っ先を受け流さずにガードした。ただし腕を盾としてではない。
 下からは膝が。上からは肘が木刀の切っ先を挟み込み完全に止めた。
 そればかりか亀裂が生じて粉砕した。
「ば…バカな…一歩間違えばテメーの肘でテメーの膝を壊しかねねぇ。何でそんな危ねぇ止め方を」
「それこそがお主の知りたかったことでござろう」
 愕然とした秋本が木刀を手放す。戦意なしと見て十郎太も膝と肘を元の位置に戻す。
 解放された木刀は挟まれた部分が木端微塵に砕け散る。
「なるほど…覚悟って奴か。絶対に生き残る…そのためには死線すら越える覚悟…」
「拙者、新たに拝命したゆえ絶対に死ねぬ」
「オレは自分の命も軽く捨てる気で剣を振るってきた…だがお前は常にあのお姫さんのために生き残ってきたと言うわけか。お前の死はあの姫の涙を意味する」
 秋本の独白に口を挟まず、十郎太は黙って聞いていた。
「それが…お前の強さ…俺のかなわない部分か…」
「確かめたかったのはそれでござろう」
「ふっ。わかっていたからよけたりブロッキングとかじゃなく、こんな手で答えてくれたってワケか…完敗だよ。何度もやってきたが」
 負けたと言うのにさばさばと語る。 十郎太は無言でその場を後にする。

 残された秋本はすがすがしい表情で、そして心のままに大声で「かなわねぇなぁ」と、素直に口にした。
 その少年のような表情。それにみていた少女が胸を締め付けられた。
 次の瞬間には彼女は秋本に駆け寄り抱きついていた。
「な…なんだなんだァッ」
 襲われる警戒はしても抱きつかれる心の準備はしてなかった。
「なんだぁっ? お前は」
 だがその質問にも答えず彼女はメガネの奥の瞳をきらきらと輝かせていた。
「かっこいいですぅ〜〜〜」
「はぁ?」
「私ぃ、竹之内真弓っていいますぅ。お二人の勝負。たまたま見てました。すっごいかっこよかったですぅ。勝った人も凄かったけど、負けても爽やかなあなたに一目ぼれしましたぁ」
「一目ぼれ? なに言ってんだ?」
 勝ったほうにならまだわかるがなんで負けたほうに?  彼の価値観ではそうなった。
 そして真弓はお構いなしだった。
「決めました。あなたと同じ学校に転校します。どこですか?」
「へっ。いい度胸だな。オレは悪漢高校と呼ばれるところの秋本っていうんだ」
 もちろん追っ払うためにあえて言っている。
「悪漢高校…あの不良の巣窟と言う」
 真弓は衝撃を受けたようだ。
「そういうこった。わかったらさっさと…」
「はい。転校します」
「おい」
「きっとあなたは一人で不良と戦っているんですね。剣だけを相棒に孤独に戦う。なんて素晴らしい」
「いや…オレの方が不良で…」
 狂える虎とまで言われる秋本だが、意外にも女性には強く出れなかった。

 結論から言うと彼女が「守るべき存在」となり、秋本は見事に「更生」するのだがそれはまた別の話。

 みずきが坂本に頼んだ日の夜にはアポイントが取れた。
 その三日後に教授と顔をあわせることになった。そしてその当日。
 本当は男の姿で行きたかったがただでさえ私服でわかりにくい上に、女でないとわかりにくいため少女の姿で駅前で待っていた。
 そしてそうなると女物は制服含めてスカートしかない。
 男物のズボンも視野に入れたが裾は折り曲げて対処できてもウエスト。決定的なのが大きくなったヒップで着心地が悪い。
 結局は春らしく可愛いワンピースで瑞枝に押し切られた。
 おかげですぐに坂本が見つけて合流できたと言うのも皮肉な話だが。

 坂本家に着くと千鶴までいた。やはり「女」と遭うからか。
 それは軽くあしらい坂本教授に挨拶。そして事情説明。論より証拠で実際に変身(この場合は女だから復帰が正解)して見せることに。
 全裸で風呂場にいた。扉は開けられて教授。坂本。千鶴が立ち並んでいた。
 美少女の一糸まとわぬ姿に赤くなる坂本。反対に敵意むき出しの千鶴。そして学者らしく冷静な教授だった。
「じゃ…行きますよ」
 みずきはシャワーのお湯を浴びる。途端に少年としての姿に。
「おおっ」
 クールだった教授は驚き興奮している。坂本は驚いているが少年の姿で落ち着きをとりもどした。
 反対に千鶴は目をふさいで蹲ってしまった。
「バカバカバカバカ。変態。乙女になんて物を見せるのよっ」
 よく見ると耳まで赤い。
「アー驚いたのう…それじゃ細胞のサンプルをとるために舌の粘膜を提供してもらいたいのじゃが…充分に切り替わってからの方がよさそうじゃし、とりあえず湯船で隠していてくれんか。そうじゃないと千鶴君がもだえ死にそうじゃ」
「はぁ」

 男子としての細胞サンプルを採取したら女子に戻る。さすがに実際の変身まで見たのでもう三人は浴室から去る。
 別に入浴していたわけではないが、髪をぬらした関係もあり、また下着が女物で手間がかかるのもあって後始末に時間を要した。
 だから戻ってからの女子のサンプルは部屋に戻るなりすぐ採取された。

 そのころ。及川家では女二人で家事を行っていた。
 小学校も春休み。男の子二人も家にいるのである。昼食を作る必要もある。
 時間としては11時とまだ早めだ本格的にやるためそれだけ時間がいるのだった。
「よーし。じゃあお母さん。野菜は私が剥くね」
「おねがい」
 もともと家事。特に料理の好きな七瀬なので、別に弟たちの昼食を作るといっても不満はない。
 むしろ食べてくれる相手がいるので張り切って作っていた。
 胸元を覆うエプロンをして後ろでとめる。偏見かもしれないが家庭的な雰囲気がいっそう増す。
 そして髪の毛をまとめる。その房を見て母・虹子は思いつく。
「七瀬。だいぶ髪が伸びたわね。そろそろ美容院行く?」
 この母娘は一緒に行くケースが多い。だが七瀬は珍しく拒否した。
「うーん。もうちょっと伸ばす。そしたらストレートパーマかけてみようかなって思っているの」
「あら。あんたにしちゃ珍しい。いつもは料理の邪魔だからと伸ばして肩口なのに。癖あるからあまり伸ばすと広がっちゃうからストレートパーマはいいかもしれないけど。どういう心境の変化?」
「うん。ちょっと付き合って伸ばすことにしたから」
 俯き加減で頬を染めて言う。
「ああ。みずきちゃん」
 いきなり看破されて脱力する七瀬。顔を上げて
「な…なんでいきなりみずきになるのよ? 綾那ちゃんとか姫ちゃんとかロングの娘はいるでしょ」
「あの娘たちなら付き合うと言うよりマネでしょ。へー。どうしてみずきちゃんが」
「それが…」
 残留の交換条件で女らしい容姿を要求された旨を伝えた。その結果、窒息するほど笑ってしまった虹子である。
「あーはははは。みずきちゃんも災難ねぇ。でもあのこも丸顔だからロングはむしろ顔立ちすっきり見せていいかもね。でも何でアンタまで付き合うの?」
「うん…元はと言えば私のせいだし…」
 この話題になると暗くなる七瀬。未だに引きずっているのは間違いない。
「あんまりそういう意識にとらわれないほうがいいわよ。かえってみずきちゃんが苦しむから」
「そうかな…」
「そうよ。蹴飛ばしたのはよくないけど、あの体質になったのをあんたが気に病む必要なんてないわよ」
 確かにせいぜいが肺炎の遠因となった川への転落くらいだろう。
 根が生真面目な七瀬はそれでも自分を責めてしまう。煮え切らない態度に虹子がぽんと手を打つ。
「よし。わかった。七瀬。気分転換で髪型変えなさい。切ると失恋みたいだから逆に伸ばすのはいいかもね」
「お母さん!」
 多少元気が出てきたのか語気が強くなる七瀬。微笑む母。
「そうそう。元気が一番よ……ところでアンタ痩せた?」
「えっ? 体重は変わってないけど」
 入浴後に毎回測定していた。女の子らしいと言える。
「じゃ筋肉が増えたのね。筋肉は重いから体重はむしろ増えるわ。カロリーも消費するから太りにくくなる。でも見た目は脂肪が減ってスリムに…アンタ……普通なら胸から減るはずなのに…」
「えっ?」
 本人でさえ気がつかなかったことに気がつく辺りはさすがは母親か。
「よし。あの子たちが帰ってきたらデパート行こう。お昼はそこで済ますわよ」
「デパートって…何買いに行くの?」
「アンタの服に決まってるじゃない。新しい春物も欲しいでしょ? それにブラも新調した方がいいみたいだし」
 途端に七瀬は胸を隠して赤くなる。
「だから痩せてなんかないと言ったのに……」
「違うわよ。それは太ったんじゃなくて胸が育ったのよ。アンダーも細くなっているからCがD…ヘタしたらEになってるかもね」
「ええっ」
 七瀬としてはこれ以上の胸の大きさは望んでいなかった。
 みずきや真理の胸に注がれる男子の視線を横から見て「これは嫌だな」と感じていたのだ。
 まさか自分がその真理と同じEに一気になっていたとは。

 念願かなってスタイルがよくなったのに、それはそれで悩みが出来てしまった七瀬であった。

 坂本家。教授とみずきは向かい合って座っていた。俊彦と千鶴は並んで座っていた。
「研究はさせてもらおう」
 その言葉にみずきの表情が輝く。今は女の子の顔なので花が咲いたように。
「よ…よろしくお願いします」
 声色も明るくなる。皮肉にも女の子としての可愛さが前面に出ていた。
「だが…正直なことを言わせてもらえばまるでわからん」
 教授のこの言葉でその表情は曇ることに。
「こんな症例は初めてだ。君の体質なのか? 飲んでしまった薬のせいなのか? そもそも古くなって変質していたであろう薬では、本来の効果からどれほど変わってしまったことやら」
「………」
 覚悟していたつもりだが、そのあたりを突きつけられると泣きたくなってくるみずき。
「十年掛かるか? 二十年掛かるか。それでも待てるかね?」
「…ま…待ちます。元に戻れるなら」
 希望はそれしかないのだろうから。
「一生そのままの危険性もある」
「……」
 今度は本当に泣きそうな表情になるみずき。
「父さん。もう少し言い方って物が」
 たまらず息子が助け舟を出す。
「これはもう神の領域だ。一介の学者一人にどこまで出来る?」
 窘める俊彦に穏やかに、しかし冷徹に告げる教授。
「う…うう…ううう…」
 とうとうみずきは耐え切れず大粒の涙を流し始めた。そしてその場から逃げ出すように走り出す。
「あっ。赤星君」
「追うな」
 父親に止められ一瞬動きが止まる。その間にみずきはスカート姿にもかかわらず、速い足取りで外へと飛び出した。

「どうして…どうしてあんないい方を?」
 追いきれなかった坂本は戻るなり抗議する。
「私は現実を伝えただけだ。出来もしないことに縋りつかせるのが優しさか?」
「た…例えウソでも希望を持たせても…」
「そこに縛られて留まるより、現実を受け止めて前へ進んだ方がよほど建設的じゃないのか?」
「そ…そうかもしれないが…泣いていた。彼女、泣いていたよ」
 自分も泣きそうになる坂本。それを優しく抱き締める千鶴。
「大丈夫よ。トシ君。涙。それは女の子に許されたことなんですから」
「千鶴…」
「女の子はね、意外とタフなのよ。一回泣けば大抵の事はけろっと忘れるか、しっかり受け止めて歩き出せるんだから」
 そして初めてみずきに対して優しい言葉を向ける。
「あの娘もきっと立ち上がれるわ。女の子の強さと男の子の強さを併せ持っているんなら絶対」

 どこをどう走ったかみずきにもわかっていない。
 それほど戻れない危険性を突きつけられたのはショックだった。
 正確には頭で理解していたが、覚悟が出来てなかった。
 どこだか知らない小さな公園のベンチで、スカートに包まれた膝に顔をうずめて涙を流していた。

 三十分も泣いていただろうか。さすがに涙も出尽くした。
 千鶴の言うとおりだいぶショックはなくなってきた。そうなると現実的な問題で尿意を思い出す。
 幸い公園だったのでトイレがあり問題はなかった。

 女子トイレで用を足して出てきたときに、洗面台の鏡に映る泣きはらした少女の顔。
(これも…オレの姿なんだよな…)
 漠然とそう思った。途端に猛烈に憎悪に駆られる。
「……お前の……お前のせいでオレの人生はめちゃめちゃだ
 鏡の中の少女の頬に拳を叩きつけようとした。だが憎悪で醜く歪んだ怒り顔のはずの鏡像は、一瞬だが怯えたように見えた。
「えっ?」
 慌てて拳を止めたみずき。冷静になれば鏡を殴りつければガラスの破片で傷つくのは自分。それを阻止できた。
「今のは…幻覚?」

おねがい…嫌いにならないで…

「オレの声?」
 そう。みずきの声が聞こえる。だがいつものように少年の荒々しさはない。
 まるで生まれ着いての少女のような弱々しい声。もう一人のみずきの声か?
「お前は一体…」
 思わず鏡像に問いかける。

ワタシはアナタ…アナタはワタシ…

「そ…そうか…そうだよな…」
 瞬間的に理解した。いや。既に答えは出ていたが、認めようとしてなかったのかもしれない。
 それを認めたらみずきの中で何かが消えた。それはとても重かったもの。みずきを固く縛りつけていたもの。
 それがなくなったことで心がすっと軽くなった。
 彼女は軽い足取りで家へと向かい始めた。

 北条家。姫子たちはあの転落から救われた話をしていた。
 あるときは愛子に聞かれ。あるときは弥生にせがまれ毎日その話をしていた。
(よく飽きないものだ)
 葉月はそう思うがやはり女の子には違いない。
 ましてや主君に当たる人物と、自分の兄の恋の話である。
 そう。目の前のおっとりとした少女は、自分たちの義理の姉になるかもしれない人物だ。
「将来的には葉月と弥生は私の義妹と言う形になるのかしら?」
 これは愛子の言葉。今は彼女も春休みで春らしいデザインのワンピース姿。
 葉月たちふたごも比較的にた印象の服だ。
 姫子がターゲットだったが、ラッキーセブンの乱入の経験から「影武者」になるつもりでだ。
「なるんですかぁ。私たちが」
 素っ頓狂な声を上げたのはふたごの妹。弥生のほうだ。
「そうですよね。北条姫子様。十郎太夫妻となったあかつきには、私たちもご縁が出来ますね」
 縁戚関係…とまで政治的なことは考えてない。
 単にもっと結びつきが深くなるとシンプルな発想だ。
 それをニコニコと見ている姫子。いつものように和服姿。
「まぁ。弥生さんったら。ひとつ間違えてますよ」
「ええ? 私なにかバカなこといいましたぁ?」
「いえいえ。それほどでは。ただ『北条姫子。十郎太』ではなくて『風間十郎太・姫子』ですわ」
 指摘を受けた弥生どころか愛子もきょとんとしている。
「あら? 何か間違いをしたのでしょうか」
「恐れながら姫様。今度ばかしは弥生の言葉が正解です」
 葉月が大真面目に訂正を入れてくる。
「どうしてですか? わたくしの方が『お嫁さん』なのですから、苗字が変わるのはわたくしの方かと」
「しかし北条家には嫡子がございません」
 嫡子…男子の世継ぎである。北条家の時期当主候補は姫子と愛子でふたりとも女子。
 つまり葉月は十郎太が婿入りと言っているのである。
「そんな…わたくしお嫁さんになって『旧姓・北条』と年賀状に書いたり、同窓会で昔の名前を懐かしがったり出来ると思ってましたのに」
 思わぬところで落とし穴。しかし意外に逞しい。
「わかりましたわ。本籍は仕方ありませんが、通称と言う形で風間姫子と名乗らせていただきます」
「あの…どうしてそんなに苗字変えたがるんですか?」
 葉月の子供のような質問。それに対して微笑をとりもどす姫子。
「だって、その方がお嫁さんになった気分がするじゃないですか」

「ただいま」
 女々しく泣いていたのがわかる涙の跡。しかしみずきは空元気とは思えない威勢のよさで、喫茶レッズに帰ってきた。
「なんだ? あいつ」
 きょとんとしたのは父・秀樹。
 それには構わずみずきはそのまま勢いよく家に上がりこむ。
 夕方の食事時。喫茶店の方は少し手が開くが、家庭の方は夕食の準備で忙しくなり始めるころ。
 瑞枝も店を秀樹に任せて夕食の準備をしていた。
 春休みなので家にいた薫がエプロン姿で手伝っていた。
「お帰りなさい。みずきちゃん」
「ちょっと! 帰ってきたんなら家か店を手伝ってよ。お姉ちゃん」
 瑞枝が柔らかく迎え、薫がいつものように毒づく。
「オフクロ。薫!」
 いつものように男口調で言ってから失策に気がついた。
「なぁに」「なによ」
 案の定二人のリアクションもいつもどおりだ。
(いけないいけない。決めたんだ)
 改めてみずきは柔らかい口調でいい直す。
「お母さん。薫ちゃん」
「????」
 ふたりは慌てて振り返った。赤くなるみずき。その額に手を当てる瑞枝。
「大変。熱がある」
「お姉ちゃん。すぐに寝て。また熱でやられて女の子の心になっちゃったら…」
「ち…違う違う。熱があるのは照れたからで」
(やりすぎたか…)
 もみくちゃにされながらみずきは考え直した。
「ふたりともオレの話を聞いてくれ」
 とりあえず男言葉になったので、話を聞くくらいはしてもいいかとなった二人。

 そのころ。ファミリーレストラン。「ゆうかり」では、真理が中尾恵と対面していた。
「そっか。引っ越すのか」
「はい。あの家にいると父を思い出して辛いからと。母の実家にとりあえずは」
 中学生の少女には辛い出来事だった。
「真理さんには本当にお世話になりました」
 大人びた仕草で礼をする。背伸びしているのではなく成長してしまったのである。成長を余儀なくされる辛い出来事だった。
「ああ。元気でな」
 もう逢うこともないだろうな…真理はそう予感していた。

 別れの挨拶が済んでふたりは店を出た。そこで分かれた。
「真理さん。今のお嬢さんは?」
 ゆかりの母が尋ねてくる。
「相談に乗ってたんですよ。結局は何の力にもなれなかったけど」
「そうですか…ところで」
 どうやらこれからが本題のようだ。
「ゆかりの夢を見ました。夫婦揃って同じ夢を」
 はっとなる真理。
(アイツ…もしかして斑がいなくなったことでお別れに?)
 殺人鬼の魂は消滅したと氷室響子が真理や瑞樹に告げた。
 正確には無力な存在への憑依を認知したのだが、わざわざ気苦労をかけまいとあえてウソをついた。
 だから真理たちは斑は消滅したと信じ込んでいる。
 もっとも信じなかったところで、男も女も老いも若きも片っ端から「斑なのでは?」と疑っていたら切りがない。
 ちなみに斑が人から人へ渡り歩いていたのは、あの激闘の後で瑞樹たちにも真理が説明していた。

 どこか悟ったような表情の母親。
「あの子が言うんですよ。『パパ。ママ。私のことを心配してくれてありがとう。でももういいから』って」
 行方不明でいつか娘が帰ってくると信じて動けない両親に、娘自らが言いに来たのか。
「それで『先に逝くのを許して欲しい』とも。貴女にもお礼を言って欲しいと」
 ここでついに耐え切れず嗚咽が。
(ゆかり。お前って奴は…)
 真理も我慢できなかった。涙がこぼれる。ふたり抱き合って泣いた。

 ひとしきり泣いた後で真理は切り出す。
「おばさん。実はひとつ許可をもらいたいんですが」

「いいわ。それ。ぜひお願いするわ。きっとゆかりも喜ぶから」
「はい。でも今すぐじゃないですよ。何年先だか…」
 パートナーになる男の顔はひとつしか思い浮かばない。

 赤星家。みずきの口から語られた言葉に驚く瑞枝と薫。
「……本当にいいのね?」
 いつもは問答無用な瑞枝が珍しく確認してくる。みずきは頷く。
「わかったわ。任せて。春休みの間に立派にしてあげるから」
「そういうことなら協力しちゃう。んー。腕がなるわぁ」
 恐ろしく嬉しそうなふたり。
(は…早まったか?)
 早くも後悔するみずきだが時すでに遅し。
「今日からお風呂の温度設定は38度ね。ぬるま湯に長時間と言うのが美容にもいいのよ。お姉ちゃん」
「じゃお台所はいいからひと汗流したらお店を手伝ってあげて。やっぱり人前に出るのが一番だから」
「お…おう」
 その途端にふたり同時に厳しい注意。
「「言葉遣い!」」
「は…は〜い」
「まぁ可愛いから許してあげる。さぁ。もっと可愛くしてあげるから期待してていいわよ」
(期待より覚悟だな…)
 そんなことを思いながら風呂場に行くみずきである。

 翌日。上条家。
 珍しく朝から家族四人でいる。
 多忙を極める父だがこの日は非番で、そして呼び出しもなかった。
 そこで家族会議だった。
 繁から時計回りで妻・あかり。長男・明。長女・輝と言う席の位置。
 重い雰囲気の中で繁が口を開く。
「父さんは…警察を辞めようかと思っている」
「ええっ?」
 驚いたのは輝。意外なほど冷静なのが明。
「どうして? どうしてやめちゃうの?」
「結果として…何の(有効な)物証もないのに、一人の男を無理心中にまで追い詰めてしまったんだ。責任を取らないといけない」

 中尾勝は死亡したため書類送検である。罪状は殺人未遂。
 これについては当の姫子本人が減刑嘆願したのだが、既に死んでいるのではと動かなかった。
 皮肉にもいくつも犯した斑の殺人が立証不可能なために「中尾勝」に着いた汚名はこれだけですんだ。
 それにしても一年間のノイローゼ説もあり、発作的なものではないかと「名誉」の点では傷が軽い。

「責任を取ると言うのなら、その方法は違うと思う」
 真面目な話と言うこともあってか真剣な表情の明。
「辞めてもどうにもならないよ。むしろ一人でも多くの人を救うのが警察官としての責任のとり方だと思う」
「明」
「お兄ちゃん…」
「父さん…この世の中にはスーパーヒーローも魔法少女もいないかもしれない。けど『正義の味方』はいる。弱き者を守る立派な仕事…それが警察官じゃないの?」
 静かなる食卓。明はさらに続ける。
「そんな誇りある仕事を投げ出すのはどうかと思う。それに…僕も『正義の味方』になりたい。もう大切な人が血を流すのは真っ平だし」
 綾那の重傷も知るのは一部の少女たちだけ。上条には深い傷となった。
「そうか…正直迷っていたんだが…お前の言葉で気が変わったよ」
 懐から白い封筒を取り出す。達筆で「辞職願い」と書いてあるが、それを繁はビリビリに引き裂いた。
「簡単に気が変わったところを見ると、やはり私はこの仕事が好きなんだな」
「ならなおさら辞めるなんてなしだよ」
「ああ。忘れてくれ」
「それじゃそのまま待ってて。ご飯の準備するから」
 クールなあかりは三人に言いたいだけ言わせようと黙っていた。
 だが子供と思っていた息子の言葉が解決してしまった。
 ふたりの親は息子の成長に目を細めていた。

 そして…
(あぁん。お兄ちゃん。格好いい。もう。どうして血が繋がっているのかしら? 血が繋がってさえなければ)
 危ない方向にスライドしていく妹・輝であった。

 偶然にも同じころ。若葉家でも話が行われていた。
「ママ。あのね、ボク…明君のお嫁さんになるね」
 学校ではないので編んでない髪の毛がソバージュ状の綾那。春らしいワンピースだがまったく「いつもの私服」に見える。
 それでも赤くなった表情などがことさら「乙女」に見せていた。
 その言葉を受けての反応は違っていた。
 「何をいまさら」と言う表情の母・沙羅。
 深い衝撃を受けへたり込む弟・朝弥と対照的な反応だった。
「姉ちゃん。考え直せ。アイツとじゃ不幸になるぞ」
 認めたつもりだったが具体的に「結婚」とまで言われると狼狽する。
「考えなくっても大丈夫だもん。明君ボクの事が好きだもん。それがわかったんだからふたりの間には障害は何もないもん」
 恐るべき短絡思考。だが意外にもと言うか、「さすがに」と言うか母がストップをかける。
「待ちなさい。綾那ちゃん。それは早いわ」
「そ…そうだろ。母ちゃん。そう思うだろ」
 味方を得て強気になる朝弥だが
「明君もまだ16でしょ。女の子は16でお嫁にいけるけど、男の子は18にならないと結婚できないのよ」
 朝弥はこけた。
「あ。そっかぁ。まだダメだね」
 明るく笑う綾那。時間の問題だからそんなに拘らないようだ。
「後2年待ちなさい。そしたら盛大に結婚式を挙げましょう」
「うん。ママ」
 夢見るふたりの女。その傍らで絶望感から屍のような朝弥であった。

 春休みの中盤。だが無限塾の校庭では三人の少女が走りこみをしていた。
 それがすむと荒い呼吸を整えに掛かる麻神久子。息ひとつ乱していない谷和原友恵。ひっくり返る佐倉みなみ。
 正義クラブの三人娘であった。
「よし。それではこれから特訓に入る」
 指導するのは顧問である藤宮博。
「おねがいします」
 あの事件で何もできなかった三人は、己の無力さに打ちひしがれて、こうして特訓を志願したのである。

 同じころ。渋谷の真理のマンションではいつも以上に乱雑になっていた。
「姉さん。これはどうします?」
 ボロボロのスカートを広げて絵梨香が尋ねる。
「あー。捨てちゃって。忘れてた。捨てるの」
「もう。ゴミ溜めすぎよ。姉さん。引越し屋さんの前に私たちが来て正解ね」
 中尾にすがり付いて泣く恵の姿を見て真理は自分はまだやり直せると思った。
 「親子」に戻れるかもしれないと思った。
 そのためにまずは一緒に住もうとなり村上達也に申し出て快諾された。
 引越しを三日後に控えていたがまるで進まない。

 絵梨香はその様子を見に来たのだがあまりの惨状に手伝い始めた。さらには
「これは捨てていいんですね。真理」
 隣の部屋から汚れたブラジャーを手に村上達也が現れた。
 絵梨香は救援を求めて父に連絡したら、達也自身が出向いてきた。
「あー。何もってやがんだ。このオヤジ
 真っ赤になった真理は達也から下着をひったくる。
「…オヤジ…」
 そういわれて呆然としている達也。
「オヤジをオヤジといって何が悪い!?」
 しかし達也が呆然としたのはそれが理由ではない。
「オヤジ…聞きましたか。絵梨香。真理が私のことを『親父』と」
「聞いたわ。パパ。とうとう姉さんが父親と認めてくれたのね」
 そこにはビジネス最前線の企業戦士ではなく、一介の親ばかな父親だけがいた。
「チョ…ちょっと待て。この場合の『オヤジ』は中年男の意味で」
「真理。私は嬉しいですよ。やっと私を父親と認めてくれましたか。なぁに。私たちは家族なんだ。多少は恥ずかしいものを見られてもどうと言うことはない」
(ダメだ…舞い上がってやがる…)
 真理はげんなりする。絵梨香まで達也とはしゃいでいる。それを見ていたら受け入れる気になってきた。自然と優しい微笑が。
(でも…確かに悪い奴じゃないみたいだ。母さんはこんなところに惚れたのかな)
 真理は亡き母の遺影を見る。
(母さん。母さんの思い出のあるここから出るよ。そして新しくみんなでやり直して見るよ…母さんの愛した人と、アタイの新しい家族で)

 新宿。榊原の実家では榊原が姉にプロレス技の4の字固めをかけられていた。
 相手の右足を曲げさせまっすぐな左足の上に。
 仕掛けた側の左足が相手の右足の付け根に差し込まれ、そのまま左足が相手の右足を下に押し付ける。
 同時に右足も相手の右足を下に押し付ける。相手の左足があるのでそこに食い込み痛める。
 さらに言うと女の脚なので短めで、それが余計に密着させる。女の柔肌ゆえにさらに密着し隙間がない。
「いたたたたた。痛い。姉ちゃん。気持ちいいけど痛い」
 マゾ趣味ではない。「気持ちいい」は柔肌が当たることをさしている。
「あんた。きちんと真理ちゃんと付き合っているの?」
 姉はそれを聞いていた。文字通り「体に聞いていた」。
「つ…付き合うって…なんだよ。キスもしたし、一発はやりそこなったけど」
 墓参りの時。あれが最大の接近だった。
「そういうことを聞いてるんじゃない。女の子の気持ちを大事にしてるのって聞いているのよ」
「よ…余計なお世話だ…いたたた。脚に力入れるなよ。痛い。いたたた。お…オレと真理は体はともかく心は繋がってるからいいんだよっ」
 ふと力が抜かれた。良子は脚を抜いて技を外した。そしてにたにたと笑う。
「ふ〜〜〜〜ん。『心は繋がっている』か。アンタらしくない台詞ねぇ。心よりも体を取りそうなあんたらしくも」
「い…いいだろ」
 痛めつけられた足をさすりつつ、榊原は赤くなって横を向く。
 顔の構造自体は老けたままだが、そのときだけは16歳の少年らしい可愛らしさが出ていた。
「んっふっふっ。上等上等。少なくとも嫌がる真理ちゃんに無理に迫ったりとかはしてないみたいだし」
「そんな事しなくても俺とアイツは結婚するよ」
 それはいつか見た予知夢。もしかすると自身の気持ちが出たのかもしれない。
(どっちにしても俺はもう真理がいないとダメらしいや…)
「おやおや。随分ときっぱり。まぁそこまでの覚悟なら恋愛を楽しみなさい。デートとか」
「ああ。いつしてもいいようにゴムは持ち歩いているし、48手の鍛錬には余念はない。いつでもひいひい言わせる自信はある
 思わず立ち上がり力説する榊原。その立ち上がりかけた左ひざに飛び乗る良子。
 そのまま和彦の左ひざを踏んで右足で顔面にキック。シャイニングウィザードだ。
 悲鳴を上げる間もなくマット…ベッドに沈む和彦。それに向かって呆れたように言う涼子。
「あんたはもうちょっとセンスのほうを鍛錬しなさい」

 そして春休みが終わりみずきと七瀬は二年生に進級した。その初日。
 七瀬はいつものように喫茶店の入り口から入る。カウベルの音を聞いて出てきたのは薫だ。
 ピンクのトレーナーとデニム地のスカート。オーバーニーソックスと可愛い格好である。
「七瀬おねえちゃん? うっわぁーっ。綺麗。さすが17才」
「薫ちゃんも入学おめでとう。明日が入学式ね」
 薫はみずき同様に無限塾への進学を決めていた。
 理由はやはりその性別。無限塾は「性同一性障害」などの可能性を考慮して、女子制服での登校を認めていたからだ。
 くわえて言うなら逆の立場もいるのではないかと薫は夢見ていた。
 そう。心は男だが肉体は女と言う自分の真逆。その出会いにも期待していた。
「ありがとう。そう言えばなんだか久しぶり。そのせいかな。随分と髪が」
「あ…みずきまだかな」
 話を打ち切られた薫だが、それが照れから来るものと察したので気分は害してない。
「待ってて。今呼んで来るから。お姉ちゃんったら今頃恥ずかしくなって。ぷぷぷ」
(恥ずかしく?…)
 みずきと七瀬は春休み中はまったく顔をあわせなかった。
 訪問したのは一度だけ。そのときはみずきがいなかったらしい。
 そのみずきが出てきたらしい。
「じゃーん。ごたいめーん」
 薫が陽気に言う。二人の視線が絡み合う。
「な…七瀬なの?」
「み…みずきなの?」
 七瀬の変貌。それは髪の毛。あの屋上での闘いの時点では既に肩口に掛かっていたが、春休み中も伸ばしていた。
 そしてそれを前日にストレートパーマをかけたためウェーブが消えて背中まで届いたのだ。
 目立つのはそれだが他に挙げるとスタイル。成長期で無駄な肉が削げ落ちたらしい。
 いつも乱闘で知らず知らず鍛えられたせいらしい。
 そしてその「鍛え」は胸元にも影響を。刺激したらしくバストアップしていた。
 とうとう90に乗っていた。CカップがD…でもきつく。パッドを入れてEを使っていた。
 全体的にすっきりとしつつ胸元のボリューム。そして長い髪とこれだけは変わらない優しい笑顔。
 女でさえ惚れそうな女になっていた。

 一方のみずき。こちらはクラスメイトとの交換条件で、やはり髪を伸ばしていた。
 実は春休み中はまるで男に戻ってない。そのため爆発的に髪が伸びて腰に達していた。
 肌は日光の少ない時期と言うのもあってかどんどん白く。おそらく女性的にしようと体が働きかけている。
 そしてみずきもEカップになっていた。一時は胸から痩せて82になったが今は86に。
 しかしそれだけではない。何か大きな、それでいて自然な変化がある。
 その答えはすぐに出た。みずきはきらきらと輝く笑顔で七瀬に駆け寄る。そして自然に七瀬の右手を取って両手で包む。
「うっわぁーっ。七瀬。綺麗になったわねー。スタイルもよくなったみたい。かっわいい」
「みずき……その言葉遣い?」
 七瀬は呆然とした。そう。感じた違和感は「女らしくなったこと」だった。
 細かい仕草。よく見るとかすかに光る唇。立ちながらも膝を揃えている。
「あ…とりあえず出ましょ。落ち着かないから」
 みずきに押し出されて七瀬は店の前に出た。

 出た途端に七瀬は詰め寄る。
「どうしちゃったのよ? みずき。その言葉遣い。まさかまた女の子の心に」
 七瀬の心に秋から冬にかけての悪夢が蘇える。
 それは瑞樹が首を振って否定した。
「でもその格好。いくらみんなとの約束があるからって」
「それもあるけど…気がついたんだ」
「何に?」
「この姿もまた、自分自身なんだってことに」
「……」
 確かにその通りだ。だが、どうしてここまで女性的に。
「春休みに入る前にね、坂本先輩のところに行ったんだ」
 とうとう本格的に頼みに行ったのか。七瀬はそう思った。
「そこでね、言われたの。『一生そのままかもしれない』って」
 坂本の父の頬を思い切り張り倒したい衝動が沸きあがる七瀬。いくらなんでもそんないい方って…
「そのとき女の子だったせいか泣いた。思い切り泣いた。そしたらすっきりした。泣いてすっきりするなんて自分が本当に半分は女なんだなぁって実感した」
 確かに男だとやりにくい行為ではある。
「鏡の自分の顔を見て思ったの。自分の半分を一生嫌って生きるのは辛いな…って」
「みずき……」
 みずきはそこで女の子そのものの笑顔を見せる。
「それならね、好きになってみようって思ったの。どうせ一生付き合うんなら、こっちの姿も好きになってみようと」
「つまり…好きになろうとして理想に近づけた結果がこの女らしさなわけ?」
「それもあるわ」
 話に没入していることもあり、またみずきは普段から学校では偽装のため女言葉を口にしていたこともあるので流している七瀬。
「自分が男であろうとして『男っぽい行為』に拘るなら、きっと女のあたしは『女らしい行動』に拘るんじゃないかなと」
 七瀬は考えをまとめている。
(なんだかよくわかんないわね。こういう直感的な考え方って、確かに女の子みたいだけど)
「100%の男に戻れるのなら女の部分を消してもいいかもしれない。けど、一生女の自分とも付き合うならその女の部分も大切にしたいの」
 これはなんとなくわかった。そしてみずきの表情が柔らかいものから変わる。
『オレ』『あたし』を否定しない。『あたし』『オレ』を否定しない。女の部分を否定したら、男の部分も否定される」

「そっか…吹っ切れたんだね。みずき。そして受け入れたのね」
 みずきを苦しめた問題。それはみずき自身が悩みぬいて一応の結論を出した。
 もちろん先は長い。考えが180度変わったりもするだろう。
 それでも一本の道を見つけ出した。それが七瀬には喜ばしくて、思わず微笑んでいた。

「それにしても…随分と女らしくしたものねぇ。言葉は学校でのそれとしても仕草とかも」
「うん。お母さんと薫に春休み中のコーチを頼んだら、こんなになっちゃって」
 小さく笑う。どうやら完全に女としての自分も受け入れたらしい。
「でもな、これには作戦もあるんだぜ」
 いきなり男の口調に戻る。驚く七瀬。
「見てろよ。クラスの奴ら。女子も。成り行きで女らしくした約束をこちらから反故には出来ないが、絶対そっちに撤回させてやる」
 可愛い女の子の姿と声で乱暴な言葉遣いは本来なら感心しないが、みずきの中の男の部分が消えてない証拠で七瀬は安堵したのが正直なところ。
「それでね、七瀬」
 再び女の子の口調と表情に戻る。
「こんなあたしも一緒に好きでいてくれる?」
 不安そうな女の子の表情。上目遣いは計算か? 無意識か?
(か…可愛い…)
 不覚にも七瀬は母性本能を刺激された。思わず抱き締めていた。
「な…七瀬?」
 ビックリしたみずき。
「わかったわ。貴女ともなかよくしましょう。みずきちゃん」
「うんっ。これからもよろしくね」
 二人の間に「女の友情」成立した。

 喫茶店内部から二人の会話を読み取っている秀樹。声は聞こえないが唇の動きを読んでいる。
「ふふ。見てくれは女らしくなったが、決めた覚悟はもっと固いな。塾長の言うとおり女として男を磨いたようだ」
 めったに褒めない父が褒めた。
「ボクも…スカート穿かないとダメなのかな?」
 かなり不安そうな末弟の忍。確かに女性服が似合いそうな小学生である。
「うふふふ。そのときはあたしがお化粧してあげるね」
 イジワルと言うより本気でしたがっている薫。
「そうだわ。忍ちゃん。今日はデパートに行きましょう。あなたにワンピースかってあげるから」
 ジョークと思えない微笑。忍はまたその小さい胸を痛めることに。

 話し込んでいたら時間がだいぶたった。
「いけない。もうこんな時間」
 左手の内側に文字盤を配した状態の腕時計を見てみずきが言う。
 そして七瀬の左腕に自分の右腕を絡める。
「行きましょ。七瀬」
「う…うん…」
 腕を取られた七瀬の返事は歯切れが悪い。
 その心を察したのはみずきの女の子の心か。男の子の心か。
 腕を離すと七瀬の右斜め前に。そして左手を差し伸べる。

「行こうぜ。七瀬」

 強い口調の男言葉。七瀬の表情が明るくなる。
 白くて小さく、細くて柔らかいみずきの手に自分の右手を委ねる。
 少女の手に委ねたはずだが、力強い少年の手の感触がしたのは錯覚か。

「行きましょ。みずき」

 二人の少女は晴れ晴れとした心で元気よく。仲良く手をつないだまま、二年生の第一歩を踏み出した。

男として恋人。女として友達。

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの陽崎杜萌子さんに感謝!






最終回予告

 時は流れ少年たちと少女たちは進級し、卒業し、結婚して、次の世代へとバトンを託す。見よ。これが彼らの生き様だ。
 PanicPanicグランドフィナーレ
 エピローグ『Wonderful Life』
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