エピローグ「Wonderful Life」

結婚式編

 瑞樹と七瀬が25歳の年の十月一日。秋晴れの日に二人の結婚式がとりおこなわれた。朝からの挙式である。
 ちなみにこの日取りだがジューンブライドは梅雨時で瑞樹が嫌がった。
 そこで気候の安定した時期を選ぶことにした。その結果この日になったのである。

 既に区役所に婚姻届を提出しており、法律上は既に夫婦となっていた。
 そう。この日から七瀬は赤星七瀬と名乗ることになる。

 現在は結婚写真の撮影中。まずは夫婦二人だけのものを。後から親族勢ぞろいのものを撮る。
 瑞樹はタキシード姿。髪は高一のとき同様の髪型。
 カチコチに緊張していたが無理もない。

 新婦である七瀬はウェディングドレス姿。
 純白のドレス姿に七瀬の父は男泣きし、母は娘の晴れ姿にうっとりとしていた。
 瑞樹の親族である薫もうっとりと眺めていた。
 ちなみにフォーマルなドレス姿。左手の薬指には渡辺千明から送られた婚約指輪が光っていた。
 こちらも翌春に挙式を予定しており、ウェディングドレスの採寸をしていた。
 「婿入り」するため戸籍上の名前も渡辺薫となる予定である。

 カメラマンが細かく指示を出す。
「はい。それじゃ…新婦さん。もうちょっと顔上げてもらえます? あご引いて。ああ。新郎さん。そんなに緊張しないで」
「そ…そんなこと言ったって…」
 婚姻届の提出。タキシードでの撮影。加えて自分がドジへの懸念が彼を過剰に緊張させていた。
「瑞樹…大丈夫よ」
 優しい七瀬の微笑。今日から妻となる女性の微笑。昔からの変わらない優しい微笑。そして女子として通うことを余儀なくされた学園で支えてくれたこの笑顔。それに力づけられて緊張が和らいだ。
 いい表情になったのをプロのカメラマンが見逃すはずもなかった。
「おっ。いいね。じゃ撮りまーす」
 フラッシュが光る。

 会場となるホテルは姫子の実家の系列。友達と言うことで安く使えた。
 二次会も同じ場所でなのを不思議に思う出席者もいた。
 そうかと思えば瑞枝などは二次会のほうを本番扱いしているようだ。

「明君。遅い!」
 ドレスに身を包んだ若葉綾那が、受付に現れた長身の青年に言う。
 背中までのソバージュ。子供っぽい顔は相変わらずだが、さすがに20代だけに化粧もしている。
 両耳には花をモチーフにしたピアスが。そして左手には指輪が光っていた。
「ごめん。土壇場でこそ泥が捕まって」
 スーツに身を包んだ青年…上条明は平謝りだった。
 綾那に比べると変化は少ないが、その左手にはやはり指輪が。
 二人も挙式を翌年に控えていた。

「もう。お休みもらったんでしょ」
「悪い悪い。警官の宿命って奴でさ」
 彼は念願の警察官になったのである。
 結婚式の出席と言うことでよほどの非常事態でない限り呼び出さないと約束されたが、近くに逃走中の被疑者がいてはさすがに応援せざるを得ない。
 そちらは何とかなったが準備のやり直しで時間をとられてしまったのだ。

「お久しぶりです。上条さん」
 和服姿の北条姫子である。十代の頃から常用していたが、この日は晴れやかな式で華やかなものを着ている。
 もちろん花嫁より派手にはしてない。もともとそんなに派手な性格でもないのだ。
 長い髪を纏め上げ十代の頃にはなかった「色気」も出てきた。
 それでも清楚なイメージに変わりはない。
 薄化粧はしているがピアス穴は開いてないし、爪にはマニキュアもない。
 ただやはり左手には婚約指輪が。
「姫ちゃん。久しぶり」
 若手警察官の上条と、北条グループの時期当主としての立場の姫子。
 互いに忙しくて久しぶりの対面だった。
 綾那は「家事手伝い」だが、空いた時間は上条のために使っていてやはり姫子や真理。そして七瀬とも久しぶりだった。
 再会を喜ぶ綾那と姫子。そしてひっそりとしていた和装の青年に上条の目が。
「君も久しぶりだな。風間」
「上条。お主も壮健そうで何よりだ」
 風間十郎太。彼も立派な青年に成長していた。
 学生時代から渋みがあったが成人したからかいっそうそれを増していた。
 現在の彼は学生時代と変わらない。姫子の護衛である。
「君もそろそろ?」
 左手を見ながら上条が言う。
「目ざといでござるな…かつては他者の行動など気にも留めなかったのに…」
「これでも警察官でね」
 そろそろとは指輪のことである。もちろん相手はひとりしか考えられない。
 今までは任務として護衛であったが、それからは「夫」として守っていくことになる。

 しばらくして最後の二人が来た。榊原と真理だが一同驚いた。
「みんな。久しぶり!」
 真理の元気な挨拶。豪快なところは変わってない。しかしさすがにその注目には耐えられなかった。
「はは。やっぱ目立つよね?」
「真理ちゃん…そのお腹…」
 胸の大きさもあってことさら目立っていたウエストのくびれ。それが完全消失していた。
 大きく膨らんでいた。心なし動きが緩慢に見える。
「安定期だから大丈夫らしいよ」
 彼女は妊娠していた。となりで榊原が視線をそらしていた。

 再会を喜び合う一同だが姫子の態度がおかしい。何かすねている。
「どうした? 姫?」
「ひどいですわ。真理さん」
「なにが?」
 いきなり糾弾されて真理はわけがわからない。
「お式に呼んでくださらないなんて。わたくしたち友達なのに」
「だってやってねーもん」
「え? だってそのお腹…」
 綾那が言うと真理は怒り顔になり榊原の頬をつねる。
「あたたた」
「ぜーんぶこのバカが悪いんだ。大丈夫といわれて許したアタイも悪いけど」
 榊原は医者になった。実家で父の手伝いをして修行中だ。
 「医者」のいうことで信用したら…大当たりだった。
「要するに」
「先にできちゃったのね」
「『出来ちゃった』なんていうな!」
 めでたい場にふさわしくない怒鳴り声。その後で腹を愛しそうになで優しい表情になる真理。
「この子はな、望まれて生まれて来るんだ。ただタイミングが先になっただけ」
 母一人子一人で過ごしてきた真理。愛情には餓えてきていた。だから自分の子にはありったの愛情を注いでいた。
 本人は認めてないが榊原を受け入れたのも子供欲しさ故だった。
「そうそう。お前らだって出来てないだけでやることやってるんだろ」
 この手の言い回しは変わらない榊原。会社勤めをしていたらセクハラで訴えられるのが日常茶飯事だったに違いない。
 「修行」と言うなら病院づとめになりそうだが、自分の手元においておく辺りは親もその危険性を見抜いたらしい。
「滅相もない。式を挙げるまではとんでもない話でござる」
 赤くなった姫子の代りに否定する十郎太。確かにこの二人ならありえる展開。
「あたしはいいって言ってるんだけど…」
 相変わらずさらっととんでもない発言の綾那。学生時代の自己代名詞。「ボク」はこの時点では「あたし」に完全に変わっていた。
「いや…なんか犯罪チックでさ。警官としてはね」
 確かにメイクを落としたらまだ十代で通用しそうである綾那。
 ちなみに身長は151にまではなった。それで止まったともいえるが。
 胸は相変わらず薄い。

 列席者はすべて着席した。姫子はオーナーのような立場だが友人一同のエリアにいた。
 長いテーブルにつくパターンでなく、幾つもの丸テーブルがあるパターンだった。
 小さいテーブルには秀樹を初めとする赤星一家が。
 二十歳の青年に成長した忍だが、上二人を見ればわかるとおり見事に女顔だった。
 小柄なのもあり女装したらけっこう気がつかれないのではないかと言うほどだ。
 こちらは正真正銘の女装である薫だが、肩幅の狭さといい顔といい女にしか見えない。
 フォーマルなレディスーツを着こなしていた。
 夫妻も幾分は老けたが健在。特に留袖姿の瑞枝の優しい微笑みは変らない。
 秀樹も鋭い視線は変わらないが、場所が場所だけにだいぶ柔らかく。

 新婦側には及川一家がいる。こちらも弟たちが青年になった辺りに年月を感じさせる。

 七瀬は意外かもしれないがOLになっていた。
 いずれは家庭に収まるのならその前に社会に出ておくのもいいと思っての話だ。
 だから列席者には会社の同僚などもいる。
 瑞樹の方は実家の喫茶店を引き継いだ。
 完全な男の時代はウェイター。変身体質ではウェイトレスとして馴染んできた場所。
 そういう理由といくら「会社」では「水泳」がないといっても、ばれるリスクはある。
 正確にはばれた場合の反応の大きさ。
 だから個人経営の道を選んだ。
 秀樹もこれには反対しなかった。この時点でも特殊捜査官としての活動は続けていたので、瑞樹が店を手伝ってくれるなら助かるからだ。
 話がそれたが、会社勤めをしてないので新郎側にはそういう列席者はいない。

 照明が落ち、ライトが扉に当てられる。
 荘厳な音楽と共に新郎新婦の入場だ。
 タキシード姿の瑞樹は緊張で強張っている。ヘタしたら右手と右足と言う具合に歩きかねない。
 一方の七瀬。純白のウェディングドレスに身を包み、美しく飾られていた。
 ライトアップもあり輝いていた。
「綺麗…」
 若い女性からはそんな言葉が口をついて出てきてしまう。うっとりと見ていた。いつか自分がそれを着る時のことを夢見ていた。
(あーあ。赤星の奴。あんなに緊張しちゃって…)
 榊原は思うが人事ではない。真理が出産を済ませて体形が戻ったら挙式をする予定なのだ。
 自分が同じ立場に立つのである。
 ちなみに真理のこだわりで入籍は挙式の後にする予定である。
 だから妊娠しても未だ「未婚」である。

 ゆっくりと時間をかけて前へ。そして一礼する二人。
 二人が選んだ方式は「人前式」と言うものだ。「神前式」ではない。
 この方式は互いに違う宗教を信仰していた場合に行われるケースが多い。
 瑞樹と七瀬の場合は正反対。二人とも信仰していない。
 むしろ形式ばったものを避けるためにこの方法を選んだ。
 いわゆる「和式」やキリスト教の形式にも当てはまらないこの方法で。

 和式…神前式だと神への報告を持って婚姻の成立。教会でのそれは誓いの言葉や指輪の交換でそれになる。
 しかし人前式だとこの形式がない。
 では二人はどうしたのか?

 チョイスはシンプルだった。
 二人は視線を交わしてタイミングを取る。瑞樹から切り出した。
「私、赤星瑞樹と」
「私、及川七瀬は」
「ここに結婚することを宣します」
「互いに助けあい」
「支えあって」
「終生変わらぬ愛を誓います」
 そう。その場で宣言をしたのである。
 届けは既に出してある。法律上では二人はもう夫婦。
 けれどこの宣言がむしろ始まりといえるであろう。
 大きな拍手で祝福される。
 この瞬間こそ二人が夫婦として関係者に認められたそのときだ。
 涙を流すかと思った七瀬だが、意外にも微笑んでいる。
 瑞樹も一番のプレッシャーから解放されて、ほっとして微笑む。

 通り一遍の行事をとりおこなわれる。
 そして友人代表のスピーチ。これは榊原だった。
 マイクの前に立つ榊原に視線を送る瑞樹。睨むと言ってもいい。
(余計なことを喋るなよ〜〜〜)
 この場にいるものの中には瑞樹の体質を知らないものも多い。
 まさかそんな中で暴露はあるまいが。
「赤星瑞樹君。七瀬さん。結婚、おめでとうございます」
 まずは普通の切り出し。頭を下げる新郎新婦。
「ご両人とは高校時代の友人でした。二人は知り合ったときから仲がよく、まるでもう結婚しているかのようでした」
 笑いが起きる。
(もう…榊原君たら…)
(このやろう〜〜〜〜反論できないからって好き勝手言う気か…お前の結婚式で覚えてろ)
「聞けば生まれた時から付き合いと。それが幼なじみ。クラスメイトを経てこうして夫婦になりました」
 改めて考えて見ると七瀬は他の男に恋したことがない。
 瑞樹も他の女に恋したことはない。が、一時的に嫉妬心から来る錯乱で女性化したときは坂本に恋しているという勘違いならある。
「低確率の偶然で出会い、そこから結婚に至るのを運命的な出会いと申しますが、これだけ長い間そばにいながら結婚まで至ったのも奇跡的ではないかと思います。それこそ生まれた時からの運命だったのではないでしょうか」
 ここで瑞枝や虹子の目に涙が。子供の幼い頃を思い出してしまったようだ。
「それでここまできたらもう大丈夫。多少のケンカはあるでしょうが、これだけしっかりした絆が結ばれているのです。それこそ永遠に夫婦生活は続くでしょう」
 「永遠に」は物理的にありえないが、だからといって「死が二人を分かつまで」はいくら教会での言葉で使われていても言いにくかった。
 この際めでたさ優先で「永遠に」である。

 中々堂にいった喋りである。未成年の頃は老けて見えていた顔だが、この頃ではそうでもなくなっていた。
 しかし貫禄は出てきた。このスピーチでもそれがよく出ていた。
「新郎が引っ張り、新婦が支える。そんな夫婦になるのではないかと思います。願わくば私が家庭を持ったとき、家族ぐるみの付き合いをしたいと思っています。そしてそれは実現すると思っています」
 真理はここでお腹を撫でる。この中には新しい家族がいる。
「改めまして。赤星君。七瀬さん。結婚おめでとうございます」
 礼をすると拍手が送られる。新郎新婦からもだ。
 その中を堂々と自分の席へと戻る榊原。友人たちから称えられる。
「見事なり」「さすがですわ」「すっごいね」「グッジョブ」
 そんな中で彼はめがねを外してマッサージをする。
「どうした? カズ」
「……緊張した……」
 やはり人の子と言うことだ。

 ウェディングケーキ入刀。そして宴が始まる。
 それぞれがビール瓶を手に新郎新婦の元に。
「よっ。赤星。及川…ごめん。もう君も赤星か」
「お久しぶりね。上条君」
「来てくれてありがとうな」
 さすがに緊張が解けてきた。
「七瀬ちゃん。みーちゃん。結婚おめでとう」
 綾那は手ぶら。呑んで呑めなくはないが、やはり甘いジュースの方が合うらしい。
 七瀬も同様。付き合い程度なら軽く呑めるが、どちらかと言うとソフトドリンクがよかった。
 それを知っていたので綾那は持ってこなかった。
「形だけになるが」
 グラスにビールを注ぐ。
 客と違い抜け出せないのでトイレ対策が要る。一番なのは呑まないこと。
 隠れているが下に捨てるためのバケツが用意されている。
「やっぱりわかっているわけだ」
 こういう「裏」を知っているのは自分も近くて情報を得ているから。上条の左手を見て瑞樹が言う。
「まぁね」
 一方では綾那が七瀬から視線を外せなかった。
「七瀬ちゃん。綺麗」
 やはり女同士である。綾那は花嫁姿の七瀬に釘付け。
「ありがとう。綾那ちゃんももうすぐよね」
「えへへへ」
 綾那も婚約指輪を見せる。

「瑞樹さん。七瀬さん。ご結婚おめでとうございます」
 口上は姫子。十郎太は無言のまま一礼。
「ありがとう。姫ちゃん」
 七瀬の幸せそうな笑顔にため息の出る姫子。
「学生の頃から七瀬さんの笑顔はいっぱい見てまいりましたけど、今ほどいい笑顔はありませんでしたわ。やっぱり女の幸せは結婚ですわね」
 嫁入り願望の強い姫子らしいコメントである。
「赤星…と、もはや二人とも赤星か。では瑞樹殿。お主の肩にお家の繁栄は掛かっていること、努々忘れぬことだ」
「……風間らしいコメントだな…ありがたく受け取っておくよ」

 互いに多忙で電話する程度になっていた榊原や真理。
 直接会うのは半年振りくらいなのだが…二人とも真理の膨らんだお腹から目が離せない。
「な…なんだよ。七瀬。あんただってそのうちこうなるんだよ」
 乱暴にいうが照れから頬が赤い真理である。
「お…おめでとう。真理ちゃん」
「こらこら。お祝いを言うのはアタイのほうだろ」
「いやいや。でもめでたいよ。家族が一人増えるんだし」
「家族…か」
 瑞樹の言葉に遠い目になる真理。
「そうだよな。順番違ったけど、アタイも今、すっごい幸せ。この中に血を分けた家族がいると思うと」
「だから赤星。おまえもちゃんと夜のつとめは怠るなよ。でないと浮気されちまうぞ」
「結婚式でなに言ってんだろうね…この男は…」
 もちろん親友同士ならではのやり取り。怒ったりはしない。

 次から次へと祝福に訪れる。だが新婦・七瀬が席をはずし、しばらくして新郎の瑞樹も出た。
 もちろんお色直しのためだ。
 その間に行われたのはスライドショー。照明は軽く落とす。それで充分だった。

 赤ん坊の頃。いきなり「2ショット」で驚く人もいる。
 幼稚園。小学校。中学では七瀬はセーラー服だったため、高校で一緒になった面々は新鮮な印象が。
 問題の高校時代。七瀬は数多いが瑞樹は3年の僅かな期間だけ。
 当然の話である。この時期以外は「女子生徒」だったのだから。
 出席者の中には瑞樹の体質を知らないものも多い。だからこの処置だったのだが…一枚だけ「赤星みずき」として七瀬と写っている写真が紛れ込んでいた。
 一年の夏休みの九州旅行のものだ。
「瑞樹が女装?」
「いや…よく似た女の子だったが」
 たまたま水着姿の写真。しかしそれが幸いした。
 水着姿のおかげではっきりと女の子とわかり「男の瑞樹とは別人」と認識された。
 ちなみに係員もこの水着の女の子が新郎とはわからなかった。だからチェックもれした。
「驚いたな。瑞樹が女になったかのようだ」
 親戚筋からの声。その解釈は事情を知らなきゃ当然。ほっとした一同。
 当事者たちがいたら青くなっていただろうからいなくてよかった。

 この後は無難なものが続いてスライドショーは終了。しばらくは歓談と言うことになる。
 料理が次の皿へと移る。その際に灰皿の交換である。ところが灰皿が綺麗なままだ。
 女性陣は誰も吸わない。上条も十郎太も喫煙癖はつかなかった。それはいい。
 学生時代に吸っていた榊原の手前にある灰皿が使われていない。
 それどころか「邪魔なんで下げてくれ」と言う始末。
「おいおい。僕らに気を使ってくれなくたって」
「お前らにゃ気を使わない。真理にだって使わない。けど…お腹の子には使う」
 そうだった。真理は妊婦だった。
「生まれてきた赤ん坊が吸殻なんかを口に入れたらまずいしな。だから禁煙だ。真理に付き合ってな」
「え? 真理ちゃんタバコ吸うの?」
 綾那がそうとっても無理はない言い草だった。
「吸わないよ。たとえ妊娠してなくてもな。付き合いってのはアタイが酒をやめたから」
「ええっ。お酒をですか」
 この頃では疎遠だったが卒業直後は何度か逢っている。
 女と思えない酒豪振りが印象に残っていたので姫子のこの発言だ。
「最低でも出産するまでは一滴も飲まない。お腹の子に何かあったらまずいし、この子に寂しい思いをさせないためにアタイ自身も長生きしたいから酒は控えることにした」
 真理は母一人子一人で過ごしてきた。
 母は優しかったが食べていくために仕事をしなくてはいけない。そのためいつも寂しい思いをしてきた真理。
 さらには母に早くに死なれて…寂しさは骨身にしみしていた。
 だから自分は早死にしないと誓いの断酒だった。
「しかしそれはまた思い切ったものでござるな」
「大したことないよ。母親になると言う覚悟が決まれば何でもできるよ」
 今ひとつ実感のわかない姫子と綾那。無理もない。
「そうなの?」
「そうだよ。なー、ゆかり」
 お腹に向かって微笑む。
「ゆかり?」
「ああ。お義父さんが診断してくれて。女の子らしいんだ。ゆかりのお母さんと約束していたんだ。アタイが女の子を産んだら名前をもらうと。きっとこの子はゆかりの生まれ変わりなんだよ。アタイのところに来てくれたんだよ」

 明るい状態でのスライドショーだったが照明がまた落ちる。
「新郎新婦。お色直ししての入場です」

 今度はピンクのドレスの七瀬。瑞樹の方はあまり変化がない。
 キャンドルサービスでそれぞれのテーブルに火を灯していく…が、友人席はなかなか火がつかない。
「あれ? あれ?」
「ろうそくの芯にちょっとビールをたらしてみました」
 しれっと言い放つ上条。濡れているので火がつかない。
「こんにゃろ」
 瑞樹がしかめっ面だ、
「ごめんねぇ。長居して欲しくて」
 これは綾那。暗い状態でキャンドルの火だけで浮かび上がる幻想的なドレス姿を見たかったらしい。
 他愛もない悪戯だったが10秒程度伸びただけ。火を灯して次へと移動する。
「カズ。アタイたちもこれ絶対やろう。な」
 既に非処女だが乙女なところを見せる真理。珍しく苦笑している榊原。

 式はつつがなく進行してそれぞれの両親への花束贈呈。締めくくりへと向かう。

 引き出物を手に会場を後にする列席者。笑顔で見送る主役たち。
 その晴れやかな幸せそうな笑顔に、誰もが幸せを願わずにはいられない。

そして第二の人生に

このイラストは参太郎さんによって作成されました。
感謝の意を捧げます。

 その後は七瀬は親しい友人たち相手にドレス姿の撮影会。
 瑞樹の方は「わっしょいわっしょい」と男友達に胴上げされていた。

 こうして二人の結婚披露宴は終わった。だが、これですむはずもなかった。

「じゃ二人とも。第二次披露宴で」
 上条の言葉に渋い表情の瑞樹と苦笑する七瀬。
 その二人にスーツ姿の女性が。
「赤星様ご夫妻ですね。話は愛子さまから伺ってます。こちらへ」

 披露宴は十一時にスタートして二時に及んだ。
 大抵はインターバルを置いて二次会だがそう呼ばず「第二次披露宴」と呼ばれていた。
「いよいよですね。奥さん」
 七瀬の母。虹子が瑞枝に話しかける。
「ええ。このときを思うともう」
 まるでこれからが披露宴のようである。

 「第二次披露宴」に続けて出る人物はホテル内の喫茶店で時間をつぶしていた。
 その間にやはり一息入れた瑞樹と七瀬。だが再び慌しくなる。
 わざわざ別々の部屋に案内される。
 瑞樹の案内されたのが「新婦控え室」で、七瀬は「新郎控え室」だ。

 部屋に入ると瑞樹はタキシードなど脱ぎ捨てていく。脱いだ服はスタッフが片付けてたたんでいた。
 ついにはブリーフだけに。
「こちらを」
 手渡された水の入ったグラス。それを頭からかぶり女になった。
 この時点ではまだ体質は治ってない。
 胸もあらわな美女になる。スタッフは女ばかりとは言えど後ろ向きでブリーフを脱ぎショーツに履き替える。そしてハーフカップブラで上半分を露出させた状態の胸に。

 新郎控え室では七瀬もドレスを脱いで下着姿になっていた。
「それではこちらに履き替えてください。その際にこれも入れて置いてください」
 手渡されたのはトランクスと「ソーセージ」
「ええええっ??? 男装ってそんなことまで?」
「ジョークです。緊張がほぐれました?」
「……脅かさないでくださいよ……」
 しかし緊張を忘れたのは事実。
「本当はそのくらいしたいところなんですが…まぁいいでしょう。でもブラは取っちゃってください。そしたらこれを」
 指示されたとおりにブラジャーを外し、男装用のシャツをつける。
 女性が胸をつぶすために着用する物だ。
 くびれも処置したところで気分を出す意味でランニング。ワイシャツと着こんでタキシード姿へと。

 みずきはウェディングドレス姿になっていた。
 それから化粧を施されている。見事に美しく飾られていた。
「わぁーっ。こんなメイクテクがあるんですね」
「これはですね、チークのぼかし具合がポイントで…」
 新郎とメイクのテクニックについて語ったメイク係など恐らく彼女だけだろう。

 七瀬の方はもっと大変。
 ドレスの時のメイクを落としてから改めて男装メイクを。
 式場のメイク担当は女性を綺麗に見せるテクニックには精通していたが、女性を男らしく見せるテクニックは皆無だった。
 そこで助っ人として劇団でメイクを担当しているメイクアップアーティストを呼んだ。
 この女性は女性を男性に見せるメイクに慣れていた。
 浅黒いファンデーションを塗り、眉を太く見せる。
 髪の毛は後ろで束ねて処置。
 少しでも男の気分に近づけるため男性用コロンもひとふき。

 その頃、とある救急病院。一人の男性が駆け込んできた。
「圭子!」
「あなた…」
 高橋圭子の夫であった。
「お前…大丈夫なのか? 救急車で病院に担ぎ込まれたって。今朝は風邪だって言ってたが?」
「お医者様もそう診断してくれたわ。けど咳がひどくて、そしたらこの子が…愛が救急車呼んじゃったのよ…」
 一人の少女が傍らで眠っていた。泣き疲れていたのは明白。
「『ママが死んじゃう』って泣きながら119番に。止めようにも救急隊員さんに説明しようにも咳がひどくて」
「つまり…早とちりか?」
「そうなるわね…でも嬉しいわ。優しい娘に育っているみたいで。ちょっと泣き虫だけど」
「お前のがうつったんじゃないか?」
 大したことはないとなり余裕が出る。
「何かって言うと抱き締めて泣いていたからな」
「しょうがないじゃない。車道に飛び出したり、ベランダの手すりを乗り越えようとしたり」
「赤ん坊の頃はタバコの吸殻を口にして…おかげでオレは禁煙に成功したけどな」
「死にそうなことばかりしてるからこっちが死に物狂いで助けて。ほっとしたら泣いちゃうわよ」
 そういう行動をこの少女が取り続けたのは言うまでもなく「斑」がこの肉体を捨てようとしているから。
 しかし赤ん坊や幼児の行動に親は目を光らせる。
 隙を突いて「自殺」を試みるがすべて阻止される。
 そしてそのたびに泣いて抱き締め諭される。
 はじめは理解できなかった「斑」だが、そのうちに打算も何もない。親の愛と言う結論に達する。
 そして大事なものを失いたくない気持ちにも。

 この日は立場が逆転した。
 ひどい咳き込み方に死んでしまうのではないかと思った。
 自分を気遣い、己が身を顧みず助けに来て、抱き締めて自分のために鳴いてくれた「母親」。
 無上の愛を注いでくれる存在がいなくなる恐怖。それを味わった。

 享楽的に殺人を繰り返してきた斑信二郎が消滅したのは高橋愛の肉体に封じ込められた日か?
 それとも女児として再びこの世に舞い戻ったその日か?
 やはりこの日、大事な命を無くしたくないと思った日がそうではなかろうか?
 そして「高橋愛」と言う少女へと転生を果たした日ではなかろうか。

「優しい娘に育ってくれるなら親としては嬉しい限りだがね。いいお嫁さんになるかな?」
「この子ね、将来はお嫁さんじゃなくて私みたいに…」

 二次会ならぬ第二次披露宴はかつてのクラスメートを招いていた。
 つまり正体を知る面々。同窓会のようになる。
 わざわざ本物の披露宴のような形式にしたのは、彼らにも参列して欲しかったと言う思いである。
 そして…言うまでもなく瑞枝が発端だった。

 それは婚約を決めて式場を選んでいた頃の話。
 両親と言う先輩に相談をしていた。そのときだ。
「ねぇ。瑞樹ちゃん。お色直しでウェディングドレス着ない?」
「オフクロ…25の息子捕まえてちゃんづけはやめてくれよ」
「だって女の子ならちゃんづけでもおかしくないわよ。ねぇ薫ちゃん」
「うん。ママ」
「瑞枝。無茶は言うな。瑞穂さんたちは知らないのだろう」
 瑞穂と言うのは瑞枝の三つ下の妹。こちらも既婚者である。
 フルネームは天道瑞穂。ちなみに瑞枝と瑞穂の旧姓は月岡。
 さらに余談だが瑞穂の娘、ほむらはしのぶと同じ年で、十歳の頃は男女の双子と思うほど良く似ていた。
 だから当時の忍はみずきや薫に自分が続いてしまった姿をほむらに見ていた。
 閑話休題

「なんてことがあったのよ。愛子」
 実家とは違う喫茶店でパフェを食べながらしゃべっていた薫。
「へぇ。それならもう一度披露宴をしちゃってもいいんじゃない。薫」
 この頃になると二人はすっかり「女友達」である。互いに下の名前で呼び合っていた。
「どういうこと?」
「ウチの系列のホテルを使えば融通が利くわよ。みずきさんの体質とかね」
「いいの?」
「もちろん。こんな面白そうなことを…じゃなくて親友の薫の親孝行のために一肌脱ぐわよ」
「あんたが面白いこと優先するのはもう充分わかってるから隠さなくていいわよ」
「楽しませてもらうから費用も安く収まるように話をつけるわ。それでね、みずきさんだけドレスじゃかわいそうだから及川先輩も…」
 ひそひそひそひそ
「うっわー。七瀬お姉ちゃん乗るかなぁ?」

 愛子から姫子を通じて二人に話がいく。
 意外にもみずきはあっさり受け入れた。どうやら覚悟していたようだ。
 もちろん瑞枝は諸手を上げて了承した。
 願いがかなう上に費用が安くすむのだ。断る道理がない。

 七瀬の方が難色を示したが母親に説得されて渋々了承。
「旦那さんだけ恥ずかしい思いさせたら妻の名折れよ」
 これが殺し文句だった。

 久しぶりにクラスメイトが揃った。
 既に結婚していたものもいた。しかしそれでも妊婦の真理にはみんな驚いたようだ。
 二年からの担任の氷室響子も招かれた。
 懐かしさに会話がはずむ。だが司会者の一言で静まる。
「皆様。第二次披露宴の幕開けです。それでは、新郎新婦の入場です」

 荘厳な結婚行進曲が鳴り響くと扉が開いてタキシード姿の七瀬。そして純白のウェディングドレスに身を包んだみずきがブーケを手に立っていた。
 「新郎」の七瀬のエスコートでバージンロードを歩む「新婦」のみずき。
「綺麗。綺麗よ。みずきちゃん」
 涙の止まらない瑞枝。なんと秀樹まで泣いている。
(なんだか本当にお嫁に行く気がしてきたわ…)
 前述の通り喫茶店の方を手伝っている。そのため女の姿になる。
 それも長くなり、客商売と言うこともあり、また女になると女言葉になるようになっていた。
 思考の際も女言葉である。
 このころでは一人の肉体に二人の人物がいる状態に。

 実はそれもこの「第二次披露宴」を受けた理由。

 最前列にて一例。そして「本物」では結婚宣言だったがこちらでも似たような展開だった。
 マイクを手にする花嫁のみずき。
「みなさん。今日はお忙しい中お祝いに来てくださいましてありがとうございます」
 イントネーションも大人の女性になっていた。
「みなさんご承知の通り私は男でありつつ、女になる体質でもあります。これはもう治らないと覚悟してます」
 研究はされていたがどうにも進まなかった。
「私は今日、男として七瀬さんと夫婦になりました。そして生涯付き合うであろうもう一人の私。この姿の私も七瀬さんの元に参ります」
 喋りが女性的なせいかさん付けになっている。
「そういう意味でこの姿です。私は今日から七瀬の夫であり、七瀬さんの妻にもなったのです」
 これは七瀬がどちらも受け入れたといいたいのだが、どう解釈しても怪しい響きがある。
「その宣言のためこの場を設けさせていただきました」
 ここで二人同時に礼をする。拍手で承認された。

 七瀬にとって男の瑞樹は終生の伴侶。そして女のみずきは終生の友となった。

 真面目なのはそこまでであった。若い面々が揃っているのだ。そしてそんな格式ばったものでもない。
 スタジオで撮らなかった代りにここで撮影会になっていたり、どうせフェイクだからとドレス姿のみずきと記念写真を撮る男たちとか。
 みずきのドレスは学生時代があったので想像はついたが、七瀬の男装は文化祭の時の芝居だけ。
 その再現に女子がうっとりしていた。「美男子」に大騒ぎであった。七瀬は男言葉を強要される始末。
(高校の頃のみずきの気持ちがよくわかったわ…)

 それを見て薫は
(よし。千明さんが「男装」しても受け入れられるわね)と確信持っていたり。
 いいように弄られたみずきはやけで
「ほほほほ。今日から私は及川みずきよ」と言い出す始末。

 無礼講にも程と言うものが…

 第二次披露宴も終わり夜になっていた。
「あー。くたびれた。人をおもちゃにしやがって」
 会場のホテルの一室。赤星瑞樹・七瀬夫妻はそこに一泊してから翌日から新婚旅行だった。
 男に戻ったものの文句が止まらない。
「うふふ。まぁいい思い出になったじゃない」
 散々笑ってストレスもなくなっていた七瀬。
 二人はダブルベッドに並んで腰掛けていた。
 笑顔が消え、真顔になる。二人で窓の外を眺めるように。
「オレたち…結婚したんだな…」
 静かに瑞樹がかみ締めるように言う。
「ええ。私たちは夫婦になったのよ」
 七瀬はそれを言うと立ち上がりベッドの上に。
 そしてちょこんと正座して瑞樹に向かい
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」と。
 あわてて瑞樹も向かいに正座して
「こちらこそよろしくお願いします」と礼をした。
 それが妙におかしく、二人は顔を見合わせて笑った。

 その頃、ホテルの喫茶室で榊原たち六人はお茶を飲んでいた。
 久しぶりの再会で別れ難かった。
「いい御式でしたわ。瑞樹さんが新郎のも新婦のも」
「左様ですな」
「散々夫婦とからかったけど、今日からは本当に夫婦なんだな」
「紙切れは出してないけど、アタイたちも夫婦みたいなもんさ。なんたって子はかすがいと言うし」
「いいなぁ。あたしも二次会でタキシード着ようかな?」
「僕にドレス着ろと…」
 ここで笑いが起こる。
「赤星の奴。浮気なんかして七瀬を泣かせたら許さないからな」
 ジョークなのか本気なのか。真理がすごむ。
「出来ないと思うぞ。正確に言うとかなり難しいと言うべきか」
「どーして。榊原君」
 こういうところは学生時代そのままだ。
「考えても見ろよ。アイツ半分女なんだぜ。女の嬌声も、柔肌も、香も自分で持っている。他の女に興奮できるはずはない。ある意味『不能』だな」
「それじゃ男の人相手は?」
「そっちはもっとダメだろ」
「でもそれなら七瀬ちゃん相手だって…」
「だから特別なんだよ。赤星にとって及川だけが唯一の『女』なんだな」
 さすがに長い間のなじみゆえ簡単に呼び名は変えられない。
 気を抜くと「及川」と呼んでしまう。
「でもどうして七瀬さんだけ結婚に至るまで…」
「それを俺の口から言わせる気か? そんな恥ずかしい台詞を」
 本気で赤くなっている榊原。まさしく妻のように助け舟を出す真理。
「だから…愛だろ」

 兄妹のような幼なじみが姉妹のような関係に。
 そして恋人を経て、この日、瑞樹と七瀬は結ばれた。


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