オールスタークロスオーバー Part2

 2−1.ホームルーム。スーツ姿の女教師が教壇に立つ。めがねが知的な印象だ。
「出席を取ります。相川君」
「はい」
 男子から取ったはずだが澄んだ可愛らしい女子の声。しかし誰も何も言わない。
「飯田君」「はい」「梅田君」「はい」
 女教師も平然と続ける。そして返答はことごとく女子の声である。やがて女子のほうに移る。
「池田さん」「はい」
 今度は逞しい男子の声だ。そしてそれが最後まで続く。
「はい。全員出席ですね……」
 どこと無く疲れた感じの女教師。
「瀬奈先生。お疲れですか?」
「夕べはデートだったの」
 からかうような「男子」の声。
「下品ですよ! あなたたち頭の中身まで男子になったの?」
 優しげな顔立ちだがさすがに柳眉が上がる。
「瀬奈先生だって立派に女してるじゃん」
「止めなさいよ。男子」
「ホント。女として見ると男がいかに馬鹿かわかるわ」
 「女子」から非難の声が上がる。
「かまととぶってんじゃねーぞ」
「ほんと。女やってるとあれだからな。男の方が楽でいーわ」
 「男子」から反論。収拾がつかなくなる。瀬奈はそれをおさめる気力もなかった。

「でもほんと姉さん。ちょっと疲れてない?」
 騒ぎの中、そっと立ち上がりポニーテールの美少女が歩み寄る。
「心配してくれてアリガト。素直(すなお)。確かに疲れているわね…この状況に」
 二人を無視するように「男子」と「女子」が不毛な争いを続けていた。

 実はこのクラス。担任含めて全員性別が生まれついてのものと逆なのだ。
 北原瀬奈。本名・誠治の甥。素直がこのクラスにいるが、その食欲を抑えるべく一年生の妹。美里に頼んだ。
 薬学の天才の彼女が選んだのは男子を女子に変える薬。
 これは四月半ばから五月中旬で終わった話だった。
 だが確実に戻れるとなったら興味を抱いたこのクラスの生徒たち。
 六月はじめに男子の殿村士郎が殿村美姫という名の女子に変身したのを皮切りに、女子の早乙女香々美が早乙女恭兵と言う男子に。
 次々と性転換していき、しまいには一度戻っていた素直や誠治まで騙されて女性化。今に至る。

 ちなみに元に戻るには反対の薬を飲めばよいが、あまりに大量に使われたこともあり間に合わない。
 そして特殊な事情で慢性的に足りなかった。

(ああ。あたしはいつになったら元に戻れるのかしら…)
 女言葉がすっかり板についたのも気がつかず、瀬奈は心中で涙する。

 2−2。物理担当の担任が陰鬱な表情で入ってくる。
 一応は全員一礼を交わすが、クラス全体に嫌われていた。
 担任。中尾勝は少し前まで快活な教師だったのだが、ある事故をきっかけに陰気な性格になり、そして皮肉の多さから嫌われ者になっていた。
 だが変ったのは性格ではない。魂なのである。
 本来の中尾勝の魂は追い出されている。
 現在の「中尾勝」の肉体。社会的信用。そして記憶を奪って生きているのは斑信二郎という男。
 大正時代に生まれたごく普通の青年だったが、兵隊となって出た第二次世界大戦で前線で致命傷を負った。
 その際に生き延びたい一心で発動させたマリオネット。ゴーストフェイスキラーが彼を上官の肉体に押し込め、そして魂を入れ替えた。
 任意に肉体を交換できる能力…言い換えれば不死となった彼は他人の命を傲慢に踏みにじるようになった。
 それを続けて今は高校教師である中尾勝に成りすましているのである。
(それにしても面倒な商売をしている奴の肉体を奪ったものだ。よりによって毎日30人以上のがガキどもの相手をしないといけないとはな)
 それでいながら次の肉体に移らないのはこの肉体との相性が良くて惜しかったこと。
 それゆえ彼は警察沙汰になり、この肉体を簡単に捨てる羽目にならないようにしている。
 最低でもこの学校の生徒には手を出さない。
 加害者は不明でも被害者がこの学校の生徒となれば警察との接触は避けられない。
 ゴーストフェイスキラー(以下「GFK」)のもう一つの能力は、炎の能力。
 対象に「導火線」を取り付け、半径50メートル以内で「点火」すれば、導火線をつけられた相手は炎上して跡形もなく消え去る。
 炎といえど本物ではない。逆に言えば本物の炎の特性を無視できる。
 必ず下から上に燃え広がるわけではない。
 そして燃え広がらず一部だけ焼くことも可能。
 極端な話し、ガソリンのプールに放り込んでも、ガソリンに火をつけずターゲットだけ焼き尽くせる。
 だから証拠隠滅は絶対の自信がある。死体がないのだ。殺人自体が成立しない。事件にならない。
 ただし、子供が帰ってこなければ親が警察に届ける。
 失踪でも警察との接触はある。それを避けるべく彼は衝動を押さえ込んでいた。
 今は出席を取っている。女子の番。
「小山」「はい」「…………」
 低い背。幼い顔。丸めがね。ロングヘア。そんな特徴を持つ小山ゆかりで出席取りが止まる。
「あの…先生。あたしが何か?」
 おずおずと尋ねるゆかり。
「いや。なんでもない。続ける」
 彼は辛うじて「殺人鬼」の本性を隠した。
(くっ…なんて美しい首筋をしている…絞め殺したい…絞殺が一番「殺してやった」実感があっていい。あんな細く白い首筋を、この手で絞め殺したい…)

 他人に成りすました不気味な殺人鬼は、衝動を抑えて芝居を続けていた。

 2−3.ここも女教師だ。
 美人。そして巨乳。髪も美しい長い。だが顔色が悪かった。
「先生。二日酔いですか?」
「そうなんだ。つき合わされて…」
 綺麗な声だが男口調。
 彼女もまた、彼であった。名前は酒井真澄。

 本人は知らないが、まだ侍がいた時代のご先祖様が呪われた。
 普段は真面目だが、仕事を終えて酒が入ると豹変する。つまり酒癖が悪かった。
 それで現代で言う「セクハラ」を繰り返していた。
 普段が真面目なだけに役人に突き出して処刑はやりすぎ…しかし何とかしたい。
 そうおもった被害者の娘たちは呪いをかけた。
 酔っ払うと自分たちと同じ肉体…女になる呪いを。

 呪術は成功。そして女性化したときに自分から行きずりの男と関係を持ったことを先祖は恐怖して酒を絶った。

 だがその呪いは末代まで続いていた。そしてその「末裔」がこの酒井真澄である。
 数学担当の男性教師のはずが、酔うと女性化する呪いがまだ健在なのだ。

 ちなみに、酔っ払った直後は性格…というか人格も女のそれになる。
 記憶は引き継ぎながら、女としての思考で女としての行動を取る。
 だから「酔いがさめる」と、女として残した武勇伝の記憶もあり、非常に恥ずかしい思いをする。

 ぼん。「浦島太郎」のラストで浦島太郎を老人に変えた「時の煙」をビジュアルにするとこんなイメージという感じで煙が上がる。
 今の今までレディスーツを着て、メイクを決めた巨乳の女教師だった存在が、無精ひげのスーツの男性に変貌する。いや。これこそが本来の酒井の姿なのだ。
 端整な顔立ち。真面目そうな表情。引き締まった筋肉。男としても見事なものだった。
「ああ。さすがに薬が効いたか。今後これで行けば二日酔いは避けられそうだな」
 疲れた声でいう。
「それじゃ出席を取る。安楽」
「はい」
 気の弱そうな少年が返事をする。いかにもいじめられていそうだが、ある件で逆に恐怖され、それで孤立気味だった。
 出席を取り続けていく。
「斉藤…じゃない。早乙女」
「はーい」
 少年が朗らかに手を挙げて返答する。花の咲くような笑顔はまるで女の子の様だ。
「先生。もう二学期なんですから慣れてください」
 ぷうと頬を膨らませる。
「すまんすまん。どうしてもお前は女子というイメージがあってな」

 早乙女空。本来は女子である。
 しかし家のしきたりで早乙女家の子供たちは17才になったら一年間を異性として過ごさないといけないのである。
 不思議な薬で男の肉体に作りかえられた空だが、なにしろ17年間に渡り女の子だったのだ。習慣が抜けない。
 つい可愛らしい態度になる。さらに言うなら本来の性格もかなりおとなしい、そして女性的な性格だった。

 異様なほど性転換者が多いこの学園。あまり空のことは気にされないと思いきや、やはり意識はされる。
 それも男子である。
 肉体は男同士だから一年間限定で男子扱いに。
 体育の着替えなども一緒だが男の肉体のはずなのに妙に艶かしい。
 これが生まれついての男なら他の男子も「気色悪い」で終わりである。
 しかし本来は女子。そういう大義名分がある。
「萌えても」不思議はないと。
 だが一時的とは言えど男の肉体をもつ存在に胸を高鳴らせる。
 これは16〜7の少年たちにはあまりにもきつい体験である。
 実は18になると自動的に本来の女子に戻るのである。
 それはみんな知らされている。
 だからといって男の肉体の時点で手を出せない。
「自分はホモです」と宣言しているようなものだ。その覚悟を固めるには幼い面々だった。

 ちなみにホモであることをカミングアウトしている水木優介だが、不思議なほど空には手を出さない。
 本人曰く「中身は女でしょ?」
 肉体というより女の人格を嫌っている節がある。

 出席を取り続ける。
「高岩。……高岩。いないのか?」
 空席がある。そここそが今名前を呼ばれた高岩清良の位置。
 しかし登校していない。だが大多数は騒ぎもしない。
「しょうがないな。サボりか」
 苦笑して酒井はチェックをする。不良のレッテルを貼られている清良はそういう目で見られることが多かった。
(キヨシ…サボりなのかしら? でも家は出たというし…胸騒ぎがする…事故にでもあってないといいけど)
 唯一心配していたのが幼なじみの少女。野川友紀だった。

 その頃…登校しようにもドラゴンアマッドネスにこっぴどくやられた清良はどうしていたか?
「う……?」
 はっきりしない状態で目を開けた。このときに名前を尋ねられたら、恐らく答えることが出来ないほどの混濁だ。
「ここは?」
「あっ。気がついた?」
 目を明けて最初に飛び込んできたのは女の子の顔。
 どこか中性的なようでいて、雰囲気は女性的に柔らかい。
「おかあさーん。気がついたよ」
 甲高い声で廊下に向かって叫ぶ。
 顔をしかめる清良だがそれで目が完全に覚めた。
 まず自分が和室に寝かされていたこと。それを把握した。
(俺は確か川に叩き込まれたはずだが? 助けられたのか)
「なんですか。あすか。お客さんの前で大声を出して」
 思考は女将と思しき中年女性の登場で遮られた。
「寝てなくて大丈夫ですか?」
 和服姿。髪を纏め上げた上品な印象の女性はそう尋ねてくる。
「あ…ああ…あんたが助けてくれたのか?」
 清良は率直に尋ねる。
「いいえ。溺れていたあなたを助けたのはお庭にいる方ですよ。私は佐伯いずみ。ここの女将をしています。人命救助ということで空いたお部屋を貸しただけです」
「部屋?」
 よく見ると妙に生活感がない綺麗な和室。
「ここは旅館なのよ」
「え? 俺はどこまで流されていたんだ?」
 その言葉に恐らく母娘と思われる二人の女性が笑った。
「東京にだってホテルばかりじゃなく旅館もありますよ。さらに言うと温泉宿なんですよ」
「都内で温泉宿…」
 都内で温泉がわいているのは清良も知っている。
 しかし宿まであるのはピンと来なかった。
「ええ。宝田温泉というんですよ」
「子宝の湯が名物なの。あなたも入って見る? 子供の産める体になるかもよ」
 悪戯っぽくあすかが笑う。
「おいおい」
「だってあたしもお母さん元は男だもん。それが子宝の湯で女になったのよ」
 あすかが期待していた反応は「からかってんのか」というそれであった。
 しかし清良は青ざめた。
(しゃ…洒落になんねぇ。ウチの学校の丸々一クラス男女逆転とか、酔っ払うと女になる担任とか。何より俺自身の能力を考えるとうそと言い切れねぇ)
「あすか」
「てへっ」
 窘められて高校生の少女は舌を出す。
「申し訳ありません。この娘ったら人をからかうのが好きで」
「いや。看病してくれたお礼代わりでいいですよ」
 清良自身がその話を打ち切りたかった。
「それはともかく…すみません。お世話になったようで」
 冷静になってきて礼を言う余裕が生じてきた。
 不良といわれているのは他校の不良相手の立ち回りが多いから。
 決して礼儀知らずではないのだ。
「いいんですよ。困ったときはお互い様。それにしても頑丈な体なんですね」
 清良は見当がついていた。完全には気絶しない状態でマーメイドフォームのまま川にいたと。
 水中では活動制限無しのマーメイドフォームだ。だから溺死はしなかった。
 岸にたどり着いてそこで力尽きて変身が解けたらしい。
「そうだ。助けてくれた人にも礼を」
 清良は立ち上がり窓の下を見た。
 そこでは一人の男が一心不乱に素振りをしていた。
 小柄だが筋肉が盛り上がり立派な肉体だ。それでいて決して邪魔な印象は受けない。
 まるで日本刀のような迫力のバットスイング。それを不意にやめて、彼は上を見上げる。
「気がついたか。少年」
「あ…あの…助けてくれてありがとうございます。俺…高岩清良です」
「無事で何より。私は…地獄から来た愛の戦士。だが今は喫茶店のマスター。人呼んで…赤星秀樹
(いや…「人呼んで」じゃなくて、それが本名ならみんなそう呼ぶかと)
 しかし命の恩人なので突っ込みはしなかった清良である。

「皆さんこんにちは。木上以久子17才でーす」
「おい! おい!」
「あれあれー。声が小さいぞ」
 などと恒例のスタートなのが四組だった。
「はい。挨拶も済んだところで。えーっとですね、通達です。一組の例がありますので無闇に性転換をしないでくださいとのことです」
 なにしろこの学園では公になっているだけでもかなりの性転換者がいる。
 そして前述の通り薬でお手軽にできるようになっているのである。
 ちなみにまりあがそれを用いて男に変身しないのは、やはり恐いからであった。
 それにそれでは優介のホモはそのままである。
 あくまで見た目を男っぽくしようかと考えただけなのだ。

 一方の優介が女にならないのは実は自身が女性に嫌悪感を抱いているから。
 その結果として男に走ったのである。
 だからわざわざ自分から女になろうとはしない。
 確かに男性との接触はしやすくなるのだが。

 一年二組。北原瀬奈の妹。美里はそこにいた。
 そして彼女こそが2年1組の集団性転換の元凶たる薬の開発者だ。
 ただし、ある事情からその薬…主に女を男に変える薬の方の製作は認められるどころかバックアップされていた。

 今はホームルームが終わって一時間目の授業が始まるまでの準備時間。
 いきなり移動である。水泳の授業だ。
「あたし水泳はあまり好きじゃないのよね。ほら。ペチャパイだから」
 まるっきり女の子そのもので喋るのは薫。
「そうねぇ。私や姉様もあまりないけど、薫ほどじゃないわね」
 辛らつに聞こえるがこれはこのボブカットの少女なりの気遣い。
 北条愛子。姫子の妹。
 ビジュアル的には髪の長さ程度の違いだが、性格は大きく違う。
 世間知らずの箱入り娘である姫子に対し、愛子は活発でやや俗っぽかった。
「もう。愛子ったら」
 薫のほうもまったく気にしていない。
 既に二人は親友になっていた。互いに下の名前で呼び合う仲に。
「親しい男女」ではなく「女の子同士」である。
「ねぇ。みさっちゃん。男を女に変える薬。まだ出来ないの?」
 愛子が美里に尋ねる。
「うん。ごめんね。材料をこの前まとめて使っちゃったから」
「しょうがないよね。いきなり女に変えられた人たちのためだもの」
 この学校には時折「アマッドネス」と呼ばれる半人半獣の「化け物」が出現する。
 こいつにやられると男の場合、男として死に、女として再生されることになる。
 その処置のため薬を提供していた。
 男を女に変える薬。女を男に変える薬の両者には共通する物も多く、そのためアマッドネス被害で女に変えられた者を元に戻すために常に材料が枯渇している。
「いいのよ。愛子。あたしもちょっと恐い気がするし…」
「薫」
 心底女になりたがっているのは理解できる。
 しかしそうなることで何かが変わってしまう。
 男の肉体で女として生きてきた薫。その絶妙なバランスを自分で崩すのは恐かった。

 後ろをついて歩く形の久美とありす。
 二人ともこの学校に入って薬の存在を知った時は元に戻れると喜んだ。
 しかし、この学園生活を気に入ってしまった、そして新しい肉体と名前で刻んだ友情を失いたくないと感じた二人は卒業までは女で通す決意をしていた。
 それに久美は心霊的なパワーでの変身。
 ありす…逸郎は薬品だがこの状態で使うと『高校生の男の子』になりかねない。
 あくまでもとの姿に戻りたいのだ。
 故に薬にも無関心だった。
「急ごう。混んで来るよ」
 愛子が急かしたのは女子更衣室である。
 心は完全に女の薫は動じない。完全なる女性の美里。愛子も当然。
 しかし体は女子高生でも、精神が「おっさん」のありすと久美は身構える。
(むぅ。またあの中に入るのか…今ならサブの気持ちがちょっとだけわかる)
(自分が女になったのはまだしも、他の娘の「現実」を見せられて萎えたよなぁ)
 女ばかし故にあまりに開けっぴろげな空間。それに二人は臆していた。
「ほらほら。ありす。久美。急がないと遅刻だよ」
「あっ。待ってよ」「置いていかないで」
 順応とは恐ろしいもので、新入生として四月から女子高校生として生活している二人は、すっかり女言葉が身についてしまっていた。

 一時間目はいきなり姉ちゃんの授業だった。
 だからホームルームからそのまま突入していた。
 しかし暑い。クーラーは多少効いているけどたまらない。
 少しでも熱を逃がそうと僕はズボンの裾を捲し上げていた。
 今は姉ちゃんも朗読しながら教室をぐるっと回っている。
 げっ。目が合った。
「ふっふーん」
 妙に嬉しそうに姉ちゃんは僕に接近してくる。
「暑そうねぇ。つかさ」
「暑いよ」
 あまりの暑さに教室では他人という体裁を取り忘れている。
「スカートにしたら? 足元涼しいわよ」
「嫌だ」
「そういわないで」
 にっこり…というよりにやりと笑った姉ちゃんはいきなり手の中の物を僕に向け吹き付けた。
「こ…香水…」
「シャネルの五番よ〜ん」
 そんな気取って言われても…あああっ。この甘い香りが「オンナ」を意識させて…
変わってしまう。
 あたし…あああっ。いきなり自己代名詞が変わっているわ。
 とにかく女ならではの「匂い」にあたしは暗示をかけられて、肉体が変化する。
 顔立ちはもともと女顔。だけどそれがさらに女っぽく変化する。全体的に「骨格」が丸みを帯びる。
 実は肩幅というのは男女でそんなに差はないらしいけど、それでも優しげな雰囲気に。
 胸がせり出してAカップくらいのバストに。
 ウエストもくびれているから連動しているのだろうか。
 お尻も大きく…というか横に広がる。
 そしてカタツムリの触覚のように「男のシンボル」が引っ込んでしまう。
 触ってみたらただの平面ではなく、女の人特有のそれになっていると思うけど認識するのが恐くて触れない。
 もともと無駄毛は薄いのに、女性化したときに流されて脱毛処理もしてしまっていたから変身しても違和感のないつるんとした手足に。
 あたしは女の子になってしまった。
「ひ…ひどいよ。お姉ちゃん。いきなり」
 もともとそんなに太くない声が、一気にソプラノに変化していた。
 その甲高い声で抗議した。
「なに言ってんのよ。暑いから足も出したいんでしょ? スカートなら思う存分出せるわよ」
「やったぁぁぁっ」
 クラスの男子が歓声を上げる。ちょっと。あたし男よ。それで嬉しいの?
「シャワー浴びて匂い落としてくるわけには行かないでしょ。着替えてきなさい」
「い…いいもん。このままワイシャツでいるから。そのうち匂いも落ちると思うし」
「ふぅん。でもノーブラで一日過ごせるかしら」
「え?」
 あたしがぎょっとなっているスキにお姉ちゃんの手があたしの胸元に。
 そして妙に慣れた手つきで胸をいじりだす。
「やっ…そこはだめ…敏感なのにっ」
 息も絶え絶えの状態で抗議。なんだか男子の固唾を呑むのがわかる。
「ちっちゃくてもブラはしないとこの手の『不快感』から守れないわよ」
「わかった…わかりましたから…」
「よろしい」
 納得したようにお姉ちゃんは微笑むと教壇に戻る。そしてなにやら荷物を。
「ちゃんとセーラー服一式と下着はあるから着替えてらっしゃい」
「何でそんなに準備がいいのよっ?」
「決まってるじゃない。あたし昔から可愛い妹がほしかったのよね。あんたは可愛い弟と妹の二役してくれてほんと嬉しいわ」
「だったら弟のままでいさせてよっ」
「今日は妹がほしい気分なのよ」
 何よそれ。泣く子とお姉ちゃんには勝てないわ。
 あたしは諦めて女子制服に着替えに出て行った。

 十分後。あたしは自慢じゃないが着替えが早いのでもう戻れた。
 そしてまた歓声。今度は女子もだ。
「やっぱりつかさは女の子よね」
「そう思わない? さつき」
「ははは……」
 ああっ。さつきちゃんがあきれているわっ。そして妙に意味ありげな微笑のまことも不気味…。

 みんないい加減にあたしをおもちゃにするのはやめてよね。

 一時間目。たまたまなのだが二年生の担任教師は全員持ち時間がなかった。
 そのためテスト問題や書類の作成をしていた。
 ふと手を休めた時に4組担任の女教師。木上以久子がとなりの男性教師に語りかける。
「酒井先生。酔いがさめたんですね」
「はい。おかげ様で」
 二日酔いが解けて変身も解けた。それを以久子は言っている。
「いいですね。酔いさえさめれば元に戻れるのは」
 昏い声の北原瀬奈。
 彼女は女に固定されて長い。しかも特殊なフェロモンが出ているのかやたらに男性教師をひきつける。
 そしてプロポーズまでされる始末。
 むろん戸籍上は男だからと逃げている。そのつもりもない。
 だが「その状態なら裁判所に戸籍変更は認められる」と主張するつわものもいる。
 女としての生活は慣れたし、メリットも見出せたがこれだけは嫌だった。
「ま。不注意の結果ですからその姿を嘆くのはお門違いでしょうね」
 こんな嫌味を言うのは中尾勝。その正体は殺人鬼・斑信二郎。
 最大の趣味である殺人が出来ないためいらいらして、こんな風に皮肉をちくりとやるクセができた。
「中尾先生。そんな言い方はないと思います」
 瀬奈よりも酒井が憤慨した。
「おやおや。同類同士で庇いあいですか?」
「ぐ…」
 強烈な一言に逆に反論が出来ない。
「酒井先生。落ち着いて。これでも呑んでください」
 中尾を睨みつける酒井。以久子から渡された飲み物をコーヒーかジュースのつもりで何も考えずに口に運び…
「ぐぇほぐぇほぐぇほぐぇほっ」
 激しく咽こんだ。
「き…木上先生。これお酒?」
「はい。やはり口げんかなら女の方が強いと思いまして」
「あ…あなた一体何を考えて…ひっく」
 その途端に煙が上がり、女性用スーツの巨乳女教師が現れた。
「ありがとうございます。以久子さん。あたしのためにそこまで」
 酒に弱い…その上、飲まないようにしていたため耐性のない酒井はほんの僅かなアルコールで酔える。
 そして酔うと「のろい」が発動して女になる。
 人格も女になるため既に同性感覚でいた。
「それじゃ…中尾先生。あなたも女になってみればいいんですわ。そうすればあたしや瀬奈先生の苦労もわかって、そんな風に言えなくなりますから」
「ああ。北原先生の妹の作った薬ですか。ごめんですな。女なんて感情的な生き物に私はなりたくありませんし」
「中尾先生っ!」
 さすがにこの「女性蔑視」発言には純然たる女性の以久子が切れたようだ。
 珍しく声を荒げる。そしてつかつかと歩み寄る。
 中尾のほうも女相手に逃げることは出来ない。そのまま座っている。
 その額に人差し指を突きつける以久子。
「そんな酷いことを言ったらだめじゃないですか。めっ」
 その場の全員が脱力した。
「あら? やっぱり怒りすぎだったかしら」
「い…いや…(恐ろしい女だ。この女の前では私の殺意も霧散してしまう。戦えない…)」
 殺人鬼に内心で舌を巻かせた女教師であった。

 二時間目。2年2組と4組は合同で水泳の授業だった。
 並びでなく偶数同士。奇数同士というのがユニークである。

 男子更衣室では着替えの真っ最中。
「超力招来」
 裕生が一瞬で上半身裸になる。
 対抗心でも出したのか上条もいきなり上半身裸になる。
「その聖衣(クロス)に甘えていたのが間違いだったのだ。こい。クリュサオル」
 こっちはこっちでアニメのワンシーンを再現していた。

「ああーっっっっ」
 両手で顔を覆って赤面している優介。視線の先にはふんどし姿の十郎太。
「どうした? 顔が赤いようだが」
 気遣う十郎太だが優介は飛びのく。
「そ…そんな。そこまでやられたらぼく恥ずかしいよ」
 既に着替えていたため逃げ出すように更衣室を出る。
「アイツ、いっそのこと『薬』で女になればいいんじゃ?」
 榊原が言う。
「うーん。正体を知らなくても手は出さないだろうね。下品だし」
 こだわりを持つ恭兵が持論を展開する。
 その横で黙々と着替える大樹であった。

 女子更衣室。
 例によって着替えが極端に遅い姫子は、やっとセーラー服のトップを脱いだところである。
「相変わらずねぇ。姫子は。中学時代は特例で侍女が手伝うのを認められていたくらいだし」
 暴露するのは中学からの友人であるまりあ。
「あら。まりあさんだって一年のときまではつれていらしてたんじゃ?」
「わたしは一年で卒業したからいいの。だいたい他にも侍女を連れていた子なんていたでしょ」
(どういうお嬢様学校だったんだよ)
 中学までは完全に男子だったみずきは、未だにこの女子更衣室ののりになれないでいた。
 基本的にはどうでもいいようなことを喋りながらの着替えという点では男女に差はないが、女子の場合は他者を気にするのが大きな違いだった。
 下着のデザイン。スタイルの変化など。
 貧乳はさほど言われないが、大きい胸はいいようにいじられる傾向がここにはあった。
「しっかしシホ。あんたほんとでかいよね。ちょっと触らせてよ」
「村上さん。あなたもそんな立派な胸をしているじゃないですかっ?」
「アタイはたっぱもあるからね。比率で行けばあんたの方がでかいし」
「そんな理屈がありますかっ」
 硬いイメージと裏腹に案外可愛らしい声で抗議する詩穂理。
 ちなみに実際に詩穂理の方がトップバストは2センチほど大きい。
 そして身長では14センチも低いため、たしかに詩穂理の方が胸は目立つ。
(今のうちに)
 七瀬も人事ではない。いつの間にか90センチに乗っていた。しかしアンダーが減るという奇妙な現象まで起こり、実はけっこうスタイルがよくなっていた。

 それを他所に美鈴と綾那は互いの胸を見てため息をついていた。
「贅沢は言わないわ。美鈴もせめてBにまでは」
「ボクもー」
(程々が一番だよね)
 Cカップのなぎさがそう思っていた。
 実はまだ下着の段階。正確にはストッキングを脱いでいない。
 ある事情から「生足」をさらすのを極端に嫌がるように。
 私服は全てパンツルック。
 制服着用のときは夏でもストッキング着用。
 陸上部所属だが、記録に影響が出ても下はジャージのままでの参加だった。
 しかし水泳はそうも行かない。
(いっそスウェットスーツなら…)
 無茶である。
「なんだよ。綾瀬。あんたもとろいな」
 散々詩穂理をいじり倒して満足したのか、真理が矛先を向けてきた。
「む…村上」
「アタイが脱がせてやろうか?」
「いいっ。自分で脱ぐ」
「遠慮すんなよ」
「いらない。あんた最近、榊原君に影響されてない?」
「なにっ?」
 がーん。とでも書き文字が出そうなところである。
「そ…そんな…アタイがあのスケベと」
「うん。そっくりだった」
 みずきがさらっと言う。
「いくら恋人でもそんなところは似ない方がいいと思います」
 詩穂理がやっと落ち着いたらしく、反撃に転じた。
「しかも女の子ばかり相手にしてるし」
 あまり関係ないまりあにまで言われる。激しく衝撃を受けて放心状態に陥る真理。
「そんな…カズと同じスケベ…赤星や七瀬と同じ百合…」
「誰と誰が」「百合なのよっ」
 当事者たちはたまらず叫ぶ。その瞬間全員の心が一致した。
「えっ!? 違ったの?」
「あのなぁ…」
 知らず知らず男としての態度が出ていたか。みずきは苦笑した。

 授業に入る。普通に6コースに一人ずつ並び、順次泳いでいく。この日の課題はクロールだった。
 まずは男子。1コースから順に十郎太。榊原。上条。裕生。恭兵。優介だった。
 一度目のホイッスルが鳴ると他は飛び込む準備をするが、上条は右手を左上に突き出して、裕生は両手を左横に出していた。そしてポーズが変わっていく。
 二度目のホイッスルできちんと飛び込むから器用なものである。
「助けて。恭兵君」
 いきなり「溺れた」優介である。
(足でもつったのか?)
 いくらなんでもこれを見捨ては出来ない。助けによる。すると優介が唇を突き出していた。
「人工呼吸…」

 一発殴って猛然と先行する面々を追う恭兵である。

 十郎太は音もなく泳いでいた。忍びが目立つわけにはいかない。故に水音を立てない泳ぎ方である。
 もちろん課題と違う。やり直しを命ぜられたのは言うまでもない。

 親友同士の上条と裕生だが、体力はやや裕生の方が勝っていた。
 鍛え方が違ったようだ。

 榊原はやる気なく流していた。
(せっかく女子と一緒なのになぁ。どうせレースというわけじゃないんだし。男子。女子と交互に配置してもいいのに…あー。つまらん)

 一応、課題はクリアしていた。

 男子が終わり女子に移る。そのメンツは1コースからみずき。七瀬。真理。詩穂理。なぎさ。まりあだった。
(なんだかこの面々だと私が一番貧乳に見えるわね)
 実際は気に病むレベルではない。他が大きすぎる。
 出席番号を無視してさり気なく並べたらしいが、男子には巨乳品評会になっていた。
(よく見えないけど…男子に注目されてるのかしら? やっぱり)
 詩穂理の自意識過剰ではない。GカップでAV女優顔をもつ彼女は痴漢にあったのも一度や二度ではない。
 特に胸が被害にあっていた。知らず知らずのうちに胸を隠す動きに。そしてもじもじと。
 それがたまらなく男心に火をつけて逆効果だったのだが。

 なぎさはなぎさで脚を隠したくて仕方なかった。
 本人は「大根足」と評価している。陸上部ゆえに太くなったと思っている。
 しかし実際はかなり細い。鶴のようにというと誇張だが、イメージとのギャップも手伝い、そして常に日光から守られて真っ白いため意外なほど美しい足だった。
 しかし誇るより恥ずかしさが先にたつ。

「あ? なにじろじろ見てんだよ」
 そんなオーラが出ている真理。目が合ったらブラッディマリーと呼ばれる顔面破壊技を見舞われそうで誰も目をあわせられない男子である。

 それに対して七瀬はおとなしい。そしてすばらしいプロポーション。
 男子は不躾に視線を浴びせていた。
 長いことスタイルにコンプレックスを持っていたか彼女は、それを素直に受け止められない。
 やはり恥ずかしいのである。

 安堵していたのがみずき。
 本人もEカップだったが、周りがとにかくスタイルがいいのでそちらに目が行く。
 特に4組の面々がビジュアルで群を抜くので注目がそちらに行き助かっていた。

 ホイッスルが鳴り、一斉に飛び込んだ。
 豪快に泳いでいく真理。それを追うのがスポーツ万能のなぎさ。
 みずきは泳ぎは得意だが、女の肉体での泳ぎ。ましてこの邪魔な胸での捌き方をマスターしていなかった。
 まりあも決して運動神経が鈍いわけではない。
 しかし相手が悪すぎた。

 それ以前の両端。七瀬と詩穂理。二人ともカナヅチである。
 七瀬は運動が苦手という程度だが、詩穂理は壊滅的というレベル。
 一応は泳ぐことを試みたが3メートル程度で歩きになってしまっていた。

 一通り終わり時間が半端になり自由に泳いでいいことになっていた。
 詩穂理と七瀬はビート版を使っての特別指導を受けていたが。
 もちろん自由なのでプールにさえいれば泳がなくて喋っていてもいい。
 みずき。姫子。綾那。真理。上条。榊原。十郎太はひと塊になっていた。
 他愛のない会話をしていたが姫子が立つ。
 校舎の時計は授業終了の十分前。
「あの…十郎太様。わたくしそろそろ着替えに参りませんと」
「わかり申した。榊原と火野は見張っているでござるのでご安心を」
「おい」
 さすがに榊原も抗議する。ちなみに十郎太は冗談で言ったつもりはない。
「そんなに心配ならお前も『薬』で女になればいいんだ。そうすりゃ女子更衣室もトイレも。風呂だって護衛できるぞ」
「バカを申すな。そんなことが…」
「あら。ステキですわ」
「え゛?」
 天然だ天然だと思っちゃいたが…まさか自分の好きな男を女にする案を『ステキ』と評するとは思わなかった。
 それが榊原の考えたこと。
「それならいつでもどこでも一緒ですわ。とても心強いですわ」
「いやあの…姫…確かにそうでござるが…風呂や厠はご勘弁くだされ」
「そうですか? そうですね。やはり十郎太様は男の姿が一番ですわ」
 結論を出して更衣室に。しかし残り火が。
「ねーねー明君。明君は女の子になってみたいと思ったことある?」
「うーん。あいつ見ているとあまり…」
「当然だ」
 苦労しているみずきが威張って言う。
「あんたは女になった方が世の女性のためだがな」
 これは真理が榊原に言う言葉。
「おいおい。俺が女になっちまったら嘆く女が星の数ほどいるぞ」
「ホー…それじゃぜひその星の名前を知りたいものだな」
 顔は笑っているが目は笑っていない真理。だが意外な助け舟が。
「榊原くーん」
 優介が走ってきた。そして勢いよく抱きつく。もちろん男相手。榊原である。
「や…止めろぉーっ。俺は男アレルギーなんだーっ」
「それじゃボクを使って克服してよ」
 絡み合う男の図をみて、真理はすっかりその気が失せた。

 ジャージから学生服になった「男」が太陽を見ている。
(まだまだだ。もっと登った時が…くくく)

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