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 『1999年7の月』で始まる世界滅亡を予言した、あまりにも有名なノストラダムスの大予言。
 実際のところは誤訳だったのかどうなのか。新世紀を迎えた人類ではあったが……この予言、確かに当たっていた!!



ボーダーレス

作:城弾





 1999年7月。
 とある海水浴場に一台の車が到着する。
降りてきたのは二人の青年と一人の女性。
「……んーっっっっ、やっと着いたなぁ〜」
 彼、中沢健太はそう言って伸びをする。
 端整な顔立ち、身長も181と充分にあり、金髪も手伝ってガールフレンドには不自由しないタイプだったが、仲間内の友情を大事にしていた。
「私なんか、もう水着着てるしね」
 高めのかわいらしい声で言うロングヘアの女性、佐藤可奈はオレンジをベースにトロピカルなデザインのセパレートの水着を見せると、ファッションモデルのようにくるりと一回転して見せる。
 身長163センチで、モデルのようなプロポーションだけにさまになる。
「オレだって、ほらっ……」
 健太が短パンを下ろすと、既にビキニタイプの海パンが。
「……おいおい、小学生じゃないんだし。俺は履いてきてないぞ」
 最後に出てきたのは運転していた青年、田島耕也。
 170センチと小柄だが、その体は引き締まっていた。髪も黒いし、スポーツマンタイプだ。
「ゆっくり着替えてこいよ」
「……そうそう、運転して疲れているでしょ?」
 健太と可奈はいたずらっぽく笑うと、浜辺へと駆け出していった。
「あ……こら、健太。それでも親友か。……可奈、おまえ恋人の自覚あるのかよ」
「ば……馬鹿、耕也っ。……恥ずかしいじゃない」
 可奈の頬が朱に染まる。一見すると健太と可奈が恋人同士のようだが、実は彼女の相手は耕也なのである。
 プレイボーイの健太が可奈に手を出さないのは、親友の恋人である以上に好みと違っていた(彼はもっと派手な女性がタイプ)からだ。
 それがこの奇妙なトライアングルを成立させていた。
「何を今更恥ずかしがる? 卒業したら結婚するつもりだろ、俺たち」
 彼らはとある大学の三年生。高校時代からの長い付き合いだ。耕也と可奈が恋人同士になったのは高校二年の冬。後押ししたのは健太だ。
「とにかく先に行っててくれ。俺も着替えちゃうからさ」
「車でか?」
「人に覗かれちゃうわよ」
「前さえこうしておいたら、後はフィルターが邪魔で見えないよ。だいたい下だけなんだからチラッとだけじゃ見えないって」
 耕也はそう言うと、フロントに車内の温度を高めないためのカバーをした。
「ま、おまえがいいならいいけどな。……じゃ、一足お先に」
 健太と可奈は渚へと歩いていく。耕也は車に入ると着替えに取り掛かった……



 それは突然に起こった。
 一瞬……ほんの一瞬だが、太陽の光が強烈な……まるで「狂った」光を放った。
「眩しいっ!」
 サングラスをかけていたにもかかわらず、健太と可奈は視線を反らした。まわりに目をやると、ほとんどの人間が同じようにしていた。
「はは……こう言う反応というのはみんな共通だな……可奈? どうした!?」
 可奈がうずくまっていた。可奈だけではない。周囲の人間もうずくまり中には倒れるものも。
「健太くん……気持ちが悪い……」
 それだけ言うと、可奈は助けを求めるように手を伸ばして、その場に倒れ伏した。
「オイ、可奈!? しっかり……」
 実のところ健太もかなり気分が悪くなっていたのだが、そこはエスコート役。
 まさか弱みを見せるわけにもいかない。……だが、後を追うように彼も横へ倒れ伏した。



 その瞬間。
 耕也は車の中だったため、直接には『魔の光』を見ていなかった。
 だから、気絶しないで済んだのだが……
「な……なんだ? 妙に気持ちの悪い……『後味の悪い光』とでもいうのか……」
 車から出た耕也は異様な光景を目の当たりにした。そこかしこで人が倒れているのだ。
 車道では車が緊急停止をしてドライバーが頭を振りながら出ている。中には車道から外れた車もあったが、これは幸いあたりに何もなかったため、大事故にはならなかった。
 運転中に今の『光』を食らい、気分を悪くしたらしい。
「……しっかりしてくださいっ!」
 建物の中にいたらしい人たちが、次々と飛び出してきてドライバーを介抱する。
「はっ!? ……可奈、健太っ」
 耕也は恋人と親友の安否を気遣い、走り出す。
 程なくして。彼は砂浜に倒れていた二人を見つけた。
「……可奈、可奈っ! しっかりしろ!」
 頬を軽くたたく。その呼びかけに応じて彼女は目を覚ました。
「耕也……」
 焦点の合ってない目で、弱々しい声で答える。
「よかった、無事だったか……」
「ああ、酷い気分だ。風邪引いて二日酔いになったみたいだぜ……」
 健太も軽口を叩きながら身を起こした。
「健太、よかった。……見ろよ。みんな倒れてる」
「あの光のせいかもな。強烈な光だったから……グラサン越しでもまともに目にしたら立ちくらみくらい起こすかもな」
 だが彼らは気づかなかった。反対方向を向いていたにもかかわらず、倒れていた者がいたことを。
 つまりこの光の影響は、『視覚』などではなく……



 もちろんそんな状態で海水浴などできるはずもない。一休みして早々に引き上げることにした。



 三日後。コンパの席で耕也と健太は顔を会わせた。
「あれからどうだ?」
「よくないな……調子悪いぜ」
「ここんとこいろいろ追われていたからな。調子も崩すだろ。ま……今日は多少ならはめはずしていいんじゃないか。だが女の子に手は出すなよ」
「はは……手をだそうにもな……」
 意味ありげに股間を見る。
「なんだよ、その年でインポかよ?」
 耕也にしてみれば、親友ならではの突っ込んだジョークだったのだが、返ってきた反応はまじめそのものだった。
「かもな……見ろよ、あんなに可愛い女の子達がいるのにぜんぜんムラムラきやしねぇ……」
 その口調はどこか寂しげですらあった。



 あの事件から一週間後。今度は可奈の呼び出しに応じた。
「どうしたんだよ、今までこっちの誘いに乗らなかったのに……忙しかったんじゃないのか?」
「うん。産婦人科に行ってたし……」
「え゛?」
 条件反射といえるレベルで硬直する耕也。
「こないの……もう一週間も」
「ちょ……ちょっと待て? いくらなんでもお約束過ぎるぞ、そのせりふ」
「安心して、妊娠はしてなかったから。……ただ遅れているだけみたい」
「そ……そうか」
 ほっと胸をなでおろす耕也。
「それにしても、産婦人科にあんなに人が集まるなんて思わなかったわ。……先生も看護婦さんもばててたみたい」
「くそ暑かったしな。みんな調子も悪くなるよ……」



 しかし、段々と異変が目に見えてくる。
 大学に出てみれば野球部員たちの打球に勢いがない。たとえて言うなら、みんな非力になってしまったようだ。
 レスリング部も迫力がなくなっていた。……というか、自慢の筋肉が削げ落ちているように見えるのは目の錯覚か。
 そうかと思えば、女同士がまるで男のような喧嘩を繰り広げていたりする。
 そして健太と可奈もまた音信不通になる。



(最近何か変だな……)
 これだけ目に見えてくると、男女逆転現象などという想像が頭をかすめる。
 だが、自分は違う。家に帰ってそのことを両親と話すが、地下鉄の駅員である父親も、駅でも変な人たちが当たり前なくらいになったという。
 パートでデパートの地下食品売り場のレジを打つ母親も、最近どすの効いた声の女が多いという。
 しかしそう言う二人には何も変化がない。



 次の日。耕也は偶然からこの事態を理解した。
 大学へ行くために駅へと急いでいたとき、子供とぶつかってしまった。
 弾き飛ばされた子供。耕也は慌てて助け起こしにかかる。
「大丈夫かい? ごめんね、お嬢ちゃん」
 それは日焼けした子どもだった。
 しかし眉は細く、肉付きも華奢。何よりわずかながら膨らみかけた胸が性別を物語っていた。
 突然『少女』は涙を流し始める。
「ああっと……ごめん、どこか怪我した? 女の子だから大変だよな。でも顔には傷はついてないようだよ……」
「違うよ、僕は男の子だよっ」
 しかしそう主張する声は、紛れもなく女の子の声である。変声期前といえど、はっきりと違いがわかる女の子の声だ。
「ええっ? だって…」
 助け起こすためにつかんだ腕の感触は、とても華奢で柔らかい。子供ながらきめこまやかな肌とわかる。
「みんなそうなんだ……男子は僕みたいにみんな女になって、女子は男みたいにどんどん大きくなってしまったんだ」
「なんだって?」
(そんな現象がまとまって……ちょっと待て。大学の連中がおかしいのもそのせいか? だけど……親父たちは何ともないぞ?)
「落ち着いて。いつからなんだい? 君が女の子になり始めたのは」
 わからない……という答えだった。
「クラスのみんながみんな、男が女に、女が男になっているのかい?」
「ううん。一人だけ……鈴木君だけなってないよ」
 どう言うことだ? この違いはなんだ?
 例えば病原体。……しかし、それなら感染していると思われる人間のそばにいる両親も無事じゃない。
 寄生虫……規模がでかすぎる。こんな一気に……一気に!?
「なぁ、クラスのみんなで気分が悪くなったことはないか?」
 少女はこくんとうなずいた。
 やはり……その場で起きたことが原因だ。
「臨海学校で学年の児童みんなが気絶したの。先生も……」
 そうなると100人やそこらじゃきかない。……待てよ? 臨海学校?
「その臨海学校には、さっきの鈴木くんは行ったのかい?」
 少女は首を横に振る。風邪で欠席だったという。
(決まりだな。海水だ。その中にこの事態を引き起こした何かが……)
 推理を確証に変えるために、耕也は少女に問いただす。
 ところがそれは違っていた。全員海に入る前、準備体操中に倒れたのだと言う。
(水じゃない……それならこの大勢を……暑いな……)
 八月の後半ではまださすがに暑い。耕也は太陽を見据えた。
 そのとき突拍子もない考えが浮かんだ。
 みんなで倒れたのがいつだったのか、改めて問い直す。
 くしくもそれは、健太と可奈が倒れたときと一致していた。さらに言えば時間も近い。
 彼は少女に別れを告げると駆け出した。もはや大学のことなど失念していた。
(ここからだと、健太のアパートが近い……)



 健太の住むアパート。
 耕也はドアを激しくノックした。
「健太、いるんだろ! 開けろ! 俺だ、耕也だ!」
 十分もしただろうか。わずかにドアが開いた。
「耕也……」
 確かに健太の声だが、まるで裏声のような声だった。
「健太、おまえの体の異変、それについて考えがある。中に入れてくれ」
 扉が開いた。すばやく入り閉める。
 そして、改めて健太を見る。
 危うく声を出すところであった。身長こそ変わらないものの、ひどく細くなったようだ。肉が落ちたというより筋肉だけなくなったようだ。
 『華奢になった』というのが一番正確だ。そのくせ脂肪は多少増えているように見える。
 髪の毛も変わった。もともと長めだったが細く長くしなやかに。まるで女性の髪だった。
 そして、だぶついたシャツの胸元が膨らんでいる……
「健太……おまえやっぱり、女に……」
「耕也ぁぁぁぁっ、おれどうなっちゃったんだよぉぉぉぉ……」
 親友に会った事により緊張の糸が切れたか慟哭する。泣き方まで女のそれであった。



 落ち着いてから耕也は事情を聞いた。
 始まりは海水浴で倒れてからだ。なんとなくだるかったが、疲れと判断していた。
 だが、男の生理現象が起きなくなり、そのうち手にした物がひどく重く感じるようになったという。
 髪の毛の伸び方も半端じゃなくなり、筋力は日に日に落ちる。反比例するように胸がどんどん膨らみ、毛深いはずの体毛はまさに女性のようになってしまった。
 肌も日に日に柔らかくなり、声も低音が自然には出てこなくなった。
「俺……不安で不安で……」
 一週間前から引きこもっていたという。
「健太……恐らくあちこちで同じ現象が起きている。引きこもっていたから分からないだろうけど、おまえと同じような人があちこちに……」
「えっ!? そうなの?」
「俺は今日一人の女の子に会った。本人は男と主張していたが間違いない。おまえと同じ現象が起きている」
「どうして!? どうして俺がこんな目に!?」
 座って聞いていた健太が、興奮して立ち上がる。
「落ち着け、健太。……これは俺の推測なんだが、太陽光線の異常か、或いは宇宙線か……とにかくあの時の光を浴びて、おまえの体の遺伝子情報が書き換えられんだと思う」
「……」
「さっき言った少女もおまえと同じように、あの光で倒れたらしい。最初は海水が原因なのかと思ったけど、その子もおまえも水に浸かる前……それに海水浴場だから、近くに妙な廃水を流す工場もない。それなのにいっせいにそんな変化が起こるとしたら、後は日光しか思いつかない」
「……まさか」
「その子のクラスメートに一人だけ変化がない子がいるんだが、その子は風邪を引いていたから臨海学校どころか外にも出てなかったようだ」
「……」
「俺のオヤジは地下鉄職員、お袋は地下売り場のレジ打ち。その時間は少なくとも外には出てなかったんだろう。……俺もあの時は車の中だったからな」
「そんな……そ、それじゃ可奈も!?」
 耕也ははっとなった。生理がこない……それは男性化が始まっていたからでは?
「俺、今から可奈のところに行ってくる……いや、おまえも来い」
 不用意に話をしたことを後悔した。考えてみれば原因はわかっても対処法はわかってない。それは絶望を与えるだけでは…放っておくと自殺しかねない。
「わかった。急いで行こう」
 どうやら可奈の方が気になったようで、自分のことが後回しになったらしい。
 ところが健太は今までの服が着られない。
 上はまだTシャツなどでいいが、下がない。
 細くなったウエストにあうものがない。逆にヒップが大きくなっていたためなおさらだ。
 とりあえず短パンを強引にはくが、太ももから露出した形でますます女に見える。
 とにかく二人は、タクシーで可奈の住む家に出向いた。



 可奈もやはり引きこもっていた。家にいた両親は、「恋人なら」と期待して耕也たちを上げた。
 その際に健太のことを問われたが、とりあえず「大学の友達」と答えた。
「可奈、俺だ、耕也だ」
「……耕也?」
 部屋の中から聞こえてくるつぶやき声。やはり変わってきているようだ。
「ダメっ! 帰ってっ!!」
 はっきりと分かった。変声期中の男子という感じだ。変わり果てた姿を見られたくないからか、可奈は頑として部屋のドアを開けなかった。
 だが、
「可奈、俺だ……健太だっ」
「健太くん? うそよ、女の声だわ」
「そうだよ。おまえと同じ……いや、逆か。とにかく入れてくれ」
「本当に健太くんなの?」

 天の岩戸が開いた。



 可奈の変貌はもっと凄まじかった。
 身長は5センチも伸び、胸は既に完全になくなってしまった。恐らく男性化の際にエネルギーと化して消滅したのだろう。
 代わりに胸の筋肉が発達していた。そして肩幅も広くなり、全体的に骨太になってきた印象を受けた。
 耕也は健太に話したことと同じことを、可奈にも聞かせた。
「……これからどうなるのかしら?」
「わからない。ただ中途半端で止まるとも思えないな。俺があった女の子はもう完全に『女の子』だった。たぶん子供の方が未完成な分だけ、変換が早いんだろう。……だけど早まるな。逆も可能かもしれない。とにかく生きてさえいれば」
 健太と可奈は真顔でうなずく。一時は本気で自殺も考えたからだ。
 同じ境遇の人物がいるということで、二人も少しは前向きになれたようだ。



 あの事件から一ヶ月。
 一部のタレントたちの姿がテレビから消えていた。スタジオならともかく、ロケにでも出ていたらひとたまりもないだろう。
 そしてマスコミが騒ぎ出した。それによると、全人口の約4分の1が性転換現象を起こしているらしい。



 十月、耕也たち三人は大学のコンパに出ていた。
 もちろん健太と可奈以外にも、『被害』に遭った面々はいる。
 宴も進み耕也がトイレに立つ。用を足していると誰かがとなりに来た。
「か……可奈!?」
 すっかり男性化の進んだ可奈が横に立っていた。
 身長は既に174まで伸び、肩幅もがっしりとしたものになっていた。未練だからと髪も短く切ってしまった。
 それに、なにより男子トイレで用が足せるということは……
「おまえ、もう……」
「ああ……すっかりオトコ。今じゃ女だったときの方が現実味がないや」
 声も低くて渋い声に変化していた。
「便利だなぁ、男の体は。トイレが楽だ……と」
「可奈……」
 耕也には、可奈がおどけているように見えた。
「そんな顔するなよ、耕也。もうこんな体だからおまえと……ううん、あなたと私は結ばれないけど」
 女の自分に決別するつもりなのか敢えて女言葉に戻してきた。男の声でありながら、その精神のせいか気持ち悪く思えなかった。
「だけど恋人はダメでも親友はありでしょ。これからは男同士ね」
「可奈……」
「よろしくな!! 先輩」
 耕也の背中をばしんと叩いて、可奈はトイレを出て行った。



 コンパからの帰り道。耕也はすっかり酔いつぶれた健太を送る羽目になった。
 そんなに遠くないのでタクシーは使わず、肩を貸す。
 だが……健太の体の感触。そしてその芳香に耕也は変な気分になってきた。
(健太の方もすっかり女だな……でも、よく服が合ったよな)
 世界的な現象である。緊急に大きなサイズを用意した店があったようだ。
 後に女性服売り場に、女性化した男性たちのための衣類が並ぶようになる。体格が小さくなる訳ではないので、着られる服がないためだ。
 また男性化したものの、女だった当時を忘れられず「女装」する『男性』も多いし、ドサクサにまぎれて女装趣味の人間も大手を振って購入しているらしい。また、(男時代の感性で)可愛いデザインを望む声も多く、これが元から女でありながらサイズが合わず可愛い服が着られなかった女性たちにも歓迎された。
 余談だが、これら新市場開発により一時的にだが景気が回復したとか。
「耕也ぁ……」
 健太の声は完全にソプラノの女声である。
「おう、もう少しでつくからさ、もう少しがんばれよ……男だろ」
 そう言われて、健太はいきなり耕也を抱きしめた。柔らかな胸の感触が、とてももと男とは思えない。
「耕也……アタシはもう女。戻れないなら仕方ない、この先女として生きていくわ。一人じゃないし……」
 事実、大多数の男が女になっていた。あの事件の日。日光を受けた人間は進行に程度の差こそあれ性転換していた。
 特に当時真昼だった日本の被害は凄まじく、恐らく人口の半分は性転換をしてしまったはずである。
 これだけ多いと偏見の起きようがない。今ではメガネをかけた人物と同じ程度の感じで認知されている。
「そうか…」
 今度は親友の『男』との決別である。
「アタシ達、これからも親友よね……でも、男女で友情が成立しないなら恋人でも……」
「さ……さぁ、アパートはもうすぐだぞ」
 どうも内面まで女性化してきたのか、恋愛対象も移りつつあるようだ。



 師走。
 議員達も多数被害にあったため、法の整備はすばやかった。何しろ首相からして女性化してしまったのだから。
 まずは戸籍変更、そしてそれに伴う改名が許された。免許や資格などもそれに応じて書き換えられる。
 当初は検査後で『変換者』と認められたらというという案だったが、多数過ぎて処理しきれず、結局申告制になった。
 そして、「中沢健太」だった女性は改名して「中沢百合子」になった。「佐藤可奈」だった男性は、「佐藤拓也」となった。
 結婚の対象は健太改め百合子が男性、可奈改め拓也が女性かというと……実はそうとは限らなかった。それというのも婚約していた相手のみ性転換してしまったものの諦めきれないという訴えが多かったのだ。
 さすがにこれは調査を要したが、それでも男同士。女同士の結婚も条件付で可能となった。
 ちなみに同性同士であったのが片方だけ異性化してしまった場合……これも肉体的に問題なしと判断された。
 もちろん中には元の性別に戻りたい者もいる。これもまた法が整備され、「性転換手術」がオープンにできるようになり、後に大きな病院では専門チームも出現した。
 反対にこの性転換を喜んだ者もいる。性同一性障害と呼ばれる人たちだ。
 女に戻れた『彼女』達は、つらい生理が来るたびに実感をかみ締め歓喜した。男に戻れた『彼』らは、コンプレックスの塊であった胸元を晒すようになり、女では生えないひげを意図的に伸ばして『男』の実感をかみ締めていた。
 皮肉にも、いわゆるニューハーフやおなべは夜の仕事をしているものが多いため、その時間は寝ていたケースが多く、「本当の女(男)になり損ねた」と悔しがる者もいたという。



 女子高が丸々男子校になったり、その逆もあった。
 ただ、みんな一人ではなくまとまっての変化だったためか、開けっぴろげで意外に開放的な雰囲気だった。
 職場では「男子が肉体労働や技術職、女子が事務職」と言う枠がなくなっていった。
 希望すれば、生まれついての女性も現場で働けるようになった。それ故に給料の差と言うものもなくなってきた。
 もう「男の癖に、女の癖に」は死語になりつつある。街では男同士や女同士のカップルも見受けられるようになったが、これが片方がもともと異性だったのか、それともいわゆる「同性愛者」なのか判別はつかない。
 ……まあ、少なくとも日陰なイメージはすっかりなくなってしまった。
 男女の垣根がなくなり、ボーダーレス化している。わずかな時間で世界は大きく変わった。



 そして田島耕也だが……彼もまた変化が始まっていた。
 二人のように裸身に直射ではないので、症状が出るのが遅かったものの、車のウィンドウ越しといえどあの光を浴びていたのだ。



 2000年7月。
 とあるホテルの披露宴。花嫁の控え室を、フォーマルなドレスに身を包みすっかり化粧もさまになった百合子が訪ねた。
「……百合子」
「どうかしら、花嫁さんになる感想は? 純子」
 純子……それは耕也の新しい名前だった。
 『男同士』の結婚を決意していたら、皮肉にも自身の転換が始まってしまった。それを待ち、彼……彼女は今日の日を迎える。
「きれいよ。ウエディングドレス」
 1年たっていたせいか、体が完全に女性化するのに伴い内面もだいぶ女性化してきた。
 男時代に未練を持たないように女言葉を積極的に使い、すっかり板についている。
 思い出話に花を咲かせる。そして時間が迫る。
「アタシ達……結婚しても親友よね、純子」
 その言葉に純子は首を横に振る。その意味を百合子は理解した。
「オレ達……この先も親友だよな、耕也」
 かわいらしい声で、似合わなくなった男言葉を使う。
「当たり前だぜ、健太」
 純子……いや、この一瞬だけ耕也に戻り、そう答える。
 これが二人なりの過去への決別であった。



 新郎新婦入場。もちろん拓也がタキシードで純子がウェディングドレスだ。
 1年立った拓也は精悍な男になり口ひげも生やしていた。『男』の記号としての意味合いだ。
「似合っているわよ。拓也」
「ありがと。だけど後で剃るね。『あたしも』ウェディングドレス着たいから」
 この二人が転換者であることはみんな知っている。だからお色直しは、「本来着るはずだったもの」へと着替えるのは知らされていた。
 文字通りバージンロードを歩む純子。やがて彼女が産むであろう子供、それはまさに新人類か。



 1999年7の月。恐怖の大王が降り立ち古い世界は滅んだ。
 そして男女の壁のなくなった新しい世界が開いたのだ……。





後書き

 少年少女文庫の愛読者の皆様。はじめまして。城弾と申します。
 こちらの作品は楽しませていただいてます。みなさんアイディアが凄い。

 今回僕もそれなりにやってみましたがいかがでしょう。もしも性転換が社会的現象だったらと言う発想から浮かんだ作品です。
 必ず大きなうねりになるはずですしね。

 次はもうちょっとコミカルにやってみたいですね。それではまた。

 

 

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