城弾シアター十周年企画シリーズ

PanicPanic

「ダブルフェイス」

 六月。梅雨時。一人の少年が喫茶店の軒先に雨宿りしていた。
 店の名はレッズ。サッカーとは無関係。場所も浦和ではなく練馬にある。
「ちぃ。ケンカ無敵でも天気にゃ勝てねーぜ」
 黒い短髪を逆立てた背の高い少年がつぶやく。
「さぁて。どうしたもんかな?」
 雨が凄まじい勢いで降り注ぐ。ここにたどり着くまでに既にずぶ濡れだ。
 このままじゃ風邪引き確定だな。そんなことを考えていたら扉が開いた。
 見たところ喫茶店。中の客が出て行くところだろうと思って道を譲ろうとした。
 しかし違う。中から出たのはやたらフリルのついたファンシーなワンピースの少女だった。
 背は低い。だから必然的に少年の顔を見上げる形に。
 故意か偶然か上目遣いになる。童顔。そして服装のせいもありロリータな印象もある。
 だが顔と裏腹に胸はかなり立派だ。巨乳というカテゴリーに間違いなく入る。
 少年は思わず赤くなる。
(何だこの女? ウエイトレスか? それならこの格好もわかるが…)
 じっと見つめるその瞳に吸い込まれそうだ。長いまつげが「女の子」を印象付ける。
「お入りください」
 その少女は鈴を転がすような高くて綺麗な声で言う。
 声そのものがいいのは確かだがしゃべり方も柔らかで女性的だ。
「え? いや。俺、金ないから」
 方便ではなく電車賃しかなかった。傘を買ったら歩いて帰ることになる。
 普通なら迎えに来てもらう手もあるが彼は一人暮らしだった。
 なんにせよ喫茶店で使う金などなかった。
「ダメですよ。そのままじゃ風邪を引きます。体だけでも拭いてください」
 何か少女は思うところがあるのか強引に少年を引き摺りこむ。

 店内は閑散としていた。時間も半端でそんなに客はいないらしい。
「はい。タオルです」
「あ、ああ。サンキュ」
 どうもまだ親切に慣れない。しかし確かに濡れたままはきついので素直に借りた。
 頭を乱暴に拭き水気を取る。
「待っててくださいね。コーヒーを淹れますから」
「いや。だから金はないんだってば」
「サービスです。他のお客さんにはナイショですよ」
 そういって少女は笑う。花の咲いたような笑顔だ。
(可愛い……まずい。ケンカ十段。この井草仁。女にうつつを抜かしてなんていられないのに…)

 その男。井草仁(いぐさ ひとし)は顔は悪くない。
 しかし硬派気取りでケンカ三昧の荒くれだった。自然と目つきもきつくなる。悪いという方が近い表現だ。
 腕は立つ。多数相手に囲まれた時も生還を果たしている。
 しかしその荒々しさを今の女は敬遠する。だから女とは疎遠になる。
 つまり女になれていなかった。免疫がないという奴だ。
 故に単なる「親切心」がやたらに効いたりする。

はい。コーヒーです。あたたまりますよ」
「……ありがとう。でもどうしてこんなに親切に?」
「だって、雨に濡れて寒そうだったから」
 少女は心配そうな表情になる。
(な、なんて優しい女だ。今時こんなヤマトナデシコがいたなんて)
 ケンカは無敵でも女には弱かった。
 完全に恋に落ちた。その少女の正体も知らず。

恋に堕ちたケンカ無双

このイラストはOMCによって作成されました。
クリエイターの聖マサルさんに感謝!

 結局コーヒーを二杯飲んだ。
 例え安物で出がらしでも彼は心安らいでいた。
 こんなにゆったりしたのはいつ以来だろう。そんなことを考えていた。
 居心地の良さと、少女の優しい笑顔に武人からただの男へと変わっていった。

 いっこうにやむ気配がない。
 さすがにこれ以上ただ飲みは出来ないので帰ると告げる。
 それならばと少女が手渡したもの。それにも仁は感動していた。
「すまねえ。傘まで借りるとは。必ず返すから」
 女物の花柄の傘を手に仁は礼を言う。
 男が使うにはかなりきついが、どうやら少女の私物らしいと判断して断らなかった。
「はい。お待ちしてますね」
 にっこりと微笑む。いわゆる営業スマイルだが区別がつかなかった。
 仁は店を後にした。
 コーヒー以上に少女の優しさ。そして恋心でハートを暖かくしていた。

「誰? 今の人?」
 入れ替わりに長い黒髪の少女が入ってきた。
 つむじの辺りは栗色なので染めているらしい。
 地が栗色だが二年の夏休みに黒く染めたらとにかく好評で、それから黒いロングヘアがトレードマークである。
 半そでのブラウスとジャンバースカートの少女。及川七瀬は隣の家からやってきた。
 その手にはクッキーの入ったケース。自分で焼いたものである。おすそ分けするような間柄だ。
「お客さんよ。雨に濡れて寒そうだったから」
「ああ。そう言えば一年のときはあんたもそれから大変だったもんねぇ」
 ちょっとイジワルな表情になる。長い付き合いならではの表情だ。
「言わないでよ。恥ずかしいから」
 言われた少女も恥じらいの表情。
「でも今じゃすっかり女の子としても違和感なくなっているのが恐いわ。あのときよりむしろ自然になっているし」
「そうなのよね。客商売だし女の子でお客さんの前に出るとこういう喋り方になっちゃうのよ」
「程ほどにしてよね。せめて私の前だけでも。いい。みずき」
「無理よ。お店じゃお客さんいるから」

 彼女の名は赤星みずき。そしてこの少女の姿は真の姿ではない。

 六時になって両親が帰ってきた。
 父・秀樹は寄り合いで。母・瑞枝は一つ下の肉親。薫のことで学校に。
 みずきは留守番だったのだ。
 受験生であるみずきは七時前に店から上がる。
 ウエイトレス姿のまま夕食を済ますと風呂場に。
 その手には少女らしからぬ下着が。

 一糸纏わぬ姿になるとシャワーを浴びる。
 大きい割りに形のよい白いバストをお湯が伝う。
 途端にしぼんでまったいらに。
 反対にフラットだった股間に女にはありえないものが。
 肌の色も浅黒く。なだらかだった手足は筋張ったものに。
 みずき……赤星瑞樹は女の子から男の子へと変身した。
 正確に言おう。戻ったのである。本来は少年。
 しかし15歳の夏に神の悪戯としか思えないような偶然が重なり、現在のような変身体質になった。
 30℃以下の水を被ると女になり、40℃を越えるお湯を被ると男に戻る。
 その間の温度はかぶっても何も起こらない。そのときの性別を維持したまま。

 もともとが女の子の様な可愛らしい顔立ちでなおかつ小柄。
 小学生時代はもちろん中学でも女に間違われて辟易としていた。
 声変わりが遅かった上に変わった声がまた綺麗で高い。
 女なら羨ましいが男では軟弱この上なく感じる。

 それが中三の夏から半分とはいえど女の肉体を有する羽目に。
 男のときから小柄だったのに輪をかけて小さく。
 縮んだ分が集まるのか女のシンボルたる胸は過剰に大きい。いわゆる「巨乳」だ。
 男時代から綺麗だった声は女になるとますます高くて綺麗に。
 どれだけぶっきらぼうで乱暴に喋っても男に聞こえない。
 誰も彼女を女と信じて疑わない。
 誰もが彼女を女として扱う。
 女の世界に放り出されたみずきは激しく反発していたもののやがて受け入れる。
 女の姿のときはそれらしく振舞うようになった。
 相反するものが同居しているゆえの反発か。はたまた客商売ゆえか。
 それとも母譲りか。18歳のこのころには女になるとやたらにおっとりと「優しく」なる傾向があった。

 すっかり男に戻った彼はそれこそ「生まれたままの姿」で激しく落ち込む。
(ああ。またやっちまった。どうしてオレは女になるとああまで)
 もちろん仁に対してのそれである。
 思いやりはいい。しかしあまりにも女性的。
 自分も男ゆえにわかる。あんなふうにされたら勘違いすると。
(傘を返しに来たら適当にあしらわないとな)
 もちろん「交際」など論外である。

 それを夢見ていたケンカ十段。
 帰宅しても激しく昂ぶり落ち着いていられない。
「うぉーっっっっ。オレはっ」
 一人暮らしのアパートで叫ぶ。
「生まれて初めて恋をしたっ。あの可憐な少女にっ」
 思わせぶりな態度をとったみずきの方にも責任がないとはいえないが物の見事に勘違いしていた。
「どうしよう。あの可愛い顔や声を思い出すだけでゾクゾクする。ああ。あの女と仲良くなりたい」
 段々エスカレートしていく。
「いっそ押し倒して既成事実を作るか?」

 そのころ。
 風呂から出ようとしていた瑞樹だが激しい「寒気」を感じて湯船に浸かりなおす。
(な、なんだ今の怖気は? それとも体が冷えた? とにかくいやな感じだ)

「いや。体が繋がっても心が繋がらなくては意味がないな。ああ。そうさ。愛がなくちゃな」
 さすがにそこまで野蛮人ではなかった仁。
 しかし舞い上がりやたらにハイテンションになっていく。

 翌日。見事に晴れた日の昼下がり。
 仁は一日練馬をうろついていた。手には前日借りた傘。
 店は覚えている。返すだけなら事情を話して預かってもらえばいい。
 しかし傘は口実に過ぎない。みずきに遭うのが目的なのである。
 だが肝心のみずきがいない。その時間はまだ学校。
 それを察して一旦店を離れる。
 なにしろコワモテなのは自覚している。それが店内をすごい形相で見ているのだ。客が騒いだ。
 店主と思しき男が静かににらみ返してくる。
(や、やべえ。ケンカ三昧だけに勝てる相手かどうかはわかる。ただの喫茶店マスターじゃねぇ。修羅場をくぐった目だ。元ヤクザか? それにしちゃ「破気」じゃなくて「神気」だったが)
 「破気」と「神気」。いわゆる「気のエネルギー」だ。
 ただ思想が違う。奪う。破壊する。そういう負の方面に向けて出るのが破気。
 対して守るタメなどに出るのが神気である。
 出やすいのは破気だが暗黒面に取り込まれる危険性もある。
 実は上条明がその二面性を持っていた。
 普段は気のいい男だが、怒りが暗黒面を浮かび上がらせる。
 ただしその二つを同時制御することで上条はマリオネットを発現させていた。

 マスターがさすがに警視庁の特別捜査員という発想はなかったが、只者ではないと踏んだ仁。
 戦って負ける気はしないがみずきの雇用主をぶちのめしてはまずい。しかし手加減できる相手とも思えない。
 揉め事を避ける方針になった。とりあえず店を離れ暇を潰す。

 頃合を見てもう一度店に。結構にぎわっている。高校生の一団がいる。その接客をしている少女の顔を見て仁の心臓が強い鼓動を打つ。
(いた!)
 目当ての少女。みずきはいた。仁はぎこちなく店に入る。
「あら? あなたは」
 みずきが驚いたような表情をする。どうやら覚えていたらしい。
「よ、よう。これ、助かったぜ」
 花柄の女物の傘を差し出す。
「よかったぁ。風邪引かなかったんですね」
 ある意味では余計な一言だった。
(一度あっただけのオレのことを心配してくれてたのか!?)
 ますます勘違いが深まる。
 手伝いとはいえど客商売。人の顔は忘れない。それで愛想良くしただけのみずきだが、それが判別できるほど女にというか世間になれていない仁である。
「礼を言う。俺は井草仁。あんたは?」
 筋は通る。傘どころかコーヒーまでただで「恵んでもらった」のである。礼を言うのはもっとも。
 そしてその際に名乗るのも不自然ではない。さらに尋ねるのも。
「えーと」
 みずきはちょっと考えた。確かに名乗らないのは失礼だ。しかしバカ正直に本名で「赤星みずき」と名乗ったものかどうかと。
 迷ったものの「偽名」が思いつかず本名を口に仕掛ける。
「あ……」
綾崎ハーマイオニー。それがその娘の名前だ」
 横槍に露骨に不機嫌な表情をする仁。高校生の一団の中の一人の少年が立ち上がっていた。
 背は高め。肉付きは普通。顔や髪も普通だが何処か独特の雰囲気を持っていた。
「なんだてめぇ? お前にゃ聞いてねぇぞ」
 しかしそれは想定の範囲内。むしろ待っていた節すらある。

「名乗らせてもらおう。ポルナレフ。ジャン・ピエール・ポルナレフ」

 少年はポーズをつけて名乗りをあげた。
「はぁ?」
 毒気を抜かれる仁。
「上条。おまえ確か新入生の時に『ジョジョって呼んでくれ』とか言ってなかったか?」
 オールバックの妙に老けた学生が言う。めがねが知的な印象だ。
「ふっ。榊原。いい言葉を教えよう。『心に棚を作れ!』ってな」
「どういう意味? 明くん」
 小柄。むしろ華奢という表現がよく似合う少女が尋ねる。
 華奢では有るが猫のようなしなやかさを感じさせる肢体。
 猫を例えに出したが、彼女の顔立ちはまさに仔猫そのもののつり目。
 お下げ髪と相俟って幼い印象が。それを強調しているのは薄い胸元。
「それはだな。例え自分が人のことをいえた立場でなくても、一旦それを棚に上げてしまうことを言うんだ。綾那」
 明と呼ばれた少年。上条明は得意そうに「薀蓄」を語る。平たく言うとオタクであった。
 これでいてカバンの中には六法全書が入っている。父親同様の警察官を目指している。
「なんだてめぇ。すっとぼけてんじゃねーぞ」
 「いつものくせ」で突っ掛かる仁。客の前でやられてはたまらない。
 1年の時のみずきなら同じように荒い言葉で応対していたであろう。
 だが二年になる寸前。女である自分もまた自分と認識して受け入れた。
 そのため女のときは女性的な言動になるようになっている。
 学校そのものは男子扱いになったものの、未だに女子として通していた時代のクセが抜けていない。
 ましてや店である。客の前で女らしく振舞っていることもあり、ここではどうしても女として振舞ってしまう。
「あの、他のお客様の迷惑になりますからやめてください」
 それだけなら問題は無いのだが、その白く小さい華奢な手で仁の手を握るからいけない。
 女に免疫のない彼はそれだけで大人しくなってしまう。否。別の意味でエキサイトしてきた。
「ハーマイオニーさん」
 みずきの小さな手を握り締めて迫る。
「赤星みずきです」
 その迫力でうっかり本名を名乗ってしまう。
 上条たちがため息をつく。せっかく偽名を教えたというのに自分でばらしてどうする。
 実はこのみずき。半端でないドジ娘。何もないところで転ぶのなど日常茶飯事。
「みずきさんですか。とても可愛らしくていい名前ですよ」
 大仰に言う仁。
 実はみずきとしては最近まで嫌っていた名前だった。
 もともと顔が女の子っぽい上に、この男女どちらでもいける名前で完全な男だったころから女の子と間違われていた。
 だから褒められても嬉しいとは最近までなかった。
 しかし今は女である自分を受け入れたこともあり、この女性的な響きを持つ名前を褒められて悪い気はしない。
「あ、ありがとうございます」
 薄化粧でも充分に華やいだ顔。それをやや伏せ気味にして「恥じらい」を見せ、それでも礼を忘れない。
(あんまり女っぽくしないのッ)
 心中は冷や汗の七瀬。
 みずきと…瑞樹と公認の仲ということで言い寄ってくる男子はいない。あしらい方を知らない。
 それもあり「経験不足」で有効なアドバイスがない。
(まぁまぁ。アイツとしても客の前でいつもみたいにゃ出来ないんだろ。大目に見てやりなよ)
 七瀬の手に茨が絡みついている。その茨を見ることが出来る人間は限られている。

 これはいわゆる超能力。自在に操れるところから「マリオネット」と呼ばれる。
 七瀬も治癒能力のマリオネットを持つ。だがこの「茨」の主ではない。

 マリオネットには様々なルールがある。
 視認できるのは同じくマリオネットを使うものだけ。
 ただし例外として精神に作用するマリオネットは一般人にも効果が見える。
 またマリオネットが傷つくと本人も傷つく。逆もまた同じ。

(真理ちゃんったら。他人事と思って)
 軽くにらまれた彼女。村上真理はまずは逆立った金髪が目に付く美少女だ。
 この金髪は地毛だ。彼女はハーフ。日米というか亡き母がドイツ系のアメリカ人だったのでドイツの血が混じっているというべきか。
 白い肌と金髪。そして背の高さと胸の大きさは日本人離れしている。
 だが輪郭や瞳の色は日本人風。
 真理の超能力は触れた相手の思考を読む「ガンズン・ローゼス」。
 応用して逆にイメージを送り込める。それで「会話」した。

「ん?」
 仁は何かに気がついたように真理の腕に視線を向ける。しかしそれは脇からの声で中断された。
「お主、茶屋に来て何も口にせぬなら帰ってはどうでござる?」
 妙に時代がかった言葉遣いに、またからかわれたかと頭に血が上りかけるが表情が大真面目。
 何より鋭い眼光がジョークをいうように見えなかった。
 学生服に包まれた肉体も引き締まっているのが想像できる。
(こいつ、やるな)
 ケンカ十段の勘が危険を告げていた。
 仁が警戒した彼の名は風間十郎太。学生であると同時に傍らの少女。姫子の護衛の忍者である。
「そうですわ。ここは憩いの場所ですもの。お茶を楽しみましょう」
 およそ場に合わぬ上品な声と口調。長い黒髪は素直に伸び艶やかに輝いている。
 切り揃え方のせいで和風の姫君のイメージ。白いきめ細かな肌がさらにそれを増幅している。
 実際に彼女。北条姫子は姫君だった。
 小田原の陣で歴史の表舞台から去った北条家の末裔。
 そして十郎太はその配下である風魔一族の末裔。
 厳密に言うと風魔も現代の忍びとして蘇えっていた。
 近代ハイテクにはあえて頼らず、戦国の世のままに体術を磨いてきた超人集団。
 その一員が彼だ。
 姫子と同世代というのも手伝い常にそばにいた。

「わかったよ。確かにお前らの言う通りだ」
 負けるつもりはないが暴れて「野蛮人」と見なされては憧れのマドンナ・みずきに嫌われる。
「平和的」にしようと思った。
 彼は案内を待たずにカウンターのスツールに腰掛ける。そして「コーヒー」とオーダーした。
「はぁい。かしこまりましたぁ」
 可愛らしい綺麗な声でみずきは承ったことを告げた。
 ウエイトレス自体は一年のときから。
 二年のときは精神的にも女性よりだったこともあり、三年の今では自然と柔らかい言葉遣いになってしまう。
 ましてや注文が出ればあいては客だ。無碍には扱えない。
 そして七瀬たちにも口出しは出来なくなる。
 なにしろ接客がみずきの仕事。しかし思わぬ助け舟。
「はい。ブレンド」
 当然だがウエイトレスだけで経営されている喫茶店ではない。
 店主もいる。それが瑞樹の父。赤星秀樹。
「……」
 当てが外れて憮然とする仁。
「どうした? 店長自らの提供だぞ」
 榊原がここぞとばかしにたたみかける。
 仁は凄まじい形相をするがみずきが怯えたように見えたのでやめて、大人しくコーヒーをすすった。
(いいさ。あの制服。無限塾のようだから学校のほうに出向くさ)
 男子制服の方がなじみだが学校ごとの特徴は女子制服に出る。
 姫子や真理の制服でわかったのだ。仁自身は無限塾の不良とケンカしたことがあり、それで制服をおぼえていた。

 翌日。よく晴れた日。無職の仁は有り余る暇を使い無限塾へと出向いた。
 だがケンカ三昧の日々がたたり、いきなり血の気の多い連中にケンカを吹っかけられる始末。
 さらには授業中を探そうとなるとどうしても校庭に出るとき。つまりは体育を見ることに。
 部外者が女子の体育を凝視していればそりゃ通報されても無理はない。

 それでも執念で何日もチェックする。隠れながらだから変質者じみてきたが。
(おっ。見つけたっ)
 愛しい少女を見つけた。そう思ったがよく似た別人だ。しかも男。
 服装も体操着に短パンである。
 古い学校である無限塾は体操着も古いイメージで、いまだに女子はブルマ。男子は短パンである。
 まして胸元はまったいら。どう見ても男である。
(よく似た野郎だな。店にゃいなかったがみずきさんの兄弟か?)
 さすがに当の本人とは考えが及ばない。事前に変身体質を知らないのであれば無理もない。

 隠していたつもりでも真理のマリオネット。ガンズンローゼスの能力の前には裸同然。
 位置まで特定されていた。
「瑞樹。あの野郎がいるぞ」
 みずきが二年のときは精神的にも女子に近かったため、すっかり女子としての付き合い方が定着していた真理。
 女の子同士のように名前で呼び合うが瑞樹にとって七瀬のような特別な相手ではない。
「あの野郎って……あのチンピラかよ!?」
 三年の時は男子扱いに戻っていた瑞樹。少女の服装の時は女性人格になるが男子のときは本来の男っぽい性格が出る。
「ちょうどいい。オレ自身がきっちりやめさせてやる」
 実は学校だけでなく喫茶店のほうにも毎日来ていた。
 ただしみずきが一人になるのを狙っていたので、店内には入れないでいた。
 実害は無いが鬱陶しいことこの上ない。
 さらには女になると悪い意味で女性的になるようになってしまい、それが自分でもいらついていた。
 その「鬱憤晴らし」もあった。

 彼はずかずかと仁のほうへ歩いていく。

(お。何だ? 俺の位置がわかるのか?)
 迷い無くくるので戸惑う。
「おい。そんなところにいないで降りてこいよ」
 瑞樹が木の上に隠れている仁に呼びかける。
「はっ」
 気合なのか嘲笑なのかわからない声と共に仁は舞い降りる。
「よくわかったな」
「そんだけ変態オーラを出しまくってりゃ誰だってわかるぜ」
 実際は真理の能力で見つけたわけだが律儀に説明する必要はない。
 むしろ隠れていても無駄だと思わせた方がよかった。
「誰が変態だ。みずきさんの兄貴か弟かしらねーが、口の利き方を教えてやってもいいんだぜ」
 あまりにそっくり(というか同一人物)故に双子と見なしたらしい。
 これまたわざわざ変身体質を教えることもいらないのでそう思わせておく。
「妹が恐がっていたぜ。変なのに付きまとわれていると」
 最初の子供である瑞樹としては自分が弟というより兄という方がイメージしやすくてそういう設定になった。
「はん。そんなストーカー野郎は俺がぶっ飛ばしてやるよ」
「だからオメーがストーカーなんだってば」
「俺のどこがストーカーだ。純愛と言え。純愛と」
 にらみ合いになるが
「赤星。授業中だぞ」
 体育教師の藤宮の野太い声で呼び戻される。
「いっけね」
 舌をペロッと出して傾けた自分の頭を軽く小突く。
「はぁーい。今行きまーす」
 裏声で返答すると内股で走っていった。
 二年間に渡り女子として過ごしてきたのだ。何かの拍子に出てしまう。
(な、なんだアイツ。オカマか? 気色悪い)
 荒くれの仁にしてみればもっともな感想だ。

 夕方六時。
 みずきは実家の手伝いでウエイトレスになっていた。
 普通は動きやすさを重視して下はパンツルックというのが喫茶店の定番だが、瑞枝のシュミでみずきはひらひらのワンピースで接客していた。
 一年のときは抵抗していたが二年の時に完全に受け入れてからはメイクや髪型の凝り方も段違いになった。
 「大人の女」の肉体に近づきつつあるためか色気も出てきた。

「いらっしゃいませ」
 その笑顔が凍りつく。とうとう仁が店内に入ってきた。
(虎穴にいらずんば虎児を得ず。それにあのマスターがみずきさんの父親ならこそこそしているのは印象が悪いってもんだ)
「やぁ。また逢えたな」
 実際は昼間も乱入していると言いたかったがそれだとあの男の自分が女の自分と同一人物と説明することになる。
 だからやめた。
「あ。この前の」
 客商売のサガ。営業スマイルが出てしまう。
(やっぱ女は男らしさに惚れるよな。この笑顔)
 恋する男に掛かると「営業スマイル」が「好意の笑顔」に早変わりである。
「ご案内しますね」
 いくら女バージョンでもさすがに切り上げようと仕事に掛かる。
 結局付きまとわれていた。

「こんにちはぁ……えっ?」
 七瀬が遊びに来たが仁がいたので驚いた。
 仁の方はみずき以外は眼中になく、七瀬のことも単なる女友達と認識していた。
「ちょっと」
 みずきを呼び寄せる。傍目にはオーダーをするようにも見える。
「なんであの人がいるのよ? 追っ払うんじゃなかったの?」
「そうなんだけどぉ……あたし女になるとなんかケンカが苦手になっちゃって」
 二年の時に女子として振舞った後遺症なのか。
 それとも学校で男子扱いに戻ってはっきり男女で分かれたからか。
 男の瑞樹はいい意味でも悪い意味でも男らしく。
 女のみずきはいい意味でも悪い意味でも女らしくなっていた。
 今ははっきり言えないという女性のマイナス面が出ていた。
「それにほら。他のお客さんの前だし」
 金を払えば客である。
 こうなると不謹慎だがトラブルを起こしてくれれば、それを口実に出入り禁止にもできる。
 だがみずきに嫌われたくない一心と、ちょっかいを出す人間がいないこともあり平穏に過ぎていた。
 これでは口実も何も無い。
 そして平和的に話しかけられたら客商売ゆえ愛想笑いの一つも出る。
 だが仁にはそれが営業のものとは理解できない。
(脈がある!)
 勘違いに勘違いを重ねていく。
(あはははは。どうしよう)
 悪い意味でも女性的になっていたみずきははっきりと断れなくて困っていた。
 みずきよりも七瀬の方がいらついていた。

 その夜。七瀬に呼び出される瑞樹。既に男に戻っている。
「瑞樹。本当に大丈夫? このままじゃあの人に押し切られるわよ」
 心配しての話であった。
「オレとしても今はあの野郎の横っ面に平手を見舞ってやりたいんだが」
 ゲンコツで殴るのではなく、平手で叩く辺りこんなところまで女性化していた。
「暴力はダメだけど、もっと強気で出た方がいいのは確かね」
「わかるけどな。ただ男の感覚としてはやっぱ女に振られるのはきついしなぁ」
 変なところで男としての共感があった。
「だからってあの男の彼女にでもなるつもり?」
「彼女って……」
 思わずいろいろと考えてしまった。

「みずき。お前がほしいーっっ」
「嬉しいっ」
 恋人になる仁とみずき。きつく抱き締めあう。

「キス……してもいいかな?」
 いわれたみずきはそっと目を閉じ唇を任せる。

「おめでとーっ」
 友人たちに祝福されるウエディングドレス姿のみずき。
 隣には笑顔の仁が。

 病院から赤ん坊を抱いて帰るみずき。
 横を見上げると笑顔の仁が。

「うわぁぁぁぁぁぁあああぁぁああっっっ」
 恐怖から声を上げる。 思わず七瀬がのけぞって驚くほどの声だ。
 一瞬にしてそこまでシミュレートするのだから凄まじい。
 これも半分女ゆえか。なにしろ女のみに起こることは対岸の火事ではない。
「ふ、わかったぜ。七瀬。同情は無用だな。そんなものしてたらオレがウエディングドレスを着ることになる」
(コスプレだけど一度着ているのよね)
 もちろん口にはしない七瀬。
「見てろよ。次にあったら張り倒してやる」

 翌日。水泳の授業が予定されていたため、学校で変身する手間を省くべく女子の姿で登校しているみずきであった。
 二時間目に体育は終わり、現在は昼休み。
 昼食後にグラウンドでバレーボールだが満腹と心地よい疲労感で若干眠い。
 しかもボールが自分以外のところを飛び回っている。
 上条が拾い損ねたボールを十郎太が忍びの体術でカバー。
 しかしそれがとんでもないところに飛んだ。
 それを今度は綾那が俊足を飛ばしてフォロー。
 どんどんとあらぬ方向に飛んでいく。
 蚊帳の外になって退屈した瞬間に眠気に見舞われるみずき。
「ふわぁぁぁ」
 大あくびをしたときだ。
「危ない!」
 何がおきたかわからなかった。
 気がついたらみずきの目の前にボールが迫り、それを仁がブロックしていた。
「ありゃあ。ごめん。大丈夫か。赤星」
 空中から舞い降りながら上条が言う。どこまでボールをおっていたのやら。
「このバカヤロウ。みずきさんの顔に傷をつけたらどうする気だ!」
 上条を怒鳴りつける。非があるため反論できない。
 一方自分を庇う発言にジーンとなるみずき。不法侵入ということを目を瞑っての話だが。
「傷ものにした場合と言えば嫁に貰い受けるのが相場だな」
 榊原の真意を測りかねる発言だったが
「嫁……」
仁のこのリアクションで愉悦狙いとわかる。
 なにしろ相手の正体は男なのである。まかり間違ってもありえない。ところが
「仕方ねぇ。もしみずきさんが傷物にされたら、そのときはオレがもらってあげますよ」
 発言だけだと女性蔑視ととられて女子の憤慨を誘発しかねなかったのだが、このとんでもないシチュエーションで不問だった。
(なになに? この人みずきのことが好きなんだ)
(ホモなの?)
 これはみずきが男と知っているからの発想。
(禁断の愛ね!)
 恋の話の好きな女子の魂に火がついた。話を聞いていた女子たちがあっと言う間に伝えることに。
「こ、困ります。あたしそんな」
 すっかり女の子としての態度が身についたみずきはあくまでも女子として断りに掛かる。

 風呂場。男に戻ったとたんに床に蹲る瑞樹。
 ネット上でなら「orz」となるポーズである。
(またオレははぁぁぁぁぁ)
 女の自分の優柔不断ぶりにいらつく。
(だが明日は水泳の授業もないし、雨の予報もねぇ。一日男だ。絶対に追っ払ってやる)

 その固い決意が彼の方から仁へと話しを切り出させた。
「なんだ? 兄貴のほうにゃようはねぇ。妹さんはどうした? 今日は見えないが」
「お前みたいのがいるんだ。休ませた」
 もちろんウソであるが同一人物というのは伏せたかった。
「なんだと? それじゃ店であの可憐な笑顔を他の男に振りまいているのか?」
 自分の恋人でもないのに焼きもちを焼いていた。
「もう付きまとうな」
 やっと言えた台詞である。
「ああ? テメーにどんな権限があるんだよ」
 恋する男からケンカ十段へと変貌する。
(ああもう。どう言えば引き下がるんだよ。こういう馬鹿にわかりやすいと言えば……)
 瑞樹がはじき出した結論。それは
「そんなに『妹』と付き合いたけりゃ俺を倒して行け!!」
 一瞬、きょとんとする仁。だが「馴染みの展開」でにやりと笑う。
 低い声で「上等だ」と了承の意思を示す。

 放課後。校庭で瑞樹と仁は対峙していた。その間合い。約5メートル。
 取り囲むのは瑞樹の仲間たち。そして無限塾の生徒たち。
「オレが勝ったら『妹』からは手を引く。それで良いな?」
 正体をばらせば一発。ましてやいまや三年生だけなら全員が知っている瑞樹の体質。
 今更隠すものでもない。
 それでもやはりとんでもなく女らしく振舞っていたのと同一人物に見られたくなかったので『兄妹』で『別人』という態度であった。
「ああ。お前が勝てたらな。だがオレが勝ったらあんたをお義兄さんと呼ぶことになるがな」
「えっ。井草君は薫ちゃんが好きだったの?」
 綾那のボケ発言である。
「誰だそりゃ? そういやよく似たのがいたな。だったらそりゃ義妹だ」
「まさか」
 本気で言うつもりか!? 瑞樹はつばを飲む。
「なんたってオレはみずきさんの旦那になるんだからな」
(言いやがった)
 今の女の自分では言い寄られたら最後。押し切られかねない。
 つまり負けたら最後。嫁に行くことになる危険性が強い。
(絶対に負けられない……)
 かつて死線を潜り抜けた瑞樹だが、それ以上のプレッシャーがのしかかっていた。

 周囲のギャラリーはその言葉で動揺する。
(コイツ、赤星の正体知らないんだ)
(みずきは負けたらこの人の嫁に?)
(うわ。本人かけた変則三角関係?)
(これは…ちょっと面白そう)
 面白がる空気が広がる。
(ちょ、ちょっとみんな?)
 その空気を読んで七瀬が止めに掛かるが歯止めが掛からない。

 『空気』を敵意と読み違えた仁はにやりと笑う。
「思った通り。ここじゃ俺の味方は一人もいねえ。だからこそ勝てば文句なしだ」
 仁は軽く腕を曲げた攻撃態勢をとる。
「妹さんは俺がもらうぜ」
「絶対に負けない」

 瑞樹の表情が険しくなる。そのときだ。
「い・ぐ・さ。い・ぐ・さ」
「な!?」
 なんと味方であるはずの無限塾の生徒たちから井草コールが沸きあがる。激しくうろたえる瑞樹。
 女のみずきをかけた男の瑞樹とこの無法者の対戦。
 それを盛り上げるべくあえて敵に声援が送られていた。
「はっ。コイツはお笑いだ。まさか応援もらえるとはな。俺の純愛が周りを動かしたってところか」
「ふ、ふっざけんなぁっ」
 味方に「裏切られて」キレた瑞樹は考えなしに飛び上がる。同時に仁が蹴りを見舞う。その間合い5メートルで。
 瑞樹は頂点から足を突き出してのキック。クレーターメーカーと呼ぶ特殊技だ。
 仁はにやりと笑う。思惑通りといわんばかしだ。
「やはりな。ビートルホーン
 その眼前に井草の「足」が出現する。
(何?)
 空中では避けようがないし、攻撃に移りかけていたのでブロッキングもできない。
 何より予測不可な攻撃になす術もなく顔面にくらい落とされる。
「読みがあたったな。この間合いだ。つめようとしたらジャンプだろ」
 クールに言い放つ仁。周辺は沈黙する。
「アイツ、マリオネットマスターだったのか」
 真理がやっとの思いでつぶやいた。
 そう言えばあの時気がついていたのか?
 今にして思えばあれが伏線だった。

「そら。今度はこちらから行くぞ。ワスプニードル!
 大きなバックスイングでのストレート。これまた空間を飛び越えてやっと立ち上がった瑞樹の顔面に突き刺さる。
「ぐあっ」
 せっかく起きたのに再び地面に倒れ伏す。顔面をガードしつつまた起き上がるが
「ストレートだけじゃねえぜ。フックもな。マンティスブーメラン
 技の名の様にブーメランのような軌道で瑞樹の胸元を襲う。
 ガードが間に合わず倒れふす瑞樹。
 異常な形の「強さ」に声を失うギャラリー。能天気に敵を応援していた声がぴたりとやんだ。
(アイツのマリオネット。姫の「姫神」に近くねぇか?)
 真理が指摘する通り一種のテレポートだった。
 物理的には腕も足も繋がっている。ただマリオネットが空間を湾曲させてとんでもない地点に出現させる。

(くそっ。コイツはかなり厄介だ。しかし)
 唇の端が切れたか手の甲で血を拭う瑞樹。
(所詮はパンチとキック。落ち着いてブロッキングすれば隙も生じる)
 怒りはあるが冷静だ。この点でも成長していた。

(何だ? ヤツの雰囲気が違うな? 大概の相手はこれを見せたらびびるのに)
 それはもっとも。なにしろ空間を飛び越えて手や足が飛んでくる。
 ひどいと化物呼ばわりすらあつたが仁は気にしない。むしろ賞賛としていた。
 だがこの相手は違う。冷静だ。
(ひょっとして似たような相手と戦ったことでもあるのか?)
 仲間の大半がそのマリオネット使いとは考えなかった。
 そして(こちらはまだ理解しやすい感情だが)1年の時に学園に潜んでいた殺人鬼との闘いで三途の川を渡る寸前だったのがこの冷静さに繋がっていた。
 「嫁に行くかも」と頭に血が上っていたが、地獄への入り口を踏みとどまった経験が冷静にさせていた。

 瑞樹は反動をつけて逆立ちになる。そのまま前に倒れこむ。
 同時にひねりをつけてドリルのように回転しながら低空飛行で突っ込んでいく。
「メテオストライク」
 繰り出した腕の下を潜り抜けて接近してくる。攻撃中だったため防御が間に合わず腹部に食らう。
「ぐっ」
 二本の足がボディブローを食らわしたようなものだ。ましてやコークスクリューまで加わっている。うめき声の一つも出る。
 瑞樹の方は着地したらそのまま逆立ちの体勢になる。そしてまた身を捻りながら天空へと蹴りを見舞う。
「コロナフレア」
 胸板。そして顎を砕きつつ上昇する。

「やるじゃん。メテオストライクキャンセルのコロナフレアってのは」
「さすがに男の嫁にはやりたくないらしい」
 立会いの榊原と真理の場違いにのん気なやり取り。
 それもそのはず。彼らは足元に水の入ったバケツを用意していた。
 もし瑞樹が負けたら即座に水をかけて「兄妹」が同一人物と示すためだ。
 プロポーズしようとしていた相手を散々に殴っていたらそれどころではない。そういうことだ。
 もちろん七瀬も用意している。彼女の場合は二つだ。

 十郎太は懐のクナイを確認する。姫子は自宅の置き場所にあるはずの馬上弓と矢の所在を「マリオネット」で確認する。
 彼女、北条姫子もマリオネットマスター。テレポーターだ。
 自分の認識した二点の物質のやり取りが可能。
 つまり瞬時に武具を自宅から持ってこれる。
 最悪の場合「手篭めにされるよりはいい」と乱入も辞さない方向であった。
 「恥」を嫌う日本文化においてこういう考え方を彼らがするのは珍しい。
 それを言っている場合ではないと言うことだ。

 上条明は自分の左腕にある大きな腕時計をまさぐる。
 1年の時に覚醒したマリオネット。アクセル。
 その能力は別の時間の流れに突入すること。あるいは超高速移動とも言える。
 覚醒したばかりのころは相反する二つの力が同時発動しないと使えないという条件付だったが、二年のうちに鍛えられてこの時点では時計の龍頭を押す。それが精神的なスイッチだ。
 榊原と真理が瑞樹に水をかけて女でもあることをばらすのはいい。
 だが思惑と違っていきなりアプローチをかけられた場合、救出に突入するつもりであった。
 このマリオネットの能力持続時間は上条の体力と比例する。
 それを補うのが綾那のマリオネット。マドンナだ。

 その心配は杞憂か思われた優勢。だが仁は手の内を完全に見せていなかった。
「おっらぁーっ」
 ローキックは空振り。
 だがミドルキックで浮き上がり、かかとが頭上を越えた状態でのハイキックの三回転目が空に逃れる瑞樹を捕らえた。
ダンシングパピヨン
 「蝶の様に舞い」という意味でつけた技名。こめかみにつま先をくらい叩き落される瑞樹。
「う……」
 何とか立ち上がろうとするがふらふらと体を持ち上げたとたんに仁の蹴りが入る。
 近距離からの普通の蹴りだが立ち上がりで無防備に食らった。
「おっと。まだまだ。ケチがつかないように完全にぶちのめさないとな」
 倒れるのを仁が防ぎ強引に立たせる。
(ヤバイ。何か連打が来る!)
 咄嗟にガードが間に合った。
 修羅場を潜り抜けた経験からきた読みが間に合わせた。
 仁の拳が残像を作りながら無数に繰り出される。
 だがそれを防ぎきる瑞樹。
「なにぃ!?」
「今度はこっちの番だ。スタークラッシュ
 瑞樹の方は足だ。無数の蹴りを見舞う。
「うぉーっっっ」
 吹っ飛ばされる仁。ほっとして思わず気が抜けた瑞樹。油断した。
「瑞樹。危ない」
「え?」
 七瀬の悲鳴で我に帰ると仁が溜めた「破気」が爆発しそうであった。
「一対一ならこれも使えるな。そろそろ行くぜ。キラービーミラージュ
 次の瞬間。仁の両手両足が消えた。
(また空間跳躍。だが四つ全部かよ。どこから来る?)
 逡巡していたが中断させられる。
 真下から「ストレート」が顎を打ち抜く。
 それがコンボの始りか。頭上から「踏みつけられる」
 とどめに腹部に蹴り。同時に背面に拳が見舞われる。
 破気を高めたことで単純な延長ではなく、自在な位置に出現させられていた。
「ぐわぁぁぁっ」
 四人にいっぺんに攻撃されたようなものだ。
「もらった」
 井草は間合いを詰めるべく跳躍。そのまま倒れた瑞樹にのしかかる。
 自身の両手で瑞樹の両手を地面に押さえつける。本人は瑞樹の腰の辺りにまたがっている。
「きゃーっ」
 一部女子から「黄色い声」が起こる。
 ワイルドな青年に中性的な少年が「押し倒されている」のである。彼女たちの「腐った心」を刺激するには充分であった。
「くっ」
 当然だが女のポジションに置かれた男の瑞樹には屈辱。

 相手の動きを封じると同時に、自分の絶対的優位を思い知らせるためのポジションだが結果的にこれは失策であった。
「俺の勝ちだな。これでみずきさんは俺のものだ」
 もちろん「瑞樹」に口を挟ませないというだけなのだが、気の早い井草はそういう風に表現してしまった。
(オレが? コイツのものに? 嫌だ? 男のものになんて)
 女になると過剰に女性的になる反動か? 男のときは男であることにこだわるところがある。
 組み敷かれるこの体勢そのものが男として屈辱な上に、その絶望的な未来に対して拒否反応が出た。そして

「瑞樹!」

 七瀬の悲痛な叫びが耳に突き刺さる。
 視界の端で姿を見ると泣き出しそうな表情。
 それが敗北寸前の瑞樹を奮い立たせた。
(そうだ……負けるわけにゃいかねぇ。いや。例え女になってももう大丈夫。流されたりしねえ。アイツをなかせたくないからな)
 瑞樹の神気が膨れ上がる。
「ン? 何だ?」
 感じ取った井草は戸惑う。勝利目前の余裕が油断につながった。
 瑞樹はフリーになっていた足を思い切り上げる。
「おっと」
 男子最大の急所を狙われるのは常に頭にある井草。咄嗟に体が動く。
(えげつねえ。てめーだってこの痛みわかるだろうに「この痛みのわからない女」のように容赦ない蹴りだったぜ)
 心中で舌を巻くが今度は青ざめる。
 体勢が変わったことで腕も自由に。その瑞樹の手の中に神気が高まっていく。
「や、やべえ」
 ブロックとか考えずに逃げようとするが遅い。
「ビッグバン」
 瑞樹の神気が爆発した。仁はそれをもろに食らった。吹っ飛ばされる。
 離れた途端に立ち上がる瑞樹。今度は単発の飛び道具。シューティングスターを見舞う。
(野郎。どこにあんな力が?)
 着地体勢をとりつつ考えていた仁だが、その無防備な体勢の時に瑞樹がはなった「気の塊」が命中する。
「ぐあっ」
 仰け反った隙に間合いに飛び込む瑞樹。
「食らえっ。コスモスエンド」
 スタークラッシュの強化版だ。瑞樹の無数の蹴りが仁の顔面から胸板。腹部まで縦横無尽に襲い掛かる。
「うわぁああああああーっっっ」
 吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。錐揉み状でたたきつけられたのてダメージが大きい。立てそうにない。
(負けた? ケンカ十段のこのオレが? みずきさんへの愛はそんなものだったというのか?)
 様々な思いがブラックアウトする。気絶したのだ。
 瑞樹の大逆転勝利だった。
 そのウィナーはやっとの思いで立っていた。
「瑞樹!」
 駆け寄る七瀬。即座に傷の修復をする。
 そして井草には綾那が接近して体力を奪い取り瑞樹に。
 抵抗する体力を奪ってから七瀬が修復するのがこのころには定着したパターンだった。

 夕暮れの校庭。
 完全回復した瑞樹と向かい合うボロボロの井草。
 体力は反撃されないように綾那が吸い取ったからだが、ダメージ自体は瑞樹とのバトルによるものだけ。
 それもあり悔しそうではあるがクレームはつけようとしてなかった。
「俺の負けか……はっ。唯一のとりえのケンカで負けちゃみずきさんを恋人になんて夢のまた夢か」
 思いそのものは真剣だった。悔しそうな表情から寂しそうな表情に。
「井草……」
 奇妙だが自分の貞操の掛かった相手に同情していた瑞樹。
 それをふっと笑う仁。嘲笑したとしたら自分自身に対して。
「俺も男だ。約束は守る。妹さんからは手を引く」
 それだけ言うと井草は背を向けて立ち去っていく。
 瑞樹としては男としてその心境が理解できるだけに、かける言葉が見つからなかった…が。

 その日の夕方。喫茶レッズ。
「いらっしゃいま……井草さん?」
 既にウエイトレスとなっていたみずきは驚いて口に手を当てる。仁が現れたのだ。
 ただしいつもと違い大荷物を抱えている。
「ちょ、ちょっとあなた。もう手は出さないはずでしょ?」
 たまたまいた七瀬が代りに文句を言う。
「ああ。だが別れの挨拶くらいさせろよ」
 そういわれては仕方ない。みずきを口説きだしたら割って入るつもりのまま引き下がる。
「みずきさん」
 周りには他の客もいるが井草はお構いなし。みずきに向かい合う。
「は、はい」
 女の子モードのみずきは硬くなるものの邪険にはしない。
 それに対し今まで見せなかったような優しい表情を見せる仁。
 心底愛したものに向ける笑みとでも言うか。
(あ)
 胸の奥が甘酸っぱい気持ちになるみずき。頬が染まる。
(ちょっと!?)
 まるで恋す乙女のそれに慌てる七瀬。だが仁の言葉で遮られる。
「俺はこれから旅に出ます。たった一つの自慢のケンカで遅れをとった今、鍛えなおさないといけない」
「……はい」
「いつか俺が最強の座を手にしたとき。そのときは改めてあんたにアタックさせてもらう」
「あ、あの」
「お付き合いは出来ません」という前に勝手に完結してしまった。
「それじゃな」
 仁はいい表情のまま喫茶店を去る。
 見ていたものたちは呆気にとられる。その中で七瀬がいち早く我に帰った。
「みずき」
 女の子としては相手に同情する気持ちは理解できる。
 ただしそれを「本来は男」のみずきが抱くとややこしい。
 それだけ女の子よりになっていると。
 怒りよりも心配が先に出る。それを優しい笑顔で「心配無用」と告げているみずき。
「大丈夫よ。七瀬。彼がいくら迫ってきても揺らがないわ」
 母に仕込まれた柔らかな言葉遣い。接客であるウエイトレスだとなおさらそれが強く出る。
「でも」
「だってあたしには七瀬がいるもの」
 確かにその思いが勝因。だが言うタイミングではなかった。店内一杯に広がる甘酸っぱい空気。
「あ、あたしなんてことを」
 失言を悟り赤くなるみずきと、羞恥心で恥らう七瀬。
 店内の常連にはやし立てられる「百合カップル」
 ドジにも恥じ入り小さくなるみずき。特に巻き込んだ七瀬に対して顔向けできない。だが
「……バカ」
 口ではそう言いつつも表情は何処か満足げな七瀬であった。




GAME OVER




製作秘話

 城弾シアター十周年記念で長編シリーズの読み切りとなって。
 当然ながらこの「PanicPanic」からも。

 候補としては他にはあの斑との最終決戦。七瀬が瑞樹にした治療がターニングポイントで
「男に固定された世界」と「女に固定された世界」というのがありました。
 前者はあまりドラマにならず。後者は逆に重くて見送り。

 次に出たのが#20「飛び込んできた天使」の後日談。
 あの話の十年後で十歳になったあの時の赤ちゃんが、迷子になった練馬で赤星夫婦に再会すると。
 けどこれじゃあまりパニパニらしくなくて。

 最後に出たのがパニパニの要素である「男と女で立場が変わる」「バトル」を交えた今作でした。
 加えて本編じゃやらなかった「みずきに惚れる男」というのも出したくて。
 変身した相手を同一人物と知らずに態度が変わり。

 そのゲストキャラ。ある意味では主役の井草仁。
 最初は悪漢高校の刺客としてたんですが、それじゃみずきの正体を知っている。
 そこであの形に。
 ゲームとしてはまだ出してなかったダルシムのパターンで。
 名前は「いくさ人」に字を当てて読みをひねったものです。
 第三者からみたパニパニメンバーというのにもなりましたね。

 1年の時にしようかと思っていたんですが詰め込む余地がない。
 2年の時はほとんど女子のまま。
 そこで3年の時に。だから容姿もそれに準じて七瀬は黒髪ロングです。呼称もそれぞれ3年の時のそれで。
 これからわかる通りこれは正史扱いで。

 上条のボケは「PLS」の裕生との区別でアニメよりに。
「綾崎ハーマイオニー」とは「ハヤテのごとく!」で強制女装させられた主人公・綾崎ハヤテが咄嗟に名乗ってしまった偽名でした。

 みすきがやたら女の子っぽくなったのは設定や展開もありますが、同時期に同人誌用の原稿で18禁展開していた影響も無視出来ないかと(笑)

 お読みいただきありがとうございました。

「PanicPanic専用掲示板」へ

「Press Start Button」へ

「十周年記念企画ページ」

トップページへ